病みてし止まん   作:mofu mikuro

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12. 戦力増強

与野小隊によるワジャブラ村防衛戦以降も小競り合いは何度かあったものの、日米双方が積極的攻勢に出なかった為にしばらく大規模な戦闘は生起しなかった。しかし敵の考えはいざ知らず、日本軍は無意味に停滞していた訳では無かった。

 

時は流れて11月16日。モロタイ島守備隊はこの日を待ちわびた。遂にまとまった援軍が到来する事になっていたからだ。しかも予定地がワジャブラとなれば、現地の部隊は色めき立たずには居られない。

 

「今日だ。遂に今日、援軍が来るんだな。」

 

村内に掘った薄暗い壕で座り込む与野は喜びを噛み締めていた。散発的に行われる空襲を避ける為にモグラのような生活を余儀なくされていたが、援軍が来ると知らされてからは全く苦に感じていない。まさしく臥薪嘗胆。

 

「まだ島に着いてすらいないんですから、舞い上がるには早すぎですよ。」

 

やれやれといった様子で横に座る雪女が言う。到着予定は数時間後、夕方になってからだ。

 

「喜ばずに居られるもんか。ようやく敵とまともに戦えるようになるんだぞ。防戦するにしても味方が多ければ心強い。お前だって多少は嬉しいだろ?」

 

「いえ…私は正章様が隣に居てさえくだされば不満は無いので。」

 

彼女がぶっきらぼうに言い放つと、与野を挟んで反対側に座る美代も同意した。

 

「私も!」

 

「お前ら相変わらずだな…困るんだが。」

 

塹壕掘りなどの共同作業を通して、雪女と美代の仲はわだかまりを残しつつも以前より改善されていた。まこと喜ばしい事ではあるが同時に与野に対する接触は強化されており、彼からすると手放しには喜べない。加えて懐かれるのは嫌いでないが、周りからの視線は痛いものがあった。

 

「おっ、両手に花だな。」

 

ひょいと鎌田が入って来て言った。慌てて与野が立ち上がって敬礼すると、鎌田は笑った。

 

「いや、わざわざ敬礼などしなくてもいいぞ。ちょっと伝えに来ただけだからな。」

 

「はっ!しかし、少佐殿御自らいらっしゃるとなれば余程の要件では?」

 

「そこまででもないさ。散歩ついでだよ。」

 

鎌田は手をヒラヒラと振って否定すると、言った。

 

「君は中隊本部付きだっただろう?だから増援の連隊本部に連絡要員としての意味合いも兼ねて行って欲しいと思ってね。構わないかな?」

 

言われて与野は目を剥いた。

 

「れ、連隊でありますか?」

 

「あぁ。増援は211連隊主力で、連隊長自らのお出でになるそうだ。」

 

思考が止まった。連隊長の下で動くともなれば些細な失敗も許される筈も無く、ましてや余計な要望など通る訳が無いのは明白だ。しかし拒否はできない。

 

「…分かりました。私で宜しければ。」

 

与野の返事に彼は頷いた。

 

「よし。そしたら増援到着時に浜まで一緒に来てくれ。出迎えるぞ。」

 

「はっ!」

 

鎌田が立ち去ると、与野は腰を下ろして不安気な表情を見せた。連隊ともなれば扱う情報量や機密度も中隊本部の比では無い。未経験者よりはという人選であろう事は理解できたが、やはり不安感は拭えなかった。

 

「連隊か…どんな所なんだろうな。」

 

何気なく呟くと、雪女が励ました。

 

「正章様なら大丈夫ですよ。それに私がついてるんですから。」

 

「たぶん雪女がついて来たら怒られるだろうな。軍属でもないし。」

 

「では正章様の私兵って事で。」

 

「何だそれは。駄目だろう。」

 

雪女は少し考え、また言った。

 

「義勇軍なら?」

 

「1人だけの義勇軍か?」

 

言われた雪女が美代を見ると、彼女は意図を汲んで挙手した。

 

