幸か不幸か、見事に宿泊可能になり、俺とアーニャさんは同じ部屋になった。
もちろん、アイドルが異性と一泊なんて許されるはずがないので、俺とアーニャさんは従兄弟設定になった。「お兄ちゃん!」「ははは、兄じゃなくて従兄弟だからマジ勘弁してくれ」というやり取りがホント死ぬかと思いました。
しかし、アーニャさんは一体、どういうつもりなのか。だってほら、今までうちに泊まってたのは、ある意味周りの誰にもバレない事じゃん? 他の人にも、何かしら理由があったって言い訳はいくらでも出来る。この前みたいに体調不良とか。
でもさ、外で泊まったってこれは無理だろ。人身事故や雨って言えば済むと思ったら大間違い、調べりゃ分かることだし、嘘だってバレたら「何かやましいことがあったんじゃないの?」また勘繰られる。
それに気付いてるのか気付いてないのか知らないが、アーニャさんはどう思ってるんだろうか。
というか、根本的にアーニャさんはどう思ってるんだろうな。流石にこうなって来ると、俺でもアーニャさんがどういう気なのか気になる。
まぁ、その、何。実は俺のこと好きなの? みたいな。あ、ダメだ。こんな事、考えるだけでも恥ずかしい。
しかし、好きでもない男と宿泊しようと思うか? ってどうしても考えてしまう。
そんなことを考えていた時期が、私にもありました!
「ハルカ! 枕投げやりましょう!」
この女マジでキン肉ドライバー掛けてやろうか。
アーニャさんが泊りたがっていた理由はこれだった。枕を持ってウキウキな笑顔でそんな事を言ってきた。ホント、部屋を案内されるまでの俺の顔面にパンチを入れたい。フザケンナよホント。
「ハルカ? どうしました?」
「……なんでもねぇよ……」
「怒ってます?」
「怒ってない……」
……恥じているだけだ。
若干頬が赤いアーニャさんだが、まぁアーニャさんのことだ。温泉の熱が残ってるとか、友達とのお泊まりが楽しみとかそんな感覚なんだろう。
あとでなんかのタイミングで新田さんに愚痴ろう。というか、愚痴らないとやってらんないわ。
「ハルカ?」
「枕投げだっけ? 良いよ?」
「ホントですかっ?」
「ああ。……手加減は出来そうにないけど」
「???」
ハハハ、本気? 流石にそんな年下の女の子相手に出さないさ。大人気ないというか男として問題だろ。
……ただし、手加減もしねぇがな!
カッと目を見開くと、押入れから枕を引っ張り出した。
「いくぞオラァッ‼︎」
「っ、は、ハルカ⁉︎ やっぱり怒ってませんか⁉︎」
「怒ってねーよ! ただちょっとイラついてるだけだっつーの!」
「それ怒ってますよね⁉︎」
殺伐とした雰囲気で枕投げを開始。当然、ほとんど一方的になり、気が付けばアーニャさんは疲れ果てて布団の上で大の字に寝そべっていた。
×××
『……何やってるのよあなた』
現在、俺一人で表に出て、飲み物を飲みながら新田さんに愚痴ると、もっともな答えが返って来た。俺は何してるんですかね……。
「……少しイラっとしたんですよ。だって普通男を一泊誘います?」
『そんなのアーニャちゃんからすれば今更でしょ?』
「や、だって外ですよここ。うちならともかく……」
『変わらないわよ』
変わらないんだ……。俺の考え過ぎだったんかな……。
『まぁ、でもアーニャちゃんの態度も確かに男の子を勘違いさせちゃうよね。……多分、勘違いじゃないけど』
「は?」
『あ、ううん。何でもないよ。それより、ちゃんとアーニャちゃんに謝るようにね』
「あ、はい。それはもう」
基本的にはやり過ぎた俺が悪いし。一応、謝るためにアーニャさんに飲み物買っておいたし。
『にしても、アーニャちゃんもアーニャちゃんね。そういう男の子を勘違いさせるような行動はしちゃダメって言ってるのに……』
「そうなんすか?」
『うん。私の彼氏もアーニャちゃんにメロメロにされちゃってて……付き合ってるのに「アーニャ様アーニャ様」って……正直、気持ち悪い』
うわあ……そんな奴いんのか。もしかして、アーニャさんのファンか? 誰だか知らんけど、そういうとこはアニメオタクだろうがアイドルオタクだろうが宗教じみてて気持ち悪いわ。
「ていうか、そんな人とよくお付き合い出来ますね」
『あれで可愛いとこあるからね。それに、割と面倒見も良いし運動神経も良いし……悪いのは成績だけだから』
