とあるHACHIMANがあの世界に行った   作:はチまン

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泥が見せる夢

 その場で形を崩して消えた泥八幡。

 その様子を切り刻んだその二人の剣士も見ていた。彼らはまだ緊張した顔のまま、周囲を警戒しているということだろうとは思うが、厳しい視線で奴の沈んだ場所を睨んでいた。

「八幡さん、タイミングぱっちりでした。時間稼ぎありがとうございました。でも、そのせいで結衣さんが……」

「…………」

 俺の側へと飛んできたユイちゃんが表情を曇らせた。

 俺はそれを見てから、先程結衣が放り投げられた辺りに視線を向けた。

 もうそこにはただのチョコレートのような泥の地面が広がっているだけだ。

「気にするな。結衣もわかっていたことだよ」

「はい……」

 そう項垂れるユイちゃんはゆっくりとキリト君たちの方へと戻って行った。

 そう、これは予定通りの行動だった。

 泥の俺たちが出現したあの時、猛攻を受けていたキリト君がユイちゃん経由で俺へと告げたのだ。

『アスナさんを取り返すために囮になってほしい……』と。

 正直俺には、そんなこと出来るとは思えなかった。囮もなにも、何度も言うが俺はこのゲームは初めてだ。どうしたらよいかなんて分かるわけがない。

 でも、みんなが次々に泥人形たちに襲われ続けるなか、結衣が俺の袖を引きながら言ったのだ。

『あたしたちもやれることしよ』

 その決意の籠った目を見て、俺も決心した。

 どっちにしたってこのままなんて俺も嫌だったから。

 だから逃げた。逃げて結局結衣をあんな目に遭わせてしまって……

 後悔したってどうしようもない。

 決めたのも、そうしたのも俺達だ。だから今それを言うのは、犠牲になった結衣に対しての冒涜にほかならない。

 でもやはり、この現状は受け入れがたかった。

「ふんっ!」

 俺は一度両頬を思いっきり手で叩いた。

 気合を込めると同時に今のもやもやした気分を晴らしたかったから。実際に叩いてみて、少し痛みがあったことに驚いたが、これですっきりはできた。

 そんな俺に、青い髪の彼女が歩み寄ってきた。

 それで気まずそうに瞳を伏せつつ俺へと頭を下げた。

「本当に……本当にごめんなさい。わ、わたし失礼なことばかりしてしまって……あなた達まで巻き込んでしまって本当に……」

 そう言うのはアスナさんだ。

 これは完全にあのわけのわからないお化けのおっさんから解放されたということで間違いないのだろうな。

 俺はとくに何かを彼女に対して思っていたわけではないが、俺に対していちゃいちゃしていた時の記憶も残ったままなんだな、この様子からは……とか思ったら、なにやら俺の方が死にたくなってきた。

 マジでもう全部忘れてくれ。

「あー、あれだ。元通りになって良かったんじゃねーの。そ、それよりもだ、キリト君。よくアスナさんを助けられたな」

 居た堪れなくなって、まだ警戒態勢のままのキリト君へとそう声を掛けると、彼は言った。

「ユイから……アスナの意識がもうあのドロドロから切り離されたということを教えられたんだ。だから俺はまずアスナの奪還をさせてもらった。この泥は異常だけど、剣が通らないわけではなかったから、後は滅茶苦茶切りまくってアスナを分離させてから覚醒させたんだよ」

「ふ、ふーん」

 ほんと何言っているのか良く分からない。

 まあ、あの泥からアスナさんを引きぬいて、目を覚まさせたということだな。詳細は理解できていないけど。

「パパとママを助けられたのも、今この泥の動きを止めることが出来たのも全部八幡さん達のおかげです」

 そんなことを言ってくれるユイちゃんだが、ほんと俺達は大したことしていない。だから何を言えなかったわけだが、彼女は今度は俺達三人に向かって、飛びながら話し始めた。

「この泥は改変プログラムの塊であると同時に、たくさんの『意識の集合体』でもあったみたいなんです。見たこともないURL情報とともに、『渋』とか『笛』とかいう文言を含んだたくさんの文字列が、さっきまではママの中へと注ぎこまれ続けていました。でも、切り離された後は、この泥全体にその情報が溢れかえっている状態で……それで様々な八幡さんたちが出てきていた感じたったのですけど、それも今は一つにまとまっているようで……」

 彼女の言うことは本当に理解が追い付かないが、つまるところアスナさんに封じ込められていた、もしくは注がれ続けていた〈情報(もの)〉が泥になってあふれ出して、最初は別個人の八幡たちとして発生したが、それも集合しつつあると……

「それがさっき俺が話していた、俺のそっくりさんってわけか」

 それにユイちゃんはコクリと頷いた。

「この存在が何なのかは私にも良くは分かりません。でも一つ言えることは、これは誰かの明らかな〈意思〉によって誕生した〈人工物〉であるということです。ママを略取し、八幡さんたちを貶めるために想像された人造の存在……」

