対魔忍世界に四騎士の力を手に入れた男がいる件   作:3よりZEROへ

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 出逢いは偶然だった。

 しかしそれでも救われた。

 命を。

 死の颶風、その鮮烈な姿に憧れを抱いた。

 そして師に出逢った。

 眠っていた才能を目覚めさせ、学べる環境を与えられた。

 恩に報いなければならない。

 それが、今の橘陸郎の本心だった。


廃棄都市に住まう面々・上

 その日。

 奴隷商人である壮年の男は、近年稀な程の不幸に遭った己が身を嘆いていた。

 大陸や半島からの武装難民――食い詰め者や、工作員たちが襲ってくるのはまあいい。比較的いつものことだ。

 しかし。

 それとは別に魔界の生物が襲い掛かっているではないか。

 偶発的に開いた魔界の門の先に魔獣の巣があったらしく、魔獣や自我を持つ魔物が門を通って人界に侵入してきたらしい。

 更に、正体不明の武装集団すらこの乱戦に参加する始末。

 まさしく大混戦である。

 自分たち以外は全て敵。

 そう言わんばかりだった。

 お陰で外からやってきた馬鹿なガキ共を攫ってきたというのに、その殆どが死んでしまった。

 生きているのもいるが、半笑いで現実を直視出来ていないようだ。

 そんな時だ。

 黒髪の美女が、トランクケースを片手にこちらに歩いてくるのが見えた。

 ああ、ヤツだ。

 一筋の光明が見えた。

 声を掛けようとした瞬間――激突音が響き渡った。

 咄嗟に、殆どの者がその激突音と衝撃によって動けなくなった。

 男も身体を丸めて身を護ろうとした。

 暫くして。

 充満する粉塵。

 その向こうに、巨大な槍が見えた。

 あれが原因なのだろう。

 であれば――それをここへ投げ、否、打ち込んだ者がいる。

 

 

 

 ――いた。

 

 

 

 斜めに刺さった巨槍の柄へ。

 着地した男――らしき影。

 月明かりに照らされ、男の貌が見えた。

 髑髏の仮面に覆われた貌が。

 その奥に光る橙色の眼が、周囲を睥睨する。

 バランスの悪い柄に立っていると言うのに、恐ろしく自然体だ。

 その身体を支える槍がまるで幻想のように掻き消える。

 音も無く着地する仮面の男は、

 

 

「――まあ、全員死んでも構わんか」

 

 

 そう嘯き、腰にマウントされていた武器――鎌を手に取った。

 如何なるギミックか、手に取った瞬間にその折り畳まれていた鎌の刃が起き、男から殺気が溢れる。

 奇妙な持ち方だった。

 逆手持ち。

 類似する持ち方を敢えて例えるなら、トンファーの持ち方に近いだろう。

 しかし、堂に入っている。

 ふと、あの小憎たらしい魔女と似たような雰囲気を感じた。

 いや――恐ろしさという点ではこちらが上だ。

 

「……うわぁ」

 

 ふと、近くにやって来た知り合いの魔女・アンネローゼの持つトランクが声を発した。

 その余りに嫌そうな声に持ち主である彼女が反応する。

 

「なに、ミチコ。あの男を知ってるの?」

「知ってるわ。あの男っていうか、あの男に"力"を与えた方をだけどね」

「誰?」

「黙示録の四騎士って、知ってる?」

「ええ」

「アレがそうよ。中身は違うっぽいけど」

「アレが――?」

「で、アイツの纏っているのが第四の騎士。四騎士のリーダー格で長兄。二つ名や悪名なんて腐る程あるわ。『収穫者』とか『同族殺し』とかね。そして――『死』そのものと呼ばれてるわ」

 

 成程、そりゃあおっかない。

 

「噂じゃあ、上級悪魔すら殺した事があるって話よ。まあ、あの男にそれが出来るとは思わないけど……似た事は出来るでしょうよ」

 

 そうやって話をしている間にも、仮面の男は魔物や魔獣、武装難民や兵隊共を殺して回っている。

 首を刎ね飛ばされ、胴を、腹を、分割されていく。

 最早逃げる事さえ不可能だろう。

 

「待てい!!」

 

