翌朝、目を覚ますと俺の寝室から起きてきたアーニャさんが顔を真っ赤にしてふらふらと俺の胸に倒れこんできて、一発で風邪だとわかった。
とりあえずベッドの上に寝かせ、作ったおかゆを運んで来た。
「大丈夫か?」
「っ、は、はい……」
けほっけほっと咳き込みながらアーニャさんは返事をした。昨日の夜から少し弱っていたのか、寝間着のジャージは上までチャックが上がっていないし、所々はだけている。
顔が赤くて息を乱していて、外見だけは大人っぽいのでかなりエロい雰囲気を出している。
あーあ、どーすんだよこれ。このままじゃうちに帰すどころか表を歩かせるわけにもいかねーし……。
……新田さんに預けるべきか? いや、留守率高いからなぁ……。それに、変な指切りと言い、微妙に信用できない。
「俺が面倒見るしかないか……」
まぁ、少しは俺の責任だしな。やはり昨日の夜にゲームをやらせ過ぎた。
そうは言っても、俺も高校を休むわけにもいかない。とりあえず、出来るだけアーニャさんの手の届く範囲にあらゆるものを置いておこう。
「アーニャさん、俺が帰って来るまでおとなしくしててね」
「は、はい……」
「それからポカリと体拭く用のタオルとエアコンのリモコンはベッドの横に置いておくから」
「ありがとうございます……」
「医者行ったり自分の家に戻るならタクシー呼べよ。間違っても歩いて帰らないように」
「分かり、ました……」
「じゃ、学校行って来るからな」
「はい……」
……大丈夫かな。一応、新田さんに声かけておこうかな。何かあったときのために。
階段で上の階に上がろうとすると、前から女の人が走って降りて来るのが見えた。
「わーっ! ご、ごめんなさい!」
「うおっ……!」
新田さんが前から倒れ込んで来て、慌てて受け止めようとしたが、まぁ俺はそんなに力ある方じゃ無い。後ろに尻餅をつきながら受け止める事になった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ご、ごめんね……。えっと、白石くんだよね?」
「は、はい……」
「って、早くしなきゃ! このお礼は後でするから!」
慌てて俺の上から退いて走り出す新田さん。って、ダメだってば行かせたら。
「あ、あのっ、新田さんすみません!」
「なっ、何? 今、急いでるんだけど……」
「その、今俺の部屋でアーニャさんが寝てまして……」
「待ちなさいどういうこと詳しく」
うおっ、急いでたんじゃねーのか。速攻で胸倉つかんで来たぞ。
「……え? く、詳しくって……?」
「何であなたの部屋にアーニャちゃんが寝てるの? どういうことかな?」
「え、なんでって……」
説明しようとした時だ。ガチャっとうちの玄関が開いた。
「は、ハルカ……? 何かすごい音がしましたが……」
赤くなった頬、乱れた息遣い、体調悪いからか潤んだ瞳、着崩れた寝間着姿のアーニャさんがこっちを見ていた。
直後、新田さんは俺の胸倉を思いっきり揺すった。
「どういうこと⁉︎ あなたアーニャちゃんとナニしてたわけ⁉︎」
「待って! 説明する、説明するからガックガック揺らすのやめろ!」
「ミナミ……?」
グッ、まさかこんなに早くバレるとは……! マズイな。通報されてもおかしくないレベルだ。何より、この人力強過ぎ。このままじゃ命取られる。
すると、アーニャさんが「けほっけほっ」と咳き込み始め、慌てて俺と新田さんは駆け寄った。
「っ、あ、アーニャちゃん! 大丈夫?」
「ダー……大丈夫です」
「もしかして、風邪なの?」
「ハイ。ハルカが看病してくれて……」
「あ、ああ……寝てるってそういうこと……」
どういうことだと思ったんだよこの野郎。まぁ、話は伝わっただろうし丁度良い。
「そういうわけなんで、アーニャさん引き取って下さい。俺の部屋で面倒見るのはマズイでしょ」
そう言うと新田さんは納得したように「そうね」と相槌を打った。
「じゃ、アーニャちゃん。私の部屋に行こっか?」
「えっ……」
「えっ……?」
満場一致、とはいかなかった。当人のアーニャさんだけ何故か「なんでそうなるの……?」みたいな顔で俺を眺めていた。
や、それこっちのセリフなんだけど。なんでそんな顔するの?
