とあるHACHIMANがあの世界に行った   作:はチまン

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本物

「やめてよヒッキー、もう私はあなたを裏切らないから。あなたの言うことなんでも聞いてあげるから」

 そう無表情で叫ぶ結衣に、偽八幡がゆっくり近づきつつ、剣を振り上げた。

「ふはははははは、おもしれえな。こんな反応になるのか。おっと、台詞だったな……『俺はもうお前らを信じられない』。くふふ、ふはは……」

 偽俺は剣を逆手に持って振り上げた。

 そして愉悦に表情を歪ませる。

「死ねぇええええっ」

「やめろっ」

 結衣に向かって剣を走らせる奴に、俺は叫んでいた。

 ドス。

 そして剣が突き刺さる。

 結衣の心臓に深々と……

「あ……」

 その口から小さく声を漏らして、目を見開く結衣……

 ひたすらに沸き上がるのは悔恨と怒りと哀しみ。

 絶望に俺は沈みそうだった。

 だが……

「これはただの〈シミュレーション〉だよ。くくく」

「は?」

 偽八幡はそんなことを宣いながら手を大きく動かした。

 するとそこにあった全ての景色が黒一色の背景に溶けるように消えていった。 

 明日奈さんやリズベットさんたち、葉山や雪ノ下や、そして結衣もきえてしまった。

「死んだと思ったか? んなわけねーだろ、俺はまだお前の身体を手にしてねえんだから。ま、一応洗脳中のガハマどもにも今の映像は送り込んではいたけどな。自分の行く末を見て、あいつらも諦めがつくだろうよ」

 暗闇の画面の中でそんなことを言う偽八幡は、俺へ向かいつつ、その画面の枠に手をかけてこちら側へとやってきた。

「あのブタが死んだし、他の作者どものシナリオも大量に流し込まれたからな、より俺好みの展開に『作品』を書き直していたんだよ。やっぱり明日奈とか女どもとイチャイチャしていた方が俺も楽しめるしな。ま、お前があんまりにも反抗的だから仕方がねぇ。由比ヶ浜と雪ノ下は最初に始末する展開にしてやるぜ。そうだな……一般生徒(モブ)どもに輪姦(まわ)されてから殺されるようにしてやろうかな、それも序盤でな。惨めったらしい、こいつらにぴったりの最後だぜ。くははははははははははははははははははは」

 俺はもう何も言えなかった。

 こいつはマジで狂ってやがる。

 貶めた人の不幸を喜んで愉悦に浸りつつ、自分だけはそれ以上の狂気でもって人を支配して快楽を得ようとは……

 紛れもなくこいつは最低最悪の存在だ。あのオバケのおっさんに似ているかとも思ったが、それよりももっと酷い。あのおっさんの言動も狂ってはいたが、あいつはただ思い通りにいかなくて憤っていただけだった。

 だが、この偽八幡はさらに人を操る術を手にしてしまっている様子。

 洗脳とか言っていたしな……その通りだとしたら本当に時間がない。

 俺はさっき涙を流した能面のような顔の結衣のことを思い出していた。

 アスナさんがそうなってしまったように、結衣たちが操られるままにあいつの言った〈シナリオ〉を辿らされちまうとしたら、もう御仕舞だ。

 考えろ。

 このくそ野郎をなんとかするための方法を。

 なにかあるはずだ。

 アスナさんだってあの泥を吐いてから正気には戻れた。

 なら、他の奴らだってきっと……

 思い出せ。

 あの時なにが起こったのか……

 考えろ。

 

〈シミュレーション〉

〈作品〉

 

 あ……

 唐突に閃いたのは正に荒唐無稽な思い付き。

 でも、今のこの現状……泥に呑まれて夢を見ているようなこの場にいることこそがまさに異常。

 で、あるならば、その異常を異常で上書したところでさして問題はないのではないか。

 そう思いつき、俺は必死に記憶を呼び覚ました。

 これは賭けだ。

 もはや一か八かどころの騒ぎではない、砂漠で米粒を一粒拾えるかどうかというほどの賭け。

 だけど、こんな異常な世界で俺に出来る正規のルートの攻略法など存在しないのだ。

 酷い睡魔に、操られているあいつらの姿。それに絶望的な暴力の存在が俺の心を衰弱させている。

 そんな中での賭け。

 俺はそれを決意した。

「よし、ならもういいよな。お前もここに来たんだ。その身体貰ってやるよ。まあ、今まで舐めた口きいたことは水にながしてやるぜ。お前にも俺が良い思いするところをたっぷり見せてやるからな、ひひひひ」

