作戦の大筋が定まると内容を伝達すべく各指揮官は司令部を離れ、各々の部隊の元へと向かった。
計画はこうだ。まず、翌11月29日に潜入部隊がワジャブラを出発。指揮は与野が執り、12月1日に第2遊撃隊が居るピロー川周辺まで到達する。2日にはこれを渡河し、サバタイ山の南側、チャウオ川上流域にある40高地に拠点を構築した上で3日深夜にピチュ飛行場へ潜入する。なおワジャブラ守備隊は支度をしてから僅かな留守部隊と傷病兵を置いて1日遅れで同地を発ち、後日攻撃を行えるよう急ぎ40高地拠点を目指す事となった。後釜には北端のソピ岬から南下する210連隊残存部隊が入る。
しかし作戦の立案は滞り無く進んだが、実際そのように進むとは限らない。事実、早くも問題が発生していた。
「やだ!一緒に行くもん!」
天幕の中でペタンと座り込む美代が言った。
「頑張って戦うから!離れたくない!」
彼女に相対して座る与野は弱った。後発として残ってもらう事を告げた途端にこれである。予想していたとは言え、説得以外に策は無い。隣に座る雪女に至っては呆れ顔だ。
「お前を思っての事なんだ。俺達は急いで行かなきゃならん。ついてくるのは無理だろう?」
「行けるもん。」
「最初に出会った時、川を探して疲れ果ててただろ。」
「お兄ちゃんだってクタクタだったよ。」
彼女は口を尖らせて反論した。これでは堂々巡りである。
「じゃあ戦うと言っても手榴弾の使い方しか知らないのに大丈夫なのか?」
「だったら教わるもん。すぐ覚えるよ。」
「覚えるのと当てるのは別だ。すぐに当てられるようにはならん。」
「じゃあ何でお姉ちゃんは当てられるの?お姉ちゃんだって最近教わったばっかりなんでしょ?」
「む、それは…。」
2人の視線が雪女に集まった。居た堪れず、彼女が零す。
「え…何ですか?」
「いや、どうしてそんなに腕が良いのかと思って。」
「どうしてと言われましても…別に練習した訳でもありませんし、偶然というか…。」
声を小さくして俯く。特に思い当たる節は無いのだろう。
「天賦の才能ってやつかもな。」
与野が言うと、彼女は嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった様子でクスリと笑った。
「才能だなんて、そんな大層なものは無いですよ。」
あくまで謙遜する彼女だが、どこか腑に落ちた様子にも見える。何にせよ正規兵に勝るとも劣らない戦果を以前の戦闘で挙げたのは事実であり、正規兵の仲間入りまで果たしたのだから、何か特別な適性があるのかも知れない。
しかしそれでも尚、美代は諦めきれなかった。
「私だって才能があるかも知れないよ。お姉ちゃんなんかよりもっと上手いかも知れない!」
「可能性は否定しないが…。」
「ちょっと!」
言いかけた言葉が雪女の声に遮られた。見れば鋭い目付きで美代を睨んでいる。
「お姉ちゃんなんかよりってどういう意味?」
込められた怒気がピリピリと伝わる。
「そのままの意味だよ。」
にべもなく、さらりと返す。
「私の方が強いかも知れないって事だよ。」
「あら、そう?」
雪女が口元を僅かに歪め、嫌な薄ら笑いを浮かべた。
「私はとても、いや絶対にそう思えないけど。」
その目は少しも笑っていない。絶対の自信と、それを証明する準備がある事を物語る。
「…試してみる?」
そう言って腰の銃剣に手を伸ばす。与野は慌ててその手を止めに掛かった。
「待て待て待て!何をしようとしてるんだ!」
「何って…私の実力を証明しようとしただけです。あらぬ誤解は解かねばなりません。」
彼女は平然と言い張ったが、思い出したように目を細めた。
「まぁ…証明するまでもないと言えば、そうかも知れませんね。取り乱して申し訳御座いませんでした。」
力が抜けるのを感じ、与野は掴んでいた手を離した。本当であれば少し説教をしたいところであったが、静まった彼女の怒りを再起させたくなくてやめた。
「分かればいい。」
それだけ言って話を戻す。
「とにかく、美代には少し我慢してもらいたい。君の気持ちは分かったが、我儘を聞き入れる訳にはいかないんだ。」
よくよく言い聞かせるような口調をしてみるが、それでも美代は不服そうな表情を崩さない。与野は大きく溜息をつき、譲歩する事にした。
