ベル君に憑依して英雄を目指すのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「やあ……」
「…………」
真っ白な空間の中で自分と瓜二つの少年が笑顔で手を振ってきた。
「何だ、お前……」
「僕? 僕は僕さ……ベル・クラネル」
ニコリと微笑む『ベル・クラネル』。
此奴は
「だからベル・クラネルだってば。君が生まれた時からずっと一緒にいたんだよ?」
と、『ベル・クラネル』は不服そうに言う。その言葉にベルは目を見開いた。
「まさか、お前……本物なのか?」
「本物? 君の言う本物の定義が君が生まれなければその体で人生を歩んでいた者を指すなら、まあ僕は
「…………そうか」
「……?」
どこか達観したようなベルの態度に『ベル』は首を傾げた。
「恨み言でも言いに来たか? 体を取り返しに来たか? どちらにしろ、好きにしろ」
「え、何で?」
「………は?」
心底不思議そうな顔をする『ベル』にベルは呆ける。体を取り返しに来たのではないのか? 恨み言を言うために来たのではないのか?
「いや、そんな反応されても………と、そろそろ来るか。時間がない、来て!」
と、ベルの手首を掴む『ベル』。そのまま真っ白な空間を進む。不意に後ろを振り返ると、『ナニカ』が迫る。それを見た『ベル』はベルと位置を入れ替え迫る『ナニカ』に触れる。バチン、と『ナニカ』は弾かれるように吹き飛んでいった。
「あれは本来此方に干渉できないらしいからね。でも、干渉できてしまえば此方の者にとっても危険な存在だ……干渉しているだけでも」
「何を………」
「まあまあ。幸い走馬燈には時間なんて概念無いからね。思い出そうよ、君の原点を」
「原点?」
「君が英雄を目指す原点だよ」
「………目指すのは、当然だろ。俺はお前の人跡を奪って……」
「嘘が下手だなぁ。君は前世から、ずっと英雄になりたがってたじゃないか」
「なあ婆ちゃん、婆ちゃんは何で爺ちゃんの英雄なんだ?」
それは祖父に出された問題が解らず、祖母に聞いた場面。
孫の言葉に祖母は困惑していた。
「爺ちゃんが言ってたんだ。婆ちゃんは自分の英雄だって」
「あらまあ、あの人ったらそんな昔の話を………」
と、頬に手を当て呆れる祖母。その頬はどこか緩んで見える。
「別に大したことはしてないわ。あの人が昔パイロットだったのは知ってるかしら? それで、墜落して山に取り残されたあの人をお世話してたの」
「………戦時中だろ?」
「ええ。でも、あの人の仲間達は全員私の国が撃ち落として殺したわ」
「それは、でも………」
「ええ、戦争なんだから当たり前。でもね、戦争って言うのは正義と正義のぶつかり合いなの。どちらも祖国のために、って……たまったものじゃないわ」
目を細め、空を見上げる祖母の瞳はどこか悲しげに見える。孫は何も言えず、その言葉を聞く。
「だから私は、あの人を山の小屋に匿っていたの。それだけなの………」
「それだけ?」
「ええ。村人達にバレたら大変。処刑されてたかもしれない………でも、それだけなのよ。それなのにあの人ったら……」
やはり、解らない。確かに自身の危険も省みずに助けられたのだろうが、それは恩人なのではないだろうか?
