病みてし止まん   作:mofu mikuro

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10. ワジャブラ村

重傷者を連れての移動は困難を極め、担架に載せられた者が落ちることも何度かあった。しかし諦めずに歩き続けた末に、遂にワジャブラへと到達する事ができた。一度でも敵襲を受ければ取り返しのつかない状況になるところであったが、杞憂に終わったのは奇跡としか言い様がない。

 

村の前まで辿り着いた一行に、警戒中の兵から誰何の声が投げかけられた。

 

「誰か!」

 

「味方だ!撃つな!」

 

与野が叫ぶと、彼は手招きをした。

 

「よし、入れ。」

 

言われるがままにぞろぞろと村と入った一行は、村内の様子に驚いた。先程の集落よりかは大きい村とは言えど現地人の粗末な木造住居が点在するだけのこの地に、味方が集まっていたのだ。その数はざっと100名は居るように見える。

 

「これは…!」

 

雪女も驚きの言葉を口にし、辺りを見回している。与野は手近に居た一等兵を捕まえると、指揮官が誰か聞いた。

 

「すまんな。今さっき合流したのだが、ここの指揮官に報告をせねばならん。誰が指揮を執っている?」

 

「はっ、鎌田少佐であります!」

 

「何処に居られる?」

 

「中央の民家を指揮所とし、そこに居られます!」

 

見れば、村の中央に周りのそれよりは少し大きい民家がある。恐らくは村長か誰かの家だったのだろう。

 

「ありがとう。」

 

与野は一等兵に礼を述べると、その民家へと向かおうとした。何気無しに振り向くと雪女が付いて来ている。

 

「雪女、悪いが君はあくまで民間人だ。少し待っててくれ。」

 

雪女が至極残念そうな表情を浮かべた。

 

「…はい。」

 

与野は頷き、今度こそ民家へ向かった。

 

教えられた通り、鎌田少佐と思しき人物がそこに居た。穏やかな顔つきをした彼は、その場にあったのだろう簡素な机と木箱の椅子に腰掛けて地図を眺めていた。

 

「失礼します。」

 

与野が声を掛けると、鎌田は顔を上げて軽い口調で言った。

 

「お、何だね?」

 

「歩兵第210連隊第1中隊の与野中尉であります。鎌田少佐にお目通り願いたいのですが…。」

 

敬礼して名乗ると、鎌田は答礼した。

 

「私が歩兵第212連隊第2大隊長の鎌田だ。見ない顔だな。新入りかな?」

 

「はっ!他部隊の兵と負傷兵合わせて30名、及び民間人2名を保護しつつ参りました。指揮下に入れて頂けませんか?」

 

「勿論だ。」

 

鎌田は申し出を快諾すると手帳を取り出し、メモをとった。

 

「これで、ここに集結した兵は150名を超えたな。」

 

「そんなに集まっていたのですか…!」

 

見積もった数よりも多かった事に与野は驚いた。ともあれ、中隊規模まで集まれば多少なりとも戦える。彼はこの先の予定が気になった。

 

「ということは、我々で攻勢に出るのですね?」

 

胸を踊らせながら問い掛ける。しかし鎌田は首を振った。

 

「いや、暫くはここで待機だ。上が仕切り直しをするつもりらしくて、今は戦線の整理と兵の掌握をせねばならん。でなければ、勝てる戦も勝てなくなるでな。」

 

「そう、ですか。」

 

やや落胆した与野であったが、態勢の立て直しが必要という事実に頷かざるを得ない。

 

「では率いてきた兵は如何すれば?」

 

「そのまま君が指揮してくれ。何かあれば私から命ずる。暫定的に部隊名を与野小隊としよう。」

 

頷く与野。そしてもう1つ、聞かねばならない事があった。

 

「民間人は如何すべきでしょうか?」

 

彼とて軍人、上の指示は仰がねばならない。正直なところ追い出せなどと言われやしないかと懸念はしたものの、聞かぬ訳にはいかなかった。

 

「どんな奴だ?」

 

「2人とも子供です。」

 

「ふむ…。」

 

鎌田は小さく唸って考え始めた。ものの10秒程であっただろう思考時間が、与野には不思議とやけに長く感じられた。

 

「下手に何処かへ行かせるのも危険だし、ここも安全とは言い難い。だが外よりマシなのは確かだ。…よし、ここで君が面倒を見ろ。」

 

願ったり叶ったりの答えに与野は自覚することなく笑みを浮かべ、返事した。

 

「はっ、了解であります!」

 

「くれぐれも邪魔になるような事だけはさせないでくれ。」

 

「勿論であります。」

 

与野は敬礼し、踵を返して家を出た。

家のすぐ脇に雪女が立って待っていた。つまらなそうな表情をしていた彼女は与野に気付くや、途端に嬉しそうにはにかんだ。

 

「正章様、お待ちしておりました。」

 

「せめて座るとかしてても良かったんだぞ…?」

 

困惑気味な与野の瞳を、雪女が首を僅かに傾げて覗き込む。

 

「そんな顔をなさらないでください。正章様が待てと仰せになられたとあらば、何十分でも何時間でも、火の中でも水の中でも待ち続けます。」

 

「そこまで言うつもりは無いし、求めても無いんだが…。」

 

「いえ、これは私が決めた事です。疑問を持つこと無く、命令にはただ忠実に。」

 

雪女がハキハキと語る。語気にも眼差しにも、迷いなど感じられない。しかし与野からすれば胸が締め付けられる発言だった。

 

「それは困る。軍人でもない君に嫌な思いをさせてまで、自分の考えを実行して欲しいとは思わない。俺は君の素直な考えを…。」

 

「これが私の素直な考えです!」

 

雪女が言葉を遮った。

 

