やっべーよこれ、何がやばいって、目の前に北山と新田さんがいる。
それによって、全ての合点がいってしまったことだ。北山の彼女が新田さんで、今朝、俺が新田さんに提出したものは北山のコレクションだったってわけだ。
まぁ、挨拶して素通りすれば良いか。北山からしたら俺は憎むべき相手かもしれないが、新田さんからすれば彼氏のエロ本を提出してくれた恩人だからな。きっと止めてくれる。
「おう、北山」
「テメェ殺す」
「遊歩くん?」
計画通り……‼︎
よし、じゃあさっさとアーニャさんを連れて撤退……そう思った時だ。
2人に今頃、気が付いたアーニャさんがパァッと笑顔を明るくして駆け寄った。
「ミナミ、ユウホ!」
え、知り合い?
置いてけぼりになってる間に、北山がアーニャさんの前に跪き、手を取って甲にキスをした。
「マドモアゼル・アナスタシア。今宵も我が主人のため、ここに参上致しました」
何やってんのこいつ? とはならなかった。こいつ、今アーニャさんに何をした?
北山の肩に手を置いて、力を込めて肩を握り締めた。
「テメェ、何やってんだ。汚ぇ唾液をアーニャさんの透き通るような沖縄の海の如きクリアな手に混ぜて溶液にしてんじゃねぇよ」
「……あ?」
直後、北山も俺の手を払いのけて立ち上がった。
「テメェこそ人間のオス如きがアーニャ様を気安く呼んでんじゃねーよ。身の程を知れ下等生物が」
「難しい言葉を覚えたばかりの中学生みたいな暴言だな。そんな低脳がアーニャさんの周りをウロついてると品が下がるだろうが。身の程を知るのはお前の方だろ」
「あ? テメェ誰に向かって口聞いてんだボッチが」
「ボッチはテメェだろバーカ」
「……」
「……」
「あ、あのっ……ハルカ、ユウホ?」
オロオロし始めるアーニャさんが目に入ったので、二人して舌打ちして引き下がった。
そんな俺とクソ山の様子を見て、新田さんが「なんでこうなるの……」と言わんばかりに額に手を置いてため息をついた。
「二人とも、落ち着いて。お店に迷惑だから一旦出るよ」
新田さんがそう言ってお店を出た。多分、このまま解散は出来ない、と悟ったのだろう。
四人でフードコートに来て、ポテトと飲み物を新田さんが購入してくれた。出すと言ったけどいいって言うんだもん。
一席に座ったが、空気は重い。俺も北山もアーニャさんも一言も話さない。
そんな中、新田さんが空気をぶち破った。
「じゃ、軽く紹介するね。北山遊歩、私、新田美波の彼氏でアーニャちゃんのファン」
「けっ、浮気者じゃねーか」
「で、白石遥。アーニャちゃんのお友達で私の下の部屋に住んでる男の子」
「かっ、どーせ勝手に言い寄っただけだろ」
「アナスタシア、みんなの天使」
「「それは同意」」
「ミナミ⁉︎」
紹介は終わった。知ってる情報ばかりだが、改めてそう言ってくれた事で話を進めやすくなった。俺から話を切り出した。
「そういうわけだから、北山。前はどうだか知らんけど、今はアーニャさんの友達は俺だから。旧友は引っ込んでてくれない?」
「は? 今でも俺とアーニャさんは友達……いや、そんなものじゃないな。親友、ベストフレンド……いや、神とそれに仕える天使といったところか」
「神とか天使とか気持ち悪いんだけど。何なのお前、ファンっつっても限度があるから。お前みたいな奴がストーキングとかやらかすんだよ、もう死ねば?」
