最近、アナスタシアには悩みがあった。いや、人なら誰でも悩みはあるし、アナスタシアだってダンスが上手くいかないとか次の仕事どうしようとか悩んだりする事もある。
しかし、今回抱えてる悩みは今までとは異質なものだ。一人の年上の男の子の悩みだ。夏休みにも同じことで悩んでたが、あれとは別種の悩みだった。
そんな悩みがいつ生まれたのかは本人にも分からないが、自覚したのは温泉に行った時だった。胸のズキズキした痛みが出て来た。もしかしたら心不全か何かかと思ったが、普段一人でいる時は特に何も感じないが、遥と一緒にいるとその痛みは増していった。
しかし、理由が分からなかった。なので、誰かに相談しようと思った。
「と、いうわけなんです、みく!」
「……」
前に膜のことで話したことがあったのと美波が仕事中なことがあって、前川みくに相談した。
人間的にも、語尾の割にキチッとした所もあるし、お姉さんっぽいのでチョイスした人選だ。
しかし、相談を受けた側のみくは半眼になった。
「……まったく、どいつもこいつも……」
「? みく? どうかしましたか?」
「なんでもないニャ……」
さて、みくは困ったことになった。それは恋だ、と伝えてしまうか、それともやめておくべきか。
本来なら自分で気付かせるべきなんだろうけど、相手は明らかに精神的に思春期が来てなさそうなアナスタシアだ。気付きそうもなく普通に病院行きそうな気もする。
「……んー、一応聞くけど……アーニャちゃんって恋とかしたことある?」
「恋ですか? えーっと……ダンスならミナミとカラオケで毎回踊りますよ?」
「うん、今の返事でよくわかったにゃ」
「???」
分かってないアナスタシアを前にして深いため息をつくみくだった。本当、周りの人達はみんな恋人なんて作りやがって、とボヤきたい気分だった。
しかし、まぁ他の子ならともかく目の前のアナスタシアは見た目は大人、頭脳も大人、精神が子供という純粋な子だ。手を貸してあげて、精神も大人になってもらった方が良いかも……と思い、協力してやることにした。
「んー、アーニャちゃん」
「? なんですか?」
「男の子は好き?」
「ハイ?」
ちょっと質問の意味が分からず、真顔のままキョトンと首をひねった。
まぁ、その結果は理解していたので別の質問をすることにした。
「じゃあ、遊歩チャンと美波チャンの関係は?」
「恋人じゃないですか?」
「うん。恋人ってどんな関係?」
「よく分からないですけど……お互いに好き同士な関係ですよね?」
「うん。じゃあその関係になる直前、お互いの男女はどんな感じになると思う?」
「どんな……?」
言われて、アナスタシアは顎に手を当てて考え始めた。
「……うーん、アイアンクローですか?」
「あの二人をモデルにしたみくが悪かったにゃ……」
呆れ気味にそう呟くと、顎に手を当てて考え込むみく。どう説明したものか悩んだが、正直自分も興味があるだけで初恋もまだだから。何より、彼氏がいる人のセリフなら説得力があると思ったからだ。
なので、絶賛恋してるメンバーに頼ることにした。いや別に全然、ぶん投げたとかではなく、自分では説明は難しいと判断したからだ。
「アーニャちゃん、今の相談はみくじゃなくて他の人にした方が良いにゃ」
「え、そ、そうですか?」
「例えばー……文香チャン、凛チャン、卯月チャン、美波チャン……あと奏チャンとか?」
「そんなに⁉︎ でも、ミナミはお仕事で……」
「L○NEで大丈夫だよ。結果が出たらまたみくが聞いてあげるから、とりあえず聞いて来たら?」
「ダー……分かりました。聞いて来ます」
そう言うと、一時解散となった。
×××
「……恋です」
「恋だね」
「恋ですね!」
『恋だよ。一応言うけど、遊歩君には言わないようにね』
「恋ね」
満場一致のご回答をいただき、流石に恥ずかしくなったアナスタシアは顔を真っ赤にして戻って来た。
「と、いうわけで、恋にゃ」
「みく、気付いてたんですか⁉︎」
「まあ、あれだけわかりやすかったからね……」
むしろ、あれを恋と言わずしてなんと言うのか。
「それで、一応聞くけどアーニャちゃんはその子のこと好きなの?」
「好きですよ?」
「うん、その即答は察してた。じゃあこう聞くにゃ、キスしたいとか思ったりする?」
「っ⁉︎」
その質問に再び顔を真っ赤に染めるアナスタシア。そんな様子のアナスタシアはそれなりに珍しく、みくとしてはかなりからかいたくなってしまった。
そんなみくの気も知らず、アナスタシアは頬を赤く染めたまま俯き、上目遣いでみくを睨み付けた。
「ううっ、い、いきなり何を聞くんですか……?」
「じゃあ、彼とどんな事したいと思ってるの?」
「え、えーっと……どんな事と言われても……」
顎に人差し指を当てるアナスタシア。とりあえず思い出したことをそのまま伝えることにした。
「……この前の温泉では、一緒にくっ付いていたいと思いました」
「うん、そう思う異性がいるって時点で中々大好きだと思うにゃ」
「……そ、そうですか……?」
