夜、一人部屋にて。いつの間にか届いていた指令文書の封を開ける。ここにはいつも自身の立場を利用し、出来うる限りの成果を上げるよう書かれている。毎度無茶な指令が多いので、時折見るだけで憂鬱になる指令文書だが、これも己の理想、願いの為。見ないわけにはいけない。
「…なんだって…無理難題じゃないか…」
どうしようもない、どうにもならない、という諦めの感情と一緒にベッドに横になる。今回のは今までの中で一番の無理難題だった。暗殺任務なのだが相手が大物すぎる。
「…プリンス・オブ…ウェールズ…」
アルビオン王国の皇太子、金髪の美青年、高い実力を持つメイジ、まさに絵に描いたような王子様だ。そんな人物に近づくなんて余程の事が無ければ無理だ。他者を寄せつけぬ厳戒な警備をかいくぐり、寝首をかく。言うは楽だが、やるのは無理に近い。…やりようは無くも無いが。
「いくら俺でも…うぅん…」
今回は立場を利用しようが無い。どうすればよいか。寝転がりながら考えていると…。
コンコンッ!
吉報がやって来た。それは、こちらからは普段ご機嫌伺いしかしない上司だった。だが、この日程、自分の上司が輝いて見えた日は今まで無かった。今まで一度も…。
日が沈む頃、ルイズと才人は王宮から戻ると、学院に戻り遠出の準備をしはじめた。オスマン学院長には全てでは無いが、事情は説明してある。今回は特別に、授業については単位を用意してくれるらしい。
「…なぁルイズ?手伝ってくんない?」
返事が無い。振り向くと、既にベッドでご就寝だ。明日、朝早く出発するので早く寝ると言っていたが、せめて準備が終わってからにしてほしかった。…まぁ王宮での事件、その後のどんちゃん騒ぎ、と地味に疲労が溜まっていたのだろう。アルコールもまだ完全には抜けていないだろうし。
「よっこいせ、と」
才人は全ての準備を終えると、寝床の藁に座り込む。相変わらずこの藁はチクチクするなぁと、不平を漏らしていると…。
コンコンッ!
誰かが部屋のドアを叩く。こんな時間に誰だろう…と言いたいがまだそこまで遅い時間ではない。才人は「はーい」とドアを開ける。
「あれ?タバサ?」
それは普段訪ねてこない意外な相手だった。小柄な体に美しい青髪が印象的な彼女は、こちらから尋ねない限り会話をする機会は殆どない。
「どうしたんだ?」
タバサは何も言わずに、才人を目の前の部屋…キュルケの部屋に促す。
「暫く、お願いしたい」
どういう事だ?才人が尋ねるとタバサは言いずらそうに呟く。
「急用が出来た…どうしても、行かなきゃならない」
そう言う彼女の手元には小さな筒が握られ、中から紙がのぞいている。手紙だろうか?しかし、自分たちの事もある。返答に困る才人だが、タバサの決意のこもった瞳に強い意志を感じる。
「…分かった、大事な用事なんだろ?キュルケはこっちに任せてくれ。あっ、でも俺も行かなきゃいけないところがあるから、シエスタに頼むことになるかもだけど…いいか?」
タバサは小さく頷くと、窓へ駆け出しシルフィードに飛び乗る。
「ありがとう…」(私には、守る物が他にもあるから…)
タバサは呟くと、そのまま夜の闇に消えてしまった。才人は今のキュルケの状態を確かめようと思い、デルフリンガーを留守番にして、キュルケの部屋のドアをノックする。
コンコンッ!
