病みてし止まん   作:mofu mikuro

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19. ピチュ飛行場

いにも昼の内に敵兵は現れず、何度か偵察機が通過した以外には平穏そのものだった。その偵察機も巧妙に偽装された天幕を見つけることはできず、恐らくは異常なしと報告を上げた事だろう。…でなければ吹き飛ばされているはずだ。

 

すっかり辺りが暗くなった頃、潜入部隊はいよいよ目的を果たすべく行動を開始した。各々が小銃を手にして黒い密林へと分け入り、高地を南東に下りながら進む。この辺りからは、そこかしこに敵の前哨線があるので最大限に警戒しつつ進まねばならない。数人の部隊が地面に蛸壺を掘り、身を潜めつつ哨戒しているのだ。姿勢を低く保ち、忍者のようにヒタヒタと歩を進める。時折、陣地らしきものを目ざとく見つけては大回りに迂回し、また別の時には大胆に近くを這い進んで潜り抜ける。

何度もそうしている内に、気付けば時刻は深夜となっていた。曇り空で月明かりは薄く、潜入するには良い状態だ。しかしこれ以上遅くなると目的にかけられる時間が足りなくなる。与野が焦り始めたその時、木々の密度が薄れ、いつか見た人工の明かりが姿を現した。広い平地にかまぼこ型の格納庫が並び、所々に空襲の被害であろう瓦礫の山が置かれている。

 

「…遂に戻って来れたな。」

 

感慨深そうに与野が零す。忘れもしない、夜襲を掛けた時に見た光景。あのピチュ飛行場に辿り着いたのだ。何気なしに雪女を見やると、いつになく険しい面持ちで飛行場を眺めていた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

心配になって声を掛けると、彼女はハッとしたような顔をした。

 

「あっ、はい。大丈夫です。」

 

「緊張してるのか?」

 

「えぇ、まぁ、そんなところです。」

 

ぎこちなく雪女が笑う。とてつもなく危険で、重要な任務。緊張しない訳が無い。

 

「心配するな。きっと上手くいく。」

 

根拠も無い弱い励ましだというのは自分でも分かっている。それでも彼女の緊張を少しでも解してやりたかった。

ここで部隊は2班に別れる。飛行場の東の建物へ向かう部隊と西の建物へ向かう部隊、それぞれが10人づつ、即ち5組づつだ。与野と雪女は西だが、高峯は東。ここで暫しお別れである。しかし案ずるなかれ、結果の如何にせよ合流地点は40高地と決めてある。後は無事に戻れるように最善を尽くすのみだ。

 

「与野中尉、昨日はありがとうございました。」

 

高峯が礼を述べた。

 

「大した事じゃないさ。少し気が楽になったなら良いんだが。」

 

「私からすれば大した事です。結構考え込んでいましたから。」

 

そう言って彼は少し笑った。その素振りはどこか無理をしているようにも見える。

 

「本当にもう大丈夫なのか?」

 

「お陰様で。精一杯頑張ります。」

 

「…頼んだぞ。」

 

あまり問い詰めるのは逆効果だと考え、それ以上は触れないことにした。

 

「全員、装弾しろ。」

 

気を取り直して指示する。道中で迂闊に発砲しないよう静粛夜襲の方針をとっていた為、小銃から弾を抜いていた。指示を受けて各々が弾を込め始める。与野も弾薬盒から紙箱を取り出し、破って挿弾子を手に取ると小銃へ押し込んだ。いよいよ敵地に乗り込むという実感が改めて湧き上がり、奇妙な胸の高鳴りを感じる。

 

「作戦開始だ。東側へ回れ。」

 

東側担当の班が音も無く離れて行く。彼らは飛行場外から東側の建物群までの距離が短く、かつ発見されにくい地点を密林を移動しながら探し出し、そこから侵入する手筈だ。

 

「我々も動こう。」

 

意を決して声を掛けつつ密林から出て、飛行場の敷地へ向かう。しかし鉄条網が張られている為、すんなりとは入れない。支柱に近寄って手榴弾などの罠が無い事を入念に確認し、そっとワイヤーを外した。作られた隙間から兵たちがするりと向こう側に抜ける。最後に与野が通り抜け、ワイヤーを元に戻した。

そう遠くない場所に建物群が見え、その傍には瓦礫の山が置かれている。身を隠すには絶好の場所だ。静かに、しかし急いでそこへ向かう。

 

「まず第1段階…潜入には成功ですね。」

 

瓦礫の山に背を預け、やれやれといった様子で雪女が呟いた。しかしまだ喜ぶには早過ぎる。そこから様子を窺ってみると、どうやら建物群は道路に区切られて幾つかの地区になっているようだった。

 

「組ごとに探すか。」

 

与野が言うと、不意に雪女が口を開いた。

 

「では私たちは向こうに。」

 

指さしたのは一番遠く、他の地区と少し離れた場所だ。

 

「ふむ、ではそうしようか。他は…」

 

