アナスタシアさんはバカワイイ。   作:バナハロ

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どっちもどっち。

 期末試験の勉強中、今日も今日とて一人……の予定だったのだが、何故かアーニャさんが校門の前で出待ちしていた。

 前は校門の前で出待ちしてる事はあっても、正確には高校の近くのコンビニで待っていたわけだが、もう今は普通に校門の傍で待ってる。

 うちの学校名が書いてある金属の立て札みたいなのに寄り掛かり、俺の姿が見えるなり駆け寄って来た。

 

「ハルカ!」

 

 俺の名前を呼ぶなりガバッと飛びついて来た。流石にこれを避けるわけにはいかないので、慌てて受け止め、回転しながら勢いを殺しつつ移動し、さりげなく目立たない場所まで来た。

 良かったよ、今日に限って北山と一緒に帰宅してないで。一緒にいたら100%明日からかわれてる。

 コンビニの裏に回り、ここなら平気かと思ってアーニャさんを下ろすと、アーニャさんはふらふらした足取りで両膝を着いた。

 

「ウエ〜……気持ち悪いです……」

 

 まぁ、ここまで回って来たからな……。俺はそういうのには強いが、アーニャさんはそうでもないようだ。

 

「何するですか……ハルカぁ……」

「お前さ……人前でああいうのはやめろって……」

「なんでですか? ハルカ、私とくっつくの嫌ですか?」

「や、嫌とかじゃなくてな……。周りの目線とかあるだろ……」

「周りの……?」

「あんなところで抱き合ってたら『こいつらカップルか?』みたいになるでしょ」

「わ、私は、カップルに思われても……良い、ですけど……」

 

 唐突に顔を赤らめてそんな事を言い出した。おかげで俺の心臓もドキッとして、思わず同じように顔が熱くなった。

 

「おまっ……だからそういうこと……」

 

 落ち着け、俺。アーニャさんのことだ、どうせ深い意味はない。……よし、落ち着いた。目の前の女の子はラノベ主人公、と。

 

「で、何の用?」

 

 落ち着いてから声をかけると、ムッとした様子のアーニャさんが頬を膨らませて言った。

 

「むっ、用がなければ来てはダメですか?」

「や、ダメってこたないけど……試験前でしょ」

「私も一緒に勉強したいです」

「それは良いけどよ……」

 

 ……正直、一人で勉強した方が捗るんだが……まぁ、アーニャさんがそうしたいならそれでも良いか。それなりに勉強して来たから赤点以上は取れるはずだし。はいそこ、目標低すぎとか言わない。

 

「どこで勉強する?」

「ハルカのお部屋が良いです」

「え、それは俺が嫌なんだけど……」

 

 部屋で勉強は集中出来ないからなぁ……。

 

「どっかド○ールとかじゃダメか?」

「それでも良いですよ?」

「じゃあそれで」

 

 よし、決まり。早速、ド○ールに向かおうと歩き出すと、ぐいっと片腕だけ引っ張られた。

 後ろを見ると、俺の右腕の裾を控えめに且つ力強く握ったアーニャさんが、頬を赤らめながらも、まっすぐ上目遣いで俺を見ていた。

 

「……ま、待ってください……ハルカ」

「何?」

 

 アーニャさんがそんな顔するなんて珍しいな。何かあったのか?

 

「その……手を繋いでも良い、ですか……?」

「へ? や、まぁ良いけど……」

 

 まぁ、この人割と甘えん坊だしなぁ。その程度のことは慣れたものだ。

 二人で手を繋いでド○ールに向かった。……しかし、女の子って色々柔らかいとは思ってたが、手も柔らかいんだな……。

 

「……ハルカの手、大きいですね」

「あ? そう? 男の中じゃ小さい方だけど。フォークの握りもギリギリだし」

「ハルカ、フォーク握れないですか?」

「食器じゃなくて野球の変化球な。人差し指と中指で挟んで投げるんだよ。手が小さいとすっぽ抜ける」

「どんな球になりますか?」

「落ちるんだよ。ククッと」

「へぇ……すごいですね……。あ、でもハルカはそれ投げれないですよね?」

「……うるせーよ」

 

 そもそも俺の手が大きいと言えるほど、アーニャさんと俺の手の大きさに大差はない。というか、アーニャさんの身長デケぇんだよ、歳下なのに俺とほとんど身長変わらないんだもん。

 

「……アーニャさんってさ、身長いくつ?」

「165です」

「高1で?」

「そうですよ?」

 

 ……外国の血が混じってると身長大きくなるんだなぁ……羨ましい。

 

「ハルカはいくつですか?」

「同じくらいだよ」

「ハルカ、男の子なのに小さいですね」

「……」

 

