夜、マチルダは学院長室でオスマンと二人話し合っていた。内容はマチルダによって報告されたギトーについてである。
「何と…あの男が使用人に手を上げたと?」
マチルダは少し俯きながら頷く。
「あぁ。あたしが助けに入らなきゃシエスタだけじゃない、ミス・ツェルプストーの命も危なかった」
教師が生徒の命を奪おうとした。これは学院始まっていらいの大変な不祥事である。ところが、当のギトー本人からは何の報告も無い。それどころか、夕食をとって就寝したというのだ。
「あたしもさっき部屋に行ってみたが、『ロック』の魔法が掛かっていて開けられなかった。しかし、無理に『錬金』で開ける訳にも行かない」
無理にこじ開けてプライバシーだ何だと言われるわけにもいかない。仕方なくマチルダはオスマンの所に相談に来たのだ。
「ギトーはあたしが前に粗を探った時、何も出てこなかったんだ。その時はよく考えなかったが今にして思えば変だったんだ」
オスマンは首をかしげる。変、とはどういう事か?
「綺麗すぎたんだよ。不自然な程に。他の奴らには大小様々だけど横領とか何かしらの汚い部分があった。まぁギトーの性格からして、何もしていないんだろう程度に思っていたんだが…」
オスマンにとっては自身の部下たちの不正を見せられている為、耳が痛い。
「…ウォッホンッ!とにかく、この件はわしに預けて欲しい。ギトーには監視をつける。ミス・ロングビル、君は休みなさい」
オスマンは言い終わると目を細める。
「君には本腰を入れて事に当たってもらわなければならない可能性がある。その時は…どうか頼む」
マチルダは言葉で答える事は無く、只無言で頷いた。
夜、キュルケは一人窓から星空を眺めていた。毛布にくるまり、暖を取りながら只茫然と眺めていた。その時、入口の方からキィ…と音がする。キュルケの同居人だろう。
「おかえりなさい、フレイム」
キュルケの使い魔、フレイムだ。フレイムはキュルケがああなってしまってからは、暫くキュルケの友人達で世話していたのだ。最近はキュルケが良くなってきたので、また以前のように同じ部屋で暮らすようになっていた。
「さぁもう遅いわ、寝ましょう?」
そうキュルケが言った時、突然フレイムが窓に向けて唸り声を上げる。どうしたのだろう?キュルケが振り向くと、信じられない光景が飛び込んできた。
「ひぃっ!?」
キュルケは部屋の端まで逃げ出す。しかし、自分の見た物を信じたくなくてもう一度窓の方を見てみる。
「キャァ!」
変わらない、その光景はまだ窓の向こうに広がっていた。
「あっ、あれは…蔦?」
そこには今にも窓を破壊しようとしている蔦があった。フレイムはキュルケの前に盾になるかのように立ちふさがり、蔦に威嚇する。
「ひっ!」
キュルケの脳裏に蘇るのは巨大化前のツルク星人。正体の分からない、得体の知れない圧倒的な暴力、恐怖。全くの別物であるのにも関わらず、キュルケは蔦にその恐怖を重ね合わせる。
「来ないで、来ないで…」
以前までのキュルケならその炎で焼き尽くしていただろう。しかし、今のキュルケにそれは適わない。フレイムの影に隠れ、只震えるのみだ。
パリンッ!