「キュルケ…才人だよ、入っても…いいか?」
返答は無く、沈黙が流れる。やっぱり、まだ人と話せる状態じゃないのかな、と才人は思い、シエスタにこの事を頼むために立ち去ろうとする。その時…。
「…どうぞ」
か細い声が聞こえる。以前のキュルケからは考えられないような弱弱しさ。あの元気な頃を知っている身としては悲痛だった。
「入るよ…」
中には毛布を頭から被り、美貌のかけらも無い、生気の失せたキュルケがいた。部屋に双月の灯りしかない為、キュルケの姿がよく見えない才人はキュルケに近づこうとした。が、布を踏んで転んでしまう。
「イデっ!?…これ…」
才人が踏んだのは薄い布だった。なんだろうと思い拾い上げると、それは見覚えがあるものだった。以前キュルケが才人を誘惑する時に着ていたネグリジェだ。
「捨てて!」
キュルケの必死の叫びに、才人は咄嗟にゴミ箱を探し投げ込む。
「見たくもない、見たくもない!…男を寄せ付ける物なんて!」
そう言うとキュルケは毛布で全身を覆い隠れてしまう。その震える様子には恋多き魔性の女の面影は無かった。おそらくキュルケが自分で引き裂いたのだろう。才人はキュルケを治せないにしても、何か出来ないか、元気付けられないかを考え込む。
「…サイト…何をしに来たの?」
キュルケの問いに才人はタバサの事を伝える。キュルケは驚いて泣き叫び、暴れだし才人に掴みかかる。才人が必死になだめると落ち着きを取り戻すが、震えが止まらない。才人は考えた末、キュルケを癒す方法を一つ思いつく。
「…えっと…なぁ、花を見に行かないか?」
学院にあるマチルダの花壇。それは、シエスタの故郷の不思議な土の効果もあり、季節外れの草花も育てることが出来る花壇。才人はそこにキュルケを連れて来た。相変わらず毛布にくるまっているが…。
「綺麗…」
才人の世界には『フラワーセラピー』という言葉がある。今育てているコスモス・ブーゲンビリアにその効能があるかどうか分からないが、少しでもキュルケを癒せればと考えたのだ。
「そうだろ?…ん?…あれ?っあ!」
才人はその時、信じられない物を見た。いくら何でも早すぎる、あり得ない事だ。まだそこまで遅い時間ではないが、寝ぼけているのではないかと目元を強めに擦る。
「マジか…芽が出てる…チグリスフラワーの芽が出てる!」
才人はチグリスフラワーに駆け寄り、見間違いじゃないかとまじまじと見つめる。キュルケは訳が分からず才人を眺めている。が、すぐに才人に手を引かれる。
「キュルケ見てくれよ!」
「あっ…!」
キュルケは引かれるまま、芽の前まで連れて来られる。そこには小さく芽吹く可愛らしい姿があった。
「…可愛い…」
キュルケは、人間の吐息で揺れてしまうような小さな命に魅入る。才人はその姿を見て、呟く。
「…チグリスフラワーは百年に一度しか咲かないんだ」
百年に一度、その事実はキュルケを驚かせるのに十分だった。
「え?…百年?!」
才人はキュルケが食いついたことに「これだ!」と思い、続けて話す。
「そう、百年。奇跡だね、俺たちはすごい奇跡を見てるんだ。俺もまさか芽吹いてるなんて思わなかった…でも」
キュルケは…何?と呟く。
「キュルケはこの奇跡が続くと思うかい?」
「え?」
どういう事だろう?キュルケが疑問符を浮かべる。
「この小さな命が芽吹いたのは奇跡、だけどそれを育てるのは人間なんだよ、誰かが世話しないといけないんだ。キュルケは出来る?」
「無理よ」
即答だった。才人はたじろぐが負けじと続ける。
「そうかな?キュルケは面倒見いいじゃん」
「今の私に出来るとでも!」
キュルケの本音だ。自分の状態についてはよく理解しているようだ。悲痛な叫びに心えぐられるが、ここで負けて押し黙る訳にはいかない。
「出来るさ!…覚えてる?俺が無理なトレーニングをしてた時、誘うふりして止めてくれただろ?ルイズに対してもさ、からかうようにして、クラスで孤立しないようにしてくれてただろ?キュルケは…優しいよ。」
キュルケは自分の事をよく見ていた才人に驚く。
「俺さ、明日からアルビオンに行かなきゃいけないんだ。…だから花の世話を頼みたいんだ。シエスタに手伝ってもらってさ…だから、ちょっとずつ、外に出てみようよ」
才人は少しでも元のキュルケに戻って欲しかった。だから、才人なりの全力で思いをぶつけたのだ。最初は少しでも癒しになればと思ったが、いつの間にか全力になってしまっていた。
「…ふふっありがと、サイト…こんな私を心配してくれて…」
キュルケが笑みを浮かべた。ツルク星人の時以来見ていなかった笑顔だ。キュルケは才人の手を握り、その胸に顔をうずめる。
「分かったよ、サイト。私やってみる…ありがとう、連れて来てくれて」
キュルケは花の世話を引き受けてくれた。これがいい方向に転ぶかは分からない。でも、少しでもキュルケの治療になる事を願う才人だった。
「ふぅ…」
才人は学院の廊下に腰を下ろす。キュルケを部屋に送った後、シエスタにキュルケの事を頼んできたのだ。そのまま部屋に戻…らずに新しく出来た用事を済ませに行く。
コンコンッ!
