前川みくの部屋。そこでみくは暑くてダラける真夏の猫の如くダラけていた。
普段のみくならそんな事はしないだろう。だが、昨日アナスタシアの前で白石遥という少年の前でベタベタし過ぎて、とても怒らせてしまったのだ。
もちろん、みくとしては悪気はなかった。割と奥手なアナスタシアに発破をかけるためと、白石遥という少年がアナスタシアをどの程度意識しているかを図るために聞いたものだ。
が、結果的にアナスタシアを激おこにさせてしまったので、今朝から口を聞いてもらえなくなってしまった。
そんなわけで、真夏の猫と化しているわけだが、あの天使のようなアナスタシアに嫌われたとあっては、何かしようと思える気分にはならなかった。
そんなみくの部屋の扉がコンコンと鳴り響いた。
「みくちゃん、遊びに来……みくちゃん⁉︎」
死にかけのみくを見て、入って来た多田李衣菜は大音量の驚いた声を上げた。
「ど、どうしたの⁉︎ ついにお外でおトイレしちゃったの⁉︎」
「どんな心配のしかたしてるの⁉︎ みくをなんだと思ってるにゃ!」
「だって、猫、外……」
「カタコトで説明するにゃー! 腹立たしさが増すから!」
「じゃあ、どうしたの?」
改めて問われて「うっ……」と少し言いづらそうにするみく。
が、目の前の少女は最近ポンコツになって来てはいるものの、その前まではただのアホな年上のお友達だった。相談するにはもってこいだろう。
全て話すと、李衣菜はジト目になってみくに言った。
「……自業自得じゃん」
「良かれと思ったんだにゃ! でも、アーニャちゃんは結局奥手なままだし、遥チャンは変に慣れちゃってるし何一つ収穫がなかっただけにゃ!」
「しかも収穫なかったんだ……」
なんだか自分が気の毒になって来たみくだった。流石に項垂れてるみくが可哀想になった李衣菜は、仕方なさそうに小さくため息をついた。
「分かったよ……。私がアーニャちゃんと話すの付いて行ってあげる」
「っ! り、李衣菜チャン……!」
「友達が困ってるのを見捨てるのはロックじゃないからね」
「り、李衣菜チャン……! ごめんね、今まで年上の癖に隙だらけなにわかロッカーとか思ってて!」
「……やっぱり帰ろうかな」
「わー! じ、冗談だから勘弁してにゃー!」
そんなわけで、二人でアナスタシアの部屋に向かった。
部屋の前に到着したところで、唐突に怖気ついたみくは李衣菜の背中に隠れた。
「うー……なんだか怖くなって来たにゃ……」
「……いつもの強気なみくちゃんはどうしたのさ」
「だって喧嘩した相手とは気まずいし……」
小学生のような言い分だったが、気持ちは分からないでもなかった。
なので、李衣菜が部屋のノックをした。数秒後「はーい」と呑気な声で開かれる扉から顔を出したのはアナスタシアだ。
が、李衣菜の背中のみくの顔を見るなり、ぷいっと顔を背けた。
「あー、アーニャちゃん待って! ちょっと話聞いてあげてくれないかな?」
「ふんっ、ドロボー猫なんかに話すことはありませんっ」
「え、そんな言葉誰に教わったの?」
「プロデューサーですっ」
余計な事を……と思ったが、今は目の前の天使を説得することが先だ。
「ま、まぁまぁ、みくちゃんも一応、アーニャちゃんのためを思ってした行動だったんだからさ、お話だけでも聞いてくれないかな?」
「……私の、タメ?」
よし、聞く気になったと判断し、意地を張られる前に説明し始めた。
まぁ、そこは元々素直な性格の為、李衣菜が丁寧に説明すればアナスタシアはすぐに納得し、しゅんっとした顔になった。
「……申し訳ありません、みく。みくの気も知らずに私は……」
「い、いやいや、みくも悪かったにゃ。というか、人の色恋に首突っ込むとロクなことにならないと分かったから別に良いにゃ」
「そ、そうですか……?」
思ったよりあっさりと事態は収束し、ホッと胸をなでおろす李衣菜だったが、アナスタシアの一言で空気は凍り付いた。
「それで、その……どうでしたか? ハルカの私の評価は……」
「えっ……」
「……その、少しは意識とか……してくれていたでしょうか……?」
頬を赤らめながら聞いて来たものの、その顔は完全に期待してしまっている。おそらく、アナスタシアの中では精一杯努力したつもりだったんだろう。
しかし、その努力をする前と態度が(おそらく)あまり変わってない事が原因で、あまり意識しているようには見えなかった。
だが、仲直りした後でそれは言いづらい。また嫌われてしまうかもしれない。純粋な子なら尚更だ。
『李衣菜チャン、どうしよう……』
アイコンタクトで聞かれ、李衣菜も困った顔で返した。
『いや私に聞かれても……答えてあげたら?』
『無理だって……。また喧嘩になるにゃ。すごい期待しちゃってるし』
『でも嘘は言えないでしょ。それで確信持って告白して玉砕しちゃったらどうするのさ』
『それはまぁそうだけど……』
『……』
『……』
そこまでアイコンタクトで話してから、みくは言いづらそうに伝えることにした。自分の考えを。
「あー……まぁ、一番仲の良い女の子って思ってるみたいだよ……」
「ホントですかっ⁉︎」
「……うわあ」