窓を割り部屋に侵入してくる蔦。それがキュルケの足元にまで這いよってきた時、フレイムが口から火を吹き出し蔦を攻撃する。蔦は吹きかけられる炎に怯えるかのようにのたうち回るが、それでも何とかしてキュルケに近づこうとする。
「嫌、嫌よ、嫌っ!怖い、怖いぃぃっ!」
蔦はキュルケの叫びと同時に飛び上がり、キュルケの頭の上にまでその先端を伸ばしてくる。キュルケは咄嗟にしゃがみ込み頭を低くする。これにより蔦で頭を撫でられるだけで終わった。キュルケは反対の壁まで這ってくるとフレイムの後ろに隠れる。
「今よフレイムっ!早く、早く!」
急かされるフレイムは口から炎を吹き出し蔦に直撃される。表面を炎で撫でられた蔦は苦痛に悶えるような動きをすると、窓から外へ逃げていった。
「…い、行った?」
キュルケは恐る恐る窓から顔を覗かせる。何処かにあの蔦が潜んでいるんじゃないか?と思うと体が震えだすが身の安全を確かめたいという気持ちが勝ったのだ。
「ありがとう、フレイム」
キュルケは主人の為に必死に戦ってくれた自身の使い魔を抱きしめる。しかし、助かった事の余韻に浸っている暇は無い。キュルケは部屋を飛び出すと一心不乱にある所を目指す。
「ミス・ロングビルッ!お願い!開けて!いたら返事して!」
マチルダの部屋だ。キュルケにとって今戦力として頼りに出来るのはマチルダしかいなかった。扉をドンドンと乱暴に叩き、何としてもマチルダに出て来てもらおうとする。
「ミス・ツェルプストー?」
丁度その時、後ろから声を掛けられる。キュルケは即座に振り向くが、それが今しがた学院長室から戻ってきたマチルダと分かると途端に泣き崩れる。
「みっ、ミス、ミッ、うぅ…あぁぁぁ…」
何事かと慌てふためくマチルダ。しかし、泣いている生徒を無視する訳にはいかない。マチルダはキュルケを部屋に通し落ち着かせてから話を聞く。
「…分かりました。学院長は既にお休みなので、私が警備の者たちに伝えてきます。それまでここで待っていて下さい」
キュルケから事情を聞いたマチルダは直ぐに警備員に報告、厳戒態勢をとらせるように指示をした。部屋に戻る間、マチルダはふと考え事をする。
(警備員達は侵入者はいないと言っていた。見逃すはずが無いと…まさか全てギトーが?いやしかし、彼の魔法の系統は風…風の魔法で植物を操れるのかしら?出来ない事も無さそうだけど、でも…うーん…)
部屋に戻って来たマチルダは一端考えるのを止め、キュルケの横に座る。
「もう大丈夫よミス・ツェルプストー。警備員に伝えておいたから、賊だろうが魔物だろうがじきに成敗されるわよ。さっ、今夜は一緒に寝てあげるから。休みましょう?」
キュルケはそう言われた途端に体の力が抜けたのか、ベッドに崩れ落ち眠ってしまった。マチルダも体を軽くタオルで拭くと、キュルケの隣に横になり同じ布団に入る。
「ゆっくりお休み、ミス・ツェルプストー」
マチルダは全てを包み込むような優しい表情でキュルケの額に唇を落とすと、目を閉じた。
明朝、警備員達の間では張り詰めた空気が漂っていた。夜半にあったマチルダからの報告、その正体が今だ分からずにいたのだ。
「なぁ見間違いかなんかじゃないのか?」
一人の男が愚痴を漏らす。それを皮切りに次々に不満の声が上がる。
「見た女生徒ってあのデカ乳だろ?部屋に閉じこもってるあのビョーキ女」
「そうそう、あの女の妄想じゃね?」
警備員達のバカにした笑いが続く。
「大体、貴族の野郎ども普段偉そうなくせに何だ?あたし男が怖いの~ってか?」
男はそう言いながら体をくねくねと気持ち悪く動かして見せる。
「あんだけ男遊びしといてそりゃねぇよっ!ギャハハハッ!」
いつの間にか張り詰めた空気は消え、誰もが蔦の正体を探すこと等忘れていた。そんな時、一人の男が体を震わせる。
「わりぃちょっとしょんべんしてくるわ。見回り頼むぜ」
男はそう言うと、そそくさとその場を離れる。その時、何かを思いついたのか向かった先は厠…ではなく、マチルダの花壇だ。
「へへへ、出ちまう出ちまう。あのベッピンさんの育ててる花にぶっかけてやるぜ。あのベッピンさんにぶっかけてるみてぇで…へへっ…」
才人やマチルダが見たらまず命は無いであろう行動をしようとする男。その粗末な物を取り出した時…。
突然、花壇から巨大な蔦が伸び、男のその粗末な物に巻き付く。それは一滴も出させまいと物凄い力で締め上げ始める。
「グゲッ?!ぐぼぉ…」
その蔦は瞬く間に男の全身にまとわりつき、その全身の骨を軋ませる。次第に鈍い音が響くようになり、ついには男の頭の形がぐにゃりと歪む。蔦は完全にこと切れた男を地中に引きずり込む。その姿は朝靄に隠れ、見た物は誰もいなかった。
