病みてし止まん   作:mofu mikuro

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15. 作戦会議

11月26日。晴天に恵まれたワジャブラの白く美しい浜辺には、その場に似つかわしくない国防色の軍服に身を包んだ屈強な男たちがずらりと並んでいた。その数、180名。予定されていた第10派遣隊が無事に到着したのだ。

 

「前へ、進め!」

 

有本大隊長の号令一下、ゾロゾロとワジャブラ村へと進み始める。新たに投入された彼等は守田の歩兵第211連隊の一部であり、新たな増援として送り込まれたのだ。春島からの航路が脅かされている今、損害無く無事に到着できたのは奇跡としか言い様が無かった。

 

有本大隊がワジャブラに到着するや否や、各部隊の指揮官や将校ら十数名が机を囲むように集まって作戦会議が始まった。しかし作戦と言っても殆ど手の打ちようが無い。目的はピチュ飛行場を襲撃してその活動を妨害するという一点のみであるのだが、戦車隊はおろか砲兵も無く、海軍もアテにならないとなれば歩兵のみで突入するほか策は無い。それでも以前からモロタイに居る者たちは増援を得て大きな希望を持っていたし、守田のような新たに来た者たちは勝利を固く信じていた。

 

「さて…歩兵のみでの突入しか手立ては無いのだが、できる限りの策を講じねばならん。」

 

彼我の現状を説明し、会議も佳境に入った頃、守田が切り出した。

 

「まず成功の為には敵の指揮系統を寸断せねばならん。これが無事なままだと、各所からの連携によって壊滅に追い込まれるのは火を見るより明らかだ。」

 

他部隊の者たちが唸る。

 

「しかし、それが簡単に出来れば苦労はしません。」

 

「砲兵もありませんし…遠隔攻撃は不可能なのでは?」

 

不安の声に守田は頷く。

 

「諸君らの考えは尤もだ。そこで…各部隊から少人数を抽出して数部隊による潜入を行い、指揮所へ奇襲を掛けて欲しい。」

 

どよめきが広がる。

 

「あまりにも無謀かと…。」

 

「成功率は限りなく低いのではないでしょうか。」

 

これに乗じて与野が声を上げた。

 

「閣下、やはり危険過ぎます。何か別の手を講ずるべきかと。」

 

「ふむ…だが他に何がある?」

 

皆が押し黙った。歩兵のみで採れる戦術は限られている。海軍は動かないし、春島から戦車や砲を運んで来るのは危険極まりない。仮に輸送できたとしても地形のせいで行動は大きく制限されるし、敵機に発見されれば間違いなく的になる。

しかし与野には考えがあった。

 

「空はどうでしょうか?」

 

守田が眉をぴくりと動かした。軍隊は陸と海だけでは無い。かつての大戦では出現したばかりの航空機や飛行船が戦力の一端を担い、今なお進歩を続けて重要な戦力となっている。事実、大東亜戦争劈頭に帝国海軍は航空機を用いて真珠湾を奇襲し、その実用性を改めて世界に知らしめた。

勿論、彼が眉を動かしたのは存在を忘れていたからでは無い。自分たちが苦しめられ、これから叩かんとしているのが飛行場なのだから忘れろと言う方が無理な話だ。理由は別にあった。

 

「私もそれは考えた。だが…君は知らないだろうが、これもあまりに戦力が少な過ぎるのだよ。」

 

落胆にも似た溜息を吐き、彼は続けた。

 

「一応説明しておこう。確かに我々にも航空兵力は存在している。しかし、もしこれが充分な数であれば我々がこんなにも苦戦する必要は無い。」

 

与野が眉間に皺を寄せる。

 

「この周辺には殆ど居ないんですね?」

 

「その通りだ。春島に第7飛行師団の一部が展開しているが、たかだか10機程度の重爆撃機とその護衛機ぐらい。これだけでは辿り着く前に全滅だろう。それに、そもそも充分な飛行機があるなら要請せずとも回してくれる筈だ。」

 

「陸軍機だけで足りないなら、海軍機も動かせば…。」

 

独逸のような空軍という独立組織は日本に存在しておらず、航空戦力は陸軍飛行隊、海軍航空隊として各軍の下に設けられている。海軍航空隊もこの地域に多少は進出している筈であり、これを動員できれば幾ばくかとは言えど戦力を増やす事ができる。

しかし与野の希望は余りにも簡単に打ち砕かれた。

 

「無理だ。」

 

守田がピシャリと言い切る。

 

