アナスタシアさんはバカワイイ。   作:バナハロ

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勉強は一人でやらないと捗らない。

 翌日、試験が終わった俺はサイゼに向かっていた。

 明日で試験日程は終わりだ。さっさと帰って幕○志士の動画を漁りたいんだが、昼飯を食わなければならない。料理は出来なくもないが面倒臭いので安いサイゼに来た。

 店に到着し、店員さんに案内してもらってると、何処からか声が聞こえた。

 

「ハルカ!」

「あ?」

 

 そっちを見ると、アナスタシアさんが駆け寄って来ていた。

 

「ハルカ、助けて下さい!」

「ああ、アナスタシアさん。こんにちは。どうしたんですか?」

「中間試験、ピンチです!」

「あー……」

 

 ……そういうね。まぁ、日本人じゃないし大変だよな。

 

「こちらのお客様とご同席に致しますか?」

 

 店員さんが声をかけてきた。そりゃこんな所で雑談されたくないよな。

 

「はい、お願いします」

 

 そう言って、アナスタシアさんと同じ席に座った。

 

「で、何ですか?」

「中間試験がピンチなんです!」

「それさっき聞いた。そうじゃなくて、とりあえず何の科目がわからんのかって話です」

「あ、はい!」

 

 え、えっと……! と、クールな顔して可愛らしく焦るアナスタシアさん。

 しかし、この子人懐っこいな……。普通、出会って2回目の男に助けを求めるか? ワタワタ焦ってるアナスタシアさんをボンヤリと見ながら、とりあえずメニューを開いた。何食おうかな。

 

「こ、これです!」

 

 アナスタシアさんが見せてきたのは古典だった。

 

「あ、俺古典はパス。他の科目なら教えられるけど」

「ええっ⁉︎ な、なんでですか⁉︎」

「や、俺さ、勉強する意味の分からん授業の勉強はしないんですよ。疲れるだけだから」

 

 興味のないことでも取り組む姿勢を育てる、とか教育者の言いそうな理由には「それなら登山の授業とか相撲の授業もないとおかしいだろ」と言い返しておく。一般的な人なら興味無さそうなものならなんでも良いはずだから。

 また「古き良き言語を学ぶため」という回答には「古き良いわけねーだろ、良かったら今の日本語はねーだろ」と返しておく。日常的に一番使われる言語を使いにくくしてどうすんだよ。

 俺の言ったことの意味が分からなかったのか、アナスタシアさんはキョトンと首を捻った。

 

「意味が分からない、ですか……?」

「冷静に考えてみてください。日本史や世界史はまだ分かります。自分の国の過去の事くらい知っとけとか、どうやって今の世界ができたのかとか知れますし、これからの社会を築くのに役立つこともあるかもしれません」

「そうですね」

「それなのに古典ってなんだ? 過去の言語って学ぶ意味あるのか? 使い道ないし、これから先、日本語が進化すると思えないから。二億%使わないから古典とか。アレですよ、古典が授業に入ってんのは、他の科目は二つに分かれてるのに国語だけ別れられないのはなんか嫌だったから揃えるために過去の言語ねじ込んだだけですからね。だから俺は古典の勉強はしません」

「そうですね! 私もじゃあボイコットします!」

「う、うん……」

 

 ……やばいな、そんな簡単に信じられると良心が痛む……。

 

「……ごめん、やっぱ勉強するか」

「へ? 意味ないんですよね?」

「いや、やっぱあるわ。俺達程度じゃ分からない狙いがあるんだよきっと……」

「……? そう、ですか? ハルカ、変な方ですね」

 

 すみませんね……。

 

「まぁ、俺も明日古典あるし、一緒に勉強しましょう」

「ハイ♪」

「とりあえず、なんか注文しても良いですか? 腹減ったんで」

「どうぞ」

 

 そんなわけで、メニューに目を落とした。んー、金に余裕があるわけじゃないし、普通にパスタで良いかな。

 

「……美味しそうですね、どれも……」

「あ、アナスタシアさんもお昼食べてないんですか?」

「は、はい……。明日の試験のことで焦っていて……」

「俺、パスタにしますけど何にします?」

「んー……パスタですか、確かにどれも美味しそうですね……」

「ここのパスタは300円でお手頃ですからね。個人的にはペペロンチーノが好きですよ。今日は明太子にしますけど」

「分かりました! マルゲリータピザにします!」

「お、おう……」

 

 ……うん、聞かれてないのにオススメした俺が悪いよな。でも、何が「分かりました!」だったんだろうか……。

 アナスタシアさんが呼び出しボタンを押し、店員さんがやってきた。既にアナスタシアさんがドリンクバーを頼んでいたので、追加注文の形でパスタとピザと俺のドリンクバーを頼んだ。

 

「で、なんでしたっけ? 古典?」

「は、はい……」

「とりあえず教科書貸して」

 

 明日までなので、今から覚えるだけ覚えるしかない。まぁ、文系科目なんてほとんど暗記だから、レ点とかその辺を覚えておけば何とかなるはず……。

 