「……あの、ミナミ」
「ど、どうしたの? アーニャちゃん」
「私……ハルカの部屋が良いです……」
「……えっ?」
「……んっ?」
……今なんて?
「……あ、アーニャちゃん、なんて言ったの?」
「で、ですから……ハルカの部屋が良いです」
「だ、ダメよアーニャちゃん! 男の子の部屋でなんて……!」
「で、でも……!」
何か言おうとした直後、再び咳き込むアーニャさん。そうだ、風邪引いてるんだからとりあえず部屋の中で安静にさせないと。
「と、とりあえず私の部屋に……!」
「は、ハルカのお部屋が良いです……!」
運ぼうとする新田さんに抵抗するアーニャさん。ここまで来たら俺の部屋に運んじまった方が良いかもな……。
同じことを新田さんも思ったのか、妥協するようにため息をついた。
「分かった、分かったわよ……。もう……仕方ないんだから」
とりあえず、俺の部屋に運んだ。
ベッドに寝かせ、今はアーニャさんはスヤスヤと眠ったため、俺はアーニャさんのベッドの横に椅子を置いて座り、その隣のもう一つの椅子に新田さんが腰をかけて電話している。
「うん、うん……。本当は相談したかったんだけど、早急だったから……浮気とかじゃないから大丈夫、うん。ごめんね、また後で」
彼氏に報告しているようだ。まぁ、彼氏いるのに一人暮らしの男の部屋には普通は上がれないよな。
しかし、友達が風邪引いてってなんかすごい遠回しな言い方してたが、その彼氏とアーニャさんは知り合いじゃないのか?
「……はぁ、疲れた……」
「それより、白石くんだったかな? アーニャちゃんとどういう関係なの?」
……あ、電話してる時の幸せそうな顔とは違ってすごい怖い顔してる……。
「どういうって……別に普通ですよ。まぁ、俺の自惚れじゃなけりゃ友達ですね」
「自惚れで友達ってラインなんだ……。じゃあ、もっと分かりやすく聞くね? アーニャちゃんでやらしいこと考えた事あるの?」
「ぶふっ⁉︎」
い、いきなり何を言ってんだこの人⁉︎
「な、何をいきなり言いだすんですか⁉︎」
「あなたの部屋にアーニャちゃんを泊める以上は聞かなければならないことよ」
「この際だから言いますけどね、前も泊めたことあって、その時は何もしてませんからね⁉︎」
「……その時『は』?」
「泊めたという実例に沿って『は』という区切りを用いさせていただいただけですから!」
「……ふーん。でも、アーニャちゃん可愛いからなぁ……」
……言えない、一回だけ抜いたとは言えない。や、でもあの後なんかすごい罪悪感に見舞われてアレ以来禁欲してるし……。
「まぁ、引き取ってもらえるならありがたい話ですよ。寝てる間に移動しますか?」
「ううん、やめておく。アーニャちゃんがここにいたいって言ったんだもん」
「……そーですか」
「それに、あなたもアーニャちゃんと一緒なのが嫌なわけじゃ無いでしょ?」
まぁ、確かにそうだけどよ……。
「猛反対してたくせに……」
「正直、反対です。でも、本当にあなたが何もしてないなら、アーニャちゃんの意思を尊重してあげたいって思ったの」
「……そうですか」
この人はこの人でやはり面倒見が良い人なんだろうな。なんつーか、アーニャさんの姉っぽいわ。
「それに、私が上に住んでれば何かあっても介入出来るからね」
「全然信用されてねーな……」
まぁ、あんま関わってないからな……。
思わずため息をつくと、スマホが震えた。アマゾンからのメールだったが、問題なのは表示された時刻だ。
「……あっ、やべっ」
「どうしたの?」
「……遅刻……」
「へっ? ……あ、私も……い、一限なのに……」
慌てて二人で部屋を出て行った。
×××
学校が終わり、帰り道。うん、盛大にやらかした。
最近、なんかクラスメートの北ナントカとか言う奴と話すようになったので、今日の遅刻について聞かれたから、つい「泊まってる友達に風邪引かれたわー。しばらくうちに泊めなきゃいけねーんだよなー」と愚痴ったら、