「過去に何度か打診した事があったが、海軍は頑として動かん。」

 

苦々しい語りに与野は押し黙った。改めて劣勢である事をひしひしと感じると共に、味方を味方と見れなくなる。それでも何か手を打たない事には変わらない。

その時、彼は閃いた。

 

「航空機による夜襲、ならどうですか?」

 

一瞬の間を空けて将校らがざわめく。夜襲は陸軍伝統の戦法であり、歩兵は勿論の事、機甲部隊によって行われた事もある。当然の如く航空機による前例もあるが、これには相当な技術が必要とされる。暗夜の下で正確に爆撃を行うのは難しく、下手をすれば誤爆の危険性すら捨てきれない。また戦闘以外、即ち目標までの飛行と離着陸も容易では無い。熟練搭乗員が次々に喪われて速成の若年搭乗員が増える今、その成功率はお世辞にも高いとは言い難かった。

 

「…やれると思うか?」

 

守田が静かに問うと、与野は僅かな逡巡の後に頷いた。

 

「きっと、やれると思います。」

 

彼の言葉を受けても、守田はしばし沈黙を保った。

 

「夜明けに戦果確認を兼ねて司令部らしい施設を航空偵察してもらえれば、我々も無闇に探し回らずに済みます。」

 

与野が必死に訴える。尚も口を閉ざし続けていた守田であったが、やがて目を伏せると従兵を呼び、通信隊に第7飛行師団へ夜襲要請するようにと言い付けた。

走り去る従兵を尻目に、彼は与野へと向き直る。

 

「後は向こうが応じてくれるのを祈るしかないな。」

 

そう言うと、彼は様々な感情が入り交じった薄い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

特設研究施設で美月と出会ってから出雲は彼女の健康を気遣い、世話を続けていた。相変わらず隔離区域の檻の外で暮らす許可は降りないが、不思議と彼女は笑みを絶やさず、幸せそうであった。

これまでに数度、彼女を連れ出して能力を試す試験が行われた。軽火器の取り扱いや陣地構築、白兵戦術に、果ては月明かりの無い暗夜での障害物突破と射撃…しかしその全てに於いて、彼女は高い成績を収めていた。出雲も試験の数々を見学したが、薄気味悪いまでに機敏かつ正確な動きは明らかにまともな人間のそれではない。「化け物」を作る。その目的は着実に達成されつつあったのだ。

 

ある日の夜、出雲が夕食を手に美月の檻を訪れた。

 

「美月、晩御飯を持って来たぞ。」

 

声を掛けると、檻の壁際で縮こまっていた美月が飛び起きる。

 

「待ってました!」

 

彼女は駆け寄って、檻の下に設けられた隙間からお盆を受け取った。如何に人間離れした能力を発揮していたとしても、目の前で嬉しそうにしている彼女はごく普通の少女にしか見えない。

しかし体良く夕食とは言うものの、載せられている食事は事実上の残飯である。僅かばかりの握り飯、固形の携帯食糧、薄いスープ。こんな物ではとても腹は満たされない。そこに出雲が大きな握り飯をそっと載せた。美月は目を丸くした。

 

「えっ…?」

 

「俺の分だ。食っとけ。」

 

出雲がニヤリと笑う。

 

「そんな飯じゃ出る元気も出なくなる。…誰にも言うなよ。」

 

呆気にとられたような顔をした美月だが、事を理解した途端に満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ございます…!」

 

真っ先に大きな握り飯へと手を伸ばし、しかし手を宙で迷わせたかと思うと携帯食糧を掴んで齧った。その様子に出雲が慌てる。

 

「何か変だったか?」

 

「んん。」

 

彼女は食べかすをポロポロと落としながら顔を上げ、首を振った。

 

「違いますよ。折角貰ったのですから、最後にゆっくり味わいたいと思って。」

 

そう言って照れ笑いを浮かべる。その姿が愛おしくて、檻の隙間から手を伸ばし、美月の頭をくしゃくしゃと撫でた。ふと、彼女が真顔に戻る。

 

「あれ?今日はお薬出さないんですか?」

 

出雲はハッとして肩掛けの鞄に手を伸ばした。

 

「すまん、そうだったな。」

 

栄養面を考えてなのか、ここ最近はビタミンの錠剤を食事で与えるように指示されていのだ。鞄から小瓶を取り出し、中から錠剤を2粒出した。それをお盆の端にコロンと置く。

 

「これでよし、と。」

 

その時、扉の開く音と共に何者かの足音が響いて来た。思わずそちらに目を向ける。

 

