とあるHACHIMANがあの世界に行った   作:はチまン

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全滅の刻

「シリカ……きゃっ! きゃああああっ!」

 シリカさんが泥に沈みこみ、そこに気を取られたリズベットさんが今度は泥リズベットに押し潰されるように飲まれた。

「お、お兄ちゃん!! あぶな……」

 側面で二人の仲間が泥に消えたことにやはり動揺していたのだろう、いつの間にかキリトくんの背後にも泥キリトの集団が……

 でも、一瞬早くリーファさんが押し飛ばしたおかげで、キリトくんは空中へと逃れるも、そのまま彼女が身代わりとなって泥に沈んでしまった。

「リーファっ!!」

 叫ぶキリト君にさらに泥八幡と泥キリトが襲いかかるが、キリトくんはかわし続けた。

「おいおいおい、いよいよやべえぞキリトっ!!」

 クラインさんが敵の攻撃をいなしつつ、一時的に難を逃れたキリト君へと声をかけるが、そんな彼には先程の数倍する泥人形が迫っていた。そのほとんどはクラインさんの模倣のようなものだったが、そのどれもが長い日本刀を持って振り回していた。

 そして雪ノ下だ。

 さきほどは、いくらでも戦えるようなことを言っていたこいつだが、見ている間に、その身体に傷を負ってダメージの光を漏らしているのが解る。

 どうやら、敵の数が多すぎる上に、雪ノ下自身もこのなれない環境下での長時間の戦闘に精神をすり減らして来てしまっているようだ。

 当然のことだな。

 いくら体力を使わないからといったところで、持久戦や長期戦はその精神力によって支えているわけで、いつ果てるともしれないこの状況は紛れもなく過大なストレスになる。

 これが初心者とベテランの違いなのかもしれない。

 確かに雪ノ下は必要最低限の動きで省エネ状態で戦い続けてはいるのだろう、でも、倒しても倒してもにょきにょきと生えてくる泥の敵達に疲弊を余儀なくされていた。

 対してキリトくんやクラインさんはミスも確かにあるだろうが、戦意はまだまだ高いように見える。

 きっと潜ってきた修羅場の違いなのだろうと考えたその時だった。

「しまっ……」

「雪ノ下!!」

 俺の目の前で雪ノ下が足を滑らせて尻餅をついた。

 と、当然それを見逃さない泥雪ノ下ズ。

 制服姿でなにも装備していないそのままに、雪ノ下に群がってそのまま押し潰した。

「ゆきのん!!」

 そう泣きそうに叫んだ結衣の手を俺はとった。そして走り出そうとしたのだが、結衣の足に泥の結衣の腕がしがみついていた。

「い、いやぁああっ!」

 そう結衣が叫んだ瞬間、その這いつくばっている泥の結衣の腕がポロリと離れた。 

 というか、その腕が切断されていた。

「おい、比企谷さん、由比ヶ浜さん、ほれ逃げろ!」

「クラインさん……」

 降り下ろした日本刀を振り上げつつにかっと笑ったクラインさん。飛び込んだ彼の一撃で結衣は難を逃れたようだが、では走ろうとしたその時、囲んでいた泥達がクラインさんをそのまま飲み込んだ。

 それを見ながらも、俺はとにかく結衣の手をひいた。

 くそっ!! くそくそくそっ!!

 ほんとどうなってんだよ。なんなんだこいつらは! なんで俺たちがこんな目に遭うんだよ、畜生っ!!

 走った。

 とにかく走った。

 走ってそして、ふと振り返った時、俺はそれを見た。

 まるで巨大な津波のようになった泥が、そこかしこにいた泥人形達を次々に飲み込みながら俺たちへと迫ってきていた。

 そして次の瞬間……

「結衣!!」

「ヒッキー……」

 とっさに結衣を抱き締めたままで、俺たちはその泥に一気に飲まれた。

 

 

 

 