「AI……ユイと同じなのか?」

 そのキリト君の言に、ユイちゃんは静かに頭を振った。

「それも分かりません。でもパパ、あの泥の八幡さんたちは確かに〈自我〉を持っています。それも人を害することを能わない凶悪な感情や意思を。ママはいつあの存在に遭遇したのですか?」

 そう問われたアスナさんも困惑しつつ首を振った。

「分からないの。多分ALOから生還して、みんなでパーティをした後くらいだとは思うけど、ずっと頭がモヤモヤしたみたいになって、キリト君の悲しそうな顔が見えて……。凄く苦しかったけどどうしようもできなくて……」

 はっきりとはわかってはいないのだな。

 だけど、だからこそ解ることもある。

「なあアスナさん。あんたあのおっさんに操られていた時の記憶が少しはあるんだよな」

 そう聞いてみれば、彼女は眉を潜めて頷いてみせた。

 だから俺が続けた。

「そうしたら教えてほしいんだが、あの時のあんたは何を見た? どんな景色を見ていたんだ? いや抽象的なことではなくて、具体的にどんな未来をイメージしていた?」

 それに彼女は口許に指を当てつつ言った。

「〈雪ノ下〉さんと〈由比ヶ浜〉さん、それに〈葉山〉くんという人が、共謀してハチくん……比企谷さんを学校で虐めていて、それでSAO内でハチくんと三人が再会して、ハチくんを口封じに殺そうとしたところを私が助けて、私が三人を殺して……うぷ……」

 集中してひとつひとつ思い浮かべてくれたアスナさんがついにそこで吐き気を堪えるように口を手で押さえた。それをキリト君がそっと抱き抱えた。

 多分やつが彼女に見せたイメージの中に、結衣達を惨殺するシーンもあったのだろう。

 それは想像に難くない。なにしろ、あのおっさんは完全にイカれていたからな。

「わりぃ、そこまでで良い。よく分かった。つまりこのまま行けば、結衣たちはまさにそのシナリオ通りに動くように脳みその中を弄くられることになるわけだよ」

 今まさにその改造手術の真っ只中なのだろう。それを思うといても立っても居られないが、とにかく俺は今出来ることを必死に考えた。

 いつもなら……

 俺は俺一人でできることを選ぶはずだ。

 俺という存在を他の誰にも委ねたくなんかはないし、俺という人間の価値を他人に決められたくもないから。

 俺が出来るその時の最高の選択を、俺がいつだって選んできたのだから。

 でも、それではダメなのだということを俺はもう知っている。

『君のやり方では、本当に助けたい誰かにあったとき、助けることができないよ』

 あの時先生がくれたあの言葉。

 俺は俺だけのために俺という人間を使ってはダメなのだ。

 守りたいもの、助けたいものがあるから。

 だから俺は……新しい俺になる。

 俺は大きく深呼吸してから妖精のユイちゃんを見た。

「ユイちゃん。今あの黒いドロドロの意思はひとつに統合されてきているとか言っていたよな。なら、その核みたいなものとかはないのか?」

「あるにはあります。さっきアスナママが捕まっていたあの場所。あそこはこのALOの運営の設置したターミナルポイントで、そこを通して膨大な量のデータが泥として流入しているのですけど、そのターミナルポイント付近にデータを吸い上げている存在がいるみたいなんです。でも……」

 そう何かを言いかけたユイちゃんがチラリとキリトくんを見た。

 彼はユイちゃんを慰めるように、そっとその頭を撫でていた。

 お、お兄ちゃんスキル発動しちゃってる!! いやお父さんスキルか! 傍目に見るとなんというか、かなり恥ずかしいな!

 ドギマギしていた俺に関係なしに、キリトくんは平然と言った。

「さっきアスナを助けようと泥に突入したけど、あそこにいたあれはまるでレイドボスだよ。必死にアスナだけを助けたけど、あの触手の連打にはちょっと太刀打ちできそうにない」

「触手!?」

 それってあのウネウネして、美人戦士とかをイヤーンさせちゃう系のあれじゃあないよな。

 どっちかというと、あれは宇宙に漂うもののけに見える的な、ふははははは、怖かろう……の方だよな!

 なんだよ、それ。超怖いじゃん。

 レイドボスってことはあれだよな、100人がかりとか、1000人がかりとかで倒すっていうあれだよな。

 ならもう無理じゃねえか。

 そもそも今はユイチャンを入れたって4人しかいねえ。

 しかもそのうち戦えるのは二人だけ。

 くっそ……他に手はねえのか……

「せめてあのターミナルポイントを直接攻撃出来たらよかったのですけど」

 そのユイちゃんのその言葉に俺はすぐに顔をあげた。

「そのレイドボスを倒さなくても良いってことか?」

「え? あ、はい。一応は後では倒さなくてはなりませんけど、問題は流入し続けている泥の……膨大な情報の方なんです。そのせいでシステムがエラーを起こしてしまっていて、対抗プログラムが動かないんです」

「だから、その入り口を壊せば良い……と……」

 そう呟いてみてから、俺はキリトくんとアスナさんを見た。

「なら、俺がもう一度囮をやる。必ずそいつの気を逸らすから、その内にそのターミナルなんとかをぶっ壊してくれ」

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