尚更恥ずかしくなり、アナスタシアはまた顔を真っ赤にした。
「それなら、お付き合いしたいってことで良いにゃ?」
「うっ……お付き合いって……ミナミとユウホみたいに、ですか……?」
「あの二人はなんとなく健全じゃ無さそうだからダメにゃ」
「へっ……? そ、そうなのですか……?」
「アーニャちゃん達が目指すべきはー……」
とりあえず、みくの思う理想のカップルを語ってみた。
「毎日、無理のない程度に顔を合わせられて」
「合わせてますよ?」
「で、休日はデート、連休なら泊まり掛けで行って」
「それも行っています」
「……お、お互いの趣味をある程度は共有出来て」
「あ、それもこの前にハルカに教えていただいたゲーム実況をよく一緒に見てます」
「……お、お買い物デートの時とかは似合う洋服とか見繕ってくれたり」
「洋服ではありませんが、帽子を選んでもらった時はありますよ?」
「……」
「? どうしました?」
キョトンとして尋ねてくるアナスタシアにイラっとしたみくは、ジト目で質問に答えた。
「……付き合ってないの? それで? そこまで進んでて?」
「な、なんですか? いきなり……」
「付き合ってないでそれって……」
「へ、変ですか……?」
「変」
ハッキリ言われ、軽くショックを受けるアナスタシアに、なんだか答えのわかりきった相談をされた気分になってバカらしくなったみくは問い詰めるように言った。
「変だにゃ、泊まりでデートなんて普通、付き合ってからすることにゃ! それが無くとも学年も学校も違うのに毎日のように顔を合わせるなんて、それもおかしいにゃ!」
「そ、そんなこと言われても……」
「もうさっさと付き合えば良いにゃ」
「急にそんな投げやりに⁉︎ だ、大体、ハルカは私にそんな感情ないです! いつも平気な顔でいますから!」
「……ふーん」
正直、みくとしてはそれも信じがたかった。しかし、実際にその遥という少年がどんな子なのか知らないため何とも言えない。
なので、アナスタシアから情報を聞き出すことにした。
「じゃあ、その子はどんな子なのにゃ?」
「良い人ですっ」
「いやそうじゃなくて……もっとこう、特徴をね」
「変な人ですっ」
「……それ、良い人なの?」
「良い人ですっ」
「例えば?」
「例えば……遊びに行くといつもご飯作ってくれます」
「あ、やっぱりまだご自宅にお邪魔してるんだ……」
「それに、修学旅行で中々会えなかった時は寂しかったと言ってくれました」
アーニャちゃんが言わせたんだろうなぁ、と思ったが口にはしなかった。目の前の純粋な少女にそんなつもりがなかったことは想像するまでもない事だからだ。
「それと、私とだけは仲良しとも言ってくれました」
友達がいない中、唯一話すのがアナスタシアだけ、という可能性が真っ先に浮かんでしまった。どっかの新田さんの彼氏の所為だった。
「あと、部屋に着いた時に私の事を『ちゃんと手洗いうがいをしろ』と注意してくれました」
今時の男子高校生はみんなオカン属性ついてるの? と思ったが、これもスルーした。
しかし、聞いた話だと確かに良い人そうだが、肝心の本人はアナスタシアをどう思ってるのかが分からなかった。何というか、どうしようもない妹の面倒を見てる、みたいな感じに聞こえた。
「……アーニャちゃん、これは大変だなぁ……」
「な、何がですか?」
「何でもないにゃ。それより、アーニャちゃんはその人とどうなりたいの?」
「へっ?」
「だからお付き合いしたいーとか」
「お、お付き合いなんて……」
「じゃあ、好きになったその気持ちはどうするにゃ?」
「っ、そ、それは……」
「男の子とお付き合いするのは決して変なことじゃないし、勇気出してみても良いと思うよ?」
「うー……」
言われて、アナスタシアは頬を若干赤らめて考え込んだ。お付き合いをする、というのがイマイチどういうものなのか分からないが、最近彼氏ができた美波はとても幸せそうだ。
もし、もし自分もあんな顔ができるのなら……そう思うと、確かに頑張ってみても良いかも、と思った。
「……分かりました、頑張ってみます」
「うん、頑張れ。アーニャちゃん」
「みくも、手伝ってくれますか?」
「まぁ、アーニャちゃんだけじゃ不安だし、みくも力を貸してあげるにゃっ」
「ありがとうございます」
そう言って、とりあえず作戦会議に二人はアナスタシアの部屋に向かった。
部屋の前に到着し、鍵を開けたところで「あっ」とみくが声を漏らした。
「? どうしました? みく」
「アーニャちゃん、頭にゴミついてるにゃ」
「へっ? どこですか?」
「取ってあげるからジッとしてて」
背の高いアナスタシアの頭のゴミを取るため、みくは小さく背伸びをした。ゴミを取り「よしっ」と満足したみくは改めて部屋の中に入った。
そのゴミを取ろうとした瞬間を、たまたま見てしまった蘭子には、アナスタシアの頬にみくがキスをしているように見えた。
「っ、や、やっぱり……あの二人って……」
後日、また変な噂が広まり、みくとアナスタシアは慌てて弁解するのに走り回った。