病みてし止まん   作:mofu mikuro

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太平洋戦争下のモロタイ島。増援として送り込まれた与野たち歩兵第210連隊は、同島守備隊である第2遊撃隊の残存勢力と共に敵飛行場を攻撃することになった。


2. 遭遇

2日後、早朝。

「アメ公にブチかましたるぞ!」

「飛行場なんざ一捻りだ!」

210連隊の将兵が口々に勇ましい台詞を叫びつつ、装備の確認を始めた。小銃に弾を込めて黒光りする銃剣を取り付け、手榴弾を腰に下げ、鉄帽をしっかりと被る。機関銃分隊は99式軽機関銃を担ぎ上げ、予備銃身と幾つもの弾倉を背負い込んだ。迫撃砲を分解し、数人で分けて背負う者も僅かに見える。

210連隊が着々と準備を進めるその横で、第2遊撃隊の残存兵も準備を始めた。しかし彼らの様子は210連隊のそれとは異なり、皆一様に浮かない顔をしていた。米軍の圧倒的戦力に晒されて大敗を喫したのだから、気が進まないのも無理は無い。

「…俺らも、あんな風になっちまうのかな?」

第2遊撃隊の将兵を見ながら与野が小さく呟いた。横で小銃に弾を込めていた出雲の手が止まる。

「縁起でもねぇ。やめてくれ。」

暗い声で言い放ち、最後の1発を込めて遊底を閉めた。

「俺達は勝ちに行くんだ。アメ公なんかには負けない。」

彼は自身に言い聞かせるように、一言一言に力を込めて言った。それは抗い難い不安の裏返しでもあった。

全員の準備が終わるとすぐに移動が開始された。隠密性を最重視した結果、進撃路は南部中央に聳えるサバタイ山の中腹を貫く険しい道と定められている。日中は敵の偵察機に見つからぬよう休憩を挟みつつ慎重に進み、夜間は可能な限り距離を稼ぐ。言うのは簡単だが実際には深い緑が視界を妨げ、幾筋もの河川が行く手を阻み、将兵の疲労は蓄積する一方の悪循環。ようやく前線付近に辿り着いたのは出発から8日も過ぎた深夜であった。

「明日の深夜に夜襲を決行する。各員準備を怠るな。」

石田中隊長の伝達に、将兵の反応は様々だった。何度も装備を確認する者、寝て疲れを癒そうとするも寝付けない者、疲労に押し潰されて泥ように眠る者…ただ間違い無く言えるのは、全力を発揮できるような状態の者は1人として居ないという事。

そんな中、与野は眠ろうと努めている1人だった。草の上に背嚢を枕にしているが、眠ろうとすればする程眠れなくなっていた。横にいる出雲は既に声も無い。疲れ切っているのだろう。

おもむろに起き上がり、辺りを見回す。そこかしこで雑魚寝する将兵たち。歩哨に立っている数名。しかしそれ以外はここが戦地とは思えない、自然の深い緑ばかりだ。見上げれば、木々の合間から美しい星空が顔を覗かせている。これが旅行ならばどれだけ楽しかった事か。思わずそんな事を考え、深く息を吐いて俯く。背嚢の側に置いてある小銃が鈍い輝きを放っていた。

 

翌、深夜。

210連隊は第2遊撃隊と別れ、匍匐前進で前線へと向かった。前哨線の合間を縫うように這い続けること3時間。ようやく緑が途切れ、人工の灯りが姿を現した。だだっ広い平地と点在する半円状の建物。ようやくピチュ飛行場に辿り着いたのだ。

「背嚢を遺棄せよ。」

「迫撃砲、展開。」

「機関銃分隊、陣地を設定しろ。」

小声で忙しく指示が飛んだ。静寂の中、金具を弄るカチャカチャという音が嫌に響く。

「迫撃砲、用意良し。」

「機関銃、射撃準備完了。」

流石は熟練の兵、あっという間に戦闘準備が整った。あとは命令を待つのみだ。全員に緊張が走り、手に力が篭る。

そして、遂にその時は訪れた。

「撃ち方始め!」

石田、旗谷両中隊長の号令一下、迫撃砲が火を噴いた。次々に撃ち出された砲弾は空高くへと舞い上がり、次いで落下に転じる。待つこと数秒。砲弾は正確に建物へ、陣地と思しき場所へと着弾し、これらを木っ端微塵に吹き飛ばした。