 そんな時だ。

 大柄な男が、刀を抜いて叫んだ。和装を着込み、白髪を短く刈り込んだ額には一文字の傷が入っている。

 見るからに一端の武芸者だと全身で主張しているような男だ。

 その男は、依頼人である武装難民たちが死んだ事を気にせず、ただ仮面の騎士に向かって吠えた。

 

「貴様がどこの手の者かなどは最早訊かん! しかし、その技、その身のこなし――一廉(ひとかど)の達人とお見受けする!!」

 

 そんな事、一目見ただけで解るだろうに。

 奴隷商人はそう思うものの、白髪の男の気迫に呑まれて言葉を発せられない。

 

「立ち会えぃ!!」

 

 顔の横に刀を構え、吠えた。

 その言葉を受けて男は、動きを止める。

 

「……示現流。いや、その流れを汲む亜流か」

 

 順手に持ち替えていた鎌を再度逆手へと戻す。

 

「生憎と、こちらは無手勝流だ。――口上はいるか?」

「無論!!」

 

 そう叫んで、剣士は先に宣った。

 

「我が名は魔示現流開祖――阿傍!」

 

 その言葉と共に、男は変貌する。

 牛頭人身の魔物に。どうやらアレが正体のようだ。

 

「黙示の四騎士が代行――シャドウだ」

 

 先程までの阿鼻叫喚が嘘のように静まり返った。……まあ、殆どが死んでいるからだが。

 

「――いざ」

「……尋常に」

 

 誰もが動かない二人を固唾を飲んで見守る。

 しかし。

 

「――っ」

 

 ガキが何かを言おうとした。

 その瞬間、

 

 ――!!

 

「キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

「――ッ!!」

 

 二人は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――まあ、私もね。魔女である前に、一端の剣士のつもりなのよね。

 

 後日、店のカウンターでグラスの中の酒を転がしながら、魔女・アンネローゼは嘯いた。

 あの時の戦闘で何が起こったのかを奴隷商人であり、バーのマスターである親父が知りたかったので訊ねたのだ。

 

 ――断言してもいいわ。あの坊やが何に気付いたのかは兎も角、先に動いたのは――えっと、阿呆、だっけ。ソイツだった。

 

 最早名前すらも曖昧になっているが、あの程度の死んだ男を忘れないでいるのは、相対していた男の技の冴えが常軌を逸していたからだ。

 

 ――シャドウの方は、逆手二刀流の鎌。はっきり言ってどうすればあの体勢から、あんな速度で得物を振れるのか私でも解らないわ。

 

 交差は一瞬。

 しかし、その刃が先に届いたのは――騎士だった。

 残像すら残さない神速にて、牛頭の魔物は首と胴を両断された。

 

 ――見事。

 

 そんな言葉を遺して、魔物は息絶えた。

 魔物とは言えど、力量が伴っておらずとも、しかしその最期は武人として上等な物だったと言えるだろう。

 一騎打ちの果てに散る事は、ある種武芸者にとっては誉れでもあるからだ。

 

 ――でも、なんだったのかしらね?

 

 聞けば、彼女は何らかの勘に導かれてあの場へ赴いたのだと言う。

 しかし向かってみれば死屍累々の地獄絵図。

 生き残っている少年が『そう』かと思ったが、それも違ったらしい。

 そこに居合わせた奴隷として連れてこられた少年は、何故だか魔術の才がある事が判明し、今はアミダハラどころか世界的にも名高い魔女であるノイ・イーズレーンの元で魔術師として研鑽を積んでいる。

 奴隷協会に登録する前ではあったが、彼はアミダハラという土地の一定ラインを超え、一定の時間を超過したせいで、本土では既に死亡者として処理されているだろう。外部との連絡を取らない時点で観光客であろうとも死亡認定されるくらいには、この人工島は魔境だった。

 つまり彼は、現状裏でしか生きていけなくなったのだ。

 

 ――不死者としての才能があるのかも、って思ったけど……違ったのよねぇ。私の勘も鈍ったかしら?

