ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
『あなたも素敵な
『何時か、お前だけの英雄に巡り逢えるといいな』
素敵な言葉だった。少女が夢見るほどに。
だけど、夢は夢。泣いても、哭いても英雄は現れなくて、だから少女は剣を執った。執るしかなかった。
モンスターを殺し尽くすと決めた。自分のように、誰かが泣くことがないように。そして、モンスターを殺し尽くして大切なあの人も取り返すと心に誓った。
黒い炎が背中を焼き、前に進めと訴える。何時しか出来た仲間の殆どにも話せず、その炎に身を委ねていた日、彼に出会った。
最初出会った時、彼はボロボロで、ダンジョンに潜り無茶をしてエルフの王族に叱られていた幼い自分を思いだした。
だからだろうか? その日は、懐かしい過去の、家族の夢を見た。そこから、何となく彼に会いたいと思った。
二度目は酒場。人狼の青年が彼を馬鹿にしていたが、彼は気にせず一緒にご飯を食べた。その時聞いた話では彼は行く先々で戦争を終わらせてきたんだとか。凄いな、と、そう思った。
三度目は戦闘後。傷ついた彼を運んで、何があったのかは知らないけど彼が仲間になってくれた。
風呂場で会った時は驚いたが、その時彼が英雄になりたいというのを知った。
『───アイズ、そこにいなさい』
『アイズ、そこにいてくれ』
あの時父と背中が被った。その時までは、まだ父にそっくりな彼に親しみを覚えた程度だったが、約束を守って強敵と戦った後戻ってきてくれたのは嬉しかった。
カジノに行った時は、見ず知らずの少女を助けた彼に聞いてみた。私を助けてくれるのかと……彼は助けてくれると言った。
なのに………なのに!
どうして貴方は
どうしてそんな優しい目で『怪物』の頭を撫でる?
そんな光景を見せるな。『怪物』が、そんな目で彼を見るな。父を見る目で、人の少女のような目でその人を見るな。
「──────」
背を焼く黒い炎は、長年彼女を追い立てていたものとは違う。彼女自身知りもしない、身勝手で浅ましく、人間なら誰でも持っている感情。
本来なら誰もがその言葉に気恥ずかしさとともに暖かさを覚え、しかしそれ故に時に悲劇を招く感情から派生した一つの想い。
愛するが故に生まれる嫉妬。
スキルとして具現化する程の
「……………」
ひりつくような殺気。雨が降り注ぐ中、口が渇き頬を伝い口に入ってきた水を飲む。
知っている、この感覚を。覚えている、この感情を。
嘗て無力だった頃出会った熊を前にした時も感じた。抗えない強さを持つ絶対強者が、こちらに殺意を向ける感覚。
「─────!」
「ッ!?」
次の瞬間放たれた神速の突きを神の剣で防ぐ。踏ん張っていた足が浮き上がり、吹き飛ばされる。
「カハ───ッ! チィ!」
空気を吐き出し、呼吸を整える間もなくアイズの足が迫る。体を転がし、アイズの足が壁を破壊すると同時に地面についている足に向かって切りかかる。が──
「ヅァ!」
腕をその足で踏みつけられる。そのまま反対の足で蹴りつけられ肩と肘がミシミシと外れ斯かる。
「が!!」
二度目の蹴り。今度こそ関節が外れる。
三度目の蹴り。皮膚の中で肉が切れる。
四度目。血管が切れ内出血が起きる。
五度目。皮膚が裂け血が吹き出る。
六度───
「ガアァァ!」
「────!?」
ウィーネに飛びかかられ蹴りを中断するアイズ。直ぐに切りかかろうとするとベルが操る磁力によって浮き上がったナイフが迫りその場から飛び退く。
「助かった、ウィーネ………けど、逃げろ」
「でも!」
「俺は大丈夫だから………」
ベルの言葉にウィーネは躊躇い、しかし邪魔になると判断したのか翼を広げ飛び立つ。
アイズが其方に視線を向け、同時にベルが雷速で迫る。
「────!」
如何にLv.6といえど音よりも遙かに速い一撃には反応が遅れ、今度はアイズが吹き飛ばされる。が、地面を削り耐えきった。
そのまま直ぐに切りかかってくる。
高速の薙ぎ払い、ヴェルフの鎧が一瞬で切り裂かれ胸から鮮血が吹き出す。
袈裟切り、防げない。
切り上げ、肩に深い傷が生まれる。
回し蹴り、吹き飛ばされた。
「────っぐ……」
こみ上げてくる嘔吐感。内臓が破裂したのか喉の奥から溢れる血を吐き出し、口元を拭う。
ステイタスの上がり幅が、幾ら何でも異常すぎる。ランクアップでもしたのか?
