病みてし止まん   作:mofu mikuro

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8. 対立と共謀

与野は日本兵の待つ茂みへと飛び込んだ。久しぶりに見た味方の姿に安心感がドッと湧く。

 

「間に合って良かったです。」

 

鉄帽の下から覗く目を僅かに細めて微笑んだ日本兵は、与野に対して敬礼した。襟の階級章を見ると少尉であるようだ。

彼は続けて言った。

 

「第2遊撃隊の森田少尉であります。」

 

与野が答礼する。

 

「歩兵第210連隊の与野中尉だ。指揮官は誰だ?」

 

「はっ。自分が最先任なので指揮を執っております。」

 

「ふむ、君か。」

 

与野は一つ頷いて続ける。

 

「では現状を教えてくれ。」

 

森田は返事をすると、彼らの現状を話し始めた。

 

「211連隊と212連隊、それから第2遊撃隊の残存兵を掌握してワジャブラ山脈を転々としつつゲリラ戦を展開しておりました。」

 

「我々210連隊が飛行場に夜襲を掛けた時に君たちには後方で抑えになってもらった筈だが、突破されたのか?」

森田が頭を下げる。

 

「はっ…申し訳ございませんでした。」

 

「いや構わん。君たちがこれ迄の戦闘でボロボロの状態になっていたのは知っている。無理に動いてもらったのだから突破されるのも致し方ない。良く戦ったよ。」

 

そう言って与野は森田の肩を軽く叩く。そこで彼は思い出したように言った。

 

「そういえば川島隊長は如何された?」

 

「はっ…それが、その、私が退却途中ではぐれまして…少なくともそれまでは御無事で居られました。」

 

こっぴどく叱られると思ったのか、森田が硬直してボソボソと言う。しかし境遇は与野も大して変わらない。

 

「そうか。俺も中隊本部付きだったんだが退却時にはぐれたんだ。似たもの同士だな。」

 

森田の表情が幾ばくか和らいだ。

 

「中尉殿もでしたか…。ともかく、本隊と合流するのが目下の目標です。」

 

「本隊がどこに居るのか、大体でも把握しているのか?」

 

「いえ…。」

 

声を落として答える森田。その時、彼の部下がやって来た。

 

「報告します。集落の制圧に成功。残敵は洋上に戻り、撤退した模様です。」

 

「よくやった。損害は?」

 

「戦死8、負傷10です。」

 

「…よろしい、上出来だ。」

 

部下は踵を返して立ち去った。残された2人に重い沈黙がのしかかる。上出来という発言とは裏腹に、森田は地面を睨みつけていた。

 

「…俺のせいか?」

 

どうにか口を開いた与野が問う。森田はゆっくりとかぶりを振った。

 

「いえ、どの道襲撃して食糧等を強奪しなければならない状況でした。偵察をしに来たら追い詰められていたので、お助けしただけです。」

 

彼は一度口を噤み、再び開いた。

 

「ともかく、中尉殿に指揮を執って頂きたいのです。」

 

部隊を率いるのは並大抵の事ではない。平時ならまだしも戦時とあらば部下の命を危険に晒し、時に見捨てるといった決断を迫られる立場だ。しかし与野が最先任である以上、指揮は執らねばならない。

 

「…分かった。」

 

渋々、与野は頷いた。

 

「現在の人数は?」

 

「先程報告のあった戦死者を引くと私も含めて30名です。」

 

与野が唸る。

 

「すると動けるのは20名か。マトモに戦うのは無理だな。」

 

彼の脳内ではこの集落を維持しておくつもりであったが、やはり兵力が圧倒的に足りない。これではもう一度攻撃を受けただけで壊滅する。だからといって逃げるのも簡単では無い。負傷者の具合が歩けない程であった場合は担架に乗せて運搬せざるを得ないが、ただでさえ足場の悪い密林の中を運搬するのは困難を極める。移動速度が遅ければ、敵は容易に追いついてしまう。