取り急ぎ各組に地区を割り振る。各組で見る建物は7、8棟といったところか。

 

「第2段階だ。指揮所などであれば番兵の1人や2人が警戒しているはずだ。まずはそれらしき建物を探そう。交戦は原則禁止。見つけても手は出すな。見つかってからの反撃は許可する。またここに集合だ。」

 

「了解。」

 

指示を受けた兵たちが素早く散らばって行く。与野も動き出そうとしたが、その前に何気ない疑問を口にした。

 

「そういえば、雪女が自分から意見するのは珍しいな。」

 

「まぁ、そうですね。」

 

どこか煮え切らないような態度を見せる彼女。与野はその理由が気になった。

 

「何かあったか?」

 

問い掛けてみると雪女は難しそうな顔を見せ、言った。

 

「いや、なんと言うか…直感で指揮所がある気がして。」

 

「…直感?」

 

意外な理由に驚く。しかし時に直感が当たる時もあるのだから、割と馬鹿にはできない。

 

「そうか、直感か。じゃあ信じていいか?」

 

悪戯っぽく聞いてみると、彼女はノリよく自信に満ちた表情を見せる。

 

「お任せを。」

 

「よし、じゃあ行くぞ。」

 

「はい!」

 

雪女は小銃を手に、小さくも力強い返事をした。

姿勢を低くして道路を突っ切り、目的の地区へ走る。白いコンクリートを蹴る音が響いてしまい、慌てて走り方を変える。少し音はマシになったが、いつ敵の耳に入るかと思うと恐ろしくて仕方がない。到着すると不安を掻き消すように赤茶けた土に伏せ、様子を窺った。

幸いにも誰の耳にも入らなかったらしく、敵の姿は無い。また、ざっと見たところそのような建物も見当たらない。勿論、窓から明かりが漏れている棟もあるが、やはり人の姿は見られない。

 

「場所を変えるぞ。」

 

言いながら雪女を見ると、彼女は信じられないというような顔をしながら呟いた。

 

「何で…そんなはずは…。」

 

直感に余程の自信があったのだろうか、指揮所が見当たらない事に衝撃を受けているようだ。

 

「まぁそんな事もあるさ。そんなに気を落とさなくても…。」

 

「でも…。」

 

何か思い残しがあるように口篭る。

 

「でも?」

 

「…なんでもないです。えっと、次はどうするんでしたっけ?」

 

どうにか立ち直ったらしい。与野は少し安堵した。

 

「場所を変えてみるぞ。何か分かるかも知れん。」

 

「了解です。」

 

雪女を連れて少し走り、別の角度から様子を見る。すると2階程の高さにある明かりのついた窓に人影が揺らいだ。心臓が跳ね、思わず目を凝らす。見つかりでもしたら一巻の終わりだ。しかし人影はしばらく空を眺め、窓から消えた。何気なく夜空を見ただけなのだろうか、こちらに気付いた様子は無かった。念の為にその場で少しの間じっとしていたが、他に人を見る事は無かった。

この様子では指揮所は別の地区、或いはそもそも東側にあるのかも知れないが、偶然番兵が居ないだけという可能性もある。ともあれまずは別の組の偵察結果を聞かねばならない。雪女に合図して、再び元いた瓦礫の山へと走った。

既に2組が戻っており、程なくして全員が揃った。

 

「それらしきものはありませんでした。」

 

「歩哨1名を確認しましたが、他は見当たりません。」

 

報告を聞くに、やはり指揮所は東側のように思える。しかし確かめない訳には行かないだろう。

 

「分かった。では第3段階と行こう。」

 

与野は意気込んで言った。

 

「各々が先程の地区へもう一度行き、可能な限り指揮所か否かを確認してくれ。確認が終わり次第また集合だ。指揮所が見つかったら全員で攻める。いいな?」

 

「了解。」

 

再び兵が散る。何度も行ったり来たりと無駄な動きではあるが、通信手段が無い以上、集まって話すより他は無い。

 

「さて行こうか。」

 

急いで先程の地区へ駆ける。相変わらず人の姿は見当たらない。

差し当たり、1番近くの建物に忍び寄った。明かりは無く、静まり返っている。恐る恐るドアノブへ手を伸ばして、触れた。その冷たい感触と恐怖で手を引っ込めそうになるが、勇気を出してしっかり握る。雪女の方へ振り向いて無言で目線の合図を送ると、彼女は小さく頷いた。覚悟を決め、捻って開く。

 

「…倉庫か?」

 

中は棚が何列も置かれており、缶詰らしき物ばかりが並んでいる。食料庫だろうか、明らかにハズレである。

扉を閉めて素早くその場を離れ、次の建物へ忍び寄る。今度の建物は窓から明かりが漏れており、人の存在はほぼ確実だ。壁に張り付いて気配を窺うと、やはり微かに話し声が聞こえてきた。先程とは緊張が段違いだ。

 