 

 結論を述べれば――彼女の勘は当たっていた。

 アンネローゼはその少年、(たちばな)陸郎(りくろう)との縁を辿ってあの場へと現れたのだ。

 彼は人よりも温和で、優しく、そしてエロかった。あの年代ならば当たり前ではあったが、しかしそれこそが不死者としての素質だった。

 しかし少年は、眼前で死の颶風となった騎士の姿に目を奪われた。

 脅威を、理不尽を、悪意を蹴散らすその姿に憧れたのだ。

 それこそ、己の起源を書き換える程に。

 あの日、あの場所は、陸郎にとってターニングポイントでもあったのだ。

 魔女の不死者として生きるか、人間として死ぬか…………魔術師として覚醒するか。

 しかし前者二つの可能性に比べて、後者の確立は驚く程に小さかった。

 その覚醒を後押ししたのが、代行騎士であるシャドウだったのである。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 ここは、魔法堂。

 アミダハラに存在する土産物屋で、観光客相手の商売をしている。

 その店主であるノイ・イーズレーンは、店の地下にある修行場にて穏やかな表情を浮かべて、座禅を組んでいる少年を見遣っている。

 魔法で動く座椅子に座り、茶を飲みながらではあるものの――弟子に注視する視線には熟練の魔術師の気配が感じられた。

 

「…………」

 

 未熟ながら静謐な魔力が、彼から漂ってくる。質も量も一端の魔術師と言えるだろう。

 半年という修行の短さからすれば、この成長速度は異常とも言えた。恐らく世の魔術関連の指導者共が知れば、臍を噛んで悔しがるだろう。

 幾ら黙示録の騎士の戦闘に巻き込まれ、己が起源を無意識に書き換えたとは言えども、これ程の熱意を持って魔術を学ぶ少年は稀だからだ。

 彼女はその類稀なる観察眼と占術にて、解っていた。

 騎士の来訪によって、アミダハラの運命が変わった事を。

 同時に――より過酷な未来が到来する事も、彼女は知っていた。

 そのキーマンの一人が、最も新しい弟子だと言う事も。

 

「リクちゃん、其処ら辺でいいよ」

「――ふぅ」

 

 弟子ではあるものの、孫以上に歳が離れている陸郎だ。アンネローゼよりも年下なのだ。

 ついつい可愛がってしてしまう。

 どうしても甘くなるのは人としての性質と言える。……且つての弟子たちが見れば恐怖に慄くか、羨ましさに怒り狂うだろうが。

 

「じゃあ……今日は、錬金術について教えようか」

「錬金術、ですか? 先生」

 

 魔術の修行の際、陸郎はノイを先生と呼ぶ。

 その純朴な呼び方もまた彼女を喜ばせる要因になっているのだが、彼は気付いていなかった。

 

「錬金術の本懐は覚えているかい?」

「ええっと……不老不死になる、でしたっけ?」

 

 実際には、不老不死となり、無限の時間を使って研究を続ける事だ。だが、手段と目的が反転する事などよくある事だ。

 昨今の錬金術師は、その大多数が不老不死を目指していると言っていい。

 

「そうだね。なら、錬金術師が不老不死になろうとする方法は?」

「……賢者の石を精製し、取り込むんでしたっけ?」

「そうだねぇ。だけどそれは疑似的な不老不死でしかないのさ。膨大な魔力に物を言わせての力技だよ」

 

 いずれ歪みが出るのは当然だと彼女は言う。

 賢者の石。

 実在すら疑問視されるような超が付く秘宝だが、どうやらこの師匠はその所在を掴んでいるらしい。

 無尽蔵の魔力を生み出せるそれを血眼で探し回る存在は多い。

 もし触りでも知ってしまえば、その者は背中を気にして生きていかなければならなくなる。……そうじゃなくとも、狙われる要因があり過ぎる陸郎だ。これ以上の負担は御免被りたい。

 故に、彼は真剣に魔術の修行を続ける。

 命が掛かっているのだ。学生時代のような甘えた事を言っていれば、即座に死ぬのだから。

 そんな時だ。

 

「婆様、いるかい?」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声。

 最近よくアミダハラ来るようになった"外"の探偵――沢木恭介の声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、アンタかい。探偵の坊や」

 

 地下の「勉強部屋」から上がってきたノイが気安そうにそう声を掛ける。

 格子柄のシャツに黒い無地のジャケットを羽織る男がそれに応える。

 

「三日ぶりですね、恭介さん」

 

