病みてし止まん   作:mofu mikuro

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6. 集落へ

雪女は海岸沿いを北へ向かっていた。時々木陰で涼んで休憩する。吹き付ける海風が心地良い。

 

「ん?あれは…?」

 

休んでいると沖を何かが3つ、北へと航行していくのが見えた。艦艇と呼ぶには些か小型過ぎるそのシルエットに、雪女は見覚えがあった。

「LCVP…!」

 

人員輸送や上陸戦に大量投入される米軍の小型舟艇。日本軍では大発動艇がこれに当たる。

 

「どこに行くんだろう?」

 

ぼんやり眺めていると、後から飛行機が追って出てきた。数機の小さな編隊だが、どうやら先程の舟艇の護衛部隊らしい。しかし雪女はどこか違和感を覚えた。移動の護衛に航空機を投入するだろうか?勿論、護衛の可能性は十分にある。不思議とまでは言えない。しかしそれなら魚雷艇などでも事足りる筈だ。それをわざわざ航空機で行う理由に、彼女は思い当たる節があった。

 

「もしかして、どこかに上陸するつもり?」

 

上陸戦などで洋上から地上に艦砲射撃を行うが、これは大規模な艦隊を用いて辺り一面を焼き払うのが常。魚雷艇や砲艦数隻では能力不足だ。しかし航空機ならば空中から的確に目標を探して攻撃できる。特に小規模な作戦では費用対効果の面から見ても有効な手段だ。彼女はひどく胸騒ぎを覚えた。

 

「もし正彰様の仰っておられた集落に向かっていたら…」

 

最悪の事態が頭を過ぎって自然と立ち上がったその時、背後から声が掛かった。

 

「いたぞ!」

 

雪女が咄嗟に振り返ると、今まさに小銃を構えんとする日本兵が立っていた。そして左腕の黒い腕章を視認するや否や、雪女は思い切り横に跳んだ。地に着くまでの数瞬でポケットから拳銃を引き抜き、受け身を取りつつ発砲。胸を撃ち抜かれた日本兵が崩れ落ちる。雪女は駆け寄ってその頭を撃ち抜いた。

 

「どこにいる!?」

 

「どうした!返事しろ!」

 

近くで声がした。雪女は倒した日本兵から九九式小銃と銃剣を奪い取ると素早く着剣した。続いて辺りの気配を窺いながら弾薬盒を漁り、弾を鷲掴みしてポケットに放り込む。

 

「これでよし。」

 

彼女が一つ頷いたその時、右から生い茂る草木を掻き分けて来る音がした。しゃがんで腰だめに小銃を持ち、息を潜める。そして足音が至近まで来た瞬間に、斜め前へと思い切り突き出した。

 

「ぬぐっ!」

 

腕に大人の体重と確かな手応え。眼前には苦悶と驚愕の表情を浮かべた男の顔があった。そのまま小銃を横に凪いで引き倒し、銃剣を引き抜いて男の首に突きつける。

 

「あと何人いる?」

 

雪女が睨んで問うと彼は不敵な笑みを浮かべ、あろう事かその頸部を自ら銃剣に叩きつけた。

 

「んん!」

 

刃が深々と首を裂き、断末魔の声が漏れる。慌てて雪女が銃剣を引き抜いたが、既に男は事切れていた。

 

「駄目か。」

 

雪女は小さく舌打ちし、周囲の様子を伺った。声からして少なくともあと1人は居るはずだ。しかし生い茂る緑は視野を遮り、敵も息を潜めているらしく物音もしない。

 

「それなら…。」

 

手頃な大きさの石を手に取り、できるだけ草木の少ない場所を探す。どこも大して変わらないが、僅かに密度が小さい一箇所に狙いを定め、思い切り投げた。石は至近の草木をすり抜け、その奥でガサガサと音を立てた。敵からすればあたかも雪女が動いたように聞こえる筈だ。

 

「さぁ食いつけ食いつけ…!」

 

そう思うや否や早速右前方で音がした。目を凝らしてみると人影が一瞬見えた。そっと小銃を構え、引金を絞る。

 

「うわっ!」

 

悲鳴が上がって派手に音がした。雪女が駆け寄ると、まだ若い少年兵が左肩を抑えて悶絶している。彼の腹を踏みつけ、頭に拳銃を突きつけた。

 

「いい?よーく聞いて欲しいの。」

 

雪女は猫撫で声で言った。

 

「私の質問に正直に答えてくれたら、君を逃してあげる。分かった?」

 

彼はコクコクと忙しく頷いた。雪女が微笑む。

 

「よしよし。じゃあ質問だよ…まだ近くに仲間は居るの?」

 

少年兵の顔に戸惑いの色が浮かぶ。

 

「んー?言わないの?じゃあどうしよっかなぁ〜?」

 

拳銃で彼の頭を軽くつつく。途端に彼は口を開いた。

 

「い、いない!ここら辺にはいない!」

 

「本当に?」

 

「本当だよ!」

 

雪女は満足気に頷いた。

 

「ふむ。じゃあ、君たちの兵力は?」

 

「一個中隊…。」

 

「ん〜?」

 

拳銃が頭に押し付けられる。

 

「間違えたんだよ!二個中隊!」

 

震え声で少年兵が叫んだ。雪女は笑顔を崩さない。

 

「うんうん。じゃあもう1つね。」

 

「何だよ…。」

 

「米軍が舟艇と航空機を出してたけど、行先はどこ?」

 

問われた少年兵は眉間に皺を寄せた。

 

「流石にそこまでは知らない。」

 