「前進!」

機関銃分隊が前に突出し、小銃を持った歩兵が続く。次々に迫撃砲弾が着弾する敵陣は混乱の真っ只中。完全な奇襲だ。

途端に突撃喇叭が鳴り響く。混乱に乗じての突撃。およそ400名の将兵たちが雄叫びを上げた。

「突撃ー!」

「行けっ!行けー!」

一斉に地を蹴って駆け出す。散発的に反撃が始まって幾人かが無念にも斃れるが、その程度の犠牲では勢いは止まらない。

敵の塹壕が味方の波に呑み込まれ、数瞬のうちに死体だけが残されて吐き出された。機関銃がそこに据え付けられ、配置に着こうと出て来た敵兵をバタバタと薙ぎ倒していく。瞬く間に陣地が制圧されると歩兵は建物を盾にしながら分隊単位で射撃と前進を繰り返し、駐機している敵機には手榴弾をお見舞いしていった。

与野ら中隊本部はやや後方で待機し、状況の把握と指揮に当たっていた。全てが順調であった。ここまでは。

異変は敵の反撃が熾烈になり、進退を決めかねていた時に起こった。背後からの敵襲。第2遊撃隊が敵を釘付けにするのに失敗していたのだ。自動、半自動火器から放たれる数多の銃弾が中隊本部を恐慌状態に陥れるのに、さほど時間は掛からなかった。

「ふざけんな!これじゃ挟み撃ちじゃないか!」

与野が小銃を引っ掴み、地面に伏せながら叫んだ。相手は密林の中から撃ちまくってくる。発砲炎すらはっきり見えない。

「応射しろ!」

中隊長の指示が飛ぶが、闇雲に撃つしかやりようがない。ひたすらに敵がいると思しき場所に銃撃を繰り返す。敵もこちらがあまり良く見えていないらしく、射撃精度は悪かった。しかし下手な鉄砲数打ちゃ当たる。濃密な弾幕に捕捉され、1人、また1人と血を流して倒れ込んでいく。

「出雲っ!どこだ!?」

装填しつつ戦友を探す。しかしいくら見回せど、彼の姿は見つからない。

「撤退しろ!各自離脱で構わん!」

再び中隊長から指示が出た。数名の伝令を夜襲部隊へ向かわせ、中隊本部は密林奥深くへと遁走を始めた。それに続こうとした与野であったが、やはり出雲が気掛かりだった。

「おい出雲っ!居ないのか!?」

射撃しながら叫ぶ。排莢する一瞬で再び辺りへ首を巡らせて見るが、やはり姿は見えない。いや、もしかしたら中隊本部と一緒に撤退しているかもしれないではないか。その可能性を信じ、彼は探すのを諦めて駆け出した。背後から銃弾が殺到し、木の葉を擦ってチュンチュンと音を立てる。

「ヤバいヤバい…!」

思わず振り返る。と、そこで彼は信じ難い光景を目にした。深い下草に紛れ、苦悶の表情でこちらを見つめる友軍兵。それは間違い無く出雲その人だった。下草のせいで見えなかったのだ。

「出雲っ…!」

一瞬足を止めかけた。だが今から助けに行ったところで共倒れになるのは明らかだ。どうしようもない。彼は歯を食いしばって自らの判断を正当化すると、2度と振り返ることなく走り去った。

 

ひたすらにジャングルの中を駆ける。どれほど逃げ続けているのか、今どこに居るのか、そんな思考に回す酸素も無い。ふと視線を向けた先に木の洞を見つけ、限界をとうに超えている体力を振り絞って滑り込んだ。鉄帽が脱げ、勢い余って洞の奥に足をぶつけたが、そんな痛みすら感じる暇は無い。心臓が飛び出すのではないかという程に強く脈打っているのが音と振動で感じられ、呼吸は乱れに乱れている。

暫く肢体を投げたそのまま、呼吸が落ち着くまで動かない。というよりかは動けない。

「逃げ、切れた…?」

ようやく落ち着き始めた与野は、ざっと周囲の音に気を配った。虫の声、風の音…その中にあの忌々しい異国の言語や銃声は無い。安心感が津波のようにどっと押し寄せると同時に、今まで無理をしていた身体が悲鳴をあげ始めた。それは決して抗えない眠気となって意識を瞬く間に多い尽くし、彼は自覚する事も無く深い眠りへと落ちて行った。