「私は正章様のお役に立ちたいのです。命を救われた事に比べれば造作もない事ばかりかもしれませんが、それでも力になりたいし、喜んで貰いたい。先程の話に戻せば、待ち続けるのは当然なのです。」

 

「それが本当に本心なのか?」

 

輪をかけて問うと、彼女は力強く頷いた。

 

「本心です。いつまでだって待ち続けます。でも、その代わり…。」

 

雪女はそこで区切ると白い肌をほんのりと赤く染めて目線を与野から僅かに逸らし、ボソボソと続けた。

 

「その代わり、必ず戻って来てください。私を置いて何処かへ行ってしまうなんて事は、しないでください…!」

 

当たり前だと言おうとして開きかけた口を、与野は噤んだ。死んだら彼女の元へ戻る事はできないし、死なずとも民間人を他所へ移送するように命令されれば彼女とは離れ離れにならざるを得ない。滅多な事を軽々しく言う訳にはいかないが、それでも今は彼女を安心させてやりたくて、噤んだ口を躊躇いつつも開いた。

 

「…ああ。わかった。」

 

彼の言葉に雪女が頷く。誰もが先など分からない。ましてや戦時下の今は。

 

「安心しました。」

 

天使のような微笑みに、与野は酷く罪悪感を覚えたのだった。

 

 

 

 

与野が率いてきた兵たちの元に戻ると既に負傷者は併設されている野戦病院に搬送されており、残された兵は各々天幕を張って寛いでいた。それらの前で1人、美代が何かを手にして弄り回している。

 

「美代、何やってんだ?」

 

「ん!」

 

与野が声を掛けると、余程熱中していたらしい彼女はビクリと跳ね、手にしていた物を落とした。その指には指輪のようにピンが嵌っている。与野は彼女が何を落としたのかを知り、血の気が引いた。

 

「馬鹿野郎!」

 

怒鳴りつつ瞬時の判断で彼女が落とした手榴弾を拾い、力一杯村の外へ投げた。数秒の後、爆発音が響く。途端に村内は大混乱に陥った。

 

「敵襲ー!」

 

「戦闘配置!」

 

あちこちで叫びが上がり、小銃を手にした兵が駆け抜けて行く。美代は自らの犯した事の重大さを理解し切れず、固まったままだ。

 

「何やってるんだ!死ぬとこだったぞ!」

 

与野が叱り飛ばす。たちまち美代の顔が恐怖に歪み、涙が溢れた。

 

「えっと、その、あのっ…。」

 

嗚咽混じりに何か言おうとするが、頭が混乱しているのか言葉にならない。

 

「あぁ駄目だ、報告して謝らなきゃ…!」

 

与野が指揮所へと走り去り、2人が残された。雪女が美代を睨む。その眼差しは敵意と怒りに満ちていた。

 

「やっぱり、足手纏いじゃない。」

 

美代の胸ぐらを掴み上げる。

 

「自殺するなら他所でやって。少なくとも、正章様の迷惑にならないようにね。どうせなら戦車にでも突っ込めば?皆喜ぶよ。」

 

胸ぐらを掴んだまま彼女を揺さぶる。シャツに指が食い込み、ギチッと音を立てた。

 

「や、やだ…。」

 

「謝るぐらいしたら?」

 

「ごめ…。」

 

「正章様に謝って。」

 

雪女は言い放つと手を放した。支えを失った美代の華奢な肢体が、ぐったりと地面に倒れ込む。

 

「あの御方に迷惑を掛ける奴は誰であろうと許さない。忘れないで。」

 

冷たく見下ろす雪女の眼光は、高所から轟々と降り注ぐ瀑布の如き威圧感を発していた。睨めつけられた美代の手足は微かに震えていた。

 

 

ややあって、与野が戻って来た。

 

「早速、監督不行届で絞られるとはなぁ…。」

 

未だ冷や汗の止まらない彼は、額を拭いつつ苦笑いを零した。

 

「表向きは不発弾の爆発って事にしてくれるらしい。美代の立場を考えての寛大な処置だな。その代わりとして俺達は明日から前哨隊として村の外に展開しなきゃならなくなったが。」

 

彼は地面に座り込む美代を見ると、同じように座って目線の高さを合わせた。

 

「さぁ反省会の時間だ。何が悪かったか分かるかい?」

 

できるだけ優しく問い掛ける。俯き加減の美代は声を震わせながら答えた。

 

「か、勝手に危ない物に触った…。」

 

「よしよし。じゃあ、これからはどうすれば良いかな?」

 

「勝手に触らない…。」

 

与野は大きく頷き、彼女の頭を撫でた。

 

「よし。あと自分が悪いことをしちゃったら言わなきゃならない事、あるよね?」

 

美代は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、か細いながらもハッキリと言った。

 

「…ごめんなさい。」

 

与野が彼女を思い切り抱き締める。突然の事に、美代も、横に立っていた雪女も驚いた。

 

「偉いぞ。あとは同じ事を繰り返さないように気を付けるんだ。…何も君が嫌いで怒ったんじゃない。君が大切だから、護らなきゃならないから怒ったんだ。分かってくれるかな?」

 

「…うん。」

 

美代は小さく言うと、与野の胸に顔を埋めた。震えながら涙を流す彼女の背中を優しく撫で続ける。その隣に居る少女から発された小さな舌打ちの音は誰の耳にも入る事無く、生暖かい風に吹かれて消え去った。




最後までお読み頂きありがとうございます。
やる事が山積してきて押し潰されそうになってます。圧死って一瞬で楽になれるのかな…?

さて無事にワジャブラ村に到着しましたが、雪女は大層御立腹ですね。ともかく悲しい事故や事件を防ぐ為にも、小さい子は目を離しちゃいけませんな。

御意見御感想、お待ちしております。
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