とあるHACHIMANがあの世界に行った 作:はチまン
俺は泥の中心ともいうべき、あの盛り上がった山へと駆けた。そこは先程までアスナさんが上半身だけだしていた場所。
そこにはとんでもないボスモンスターのような存在がいるということだが、当然俺にはそんなもの倒せやしない。
そもそも戦えない。
だが俺は走った。
囮になるために。
これはただの自殺行為なのではないか? これはいたずらに足掻いて惨めな姿をさらしているだけなのではないか?
様々な葛藤がたしかにあったが、俺はたったひとつ、その事だけを思って走り続けた。
『助けたい……』
そう、それだけだった。今俺の心のなかにあったのは。
ヒーロー願望があったわけでも、カッコつけたかったわけでもない。
俺は脳裏にこびりつくように残っていたあの言葉を忘れられなかっただけだ。
『もし、ゆきのんが困ってたら、助けてあげてね』
あの時、彼女が俺へと言った言葉。記憶のそこに打ち捨ててしまっても良いような、ただの一言。いつだってあいつは誰かのために心を砕いた。
そしてそれは今回だって……
なにも出来ないくせになにかをしようと考えて、結局は自分を犠牲にして……
苦悶の表情のままで泥に没していった彼女の顔が忘れられない。
『君のやり方では……助けることはできないよ』
ええ、わかっていますよ先生。
助けたい願望……助けたい気持ちがあったって、結局その人を絶望に染めてしまえば助けられなかったことと同じだ。
だから俺はくたばる訳にはいかない。
あいつらを助けた後で、もし俺がいなかったのなら、それはあいつらを悲しませることにしかならないのだから。
俺はもうそれを知っている。
だからこれは〈自殺〉じゃあない。
俺がするのは奴との……
〈交渉〉!
そう、交渉だ。
この状況でとてもそんなこと出来るわけがないというのに、それでも出来る気がして、無性に笑えた。
さっきあれだけあいつを罵ったというのにな。
俺はひとりほくそ笑みながら、例の山の麓まで来て、そこで大声で叫んだ。
「話があるんだけど出てきてくれねえか? おーい、俺は比企谷八幡だよ。おーい」
俺の背後で泥の山が振動して大きな音が立ったが俺はそれを気にしなかった。
そして……
四方で急にせり上がった泥が俺めがけて降ってきた。
俺は……
ついに泥に沈んだ。
❖
これは……
なんだ……?
音も光もない、感覚すらないその世界で、俺はただ自分の意識をしっかり保とうと踏ん張っていた。
俺が今どんな状態なのかはわからない。だが、眠たくなるような、意識を刈り取られるような、そんな感覚が全身を支配していた。
それはまるで眠りにつく前の布団の中にいるような感覚……
だが、こんなことに屈する訳にはいかない。
眠いとしたって、今だけは簡単に思い通りになってやるわけにはいかねえんだ。
『おい、聞けよ! もうひとりの俺! 俺は交渉にきただけだ。お前のいうことをなんでも聞いてやるからよ、少しでいいから俺につきあえよ』
当然だが返事はない。
というか声が出ているのか? 感覚はないが、だが眠気を払うように俺は続けた。
『なあ、お前が無類の女好きなのは分かった。よく分かった。だからよ、俺の好きなラノベの嫁談義につきあってくれよ。やっぱり最高だよな二次元嫁は』
今まで読んだたくさんのラノベのヒロイン達を頭に浮かべつつ、俺はやつへと言ってみた。
だがそれにも反応はない。
くっそ、これもダメか……
あいつ夏目漱石とか、芥川とかの方が良かったのか?……一応俺が今まで読んで来た作品をもっと教えてやってみようか。うーん、どの辺がいいのか、推理もの? サスペンス? それとも恋愛ものか?
ひたすらにそんなことを思い浮かべていた時だった。
唐突にその画面が現れた。
なんだこれは?
と、思う間もなく、その場面に映像が……
そこにいたのは……
俺だった。
❖
「あなたのやりかたきらいだわ!」
「人の気持ちもっと考えてよ!」
そんなことを言う二人の女は雪ノ下と由比ヶ浜か……
これはあの修学旅行の時に俺が言われた言葉の様だけど、なんだか違うような気もするし、どことなくこの二人も変だ。
目はつり上がって俺をにらんでいるのだが、その顔に表情は無く、まるで蝋人形のようだ。
その佇まいが異様で気持ち悪かった。
そして唐突に俺の脳内に何かのアナウンスが流れる。
『なんで頑張ったこの俺がこんなことを言われなきゃならないんだ。俺は嫌だったけどこいつらが任せると言ったから損な役を受け持ってやっただけじゃないか。責められるなんて理不尽だ』
は? なんだこのアナウンスは?
