クリスマス、つまりデート当日、アナスタシアは一人で駅前で待っていた。
新田美波と前川みくと多田李衣菜の三人がかりで私服、メイク、髪型、その他諸々の身嗜みを完璧に整理され、美波曰く「ホンモノの天使が人に変装して人間社会に紛れ込んだよう」「アナスタシアドロップアウト」と言われるほどになった。
そんな天使は少し(三時間前)早く駅に来て、らしくなく緊張気味の強面で遥を待っていた。
約束の時間まであと30分、それでも全然退屈ではなかった。今日、覚悟を決めたアナスタシアにとって、それはむしろ短いくらいだ。
覚悟とはもちろん、告白する、という覚悟だ。あのバカはどういうわけか、全く自分のアピールに気付かない。昨日はイライラして「気持ちを伝える」なんて抜かしてしまった。
勢いとはいえ、言ってしまったことだ。今日はクリスマスだし、最早やるしかない。だから、勇気を振り絞れ。
そんな風なことを三時間、頭の中でループさせてる時だった。見覚えのある人が、駅前のコンビニからコソコソと自分の方をチラ見してるのが見えた。
もちろん、白石遥だ。アナスタシアが不思議そうな顔で眺めてるのに気付き、慌ててジャンプで顔を隠した。
「……」
不思議な顔から、少しムッとした表情になるアナスタシア。人の顔を見るなり隠れるなんて失礼だ。アナスタシアにとっては想い人な訳だから尚更腹立たしかった。
迷いない足取りでコンビニに向かうアナスタシア。それを察し、並んでる立ち読み客の隣、また隣へと逃げるように移動する遥。
しかし、そんなので逃げられるわけがなかった。あっさり追い付いたアナスタシアは、遥の肩に手を置いた。
「ハルカ、何を……」
「ーっ⁉︎」
声を掛けると、慌てて飛び退く遥。で、お菓子が置かれてる売り場の台の後ろに隠れた。
もしかしたら、昨日の件で完全にビビってしまったのか? と思ったアナスタシアは、その反応が地味にショックだったが、何とか気を強く持った。
「は、ハルカ……? どうしました……?」
「い、いえっ、なんでも……」
「嘘です。なんでそんな怪しいですか?」
「あ、怪しくなんかないけど……」
「怪しいです!」
キスしような勢いで顔を近付け、ムッと睨みつける。が、顔が近距離になり、アナスタシアも遥も頬を真っ赤にして仰け反った。
「……は、ハルカ! 急に近いです!」
「いや俺から近づいてないんですけど……」
全くだったが、アナスタシアに理屈は通用しない。それよりも、と話を無理矢理続けた。
「どうしてすぐに待ち合わせに来ないですか?」
「え? あ、あー……ち、ちょっと立ち読みしたくなってて……」
「嘘です、ここからチラチラと私のこと見てました」
「……」
こういう時、自分が見たことをハキハキ言えるアナスタシアには、案外尋問の才能があるのかもしれない。
逆に、変な方向に理屈っぽい遥はこう言うのに弱かった。色んな言い訳を探すが、結局は諦めた方が身のためと判断し、目を逸らしながら呟くように言った。
「あー……その、何。昨日、怒らせちゃったから……き、気まずくて……」
「……別に、私は怒ってません。ただ、あまりにもハルカがバカだったので、帰っただけです」
「あそう……」
「とにかく、せっかくのデートですから、楽しみましょう?」
そう言って、アナスタシアは遥の腕に抱き付いてコンビニから引っ張り出した。後方に美波とみくと李衣菜がくっ付いてるのに気付かずに。
×××
時早くして、夢の国に到着。とても日本とは思えない街並みが広がっていて、アナスタシアのテンションメーターは早くもぶっ壊れた。
「わ、わー! 見てください、ハルカ! お城、お城です!」
「うん、分かったから走るな。目立ってるから」
遥にとって唯一の救いはクリスマスのことだ。周りはほとんどがカップルだし、他の女の子をジッと見つめるような彼氏はいないと踏んでいる。
しかし、アーニャの方は周りにもカップルに見られたかった。なんかいつもより余所余所しい遥にむすっとして、腕に飛び付いた。
「ハルカっ、早く行きましょう!」
「え? お、おう? あの、腕に柔らかいのが」
「早く!」
「はい」
怒鳴られたので黙って歩き始めた。
腕を組んだまま、園内を移動する。こうしてデ○ズニーを回るのは遥的には初めての経験なので新鮮な気分だったが、今はそれどころではない。
ドギマギしながら歩いてると、アナスタシアが「あっ」と楽しそうに声を漏らした。
「アレに乗りたいです! ハルカ!」
アナスタシアの指差す先にはスター○ォーズ:スター○アーズ宇宙旅行に行く事を題材としたアトラクションだ。