「は?」
「あ?」
「二人とも黙って」
新田さんに怒られたので再び黙った。そんな中、おずおずとアーニャさんが手を挙げた。
「あ、あのっ……私は、今でも二人と友達ですよ……?」
「「「天使」」」
「も、もー! 真面目に聞いてください!」
だって天使だし、ねぇ? 俺自身、ここまでアーニャさんを天使と思うようになったのはつい最近な気もするけど。
一人、プンスカと全く別の事で怒ってるアーニャさんは唐突に顔を赤くすると隣に座ってる俺の右袖を掴んだ。
「で、ですがっ……ハルカとは、友達は……嫌です……」
「白石ゴルァァァァァァァァッッッ‼︎‼︎」
「俺にキレてんじゃねーぞ北山ァァァァッッ‼︎」
「も、もー! なんで喧嘩するんですか⁉︎ ミナミ……ミナミ⁉︎」
「……(尊死)」
まさに俺と北山の間で殴り合いが始まりそうになったときだ。俺と北山のスマホが震え、画面がついた。
反射的に俺と北山は下を向き、スマホの画面を見る。待ち受けは、俺は温泉で浴衣姿のアーニャさん、北山の方はお化け屋敷でビビって涙目になってるアーニャさんだった。
「「え、何その写真」」
一発で冷静になり、二人して席に座りなおした。
「これ? これは俺とアーニャさんが二人で温泉プールに行った時だけど……」
「えっ? い、いつ撮ったのですか……?」
「こっちはうちの学祭のお化け屋敷で隠し撮りした奴」
「あ、あの……それもアーニャ聞いてな……」
「何それ可愛い。くれ。言い値で買う」
「買う⁉︎」
「金なんかいらんからそっちの奴寄越せよ」
「ゆ、ユウホも何を……!」
「良いよ。あ、他にこんなのあるけど。ウサ○ッチのぬいぐるみ抱いて寝てるの」
「こっちも他のアイドルと人生ゲームやってるのあるけど……」
「話を聞いてくださ……!」
仲直りした。
×××
秒で仲直りしたかと思ったら、むしろ仲良くなった。めっちゃお互いに写真を交換し合い、それどころか新田さんまでそれに参加して写真を交換しまくった。
いやー、最高。ホンマ最高、世の中。スマホがあってマジで便利だわ本当に。
「アーニャちゃん……本当に可愛い……」
「それな。何着ても絵になるとかもはや天性の芸術家だわ」
「新田さんの写真すごいですね。俺らじゃ絶対撮れないのまでたくさんあって」
「まぁ、同性の特権だよね」
「いいなー、俺も女になりたかったなー」
「そしたらお前新田さんと付き合えてないぞ」
そんな話をしてるときだった。ガタッと隣から大きな音が聞こえた。アーニャさんが全力で顔を赤くしながら頬を膨らませて俺を睨んでいた。
「も、もうっ! ハルカ!」
「えっ」
「隣で人を勝手に撮った写真を交換し合うなんて……バカ!」
そう怒鳴って走り去ってしまった。ポカンとする俺達。
……あれ? これ、俺嫌われた……? ガタガタと震えてると、後ろから新田さんが声をかけてきた。
「何してるの? 追わなくて良いの?」
「えっ……?」
「そうだよ、追え。好きなんだろ、アーニャ様のこと」
「え、いや好きかどうかなんて……」
北山に言われて首を横に振ったが、北山は頬杖をついたまま首を横に振った。
「バーカ、俺がアーニャ様の手の甲にキスした時、あれだけキレてれば誰だって分かるっつーの。お前みたいな温厚なタイプなら尚更な」
え、そ、そうなの……? 俺、アーニャさんのこと好きなの?