 

与野が再び意識を取り戻した時、既に日は高く昇っていた。しかし多くは頭上に生い茂る緑に遮られ、地表付近はあまり明るくはならない。まだ覚醒し切れていない与野は、暫し呆然とした。

「…どこだここは。」

立ち上がろうとして力を入れた足に痛みが走る。

「いっ…!」

軍服を捲って見ると、そこには小さな痣ができていた。再び腰を下ろし、こうなるまでの経緯を思い返す。モロタイ島に逆上陸し、飛行場を攻撃し、命からがら逃げ出して…。そこまで思い出した頃、一気に恐怖が戻って来た。味方は居ない。弾薬も、食料も無い。ここがどこなのかも分からない。もちろん地図など無い。もしかしたら、敵の眼前に居るのかもしれない。鼓動が次第に速くなり、呼吸も少し荒くなる。焦ったところでどうにかなる訳でもないのに。

「落ち着け…落ち着け…。」

声に出して何とか落ち着こうと試みるも、意識すればするほど焦燥感は増すばかりだ。震える手で小銃を掴み、槓桿を引き、残弾を確認する。開いた遊底の中には1発の弾丸も入っていなかった。サァッと嫌な寒気が走るが、藁にも縋る思いで弾入れを漁ると幸運にも5発だけ残っていた。幾分落ち着いた与野はその全てを小銃に押し込み、遊底を閉じた。続いて腰に手を伸ばし、銃剣を抜く。艶消しがなされた表面は黒く染められている。

「弾が無くなったら、こいつだけが頼りだな。」

呟きながら銃剣を小銃に取り付け、味方を探すべく移動する事を決意した。

「よし、何とかなるさ。」

そう声に出して自分に言い聞かせた彼は鉄帽を被るとゆっくりと立ち上がり、鬱蒼とした密林に分け入って行った。

 

しかし移動を始めたのは良かったが、現在地がどこなのか、どこに向かえば良いのかが分からない。それでも動かない限り変わらないのであればと歩き回る。無論、周囲への警戒は欠かさない。常に小銃を構えつつの移動。体力は勿論、神経も磨り減らす。

それから数時間は経っただろうかという頃、与野の精神力は限界に達していた。どこに行っても、どこまで行っても途切れる事のない緑に対する苛立ちと不安も拍車をかけていた。

「俺、このまま死ぬんかな…?」

否応なしに悲観的な思考が働き始める。名誉とされる戦死などではなく、1人彷徨って死ぬ。そんな情けない、馬鹿馬鹿しい最期を迎えたくはなかった。

「せめて敵さんにでも殺してもらえればなぁ…。」

最早彼の中では死が前提となり、その形についてあれこれ考えていた。やはり戦って死ぬるのが日本男子。見つけた敵にでも突っ込むとするか。

そんな事を考えていたその時、彼の耳が自然の音でない何かを拾った。条件反射でその場に伏せ、小銃を握り締める。そのままじっとしていると、どうやらそれが人の声である事が分かったが、その言語は与野が理解できる物ではなかった。

「敵、か?」

先程までの考えもあり、当然の恐怖と奇妙な期待が入り交じる。ともかく確認をと声のする方向へ這い進むと突然視界が開け、崩れかかった粗末な建物が幾つか現れた。廃墟と化したどこかの集落に当たったのだ。

「よし、飯ぐらいはありそうだな。」

思わず漏れた言葉に、自分で少し笑う。さっきまで死に方を考えていたのに、希望が見えた途端に生に縋り付く。なんと意志の弱い事か。そう思ったその時、今度は銃声が響いた。少なくとも味方のそれでない音に彼は聞き覚えがあった。敵のM1半自動小銃だ。どうしたものかと戸惑いつつも伏せたまま小銃を構えていると、ちょうど建物の陰から人影が飛び出した。靡く銀髪に襤褸を纏った小柄な容姿…少女だろうか。その後を追って1人の米兵が現れた。

