アナスタシアさんはバカワイイ。   作:バナハロ

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賭け事で簡単に降参するな。

 続いて俺達が向かったのはサウナだ。こういうとこは男同士で根比べするものだと思ったのでそれを言ったら「ハルカは私と根比べイヤですか……?」と涙目で言われてしまい、承諾せざるを得なかった。ホント、男を甘くする達人である。

 そんなわけで、サウナに入って椅子に座った。まぁ、しかし結果的に見れば悪くなかった。サウナってカップル少ねえ。多分、男同士なら根比べなんだろうし、女同士の奴らは動かず汗をかくダイエットのつもりなんだろう。それで痩せるかは知らんが。

 そんなわけで、俺とアーニャさんは二人で根比べを始めた。

 

「負けたら後で一つ、何でもいうこと聞く、ですからね?」

「はいはい……。それ、俺が勝ったらそっちもなんだよな?」

「もちろんです♪」

 

 楽しそうだな……。この子、本当にわかってるのかしら。それとも勝った時のビジョンしか見えてないのか?

 中の木製の椅子に座り、俺もアーニャさんもホッと一息つく。

 

「ふぅ……本当に熱いですね……」

 

 そう言う割に、楽しそうに両足をプラプラさせている姿はやはり可愛らしい。高校一年生なんてまだまだ子供だよなぁ。俺だって今でも仮面ライダー見るしウルトラマンの映画もフェスティバルも毎年行く。

 

「ちなみに、サウナから上がったあとは水風呂に入ると良いらしいよ。血行が良くなるんだってさ」

「なんでですか?」

「や、流石にどんなメカニズムがあってそうなるかは知らんけど」

 

 なんならそんなことしたら風邪引きそうだよな。

 

「ハルカは相変わらず物知りです」

「ちょっと調べりゃ出て来るようなことだから。それに、こうして交互に行ったり来たりして少しでも長くいれば、元も取れるし……」

「てことは、わざわざ調べてくれたですか?」

「……」

 

 この子、変なとこで鋭いのな。

 

「や、別に違うから。たまたま前にテレビでやったのを思い出して……」

「……ふふっ」

「おい、なんだその笑みは」

「いえ。ミナミがよく言う『可愛い男の子』ってこういう事なんだなって思っただけです」

 

 ……あれ、おかしいな。アーニャさんってこんな子だったか? 俺の知ってるアーニャさんなら「あっ、す、スミマセン……」ってシュンってすると思ったんだけど。俺って何考えてるか分からないって言われるレベルでは変人のはずなんだが……。

 

「……もう上がる?」

「降参ですか? ハルカ」

「……」

 

 色んな意味で降参です。と、いうわけにもいかなかった。だってほら、なんでも言うこと聞かなきゃいけないし。……ぜってー負けねえ。

 そんなわけで、二人でそのまましばらくサウナに篭った。他の人が入っては出て、と言った感じでメンツが変わる中、俺もアーニャさんも動かない。

 ただただ二人で耐久勝負していた。しかし、流石はアイドルというべきか、コンサートでクソ暑い中のライブとか慣れてるんだろうな。割とアーニャさんが頑張っている。

 しかし、男として俺も負けるわけにはいかない。こう見えて、小学生の時は3〜6年まで20メートルシャトルランずっと学年一位だったんだぜ。

 そんな事を考え、何分経過したのか分からなくなった時だ。ふとアーニャさんの方を見ると、微妙に息を乱していた。肩で息をしていて、さっきまで湯に浸かって体についていた水滴は完全に乾いている。というか、俺も暑くて気付かなかったが、若干俺にもたれかかってるし。

 ……あれ? これ、ヤバくね?