ええと、これはあれか? 俺の『モノローグ』ってやつか? え? は? 何言ってんだこのバカは。
そもそもなんで受動態。
頼まれたからやってやったんだよ的なこと言ってるけど、お前あの修学旅行の時は俺が勝手にやらかしただけだぞ?
なのになんでそれをこいつらのせいだ風に言ってんだよ、被害妄想甚だしすぎだろ!
お前な……
そうツッこもうとした時にはもう場面が切り替わっていた。
そこは……ん? ここは奉仕部の部室の引き戸か?
上の表札に結衣の貼ったシールもあるし間違い無さそうだが……
その扉を開けもせずにただ立ち尽くしている、たぶん俺の耳に、よく通る二人の声が聞こえてきた。
〈もう二度と部室に来ないで欲しいよね、あんな人の気持ちの解らない最低最悪の男。私はもうヒッキーの顔二度と見たくないわ〉
〈ええ、まったくそうよね。あんなやり方しか出来ない男はもう必要ないわ。平塚先生に言って、すぐに退部させましょう。これでようやく、あの気持ち悪い男から解放されてせいせいするわ〉
は?
なんだこの会話。
ええと、結衣と雪ノ下なんだろうけど、口調が全然違うし、言っている内容がおかしすぎる。
二人がそんなことを少しでも思っていたのなら、俺はとうの昔に退部しているに決まっている。なんだかんだ俺はこの部に半年間いたんだ。
毎日夕方、だいたい二時間……とくに何をするわけでもない日がほとんどだったが、俺はあの空間でこいつらと一緒に居た。そこに確かにこいつらとの
絆はあった。
二人があんなことを言わないことくらい、悩むまでもない。
だというのに……
『もう、ここに俺の居場所はねえな……』
なんでだよ!!
おい、そこの偽八幡くんよ。お前なんも分かってねえじゃねえか。そもそもへこむんじゃねえよ。よくもまあ、そんな程度のメンタルで半年間そこに居られたな、おい。
と、慌ててそう言おうとしたらまた場面転換。
今度は駐輪場そばの校舎の陰。
俺はどうやら自転車に乗ろうとしているみたいだが、なにやら男女の話声を聞いていた。
「ねえ、葉山君。私今回とっても頑張ったよ。ご褒美にまた抱いてくれる?」
「ああ、いいぜ、結衣。お前はこれからもずっと俺のセフレだ。だけど、本妻は雪乃ちゃんだからな。そこを間違えるなよ」
「オーケーよ。これであのむかつくヒッキーももう御仕舞だよ。さっき学校中に、あの嘘告白のこと言いふらしてきたから、これであいつはもう学校これないよ」
「よしよしいい子だ。今晩抱いてやるからな」
…………
うーむ。すごい内容の会話だ……
だけど、誰だこいつら、まさか葉山と結衣のつもりなのか? 結衣の口でとんでもない台詞を言わせやがって……
マジで許せねえが、いったいどんなシナリオだ? 不倫? もはや俺達の今までの奉仕部活動関係なくなっちゃってるじゃねえか。
オーケーでもだいたいわかってきた、ここのルール。
つまりこの世界は、さっきアスナさんが言っていた、彼女が俺に惚れるシナリオをなぞっているわけだ。
となれば、次に出てくるのは……
「あ、ハチくーん、あれ? どうしたの? 暗い顔して?」
ほら出てきたアスナさんだ。
なんでこの人が総武高の制服を着て、小走りに俺を追いかけてくるんだよ。この人埼玉の人じゃねえのか? ん? そういや埼玉はキリト君か? どっちにしたって、この人総武高生ではない。
だが、さっき聞いた時はゲーム内で出会ったようなことを言っていた気が……え? どういうことだ?
『俺のことを理解してくれるのは、もう彼女しかいないないのだ。彼女の名前は結城明日菜。俺の幼馴染で、俺の彼女だ』
うっは……でた彼女設定。っていうか、幼馴染? おいおい俺を真似てんじゃねえのかよ。俺にはそんな可愛い幼馴染なんかいねえよ。いたらボッチなんかしてねえし。
随分とご都合主義の展開だな。これはいったい誰のシナリオなんだよ。
そこにいる俺は暗い顔のままで先ほどまでの話を全てアスナさんへと話した。
それを聞いたアスナさんは憤慨した。
「許せない、その雪ノ下さんと由比ヶ浜さん。私のハチくんにそんな酷い事するなんて、わたし絶対そのふたり許さないから」
と、まあ、それはそれは烈火の如き勢いでお怒りあそばせているアスナさん。
それを見て、ああ、俺の本物はここにあったんだとか、そんなわけのわからないことを宣う偽八幡君。
いやいや、何が本物だよ。滅茶苦茶偽物じゃねえかよ!!