「追われてるのか。」

逃げ回る少女を執拗に追う米兵。いつまでも続くように思われた追いかけっこは少女が瓦礫につまづいて転んだ事によって終わりを告げ、壁を背に追い詰められた彼女へ米兵が小銃を構えた。その様子を静観していた与野は秘かに決意を固めた。

「戦って死ぬもよし、上手く助けるもよし。どうせならやってみるかね。」

出来るだけ弾は消費したくない。そっと密林から脱し、背後から銃剣を突き立てるべく米兵の真後ろへと回り込む。抜き足差足。音を立てないよう、あらゆる動作に気を配る。幸い、米兵は目の前の少女をどういたぶろうかと考えているのか、全くこちらに気付かない。機会は一度きり。小銃を握る手に力を込め、一気に駆け出した。

「はぁっ!」

腹の底から力を絞り出して無防備な背中へと小銃を突き出し、槍となったそれは深々と米兵の右の肋骨の間に突き刺さった。完璧な奇襲。強い反動を体で受け止めつつそのまま前へ更に押し出すと、座り込んで呆然とする少女の横に米兵が叩きつけられ、呻き声を上げた。

「まだまだぁっ!」

与野は叫びながら米兵を踏みつけ、思い切り小銃を引き抜いた。銃剣に付着した血液が飛び散り、壁に赤い斑点を描き出す。引き抜く動作を利用して大きく振りかぶり、狙いを首筋に定めて思い切り振り下ろした。ザクッという音と確かな手応え。壁に添えられていた米兵の腕がだらりと垂れ下がった。

「なんとかなったな…君、もう大丈夫…。」

少女を安心させようとする与野。しかしそれは騒々しい足音に妨げられた。

「まだいるのか!」

慌てて小銃を引き抜いて振り返ると同時に建物の角から米兵が飛び出して来た。瞬時の判断で横っ跳びに転がると、発砲音と共に直前まで居た場所を銃弾が切り裂いた。そのまま崩れかけた壁の後ろに転がり込み敵の猛射をやり過ごす。5発程連射された後、射撃の止んだ一瞬を衝いて頭を上げると、瞬時に小銃の照準の真ん中に敵の頭を捉えて引き金を引き絞った。ダンッという銃声と肩に来る反動。それらが収まる頃には、既に目前の敵は斃れていた。

「…流石に、もう勘弁してくれよ。」

呟きながらしっかり確かめるように槓桿を引いて周囲の様子を窺う。そのまま数十秒に渡って安全を確認し、ようやく与野は小銃の構えを解いて脇に下ろした。大きな溜息を吐き、初めて仕留めた米兵に目をやる。噂通りの大柄な体格。マトモにやりあえば支那兵のように簡単に倒せはしないだろう。そこでハッと我に返った。助ける為とは言え、幼い子にこんな光景を見せてしまったと良心がちくりと痛む。

