敵が構える、両手を広げる構えだ。
掴めば終わる、そういう個性だ。
そういう個性を、主軸に置いた戦い方だ。
「ハッ、トロいなぁ……」
「ッ!?」
まるでコマ送りのように、目の前にやつがいた。
瞬間移動、いや、速いのだ。
敵が俺の首を捕らえるように掴んでくる。
だが、俺とお前の相性は最悪だ。
「おぉぉぉぉぉ!」
敵の手は恐怖の塊だ。
触れれば崩壊し、死を招く。
一撃が必殺、致死の攻撃、だから臆して引く。
それがヤツの強み、恐怖は動きを鈍らせる。
だから、だから踏み出す。
勇気とは、怖さを知ること、恐怖を我が物とする事だ。
「コイツ!」
踏み込む、同時にヤツの手が俺の首にぶつかる。
まるで破片となるように、皮膚が崩れていく。
その上で、俺は拳を握って振り下ろす。
「チッ!キチガイが」
拳の一撃を、難なく受け止められ拳が崩れていく。
緑の閃光が拳に集い、崩壊と再生が拮抗する。
その個性は、破壊する個性なのだろう。
だが、俺の個性は再生する、つまりプラマイゼロだ。
「強いな、いいぞ!いいぞ、クソヴィラン!」
俺は握られた拳に重ねるように手を置いた。
ヤツの押さえる腕を上から押さえる形だ。
そして、そのまま膂力で持ち上げ振い落す。
「デタラメな野郎め……」
「沈めぇぇぇぇぇ!」
ヴィランを頭から叩き落とす。
もうどうにもすることは出来ない、さぁ沈めクソヴィラン!
「イライラする、あぁ、あぁぁぁ!クソが!」
「なっ!?」
寸での所で、俺の攻撃は成立しなかった。
なぜなら、俺の腕が根本から崩れ去ったからだ。
両腕が、手首と肘の先から無くなっていた。
片方は手首を、片方は肘から先を、千切るように奪われた。
「どうしたよぉ、クソガキ。腕はいったいどこにやった」
「個性の強弱をコントロールしたのか、これは……」
崩壊した腕を見る。
左右で明らかに崩れ方が違う、片方は狭い範囲で崩れており深い。
片方は広い範囲で浅く壊れている。
個性を、絞ったのか。
「いいぞ、いいぞヴィラン!」
良いことを知った、なら今度は俺の番だ。
力を注ぐように、集中させる。
パワーの集中だけではない、範囲を絞る。
まるでホースの出口を小さくするように、力を使う範囲を狭め、勢いをます。
傷口から帯電するように再生が始まる。
骨が伸び、覆うように筋繊維が生え、その上を皮膚が包むように再生する。
俺は再生した腕を何度か開いて確かめ、ヴィランの方を向いた。
「もっとだ、んむぉっとだぁ!」
「チート野郎が」
「うおぉぉぉぉぉ!」
駆ける、駆ける、駆ける。
ただ愚直に、ただ直進する。
奴は増強型の個性ではない、ならあの動きは鍛えたことにより手に入れた。
なら、俺にだって追いつくことは可能である。
片足が壊れるくらい踏み込んだ。
ヒビが入ったような、筋肉が切れたような気もするが、すぐに再生する。
俺は、もっと、速くなれる。
「コイツ、速くなりやが」
「うるせぇ、殴らせろぉぉぉ!」
「邪魔すんなよ、今が良いときだろうが」
地面がいきなり崩れて亀裂混じりになっていく。
何だこれ、コイツ錬金術師かよ!
