アナスタシアさんはバカワイイ。   作:バナハロ

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照れさせられてる相手が照れてるとこっちが照れるくらい可愛い。

 土曜日。駅前で俺は一人待機していた。これからアーニャさんと約束だった温泉プールに行く。

 楽しみな反面、少し不安もあった。

 アーニャさんと出掛けるのはかなり目立つ。いや、アイドル連れてる時点で今更なんだけどな。

 けど、公共の場で「ハルカ! 見てください! 新しい水着です!」なんて言われた暁には、周りの男性客から嫉妬のアイビームで焼き尽くされる。

 まぁ、事前に注意すれば済む問題な気がするが……でも、アーニャさんはわざわざ俺と出掛けるのに合わせて水着を新調してくれている。それに対し何も言わないのは失礼だろう。

 ……つまり、俺の方から褒めるしかないわけで。それがとても不安です。だってなんて褒めれば良いのか分からないんだもん。

 

「……あ、ハルカー!」

 

 考えてる間に、アーニャさんが到着してしまった。うん、やはり私服姿可愛い。やはり着る服の好みはクールなものが多いようで、もうすぐ冬だというのにめちゃくちゃ短いパンツを履いている。超似合う。

 じーっと見過ぎていた所為か、アーニャさんは急に頬を赤くして照れたように呟いた。

 

「ダー……み、見過ぎですハルカ……。何か、おかしいですか?」

「っ、い、いや全然。わ、悪い……」

「ほ、ほら、早く行きましょうっ」

 

 そう言って俺の手を引くアーニャさん。俺も引かれるがまま駅の改札に向かった。

 電車に乗って二人で席に座ってボンヤリしてると、アーニャさんが声をかけてきた。

 

「ハルカ、見てください」

「何?」

「昨日のお仕事で、ミナミと撮った写真です」

 

 スマホの画面にはアーニャさんと新田さんが手を繋いで星空の下に写っていた。

 

「仕事って、何の仕事?」

「アー……心霊スポットでした。私は平気でしたけど、ミナミがとても怖がってしまっていて……それで、帰りに眠れそうにないからって星がよく見える丘に行きました」

 

 アーニャさん怖いの平気なんだ……。そして新田さん怖いのダメなんだ……。どこまでも意外だわ。

 

「どこなの?」

「山形県です」

「山形⁉︎」

「はい」

 

 や、山形の心霊スポットって割とかなりヤベー奴が……いや、そんな事よりも、それってアーニャさんかなり疲れてるんじゃ……。

 

「あの、アーニャさん。大丈夫?」

「? 何がですか?」

「いや、昨日の夜かなり帰って来るの遅かったんじゃない? 疲れとか……」

「大丈夫です♪ それをリフレッシュするための温泉プールです。それに、ハルカと一緒なら疲れなんて吹っ飛んじゃいます」

「……」

 

 ……だから、そういうことを平気で。

 熱くなった顔を両手で隠してると、アーニャさんが心配そうに俺の顔をしたから覗き込んだ。

 

「? ハルカ? どうしました?」

「……なんでもねーよ」

「そうですか? 楽しみですね?」

 

 ……この子のセリフをいちいち気にしてたら生きていけない。

 そう思いながらぼんやりと電車の一席で揺られ、意気込んでいたアーニャさんは5分ほどで俺の肩で寝落ちした。

 

 ×××

 

 温泉プールに到着した。施設の前に着くなり、アーニャさんは少年の如く目を輝かせた。

 

「おお〜! は、ハルカ! 早く行きましょう!」

「慌てるなよ。プールは逃げないから」

「は、はい……」

 

 アーニャさんを落ち着かせて、二人で施設内に入った。靴をロッカーに預け、受付を済ませて、更衣室前で別れた。

 さっさと着替えを済ませて、更衣室前で待機した。何つーか、ほとんど温泉というよりプールだなこれ……。何で温泉なのにウォータースライダーがあんの?