 

「……アーニャさん?」

「……な、なんっ…です、か……?」

「だ、大丈夫?」

「……な、何が、ですか?」

「……や、体調」

「まだまだ、平気です……」

 

 ……まぁ、口答え出来るってことは平気かな? なんかすごいムキになってるし、もう少ししたら出ようかな……。

 そう思って様子を見ようとした時だ。「ところで……」とアーニャさんが続けた。

 

「ここ、サハラ砂漠でしたか……?」

「アーニャさん、出ましょう」

「降参ですか?」

「ああ、もう降参で良いから出よう」

 

 なんでも言うこと聞くから身体を大切にしてください、と言った気分だった。こんなかっこ良いセリフ、もう少し別の場面で言いたかったぜ……。

 

「……降参で、良いです、か……?」

「ああ。アーニャさんの方が大事だから」

「っ……そ、そう、ですか……」

 

 急激に顔が赤くなるアーニャさん。あ、これはヤバいな。相当熱っぽいらしい。

 

「ほら、早く」

 

 手を差し出すと、アーニャさんは少し遠慮気味に手を取って立ち上がった。

 直後、立ち眩みでも起こしたのか、俺の方に倒れ込んできた。

 

「ちょっ、大丈夫?」

「ーっ……。だ、大丈夫、です……」

 

 一応、腕を貸して、サウナを出た。

 どんだけ無理をしてたのか、ふらふらのアーニャさんは、俺の腕にしがみついてる感じで歩いている。

 ……これ、大丈夫なんかな。一応、水風呂にでも入れれば何とかなるかな。

 近くの水風呂に向かい、ゆっくりと着水した。すると、復活したのか、アーニャさんは慌てて俺から離れて沈み、座って肩まで浸かった。

 

「っ、ど、どうした?」

 

 あれ、変なとこ触ったかな。でも肘に胸が当たってたくらいだし……アーニャさんにとってはそれくらい当たり前なんじゃないの?

 

「な、なんでも、ないです……」

「え、変なとこ触ったか俺?」

「っ、そ、その……いえ、な、何でもないですっ。それより、早くハルカも浸かりましょうっ」

「ん、お、おう……?」

 

 とりあえず、俺も浸かることにした。水の中に入り、火照った体を冷やす。これによって血行が良くなり、肩凝りとか解消される、らしい。

 しかし、今はそんな事はどうでも良くて、アーニャさんが心配だ。元気になったと思ったら俺から逃げるんだもん。

 

「アーニャさん、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですっ」

「まだ顔赤いけど……ほんとに平気か?」

「平気ですから、少し深呼吸させて下さいっ」

「ん、お、おう。そりゃ好きにしたら良いけど」

 

 すると、アーニャさんは水に浸かったまま深呼吸する。何故か胸に手を当てて、再び深呼吸した。なんだ? 体調崩したのに心音にまで何か変化があったのか?

 キョトンとしてると、俺達と同じ湯船に浸かってる水風呂に胸の大きな女性が浸かってるのが見えた。

 ……もしかして、自分の胸も大きくしようとしてるのか? 確かに、アーニャさんは服を着たら大きく見え、水着になると年相応な大きさに見える胸をお持ちだ。

 

「美優さん、あっちにサウナありますよっ」

「あ、うん。行こっか」

 

 その胸の大きな人は、何処かから男に呼び出されて立ち去った。アーニャさんは見向きもせずに胸に手を当てている。

 ふむ……あの人はどう見てもハタチ超えてるし、そんな気にすることでもないと思うが……一応、声を掛けた方が良いだろう。アーニャさんの純粋さなら「なるほど! ハルカは物知りです!」ってなりそうだし。

 

「アーニャさん」

「っ、な、なんですかっ?」

「胸は好きな人に揉んでもらうと大きくなるらしいですよ」

「はい?」

 

 少し治ってきた赤さを再びマックスにするアーニャさん。え、何? アーニャさんならそんな話題、別に……。

 

「……ハルカ、エッチです」

「えっ」

「……ミナミに、言います」

「おおい待て! それは死んじゃう、死んじゃうから勘弁して!」

「知りませんっ」

 