「何じゃね?」
ここは学院長室。オスマン学院長のいる部屋だ。もっとも、用事があるのはオスマンではない。
「マチルダいますか?」
用事があるのはマチルダだ。チグリスフラワーの事を伝えなければならない。
「才人!少し待ってね」
マチルダは仕事終わりだったのか荷物を片付けていた。オスマンにお先に失礼します、と言うとマチルダと才人は学院室を後にする。
「マチルダ、少し話があるんだけど、花壇に行かないか?」
才人が誘うと、マチルダは真剣な表情になる。
「ああ、あたしも話があるよ…」
才人とマチルダは花壇に来ると、チグリスフラワーの芽の前に並んで座る。
「チグリスフラワー!芽が出たんだね!」
マチルダが、才人が思っていた以上に喜んでくれたので嬉しくなる。キュルケに世話を頼んだ事も伝えると快諾してくれた。
「他の女だったらどういう事か問い詰めるけどね…」
「?何か言った?」
「何にも」
マチルダは少し膨れっ面だが、すぐに真剣な表情になる。
「才人…また危険な所に行くのかい?…詳しくは言えないんだろうけどさ…」
才人はマチルダが心配そうにしているのを感じ取り、安心させようと明るくふるまう。
「大丈夫さ!いつものように帰って…」
瞬間、マチルダが才人を抱きしめる。普段抱き着いてくるより激しく、力強い抱擁だ。いつもの幸せな感触より先に戸惑いが生まれる。
「才人は!才人はそうやって!いつも、いつも無茶して!怪我してばっかじゃないか!」
才人はマチルダの涙声を聞いて、軽々しく大丈夫と言った事を激しく後悔した。今まで、自分は何度怪我をして帰ってきただろうか?…才人は少し考え、何かを思いついたのか立ち上がる。
「見てて…マチルダ」
何をするのか分からず見守るマチルダの前で、才人は両腕を胸の前で交差し力を溜める。
「…ァァアアアッ!コスモーーース!」
才人が叫ぶと、二人は光に包まれる。マチルダがまぶしくて目を閉じ、目を開けるとそこは学院のはるか上空だった。
「えぇ!?」
マチルダは慌てて自分のいるところを見る、青い、地面?いや…これは!
「コスモスの手の上!?」
コスモスの手のひらの上だった。
「自分で変身できるようになったのかい!?」
コスモスは首を横に振る。
(いや、実は今のはたまたま上手くいっただけ。練習では200回に一回、出来るかどうかかな?)
その間に、マチルダを青いバリアが覆っていた。
「これは?」
(バリアだよ、マチルダを守る為のね。じゃ!行くよ!)
「え!?ちょっ、何!?」
コスモスはあっという間に雲を抜け、宇宙に出る。マチルダは驚いて目を瞑っているが、コスモスに目を開けるように促される。
「なっ、なにを?…え、ふわぁ!すごい!」
その時マチルダの視界に入ってきたのは…
「何だいこれ!?星の光がこんなに!」
宇宙に煌めく、星々の輝きだった。コスモスはマチルダにこの光景を見せたくて、ここに連れて来たのだ。マチルダは子どもの様にはしゃいでいる。
(なあマチルダ)
「?何だい?」
コスモスはマチルダに謝罪する。
(すまなかった、軽々しく大丈夫などと言ってしまって…これはその…謝罪の気持ちだ)
「あぁいや、あたしこそすまなかった。ムキになっちゃって…」
(…マチルダ、俺には夢がある。憧れていたウルトラマン達の様になる事だ)
「夢…」
(自分の力で手に入れたわけじゃないけど…手に入れたからには夢を叶えたいんだ…憧れた英雄に…だから)
マチルダは真剣に聞いている。
(俺の無茶、少しだけ目を瞑ってくれ。それで救われる人がいるなら、俺は救いたいんだ)
マチルダは考え込んで、ため息を漏らす。
「…分かったよ、あんたはウルトラマンだもんね。でも…約束っ!」
マチルダはコスモスに小指を突き出す。
「絶対死ぬな!あたし、待ってるから…」
コスモスはマチルダと固く約束した。必ず生きて帰って来ると。そして煌めく星々に誓った。必ず自身の夢を叶えると。
続きます。ようやく次回、出発です。