 ただ、ジャグジーやサウナがある辺りは温泉っぽい。まぁ、要するにR-18じゃない混浴みたいなもんなんだろうな。

 

「……」

 

 ……なんだろ。なんか混浴って思うと水着ありでも恥ずかしくなってきた。俺ちゃんと海パン履いてるよね? ……うん、履いてる。

 ……でも、もしアーニャさんが水着着てこなかったら……や、それはないな。新しい水着買ってたわけだし。

 や、そうじゃなくても恥ずかしいんだけど……。一緒にお風呂っていう響きがもう恥ずかしい。

 

「ハルカー!」

 

 このタイミングの悪さ、さっすがアーニャさんだぜ!

 女子更衣室から水色の水着を着たアーニャさんが顔を出した。いや本当見た感じだけはかなりクールなんだけどな……。

 って、そんな場合じゃない! こんなところで感想を求められたら他のお客さんの視線が……!

 

「ま、待ったアーニャさん!」

「? な、なんですか……?」

 

 片手で制してから、アーニャさんの水着姿を眺め、勇気を決して俺の方から決心するように言った。

 

「あー……その、なんだ? ……すごく、似合ってるよ。その……水着」

「へっ? ……あっ、えっ……?」

 

 カアアアッと頬を赤らめるアーニャさん。え? ちょっ、何その反応。予想外なんだけど。

 

「あうう……な、何ですか、急に……」

「えっ、いや……」

「とっても嬉しいけど、恥ずかしいですよ……」

 

 あ、マジか……そうなんのか。意外だわ。

 でも、なんだか辱めちゃったみたいで申し訳ないな。ナンパ男みたいに思われるのも嫌だし、一応弁解しておくか。

 

「……や、違うんだよ。ほら、アーニャさん平気で大声で『似合いますか?』とか聞いてきそうだから、それやると周りの人の視線集めちゃうでしょ。アーニャさんアイドルだし。だから決してナンパとかそういうんじゃない、から……」

 

 ……あれ、なんか言えば言うほどアーニャさんの機嫌が悪くなっていくんだけど……。

 最終的にふくれっ面になったアーニャさんは、ふいっとそっぽを向いた。

 

「……ハルカのバカ」

「えっ……?」

「……私、褒められて嬉しかったです。なのに、なんで変な言い訳言うんですか……」

「あー……」

 

 ……言わない方が良かったのか……。でも、アーニャさんも男になれば分かるよ。なんか、こう……ナンパ男に思われたくないみたいなの。その意識が働くと女性を褒めることができなくなるから。

 しかし、それでアーニャさんを不快な思いをさせてしまったのなら謝る必要があるな。

 

「……まぁ、悪かったよ……」

「ふんっ」

 

 あー、怒っちゃってる。というかそんなに怒ることでもないだろうに……。

 どうしたものか悩んでると、アーニャさんは怒ったまま俺の手を取った。

 

「まぁ良いです。それより、早く温泉に入りたいです」

「あ、良いんだ」

「……なんですか?」

「何でもないです」

 

 怒ったアーニャさんは怒ったまま俺の手を引いて温泉に歩き出した。

 まずは普通の温泉っぽい所。足をつけたが、思いのほか温かかった。あ、こりゃ良いわ。なんつーかちょうど良い。

 ちょうど、季節的にも涼しくなってきたとこだし、気持ち良かばい……。

 

「ふぅ……あったか……」

「アー……プリヤートゥヌィ……気持ち良いです……」

 

 不機嫌だったアーニャさんも、今では心地良さそうな顔をしている。本当に単純な子で助かるわ。

 

「どう? 疲れは取れそう?」

「ハイ♪ すぐにでも……」

 

 ご機嫌で答えたアーニャさんだったが、途中でハッとした。で、頬を膨らませて俺から目をそらした。

 

「ふんっ」

「……え、まだ怒ってる?」

「当たり前です。ぷんぷんです」

 

 ……言い方よ。怒ってるのに可愛いとかどう言うことなの。

 

「あー……悪かったって。普通に水着姿可愛いから怒るなって……」

「っ、か、かわっ……⁉︎ な、なんなんですかハルカ!」

「えっ」

 

 ち、違うの……? もしかして、また怒らせたか……?