「分かった。じゃあ、これを渡そう。」
彼は胸のポケットを探り、小さなお守りを取り出した。昔に地元の神社で貰って以来、肌身離さず持っていた物だ。神仏の加護を本気で信じている訳では無いが、それなりに思い入れは深い。美代の手を取り、それを握らせた。
「大切なお守りだ。それを俺だと思っていてくれ。」
美代は目を丸くしてしげしげとお守りを眺めると、遠慮がちに言った。
「…いいの?」
「あぁ。その代わり、今回は我慢してくれるかな?」
やや逡巡する素振りを見せたが、小さく首を縦に振った。与野が内心、安堵した瞬間であった。
翌日の太陽が昇り始める頃、与野は浅い眠りから目覚めた。予め準備しておいた弾薬盒を腰に付け、身支度を整える。そのうちすぐに雪女も目を覚まして同じように身支度を整え始めたが、ただ1人、美代は深い眠りの中に居た。彼女の手には昨日渡したお守りがしっかりと握られたままだ。
「よく寝てるな。」
仄かに赤みを帯びた柔らかな頬に優しく触れる。触れたからなのか夢を見ているのか、彼女はスヤスヤと寝息を立てながら微笑んだ。本当は起こして出発を告げるつもりであったが、よく寝ているのならばわざわざ起こす必要も無いだろう。
「正章様。」
準備を終えた雪女が促す。頷いて返し、頬から手を離して代わりに小銃を拾い上げた。
頭を出し始めた朝日に照らされて赤茶けた土の道がその色彩を顕にし、暗闇に紛れていた草地は空間との境界を取り戻す。そんな村の端には、既に潜入部隊の隊員が集まっていた。与野と雪女も含めて2人1組で10組、計20人という心細い陣容であるが、正面切って戦う訳ではないので問題は無い。拠点構築の為に分解した天幕の部品を皆で分けて背負い、あとは各々が小銃に手榴弾という軽装備ではあるが、それなりの重量にはなる。彼らは各部隊から抽出された面々なので見知った顔はあまり居ないのだが、その中にワジャブラに到着した時に指揮所の場所を訊ねた一等兵が居る事に気付いた。
「君、前に話をしたな。」
何気無しに声を掛けると、彼は背筋を真っ直ぐに伸ばして敬礼した。
「はっ!」
急な事に緊張しているのか、額に寄せられた右手は小刻みに震えている。
「名前は?」
「高峯であります。」
「高峯君、そんなに緊張しなくてもいいよ。」
「はっ。」
しかし震えは収まらず、それどころか余計に酷くなったようにさえ見える。
「前に指揮所の場所を教えてくれただろう?」
「はい…あの、間違えてましたか?」
恐る恐る訊ねてきた。きっと怒られると思っているのだろう。意図せず怖がらせてしまった事を申し訳なく思いつつ、笑顔で対した。
「いやいや、間違ってないよ。ただこの中で見知った顔が君ぐらいだったから何となく話し掛けただけさ。脅かしてしまったね。」
「左様でございましたか…。」
少し安心したらしく、彼の表情が和らぐ。と、そこで与野の袖が引っ張られた。
「正章様。」
見れば雪女が袖を掴んでいた。呑気に談笑している場合ではないと言いたそうな顔をしている。
「分かった分かった。」
与野は気を取り直して兵を整列させると、彼らの前に出て言った。
「遅くなってすまない。諸君らも重々に承知しているとは思うが、改めて言っておこう。我らの目的はピチュ飛行場の指揮官たる敵高級将校の排除だ。」
話しながら一人一人の顔を見た。直立不動を保つ彼らの双眸は、皆一様に名刀の刃先の如く輝きを放っている。
「これに成功すれば指揮系統は一時的にとは言えども麻痺し、味方の攻撃を容易ならしめる事となる。…だが危険は大きい。当然、一度敵に発見されれば目標達成は困難となり引かざるを得なくなる。いや、生還すら絶望的になるだろう。」
一同の面持ちが固くなる。与野は続けた。
「戦陣に散るのは我ら武人の本懐だ。だが、今回は敵に背を向けてでも生還を果たして欲しい。例え目的を果たせずとも、敵地を直接目にして得られた情報は必ず役に立つ。それを忘れないでくれ。」
本当は誰にも死んで欲しくないだけだ。目的を果たせての戦死ならまだしも、ただ死ぬのは余りに無意味。家族だって悲しむだろう。だからせめて今回は生き延びて、そして願わくば無事に国へ帰還して欲しかった。