 遅れて上がってきた陸郎も男がいる事に驚いていた。

 定住せざるを得ない自分とは違い、彼は頻繁にアミダハラに入っては出ていく。恐らく非正規のルートで出入りしているのだろう。正規ルートでアミダハラに入ったせいで死亡が認定されてしまった過去の自分を思い返し、なんとも苦い感情が浮かぶ。

 鋭い眼と引き絞った口元をした男が、その口唇を緩めて少年に向かって手を挙げた。薄く笑ったのだろうか。

 

「よう、少年。元気でやってるか?」

「……あはは。まあ、なんとか」

「いやいや、こんな魔窟で死なずに魔術師として修行出来る時点でお前さんは運が良いよ」

 

 半年前。

 あの惨劇の夜。命辛々に生き残った橘陸郎は、流される儘にアミダハラの内部へと流されてしまった。生き残った連中の殆どが、そこに拠点を構えていたからだ。

 どこか不可解そうな表情を浮かべたアンネローゼという女性に連れられて、あれよあれよと言う間にこの魔法堂へと案内されたのである。

 ……そこからは早かった。

 店主であるノイは、一目で陸郎に魔術の才能がある事を見抜き、その特性が希少であると告げたのである。

 このままでは"外"であろうとも、遅かれ早かれ命を落とす。

 そう言われた。

 死の恐怖を味わった直後だった陸郎は、恥も外聞も捨てて、ノイに縋りついた。

 その結果が、半年に渡る直弟子生活である。

 

 

 

 

 

 

 穏やかに二人と会話を続けながら恭介は思う。

 どうやらノイは、弟子の性根を心底から魔術師にするつもりは無かったようだ。

 普通の感性のまま、魔術師として仕上げるつもりらしい。

 少しの受け答え。

 それだけで彼が普通の少年のままだと分かった。

 魔術に関する心構えやあり方、それらは生来の気質を歪める事も多い。

 だからこそ彼女は、弟子である陸郎に魔術師と染まらぬように、丁寧に教育を施している。

 

「ああ、そうだ。リクちゃん。今日の課題をまだ伝えてなかったね」

 

 ふいに思い出した様子で、ノイは言う。

 

「今日は"浮遊霊との対話と交渉"をやって貰うよ」 

「うぇ!? 浮遊霊ですかぁ」

 

 陸郎は少しだけ身を引く。

 まあ、一度浮遊霊に身体を乗っ取られかければそうもなるだろう。

 しかし、

 

「死霊術に才能があるのに霊が苦手のままじゃあいけないからねぇ」

 

 ノイはあっけらかんとそう言った。

 死霊術を修めている魔術師は一定数いるが、しかしその才能が突出している者はそう多くはない。

 陸郎の秘めたる才能の一つに、類稀なる死霊術への適正があった。

 それこそ魔術師が何年もの研鑽を積んで、漸く霊を物質化させられるのだが、彼はあっさりとそれをやり遂げた。

 普通は死体や無機物、ないし生身の生物に憑依させなければ現世に干渉させられない。これだけでも陸郎が稀有な逸材だと解るだろう。

 

「……分かりました。取り合えず装備取ってきます」

 

 陸郎は項垂れた様子でトボトボと自室へ戻っていく。

 丸腰でアミダハラを歩くなど、自殺志願者でしかない。その程度の自衛ならば出来て当然なのだ。寧ろ、不死者となった陸郎の方が危機感が無かっただろう。文字通り死なないのだから。

 無意識の内に危機感を持って生きるのが当たり前になっているようだ。

 

「……ふむ」

 

 顎に手を添え、恭介はその鋭い眼を細める。

 

「……気ィ使って貰ったかい?」

「なに、構いやしないよ。リクちゃんにはまだ早い話題だからね」

 

 恭介の言葉にノイは手をヒラヒラと振って応えた。

 

「それで? 見つかったのかい、創造者は?」

「いいや。情報屋使って見つけられるようなモンでもないしな。地道に足で稼ぐよ」

 

 こういった所が探偵として食っている男の矜持だった。情報は鮮度が命だと知っており、その為には素早く動かなければならないのだから。

 実際、裏の情報屋でも長命種がアミダハラに滞在している事を知る者は皆無なのだ。

 知っていたのは二人だけ。

 ノイと、()()()()だけが創造者がいる事を感じ取っていたのである。

 その商人の名は、ヴァルグリムと言った。

 対価を払えば様々なモノを売り買いする商人であり、下級とは言え、魔物とは一線を画す――悪魔だ。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 人気のない路地裏を歩く恭介。