 どうしよう、この話題はまずい気がする。話題を変えよう。

 

「でもあれだな。アーニャさんも照れたりするんだな。なんだか意外だわ」

「っ、は、ハルカ!」

 

 あ、また怒らせた。ヤバい、でもどうしたら……! と、とりあえずなかったことにするしか……!

 

「あー、えっとあれだ。そのー……」

「……あの、もう怒らないので喋らないでください……」

 

 顔を真っ赤にしたアーニャさんにすごい事を言われ、俺もこれで黙るしかなくなった。

 ……うん、まぁ、怒らないからこれで良い、のかな……?

 しかし、空気は尚更重くなってしまう。俺もアーニャさんも一言も話さなくなってしまった。

 あー……なんだろ。やはり褒めるべきじゃなかったかもしれない……。でも言わなかったら言わなかったで注目集めちまうし……どう転んでも詰んでるって事ですかね……。

 

「ハルカ」

「インディアンッッッ‼︎」

「……はい?」

 

 横から突然、声をかけられて変な声が出てしまった。アーニャさんに不思議そうな顔で見られてしまったので、咳払いして調子を整えて聞き返した。

 

「ウッウンッ! ……何?」

「……その、先ほどのお言葉ですが……」

 

 ……蒸し返すのかよ。空気も何もお構い無しか。

 アーニャさんは頬を赤らめたまま俯きつつ、顎をお湯に浸けて聞いてきた。

 

「……どっ、どこまでが……本気だったのです、か……?」

「……は?」

「……その……にっ、似合うとか……可愛い、とか……」

 

 口までお湯に埋めて、こぽこぼと息を吐きながら聞いてきた。声は徐々にか細くなっていったのに、俺の耳にはしっかりと最後まで届いていた。

 まぁ、根本的な問題はそこだからな。そこを答えないといけない。

 

「……どれも本音だよ」

「……本当、ですか?」

「当たり前だろ」

 

 すると、アーニャさんはすぐに嬉しそうに微笑んだ。で、俺の肩の上に頭を置いて、体をくっつけてきた。

 

「ーっ⁉︎」

「……ふふっ♪」

 

 ふふ、じゃねぇよ。お願いだから水着である事を自覚して下さい。肌と肌がゼロ距離でくっついています。

 とりあえず落ち着け、俺。心臓を落ち着かせるんだ。こんな事で緊張してたら、アーニャさんと友達なんてやっていけない。いつか襲ってしまう。

 頭の中でサイタマとボロスのタイマンのアニメのシーンを思い浮かべて何とか心臓を落ち着かせようとした。

 ……ふぅ、よし、徐々に落ち着いてきた。心臓、よく働いたな。もう休んで良いぞ。いや止まっちゃ困るけど。

 そんな事を考えてる時だ。何だか俺の心臓とは別の鼓動が伝わって来るのを感じた。落ち着いてきた俺の心臓とは違い、ドクンドクンと早く動いている。

 ……もしかして、と思って隣を見ると、アーニャさんが頬を赤らめていた。

 ……もしかしてこれ、アーニャさんの鼓動? てことはもしかして……照れてる? いや、さっきまでの様子から察するに、やってから自分の行動の大胆さに気づいたって感じか?

 そんな事を考えてる俺とアーニャさんの目があった。俺がアーニャさんの様子を察してるのを察したのか、目が合った直後に頬を真っ赤に染めて風呂から上がった。

 

「っ、はっ、ハルカ! 別のお風呂に行きましょう!」

「えっ、べ、別って?」

「い、いいから! 早く!」

 

 そう言ってアーニャさんは俺の手を引いて早歩きで進み始めた。

 ……なんだろ、こんなアーニャさんもこれはこれで可愛いかもしれない。

 そう思いながら、アーニャさんの後に続いた。

 

 


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