「それでも、あの人から見れば私は英雄なんだって……」
「………英雄」
場面は変わる。
くすんだ金髪の少年は同年代の少年や、一周りも大きい高校生も纏めてぶっ飛ばす。
ひとしきりぶっ飛ばすと呆れたような顔の別の少年がやってきた。
「相変わらず強えーなお前」
「此奴等が素人なんだよ。こちとら退役軍人の孫だぞ」
「で、此奴等は何したんだ?」
「喧嘩売ってきたからぶっ飛ばした」
「いっそ髪染めろよ」
「やだね」
即答した親友に呆れる少年。まあ、見た目で喧嘩を売る向こうが悪いか、と諦める。
「お前さ、そんなに強いんだから将来格闘技選手にでもなったらどうだ?」
「馬鹿言え、将来の夢は決まってる」
「自衛官になりたいって言ったら喧嘩したから住ませてくれ」
「………は?」
婆さんの遺影の前で唐突に孫がこぼした言葉に唖然とする祖父。一体何がどうなってそうなった。
「俺は強いからな。人を守る仕事に就きたい」
「………ワシの影響か?」
「そうと言えばそうだけど、じいちゃん、俺は英雄になりたいんだ」
と、恥ずかしげも無く言い切る孫。隣に座り、婆さんの遺影に手を合わせる。
「爺ちゃんにとって英雄はさ、婆ちゃんなんだろ? 婆ちゃんが爺ちゃんを助けたから、誰がなんと言おうと、婆ちゃんは爺ちゃんの英雄」
「……………」
「それってさ、凄い格好いいと思ったんだ。だって、英雄ってのは誰かを守った奴のことなんだろ?」
「………うむ」
「世界全部救う、なんて言うつもりはねーよ。俺は、強いけどそこまで強くない。でも、目に見える奴らを守れるぐらい強いからさ……」
「そうか」
「爺ちゃんもそうだろ? パイロットになるの、大変なのになるぐらいだしさ」
「国のためとは思わんのか?」
「愛国心強いなら婆ちゃんと結婚するかよ」
そう言って笑う孫の頭をグシャグシャ乱暴に撫でる祖父。
「まあなぁ。よし、
鈴。それが少年の名前。
「………もう一つ聞きたいんだけど、俺の名前の由来って、何?」
「うむ。それはな」
もう一人の祖父に、そう聞いた。この名前の由来は、ずっと気になっていた。それが原作で決まっていたとしても、だってこの名前は前世と同じなのだから。
「戦後間もない時代。きっと一代では互いに思うこともあるだろう。だがお前は次の時代に生きる者だ。そして、どちらの血も引いている。手を組める時代が来た証拠だ」
「英雄が溢れた時代ではあるが、足りん。まだな………
「【ファミリア】同士の争いなんて昔っからだろ? 俺が生まれる前も【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】ってのが二つの【ファミリア】に潰されたんだろ? その二つがやられた黒龍って超強いモンスターだって負傷してるだろうに無視して」
「そうなんじゃよなぁ………仲良く出来んのか」
「で、名前の由来は?」
と、呆れたようにため息をつく祖父に孫は再び尋ねる
「うむ。神の恩恵により手を組むことを忘れた者達に再び集まる時代だと伝える必要がある」
「「その時代を告げる鐘になる………そんな意味を込めての名だ」」
「思い出した? 君が英雄になろうとした本当の理由」
「…………ああ」
そうだった。自分は、手の届く範囲の者達を守りたいと願った。英雄そのものになろうとした訳じゃない。誰かを守るというのが誰かの英雄なんだと、そう思っただけだ。
「だけど、お前は何で俺から体を取り返そうとしない? 恨んでるはずだろ、憎んでるはずだろ!?」
「………何で?」
「………は?」
「僕は君の前世の記憶も見てきたけど、君がこっちでやってきた事も見たよ。君は沢山救ってきたじゃないか………なのに罪悪感とか感じてさ………それって助けた人達に失礼じゃないかな?」
「それは………」
言い返せない。『ベル』の言うとおりだ。
助けたことを後悔してると言うようなものだ。
「それにさ、渡されても困るんだよね。今の君の居場所は君がつくったものじゃないか。そんなの渡されても困るだけだよ」
「……………」
「それとも君はそんなに簡単に渡していいの? 今の場所を」
「…………………」
「ねえ、どうなの?」
「………渡したく、ない」
問いかけられ、思い出すのはこれまで出会った者達。自分の我が儘を聞いてくれた主神、ついてきてくれたアマゾネス。兄のような人狼。最初に誰にも譲りたくないと思った戦闘をしたミノタウロス。お調子者の神に、行きつけの店の店員達。何かと世話になったハーフエルフ。
母のような者も居たし、娘だって出来た。本来なら『本物』の祖父になったであろう祖父だって、エルフの少女だって渡したくない。渡してしまえば後悔する。
「だけど、これは全部お前が手に入れるべきモノだろ!? そりゃ、会わない奴だって居たかもしれないし、仲の悪い奴だって居たかもしれない。でも、全部お前が感じて、見て、選んで………」
「そうだね。僕が歩んで、感じて、見て、聞いて、選んで君とは違った人間関係を築いてた。でも、もう君が歩んだ道だ。渡すなよ、誰にも……」
「そんなこと、していいのか? 俺は、お前の手にするべき人生を奪って、なのに何で笑ってられるんだよ……」
「君の人生を見てきたからね。僕なら救えたから、なんて理由もあるんだろうけど、君は沢山救ってきたじゃないか」
「……でも、お前ならきっと」
「さあ? 解んないよ、僕は実際この世界に何かを残した訳じゃないからね。だから、僕と比べるなよ………君が歩いた道じゃないか」
それで、君はこれからどうしたい? と問いかけてくる『ベル』。
「これからたって………俺はもう……」
「閉じてないよ。僕のを上げる……これで治せるはずだ」
「………何?」
「肉体は同じだ。僕にだって、
「………それだけか? お前は、それですませようとしてるのか?」
とてもではないが、そうは見えない。もっと別の何かを渡そうとしている、そういう風に見える。
「勘が鋭いね。僕が君に渡そうと思ってるのは、全部だ……僕という人格、記憶そのものを君に渡す。まあ、僕は君の記憶にある漫画とか読むしかしてなかったけどね」
「なんで!?