崩れる足場、それに体勢を崩す。
「ヘッハッハッハ!オラァ!」
崩したままなのは癪なので、岩のように崩れた地面を殴り飛ばす。
途中で崩れて砂になろうが関係ない、その物量がヴィランの動きを阻害する。
俺は転がるように地面に倒れ、倒れた拍子で四つん這いになり、そして両手両足で獣のように地面を掴む。
「ハッハハー!」
「いい加減、死ねよ」
「いいな、良いなお前!オゴッ!?」
砕けた地面、途中で砂となったそれの中から奴の手が伸びてくる。
皮膚を崩壊させたとして、それは再生するので問題ない。
「そう考えるよな。でも、その再生力を上回るとしたらどうなるんだろうな」
「何?しまった!」
「ゲームオーバーだ」
嫌な予感を抱くには遅すぎた。
俺の身体は急には止まれずそのまま突き進み、カウンター気味に奴の手の平に触れた。
触れた瞬間、消し飛ぶように腹に風穴が空いた。
クソが、意識が……。
そこは、どこかの闘技場だった。
周囲には観客がおり、目の前には傷ついた男が居た。
男は血を吐き、倒れている。
俺は、その男を殺したであろう拳を見ていた。
歓声は遠く、観客の人間たちにとって男たちの戦いはどこか別世界のようだった。
否、別世界であるものか。
この戦いが、仕組まれた闘争が、別の世界で起きている訳がないではないか。
『俺は死にたくない』
『どうして死ななきゃいけないんだ』
『こんな生活、もう嫌だ』
嘆く剣奴達、彼らは死ぬために連れてこられた。
彼らの役割はお互いに殺し合い、市民を楽しませる道化である。
果たしてそうだろうか、市民と剣奴に違いはあるのか。
同じように笑い、同じように怒り、同じように嘆く剣奴達は市民と別の生き物か。
『だから私は、私達は剣を取ったのだ』
声がした、いつか聞いたことのある男の声だ。
『我々は勝てないと分かっていた、だが自由を勝ち取るには必要であった。我々が死のうとも、それは礎になると分かっていたからだ。圧制者を、奴らの傲慢さを許してはならないからだ』
『さぁ少年よ、立ち止まる暇はないぞ。奴らは待ってはくれない、弱者はいつだって奴らの脅威に晒されている』
『敵が与えうる苦痛のすべてを耐えて凌駕することで、その敵を完全に凌駕し勝利する。これこそ、必勝法だ』
気付けば、俺は地面に寝転がっていた。
空いたはずの穴はないが、しかし服は一部無くなっていた。
穴が空いたのは間違いない、そしてそれは回復したのだろう。
それにしても、何かの夢を見ていた気がする。
眼の前を覆い尽くす……筋肉……うっ、頭が……これ以上は思い出すのをやめよう。
周囲を見渡すと、オールマイトが怪人と向かい合っていた。
オールマイトは立ち尽くしている。
脇腹からは出血が見え、ダメージを負っているようだ。
俺がオールマイトを見ていると、クソヴィランの手マン野郎が走り出した。
「さっさとブッ殺すとしよう」
「それでも私は平和と正義の象徴なのだ!」
手マン野郎の狙いは生徒だった。
すっかり楽しくて忘れていたが、他にもいたんだった。
あのままじゃ、死ぬかもしれない。
なら、俺は動くしかない。
しかし、そんな俺よりも速くオールマイトは動いた。
それに呼応するように、怪人も走る。
お互いの拳がぶつかり、爆風が吹きあふれる。
「聞いてただろうが、コイツはショック吸収の個性なんだよ」
「だからそれがどうした!吸収ということは、限界が来るまで殴り続ければいい!」
「ッ!?」
そ、その発想はなかった。
なんてことだ、やはりオールマイトは天才か。
「私を倒すために作られたのだろう、なら私の限界以上のパワーで倒すのみ!」
「ち、近づけない」
オールマイトが拳を重ねるように怪人とパンチを繰り出し合う。
殴り、殴られ、殴り、殴られ、お互いを攻撃し続ける。
力こそパワー、その真理がそこにはあった。
怪人が、吹き飛ばされ、空の彼方へとビデオゲームのように飛んで行った。
「ゲームオーバーだ……」
怪人が消えるのを見たヴィランは、黒い靄のヴィランを使って逃げていった。
残念だが、奴を倒すことはできなかった。
こうして、俺達のUSJでの事件は終わるのだった。
そして、なぜか俺は拘束されていた。
「ふごぉぉぉぉ!」
「男が拘束されても、意味がないんだよぉぉぉぉ!」
「峰田君そこなの、それよりツッコミ所が満載だよ!」
勝手に交戦したとか色々な理由で俺は拘束され、説教を受けていた。
なんだろう、ハウンドドッグ先生とエクトプラズマ先生に囲まれると、命の危機を感じる。
怖い、なんていうか、怖い。
「なんだろう、捕まってるヴィランより先生達のほうが」
「梅雨ちゃん、しぃー!」
「ケロ、ごめんなさい。思ったことを言ってしまったわ」
項垂れる先生達、ハウンドドッグ先生なんてくぅーんと泣いていた。
なんか、頑張れ超頑張れ。
「さて、不屈少年。どうして拘束されてるか分かるかい?」
「フォフォォォォ」
「ちょっと、何言ってるかわからないです」
じゃあこの拘束を外してくれ、俺は悪くねぇ!悪いのはヴィランだ。
しかし、俺の発言は却下された。
「確かに正当防衛かもしれないが、だが危険に飛び込むのは良くない。勇気と蛮勇は別なんだ、いいね」
「なに、俺に戦うなというのか!なんという、あっせ――」
「良くないんだ、いいね?」
「アッハイ」
なんというか、いつもより数倍増しでオールマイトの画風が濃かった。
すごい、俺達と違う世界観で生きてる気がする。
こ、これがナンバーワンヒーロー、圧倒的だな。