とあるHACHIMANがあの世界に行った 作:はチまン
ゆ、雪ノ下……陽乃。
俺は振り返って驚愕した。
そこにいたのは紛れもなく、俺ガイル作品人気ナンバーワンの座を欲しいままにするあの美女、雪ノ下陽乃その人であった。
セミロングの黒髪をふわりと揺らして微笑むその笑顔に思わずどきりと心臓が跳ねる。そして彼女に捕まれた自分の左手に視線を送りつつ確認した彼女の服装は、白のブラウスに目の粗いニットのカーディガン、それにロングスカート……そのいで立ちはかつてアニメで観た時、そのままだった。
や、やばい、なんか超いい匂いするし、頭もくらくらしてきた。
そ、そうだ……そうなんだよ。彼女だ。彼女こそがこの俺ガイルの正ヒロイン。
このいで立ち、この可愛さ、まさに至高だ。
彼女こそが俺が追い求めてきたまさに理想の『恋人』の体現者。そう、彼女と結ばれることこそがこの俺ガイルの最終目的と言っても過言ではないのだ。
なにしろ、今や俺ガイルSS作品のその殆どは、雪ノ下陽乃エンドになっているのだ。
もはや万人が見止めるベストヒロインだろう。
そんな人に手を握ってもらえて、俺はもう最高すぎる。
「ねえ、比企谷君とどういう関係なのかな?」
「え」
彼女にまたもや質問されて一気に現実に引き戻された。
い、いかんいかん、目の前に突然女神が現れたからつい浮かれてしまっていた。そうだ、まだ俺は彼女と初対面の状況なんだ。それなのにこんなに一方的に彼女のことを考えていたらやっぱりまずい。いくら焦っていたとはいえ、これはまずかったな。
そ、それにしてもだ……
なんでいきなり俺に声をかけるんですか! た、確かに後をつけていたような格好にはなっていたけど、普通知り合いの方に声を掛けるだろう。
それになんで外からこの人はやってきたんだ? 店の中にいて八幡と話をしてってパターンじゃなかったかな? あれ? 俺の記憶とちょっと違っている気がするぞ。
そう思っていたら彼女にぐいっと手を引っ張られた。わわ、なんだよこんな美人と手を繋いでいるだけでもドキドキなのにそんなに強引に……
彼女に引かれ、店脇の側道……ちょうど店の窓のない壁際へと誘導され、そこで再び微笑みながら言われた。
「ねえ、教えて」
「は、はひ」
俺は緊張から喉がカラカラだったが、なんとか生唾を飲み込んで、後は覚悟を決めて話した。
そう……
俺が八幡を救いたいのだという話を……
❖
「つまり君は……やることなすこと全部裏目に出ている比企谷君に同情して、彼を助けてあげたい……と、で、その原因の一端に由比ヶ浜ちゃんの存在があって、ガハマちゃんがいるから比企谷君は苦労をしているのだと……そう言いたいわけね?」
そう指を折りながら口にする陽乃さんの行動のいちいちに俺の心臓は高鳴り続けていた。
やばい、何この人本当に可愛すぎるんだけど。なんでやることなすこと全部可愛いんだよ。
「ま、まあ概ねそんなところ……です」
「うんうん」
微笑んだままの陽乃さんは俺の言っている内容に頷きつつ反応してくれた。これは上手く伝わったと思ってよいかもしれない。
とりあえず八幡の置かれた現状を説明するにあたり、最大の障害は葉山で間違いない。
だが、よく考えてみれば、葉山と陽乃さんは幼馴染と言ってもいい存在だ。まだ葉山の悪事が露呈してもいないこの状況で葉山を吊り上げてしまえばどうなるか……
今まで俺が読んだSSではほぼ100%陽乃さんは八幡側に立ってくれる。そして葉山やガハマを糾弾して追い落としてくれるのだ。
だがここは現実だ。万が一にも葉山擁護に回られてはもう俺の発言は聞いてもらえなくなる可能性の方が高いし、彼女が間違いなく葉山拒絶するポーズを見せるまでは俺だって危険を冒したくはなかった。
まあ、葉山とガハマは繋がっているからな。ガハマの責任にしておけば、最終的には葉山に辿り着くわけでその時点で葉山に絶望しさえすればいい。そうすれば陽乃さんは可哀そうな八幡を助けたい欲求に駆られ、八陽が完成となることだろう。
それと雪ノ下雪乃のことに関してだが、こっちはあくまで彼女の妹だし何も触れない方が良いように思う。下手に触れたら葉山以上に拒絶される可能性があるからだ。雪ノ下についてはもう完全に無視を決め込めばいいだろう。
「本当に君は比企谷君を良く見ているんだね! 同じクラスだったっけ? 友達……ではないんでしょ? 全然違うタイプだしね」
「え、ええ、まあ。えと、か、彼はあれで結構目立ちますからね。話はしていませんが、な、内情を知っているともう放っておけなくて」
「そうなんだぁ、優しいね、君は」
「そ、そうでもないですけど」
なんというか滅茶苦茶安心した。
この人は俺の言う事を全部真摯に聞いてくれている。そして俺が本気で八幡を心配していることにも理解を示してくれた。俺にはそれが何より嬉しかった。
だから俺は言った。
「えと……お、俺は、陽乃さんみたいな人が八幡の恋人だったらいいなって思ってますよ」
「え? 私が? え」
一瞬彼女は真顔になって、そしてその直後、俺の顔面目掛けて思いっきり噴出した。
「わ、わたしがぁ!? あーっはははは。そ、そんなの……あはは」
突然に笑い出して思わず引いてしまうも、彼女は俺の手をがっちり握って放していなかったために俺はその場を動くこともできなかった。だが次の瞬間、彼女は笑い乍ら出てしまった涙を指でこすりつつ言った。
「き、君、面白い事言うねぇ、まさかそんなこと言われると思わなかったよ」
「そう……ですか?」
「そうだよぉ。ふふふ」
彼女はまだおかしそうに笑っていたが、でもそのままその大きな胸を押さえて深呼吸でもするようにして落ち着かせてそう言った。そしてそのまま俺の手を引いて先ほどのドーナツショップの入口へと向かい店内を覗く。
「おやおやぁ? なんか比企谷君のそばに可愛い女の子が二人近よって話しかけてるよ? あれどう思う? 比企谷君の彼女候補ならあの子達でもいいんじゃない?」
そう言われ、中を覗いてみれば、そこに居たのは紛れもなく折本かおりとその友達のたしか、仲町千佳? だっけ? その二人だった。
確かにここに来るまでは、八折エンドもありかなとか思ってはいたが、ことこうやって女神に接触してしまえば、もはや折本の存在など彼女と比べれば『月とすっぽん』、『雲泥の差』、『提灯に釣鐘』だ。
となれば、ここはもうこの後起こるであろう八幡の被害を陽乃さんによって抑えつつ、八幡ラブに突き進んでくれればいいだけなのだ。
だが、この人は実際のところどう思っているのだろうか。
そう心配になってそっと彼女を覗き見た時だった。
「なるほどぉ、あれが私の『恋敵』ということになるのね? 確かに比企谷君を取られるのは癪よねぇ……面白そ!」
「え?」
予想外に突然そんなことを言った彼女は、俺を見てニマァッと明るく微笑んだ。そして俺の手を握ったままで言った。
「じゃあ、一緒に比企谷君を攻略しなくちゃね!! きちんとフォローしてよ? よろしくね」
「は、はいっ!!」
彼女の熱の籠ったその掌の感触のせいか、この突然成立したフラグのせいか、俺は……滅茶苦茶興奮しまくっていた。