星が大好きなアナスタシアが興味を持つには十分過ぎるアトラクション名だった。スターって二回入ってるし。
特に遥も断る理由がなかったので、二人で入った。列に並び、しばらく待機。
なんか微妙に緊張してる遥が目に入り、アナスタシアがキョトンと小首を傾げて聞いた。
「そういえば、ハルカはデ○ズニーランド来たことありますか?」
「え? あ、ああ……いや、無いけど……」
「無い、ですか?」
「うん」
「じゃあ、なんでデ○ズニーランドに来たんですか?」
確かに、クリスマスに出かけたい、と言ったのはアナスタシアだが、デ○ズニーに来たいと言ったのは遥の方だ。
純粋な目で聞かれ、遥は目を逸らして頬をかきながら呟くように答えた。
「いやー……その、何? クリスマスは、大切な人と過ごす日って、言ってたから……なら、デ○ズニーかなって……」
少し照れたようにそんな風に言われ、アナスタシアも言わんとしてることを自覚し、頬を赤らめて俯いた。
「うう……ハルカ、ほんとバカです……」
「なんで」
「う、うるさいです……!」
それっきり、二人揃って照れてしまい、会話は途切れてしまった。
×××
スター○アーズが終わった頃には、アナスタシアのテンションはフルマックスに振り切っていた。
目をキラキラと輝かせて、かなり興奮した様子で遥を見上げていた。
「ハルカ! とても面白かったですね!」
「ん、おお……」
3D酔いした遥とは真逆だった。額を抑えてヨロヨロしてるが、アナスタシアはそれに気付かずに遥の腕を引っ張り回す。
次に乗りたいものを見つけてしまったようだ。
「ハルカ、次はあれが良いです!」
「待って待って、ちょっと待って」
「早く行きましょう!」
「早くって何に乗るつもり……」
指差す先にはス○ースマウンテン。あんなものに今、乗ったら間違いなく意識はブラックホールの深淵に沈み、口からナイアガラの吐瀉物は必須だ。
辺りを見回すと、小さな屋台が見えた。
「あ、アーニャさん……」
「なんですか?」
「あそこに期間限定のチュリオス売ってるけど、食べる? 奢るから」
「本当ですか⁉︎ 食べます!」
テンションが天元突破してるから、提案すれば聞いてくれるのは分かりきっていた。
ホッと胸を撫で下ろして、チュリオスの屋台に並んだ。味は全部で三種類だが、期間限定のものは一種類だ。
「アーニャさん、何が良い?」
「ホワイトソース味です!」
一応聞いたが、想像通り期間限定のものだった。じゃあ自分はココアにでもしようかな、と思いながら、列に並んでると、ヒュウっと風が吹いた。服の隙間から肌に向かって侵入して来るような冷たい風。
それに伴い、アナスタシアが遥にくっ付いた。おそらく寒かったんだろう、と理解してるものの、少しドキッとしてしまう自分が心底、単純な気がしてしまう。
すると「へっくち」とくしゃみの音が聞こえた。アナスタシアの鼻から鼻水が垂れている。
「……アーニャさん、こっち見て」
「……うー、ハルカ。見ないでください」
鼻が垂れてる顔など見られたくなかったのだろう。
しかし、今さら感のある遥は無視してポケットティッシュを出してアナスタシアの鼻に当てた。
「はい、チーンってして。チーンって」
左の鼻の穴を塞ぎそう言うが、アナスタシアは顔を背けた。
「っ、い、いいです! 大丈夫ですから! 自分で……!」
「そう? じゃあはい」
子供扱いし過ぎたか、と反省しながら手を離すと、アナスタシアは「あっ……」と少し切なそうにしてしまう。
目を半眼にして「どうしたらええねん」と関西弁で思ったりしたが、それこそ今更なので、再びティッシュを鼻にあてた。
「チーン」
「で、でも……ハルカの手に、鼻水……」
「アーニャさんのなら汚くないよ、むしろ聖水だよ」
「セースイ……?」
「ほら、チーン」
「チーン……」
「お客様、さっさとして下さい」
「……」
「……」
気が付けば自分達の番になっていて、思いっきり赤っ恥をかいた二人は恥ずかしそうにその場を後にした。
スペースマウンテンに乗る前に、ベンチに座り、二人して顔を赤くしたまま愚痴りはじめた。
「はぁ……ハルカの所為でとても恥ずかしい思いしました」
「俺の所為かよ……。大体、ティッシュくらい女の子なら持ち歩きなさい」
「むっ、だからってわざわざ鼻をかんでくれることないと思います!」
「手を離したら寂しそうな顔してたろ!」
「してません!」
「してた!」
本人達的には険悪なムードだが、周りからすればただのカップルのイチャイチャだった。