 別段何の気負いも不安も感じない様子で、その表情も凪いでいる。

 見る者が見れば、その男が一端の強者であると解るだろう。

 だが、そうでない者もいる。

 

「ひひひひ。おい兄ちゃん、大人しく――え?」

 

 暗がりから現れた、大振りのナイフを舐めながら脅す男。

 しかし言い終わる前に、髑髏が刀身に装飾された大剣が真っ直ぐに突き出されて、その男の首が宙を舞った。

 恭介が、四騎士より授けられた能力の一つに、見た者の「罪業(カルマ)」を判別する『眼』が備わっていたからだ。

 殺人、人身売買、売春斡旋、奴隷娼婦の製造――まだ人通りにいれば殺さなかった程度の罪だが、出遭った場所が悪かった。怨み辛みを買っているようだし、殺すつもりなのは殺気を発していたのですぐ解った。

 そうである以上、手加減する意味は無い。

 壁に所々ある赤い染みは、ここでは殺人はかなり頻繁に発生しているイベントの一つでしかない事を物語っている。この男によって飛び散った血痕もあるのだから。

 首の無くなった男が倒れるよりも早く、恭介は大剣を送還する。

 遠くから物音が聞こえてきた。人の足音だ。

 どうやら鼻の良いヤツが金蔓が出来たの事に気付いたらしい。

 この都市では、死体だってそれ相応の値段で取引される。

 人界魔界問わない麻薬漬けの死体であろうとも、売ればカネになるのだ。

 だから、死体を漁る人間や魔物も少なくない。錆びていない大振りのナイフなどは、ここの住人からしたらお宝だろう。

 この路地を引き返す頃には髪の毛一本も残っていない筈だ。飛び散った血だけが乾くだけで、人がいた痕跡は全て消え失せる。

 それが、こんな路地裏で死ぬ、という事だ。

 人一人殺したというのに、恭介の表情に動揺は無かった。

 対魔忍であった頃から、対人の訓練も受けていたし、暗殺を請け負った事も一度や二度じゃない。

 そして社会情勢を鑑みれば、外道に堕ちた人間に掛ける情けなど一寸たりとも存在しない。

 どんなに同情に値する理由があろうとも、その為に食い物にされる存在がいるのであれば、殺される覚悟は持つべきだ。

 そうでなければ、自分の正体を露見するような真似はするべきではない。

 氏素性がバレれば、それだけで自分の愛する者が害される可能性がある。

 だからこそ、裏社会で番外騎士の名は有名だが、恭介の名は余り認知されていないのだ。

 箸にも棒にも掛からぬ程度の私立探偵(プライベートアイ)

 その程度でいいのだ。

 歩を進め、辿り着いたのは路地の一角。

 客人となった者にしか解らないサークルと飾りが揺れる場所。

 そこに、その悪魔はいた。

 

「――ようこそ、代行殿」

 

 サークルが現れ、出現する悪魔。

 気取った様子で一礼する。

 その上機嫌な様子に恭介は、

 

「おいおい、あんまし気取った真似はよしてくれ。俺らはただのビジネスパートナーだろ?」

「そう。お前さんはワシの依頼通りに魔導具を回収し、ワシに渡せばいい。それが《蛇の道》を使う条件だからな」

 

 《蛇の道》。

 世界の裏側に存在する抜け道であり、同世界の上であるのなら、様々な場所へ短期間で現れる事が出来る通路である。

 ヴァルグリムら異界の商人が使用し、今は恭介も暫定的に使わせて貰っている《蛇の道》の使用には対価が必要だった。

 元はヴァルグリムの顧客の一人から、依頼があったのが発端だ。

 彼は、とある魔術師が作成した魔導具のコレクターだった。しかし魔界や様々な異界に散逸したそれらを収集した彼は、人界にも魔導具が存在する事に気付いた。しかし彼は、そう易々と人界には降臨出来ない存在だ。

