才人とルイズは地下室に戻るとワルドの介抱を始めた。濡らしたタオルで頭を冷やすと、ようやく冷静さを取り戻しため息をつく。
「…すまなかった、皆。もうこんな失態は…」
詫びるワルドの唇にルイズの人差し指が伸び、話を中断させる。
「ワルドさま、私たちは何とも思っていませんわ。謝罪何て止めてください。それよりもサイトから聞きました。『あの声』の事…『あの声』が言っていた『イフェメラ』とは何か…。詳しくお教え下さらない?」
ルイズはいつもの元気な声では無く、相手を包み込み慰めるような優しい声で語りかける。謝罪しか頭に無かったワルドは静かに語り始めた。
「…僕の母は、アカデミーの首席研究員だった」
ワルドは自身の母について語り始めた。辛い過去なのだろう。体が震えている。ルイズはマズイことを聞いてしまったと思い止めさせようとするが、ワルドは覚悟を決めた目でルイズを見つめる。
「いや…聞いて欲しい、聞いてくれ。君にはいつか言わなければと思っていたんだ」
ワルドは一度大きく深呼吸し、気持ちを切り替える。
「母は採鉱の研究をしていた。しかし、ある時から気が狂ってしまったんだ。どうしてそうなってしまったのか…だが僕はそんな母が怖くなって、見ていられなくて…っ!」
感情を抑えられなくなり体を丸めるワルドをルイズが抱きしめる。無理をしないように訴えるルイズにありがとう、と言うと衝撃の一言を口にする。
「その後、父はついに見ていられなくなって…血の涙を流して母をその手にかけた」
ルイズと才人の目が大きく見開く。二人は手で口を押えるが、一番辛いのは誰かを知っている。あえて何も言う事は無かった。
「…それから母の日記を見つけてね…そこにはびっしり書きなぐられていたよ。『聖地を目指せ』とね。今となっては理由何て分からないがね」
「…聖…地?」
才人は分からず首をかしげるがルイズ曰く、ブリミル教の始祖ブリミルがこの世に誕生した場所らしい。説明が終わるとワルドが続ける。
「なぜ死んだはずの母の声が聞こえたのかは分からない。イフェメラという単語も。しかし、あの魔獣が何か不思議な力があって、身を守るために人間に幻影を見せるといった何かしらの力を使ってるんじゃないか?」
ワルドの考察にそうなのか?と考える二人だが、デルフリンガーが長い沈黙を破ってしゃべり出した。
「よう、俺っちも話していいかい?」
あまりにも空気を壊す事を言うんじゃないかと心配する才人だが、別の意味で驚く言葉を耳にする。
「あん時喋ってたのは俺っちだ」
三人は一瞬固まるが、すぐにデルフリンガーにどういう事だ!?と、詰め寄る。しかしそれでもデルフリンガーは動じず続ける。
「俺っちの中に魂が入って来たんだよ。追い出してやろうと思ったが何か必死でな。体を貸してやったんだよ。…時間が無いんだな?分かった。また変わってやるよ」
デルフリンガーはそう言うと暫く沈黙を続ける。三人が固唾を飲んで見守る中、少し刀身が揺れると再びデルフリンガーがしゃべり出す。しかしその声は優しい女性の声に変っていた。
「ジャン…私の可愛いジャン…」
先ほどまで聞こえていた声だ。ワルドが目を見開いている事から、これが間違いなくワルドの母なのだろう。ワルドの母は少し焦るように話を始める。
「私には時間があまりありません。今話せるのは大地の精霊の力を借りているからなのです。しかし、それも長くはもちません」
才人は水の精霊の事を思い出す。どうやらこの大地にも精霊というのがいる様だ。
「私は死ぬ間際、気が狂っていたのですぐには成仏できず、悪霊になりかけていました。しかし、ジャン。あなたの守護霊となる事で自我と理性を取り戻したのです」
「それじゃあ…ずっと僕を見守って…?」
ワルドの母の声が少し暗くなる。
「…ええ、あなたの今までの全てを見てきました。軍に志願した事、魔法衛士隊の隊長になった事、そして…今しているあなたの『全て』を」
ワルドは『全て』と言われ息を飲む。
「私は何も言いません。そうなってしまったのは全て私のせいだから。あなたはあなたの道をお行きなさい。私はあまり進めたくはないですが…」
ワルドは少し表情が暗くなる。どうやら二人だけに分かる世界なのだろう。