「致命的な欠陥じゃないですかね……」
『それは、うん……教えてあげるのは別に嫌じゃないんだけど、もう少しこう……頭良くなって欲しくて……』
あ、教えてあげてるんだ。ていうか、なんで惚気られてんだ俺。
「……そうですか。じゃ、俺はそろそろ戻りますね」
『あ、うん。あんまりアーニャちゃん待たせてもアレだしね』
「……一応聞きますけど、念の為部屋に入る時ノックした方が良いですよね?」
『……そうね』
「じゃ、おやすみなさい」
『はい、おやすみなさい』
それだけ話して通話を切った。
さて、とりあえず部屋戻るか。座ってたソファーの腕掛けに置いておいたデカビタを持って部屋に戻った。
部屋の前でノックすると「ハイ?」と間の抜けた声がした。どうやら復活し、いつものふわふわオーラを纏ってるようだ。
「俺だよ。入って良いか?」
『あ、まっ、待ってくださいっ。今、浴衣に着替えてるので……』
どうやら英断だったようだ。一度ミスれば忘れない辺り、さすが俺だな。
しばらく待ってから、扉が開いた。浴衣に着替えたアーニャさんが、若干頬を赤らめて立っていた。
「お、お待たせしました……」
「ん、おお」
中に入ると、すでに布団が敷いてあった。わざわざ敷いといてくれたのか、なんか悪いな。
「あ、アーニャさんこれ」
購入したデカビタを手渡した。キョトンと首を捻るアーニャさんに意図を説明した。
「さっきやり過ぎたから」
「へっ? い、いえっ、楽しかったのでいいですよっ!」
「いや、とりあえずこれだけもらっといて。大人げなかったから」
「うっ……す、すみません……」
半ば強引に手渡すと、渋々受け取るアーニャさん。で、二人で布団の上に座った。
「で、どうする。寝る?」
「い、いえっ。せっかくお泊まりなんですし、もう少し起きていたいですっ」
ああ、言うと思った。
「了解。何する?」
「アー……その、さっき売店で日本の面白そうなゲーム、買って来ました」
「ゲーム?」
「はい。これです」
嬉しそうに見せて来たのは花札だった。なるほど、日本の面白そうなゲームね……。ルールは知ってるが、二人でやるなら必然的にエゲツないこいこいルールになるな……。
「別に構わんけど……ルールは?」
「分かりません♪」
楽しそうに弾んだ声で答えられてもな……。まぁ、別に良いか。教えるくらいなら構わない。
「じゃあ、簡単に説明するけど……まぁ、役に関しては調べてスマホ見ながらやってみ」
「わ、分かりました」
そんなわけで、花札の説明をした。場に並んだカードを手札のカードと同じ絵柄のものを取り、それによって役が完成したら勝ち、もしくは「こいこい」で続行し、さらに多くの役を求めることも可能。
本来なら金とかを賭けるゲームだが……まぁアイドルが賭博なんてまずいよな。
とりあえず、ルールを教えてから、アーニャさんはスマホでググった役を見ながらゲームを開始した。
「やる?」
「ハイ、面白そうです」
そう言って、二人でゲームを開始した。
カードをお互いに配り、まずはアーニャさんの手番から。場に並んでるカードは桜を筆頭にイノシシ、菊(盃)など高得点の役を作れるものが並んでいた。
ま、俺ならまずは盃を確保だな。そうすれば手札のボウズを使って月見酒が取れる。カス札を集めながらいけば速攻で勝負は決まる。
そう思ってるときだ。アーニャさんが桜を取った。さらに山札からカードを引くと、菊の青短が出て来て盃を持っていった。
「やりました! 花見酒です!」
「……」
……鬼かよ、この人。
「これで私の勝ちですかっ?」
「え、ああ、まぁな。でもこいこいすれば続行して高得点も狙えるけど」
「分かりました、しません♪」
よく分かってらっしゃる。金をかけてないゲームでこいこいなんかしてもメリットはない。
すると、アーニャさんが顎に人差し指を当てて「んーっ……」と唸ってから、提案するように言った。
「ハルカ、罰ゲームつけませんか?」
「は?」
「役の点数が大きいほど、大きな罰ゲームです」
「あ、例えば?」
「アー……では、明日の帰り道、私服を逆にして帰るとか♪」
なんて事ほざくんだこの人。
「無理だろ……。それ、アーニャさんも恥ずかしいでしょ大体」
「私はそんなことないですよ?」
ですよね、あなたクールですもんね……。くっ、歳下の女の子とさほど身長差がない自分が憎い……!