 

「どうしたもんかなぁ…。」

 

与野の小さな呟きは、高温多湿の不快な空気の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

一方の雪女は、与野が話を終えるのを同じように茂みに入って待っていた。ちらりと横を見ると、いつの間にか与野と一緒に居た見知らぬ短い黒髪の少女がちょこんと座っていた。不思議な感覚が胸の中に広がる。何とも形容し難い、しかし決して安らぎではない感覚。

 

「貴女は誰?」

 

雪女が問うと、少女は彼女の方をくるりと向いた。大きな瞳がパッチリと開いている。

 

「美代だよ。」

 

ポンと出された返答に雪女は呆れ返った。

 

「敬語ぐらい使ってよ。」

 

美代は瞳をパッチリと開けたまま首を傾げた。どうやら敬語が何か分かっていないらしい。

 

「丁寧な言い方よ。…まさか、正章様にもそんな口を利いたんじゃないでしょうね?」

 

美代が数回パチパチと瞬きをする。

 

「…?お兄ちゃんはそんな事言ってなかったよ?」

 

今度は雪女が呆気にとられ、パチパチと瞬きをする番だった。

 

「…お兄ちゃん?」

 

「うん、お兄ちゃん。」

 

「もしかして、正章様の妹…?」

 

恐る恐る疑問を口にする。しかし美代はフルフルと首を振った。

 

「違うけど…最初にそう呼んじゃったから、そのまま呼んでる。」

 

「なら、これからは正章様と呼んで。貴女に気安くそんな呼び方をする資格は無い。いい?」

 

美代を睨みつつ、強い語調で言う。

 

「なんで…?」

 

美代は困惑の表情を一層強くした。或いは、雪女の高圧的な態度への小さな反抗だったのかも知れない。しかし雪女はそんな意図を知ってか知らずか、彼女の言葉を鼻で笑った。

 

「正章様は私の命の恩人。だから私はこの助けられた命で正章様の為に尽くすと決めているの。貴女がどんな経緯で拾われたかは知らないけど、戦う術すら知らない貴女は足手纏いにしかならない。だったらせめて身の程をわきまえて口の利き方ぐらいはちゃんとして。」

 

途端に美代は血相を変えて叫んだ。

 

「足手纏いなんかじゃない!」

 

近くで善後策を練っていた与野は、その声に思考を中断された。何事かと見てみれば、憤りを露にした美代が雪女を睨みつけていた。

 

「どうした?」

 

彼が問うと、美代がこちらを見て涙をじわりと浮かべた。

 

「お兄ちゃん…この人が虐める…。」

 

彼女の指が雪女を指した。与野は眉間に皺を寄せて雪女を見る。

 

「おい雪女、お前何か言ったのか?」

 

問われた雪女は両手を激しく振りながら否定する。

 

「違います!コイツが正章様を変に呼びますので、それを正そうと…。」

 

「何と言った?」

 

「お、お兄ちゃん…と。」

 

言いながら雪女は恥ずかしさに顔を赤らめた。一方の与野はキョトンとしている。

 

「なんだ、最初からの呼び方じゃないか。変じゃないぞ。」

 

「そーだそーだ!変じゃない!」

 

自らの正当性が認められた美代がここぞとばかりに加勢した。

 

「ですが、些か失礼が過ぎます!」

 

「俺は気にしていない。大丈夫だ。だから止めてやれ。」

 

尚も噛み付く雪女であったが与野の言葉を受けて遂に押し黙った。勿論彼女は納得などしていないが、与野の頼みとあらば聞かぬ訳にはいかなかった。

 

「…分かりました。」

 

喉まで上がった全ての言葉を飲み込み、ただ了承の返事を返す。固く握られた拳だけが彼女の本音を訴えていた。

 

 

 

 

 

 