ふと、やはり美代に一声掛けて行くべきかと考えて自然に首が村へと向きかけた。が、自らそれを制して口を固く結ぶ。起きたらまた騒ぐかもしれないし、戻れるかも分からないのだから彼女の知らない内に静かに去ってしまいたい。それに、そんな未練たらしい気弱な態度は皆に見せられない。胸中に入り乱れる本音を押し殺して敬礼すると、奥深い密林へと向き直った。
「出撃!」
言い放ち、足を前へ踏み出した。再び目にできるかも分からぬ景色を背にして。
纏わり付くような蒸し暑い空気の中、緑の生い茂る道無き道を強引に切り拓いて進むこと数時間。皆の表情に疲れの色が見え始めた為、小休止をとる事にした。各々が座り込んで背を木に預け、ある者はぼんやりと天を仰ぎ、ある者は足を摩って具合を確かめ、またある者は水筒を取り出して残り少ない中身を惜しむよう口に含む。そんな中、雪女は与野にくっつくように座り込んだ。汗と湿気に濡れた軍服越しに体温がじわりと伝わる。
「お疲れですか?」
そう言って見上げてくる彼女の額には、美しい白髪がペッタリと張り付いている。
「いや、疲れはまだそれほどでもないが…暑くないのか?」
「暑いですけど…?」
何を当たり前の事をという目をする。
「なら少し離れた方が良くないか?」
「これは良いんです。」
彼女はいたずらっぽく少し笑い、与野の腕にしがみついて頬を寄せた。
「いや、余計に暑くしてどうする。」
困り顔の与野が軽く引き剥がそうとすると、彼女は余計に力を強めた。
「…こうすると何だか落ち着くんです。」
「服を丸めて顔を埋めてるんじゃダメなのか?」
彼女はキッパリと言った。
「ダメです。」
「なら別の誰かに…。」
「それもダメです。布地ならだとか人の温もりなら誰でも良いって訳じゃないんです。」
いよいよ与野は困惑した。
「じゃあ何だったら良いんだ?」
「言わせるんですか?」
「言わなきゃ分からんだろう。」
雪女は大きく溜息をつき、腕を放した。
「はぁ…意地悪なんですね。」
意味ありげな態度を、与野はどう解釈すべきか迷った。
「…言いたくないなら無理にとは言わん。すまなかった。」
ひとまず結論を出して謝罪の言葉を口にした。どこかきまりが悪くなり、何となく手を膝に乗せる。そこに雪女が手をそっと重ねた。ドキッとして彼女を見ると、鋭い目線が向けられた。
「許しちゃいます。」
そう言って、堪えきれなくなったようにクスリと笑った。思わず釣られて笑う。
「君の方が意地悪なんじゃないか?」
「さぁ、どうでしょうねぇ。」
雪女は、ぷいとそっぽを向いた。
それから奇妙な沈黙が流れた。互いに上手く切り出せない気まずさが場を支配する。
雪女がそろそろ出発すべきではと声を掛けようとした時、不意に与野が口を開いた。
「しかし、意外だったな。」
雪女が首を傾げる。
「何がですか?」
「俺が美代にお守りを渡しただろ?その時に、君も何か欲しがるか、縁起が悪いとか言うかなと思ったからさ。」
なんだそんな事かと彼女は思い、それとなしに返した。
「別に、そんな事を言ったりはしませんよ。」
「そうか。そんな我儘を言うような年頃じゃないよな。」
そうではなくて、と訂正する。
「私には正章様自身が傍に居るのですから、それ以上に何も望むものはありません。それに、正章様にはお守りなんて必要ありませんよ。」
「えっ?」
思わぬ返答に驚く与野。その目線の先で、雪女は自らの胸に手を当てて言った。
「だって…私が何よりも強いお守りになりますから。」
見栄を張った訳でも、ただ意気込みを口にした訳でも無い。彼女には本当にその力がある。だからこそ、与野はその言葉に頼もしさと少々の気恥しさを覚えたのであった。
お久しぶりです。
やる事が多くて頭が弾けそうですし、精神もカンナで削られてる気分です。
そんな事はともかく、気付いたら評価☆9を2つも頂いてまして…本当にありがとうございます!私なんかには余りに勿体ない高評価で素直に嬉しいです。こうして評価や感想を頂けると楽しんで下さった方がいらっしゃったと思えますし、私にも多少は価値があるのかな…と。思い上がりですね。すいません。
さて物語の方ですが、なかなか進まなくて申し訳ないです。果たして作戦は無事成功するのか、楽しみにして頂けると有難いです。
引き続き御意見御感想、お待ちしております。
私も白髪ロリに密着されたい…。