「…今更だけど、あんまり見ちゃ駄目だぞ。そうだ、怪我は無いかい?」

そう言って隣で座り込んでいる少女を見ると、彼女は澄んだ紅い瞳で与野を見上げ何か小さく呟いた。

「……ま…?」

「へ?」

聴き逃した与野が声を漏らすと、少女は慌てた様子で礼を述べた。

「あっ、いや、助けてくれてありがとうございます。」

落ち着いた感じの可愛らしい声で謝意を述べ、ぺこりと頭を下げる少女。雪のように白い肌に、腰まで伸びた美しい銀髪がはらりと垂れ下がる。見たところ怪我は無いようだ。

「いや大した事でもないよ。何にせよお互い無事で良かった。ところで君、何で追いかけ回されていたんだい?」

何気ない問いに少女の表情が曇る。

「それは…。」

言い淀む様子を見て、慌てて付け足す。

「いや別に言いたくない事だったら言わなくて良いよ。」

「違うんです。突然追いかけられて…何故か分からないんです。」

困惑した様子の少女。誰だって突然追いかけられたら困るだろう。

「まぁ世の中変な奴も居るからなぁ…君みたいな別嬪さんは特に大変だろうな。」

からかい半分で笑うと、少女はみるみるうちに赤くなってしまった。

「べ、別嬪さんなんて…!」

両手で顔を隠して俯いたが、隠れていない耳は茹でた蟹のように真っ赤だ。しかしこのままではどうしようもない少女は、無理矢理にでも話題を変えるべく与野に向き直った。

「あ、あのっ!お名前、教えて下さい!」

突然の態度の変わりように与野は少し驚いた。

「おう、俺は与野。与野正彰だ。」

少女はその名前を頭に深く刻み込んだ。

「私は大隈雪女(ゆきめ)です。改めて、助けて頂いて本当にありがとうございます。」

雪女が深々と頭を下げる。

「いや、この島を、ここに暮らす人々を守るのが俺達の仕事。当然の事をしたまでさ。」

与野が照れ隠しにはにかみながら謙遜する。だが彼は疑問を感じずにはいられなかった。最前線と化したこの島に、絶対に安全な場所など無い。彼女はどうするつもりなのだろうか。

「大隈…。」

「あの、雪女…って呼んでください!」

「あぁうん。雪女。」

「はぁい?」

要望通りに直すと、雪女は嬉しそうに笑って返事をした。

「可愛い…。」

「え?」

「あっ、いや、雪女…はこれからどうするのかなって。」

思わず口に出た本心を誤魔化しつつ与野が訊くと、雪女は少し唸った。

「んー…そうですねぇ。」

顎に手を当てての考える仕草がいちいち可愛らしい。そして長考の末、彼女は口を開いた。

「では与野様に付いて行きます!」

「おいっ!」

与野の九九式軽機関銃より速いツッコミが炸裂する。

「君は敵の居ない方面に逃げるべきだろ!あと呼び方!」

「むー。」

頭を抱える与野の前で雪女が頬を膨らませて抗議の唸りを上げる。

「分かりましたよ。」

「おっ、考え直したか?」

「はい。正彰様に付いて行きます!」

「おぉいっ!!俺の話は完全無視かよ!」

二度目のツッコミ。しかし臆せず雪女は言う。

「このまま恩返しもしないのでは申し訳ありません。救ってもらった命は救ってくれた方の為に、正彰様の為に使います。」

ハキハキと言い張る彼女の目は本気だ。何とか宥めようと試みる。

「しかし君のお母さんだって心配しているだろうに。」

「両親どころか、親族一切がもう居ません。…もう、皆。」

しまった、地雷だったかと与野が狼狽する。

「あー…すまない。そんなつもりじゃ無かったんだ。本当にごめんよ。」

「別に構いません。心の整理はついてますから。」

「そうか。君は強いな。」

感心しながら言い、彼は今一度考えた。やはりこんな幼子をみすみす危険の中に置き去りにはできない。ここに至って彼も決意を固めた。

「分かった。雪女が付いて来たいならそうすればいい。」

「本当ですか!」

「ああ。だが言う事をちゃんと聞いて、いい子でいるのが条件。いいね?」

「勿論です!正彰様が仰せになった事なら何だってします。どんな雑用でも、どれ程理不尽な事でも構いません!」

「ちょっと待て。何もそんな事まで言ってないし、言うつもりも無いぞ。俺が言いたいのは逃げろとか、隠れてろとか、じっとしてろというので…。」

「それでは正彰様のお役に立てないじゃないですか。」

不満そうに言う彼女に与野は頭を抱えた。もしかしたらとんでもない子を拾ってしまったのかもしれない。そんな彼の苦悩をよそに、彼女は懇願するように言い寄る。

「お願いです、連れて行ってください!正彰様の忠実な下僕となる事を誓いますから!だから見捨てないで下さい!!」

「分かった、分かったから!」

与野が根負けして音をあげた。

「とにかくちゃんと言う事を聞いてくれさえすればそれで良いから!」

「はい!」

嬉しそうに笑う雪女。その笑顔の裏に与野は尋常ならざる何かを感じ、ぞわりとしたものが背筋を駆けたが、今は目前の問題を解決しないことにはどうにもならない。半ば気を紛らわす為にとにかくまずは現在地の把握を試みることにした。

「とりあえずこの集落を探索しよう。ここがどこか知りたいし、食料も調達したい。」

「分かりました。お任せ下さい。」

雪女が嬉々として言い、早速手近な家屋へと潜り込んで行く。若さ故か実に活発だ。そんな彼女の後ろ姿を見送った与野は、差し当たりすぐ横に転がっている米兵の刺殺体を漁る事にした。しゃがみこんで腰に付いているポーチに手を伸ばし、早速開けて覗き込んでみると、茶色い袋に包まれた棒状の物体が目に入った。

