ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
『そのスキル』は、
この世界の神の恩恵から生まれた故に、この世界に刻まれた。しかしそのスキルの核となったのは異世界の魂の意志。
故に彼女の意志がそのスキルを自身に刻み、道を造ってしまった。
──やってくれる。このままじゃ思い通りにならないから、どうしたって力が必要になるようにする気か──
(………誰の声だ?)
目を開けると降り注ぐ雨と濃い曇天が見える。
(赤い? ああ、俺の血か……)
全身から血が流れている。
痛い、熱い、やっぱり寒い。
血の気が失せる。
苦しい。怖い。死ぬのが怖い。もう英雄にはどうせなれないんだ。逃げたい死にたくない死にたくない。
けど───
「───ッ、ハ……」
死にたくないけど、死なせたくない。
傷を治す。血を作る。魔力と体力を大幅に消耗するがポーションを飲み込み回復すると立ち上がる。
まだ生きている。なら、まだ戦える。
「────まだ」
「───ケホ」
咳き込むと湿った感触がする。見れば掌が赤く濡れていた。
「────ッ───ハ──」
肉体が悲鳴を上げる。全身の骨に罅が入ったような不快感。肉が千切れそうな激痛。だが、不意にすっと消える。
──壊れちゃ駄目。私の玩具、相手はあっち。ほら、壊して?──
自分の声の自分の口調を持った『ナニカ』の声。その不快感に、明らかに異端なそれに魂が軋み上げる。だが、不思議とその声に従わねばという思いが溢れる。けど───
「五月蝿い………言われなくても解ってる」
言われるまでもない。
これ以上は耐えられない。
彼が生きているのが耐えられない。
彼が怪物を守ろうとするのを見るのが耐えられない。
彼が怪物を救おうとするのが耐えられない。
それは紛れもない彼女の本心だ。
「誰、だか……知らないけど、力だけ渡せばいい」
と、アイズが歩き出した瞬間黒雷が飛んでくる。剣で薙ぎ、同時にベルの蹴りが迫る。
単純な速度故の威力に押されそうになるも数セルチで止め、足を掴み地面に叩きつける。
「が!? この……!」
「───!?」
と、ベルが腕を振るうと同時に鋼色の煙が現れる。咄嗟に距離を取るも熱を感じない。即座に切りかかり、煙に剣が防がれた。
「───アダマンタイト?」
そう、あの煙のようなものはアダマンタイトの粉末だ。
ベルが磁力を使い剣に変えると振り下ろす。元が粉末故にリーチなど意味がなく、切れ味は自分の剣に匹敵する。
しかも一本、二本ではない。恐らくかなり高いであろうそれを出し惜しみもなく使った。無数に現れる粉末の剣を前にアイズは───
「
ただ一言。それだけで彼女を包むように発生した風の盾はアダマンタイトの煙を消し飛ばしベルを吹き飛ばす。
攻防一体というより、防御した結果吹き飛ばしてしまっただけ。それだけの圧倒的な風量を前にベルはやはり距離を取る。アイズも即座に追いかける。
星の磁界を泳ぐ黒雷の翼と大気を捉える風の翼を持った二体の精霊の力を持つ者達が上空でぶつかり合う。
雷が、風がぶつかり合う度にまき散らされる様はまさしく圧縮された嵐。先程の、オッタルとアステリオスの戦闘が大地による災害なら此方は天候による災害。
しかし互角ではない。片方はほぼ不死と言っても良いレベルの回復力で食いつないでいるだけ。
「
「
轟雷と暴風がぶつかり合い、轟雷が弾かれ暴風の斬撃がベルの体を切り裂く。それでも威力は僅かに減らせたのか両断し切らず即座にその場から離れる。
チャージは限界まで終わった。だが、足りない。格上特攻も、
「
曇天に向かって黒雷の翼が延びる。黒い雲が一際強く輝き、
嘗てオッタルが雷速のベルを捉えたように『理不尽』の域に達した強さを持つ者達からすれば圧倒的な隙。それを火力で無理矢理押しつぶす。
「─────!」
光の柱と形容するべき轟雷に押しとばされる。街より彼方に吹き飛ばされ地面を抉るアイズ。その身には明らかに重傷と呼べるダメージを負っていた。
「…………」
空を見上げる。
佇むは嵐に宿る雷全てを喰らい己の身を焼く雷精。目は離さなかった。なのに目の前にいた。
「────ぐっ!」
神の剣が閃くと同時に爆雷。二重の威力に吹き飛ばされるアイズ。ベルは己を内と外から焼きながらも吹き飛んだアイズの腹に蹴りを放つ。
「カ────ッ!!」
全身に雷が絡みつき体が痺れる。
ベルが片手を持ち上げると、そこに生まれるは雷の槍。腕が加速度的に焼けていき炭化し、無理矢理内側から治す。
まるで黒い鱗を持った龍の腕。生まれた槍も黒く染まっていく。
「
だが、まだ形は定まっていない。それでも近づけないが、時間はある。