「おい。あいつはまだかよ」
いつまでも戻って来ない男に苛立ちが募り始める警備員達。詰め所に戻っているかと思い、全員で戻ってみるがそこには誰もいなかった。
「ったく、何処でサボってんだよっ!」
一人の男が詰め所のドアを蹴り飛ばした時、コンコン、と扉を叩く音がする。
「はい!誰!?」
男が苛立った声でドアを乱暴に開けると、そこには立派な服を着た男が立っていた。
「こっ!これは失礼しました!ミスタ・ギトー!」
扉を叩いたのはギトーだった。部屋に入るなりギトーはそこにいた警備員達に軽蔑と侮蔑の視線を浴びせる。
「汚らしい、実に汚らしい」
その言葉に警備員達は腹を立てるが相手は貴族、逆らう訳にはいかない。
「なっ、何か異常でもありましたでしょうか?ミスタ・ギ」
その男は最後まで言う事が出来なかった。その前に下顎より上が粉砕されていたからだ。警備員達がおののき、恐怖に震えている中、ギトーはその長い杖を警備員達に向ける。
「汚らしい、実に汚らしい。その口で私の名を呼ばないでくれ、私が汚れる。君たちは私の理想の世界には生存する事すら許されない汚物だ」
ギトーは誰に話しかけるでもなく、淡々と独白する。その間も杖を振るい続け、ついに警備員は最後の一人になる。
「ミ」
男は命乞いでも言おうとしたのだろうか?しかし、ギトーは名を呼ばれる事をよしとせず、その首を風の刃で切り落とした。
「ふふ…これで邪魔者はいない。さあ来い!私の軍隊たちよ!」
ギトーは杖を上に掲げると、『ライトニング・クラウド』を放ち詰め所の天井を破壊する。その雷は朝靄に包まれる魔法学院から空に立ち上り、ある者達への合図となる。
「見ろっ!合図だ!」
ある者達…彼らは鎧に身を包み、剣で武装している。山賊とも傭兵部隊のようにも見えるが、中には杖を持った者達もいる。
「全ては同志の名の下にっ!」
一人の男が叫ぶと、それに続けて「同志の名の下にっ!」と全員が叫ぶ。先頭の男が剣を掲げると、全員が魔法学院目指し一直線に走り出す。
「全ては我らの崇高なる聖戦の為にっ!『レコン・キスタ軍』前進っ!」
それからはあっという間の出来事だった。魔法学院内になだれ込んできたレコン・キスタ軍に生徒たちは杖をとる間もなく拘束され、食堂に集められる。教師たちは杖をとり応戦する事が出来たが、生徒達を人質にされ食堂内に攻め込むことが出来ずにいた。今は食堂を教師たちが取り囲み、一触即発の状態だった。そんな時、学院の一室にて。
「まだいないか探せ!」
「こちらは誰も残っていません!」
「他を探すぞ!」
大声を上げ走り回っていた男たちの足音が遠ざかっていく。それをキュルケは真っ暗な空間で聞いていた。目が覚めるとこの状況で疑問しか浮かばない。しかも物凄い圧迫感だ。何か上に乗っているのだろう。
(なっ何?どういう事?)
キュルケはもぞもぞと動くと、顔に押し付けられているふかふかしたものをどかそうとする。しかし、押してもびくともしない。
「まだ動いちゃダメッ!」
突然聞こえて来た小声に全身が硬直するが、直ぐに声の主が誰か分かった。
「ミス・ロングビル?」
「えぇ、おはよう。まだ動いてはダメよ?あいつらが戻って来るかもしれないわ」
この時、マチルダは大体の状況をキュルケに教えてくれた。この学院に賊、正確には『レコン・キスタ軍』が攻め込んできた事。他の生徒達は大半が捕えられてしまった事。まだ眠っていたキュルケを助ける為に床下に用意しておいた隠し部屋に二人で潜んでいる事。
「そろそろ…行くよ」
マチルダはそろりと床板を開けると、周りを警戒しながらキュルケを助け起こす。
「行くって、何処に?」
マチルダは机の上に乗ると、キュルケを手招きし支えるように頼む。
「よいしょ」
ガタンッ!
「え?」
キュルケは目を丸くした。突然天井の板が取れて、人が通れるくらいの大きさの穴が現れたのだ。
「ふふっ!いざっていう時の為にね?この穴は学院中に繋がってるわよ」
マチルダは穴に入るとキュルケを招き入れ、再び天井の板をはめ込む。
「すごい、こんな仕掛けが学院にあったなんて…」
それを聞いたマチルダは体をビクリと震わせる。
「まぁ…ハハハッ…他の人達にはないしょにね?」
その一言で何となく察したキュルケだった。
食堂内にて。集められた生徒たちは杖を破壊され、男女分かれて二ヵ所に集められていた。レイナールは殺されるのではないかという恐怖に苛まれながらも、ある種別世界の事のように冷静に状況を把握していた。
(賊は今学院内を探している奴を含めて全部で15人…内メイジは三人。しかも…その中に何でギトー先生が…?まさかギトー先生が内通者?)