 だからこそ、彼はヴァルグリムに依頼を出した。

 ヴァルグリムは商人だ。同じ悪魔でも、彼やアンネローゼのメイドであるミチコに比べて脆弱だった。否、とは決して言えなかったのだ。

 それ故に、長命種の情報を求めてやって来た恭介は正に渡りに船と言えた。

 代行騎士。

 四騎士に比べれば数枚は劣るが、しかし実力は折り紙付きだ。あの()()がそんな手抜きをする筈がない。

 恭介が、何もない空間に手を伸ばすと、空中に波紋が生じ、腕が埋まっていく。

 インベントリと呼ばれる様々な物や武具が収納されている特殊な異空間である。

 これも四騎士の力の一つだ。

 その中から、何の用途に使うのか解らない道具を取り出すと、それをヴァルグリムに手渡した。

 

「ったく。かなり骨を折ったぞ。それ、新興宗教の御神体だったんだからな」

 

 とある国で生まれた新興宗教の御神体として祀られていたそれは、生贄を捧げることで所有者に異能の力を与える魔導具だった。

 それ故に信者の多くは、家族や友人知人を生贄に捧げ、超人と化していたのである。

 故に、恭介は代行騎士シャドウとして――職務を全うした。

 構成人数は千人を超えており、少数の例外を除いてほぼ総ての構成員が教主の後を追い、旅立ったのである。

 

「ふむ。まあその件は分かっておるよ。……そうさな、ワシもそれなりに信頼性の高い情報を仕入れた。それを対価としてやろう」

 

 爪やアクセサリーをジャラジャラと鳴らしながら、ヴァルグリムは言った。

 

「その創造者(メイカー)の通り名は、『黒い槌(ブラックハンマー)』だそうじゃ」

「……どっかで聞いた名前だな」

「そうじゃろうよ。ワシら商人の方が馴染みが深い名じゃ。鍛冶師としての腕は超一級での、品が市場に流れればかなりの額が動く。円でも、ドルでも、金品や宝石、果ては魂でも、な」

 

 ふと、所持している一挺の銃を取り出す。

 マーシーと呼ばれる大型回転拳銃のグリップには、その名が刻んであった。

 

「これか?」

 

 その銃を見て、しかしヴァルグリムは言う。

 

「いいや。ソイツはコピーじゃ。あのウォーより力を借り受けた際に、ヤツの装備も複製されたのじゃろう。それにそれは本来、ヤツの兄であるストライフの銃、その複製よ。複製の複製であるが故に、その性能は数段落ちる。見せぬ方が賢明じゃろう」

 

 気性の荒い鍛冶師で、無礼を働いた連中は悉く大槌の餌食となったらしい。

 

「……で、居場所は?」

「アミダハラの地下に拠点をこさえておると聞く。詳しい場所は判らぬが、お前さんが新たな魔導具を持ってくる頃には候補を幾つか上げておいてやろう」

「分かった。次の魔導具の在処は?」

独逸(ドイツ)じゃ。あの国の諜報機関である連邦情報局に保管されておると聞く」

 

 吉報を待っておるぞ。

 そう言い残して、ヴァルグリムはサークルの中に消えていった。

 

「……ドイツ、か」

 

 今迄は宗教団体や企業、個人を相手にしていたが、今回は国が相手となるようだ。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

「それで、今日は一体どうしたんだい? 騎士の坊や」

 

 ノイはそう細い眼を恭介に向ける。

 この老婦人は、恭介が代行騎士であると見抜いていたのである。

 

「ああ。なあ婆様、独逸の連邦情報局に伝手はないか?」

「……いきなりだねぇ。一体全体どうしてだい?」

 

 ヴァルグリムから手渡された対象の写真を見せながら、彼は言う。

 

「ナンバー5026を貰い受けたい」

 

 その言葉に、ノイは首を傾げる。

 暫く考え、思い出したように手を打った。

 

「ああ、当局がガラクタと断定したアレだね。確かに交渉次第では譲ってくれるだろうけど、またどうしてだい?」

「……あー、まあ、その……熱心なコレクターがいてな。ソイツが欲しがってる」

「それが創造者を見つける条件かい?」

「まあ、そんなところ」

「ふーむ……」

 

 ちょっと待ってなさい。

 そう言い残してノイは店の奥へと消えていった。

 三十分程度で戻ってきた彼女は、

 