「私も隊員になる!」

 

「こら、駄目だって。」

 

そう言いつつも、与野は2人と共に行動する方策を脳内で練っていた。下手に置き去りにするよりは近くに置いた方が安心であると、ここ1ヶ月で実感している。重要な仕事は確実に任せられないが、雑用程度なら問題は無い筈だ。

 

「まぁ、俺からも何とか本部に居れるように上申してみるよ。」

 

駄目元で述べる言葉を考えつつ、時が流れるのを待った。

 

 

 

 

 

 

迎えた夕方。西陽に紅く染め上げられた空の下、鎌田や与野らワジャブラ駐屯部隊幹部の10数人、それと当たり前のようについて来た雪女と美代が海岸へと向かった。

浜辺に着いて待つこと数分。久しぶりに聞いた発動機の騒音と共に、10隻の大発動艇が水平線から白波を蹴立てて突っ走って来るのが見えた。先頭の大発には紫の房が付けられた旭日旗が夕陽を受けて輝きはためいている。

 

「こりゃ只事じゃないな。」

 

事前に聞いていたとは言え、思わず与野は呟いた。あの旗は連隊旗、つまり連隊の中核が来た事を意味している。与野たち210連隊が中隊を分遣したに過ぎなかったのに比べて、かなりの熱の入りようだ。第32師団も本腰を入れたと見える。

大発が浜に着いて歩板を降ろした。続々とモロタイの地に降り立つ将兵たち。その中から1人の男が従兵と連隊旗を引き連れて歩み寄って来た。優しそうな笑みの中で、しかし眼光は鋭く、歴戦の強者である事は一見して明らかだ。与野たちが一斉に敬礼すると彼はゆっくりと答礼し、名乗った。

 

「歩兵第211連隊長の守田義輝、大佐だ。第32師団長よりモロタイ島現地指揮官を任ぜられ、只今到着した。」

 

「ワジャブラ守備隊長、鎌田少佐です。お待ちしておりました。来援に感謝申し上げます。」

 

「我らが来たからには安心してくれ。500名の精鋭だ。」

 

守田は振り返りながら言った。重火器は無いものの迫撃砲などが次々に運び出され、手空きの兵たちは隊ごとに列を成し、命令を待っている。211連隊は支那戦線で幾度も死線を潜り抜けてきた猛者たちだ。しかし与野たち210連隊も同じような経歴を持ちながらにして潰走させられている。正直、守田の言葉は鵜呑みにできなかった。ともあれ、与野も自己紹介をせねばならない。

 

「歩兵第210連隊の与野中尉であります。ワジャブラ守備隊との連絡係として閣下にお供させて頂きます。」

 

「うむ、頼んだぞ。…その子供たちは?」

 

向き直った守田が雪女と美代を見て言う。与野の背筋に冷たいものが走った。

 

「はっ!本人の希望により雑用を任せております。」

 

説明に怪訝な顔をした守田だったが、やがてフッと笑った。

 

「そうか…人手は多いに越したことはないからな。」

 

「はっ!」

 

与野は返事をながら笑った。傍から見れば釣られて笑ったようだったが、怒られなくて良かったと安堵しての笑みであった。

 

 

 

 

 

 

増援をワジャブラ村まで案内した一行は守田も交えて指揮所に入り、机を囲んで椅子に腰掛けた。そこに与野の指示で雪女と美代が地図を広げ、打ち合わせが始まった。離散していた部隊の情報はこの一月でまとめられ、各地で集結と再編成が進んでいる。

鎌田が咳払いをし、口を開いた。

 

「では現状を報告致します。御存知の通り、我々のいるワジャブラはここ。兵力は約200名です。」

 

指示棒で島の西端を示し、続いて北端を指した。

 

「北端のソピ岬周辺には海軍の第26特別根拠地隊が展開しています。」

 

「数は?」

 

「それが把握できておりません。」

 