「君を転生させたあれは、元来此方に干渉できない存在だ。だから、君が此方に染まるほど干渉力もなくなる。僕の全てを取り込めば、もう関わってこれないよ」
「でも、なら時間をおけば………」
「どうかな。今回、無理して此方の住人に干渉していた………ひょっとしたら、もうなりふり構わないかもしれない。だから、受け取ってくれないかな?」
何よりこの記憶は元来ベル・クラネルのもの。それを主観的に見ていた記憶が一つ増えるだけ、きっと何の問題もないだろう。
「本来僕はそこにあるだけの魂なんだ。考えることは疎か、感じることも出来ない。でも、君がずっと思っていてくれた。僕の体を取ってしまったって、自分を責めて無意識に僕に外を見せてくれた。恩を返したいんだ」
「恩なんて、俺は……」
「うーん。君は本当に面倒くさいな。なら、とりあえずこの言葉だけは受け取ってくれないかな?」
と、『ベル』は笑う。
「───────────」
「───?」
「解った? もう一度言うよ? 受け取ってくれ。そして、君は君のやりたいように生きてくれ。君は、何がしたい?」
「………俺は、助けたい。ウィーネ達も、手の届く範囲全て」
「それはどうして?」
「俺が────」
ベル・クラネルだから? いや、違う。そうではない。何で助けたい?
「───俺が俺だから」
「そうだよ。それでこそ
と、手を差し出してくるベル。ベルはその手を取る。
流れ込んでくる記憶や感情。ベルは笑う。
「頑張れ。まずは、泣かせた女の子を救ってきなよ」
「───ああ。がんばるよ」
俺がそうしたいんだから。
「───さて、出てきなよ」
と、ベルが振り返ると白い空間に『ナニカ』が現れる。二次元の者が三次元の者を理解できないように、姿を感じることの出来ない何かが。
───やってくれたな──
「彼が選んだ道だ。神気取りで、引っかき回すな……」
──どうかな、俺なら彼奴を誰よりも強くできる。神話に至る英雄に出来る。俺なら───!?──
ゴシャ、と『ナニカ』にベルの拳がめり込む。
二次元の者が三次元に干渉できぬように、三次元の者も二次元に入ることなど本来は出来ない。魂の質が似ている故に世界を騙し、それを起点に干渉しようと生粋のこの世の魂であるベルに触れられ世界による拒絶反応で弾かれる『ナニカ』。
──後悔しろ、絶望しろ! 俺の力がなきゃ、あの女は倒せない!──
「倒さないよ。彼は救うんだから──お前はもう帰れ」
──忌々しい、下位世界の奴隷が───!──
遠ざかる声に目を細めるベル。成る程彼は確かに、本来ならベル・クラネルになっていた存在だ。そして同時に、自意識を持ってしまったその日からこの世界の奴隷。異物を排除する為に異物が干渉してくるベルが異物に飲まれぬようにする防衛機構。
その役割ももう終わりだろうが。
「うん。きっと、君はあの人を救おうとするんだろうね。だからやっぱり僕は思うよ───」
──君が
「さ、罪悪感による最後の鎖はとれたろ? 後は好き勝手、やりたいようにやればいい。君の人生だ!」