「携帯食糧、なのかな。」

腹が空いていた事もあり袋を開けて中身を取り出してみると、薄い茶色の菓子のような物が姿を現した。摘んでしげしげと観察してみるが、やはり携帯食糧のようだ。

「いただきます…。」

律儀に言ってから少し齧る。小麦やら何やらを固めたような食感にお世辞にも美味しいとは言えない味だが、食べられるだけ有難い。残りを口に押し込み、頬張りながら更にポーチを漁ってみると底の方から手帳を見つけた。

「英語分かんないからなぁ…」

自らの学の無さに悪態をつき、それでも何か分かればとパラパラ捲っていると、何度も開かれたせいか癖がついているページがある事に気が付いた。見てみると、そこには若い男性とその母親と思しき人物が写っている1枚の写真が貼り付けられていた。穏やかに笑う写真の男の顔は、足元に倒れている米兵によく似ていた。

「敵とは言えど人間であり誰かの息子。やっぱり申し訳ない気持ちになっちまうな…。」

手帳をポーチに戻してから立ち上がり、静かに黙祷する。戦争でなければ友人になれたかも知れない、そう思わずにはいられなかった。続いてもう1人の遺体も漁ってみたが、敵の小銃弾と携帯食糧ぐらいしかめぼしい物は無かった。ついでに落ちているM1ガーランド半自動小銃を拾い上げる。99式小銃の弾薬が3発しか無い今、どうにかしてこれを使用せざるを得ない。

「しかしどうやって扱うのか…。」

99式小銃のような槓桿が見当たらない代わりに小さな突起があり、それを引いてみると遊底が開いて内部を見る事ができた。中途半端な箱のようなものに弾が3発挟み込まれており、どうやらその箱自体を装填するようだった。物は試しと近くの木に狙いを定めて引き金を引き絞ると、鼓膜を打つ銃声と共に弾丸が撃ち出され、空薬莢が右に吐き出されると同時に99式小銃よりも強い反動が肩に伝わって来た。そのまま引き金を引き続けると更に2発発砲、直後に弾の入っていた箱が甲高い金属音と共に勝手に弾き出された。恐らく装弾子なのだろうと推測しつつ遺体から新しく装弾子を拾い、装填をするべく遊底を開いてそれを押し込む。

「ぬおっ!」

奥まで押し込んだ瞬間に突然物凄い勢いで遊底が閉じ、危うく指を挟まれそうになった。構造上、致し方ない欠陥なのだろうか。

「あの、大丈夫ですか?」

振り向くと雪女が心配そうな表情を浮かべて立っていた。

「銃声や変な声がしたので…。」

「あぁ、敵が来た訳じゃないよ。ただの試し撃ち。」

「そうでしたか、何とも無ければ良いのですが。」

彼女は少し表情を和らげ、手にしていた紙を差し出した。

「地図を見つけました。ここはピロー付近のようです。」

地図を受け取って目を落とし、ピローという地名を探す。その名前はすぐに見つかったものの、位置に問題があった。与野たちが上陸したボソボソとは真反対、島の西側だったのである。なにかの間違いであって欲しいと何度も地図と周囲の地形を見比べる。しかし山の位置から見るに、ここがピローである事は間違いないようであった。

「おいマジかよ…逆じゃないか。」

冷や汗を流す与野の脳裏に様々な情報が駆け巡る。味方の位置、兵力、敵の前線…どこへ向かうのが一番良いのか、情報が集まってくる司令部付きはこういう時に強い。

「どうするつもりですか?」

不安気に言う雪女。その表情を見て、与野は咄嗟に彼女を心配させるわけにはいかないと思った。

「えっと、とにかく移動しようか。北に行けば味方の陣地があったと思うから。きっと大丈夫。あとこれ。食べ物だよ。」

とりあえず思い出した事を言い、ついでに鹵獲した携帯食糧を渡して歩き出す。

「分かりました…んん、あんまり美味しくない…。」

早速、携帯食糧を齧った雪女が後を追った。




最後までお読みいただきありがとうございました。
ようやく女の子の登場です(ロリコン)。果たして2人はどうなることやら…。

御意見御感想、お待ちしております。
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