「うう……」

 いったいどれだけ意識を失っていたのか……泥に飲まれ必死に結衣を抱いたままでいたはずの俺はその時覚醒した。

 時間にしてどれくらいだったのだろうか、数秒? それとも数時間か……

 もしそうだったら……という恐怖に震えつつ俺は目を開けた。

 すると、そこにはまだ結衣の姿が……それにホッと安堵しながらその少し先を見上げて俺は今度は恐怖に震えることになった。

 そこにいたのは泥八幡の一人。

 だが、そいつは今までのようなただ笑顔を張り付けたような気持ち悪さではなく、微笑みもせずに俺を冷たい視線で見下ろしていた。

 そして、その自分の泥の腕を変形させながら、俺から結衣を剥ぎ取ろうとしていた。

「驚いた。まさか一瞬で覚醒するとは……いい加減この俺にすべてを委ねろよ。そうすればお前は最高にハッピーな展開でベストエンディングを迎えられるんだから」

 ベストエンディングね……

 泥の八幡は今はただ一人だ。

 他の連中はどこへやったのか……たぶん泥の中か……

 今はたった一人しかいないが、戦えない俺からすればもうとっくに詰んでいる、ゲームオーバー、バッドエンド、おしまいだ。

 その泥八幡は俺が抱えている意識のない結衣の首を掴み、握り混みながら俺から引き抜こうとしている。

 これがもし現実であるなら、結衣はいつ死んでもおかしくない状態だ。だが、ここはゲームの世界だ。そう簡単には死なないということだろう。

 やつはとんでもない怪力で結衣の首を引っ張りあげた。

 俺はさすがに結衣を掴んでいられなくなって離してしまった。

 と、やつはそのまま結衣を泥の中に沈めようとしていたので、咄嗟に俺は叫んだ。

「ひ、ひとつだけ教えろよ!」

 泥八幡はその動きを止めてちらりと俺を見る。

 そして口を開いた。

「お前に話す必要などなにもない。どのみち俺とお前は融合してひとつになる。そうすれば万事解決するんだからな」

 本当に何をカッコつけて言っているんだよ、この恥ずかしい俺は。

「まあ、そう言うなよ。本当に一つだけだ。それくらいいいだろ? どうせ戦えない俺はもうどうしようもねえんだ。意識があるうちによ、どうしても納得したいんだ。なあ、頼む」

 俺の言葉に一瞬動きを止めた泥八幡がこくりと頷いた。

 俺はそれを見てホッと安堵すると同時に、高速で思考を巡らせた。

 いったい、何を聞けば最良なのか。このせっかくのチャンスをどう生かせば良いか……

 時間はない……

 だが、これにすがるしかない。

 要はこの黒い泥の中で俺たちの〈思考〉や〈考え方〉や〈記憶〉を改竄して……というか、たぶんあの泥たちと融合することによって、あのアスナさんのような〈操り人形〉としようとしているのだろうな。

 すでに、シリカさんやリズベットさんたち、それに雪ノ下も泥に沈んだのだ。彼らはまさに今、〈作り変えられている〉最中ということか……

 あのときは、アスナさんは一人だけ異常だった。

 それは彼らの仲間や、俺たちと、考え方や記憶を共有できていなかったからだ。

 だが、これが全員の記憶を書き換えられた後だったとしたら……

 アスナさんの方こそが正常となるのだ。

 誰もが同じ思い、同じ記憶を共有しているのだから。

 くそっ! 考えただけで虫酸が走る。

 だが、落ち着くんだ、俺。

 こんな状況、普通ではあり得ない。ここがゲームの世界の中だということを差し引いたとしても、ありえてしまうことこそが異常。

 だが、そうなることを前提に考えた時、一番の問題はなにか?

 それは……

 それは間違いなく結衣や雪ノ下の処遇だ。

 この泥八幡の正体はいまいち掴めていない。

 だが、なんとなくでも解るのは、きっとあいつが絡んでいるのだということだ。

 あの優木の中に入っていたあのおっさんのお化け。

 あいつは嫌っていた……雪ノ下と結衣のことを。特に結衣のことは死んでも良いくらいまで言っていたんだ。もしそうだとしたら、この泥八幡の考え方も……

 あいつが消え、この泥八幡が現れた。もしこいつがあのお化けとイコール、もしくはニアイコールの存在であるとしたなら……

 こいつがもっとも忌み嫌う存在は『結衣』ということになる。

 ならば……

 俺は一度ちらりと首を締められ持ち上げられているぐったりとした結衣を見た。現実であれば完全に死亡しているであろう状態の今の彼女を見て奥歯を噛みつつ、心の中で詫びながら口を開いた。

「なあ俺の彼女はやっぱりアスナさんなのか? 出来たらよ、ハーレムが良いんだけど、雪ノ下さんとか一色とか海老名さんとかは彼女にならねえのかよ」

 いったい俺は何を聞いているんだと、自分自身に吐き気を覚えつつ、だがこうすることでこの目の前の気持ち悪い俺の真意をきっと引き出せるとそう信じて堪えた。

 泥八幡はそれに薄く笑うと、俺をまっすぐに見下ろすようにして言った。

「陽乃さん……〈良い身体〉しているものなぁ。それに一色も〈可愛い〉し、夜の相手させるならさぞや楽しいだろうな」

 俺はそれを聞いて全身に悪寒が走った。

 いや、もうそんなようなことを言うだろうとは察していたんだ。こいつは俺のような見た目をしているが、その実まったくの別物……それこそあのおっさんと同一の存在だろうとな……

 今のでそれもはっきりした。

 こいつは俺の〈ガワ〉をしているだけのまったくの別物だ。それで、その内は手前勝手な醜い欲望をたぎらせているだけの〈獣〉だった。

 雪ノ下さんや一色をまるでペットか人形か何かのように評して、そしてその手では結衣をごみのように扱って……

 俺は沸き上がりかける激情を必死に押さえ込んで次の言葉を吐き出した。

「……でも、ここには雪ノ下さんたちはいねえぞ。いったいどうする気だ? どうやって雪ノ下さんたちを洗脳するんだよ」

 そう、俺はこれを聞きだしたかったのだ。

 こいつがあのお化けと同一の存在だというのなら、改変の影響はこのゲームの世界だけにはとどまらない。そう、あのアスナさんのように、まるで別人格になってしまうのだろう。

