スチームヒーロー   作:亭々弧月

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供養も兼ねて投稿してみることにしました。
何分勢いで書いたものなので目が覚めてあちゃーなんてことになったら即消します。





1:帰還

 荒野の中を黒銀の汽車が走っている。先頭の機関車が吹き流す黒煙は荒野に一筋の線を描いていく。それに引かれて進む客車の一両に窓を開けて外を眺めている青年がいた。身に纏う上等の軍服は焼け焦げた跡があってなお気品を感じさせる。開いた窓から入り込む風にたなびくくすんだ金髪と少し淀んだ青色の目。彼の整った容姿はただ車窓から荒野を眺めるという行為をなにか儚く美しいものであるかのように感じさせる。

 

 程なくして彼の眼は生々しい弾痕が点在する灰色の荒野からその向こうにある灰銀色の陸に浮かぶ巨大戦艦のようなものに向く。それは蒸気と電磁と鋼鉄の街。彼の乗る列車の行先である帝国有数の大都市ツデルモアであった。

 

ツデルモアの玄関口であるエルト・テレメス駅に汽車が着くと乗客たちは次々と座席から立ち上がる。出入り口へと向かう客の列に並ぶと、他の客に比べて少しその青年の両肩が低いのが伺われた。肩にかけた頑丈そうな革製の鞄だけのせいではなさそうだ。そして彼は改札を経て駅の外へ出た。

 

 目の前に広がるのは灰色の空と赤茶けた街に道を行き交う何台もの車。数キロ先には巨大な歯車を擁した党のような建造物が聳え立っている。それらを尻目に彼が向かった先は蒸気街と呼ばれる技術者たちの工房が集まってできた区域。沢山の工房が立ち並ぶ中でも一際古さが目立つ小さな工房の前で彼は立ち止まった。少し感慨深そうに眺めた後、彼は木製のドアを開け中に入り口を開いた。

 

「おい、アルトロはいるか?アルトロ・カレンツォに用がある」

 

しかし反応はない。店の中に客はおらず、店主も留守かと思われたがカウンターの奥からかすかではあるが鉄のこすれる音がする。

 

 

「本当にいないのか?俺はアルヴィンだ。腕の診察と修理を頼みに来たんだが」

  

するとドタバタとあわただしそうにして一人の男がやってきた。小柄なれど屈強そうな体で髭は長くお伽噺でいうドワーフのようにも見える彼は軽く謝りながら破顔した。

  

「いや、すまんの。てっきり役人か軍人が来たものだと思ってな。本当に久しぶりじゃのアルヴィン。何年振りじゃ?」

 

「5年ぶりだな。戦争が終わってもこっちに戻ってくるまで二年近くかかってしまった。とりあえず土産に酒を買ってきたからあとで飲んでくれ。」

 

「何を言う。今飲むにきまっとるじゃろうが。ほれ寄越せ」

 

「……仕方ないな」

 

そう言ってアルヴィンは蒸留酒の大瓶をカバンから取り出しアルトロに手渡すと、アルトロは即座に瓶を開け飲み始める。

 

「ふぅ、よし腕を見よう。結合部も見るから上着全部脱いでくれんか」

 

  言われるがままアルヴィンは服を脱ぎ軍服に隠された体を晒す。体躯そのものはよく鍛えられた引き締まった体という程度だが、異様なのは鈍色を放つ鋼の両腕だった。他人より少し下がっている彼の両肩はこの鋼の腕の重さのせいであろう。

 

「戦場仕込みの荒い整備じゃのう。戦争が終わって二年もこんなんだったんかえ?」

 

「仕方ないだろ。初めにいた腕の良い奴はみんな死んじまったよ」

 

「…そうか。……とりあえずこの腕は外して修理じゃ。大工事になるじゃろう。保管しとる昔の腕を付けとこう。両腕なしじゃ式典にも出られんじゃろて」

 

「俺はああいう場所が嫌いなんだよ。勲章だけもらってさっさと帰りたいんだって」

 

 額に手を当て鬱陶しそうにアルヴィンは答えた。

 

「そう言うな。四方軍神サマの虎の子ともなればそれ相応の責任もあるじゃろうて」

 

「それが嫌なんだっての」

 

「まったく……子供みたいなことを言いよってからに……」

 

 呆れたように呟いたアルトロの右手にはかつてアルヴィンが着けていた右腕があった。

 

「まずは今付いてる腕を外すからの。──────それっ」

 

 

「うぐっ……ジジイてめぇ」

 

 その瞬間、突如襲った形容しがたい鈍痛に呻き声があがった。

 

「多少の痛みは我慢せい。ほれ今度は腕をつけるぞ」

 

 

 再び呻き声をあげたのち、また一連の作業を繰り返してアルヴィンの両肩には先ほどよりは傷も少なく小奇麗な鋼の腕が装着されていた。

 

「──────ふぅ。で、何日後だ?10日後くらいか?」

 

「一週間じゃ。儂を舐めるな」

 

「流石だな。じゃあ一週間後にまた来る」

 

「あぁそうじゃ。その軍服は着替えた方が良い。この街じゃ浮いて見えるじゃろう」

 

「……そうか。覚えとく」

 