 心の臓を貫かれた。

 若干、傷心気味になりながら歩いてると、ド○ールに到着した。そこで手繋ぎを解除し、レジに並んだ。

 手早く注文を決めて、お互いに目当ての飲み物を(俺の奢りで)購入し、一席に座った。

 

「じゃ、やるか」

「ハイ♪ ……あの、その前にお手洗いに行って来ても良い、ですか?」

「……行ってこいよ」

 

 なんだろ、俺と手を繋いだからとか? や、それはないか。向こうから手を繋いできたんだし、何の裏もなくトイレだよな。

 とりあえず、俺は先に始めておこうと思って勉強道具を広げると、聞き覚えのある声が割り込んで来た。

 

「白石遥チャン、だっけ?」

「は? ……あ、前川さん」

 

 前川さんだった。この前知り合ったばかりの猫語尾少女だ。

 

「なにしてるの?」

「勉強。アーニャさんと一緒に」

「へぇ〜、アーニャちゃんと一緒に?」

 

 ……あ、邪悪に微笑んだ。相変わらず女の子ってのは男女二人ってだけで変な想像をする生き物だ。

 

「ね、どんな感じなの?」

「どんなって、試験範囲の話? それとも成績?」

「や、そうじゃなくて。アーニャちゃんの様子」

「あ? アーニャさんの試験の点数なんて知らないよ。ただ前回はまぁまぁだったらしいけど」

「点数じゃなくて二人でいる時のアーニャちゃんの様子にゃ! ぶっちゃけ、成績なんてみくはどうでも良いにゃ!」

 

 なんだよ、ちゃんと言わないとわかんないだろ……。

 

「二人の時って言ってもな……。あ、今日はなんか珍しく手を繋ぎたいとか言ってきたな」

「ふーん……繋いであげたの?」

「まぁね。でもそれ以外は出会い頭に飛びついて来たり、ラノベ主人公みたいに天然タラシみたいな事を言ったりといつも通りだったよ」

「……それいつも通りなの?」

「アーニャさんにとってはな……。あの人、距離感とか何も考えてないから困ってんだよ……」

「あー……」

 

 あ、今初めて誰かに同情してもらえた気がする。前川さんには今度から愚痴れるかもしれない。新田さんに愚痴ると「甘えてもらえるんだから我慢なさい」とか言われるし。

 すると、前川さんは何か思いついたのか、ニヤリと邪悪に微笑んだ。

 

「よし、決めたにゃ! みくも一緒に勉強しても良い?」

「ん、良いよ」

「やった。じゃ、隣失礼するにゃ」

「え、俺の? アーニャさんの隣じゃなくて良いのか?」

「うん、この方が良いにゃ」

 

 この方が良いのか? 普通、友達同士で隣に座るもんじゃ……。

 まぁ、本人が良いと言うなら良いか。それより、勉強しないと。女の子がたくさん集まると必ずしもガールズトークになるし。

 

「ね、遥チャン」

「勉強しろ」

「むー、少しくらい会話しても良くない?」

「そういうのは少しでも勉強してから言え」

 

 勉強の合間にするもんだろ、息抜きってのは。

 

「まー、意外と真面目にゃ。遥チャン」

「意外とってなんだ。というか、俺は大学に行ったら不真面目になる予定だから良いんだよ」

「そ、そうなの……? それで良いの……?」

 

 大学はある意味では実力主義だからな。授業に出なくてもテストやレポートだけしっかりやってりゃ単位は取れる。

 

「うーん、聞いてた通り遥チャンは変人さんだにゃ」

「おい待て、それ誰に聞いたの?」

「アーニャちゃん」

「あの野郎……」

 

 ……そういや前にも言われたな直接……。変わってるってだけで変人ではないからな。

 しかし、俺周りにはアーニャさんに「変人」って言われてるのか……。まぁ、アーニャさんの事だし悪い意味も悪気も無いんだろうけど、少しショックではあるかもしれない。

 少し肩を落としてる時だ。何処かからツカツカと不機嫌そうに足音を鳴らしてくる音がした。

 

「なんでみくがここにいるんですか⁉︎」

 

 アーニャさんだった。ぷくーっと頬を膨らませて、俺と前川さんを睨んでいる。

 

「ん、たまたま会ったからにゃ。アーニャちゃんは遥チャンとデート?」

「っ、で、デー……⁉︎」

「勉強会だっつーの」

 

 しかし、たかだかデートって言葉だけで顔を赤らめるのは珍しいな。何かあったのか?