 しかし、この場にいない存在までをも改変できるのであれば、それは何らかの超常現象に他ならず、その一端でも知ることが出来れば、なんらかの対抗策を打てるかもしれない。

 俺はそう考えたのだ。 

 あのお化けは言った。

 自分は『作者』だと。

 だとすれば俺たちは奴によって描かれたキャラクターということになる。

 そんなこと考えたくはないが、それが真実であると前提することで、新たな解決法も出てくるのだ。

 そう、奴が俺たちを書き換えたように、俺たちもなんらかの方法で元の俺たちへと書き直すことができるのではないかということ。

 外部からの介入によってアスナさんは変わってしまった。

 そうであるならば、俺たちもその力を手にして元に戻すことも……

 荒唐無稽なことだとは思う。

 だが、このまま手をこまねいていたくはなかったのだ。

 そう思いつつ、俺はやつをみた。

 泥八幡は……

「知らねえよ。そんなこと俺が知るものか」

「は?」

 思わず変な声が出た。

 でも、目の前の泥八幡はさも当然とばかりに言ったのだ。

「俺はもともとあの豚によって産み出されたただのキャラクターだ。あいつが用意したこの身体に入って、あいつが用意したしゃべり方で、あいつが用意したストーリーを演じる……それだけだったからな。あいつがどうやって他のキャラクターを操っていたかなんて、あの豚が死んじまった今となっては俺だってわからねえよ」

「し、死んだ? お、おい、あの豚って、例のおっさんのことだよな。死んだってどういうことだよ」

 慌ててそう聞いてみればやつはにやりと笑いやがった。

「ああそうだぜ。あいつは死んだんだよ。あっさりと心筋梗塞でな。だがそのおかげで俺もこんなに自由に動けるようになったのかもしれねえな。気がついたらアスナの身体のなかにいて、この世界に来ていたんだからよ」

「お、おまえ……ほ、ほんとうに作られたキャラクターだったのかよ」

「おまえの方こそ似たようなもんだと思うがな」

 そんなやり取りをしつつ、俺は挫けそうになるの踏ん張って堪えた。

「じゃあ、なんでおまえはまだこんなことをしているんだよ。作者が死んで自由になったんだろ? だったら好きなことしていればいいじゃねえか」

 その俺の言をやつは花で笑った。

「俺がやりてえことだから、こんなことやってんだよ」

 そう泥八幡は言い切って笑った。

「あの豚はかなりこだわりがあったからな、胸のでかい女が頗る好きで、言うことをきかない女は殺しても良いくらいに思っていたからな。その思考は俺も同じなんだ。今まで俺は何人も女をレイプしてきたぜ。そうすればあの〈豚〉と、その〈取り巻き〉どもがよろこんだからな。あははは。ま、だから俺としてはこのガハマも勿体ないとは思うんだが、なにしろ『作者』様の死ぬ間際のお言いつけだ。仕方がねえから殺すしかねえんだよ」

 そう言って、泥八幡は結衣を投げ捨てた。

 泥の上にべちゃりと倒れる結衣。その周囲から泥の結衣が二人その身体を持ち上げて、ゆっくり彼女を抱くように飲み込んでいった。

 俺はそれを、心の中で謝りつつ見送った。

「さて、じゃあ最後はお前だ、比企谷八幡。俺もいい加減この身体じゃあ楽しめるものも楽しめねえからな。おまえとひとつになって、女どもを蹂躙してやることにするよ。なに、お前もずっと俺の目を通して眺めていられるはずだからな。陽乃やいろはやアスナを犯すシーンもたっぷり楽しめるぜ。それと、ガハマと雪ノ下が絶望して制裁を受けるシーンもたっぷり拝ませてやるからな! 女子高生が絶望する姿は本当に最高だぜ、ははははははははははははははははははははははは」

 哄笑しつつゆっくりと俺へと近づいてくる泥八幡。

 その手がいよいよ俺へと届こうかというその時に、俺は最後の言葉を言った。

「やっぱりてめえはあいつと同じ、最低のクソヤローだったよ!! 『ユイ』ちゃんっ!! 今だ!!」

「はいっ!! 今です!!」

「なんだ?」

 俺が叫ぶと同時にやつの背後の泥の山の一部が大きく盛り上がる……

 その泥の内側から青白い輝きが漏れ始め……

 そしてそこに『彼ら』が現れた!!

「はあああああああああああっ!!」

「やあああああああああああっ!!」

 漆黒の泥を突き破って現れたその二つの影。

 それを端的に表すのであれば〈銀〉と〈黒〉。

 その二つの影は泥の上を高速で疾走して一瞬で泥八幡へと肉薄した。そしてそれぞれの剣が激しく煌めくと同時に言い放った。

「私は絶対あなたを許さないっ! 『閃光』の二つ名にかけて必ず貴方を滅ぼす!!」

「俺たちが受けた苦しみ、その全て返させてもらう!!」

 アスナさんとキリト君。

 二人の激しい怒りの輝きが、次の瞬間には泥八幡をずたずたに切り裂いた。

 奴は……

 その瞳を怒らせてながら泥へと消えた。

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