『んだよそいつ、迷惑な奴だな。俺の彼女……あ、聞こえなかった? もっかい言うわ。俺の「彼女」は泊まっても風邪を引くどころか俺の面倒まで見てくれるっつーのに、お前の友達本当ダメだな。そのままトドメ刺しちまえば?』
とか抜かされたから、
『そこまで言うか?』
って静かにキレて変な空気になっちまった……。俺の方から愚痴っておいて俺がキレるってなんだよ……。
向こうも文化祭前までは友達いなかったみたいだし、もしかしたら俺の愚痴に乗るためにわざと言い過ぎたのかもしれないっつーのによ……。
「はぁ……」
気を使わせた相手にキレてしまった……。そもそも愚痴ったのだって、その友達が女だって言いたくて愚痴ったのに、何だかアーニャさんの悪口を言われたみたいでついカッとなっちまった。
どうやら、俺は自分の思った以上にアーニャさんを気に入ってるようだ。
……まぁ、クラスの連中と仲良くする必要はない。それよりも、その俺の気に入ったアーニャさんがうちで弱ってんだ。さっさと帰ろう。
せっかくなので、スーパーでうどんとネギとポカリ、ドラッグストアでヒエピタを買ってから帰宅した。
「ただいま」
そんな声をかけてみたが返事はない。寝てるんだろうな。まぁ、その方が早く治るし別に良いさ。
洗面所で手洗いうがいを済ませた後、いつアーニャさんが起きても良いようにうどんのスープだけ作り、他は冷蔵庫にしまった。
冷えピタはいつでも使えるようにベッドの横に置こうと思って、寝室の扉を開くと、アーニャさんが上半身裸で体を拭いていた。
「あっ」
「っ⁉︎ は、ハルカ⁉︎」
慌てて手に持ってたタオルで胸を隠すアーニャさん。
……アーニャさん、あんなに肌白くても乳首はピンク色なんだ……。
「は、ハルカ! 閉めてください!」
「っ、わ、悪い!」
ボーッとガッツリ5秒ほどアーニャさんの裸を眺めた俺は、声を掛けられて正気に戻って静かに扉を閉めた。
ば、バカか俺は! 何をぼんやり女の子の……それもアーニャさんの裸を眺めてんだ……!
はぁ……今日はなんかやらかし祭りだな……。やらか志士の気持ちがよく分かる……。
てか、この後どうすりゃ良いんだろう。起きてたのは助かるが、裸を見た後に「うどん食べる?」なんて言えない。
「はぁ……」
「……ハルカ?」
「ウェイッ⁉︎」
唐突に後ろから声をかけられ、変な返事をしてしまった。後ろを見ると、ジャージを着たアーニャさんが、当たり前だが頬を赤く染めてこっちを見ていた。
「……見ました?」
相当恥ずかしかったのか、涙目で俺の顔色を伺う様に聞いて来た。
……どうしよう、なんて答えれば良いんだろう。乳首の色まで見たとは言えない。でも、5秒眺めといて見てないとも……。
「……ごめん、少し」
「アー……スティェスニャーユスィ……恥ずかしいです……」
「……」
頬を真っ赤にしたまま、お互いに俯いた。なんつーか……あー、気まずい……。女の子が寝てる部屋はたとえ俺の部屋だったとしてもノックしよう(戒め)。
「で、でも、気にしないでくださいっ。は、恥ずかしいですけど、わざとじゃないんですよね?」
「あー、うん。ごめん……」
「謝らないでください。私も、不注意でしたから」
……はぁ、被害者の女の子に気を使わせて……何してんだ俺は。なんか自分が情けねえや……。
「……悪い。今度の温泉プール、奢るから」
「っ⁉︎ そ、そんな……!」
「それくらいしなきゃダメだから。いや、それで許されるもんだいでもないけど……。とにかく頼む」
「うー……」
……なんでそっちが納得いかなさそうな顔してんの? まぁ、そちらの要望があればなんでも答えるが。例えそこのベランダから飛び降りろとかでも。
「……ハルカ、奢りとかはいいので……私のお願い、聞いてくれますか?」
「お願い?」
「今ので熱、上がってしまいましたから……ちゃんと治るまで看病、してくれますか?」
「……それだけ?」
「ハイ。それで、十分ですから」
……まぁ、アーニャさんがそれで良いなら良いかな。
「分かった」
「では、よろしくお願いします。ハルカ」
そう微笑むアーニャさんの表情は、既に元気に見えたが……まぁ、なんだ。気の所為だろう。