「
周囲の風が集う。風の精霊が、一人の英雄に恩恵を与えるようにアイズの一身に集まっていく。
「
アイズの頬が、肌が風により切り裂かれる。母との絆の証である筈の『風』が彼女を傷つける。まるで叱るように。しかし彼女は止まらない。
「リル───」
濃縮された空気がプラズマを生む。青白く輝く圧縮された嵐の暴風が狙うは雷精。
「ケラウノスゥゥゥゥ!」
「ラファァァァガァァァ!」
黒雷の大槍と白風の矢がぶつかり合う。
超音速で弾き飛ばされる地面が一瞬で溶ける。
雷を喰われ、風を全て利用された嵐は一瞬で消え去る。山々が爆発に飲み込まれ、河が消し飛び、湖が消える。此方もまた地図を書き換えるような大破壊。大陸に大穴を開ける大爆発の中心に、立つのは一人。
「────ハァ──ハ──」
全身に火傷を負いながら、フラフラと歩く金髪の剣士。倒れたベルの右腕は完全に消滅しており、全身はアイズ以上に焼けていて所々炭化している。火傷無効でも防ぎ切れなかったのだろう。
「──────」
「ア───」
アイズの指が、ベルの首に這う。ゴホゴホ咳き込めば血を吐き出し、しかし指に力を込める。
ベルの体に黒い蛇の紋様が走り、アイズの傷が急速に癒されていく。逆に、ギリギリ生き繋いでいたベルの肉体が死に向かっていく。
目を見開く力も暴れる力も残っていない。込められる力が上がっていき、ゴキリと首が折れる。
「………あ」
背の手を離し、ペタンと腰を落とす。死んだ。心臓が止まった。生命活動が停止した。他でもない、アイズの手で。
「ウッ!? ゲホ、ゴホ!」
ボタボタと口から血が溢れる。目と鼻からも血が流れ、視界が歪む。
だが、まだ立てる。動ける。残った怪物達を────
「───!」
と、ベルに向かって何かが空から降ってきた。龍の翼を生やした少女。歩くことすら億劫な蛇に蝕まれた身でありながら、ここまで飛んできたらしい。
ベルの体に覆い被さり、アイズを睨む。
「フ────! フゥゥゥ!」
獣の様に唸る。我が子を守る母猫のように、傷ついた親を守る子猫のように。
だがアイズの瞳には醜い『怪物』しか映らない。
「諦めて。もう終わったの……貴方達の、怪物の英雄は死んだ」
「違、う……」
「………?」
「お父さんは、英雄なんかじゃない……」
「何を──」
英雄だったろう、お前達にとっては。
確かに人間から見れば怪物を守り、地上に導く大罪人。だが、お前達にも心があるというなら、憧憬があるというのならベル・クラネルは間違いなく英雄だったろう。
『背中』が熱を持つ。アイズの
「お父さんは、家族だもん………英雄なんかにならなくても良い。ずっと一緒にいてくれれば良かった」
「──────」
それは嘗て幼いアイズが何度も思った願い。
夢を見る度に、悪夢を見る度に
そっちに行かないで!
ここにいて!
そっちに行ったら死んでしまう。だから、ずっとこっちに、自分と居てくれ!
何度も願った。何度も望んだ。それでも夢の中で、何度も失った。
助けてと叫んで、誰も来ず、アイズは何時も泣きながら目を覚ます。だからアイズは───
「────」
剣を取った。
「あ───」
呼吸が詰まる。
脅えたように、一歩後ずさる。ああ、あの目だ。あの目が怖くて仕方ない。見たくなくて、仕方ない。
英雄が現れないなら、己で果たすと誓った目。その苦しみを知るアイズが、誰にもさせないと誓った目。
重なってしまった。
「何で───」
何でそこにいる。
やめろ! やめろ! やめて。
違う、違う違う! こんなのは嘘だ。こんなのは、アイズが求める怪物じゃない。
だからやめてくれ。思ってしまう。ベルは正しかったのだと。
「………………ぁぁ……」
ベルは間違っていなかったのだと。
「ぁぁ………」
目に前の少女は、自分と何も変わらないのだと。
「んぁっ……あ、あぁ………うわああああアアアアん! ああああああああああああ、ひぐ……わあああああ!!」
何で、こうなったのだろう。どこから違った、自分と少年の道は。
認めれば良かったのか? 怪物達を?
無理だ。言葉だけでは認められない。受け入れられない。
今になって漸く、でも遅すぎた。
嵐は先ほど自分達が消し飛ばした。なら、この頬を濡らす水の正体は一つだけ。
それでもなお、止めることなど出来なかった。
泣き声が聞こえる。
良く知っている声のような気がする。すぐ近く。手を伸ばせば届くだろうに、体は動かない。
五感が遠ざかっていく。視界が霞み、寒さも感じなくなり、音も小さくなっていく。
──おお勇者よ、死んでしまうとは情けない………だっけ、こういう時に言うの──
そんな中、やけにその声ははっきりと聞こえた。