その時、集められた生徒達を前にギトーが立ち、演説を始める。
「生徒諸君、君たちは選ばれたのだ!我らが聖戦に参戦する名誉が与えられたのだ!」
ギトーは食堂のテーブルの上に立ち、体を無駄に動かして演者ぶった動きをする。
「男子生徒諸君!君たちは栄えある『レコン・キスタ軍』の戦士として!戦える栄誉が与えられる!」
男子生徒達の方を向いて演説していたギトーは次に女子生徒たちの方へ向き直る。
「女子生徒諸君!君たちは聖戦に赴く戦士たちを癒し、慰める聖母として!『レコン・キスタ軍』をより強固な物にし、戦士を増やす聖母として参戦する名誉が与えられたのだ!」
レイナールは恐怖にその身を震わせる。要は男は戦争の為の奴隷戦士に、女は従軍慰安婦…俗っぽく言えば性奴隷になれという事だ。女子生徒達から悲鳴と怒りの声が上がる。中にはギトーを罵倒する声も上がる。
「黙りなさいっ!」
食堂に響く怒号、突然の怒号に女生徒の他に『レコン・キスタ軍』の男達まで硬直している。
「今喋った方たちには少々指導が必要ですね。さ、指導を」
ギトーは『レコン・キスタ軍』の男たちに目配せする。それで全てを察した男たちは下卑た目で女生徒たちを品定めし始める。
「俺はこいつだな」、「俺はこの女だ!」、「おっ、オデはこいつだ!」、「貴族の女をヤれるなんて最高だぜ」と女子生徒達に群がる男達、女子生徒から悲鳴が上がるが、同時にその動きが止まる。
グゥ~…
腹の音が鳴る。男たちは今日の為に前日からずっと学院近くで待機していたのだ。腹が減っているに決まっている。
「おい、大将!俺たちゃ腹減ってんだ。何か喰うもんクレや!」
男たちは口々に不平を言う。ギトーはふむ、と女生徒たちを見渡す。
(あの褐色女はいない…あの眼鏡女と一緒におびき出すにはちょうど良いかもな。あれを捕まえておいて良かった)
ギトーは杖を振るうと食堂の片隅から何かを運んでくる。それはどれだけ酷い仕打ちを受けたのだろうか?全身から血を流しており、虫の息だ。運ばれてきたそれは男たちの前に乱雑に叩きつけられる。
「見よ!これは神に与えられた聖肉!火の竜、サラマンダーである!これを我らの血肉とし、聖戦の為の糧とせよ!」
それはサラマンダー、キュルケの使い魔、フレイムだった。
「へへっ、肉だ肉だ!」
男たちはフレイムに群がると刀をその喉に突き立てる。フレイムはもがき苦しむが、断末魔を上げる力も残っていなかったのだろう。声を上げる事無くこと切れた。男たちはフレイムの肉を切り刻み、火のついた松明で炙ってくらいついていく。
(フフフ…何処かで見ているんだろう?さあお前の大切な使い魔が喰い殺されたぞ?さぁ怒れ、私の前に来い、私の前に来て怒りをぶつけてみろ!その時には私の前に屈服させてやる!)
学生寮の屋根裏。そこでマチルダは泣き崩れるキュルケを優しく抱きしめていた。マチルダは自身の経験から大切な物を奪われる気持ちがよく分かる。だからこそ、ギトーが許せなかった。
(食堂の屋根裏に行った時に合わせてあんなことをするなんて…分かっていてやったとしか思えない!しかも、今のミス・ツェルプストーに!)
「ミス・ツェルプストー、貴方はここにいなさい」
言った途端キュルケはより力強くマチルダを抱きしめ、首を横に振る。悲しみに捕らわれ誰かにすがりたいのだろう。マチルダは優しくキュルケを撫でると、その雰囲気をどす黒い物に変える。
「あいつらをこのままにはしておけない。あたしに任せなツェルプストー、ギトーの野郎に『土くれのフーケ』の恐ろしさを味合わせてやる!」
マチルダはキュルケの額に唇を落とすと、キュルケに自身のローブをかけ、その場を去る。
キュルケは一人、涙を流し暗闇にうずくまっていた。
続きます。別にキュルケが嫌いとか、そういう訳じゃ無いです。