「正章様。」

 

雪女が警告するように言う。

 

「分かってる。最悪撃つぞ。」

 

与野の言葉を受け、彼女は扉の正面に回ってから少し離れ、小銃を構えた。

 

「…開けるぞ。」

 

小さな声に雪女が頷く。それを見届けてから扉に近寄り、そっとノブを回して小さく開いた。明かりが細く外へ漏れ出し、隙間から覗いた目が痛む。

中には小銃を背負った米兵が2人、こちらに背を向けて机上の書類を見ながら談笑していた。床には頑丈そうな長方形の箱が幾つも積まれており、半分開かれている物は中から小銃が覗いている。壁にある棚には弾薬が入っているのであろう箱が並んでいる。どうやら武器庫らしい。

 

「ハズレだな。」

 

そっと扉を閉める。様子を見に来る音も無く、どうやら気付かれずに済んだようだ。

次の建物は細い通路を越えた向こうにあった。2人は素早く移動し、壁に張り付いた。この建物には窓が見当たらず、人の気配も無い。

 

「一応見るからな。」

 

少し慣れた様子の与野がドアノブを捻り、細く開ける。しかし窓も無いせいで中は暗く、全く視界が効かない。ギリギリ身体が通る程まで開けて中へ進む。雪女も後に続き、すぐに閉めた。彼女は手探りで壁際にあるスイッチを見つけ、カチンという音を立てながらそれを押した。電灯が眩い光を放ち、目が眩む。思わず閉じた瞼をゆっくりと上げると、幾つもの棚と並べられた大量の薬瓶が視界に広がった。

 

「薬品庫か…ハズレだ。」

 

苦々しく呟く与野であったが、対照的に雪女は目を輝かせた。

 

「あの、少し見ても良いですか?」

 

「は?何をするんだ?」

 

「使える物があるかと思いまして…。」

 

悠長に泥棒ごっこをしている場合ではない。それくらいは彼女も分かっている筈だろうに。そもそも瓶には英語しか書かれていないにも関わらず、何がどんな薬品か彼女は把握できるのだろうか。

 

「今はそれどころじゃないだろ?」

 

「そう…ですけど。」

 

やや困り顔になりつつも、雪女は改めて口にした。

 

「…お願いです。少し、ほんの少しの間でいいですから、ここを漁らせてください。」

 

必死に頼み込む姿に、与野は何処と無く違和感を覚えた。ただ使える物があるかもと思い立った程度で、任務を脇に置いてまで漁ろうと考えるだろうか。ここまで言うからには何か目的があるに違い無い。それも、与野には語れない何かが。

 

「…お前、何を隠してる?」

 

疑念を口にした。途端に雪女が息を飲んで黙る。

 

「何かを探したいんだろう?お前にとって大事な、俺には知られたくない何かを。…さっきだってそうだ。何となくの直感が外れたぐらいで、どうしてそんなに驚く?」

 

彼女が僅かに俯き、視線は宛もなく床を彷徨う。与野は続けた。

 

「出会ってから幾らもしない内に助けられた時もそうだ。敵の銃を奪って撃つ、その動きに無駄が無さ過ぎた。少なくとも、多少教わった程度で出来る動きじゃない。いや、そもそも出会った時もだ。本当に訳も無く追われていたのか?何かあったんじゃないのか?」

 

ひとしきり言い切ると、倉庫は静寂に包まれた。時折、雪女が息を吸うヒュッという音がする。唇は僅かに震え、思い出したかのようにそれを噛んで抑える。

 

「…違います。」

 

暫しの沈黙の後、絞り出すような声で彼女は言った。

 

「嘘なんか…ついてません。私はただ、正章様に尽くす為に…必要とされる為に…。」

 

「ならどうしてそんなに様子が変なんだ?」

 

「そ、それは…。」

 

しどろもどろに答えたその時だった。外から誰かが駆け寄ってくる足音が響いた。弾かれたように雪女が静かに走って照明を落とすと、暗闇にも関わらず迷わずこちらに戻ってきた。そして間近の棚の後ろへ与野を引き込み、息を潜めた。

足音がどんどん迫って間近に来たかと思うと、目前の扉を開ける金属の擦れる音が室内に響き渡り、外の明かりが室内に広がった。雪女が冷静に銃剣を抜く。与野もそれに倣い、敵に備えた。




お読みいただきありがとうございます。
割と早めに出せました。こんな話にしたいと定まればある程度スラスラ書けるんですが、これがなかなか定まらない。…え?定まってもないのに書くな?
さて敵地潜入です。見つかれば助けもなく潰されるのが必至という状況に自ら飛び入るなんて、命令だとしても怖くてやりたくないですよね。私は知らない人ばかりの場に行くというだけでも緊張して、ただ汗を分泌する機械になってしまう小心者なので無理ですわ。
次もノリ良く行ければ早めに書けるかな…と(多分無理)。
ご意見ご感想、お待ちしております。
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