くっそ、なんていうかツッコミどころ多すぎて……いや、ツッコミどころしかなくて眩暈がしそうだ。
とか思っていたら今度は俺の部屋だ。
場面転換多すぎだ。勘弁しろよ。
偽八幡は何やらヘルメットのような物を被って、ベッドに横になって呟いた。
「リンクスタート」
あ、これは俺もさっきやったから分かるけど、あのヘルメット、アミュスフィアみたいな道具なんだな。
なるほど、これからゲームの世界なわけか。
そして場面が変わると、俺はやはりゲームの世界にいた。
すぐにアスナさんと合流した偽俺は、どうもベータテスターという事前に体験版をプレイした存在であったようだ。で、アスナさんにプレイ方法を教えていると、いきなり広場に移動。でかくて黒い、なんだか良く分からない奴が出てきて、これはゲームではあるが遊びではないとかなんとか言って、ここから出たければ100階層をクリアしろと宣言。
それを聞いて同じベータテスターだったらしいキリトくんとも合流して、アスナさんとイチャイチャしつつ三人でレベル上げ。
一か月後(早いな……ってか一瞬だった!)漸く一階層のボスエリアを発見して、その攻略会議に三人で出席。
舞台で話しているのはどこかで見たような青い装備のイケメン。あれ? あいつどっかで見たような気がするけど、ま、気のせいだな。
そのままボス攻略に進むも、偽俺とキリトくんとアスナさんの三人で難なく倒して、誰一人の脱落もなしに二階層に。
なんだかんだでアルゴという女の子や、リズベットさんやシリカさんを仲間にいれて、いつの間にか6人パーティ。
その女ばかりのパーティメンバーの全員に手をつけた偽八幡(クソヤロウ)……何をどう手をつけたのかはまったく見てないし理解したくもないが、本妻がアスナさん、でそれ以外全員セフレらしい。こいつ間違いなく人間の屑だ、いったいどこのプレイボーイ(死語)だよ!! んなわけねーだろ、いったいどんなハイブリッドボッチだよ、そんなぼっちいるか!!
一緒にいるキリト君お構いなしに女の子たちといちゃいちゃし続ける偽八幡。
こいつ……めちゃくちゃムカついてきた。
他のパーティと遭遇して、転移結晶の効かないトラップルームから誰も犠牲を出さずに脱出したり、階層ボスを倒したり、新しい家を買って女の子たちとイチャイチャしたりとか、そんなことをしていたある日、葉山、雪ノ下、結衣の三人のパーティと遭遇する。
なんだかんだといちゃもんをつけてきた三人に向かってアスナさんが、罵詈雑言吐きまくり。それを追いかけるように他の仲間たちも、葉山たちを罵倒しまくり。
それに逆上した葉山達がまさにザ・チンピラな感じで逆ギレして切りかかってくるも、アスナさんが返り討ちにして、全員を縛ったままフィールドに放り捨てて、ハチくんをいたぶった報いをうけなさいとか、冷徹な瞳を向けて言い放った。
そして、近くにいたモンスターが葉山、雪ノ下、結衣に近寄って襲い掛かろうとしているのを、満面の笑顔で眺めながら―――――
「てめえっ!! もういい加減にしやがれ!! マジで勘弁ならねえ、絶対てめえをぶっ殺す!!」
そう全力で叫んだ瞬間、目の前のスクリーンの中にいた偽八幡がくるりと俺を振り返った。
「これは驚いたぜ。まさか意識を保ち続けていたとはな。もう少しで最高の良いシーンになるんだ。じゃまをするなよな」
凶悪に歪んだ微笑みで俺を見たそいつに俺は全力で唾を吐いた。
奴の顔にべちゃりと俺の唾がかかる。
「ざまあみやがれ、この偽物が!! てめえみてえな根暗な妄想バカは、とっとと消えちまえ!! このボケナス八幡!!」
それに奴は反応した。
無表情の顔のままで、腕で俺の唾を拭ってから剣を引き抜く。
そして地面に転がっている結衣や雪ノ下のもとに歩いていった。
「何する気だ!!」
「気が変わった。こいつらは俺がぶちころす」
その声に背筋が凍るも、俺は床にころがる結衣や雪ノ下へと声を掛けた。
「お前ら!! 今助けるから!」
それに彼女達はぴくりと微かに反応した。
表情は乏しく、反応も薄いが、確かに彼女達はそこにいたのだ。
結衣の無表情のその瞳からは、一条の涙が確かに流れていた。
HACHIMAN作者はアンケートなどで、『ヒロインは誰が良いですか?』などと読者に問い合わせして、誰と誰が良いです! と、その声のままに八幡とくっつけます。
今回はアンケートなしなので、全員とくっついています。
それと、導入でアスナが語った八幡との出会いと今回の出会いは変わっていますが、これはこの作品のギミックのひとつであって、内容を変更したわけではありません。
分かりづらくてすいません。