「……どうですか?」

「まだなんとも……まぁ、現代語訳出来れば点は取れると思うんですが……」

 

 少なくとも、うちの学校の試験は現代語訳とかの問題ばかりだった。あとは返り点を打って文を完成させろとかそんなん。

 ……ぐっ、古典の教科書を見てるだけで頭痛がしてきやがる……。

 

「……あ、飲み物取りに行かなきゃ」

 

 気が付けば、口からそんな言葉が出た。相当、古典嫌いなんだな俺。これは一種の逃避行動なんだろう。どうせ1分弱しか稼げないのに。

 とりあえず、メロンソーダを取って来て勉強再開した。しばらく教科書を読んでると、アナスタシアさんが気になったのか声をかけてきた。

 

「……あの、どうですか?」

「……よし、諦めましょう」

「ええっ⁉︎」

「こんなの一朝一夕で出来ませんよ。期末試験頑張りましょう」

 

 少なくとも俺の範囲は投げた。

 

「で、でも……! ちゃんと点数取らないとミナミに怒られてしまいます……!」

 

 ショボンとするアナスタシアさん。うーむ……この人の表情は俺を躊躇させるのに効果覿面だ。

 仕方ない、とりあえずざっと読んだ所で必要になりそうなところを指差した。

 

「……なら、明日までにこれ全部覚えられますか?」

「これは……?」

「レ点、一二点、上下点、甲乙点……この四つが必須らしいんで、これの使い方だけ覚えてください」

「そう、なんですか……?」

「はい。それで少なくとも読めるはずです」

「……分かりました。頑張ってみますねっ」

 

 そう言って、アナスタシアさんがむんっと気合を入れて勉強を始めようとした直後、店員さんが料理を持ってきた。

 

「お待たせ致しました。マルゲリータピザと明太子スパゲティです」

「……スパスィーバ」

「どうも」

 

 うん、タイミング悪かったね……。まぁ、とりあえず飯食ってからだな。

 

「……食べよう、アナスタシアさん」

「はい」

 

 仕方なく二人で勉強道具を片付けた。で、アナスタシアさんはピザを切り分け、俺はフォークを手にしてパスタを食べ始めた。

 

「……んっ、美味っ」

「んー、フクースナ」

「それ、どういう意味……というか何処の言語ですか?」

「ロシア語で『美味しい』という意味です。私、ロシアと日本のハーフですから」

 

 へぇ、ハーフだったのか。純然たる外国人だと思ってた。パスタをフォークにくるくる巻きながら聞いた。

 

「……へぇ、ロシアだったんですか……。まぁ、アナスタシアって名前の時点でなんと無く察してましたが」

「まだ話すのが苦手で……。聞き取るのは問題ないのですが……」

「日本語難しいですからね」

 

 日本人でも敬語や丁寧語とかをマスターしてる奴は少ない。かくいう俺もそういうのは得意ではないからな。正直、形式張った言い方に何の意味があるのかも疑問だし。目上の方に敬語が必要なのは分かるが、全部デスマス調で良いだろ。

 

「でも、アナスタシアさんはちゃんと敬語使えるんですね」

「はい。パパやママがとりあえず先に敬語を覚えろ、と言っていたので」

 

 それは間違いない。同い年や年下に敬語を使うのは問題ないが、年上にタメ口をきくと反感を買うからな。

 

「でも、友達同士に敬語使うと相手に距離を感じさせちゃうかもしれませんよ」

「……そうなんですか?」

「まぁ、人によると思うんですけどね。アナスタシアさんの場合はハーフで日本語に不慣れだからって理由で察してくれるとは思いますけどね。ただ、親密な相手なら相手ほどそういうの気にする人もいるでしょうし……」

「……え、じゃあ、ミナミは……」

「え、新田さんは友達というより先輩とか従姉妹じゃないんですか?」

 

 反射的に聞き返してしまった。年の差の友達にも程がある。俺の教科書の古典より初歩的な事書いてあったし、多分、高校一年生でしょ? 新田さんはどう見ても社会人だし、かなり年の差があると……。

 

「違いますよ? ミナミと私はお友達です」

「……え、社会人の人と?」

「ミナミは大学生ですよ?」

 

 ……えっ、だ、大学生? じゃあ、仕事って……あ、バイトってことか? それなら友達としてギリギリな年齢差、かな?

 

「そうでしたか。てっきり社会人かと。……あの、ちなみにアナスタシアさんは?」

「私は高校一年生です」

 

 良かった、あってたか。一応聞いておかないと、勝手な勘違いするわけにもいかないしな。

 

「……でも、ミナミにも敬語はやめた方が良いのでしょうか?」

「や、友達でも新田さんは歳上ですし、敬語でも問題ないと思いますよ」

「……そう、ですか? でも、他の年下の方は割とミナミにタメ口だったりするのですが……」

「他にって……年下の友達たくさんいるって事ですか?」

「いえ、私の事務所の子達です」

「事務所?」

「346事務所。芸能事務所です」

 

 げ、芸能……?