 アルヴィンはまだ完全には馴染み切っていない肩を回しながら店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、あんた”煙狼”の旦那だろ?仕事を頼みたいんだが」

 

 男がそう言って路地を歩いているアルヴィンに声をかけてきた。男の背丈は2m近く、肩には何かのエンブレムのような入れ墨があり、剥き出しの腕にはいくつもの傷跡があった。その入れ墨に覚えがないので自分がこの街にいない間に力をつけた新興のマフィアだろう。腕に嵌めた上等そうな時計や首にかけたペンダントからその羽振りの良さがうかがえる。

 

「仕事?」

 

「あぁ、そうだ。俺らは5番地区でカジノをやってるんだが、最近カジノで大負けした貧民どもがイカサマやってるだろっていちゃもんつけてきてな。今度徒党組んで抗議するって計画を耳にしてな。一応一人腕利きの用心棒がいるんだが備えあれば憂いなしって言うだろ?そういう訳であんたを雇いたいってうちのボスがな」

 

「なるほどな」

 

「で、金の方なんだが……」

 

「あぁ、それは後でいい。事が終わった後あんたらが俺の働きに値すると思った分を用意してくれ。ただそのかわり、気分が乗らなきゃ行かねぇからな」

 

「それで構いませんぜ。もとよりダメ元でお願いしてるんだ。時刻は今夜十時、5番地区のカジノ前に来てくれ」

 

 

 

 男はそう言葉を残して軽い足取りでその場を後にした。

 

 

 

 男が路地を去ってアルヴィンが大通りに向かって歩き出そうとしたその時、また別の男が現れた。さっきの男と違って服装もみすぼらしくこの街における典型的な貧民といった風貌だ。そして男はおずおずとアルヴィンの前に進み出ると口を開いた。

 

「あ、あの……あ、貴方様があの”煙狼”だというのは本当なんでしょうか……」

 

「……そうだが、とりあえずあんたが何者なのかぐらい教えてくれないか?なんせ5年ぶりに帰ってきたんでな。あんたの顔に心当たりがない」

 

「す、すいません。私は、セクルと言います。4年前にこの街に流れ着いたもので……今は通りでしがない飲食店を……」

 

 

 その時、一瞬幼い少年がこちらを覗き見ているのが分かった。さっきのマフィア崩れの手先かもしれないかと思われたが、今この場で手を出すのは得策でないように思われた。

 

「なるほど知らんわけだ。ところで、向こうに隠れてこっちを見てるガキはあんたの連れかい?」

 

 セクルの体がビクッと跳ね上がった。

 

「は、はい、あの子はリオと言います。ふ、二人でここに来ました。……何があるか分からないから隠れているように言ったんですが……」

 

「そうか知り合いならいい。で、用件は何だ?さっきの話を聞いてたから俺に声をかけたんだろ?」

 

「そ、その通りです。──────奴ら……『屠る虎』は三年ほど前に現れてから瞬く間に成長してここら一帯を牛耳るようになったんです……。みかじめ料を求めて来たんですがこれが余りにも高くて払えなかったんです。そしたらもう……あちこち殴られて、でも無い袖は振れません。どうしたらいいんかと聞けば、賭場に来て賭けに参加しろと……」

 

「で、そこで巻き上げられたと」

 

「そ、そうです。けど私はこれでも目が良い方で、だから奴らが袖の下に入れたカードと場にあるカードを取り換えたのが分かったんです。それを言っても知らぬ存ぜぬで通されてなけなしの有り金も全部奪われて、今月の終わりには店を引き払わないといけなくなったんです……。同じような目にあったのが何人もいるんです。そして彼らと一緒に抗議しようと……」

 

「やめとけ。お前らじゃ返り討ちに遭うだけだ。奴らも用心棒を雇っていると言っていた。勝ち目など無いだろう。俺はもとより奴等の誘いに乗るつもりはなかったが、あんたらが無謀にも立ち向かうって言うなら止めに行く。死にたいのか?」

 

「し、しかし……」

 

 

 

 

「臆病者ッ!マフィアが怖えってのかよ!あんた強いんじゃないのかよッ!」

 

声がした方を見るとさっきの子供、リオがいた。

 

「もういい!しゃべるなリオ。この人の言っていることは何一つ間違っちゃいない」

 

 セクルが喚くリオを抑えようと手を伸ばすがそれを勢いよくはねのけ、アルヴィンの方を怒りに悔しさが混ざった形相でねめつける。

 

 

「軍警も聞いちゃくれねぇ、誰も俺らの話なんか聞きやしねぇんだ!5年前まではあんたがこの街で悪い奴をぶっ飛ばしてたって他のやつが言ってたのに……嘘だったのかよ!」

 

 リオの両目から大粒の涙が零れだした。やがてそれは嗚咽に変わり、道に力なく座り込んだ。

 

「全く好き勝手言ってくれやがって……。いいか?どのみちお前らじゃ勝てないんだ。仲間に今夜は中止だと伝えて家で寝てろ。……明日には全部終わってるからよ」

 

「そ、それは……」

 

「この街で俺のことを知らん奴もこの5年で増えたんだ。ここらでひとつ教えとく必要があるだろ?」

 


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