 ぶいっと頬を膨らましてそっぽを向くアーニャさん。

 このあと、誠心誠意の謝罪を込めた三段重ねアイスクリームで許してもらった。

 

 ×××

 

 浴場の売店の椅子でついでに食事を済ませ、再びお風呂を巡って歩き始めた。

 しかし、アーニャさんもやはり女の子なんだよなぁ。以前、俺に胸を見られて恥ずかしがっていたことをすっかり忘れていた。

 とにかく、これからはもう少し言動に気をつけた方が良いかもしれない。

 少し反省してると、アーニャさんが俺の手を引いた。

 

「ハルカ! アレなんですか?」

「アレ?」

 

 指差す先にはドラム缶風呂があった。あんなのまであるのか、ここ。

 

「まぁ、日本の昔の風呂みたいなもんだよ」

「アー……不思議なお風呂ですね……」

「入りたいなら入って行くか?」

「ハイ」

 

 アーニャさんが楽しそうにドラム缶風呂に入った。ドラム缶風呂は普通の風呂より少し深い。よって、アーニャさんが座るだけで肩まで浸かってしまった。

 当のアーニャさんはとても気持ち良さそうに目を閉じて「ふぅ……」と息を吐く。

 

「普通のお風呂より暖かい、ですか?」

「まぁ、そう感じるよな、ドラム缶風呂って」

 

 実際、少し高めに設定してんのか? よく分からんけど、多分そうなんだろう。

 すると、アーニャさんが俺の方を不思議そうな顔で見てるのに気付いた。なんだよ、と視線で問うと、小首を傾げながら言った。

 

「……ハルカも一緒に入らないですか?」

「……」

 

 ……そうだった、あくまでもこの子はアーニャさんだった。さっきまでの照れっぷりが嘘のようで困るぜ。

 ドラム缶風呂、というのは名前の通りドラム缶の風呂なので、多くても二人までしか入らない。そんな中に異性が入れば、狭くて二人の身体が少し密着するのは分かりきった事だ。

 

「……えっと、良いのか?」

 

 確認を踏まえて聞くが、アーニャさんは分かってない様子で「何がですか?」と言わんばかりにキョトンと首を捻った。

 

「だから、そこ狭いから体くっつくけど良いのかって」

「あっ……そ、そうですね……」

 

 ああ、ちゃんと伝えれば考え直そうとしてくれるのか。それなら、これからも俺の意思を伝えればこの件は問題無……。

 

「……わ、私は……良い、ですけど……」

「……」

 

 ……良いんかい。そうか、ちゃんと伝えてしまうと、断った時に必然的に「俺は入るの嫌だ」っていう風になってしまうのか。

 改めて、こういったアーニャさんのお願いに対する策を考えながら、とりあえず一緒に入ることにした。

 

「あちっ」

 

 そんな呟きを漏らしながらもドラム缶に入った。

 俺とアーニャさんは向かい合うように座り、体がくっつくことはなかったが、足と足が絡み合うようにくっ付く。

 アーニャさんが頬を赤らめる中、俺はもうこういうの慣れたので小さく伸びをしながら天井を見上げながら声を掛けた。

 

「そういえばアーニャさん、お願いどうする?」

「へっ?」

「ほら、さっきのサウナの勝負、俺が降参したからアーニャさんの勝ちでしょ? なんか言うこと聞かないと」

 

 言われて「そういえば……」とアーニャさんは顎に手を当てた。で、何かを考えたと思ったら、頬を赤らめながら唐突に俺から目をそらした。

 

「え、ど、どうした?」

「……ハルカ、お願いがあります」

「何? 一つなら言うこと聞くしかないけど……」

「……その、ここの温泉プール……宿泊も出来ます、よね……?」

 

 ああ、確かに出来るな。まぁ、今の時期なら長期休暇もないし、予約無しで行けると思うけど……。

 

「……その、出来れば……一泊、したい、です……」

「……はっ?」

 

 どうやら、俺は地雷を踏んでしまったようだ。

 

 


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