「……それはアレな? 相当、点差が開いた時な?」
「分かりました♪」
「逆に俺がその点差で勝った時は、それなりの要求をするからな」
「良いですよ」
……勝つ自信があるのか、それとも何も考えてないのか……。
いや、何にしても勝てば良いのだ。さっさと終わらせてやるぜ。そう決めて、いざ花札こいこいルール58番勝負が始まった。
〜二時間後〜
かなりの点差で大敗した。明らかに何も考えずにプレイしてたくせに、奇跡的な引きの良さで見事に完封されました。戦略も運の前で役に立たないということか……。
「えへへ、やりました♪」
嬉しそうに微笑むアーニャさん。俺のお願いで「次の一戦で取り返すから! 罰ゲームは一番最後に回そう!」が完全に裏目に出た。
「……罰ゲームって、私服の交換とかか?」
「あれは例えばですよ?」
「……あそう。じゃあどうすんの?」
聞くと、突然アーニャさんは頬を赤らめて俺から目を逸らした。おい、そのパターンは知ってるぞ。大体、恥ずかしいお願いをしてくるパターン……。
「……その、まずは添い寝しても良い、ですか……?」
想像以上だこれ。
「い、良いけど……おい、まずはってなんだよ」
「……ハルカ、58敗分です。お願い一つじゃ使い切らないです」
「別に無理して使わなくても……」
「っ、そ、それはダメです! 勿体無いです!」
……この子、結婚したらけち臭い節約系主婦になりそうだな。結婚、結婚か……。
……あれ? 今、なんで俺一瞬いらっとした? アーニャさんだって女の子だし、いずれ他の男と結婚するのは当たり前だろ。アイドルと言ったって、いつまでも続けてられるもんじゃないし。
「……カ、ハルカっ」
名前を大きな声で呼ばれ、ハッと我に帰った。
「な、何……?」
「どうしました……? なんだか、ボーッとしてましたけど……」
「あ、ああ……。なんでもない……」
不覚、俺としたことがボーっとしてしまったか。まぁ、アーニャさんのバカさ加減に一々イライラしてたらキリがない、気にしないようにしよう。
そう決めてアーニャさんを見ると、頬を赤らめながら俺の顔色を伺うようにして言った。
「で、では……その、添い寝、しましょう……」
「……」
ほらな? 男を誘惑する天才かよ。天性のキャバ嬢かよ。
「……ああ、了解」
そう言って、アーニャさんと一緒の布団に入った。
仰向けになって目を閉じると、隣のアーニャさんはモゾモゾと動いて、俺の左腕と体の間に入り、上腕二頭筋の上に頭を置いた。
「……アーニャさん?」
「……さい」
「へっ?」
「……頭、撫でてください……」
「……」
おい、この子ホントにどういうつもりなの? 皆目分からなくなってきた。いくら友達同士と言っても限度がある。ここまで友達にするか?
さっきは盛大な恥ずかしい勘違いだと思ったが、アーニャさんだって少なからずと羞恥心はある。もし、さっきの枕投げが照れ隠しだったとしたら……? この子、まさか本当に俺の事……。
「えへへ……ハルカ」
「っ、な、何?」
「私、こんな気持ち初めてです」
「は? き、気持ちって……?」
「誰かにくっついてて、気持ち良いと思える事です」
っ、お、オイ……。それって、それって……いや、落ち着け俺。相手はアーニャさんだ。何を考えてるかわからない人部門最優秀賞の人だ。そんなのどうせ本音がぽろっと出た感覚で……え? ほ、本音? それってやっぱつまり……いや、でも、しかし……!
頭の中でセリフやら言い訳やら何やらがぐるぐる回ってる中、アーニャさんは頬を赤らめたまま呟くように言った。
「……ハルカ、お兄ちゃんみたいです」
「……」
……ほらな? 期待するだけ損だろ? よしよし、いい加減学習したな、俺。うん、全然ショックなんか受けてないってばよ……。
そう思いながら、俺は目を閉じた。
×××
「……」
「zzz……」
「……はぁ、困りました……」
「zzz……」
「……心臓がうるさくて眠れません……」
「zzz……」
「……どうしましょう、ミナミ……」
「zzz……」
「……ハルカのバカ……」
「zzz……」
温泉ラストです。