「素直になれ、アイドルのこと好きになったって何も変なことじゃねーぞ」
「遊歩くんが言うんだから間違いないでしょ?」
「……」
……そっか、そういうものなのか。いや、実際好きかどうかは後で考えろ。今は、アーニャさんを追うべきだ。
俺は財布から千円出して机の上に置くと、走ってアーニャさんの後を追った。
×××
「……美波」
「うん、よく我慢したね、遊歩くん」
「アーニャさん……」
「大丈夫、白石くんならきっとアーニャちゃんを幸せにするって」
「……だよな、アーニャ様好きに悪い奴はいないよな」
「それは知らないけど……」
×××
走りながら、怒った人がどうするかを考えた。
怒った場合、人がする行動はストレス発散だ。その方式は様々で、例えばゲームでフルボッコしたり、人型クッションにプロレス技を決めたり、バッティングセンターでかっ飛ばしたりと様々。
アーニャさんなら、誰かに泣きつくだろう。その相手は普通なら新田さんだろうが、今はその新田さんも原因の一つとなっている。
つまり、それ以外で今のことに関して愚痴を言うに適した人物……前川さんと多田さんだけだ。
「先回りだ……!」
スマホを取り出し、電話を掛けた。まずは前川さんから。
2コール目で応答があった。
『もしもし?』
「アーニャさんから連絡あったりした?」
『唐突だにゃ。無いけど……あ、今キャッチ入ったにゃ』
キャッチ、ってことは今電話中か。当然のモラルとして、電話するときは人気のないところに行く。
ここから近い場所は……トイレの前だろうな。
「おk、サンキュー」
『……また何かやらかしたの?』
「盛大に」
『ふーん、まぁじゃあどこにいるかだけ聞き出してあげる』
「サンキュー」
『またね』
そこで通話は切れた。まぁ、その情報は必要ないと思うけどな。
トイレの前に行くと、案の定アーニャさんは電話をしていた。泣いてはなく、むしろプンスカ怒った様子で愚痴っている。
そんな中、俺に気付いて目が合った。
「……ふんっ」
ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。が、電話は切れたようで「もしもし、みく?」と聞いたものの返事はなく、スマホをポケットにしまった。
電話先の前川さんが俺と遭遇したのを察したのかな? だとしたらナイスアシストとしか言えない。
「あー、アーニャさん……」
「……なんですか」
「悪かったよ、熱中し過ぎてとなりにアーニャさんがいたのをすっかり忘れてた」
「アー……つまり、アーニャは忘れられる程度の存在って事ですね」
……思ったよか拗ねてるな……。さて、ここからの一言一句が俺の全てがかかってるな。慎重に言葉を選ばないといけない。
「そうじゃなくて、色んな格好のアーニャさんに夢中になってたんだよ。もちろん、アーニャさんの外見だけが好みってわけじゃないけど……外見も好きだから熱中しちゃったんだよ」
素直な子はストレートな言葉に弱い。ある程度は耳を傾けてくれると思う。
「これだけの枚数を隠し撮りして勝手に共有したのは謝る。だから、なんだ。許して欲しいんだけど……」
すると、アーニャさんはむくれた表情のまま俺を睨んだ。まだ羞恥が残ってるのか、頬を赤くしたまま俺の方に近付いて言った。
「……ハルカは、何も分かってないです。私は別に怒ってないです」
「えっ?」
「私は他の人が写真を持ってることはいいです。写真集とか、出してますし……ユウホやミナミが写真を持ってても別に良いです」
「え? じゃあ、なんで……」
「だけど、ハルカが……そういう写真を持ってるのは、何となく……ハルカの場合は恥ずかしいんです」
「え、俺限定で? どういう事?」
「……言っても分からないです、ハルカは」
ええ……分からないんだ。ていうか、俺だけは写真持つなって……アレ? もしかして俺って嫌われてたのかな……?
大量に汗をかいてると、アーニャさんが俺に近付いてきた。で、俺の顔にキスする勢いで顔を近付けると、相変わらずむくれた表情で続けた。
「ですから、明日のデート、楽しみにしててくださいね? アーニャの気持ち、伝えますから」
そう言うと、アーニャさんは俺の横をすれ違って歩き始めた。
「え、アーニャさん? どこに……」
「帰ります。まだ明るいので、送らなくて大丈夫です」
「……や、でも」
「また明日」
それだけ言って、アーニャさんは立ち去った。なんだろ……もしかして、俺って今まで懐かれてると思ってたけど……むしろ逆なのか? 俺が懐いてると思われてたから、向こうは相手をしてくれてたのか?
あ、ヤバイ、考えれば考えるほどネガティヴになっていく。他にも俺はアーニャさんが好きなのか考えなきゃいけないし、ヤバい。どうしよう、ダレカタスケテ……。
トイレの前でぼんやりしたまま、しばらく動けなかった。