「あなたの人生はあなたの物。生きたいように生きなさい。私はいつまでも見守っていますよ…」
そうしてデルフリンガーから光が抜け出ようとする。おそらくワルドの母だろう。しかし、まだ聞きたいことがある。
「「「待って!イフェメラは!?」」」
光がまたデルフリンガーに入り込んでいく。
「…ごめんなさい。元々…地の精…にイフェメラを救…を頼まれ…た…に…」
ワルドの母の声が段々とかすれてくる。タイムリミットが近い様だ。
「イフェ…ラはたっ…一日の…いの…儚き…いの…一日…見…守って……」
そこまで言ったところで光はデルフリンガーから完全に消えてしまう。切ない気持ちになるが、肝心の事はあまり聞くことが出来なかった。
「一日、見守って?…儚き…」
ワルドは母の言葉を噛みしめていた。その時、どこからか騒がしい声が聞こえる。おそらく地上からだろう。どうした事かと才人が考えると、ルイズがふと呟く。
「そう言えば…サイトが助けた人たちは何処?」
才人達が外に出ると、今朝の若者たちが何か騒いでいる。その騒ぎを耳にして他の避難していた人たちも恐る恐る地下室から出て来ていた。既に日は高く上り、昼頃になっていた。
「見ろ!魔獣は貴族様たちが眠らせてくれた!今ならこいつを殺すチャンスだ!」
才人が目を見開く。殺す?抵抗できないこの怪獣を?しかし、焚きつけられた若者や住民たちは呼応して「そうだー!」、「殺しちまえー!」と叫んでいる。しかし、そこに町長ラハディと娘のレーヌが割って入る。
「待つんだ皆!魔獣に手を出してはいけない!危険だ!」
「お願い!危ないことは止めて皆!」
そんな悲痛な叫びを聞こうともせず、若者たちは鍬や鎌、自衛用の剣など武器を取り出してくる。なおも止めようとするレーヌに若者たちを先導していた男性が近づいていく。
「レーヌお前はいつもそうだ。大人の話を聞くいい子だったな…うぜぇんだよ!」
男性の拳がレーヌの顔面にめり込む。そのまま殴る蹴るの暴行が始まり、殴り飛ばされる。レーヌにルイズが駆け寄り、助け起こす。
「ちょっとあなた達!女性に手を上げるなんて!」
ルイズに言われ怖気づく男性だが、目の前には細い小娘が一人。頭に血が上っていた事もあり、叩きのめしてしまえという感情が湧き出る。
「この小娘!」
振り上げられた拳に目を瞑るルイズだが、その拳が届く事は無い。ワルドがその腕を斬り飛ばしたからだ。凄惨な光景に足を止める住民たち。
「貴族に手を出す愚かさを身を持って教えてやろうか…?」
住民たちは完全に勢いを失う。
「悪いが、イフェメラに手を出させないよ(母さんの頼みだ…)」
杖を突きつけられて徐々に後ろに下がるしかない住民たちだが、その背後からズシン、ズシンと大きな足音がやって来る。この町の自衛用に配備されている亀砲兵だ。しかも、六匹も。
「なっ!?どうやって連れて来たんだ!?(こういったのは簡単には連れだせないはず!?)」
驚くワルドに向け、容赦なく大砲が放たれる。連れて来たのはワルドが腕を斬り飛ばした男性の友人の様だ。敵をとろうと攻撃してくる。ワルドはルイズとレーヌを抱え逃げ回る。
「くそっ!守りながらでは!」
その時、才人が飛び出し亀砲兵の頭を蹴り飛ばし、そのまま人ごみに紛れる。その隙にワルドもつぶれた家の地下室に隠れる。レーヌはルイズに助け起こされると震えながら呟く。
「亀砲兵の管理場所の鍵を持っているのは町長の父だけです…ま…さか…」
レーヌはそこで力尽きこと切れる。ルイズはまさか、という顔でワルドを見るがワルドは首を振る。
「暴徒化した人間は何をするか分からない。あり得る話だ…」
その時、外から大砲の音が響く。どうやらイフェメラに対して攻撃が始まったようだ。ワルドとルイズは地下室を出て、崩れた家の瓦礫の間からその様子を見る。
「キューン!キューン!」
砲撃を受け目を覚ましたイフェメラは苦痛の声を上げる。それを聞いた人間たちは益々攻撃の手を強める。
「撃て!撃て!撃て!ひゃははー!」
こんな声も聞こえてくる。ルイズは悔しさに血が滴る程唇を噛みしめる。
「あいつら…あいつら!」
ルイズは杖を取り出すが、ワルドに止められる。
「待つんだ、今行けば君が危険だ!」