「やぁ出雲君、随分と楽しそうだね。」

 

人を小馬鹿にするような声色で話しながら現れたのは豊崎だった。その出で立ちはこれまでとは異なり、米軍の軍服に黒い腕章を付けている。

 

「我々の分の軍服がようやく届いた。これで誤射される事も無かろう。君も早いとこ着替えたまえ。」

 

そう言いながら出雲の脇まで歩み寄ると檻の中を一瞥し、鼻を鳴らした。

 

「ふむ。装備品の手入れを欠かさないとは…軍人の鑑だな。」

 

「装備品って…。」

 

突然の発言に言葉を詰まらせた。豊崎の口元が、その反応を楽しむかのように歪む。

 

「装備品だ。正確には試作兵器だがな。銃に油を差すように、これに餌をやる。同じだろう?」

 

美月を動物か、下手をすればそれ以下のように言う。出雲は自覚も無しに拳を固めた。

 

「士官待遇をして欲しいとは言いません。しかし、せめて人間として見てやってくれませんか。」

 

憤りを押し殺した声で言う。

 

「彼女は物ではありません。生きていて、感情もある人間なんです。…なのに、どうしてそんな目で見るんですか。」

 

豊崎を見上げて凄む。睨まれた彼は何かを語ろうと口を開きかけたが、何やら躊躇うような素振りを見せると出雲に背を向けた。

 

「…君がそうしたいのならば好きにしたまえ。だが私はしないからな。」

 

それだけ言い放つと、彼は靴音を高く響かせて隔離区域を後にした。

 

「何なんだアイツ。」

 

出雲の呟きに、美月が答える。

 

「前からずっとこうじゃないですか。私はもう慣れてますし、気にしてませんよ。それに…。」

 

彼女は一度区切ると出雲を真っ直ぐに見据え、破顔した。

 

「優しくしてくれる人が1人居てくれれば…出雲さんが居てくれれば充分ですから。」

 

その笑顔に、出雲は胸の高鳴りを感じた。頼られる事が嬉しくて、しかし少々恥ずかしくて。

 

「あー、ほら、ご飯を早く食べちゃえよ。」

 

照れ隠しに説き勧めると美月は素直に残りの携帯食糧を頬張り、スープで流し込む。と、そこで手を止めた。

 

「あの、何か私にできる事はありませんか?お世話になってばかりでは悪いので、何かしらお返しがしたくて…。」

 

出雲は首を振る。

 

「いいんだよ。別にそんなのを求めたりするつもりは無いから。」

 

「出雲さんは良くても、私の気が済まないんです。戦う術しか知りませんが、何かできる事はありませんか?」

 

「そこまで言うなら…。」

 

強く返す彼女の言葉を受けて、軽く考えを巡らせる。ふと先程の言葉が引っ掛かった。

 

「戦う術…か。」

 

「何かありました?」

 

可愛らしく首を傾げる彼女に、真面目な視線を送る。

 

「…ここに来る前に俺を見捨てた奴が、まだ生きてればこの島に居るんだ。そいつを捕まえたい。」

 

「見捨てた…。」

 

美月が小さく反芻し、険しい表情を見せた。

 

「それは…許せませんね。」

 

「協力してくれるのか?」

 

彼女は力強く頷いた。

 

「勿論です。いずれ私は実戦投入されるでしょうから、その時に探せると思います。出雲さんの為なら頑張っちゃいますよ。」

 

そう言って握った拳をブンブンと振る。嬉しそうな彼女を前に、それでも出雲は申し訳なさを拭い切れない。

 

「その、俺の勝手な私怨なんだから、やっぱり君を巻き込むのは悪いよな。」

 

「そんな事ないですよ。戦果を挙げられればもっと待遇が良くなるかも知れない。私にも利益があるんですから。」

 

変な同情や憐れみではない、ただ役に立ちたいという純朴な瞳が出雲を見つめる。

 

「そうか…ありがとう。」

 

彼は静かに礼を述べた。捕まえた暁にはどうしてやろうかと口元を歪ませながら。




しばらくぶりです。
インフルエンザに罹ってのたうち回り、それが治ったと思ったら今度は腰を痛めました。常にどこかが不調です。

さて飛行場攻撃に航空機を投入したいのですが、苦しいのはどこも一緒。出してくれるでしょうか。
出雲はいよいよ復讐心に火がついてきました。美月が解き放たれれば、日本軍はどうなることやら…。

ご意見ご感想、お待ちしております。評価いただけると私の生きる気力が保たれるので嬉しいです。
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