陸軍と海軍の仲は悪く、情報の共有が為されない事が多々ある。最前線という状況下に於いてもこの有様だ。

 

「まぁ良い。陸に揚がった河童は役に立たん。」

 

守田が鼻で笑う。実際、陸戦隊は陸戦に不慣れだ。しかしこういった態度が不仲の原因の一つなのではないかと与野はぼんやり思った。

鎌田が話を続ける。

 

「同地には300名の210連隊残存部隊も居ります。また、島の東側には先に派遣されていた211、212連隊の残存部隊が各集落に分散配置されています。そして…。」

 

指示棒がサバタイ山から南西に延びるピロー川の中流を指した。

 

「第2遊撃隊残存、川島隊長以下およそ250名がピロー川中流に居ります。彼らは機会を窺って敵陣へ妨害攻撃を反復しております。」

 

守田は目を丸くした。

 

「異民族部隊と聞いたが、遊撃隊本部もここか。敵に近過ぎやしないか?」

 

「台湾の高砂族が基幹で、隊長を含めて極めて勇猛果敢であります。あの御方らしい配置といった感じです。味方の現状は以上です。続いて敵情を御報告致します。」

 

鎌田は手帳を取り出してページをペラペラ捲ると、目を細めて注意深く読んだ。

 

「敵は米陸軍であり、その総兵力は数千規模と推測。上陸直後、島南西部に巨大なピチュ飛行場を設営し、そこから発進した敵機により度々空襲を受けています。一方で地上の攻勢は鳴りを潜めておりまして、東はピチュ飛行場付近で防備を固め、西はピロー川付近で第2遊撃隊と睨み合っています。その他チライ等主要村落は敵の手中にあり、機甲戦力を含む強固な防備が敷かれています。」

 

守田は眉間に皺を寄せた。

 

「なぜ攻めて来ない?」

 

もっともな疑問だ。圧倒的戦力差がありながら出て来ないのだから不気味である。

ここまで黙っていた与野が口を開いた。

 

「しかしながら極小数による威力偵察が何度か確認され、交戦することもありました。出方を窺っているのかも知れません。」

 

続いて鎌田も言う。

 

「或いは中途半端にしておくことで増援を差し向けさせ、いたずらに消耗させようとしているのやも知れません。」

 

これらの推測に守田は暫し考え込んだ。いずれ春島を攻めるつもりであるならば戦力を減殺しようという考えも頷ける。しかしモロタイ島に巨大飛行場を整備した今、春島をわざわざ占領する理由など無い筈だ。周辺諸島を占領して制海権と制空権が確保されれば輸送はままならず、春島の大兵力は事実上封印されることになり、無視しても脅威足り得ない。ならばいっそモロタイ島を完全占領してしまう方が増援に手を煩わせる事も無く、合理的な筈である。しかし敵は動きを止めた。兵力差で押し潰すのは造作もない事なのにも関わらず。

 

「…まるで演習場を作ったみたいだな。」

 

実弾の飛び交う実戦ではあるが、周囲を制圧して作り出された閉鎖的な環境と見れば、それはもはや究極の演習場のようにも思えた。

 

「新兵の初陣の場としては理想的だな。…ともあれ状況は把握した。鎌田君、ご苦労だった。」

 

「はっ。」

 

鎌田が一礼して下がると、守田は大きく頷いて言った。

 

「敵の思惑がどうであれ、我々はピチュ飛行場を黙らせねばならん。10日後に到着予定の派遣隊を待ってから飛行場に夜襲を掛ける。準備を進めておいてくれ。」

 

「はっ。」

 

一同が敬礼をもって指示を受け入れる。瞬き始めた星々が、彼等の熱意を静かに見下ろしていた。

 

 

 

 

 

特設研究施設で暮らし初めて1ヶ月。出雲は新入りということもあり、試薬の廃棄や菌類の繁茂した容器の焼却を任され、どこか物足りない日々を過ごしていた。

この日も薬品入りの瓶を手に、所定の流しへと白い廊下を急いでいた。その途中、立ち入り禁止と書かれた扉を目にして足を止めた。最新設備による研究と繊細な管理が成されているらしい扉の向こうに対する好奇心は、初日に話を聞かされて以来、未だに胸の奥で燻っていた。