 そう言った奴が、俺の身体へと入ってきた。

 強烈な異物感……

 全身に寒気が走り、身体の内側を虫に食い破られてでもいるかのような怖気を感じながら、次第と意識が遠のいていくことを感じていた。

 そして薄れゆく意識の中で、奴の高笑いを耳にした……

「ひひひ、やったぜ、これでようやく〈シナリオ〉を始められるぜ!! さぁて、じゃあ最初は修学旅行のところからだな。世界観は……もうどうでもいいや。この場にいる全員を使ってSAOクリアまでを再現してやろう。それで、現実世界にもどったら葉山を殺して、三浦を寝取って、平塚を社会的に抹殺してそれから……」

 そこで言葉が途切れた。

 奴は何かの違和感を感じたのか、口を押えてその場にしゃがみこんだ。そしてそのまま口から大量の『泥』を吐き出した。

「おぇええっ、おぅぇええええええっ、げぇぇえええええええ」

 奴の口……ではないな、俺の口から大量の泥が吐き出され続けている。

「な、なんだこれ……うぇえええ……おうぇえええっ」

 苦悶の表情の奴が泥を吐き出し続ける口を押えて悶絶しまくるなか、俺はその真っ暗な世界を脱した。

 

 

 

 

 目の前にはあの泥の山がそびえていた。

 そして俺はその少し手前……泥の中にしゃがみ込んで、自分の口を押えつつ泥を吐き出していた。

 そのあまりの気持ち悪さに脳内で必死に再生し続けている『あの光景』を途切れさせてしまいそうになり、吐き気に負けそうになるのを堪えつつとにかく意識を保ち続けた。

 まあ、でも本当に辛いのは今のこの身体の持ち主の方だろう。直接的な痛みはどうも奴の方へと流れているようだからな。

「くそ、なんだ、これは……なんで、こんな……『見たくもない映像』が頭の中に流れ続ているんだ……おぅえええええええええっ」

 そんなに気持ち悪くなるのかよ、お前には。

 そもそもその反応に傷つくけどな俺は。

 視界は俺の自由にはならないが、偽八幡は身体から泥を吐き出しつつ頭を振りながら呻いている。

 その時、俺の視界には、泥の山と俺を視界に収めたキリトくんとアスナさんの二人の姿が映っていた。

 よし、ポジショニングは万全のようだな。ならもう一息だ。

 俺は自分の中で散在していた様々な〈ピース〉をかき集め、それを組み立てて作り上げていたのだ。

 そう、ここに至るまでの、『俺の本物の物語』を。

 それは人に見せるような代物では到底ないものだ。

 なにしろ、俺はいままで、一度だって人に褒められるようなことを為してきたことはないのだから。

 それは高校に入学してからだって変わりはしなかった。

 友達もいない、人より優れていると自慢できるようなこともない、だから俺は自分から他人を拒絶し続ける道を選んだ。

 誰かが俺を必要としてくれる、そんなことはないし、ありえないこと。

 俺がすべきことは人との関わりの中で友情をはぐくむことでも、男を磨いて女の子に存在感をアピールすることでも、何かになれるかもしれないと期待をしながら、その何かになるための努力をすることでもなかった。

 友人も、彼女も、夢も、そのどれも全て等しく現実と理想は違っていて、その違っていたことに気が付いた時に絶望するものなのだから。

 だから俺はそれをしないことにした。

 裏切られ、苦しむくらいなら、そんなものは最初からない方が良いのだと、俺はもう知っていたから。

 その世界が変わってしまった。

 俺は変わるつもりはなかったんだ。

 でも、確かに変えられてしまった。

 見ないようにしてきた。知らない振りをしてきた。気が付かない振りも、無関心ささえも装ってきた。

 それなのに、俺の内にはたしかに残ってしまった。

『彼女たちとの絆』が……

 奉仕部という得体のしれないあの部活に入れられて、俺はそれまでの16年間の人生では経験しえなかった場面に遭遇し続けた。

 誰とも関わる気なんて、本当になかった。

 でも、部活だ、仕方がないと、その場その場で場当たり的な解決を目指して俺はやってきた。

 それでよかったのだ。

 本当の解決など必要ない。ただその問題が解消され、俺はどうでも良い風を装えさえすれば、それで。

 でも、そうではなかった。

 心が……痛かったから……

 人の話に耳を傾けない頑なな彼女。

 嫌な事でも自分から飛び込んで心を砕く彼女。

 俺はそんな彼女達を見て、そして確かに心が痛かったんだ。

「……あなたのやり方、嫌いだわ」

「人の気持ち、もっと考えてよ……」

 あの時の二人の言葉は俺の心を確かに抉った。

 でもそれは……

 彼女達を憎んだからということでは決してない。

 俺はあのとき初めて突き付けられたのだ。

 俺という存在が彼女達の内にも存在していたのだという事実を。

 彼女達が思う俺の姿がそこにあったのだということを。

 それが本当に恐ろしかった。

 俺は俺一人の為にいれば良かったはずだった。

 何度も求めて、何度も失って、諦めてきたそんな関係。俺にとってそんなものは不要であるとさえ思ってきた。

 見せかけの友情や、恋愛感情など、そんなものはまやかしでしかない。

 取り繕って、我慢して、努力して手に入れた関係。

 そんなものは欺瞞だ。

 俺が求めたのはそんなものではなかった。

 いつかきっと手にはいるかもしれないと信じて、そしていつの間にか諦めてしまっていたそれ。

 どうせ無駄な労力だ、見せかけのハリボテだ、手に入るわけがない。

 そうだったというのに、それはもうすぐそこにあったのだ。

 お前はこれを失ってもいいのか?