当たり障りのない答えに、アナスタシアは目を輝かせて李衣菜は軽く引いた。
流石にこのままだと詐欺に近い気がするし、李衣菜がフォローすることにした。
「えへへ、やりました♪」
「あー、でもアーニャちゃん」
「? なんですか?」
「私、白石と同じクラスなんだけど……」
直後、アナスタシアの視線は鋭くなり、体全身から「羨ましい」というオーラを発しながら李衣菜を睨んだ。
それに心底ビビりながらも、言いたいことを言った。
「その、それで……白石と仲良い女子って少なくとも学校にはいないんだよね」
「ほっ……そ、そうですか……」
ホッと一息いれるアナスタシアにホッとしながらも続けた。
「てことはさ、元々仲良い女子ってアーニャちゃんしかいないんじゃ……」
「……だから?」
「や、だから仲良い女の子ってアーニャちゃんしかいなくて、その中で一番仲良いって言われても、ね?」
「ちょっ、李衣菜チャ……」
「あっ……」
本当は途中でみくが誤魔化した方に行かないように問題解決の方に話を進める予定だったが、あまりのアナスタシアの察しの悪さに思わず全部説明してしまった。
そうなれば、アナスタシアのジト目がみくに向くことは必須だ。
「みく……」
「にゃー! お、怒らないで欲しいにゃー! だって、アーニャちゃんを傷つける事になっちゃうし、モチベーションを上げるためにもああ言った方が良いかなって思って……!」
「……」
なんとか思いついた言い訳を並べると、アナスタシアは小さくため息をついて「仕方ないです……」と呟いた。
「……まぁ良いです。みくも嘘は言ってませんでしたし」
「あ、アーニャちゃん……!」
「それで、本当のところどうなんですか?」
「あー……それは、その……」
「言ってください」
言われて、みくは仕方なさそうに答えた。
「異性として意識はしてると思う。……けど、慣れちゃったから、恋愛対象として見られてない、みたいな……」
「……ナレ?」
「アーニャちゃんの事だから、どうせ遥チャンのこと意識する前もくっついてたんでしょ?」
「アー……そ、そうでしょうか……?」
「じゃないと、普通の男の子ならアイドルの女の子にあそこまでされたらドキドキすると思うから」
「あー、そういえばこの前のアーニャちゃん、告白紛いな事してたのに普通にスルーしてたもんね」
李衣菜のその言葉に「えっ……?」とアナスタシアは真顔になった。
「ち、ちょっと待ってください。いつの話ですか?」
「え? ほら、みくちゃんの財布探してた時」
「李衣菜チャンの財布だにゃ」
「後ろから白石に抱きついて『ハルカは、私のです!』って怒ってたじゃん」
「あはは、李衣菜チャン結構モノマネうまいにゃ。でも、なんで今みくが財布無くしたことにしようとしたの?」
漫才を続けるみく李衣菜の前で以前の事を思い出し、今更になって頬を真っ赤に染めるアナスタシア。普段の肌の白さからは考えられないほど赤くなってしまった。
「うっ、うう〜……」
目をグルグルと回し、今にも気絶しそうになるアナスタシアを見て、二人は慌てた様子で声をかけた。
「わ、わー! アーニャちゃん落ち着いて! そんなことがあったけど白石は全然意識してなかったって話だから!」
「そ、そうだにゃ! 本人には一切伝わってないから安心するにゃ!」
「それはそれで安心できないです!」
そう怒鳴られ「確かに」と二人揃って納得した。
ようやく、自分の過去の行動を思い返して後悔と羞恥が襲い掛かった。自分に兄が出来たつもりでスキンシップを取っていたが、周りからみれば少しハードなカップルのイチャイチャだった。
その少しハードなイチャイチャを持ってしても、遥は慣れとかいうふざけたものでスルー出来るようだ。
……そう考えると、なんだか腹立たしく思えて来た。
「……ハルカぁ……!」
「ねぇ、みくちゃん。この子なんで怒ってんの?」
「……あの理性モンスターを生み出し、育てたのが自分だということを忘れてるだけにゃ」
冷静な分析が耳に入ってへこたれるアナスタシアに、みくは仕方なさそうに声をかけた。
「ま、そこはみくに作戦があるからよく聞くにゃ」
「ほんとですか⁉︎ ……え、みくの作戦ですか?」
「なんで今冷静になったにゃ!」
「だって、みくですし……」
「あ、それは私もドーカン」
「李衣菜チャンまで⁉︎」
いいから聞いてよー! とみくがプンスカと怒ったので、アナスタシア的にも恋愛など初めてだから、例えみくの意見でも聞くことにした。
「……それで、なんですか? みく」
「つまり、アーニャちゃんは好きでもなかった男にグイグイ行ってたから今、こうなってるにゃ。だから、もうここまで来たらさらにグイグイ行くしかないにゃ!」
「……さらに、ですか?」
「もう隠す必要なんかないにゃ、アーニャちゃんが遥チャンを大好きな事を前面に押し出すにゃ!」
つまり、ゴリ押しだった。しかし、確かにもうかなり押してきてるし、今から引いてみるのに意味があるとは思えないのも事実だ。
「……分かりました。私、頑張ってみます!」
ノリノリになるアナスタシアとみくを横で見ながら、李衣菜は思った。「私は知らないからね」と。