だが、だからといってここでベルが負ければ、きっとアイズはウィーネを殺す。それだけの殺気をアイズはウィーネに向けていた。
「……………」
いや、ここでベルが勝ってもそれは変わらないだろう。勝敗に関係なくアイズはウィーネを殺そうとする。
「………………」
「………どうして………」
「?」
「どうしてそこまで、怪物を庇うの?」
モンスターは殺さなくちゃいけない。私は間違っていない筈だ。
なのにどうして人間ではなくモンスターを………。どうして
「あのモンスターの爪は誰かを傷つける」
「あのモンスターの翼は多くの人を恐れさせる」
「モンスターは沢山の命を奪う。沢山の人が泣く………」
糾弾で、嫌悪で、拒絶。モンスターに対する世界の認識を語るアイズに、ならとベルは口を開く。
「なら俺だって同じだ」
「………え」
「121人と、18505人………」
その数字を、ベルは自嘲するように、懺悔するように呟く。或いは一人の少女を追いつめると知って、その言葉を吐く。
「俺の目の前で
「────!」
そう、人を殺した。ああ成る程、ベルは確かに此処に来るまでダンジョンの外のモンスターを殺した。だが、外の世界で殺した数は人間の方が多い。ひょっとしたらダンジョンで殺したモンスターの数も、まだ追い付いていないかもしれない。
「でも、それは………
「ああ、そうだな。人を奴隷として攫う奴が居た。女を欲望のまま犯して、他人の子を痛めつけて、珍しい目や髪、綺麗な手を切り取って飾る奴も居れば人の死体で家具を造る奴も居た……」
他にも、口に出すのも悍ましい事を平然とやってのける者達も居た。
「ほら………」
と、安堵したような、その事実に縋るような声を出すアイズ。だが──
「それでも其奴等は少数派だ。人を殺すのが一番多かったのは、戦争なんだからな」
「それは、でも……それも……」
「戦争ってのは国と国のぶつかり合いだ。ラキア相手にしていたら解らねーだろうがな……」
戦争というのは成る程確かに片方の国から見れば敵国は悪だろう。何せ兵となった友や家族を殺すのだから。
「だけどそれはどちらも同じ事だ。民を救うのに必要だから他国を攻める。民を守るために敵国を滅ぼす……どちらが勝とうと、俺が殺した奴らにゃ家族が居た事実は変わらねー」
「俺の剣は誰かを傷つける」
「俺は誰かの命を奪ってきた。その家族を、恋人を、友を泣かせてきた」
アイズが言ったモンスターの認識、それは戦時中の人間が敵国に向ける認識。
「変わらないさ。それが人間なら、其奴個人か其奴の所属する組織か国に恨みを向けて、モンスターならモンスター全体に向けるだけ………その認識の違いは何だと思う?」
「………………」
アイズは答えない。答えられない。答えたくない。
それを認めるわけにはいかないから。それを認めてしまえば、
「理性だ。個性と言い換えてもいいな……ただの獣じゃなく、善悪を区別し、考える。だから、同じ種族でも彼奴は違う、そう思うことが出来る。その種族全てを憎まずにすむ……」
「………やめて、そんなの………そんなのは………」
「お前が認めようが認めまいが知った事じゃねーよ、俺からしたらな………」
耳を塞ぎ首を振るアイズ。脅えるような子供の姿にしかしベルは躊躇わない。
「だから俺は
だから───
「俺は俺が救おうとする奴を殺そうとするお前を、
「────」
ああ、そうか。
そうなのか。
彼はそっちを守るのか。こっちを殺してでも、そっちを守ろうとするのか。
「───モウ、良イ」
少女の前には英雄は現れなかった。
「───モウ、諦メルカラ」
少女ノ前ニハ英雄ハ現レナカッタ。
『あなたも素敵な
『何時か、お前だけの英雄に巡り逢えるといいな』
ショウジョノマエニハエイユウハアラワレナカッタ。
「───期待なんてしない。英雄ガ現れないから、私は剣を執ったんだから」
少女の前には英雄は現れない。
「──全部、私が殺す。全部私が終わらせる。だから……」
「───だから、お願いだから……私の前から消えて」
なのにあの竜の少女には英雄が現れた。
自分の英雄になって欲しかった少年が英雄として。
ゾワリと、アイズの肌に漆黒の蛇の紋様が走る。
「───お願いだから……死んで、ベル」