病みてし止まん   作:mofu mikuro

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18. 潜入前夜

12月2日、夜。ひたすらに歩き続けていた潜入部隊の20人は、月明かりで辛うじて視認できる足元が上り坂となってきた事に気付き、失いかけていた元気を取り戻した。程なくして密林が途切れ、控え目な丘に膝丈程の草が茂る草原が姿を現す。40高地である。この高地はサバタイ山脈の最南端に位置しており、すぐ北には緑に包まれたサバタイ山が聳えている。一行は足早に高地を北に抜け、再び密林に入った所に天幕を張り、陣地を設ける事にした。次に偽装だが、ここからは時間との戦いになる。朝になれば偵察機が飛び回り、容易に発見されてしまうからだ。

与野ら数人が密林へと分け入り、人の背丈ほどもある葉を何枚か銃剣で伐採して担いだ。後をついてきた雪女も真似をして大きな葉を切り落とし、担ごうとした。しかし彼女の小さな身体では上手く担げず、仕方なく引き摺って持ち帰ろうと試みる。そこにひょいと高峯が現れ、手を差し出した。

 

「僕が持って行くよ。」

 

「…ありがとうございます。」

 

素直に言葉に甘え、葉を渡す。

 

「じゃあ雪女は小枝とかを集めてくれるかな?」

 

与野が言うと彼女は頷き、手頃な枝を拾い始めた。

 

「高峯、助かる。」

 

「構いません。」

 

彼が少し微笑んで陣地へ歩き出す。与野は横に並び、何気なくその襟を見た。赤地に星が2つ、二等兵の階級章。自分の物との差異は黄色の3本線があるか否かだが、見た目の僅かな違いにも関わらず階級の隔たりは大きい。

 

「これが初陣か?」

 

問うてみると、彼は少し恥ずかしそうな顔をした。

 

「はい。」

 

ふと自らの初陣を思い出す。支那のとある村の警備であったが、頻繁に便衣兵の襲撃を受けた。銃弾飛び交う前線に出る事はあまり無かったが、息絶えた両軍兵士の遺体や戦場特有の血と硝煙の臭いは、恐怖と共に鮮明に記憶している。

 

「…怖いだろ?」

 

そう零すと、高峯は一瞬迷うような素振りを見せた。与野自身も多少の慣れたとは言えど、未だに恐怖心は拭えていなかった。いや、敢えて拭わずに残していたのかもしれない。

 

「いや、誰だって怖いと思うよ。それが…普通だ。」

 

言いながら考える。今まで何度だって吹っ切れる事も、狂う事もできた。敵の死体を弄ぶ事もできた。それでもその道を拒否し続けたのは、自分が普通である、人間であるという証明が欲しかったのかもしれない。

ややあって、高峯が口を開いた。

 

「正直に言えば、確かに怖いです。でも…。」

 

「でも?」

 

彼は視線を与野の襟へ向けた。

 

「でも、それに打ち勝って戦功を挙げて、中尉とまでは行かなくても階級を上げて、親を喜ばせたいんです。」

 

―階級。確かに軍隊では階級が物を言い、誰もが高位へ昇りたがる。しかし基本的には年功序列、他に昇進しようとすれば並々ならぬ戦功が必要だ。不可能とは言わない。だが不可能に近いと言わざるを得なかった。特にこの戦況では。

 

「意気込むのは良いが、無茶だけはしないでくれ。理由が何であれ、仲間を失うのはもう御免だ。」

 

本当は無理だから諦めろと言いたい。だが彼の生き生きとして瞳を見て、失意の色に変えたくなくて、言葉を変えた。

 

「お前だって仲間がやられてるのを見た事があるだろ?」

 

静かに問うと、彼は小さく頷いた。

 

「敵が上陸した日の事でした。気の合う奴が居たんですが、そいつ、戦車に爆薬を叩き込んで自爆したんです。それで一階級特進で上等兵になったんですよ。」

 

「それが羨ましいか?」

 

「それは…。」

 

高峯が口篭る。

 

「…羨ましくないと言えば嘘になります。立派な戦死ですから。でも、自分にはそんな勇気が無いんです。」

 

まるで情けないかのように話す彼へ、与野は語り掛ける。

 

「それでいい。」

 

「えっ?」

 

「それでいいんだ。今死んで上等兵になっても、それ以上にはなれない。だから戦い続けて、生き延びて、時間が掛かっても昇進して…そうすれば、いつの間にか下士官になってる。それでいいのさ。」

 

「しかし…この戦いは退却ばかりです。何の手柄も無く逃げ延びてばかりでは、彼に顔向けが…。」

 

複雑な表情を見せる高峯。無理もない。戦って死ねと言うような精神論を叩き込まれ、これが初陣。だが何度も場数を踏めば時に命を省みない勇気が必要とは言えど、死んでしまっては戦えないという事実を直視せざるを得なくなる。

 