「本当に?」

 

「本当だよ。見れば分かるだろう?僕は下っ端の一等兵。そんな情報なんか知りたくても知れないよ。」

 

「なるほどねぇ…。」

 

雪女は頷くと、拳銃の引き金に指を掛けた。途端に少年兵が青ざめる。

 

「逃がしてくれないの!?」

 

「逃がしてあげるよ。」

 

言葉とは裏腹に、指は引き金に掛けられたままだ。

 

「話が違う!頼むから殺さないで!」

 

悲痛な叫びが密林に谺響する。しかし雪女は顔色一つ変えずに言った。

 

「逃がしてあげる。この世からね。」

 

指を引く。弾き出された銃弾が少年兵の頭蓋を割り、中を掻き回し、彼の意識は痛みを感じる間も無くこの世から永久に消し去られた。

 

 

 

 

 

 

「まだー?」

 

「あと少しだから。」

 

疲労というよりは退屈したような素振りを見せる美代に対して、与野は何度目か知らぬ答えを返した。濃い緑の中を地図を見ながら北に向かっているのだが、川や崖などといった特徴的な地形に出くわさない限り現在位置など把握のしようがない。簡単に言えば道に迷っていた。もっとも、道など存在しないが。

 

「いつになったら着くの?」

 

「んー…。」

 

与野が今一度地図を開く。何か手掛かりが掴めないかと目を皿のようにして眺めるが、どうにも分からない。

 

「ちょっと待ってて。」

 

与野は手近な木に足を掛け、登ろうと試みた。何度も足を滑らせる。

 

「下手くそ〜。」

 

下で美代が笑う。恥ずかしさに歯噛みしながらどうにか登りきり、地図を広げて辺りを見回す。海沿いを行けば確実性はあるが、舟艇や航空機からの被発見率が高まる。出来ればやりたくない最終手段だ。となれば川を利用するのが最善策だろう。しかし川が見つからない。

 

「あとは山か…。」

 

西を見るとサバタイ山はやや南西方向に見え、北西には新しく山々がその姿を見せていた。ワジャブラ山脈である。川は山脈の南端辺りから東に流れているため、ワジャブラ山脈へと向かえば必然的に川に出会える。

ぎこちない動作で木から降りた与野は、美代に地図を見せながらこれからの計画を語った。

 

「今、南西にサバタイ山が、北西にワジャブラ山脈が見えてるんだ。だから現在位置は大体この辺り。」

 

地図上を指し示すと、美代はコクコクと頷いた。

 

「うんうん。」

 

「ワジャブラ山脈の南辺りから川が流れている筈だから、まずはそこを目指す。」

 

「それから?」

 

「それからは川に沿って下って行く。そうすれば…。」

 

指を川に沿ってスーッと動かす。

 

「ほら、集落に着けるだろ?」

 

美代は目を輝かせた。

 

「おおっ、天才!」

 

「いやこれぐらいは…。」

 

「じゃあ出発!」

 

「あっ待て待て、置いてくな!」

 

意気揚々と歩み出した美代を、与野が地図を仕舞いながら慌てて追った。

 

 

 

数時間後。

 

「やっと見つけた…。」

 

山から流れる細い川を前に、与野がやつれた表情で呟いた。地図で見ればほんの数キロの距離だが、視界の利かない中で真っ直ぐ到着などできよう筈も無い。更には熱帯の尋常ではない蒸し暑さが体力の消耗に拍車を掛ける。

 

「疲れたよー…。」

 

美代も限界らしく、へたりこんでしまっている。与野でこのザマなのだから当然だ。

 

「まだ歩かなきゃダメ?」

 

「まぁ、な。」

 

軍服の袖で汗を拭いながら与野が答えた。彼とて動きたくは無いが、そういう訳にも行かない。

不意にフラフラと美代が立ち上がり、吸い寄せられるように川へと歩いて行った。慌てて声を掛ける。

 

「おい、気を付けろよ。流されたら洒落にならん。」

 

「大丈夫だよ。」

 

返しながら美代は河岸に座り込み、そして何かに気付いたように動きを止めた。

 

「流されたら…。」

 

「ん?どうした?」

 

「それだよ!」

 

首を傾げる与野を前に、彼女は目を輝かせて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

左に打ち寄せる白波、右に生い茂る緑。その間に挟まれた狭い砂浜を雪女は進んでいた。サクサクと砂を踏み締める音を後に残し、ひたすらに先を急ぐ。

 

「…ん?」

 

彼女の耳が何かを捉えた。小さく唸るような音が次第に大きくなっていく。慌てて密林へ飛び込み、身を屈めて動きを止めた。待つこと数十秒。轟音と共に、背後から低空を米軍機が飛び去った。

 

「近いな。」

 

米軍機の後ろ姿を見送りながら呟く。前方遠くの海岸線に目を凝らすと、砂浜ギリギリに何かが泊まっているのが小さく確認できた。少し前にも見た姿、LCVPである。

 

「やっぱり…あそこか…。」

 

距離的に考えてそろそろ集落に着く筈だ。となれば、やはりそこに米軍が上陸しているのだろう。雪女は砂浜を進むのを諦め、密林に少し分け入って進む事にした。

 

「正章様…どうか御無事で…!」

 

自分でも気付かぬ内に呟き、足を早めた。




最後までお読み頂きありがとうございます。
ちょいと汚絵描きに全力を注いでました。でもやっぱり何やっても駄目です。

味方である筈の日本軍から攻撃を受けた雪女。何が起こっているのやら…?

ご意見ご感想、お待ちしております。
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