「条件次第で向こうは譲ってもいいって話だよ」

 

 そう恭介に言うではないか。

 

「マジか」

 

 余り期待していなかった恭介だが、思わぬ展開に脳裏で警鐘が鳴った。

 こういう時、公的諜報機関はかなり厄介な案件に巻き込もうとするのを嫌と言うほど知っていたからだ。対魔忍時代、嫌と言う程味わった。

 しかし、肯定しなければ目的の品は寄越さないだろう。

 如何にゴミであろうとも、その調査には少なくないカネが掛かっている。

 どうにかして利益に繋げたいのが人情と言うものだろう。

 

「……で、その条件ってのは?」

 

 嫌そうな顔を隠しもせず、しかし諦めた様子の恭介へノイはあっさりと告げた。

 

 

 

「アミダハラを拠点にしている独逸秘密研究機関『アーネンエルベ』元・研究員、魔術師バルド・バルドの暗殺。その手伝いをして欲しい、だとさ」

 

 

「――――は?」

 

 

 

 

 

 そしてこれより、事態は動く。

 陸郎は、兄を探しにやってきた少女と出逢い。

 恭介は、独逸より来る魔女の手伝いを。

 そして棘持つ美女たちは、人狼と呼ばれる怪物に遭遇する。

 

 

 

 

 

「ところで、そのコレクターってのはどんな人だい?」

「んー……知人が言うには、バッドエンドよりもハッピーエンドが好きな変り者って話だけど」

 

 

 




橘陸郎――鋼鉄の魔女アンネローゼの主人公。竿役であり、不死者という肉壁、となる予定だった。しかし本作では、魔術師として覚醒。騎士に憧れており、いつかは肩を並べて戦いたいと思っている。死霊術師としての才能があるのだが、浮遊霊に身体を乗っ取られた経験あり。現在苦手意識を克服中。魔法堂に住み込みで修業中。

アンネローゼ・ヴァジュラ――魔女兼探偵兼剣客。美女。エロい恰好をしているが処女で、身持ちは堅い。悪を食らう魔刀・金剛夜叉を武器とする。探偵としては気が向いた依頼しかせず、基本はグータラしている。その一方で戦闘狂の気があり、強者との立ち会いを求めている。代行騎士と闘いたいと思い、剣の稽古に励む。

ミチコ=フルーレティ――アンネローゼの従者。悪魔。本来の姿は人型ではない。正体を知るヴァルグリムは、うっかり出くわさないように細心の注意を払っている。本人曰く「アレが暴れれば即座にこの島は沈む」らしい。人間時の得物は斧。レズビアン。

ノイ・イーズレーン――陸郎の師匠。孫のような歳の陸郎を可愛がっている。しかし師匠としては厳しく、スパルタ。魔術師連合の重鎮で各国ともパイプを持つ。

バルド・バルド――アンネローゼ編のラスボス(予定)。独自設定として独逸の秘密研究機関『アーネンエルベ』の元研究員にして魔術師。色々とやらかしている。故に独逸からは抹殺リスト入り。

沢木恭介――代行騎士。《蛇の道》が使用可能に。お使いクエストを黙々とこなす。この抜け道が使えるようになったので、事務所を長期間留守にする必要がなくなった。お陰で弟妹たちとの時間が確保出来た。色々と人の悪意を知ったせいで、悪党への容赦はゼロ。無暗矢鱈と苦しめるつもりはないが、殺すときはあっさりと殺す。

ヴァルグリム――悪魔。対価を払えばどんな相手だろうと物を売る生粋の商売人。そこまで強くはないが、培った人脈は凄まじく、上級悪魔すら顧客として抱えている。

????――魔王級悪魔。ミチコよりも数段格上であり、自分の異界を保有する。しかし現在は荒れ果てていた自分の世界をリフォーム中。素材集めのついでに惚れた魔導具シリーズを収集している。しかし人界には手が出せず、ヴァルグリムに依頼をする。実は英雄が死ぬバッドエンドよりもハッピーエンドを好む変り者。

ブラックハンマー――長命種・創造者の鍛冶師。造った武器や防具は高値で取引される。所在不明。アミダハラのどこかに住んでいるが誰も知らない。

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