 

「いいから勉強するぞ。ノートと教科書出せ」

「みくそんなの持って来てないよ?」

「何しに来たんだよお前……」

「ん、新作のコーヒー飲みに。ね、それより遥チャン、良かったらみくが勉強見てあげようか?」

「なっ……⁉︎」

 

 俺が声かけられたのに、何故かアーニャさんからショックを受けたような声が聞こえたが、とりあえず前川さんの問いに答えることにした。

 

「いやいいよ別に。俺、応用問題以外は解けるから」

「そう? じゃあ隣で勉強の様子見てるにゃ」

「なんでだよ……お前は教師か何かか」

「別に良いでしょ?」

「まぁ良いけどよ……」

 

 そんな話をしてる時だ。むーっと小さく唸ってる可愛い生き物が俺と前川さんを眺めていた。

 

「……二人とも、仲良しですね」

「はっ?」

「ハルカは、私なんかよりもみくみたいな方が好みですか?」

「好みって? てか急に何?」

「ふんっ」

 

 ……え、何? なんで怒ってんの?

 

「前川さん、なんでこの子怒ってんの?」

「ふふ、さぁね? じゃ、勉強しよっか。お姉さんが面倒見てあげるにゃ!」

「むー! 狡いです、私が面倒見ます!」

「いや、アーニャさんは俺より年下でしょ」

「それを言ったらみくもハルカより年下です!」

「むしろ俺が二人の面倒見なきゃいけないんじゃ……」

 

 というか、なんだこの空気……ラノベの主人公みたいになってるが、前川さんはからかい目的だしアーニャさんは割とマジで不機嫌だし全然嬉しくない。これからはハーレム主人公を妬むのはやめよう。

 しかし、真面目な話どうしよう、というかアーニャさんはなんで不機嫌なんだろう。なんかもう勉強どころの騒ぎじゃないんだけど……。だから一人で勉強したかったんだよ……。まぁ、それでも許可したのは俺だし、今更グダグダ言わないけどな。

 

「じゃあ、とりあえず二人ともわからないところあったら言って。教えるから」

「ハルカは私とみく、どちらが大事なんですか!」

「いや道徳じゃなくて5教科の中から答えてくれると嬉しいんだけど……」

 

 なんでそんな浮気がバレた男みたいな質問をされなきゃいけないの……。

 すると、俺とアーニャさんの様子を眺めていた前川さんが「んーっ」と唸った後、何を理解したのか「よし」と言って俺に言った。

 

「遥チャン、悪いんだけどみくにミルクレープ買って来てくれるにゃ?」

「なんでいきなりパシりだよ……勉強だっつってんだろ」

「良いから良いから。はい、お金」

「……買って来たら勉強だからな」

 

 ったく、仕方ねえな……。

 ボヤきながら、レジの列に並んだ。せっかくだ、一番高いの選んでやる。

 それと、どうせ前川さんの見てたら食べたくなっちゃうだろうし、アーニャさんのミルクレープも買うことにした。

 順番が回って来てお目当ての商品を購入し、席に戻ると前川さんとアーニャさんの席が入れ替わっていた。

 

「あれ、席替えたの?」

「うん。アーニャちゃんがどうしてもって」

「っ……アー、みくの隣の方が良かったですか……?」

「普通に勉強してくれるならどっちでも良い」

 

 いや本当に。元々、勉強しに来てるんだし。

 アーニャさんはどこか納得いかない表情だった。……というか、何か話したのか? 二人の様子がなんかおかしい。前川さんは落ち着いてるし、アーニャさんは落ち着きがない。何か話したのかな。

 まぁ、考えても分からないし、とりあえず買ってきたミルクレープを二人の前に置いた。

 

「はい」

「ありがと」

「へ? わ、私の分もですか……?」

「前川さんの見てたら食べたくなっちゃうでしょ。食ったらちゃんと勉強だからな」

「すみません……。あ、お代は……」

「いらん、勝手に買って来ただけだし」

「え、でも……」

「いいから。歳下は歳上に奢られてて良いんだよ」

「は、ハルカ……!」

 

 嬉しそうに俺を眺めたアーニャさんは、感極まったのか俺にむぎゅーっと抱き着いた。

 対応に困ったが、まぁもう別に拒絶する理由もないので、頭を撫でてやりながら飲み物を飲んだ。

 ふと前川さんを見ると、前川さんが呆れた目で俺を見ていた。

 

「何?」

「別に? ただ、天然タラシはどっちかなって思っただけにゃ」

「は?」

「なんでもないにゃ。買って来てくれてありがと、お釣り」

「ああ、はいはい」

 

 なんかよく分からないが、この日のおかげで俺の中の前川さんは「よく分からない猫」になった。

 

 


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