「勝つ事もあれば負ける事もある。負けたら次で巻き返せば良い。でも負けた時に皆死んでたら何もできない。だろ?」

 

そう、生き延びて戦えてなんぼなのだ。

高峯が俯き、少し笑った。

 

「…ですね。」

 

少し胸のつかえがとれたような表情を見せる。そんな彼の肩を叩いて笑った。

 

「ま、次でどうにかすればいいやと言って毎回適当にされちゃ困るけどな!きっとこれから流れの変わる時が来るさ。とりあえず持って行って偽装を終わらせよう。」

 

「はい!」

 

 

 

2人は急ぎ足で戻り、偽装網に枝葉を忙しく差し込む兵たちに葉を渡した。月明かりだけが頼りにも関わらず彼らはテキパキと枝葉を積み重ね、天幕を茂みや樹木へと変貌させていく。

日が昇る頃には天幕はすっかり周囲と同化し、空からはまず見分けが付かない程になった。あとは昼の内にしっかり休み、ピチュ飛行場へ向かうのみだ。

見張りとして、まずは与野と雪女が起きておく事にした。残りの者は天幕の下に入って寝息を立て始めているが3組の見張り交代要員を指名してあり、できるだけ1人の負担を少なくする方針としている。

2人は木の脇に隣合って座り込み、警戒の任を始めた。

 

「…明るくなりましたね。」

 

雪女がポツリと呟いた。日が昇り始めて少し経つ。密林の中からは鳥のさえずりが時折響いてくる。

 

「あぁ。無事に偽装も完了した。雪女が手伝ってくれたお陰だよ。」

 

与野が労いの言葉を掛けると、彼女は気恥しそうに視線を斜め下に投げた。

 

「そんな、大した事はしていませんよ。」

 

「いや、誰かがやらなきゃいけない仕事を雪女はやってくれた。それはとっても意味がある。十分に大した事だよ。」

 

「ありがとう…ございます。」

 

やや戸惑いの色を残しながら言う。そんな彼女の頭に手を乗せ、ぽんぽんと動かした。

 

「えっ…?」

 

「感謝しなきゃいけないのは俺の方だよ。思えば、君を随分と面倒に巻き込んでしまった。」

 

与野としても彼女を正規兵とすることになるとは思ってもいなかった。出会ってから味方の元に辿り着いた後は安全な場所に居てもらおうと思っていたが、結果は知っての通りだ。

 

「ありがとう。いや、すまない…かな。君には大変な思いをさせてしまっている。」

 

与野と共に戦う事は雪女も望んでいた。しかし如何に彼女の望んだ未来だとしても、常に死とは隣り合わせ。死んでしまってはどうにもならない。何もかも終わりだ。それとも彼女は死に場所を探しているのだろうか。助けられた命は、助けてくれた人の為に使う。恩返しというには些か度が過ぎる発言だったが、あの時そう言い切った彼女の目は本気だった。何が彼女を突き動かしているのだろうか。死に急ぐ理由でもあるのだろうか。

 

「…なぁ。」

 

声を掛けながら見ると、いつの間にやら雪女はうつらうつらとしていた。疲れきっているのだろう。腕を肩に回し、そっと引き寄せる。傾いた身体は何の抵抗も無くそのまま与野へしなだれ掛かり、すぅすぅと寝息を立てた。穏やかな寝顔が可愛くて、頬に掛かった髪を指先でどかしてやる。

 

「…絶対、死なせないからな。」

 

兵隊は戦う。戦えば少なからず死者が出る。だが理由がどうであれ、まだまだ先の長い彼女は死なせたく無い。必ず生きて本土の土を踏ませる。そう静かに決意した。




お読み頂きありがとうございます。

久しぶりに戻って来れました。本当に暫くぶりです。
さて言い訳タイムです。こうなった理由ですが、まず話として非常に区切りが悪く、文字数が少ない投稿になってしまうのを何とか回避しようとした事です。結果的に諦めて短いまま出してしまいましたが…。
次に史実との整合性です。元々は可能な限り史実通りの進み方をさせようと考えておりまして、戦時下の資料を漁って話を合わせていました。しかし後から新たに詳細な資料を発見してしまい、既に幾つものズレが発生していると分かったのです。これがなかなか許容できず、何度も全て削除してしまおうと考えました。しかし皆様から畏くも頂いた評価を投げ捨てるような真似はどうしてもできず、とにかくそれらしくでも話を進めようと決断に至った次第です。
最後にモチベーションです。平たく言えば気分の問題ですから、それこそ言い訳ですね。それでも言わせて頂けるなら、上記の資料発見と病院通いを強制中止させられたせいで完全に気力が喪失しておりました。この頃は少しづつ回復しているようで、ちびちびと書き進めて一段落を着けたのです。
…とまぁこんな具合ですが、誰か一人でも面白いと思って貰えたなら、それに勝る喜びはありません。

ご意見ご感想等、何かありましたらお寄せ下さい。
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