 

「……あの、アナスタシアさんと新田さんって……」

「アイドルですよ?」

「……」

 

 ……え、アイドルって歌って踊ってドラマ出てバラエティも出るあのアイドル? や、他にアイドルがあったら教えて欲しいくらいなんだが……。

 つーか、そんなこと言っちゃって良いのか? あ、嘘? これ俺大丈夫? 何処かからスナイパーのファンとか狙ってない?

 まぁ、とりあえず……アレだ。

 

「サイン下さい」

「ハイ」

 

 ちょうど、学校帰りでノートがある。それの1ページにでもと思って差し出した。マジかよ、まさかのアイドル生サイン。や、別に欲しかったわけじゃないが何となく得した気分だわ。

 

「どうぞ」

 

 微笑みながら返して来たノートの表紙には、デカデカと油性のマジックペンでサインが書かれていた。

 

「……」

「……あの、どうかしましたか?」

 

 ……なんで表紙に書いちゃうのかな。これ、クラスの連中に見られたらどうすりゃ良いんだよ……。

 まぁ、サインを頼んでおいて文句なんか言えないが。俺もノートを一枚破って渡すべきだった。

 

「や、なんでもないですよ」

「? そ、そうですか……?」

「それより、敬語を使うのは決して悪い事じゃないですから、そのままで良いと思いますよ」

「でも……いつかは敬語以外も覚えなくちゃ、ですよね?」

 

 ……まぁ、そうだな。確かに日本で暮らして行くなら、将来娘や息子にまで敬語を使うことになる。

 

「……まぁ、どうしても敬語以外について学びたいなら、幕○志士の動画をオススメしますよ」

「なんでですか?」

「豊富な語彙力で色んな言葉が出て来ますから。それに面白いし」

「……分かりました。幕○志士、ですね?」

「分からなければ俺に言ってくれれば教えますよ」

「ハイ! では、連絡先を交換してもらってもよろしいですか?」

「え、良いんですか?」

「何がですか?」

 

 ……346事務所は割とゆるいのか? いや、恋愛禁止というわけじゃないだけかもしれん。そもそも、連絡先を交換してる程度で男女の仲と捉える世間の方がおかしい。

 L○NEを交換すると「アーニャ」という垢から早速スタンプが送られてきた。ウ○ビッチのスタンプだ。

 

「……このキャラクター、好きなんですか?」

「はい。可愛いですよね?」

 

 ……可愛いのか? シュールにしか見えねえんだが……。ま、まぁ最近のJKには可愛いんだろう。

 

「あ、ああ。特にこの緑の方の口とかな」

 

 とりあえず、本当に俺が「可愛いと思うならここ」と思うところを褒めておいた。俺の感覚は普通の人と変わってるらしいし、これなら「あ、この人とは話が合わない」ってなってこの会話も打ち切られるだろうし……。

 

「はい! この口可愛いですよね! ここで木の実とかをモキュモキュと食べたりするんです!」

 

 ……そうだった、この人アナスタシアさんだった……。大体、モキュモキュって何? 口から食べる効果音かそれ?

 

「良かったらBlu-ray見ませんか⁉︎ 私の部屋に全巻ありますよ!」

「あー……アナスタシアさん。見るにしても何にしても、とりあえず試験勉強をしてからにしましょう」

「ダー……そ、そうですね……」

 

 とりあえず落ち着かせるために嫌なことを思い出させてみたら、本当に肩を落としてしまった。

 ……や、これに関しては俺悪くないよな……。悪くないのになんで罪悪感が……。くっ……なんでかアナスタシアさんを傷心させると俺まで心が痛む……!

 ーっ、し、仕方ない……。何かフォローしておくか……。

 

「……アナスタシアさん、試験終わるのはいつですか?」

「明日、ですけど……」

「なら、明日の試験終わったらウ○ビッチでも何でも付き合いますから。だから、今日の所は頑張りましょう」

 

 言うと、さっきまでのショボンとした顔はひまわりが咲いたかの如く満面の笑顔になり、俺の両手を両手で握った。

 

「ありがとうございます、一緒に見ましょうね!」

「じゃ、まずは早く食べましょうか」

「はい!」

 

 そう言って一心不乱にピザを食べ始めた。危なかったわ。ついうっかりさっきの笑顔にときめいたわ。

 しかし、アイドルだったか……。通りで異常に可愛かったわけだ。クールな雰囲気を出しておきながら、いざ話してみると天然炸裂の普通の女の子だった。

 今も、ピザにかじりついたものの、チーズが千切れなくて助けて欲しそうに俺を見ている。

 

「ん〜っ……!」

「はいはい……」

 

 手助けしてあげながら、もしかしたら俺は割とラッキーなんじゃないかと思い始めた。

 せっかく連絡先交換したし、この際にアナスタシアさんと仲良くなっておいても良いかもしれない。

 

 


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