 

「やっぱり気になるよなぁ…。」

 

ぼんやりと呟く。意識すればするほど好奇心は膨張し、思考を覆っていく。

 

「何か音とかしないかな?」

 

瓶を床に置き、駄目元で扉に耳を当てた。鉄板の冷たさに一瞬怯んだが、構わず押し付ける。そのまま暫し待ってみるが、やはり音はしない。

 

「まぁそうだよな。」

 

半笑いで呟き、自らの子供っぽい行動を若干恥じた。しかし諦めて耳を離そうとしたその時、微かに何かが聞こえた。真顔になって耳を当て直す。再び聞こえてきたそれは明らかに怒声だった。

 

「この役立たずが!言われた通りにやるんだ!」

 

さては誰かヘマをやって怒られたなと考えたが、鋭い平手打ちの音に続いて聞こえた声に彼は凍り付いた。

 

「きゃっ!…お願い!もうやめてっ!」

 

それは明らかに女性の、それも幼い声だった。手が微かに震える。

 

「どういう事だ…?菌類の培養室じゃないのか…?」

 

関わらない方が良いと思いつつも、押し当てた耳が離せない。そうしている内に怒声と殴打の音が響いてくる。

 

「俺の命令が聞けんのか?俺が拾ってやらなきゃお前は今頃野垂れ死んでるんだぞ!」

 

「でもっ…こんなこと…!」

 

「まだ拒否するか。ならば失敗作として処分するまでだ。」

 

拳銃に弾倉が入れられる音がしたその時、出雲は扉を開けて中に飛び込んでいた。外の白い廊下とは対照的に薄暗くて味気無い灰色のコンクリートの廊下が伸び、左右に営倉らしき檻が並んでいるその最奥部にまた扉が見える。全速で廊下を駆け抜け、乱暴に扉を押し開けた。

そこは一面灰色の小部屋になっており、白衣を纏った男が2人と手足を縛られて横たわる男が1人、そして3者に囲まれる位置に肩までの栗色の髪をボサボサにした少女が短刀を手に座り込んでいた。白衣の1人は拳銃を手にしている。

 

「何してるんですか!」

 

怒鳴りながら白衣の前に割り込み、少女を庇った。

 

「誰だ貴様!」

 

白衣が怒鳴り返す。見れば前に見た大尉であった。

 

「出雲です!それよりこれはどういう事ですか!」

 

「マルタの性能評価試験だ。」

 

彼は言った。誰でも知っているだろうというような口振りで。

 

「これのどこが菌類の培養室ですか!幼い子を虐げて!丸太なんてどこにも無い!」

 

一層憤りを露にする出雲を前に、大尉は笑う。

 

「君、そんな話を真に受けていたのかね?それにマルタはちゃんとあるぞ。」

 

言われて歯軋りしながら部屋を見回すが、やはり丸太など無い。

 

「無いじゃないですか。」

 

「これだよ。これ。」

 

大尉の指差す先には少女が居た。彼女は震えながら出雲の足を盾にするように隠れた。

 

「…女の子ですが。」

 

「そうだ。」

 

彼は頷いて出雲の言葉を肯定すると、続けた。

 

「人体実験の素体をマルタと呼ぶのだよ。」

 

「人体…実験…?」

 

出雲は目を剥き、言葉を失った。




しばらくぶりになりました。忙しくて絵も描けず、ゲームをする気力すら無い状況です。その中でヤンデレについて再考したり話を練り直したりしてましたが、何よりもやる事の増加に比例して精神が不安定化し、息苦しい毎日です。

さて日本軍が体勢を立て直して反攻を企てる一方で米軍は不気味な沈黙を続け、地下施設ではナニカしているようですね。どうなることやら…(白目)
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