出雲は豊崎に続いて格納庫内のコンテナに足を踏み入れ、そこから地下へと続く薄暗い階段を下っていた。軍靴がコンクリートを叩く寂しい音だけが鼓膜を震わせる。昇降機もあったが故障中らしく、やたらと長い非常階段を使わざるを得なかったのだ。しかし地下深くとあらば空爆などでも容易に破壊できない。簡単には補充のきかない重要物資や資材があるのだろうか。そもそも何故米軍基地内に帯刀した将校が居るのか…。

そんな事を考えていると階段が途切れ、行く手を遮る両開きの扉が現れた。その前に2人の日本兵が完全武装で立っており、手には一〇〇式機関短銃が握られている。数少ない優良装備部隊の証だ。彼等は先導していた豊崎を見るや素早く敬礼し、扉を押し開けた。明るい光が向こうから差し込み、暗闇に慣れかけていた目を刺激する。思わず目を腕で覆ったが、その下から必死に目を凝らした。

 

「これは…?」

 

明るさに慣れるにつれてハッキリと掴めるようになった景色に、出雲は思わず呟いた。扉から先は病院や研究機関を思わせる白一色に塗られた長い通路が伸びており、幾人もの白衣の人物が行き来している。途中で何本も枝分かれしており、なかなかに大規模な施設であるのは一見して明らかだ。

予想だにしない光景に呆然とする出雲をよそに、豊崎は自慢気に語った。

 

「ここは防疫給水部の特設研究施設だ。最新の機器を運び入れ、米軍研究機関と共同研究を行っている。」

 

「敵と…でありますか?」

 

豊崎は笑った。

 

「こんな御時世さ。今みたいに好き勝手にやりたい事をやれる時は二度と来るまい。」

 

「しかし敵と組むのは流石に…。」

 

「出雲君、私は国なんかに興味は無い。研究が上手く行けば、この戦争に負けても私は地位を確保できる。勿論君たちも、そして君たちの家族も一緒にな。」

 

彼の言葉に出雲は絶句した。国を守り、アジアを欧米の支配から解き放つ為の戦争に関わる軍人の言葉ではない。しかし同時に心を揺さぶられたのも事実だった。出雲は故郷に両親を残していたからだ。

 

「確証はあるのですか?それに、戦に負けるとお考えで?」

 

「向こうと約束を交わしてある。まぁ、研究で成果を出すのが大前提だがね。あと戦には負けると思っているよ。君だって薄々分かっているだろう?」

 

顔色一つ変えずに飄々と語る。その口振りは軍人というより根っからの研究者のそれだ。

 

「戦には勝たねばなりません。どんなに絶望的でも、勝利への最善の努力を為すべきであります。」

 

出雲の紋切り型のような答えに、豊崎は先程とは違う背筋に寒気が走るような薄い笑みを浮かべた。

 

「違う違う。私は教科書の文を言えと言ったんじゃない。君の意見を聞いたんだよ。」

 

「…危機的状況であると考えていますが、敗戦が決定的とまでは思っておりません。」

 

彼の率直な言葉に、豊崎は満足そうに頷いた。

 

「うむ。これからはそんな感じで率直に意見を述べるように。私は相手の顔色を窺った耳触りのいい発言は求めていない。…さぁ、中を案内しよう。」

 

ふらりと豊崎が通路へと歩み出した。出雲は何かとんでもない所に来てしまったのかも知れないという一抹の不安を抱えたまま、しかしそれを押し殺して後に続いた。




最後までお読みいただきありがとうございます。
汚絵描きをしていたタブレット君が突然死して焦りまくってました(だからなんだ)

雪女と美代が本格的に関わりましたが、もう険悪な感じですね。こじらせなければ良いのですが…(遠い目)
しかし豊崎の敵と組んでまで自らのやりたい事を貫き通すというのは我儘と言うべきか信念が堅いと言うべきか…。

宜しければ御意見御感想をお寄せください。心よりお待ちしております。
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