 これは偽りなのか?

 お前は信じるつもりはないのか?

 葛藤は葛藤を呼び、自分を信じられない俺はただずっと苦しんだ。

 でも……

 だからこそ俺は……

 その答えを……

「もうっ! もうやめろー!! そ、そんな戯言聞きたくはないっ!! そんなくだらねえストーリーはいらねええっ! クソ雪乃とクソガハマは死ねばいいんだよっ!! くだらねえこといってんじゃねええっ!! おぇええええええええええええっ」

 絶叫とも言っていい悲鳴を上げつつ、奴は最後の一滴までその泥の全てを吐いた。

 俺は。

 そして覚醒した。

 

 

 

 

『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ』

 

 山が鳴動した。 

 俺のすぐ目の前で泥の山は震えながらまるで雄叫びのような絶叫を上げていた。

「比企谷さん!!」

 腕で口を拭った俺のそばにキリト君が走り寄ってきた。

 俺はふらつく足を踏ん張りながら立ち上がって、キリト君へと笑ってみせた。

 その瞬間彼の表情が少し凍り付いた気がしたわけだが、なんだよ失礼な奴だな。俺の笑顔ってそんなにひでえのかよ。

 彼はすぐに顔を元に戻すと俺の手をひいて走り出した。なんだよ変わり身早えな。

「いったいどうやったんだ? 泥に呑まれたかと思ったら、急に出てきて今度は泥を吐きまくって……、見ていてかなり心配だったよ」

「そ、そうか」

 そりゃそうだな。大量の泥を吐き続けるマーライオンな俺を見れば流石にひくわな。いったいどんなだったんだ。モザイクかけないとまずい絵面だろ、間違いなく。

 俺は走りながら彼へと説明することにした。

「まあ、単純な話なんだが、あの泥はどうも〈物語〉とか〈シナリオ〉とかいうものらしいんだわ。だからあいつが泥と一緒に俺の中へ入ってきたときに、必死に抵抗して逆に頭の中で〈ストーリー〉を……それも、あいつが一番嫌いそうな実話を垂れ流し続けてやったんだよ。そうしたらさっきのザマだ。あの偽物は気持ち悪がって吐きまくった挙句、俺から泥諸共出て行ったというわけだ」

「そ、そうか。すごいな。比企谷さんはそうなることがわかっていたのか?」

「んなわけねえよ。でも、さっきアスナさんから泥が出て行く前、キリト君が操っていた存在を滅茶苦茶ビビらせただろう? それこそ殺す気満々だったじゃねえか。あれでなんとなくあの泥は感情の影響を受けやすいんじゃないかと思ってな……ま、とりあえず上手くいって良かったって感じではあるな」

「そこまで考察したのか。いや、本当にすごいよ」

 やめろよ手放しでほめるのは。そういうのまだ慣れてないんだからよ。裏があるかもって勘ぐっちゃうだろ?

 キリト君の褒め殺しにまんざらでも無くなっていた俺がどんな顔をしていたのか想像もしたくないが、そんな余裕は一瞬で消えることになった。

「パパっ! 八幡さん! 泥の山が襲ってきます」

 それはもうすっかり聞きなれたユイちゃんの声。

 かなり嫌だったが、ふっと後ろを振り返ってみて驚愕した。

 そこに迫っていたのは超巨大な単眼の塊。

 その身体中からはウネウネと蠢く無数のヒモ……というかあれが触手か。

 いったいなんなんだよあの数は。

 それこそ100本200本じゃきかないぞ? 巨大な胴体の周囲から伸びるその触手の気持ち悪さよ。

 あれはまさかバッ〇ベアードか? アメリカ妖怪かよ。俺はロリコンじゃねえからな!!

 それはどうかしらね……とかいう雪ノ下達の幻聴を聞きつつもその巨大な泥の塊の発する声に全身が震えた。

『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ……はチまン……コろス……』

 奴はその場からは動かずにその触手を一気に周囲全体へと駆け巡らせた。




本物の解釈はいろいろあるでしょうが、これは原作の本物発言前後の八幡のモノローグなどを元に考察しただけにしています。結論までは辿り着いていませんので悪しからず。
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