その時、イフェメラは必死に踏ん張り、体をねじり砲撃から逃れると、二本足で立ち上がる。が、そこにまた砲撃が浴びせられイフェメラは転倒する。イフェメラは攻撃を受け続けながらも必死に這い、大きな見張り台を支えに立ち上がる。
「ワルドさま!ワルドさま!あの子は…イフェメラは生まれたばかりの赤ん坊みたいな物です!それを、それを…こんな!」
ルイズは瞳に大粒の涙を溜めワルドの胸に顔をうずめる。その時、ワルドはふと呟く。
「人間だ…」
「え?」
「昨日の使い魔くんのなぞなぞの答えさ」
ルイズは何故今と思うがワルドは続ける。
「朝は四本足、『赤ん坊』昼は二本足『大人』夜は三本足『杖をつく老人』…母が言っていた一日の儚さとは、この事だったんだ」
ルイズも言われてから気が付く。イフェメラの儚さの正体、それは…。
「まさか…一日の命…?人の一生を一日で全部…?」
ルイズは涙が止まらなくなる。今人間がしている事は、何て酷いんだろう、醜いんだろう。
「止めなきゃ…止めなきゃ!」
意思を確認し合った二人は覚悟を決め、杖を構え駆けだす。その時…
光が溢れる。
才人は暴徒に襲われ撲殺されたラハディの遺体を抱え、村長の家の地下室にまで戻ってきていた。
「相棒…行かねぇのか?」
才人は何が?と問い返す。
「このままじゃ少なからず人間が死ぬぜ…?」
「いいよ…あんな奴ら、死んじまえ…ラハディさん…」
デルフリンガーは怒鳴ろうとするが、黙り込んでしまう。否定したいが、悔しくも同じ気持ちだった。涙を流す才人は袖で拭うとデルフリンガーを掴む。
「…でも、このままじゃイフェメラが…それは、ダメだ」
「コスモーーース!」
ルイズとワルドの前に現れた光はイフェメラと砲弾の間に入り込む。それは実体化し、砲弾からイフェメラを庇う。住民とワルド、ルイズの声が重なる。
「「「ウルトラマン!」」」
住民たちは一度砲撃を止めさせるが、「ウルトラマンは敵だったんだ!」という片腕の無いあの男の叫びで砲撃が再開される。コスモスは砲撃を浴びても動じず、ひたすらイフェメラを守る。
(怪獣というだけでこんなにも残酷になるんだな…人間って…)
コスモスが庇っていると背中から電撃が浴びせられる。イフェメラの触角から放たれた一撃だ。しかし、それにはイフェメラの強い思いが込められていた。イメージとなってコスモスの脳裏に広がる。
(そうか…イフェメラ、君は…)
思いを届けたイフェメラはついに力尽き、その場に崩れ落ちる。ルイズは憎しみと悲しみが入り混じった叫びを上げるが、それは住民の歓喜の声にかき消される。
「デァァ!」
歓喜の中、コスモスはイフェメラの亡骸を動かす。それを見たある者は歓喜し、ある者は驚嘆する。
「「「卵!」」」
ルイズは涙をこらえる事無く、美しい顔をぐしゃぐしゃにしながら天を仰ぐ。
「イフェメラ!イフェメラ!あなたは、あなたは次の命を紡ぐために、一日を…一日を精一杯生きるのね!何て美しいのかしら!なんて!なんて!」
ワルドは母の肖像画の入ったペンダントを握りしめる。それは母への報告だった。守りたかった物を守ったと。しかし、すぐにそれは怒りに塗り替えられる。
「魔獣の卵だ!壊せ!壊してしまえ!」
再び亀砲兵が大砲を構える。ワルドとルイズは怒りに囚われ、杖を振りかぶる。が、今まで聞いたことも無いような怒り、悲しみがこもった叫びに体が強張る。
「この声…ウルトラマン?」
コスモスは肩を震わせ今にも人間に向けて光線を撃とうとしていた。その衝撃に住民は腰を抜かし、亀砲兵は怯えて住民を踏みつぶしながら逃げていく。
「デ…デァァ!」
コスモスはイフェメラの亡骸を持ち上げ、卵を抱えると空高く飛び立ち遠くの空へ消えていった。
ガリア地方の人気のない山の中、コスモスは降り立った。山を手で崩し、そこに卵とイフェメラの亡骸を埋める。砂をかける時のコスモスの背中は、悲しみが満ち満ちていた。
(イフェメラ…俺は誓うよ…これから先、君の子孫や君の同族がいたら必ず守る。守るから…)
その日、ガリア、ロマリア、トリステイン、アルビオン、ゲルマニア、果てはサハラまでコスモスの心の叫びが届いた。
続きます。イフェメラのストーリー。いかがでしたでしょうか?儚い命…このテーマをやったウルトラマンコスモスはやっぱり凄いです。…楽しんでいただけたでしょうか?私は思いを全部ぶつけました。