二人とも黙り込み、チュリオスをガリガリと咀嚼する。遥はともかく、アナスタシアはあまりの美味しさに別の意味で頬を赤くし、脳内のスイッチが切り替わった。
「ーっ! は、ハルカ、これすごく美味しいです!」
「そいつはおめでとう」
「ほら、ハルカも食べてみて下さい!」
「え? いや俺は……」
よく今のギスった空気からそうなるな、と最早、感心しつつもやんわり断った。
しかし、アナスタシアのメンタルはこんなことでは折れない。自身の憤りよりも楽しさの共有が無意識に優先されるのだった。
「食べないですか? 美味しいのに……」
「あー……た、食べるよ」
流される遥も遥だが。ありがたく一口いただき、ボリボリと咀嚼する。
「ん、確かに美味いかも」
「ですよね⁉︎ ……なんで、ハルカもこっちにしなかったですか?」
「え? あ、あー……そりゃ、まぁ……同じの買うと、共有出来ないから、だけど……」
徐々に照れながらそんなことを言うと、その照れがアナスタシアにも伝染した。
同じように頬を赤らめて俯き、今更になって間接キスである事を察した。
「ウー……は、ハルカぁ……」
また「バカ」と言いたげな顔になるアナスタシアだが、自分から共有を望んだ身としては何も言えない。
そんなアナスタシアの前に、ココア味のチュリオスが差し出された。
「……た、食べる?」
「……す、すばしーば」
平仮名でそう返しながら、一口いただいた。
×××
この後、照れを紛らわすように二人はいろんなアトラクションに乗り、気が付けば夕方になってしまっていた。
パレードを見終えて、遥のマンションの屋上に来た。アナスタシアがどうしてもここに来たかったからだ。
告白は色んな場所を考えたが、やはり自分の好きな星が見えて、尚且つ遥と出会った場所を選択し、ここに至ったのだった。
二人で座って並んで空を見上げ、ホッと一息ついた。寒いのに暖かい、なんて矛盾した感覚が浮かぶ。
さぁ、もう十分遊んだ。あとは告白するだけ、それなのにアナスタシアの心臓は爆速で動いたままだった。心臓の高鳴りが収まらない、今にも破裂しそうな勢いだ。
しかし、言わなければ。とりあえず、何かしらの会話から始めなければ。そう思って、とりあえず思ったことを口に出した。
「は、ハルカは……サンタさんって信じてますか?」
「アーニャさん」
「は、はい?」
「好き、なんだけど……」
「……はい?」
「や、だから好きなんだけど……」
「……ふえ? ええええええええええ⁉︎」
ほんのり頬を赤らめた遥から、ガッツリ顔を真っ赤にしたアナスタシアが思いっきり距離を置いた。
その反応に心底、傷ついた遥はため息をつき、その場で両膝の上に両腕を置き、頭をその間に埋めた。
「はぁ……やっぱそうなるよね……」
「っ、はっ、ハルカっ……い、一体、何を……?」
今だに理解していない、いやそもそも思考回路がまともに働いていないアナスタシアに少しイラっとしたので、正面からぶちまけることにした。
「好きなの、アーニャさんが。昨日からずっと、北山とか新田さんとかに言われて考えてたけど」
「えっ? えっ? ……えっ?」
「その純粋過ぎて天然なとこも、ポーカーフェイスかと思ったら簡単に顔を赤くするとこも、楽しい事を見つけると頭がすぐに切り替わるとこも」
「っ、や、やめて下さいハルカ!」
「やめない。俺が今までいくら心臓が爆速で動くような思いをして来たと思ってんだ」
「だ、だからってそんな……!」
「とにかく、俺はアーニャさんが好きだ」
「っ……〜〜〜っ、ぅうう〜……」
顔を真っ赤にして、同じように俯くアナスタシア。そのアナスタシアを正面から見つめる遥。
が、やがて、アナスタシアの方からガバッと抱きついて来た。首の後ろに両手を回して、力強くギュッと抱き締める。
それに応えるように、遥も両手に力を入れて抱き返した。
「……アーニャも好きですよ、ハルカ……」
「……え、そうなの?」
「はい……。これでも、気持ちを伝え続けて来たのですが、ハルカが鈍感すぎて気付いてもらえなかったです」
「俺が悪いんですかね……」
「でも、もうその事でイライラすることはないです。……だって、ずっと一緒ですから」
「……」
そう微笑まれ、遥は一瞬だけ頬を赤らめた後、参った、と言うように微笑んだ。
で、自分のカバンを弄り、中からプレゼントで包まれた箱を取り出した。
「アーニャさん」
「? なんですか?」
「これ、クリスマスプレゼント」
「……へっ?」
手渡した袋をまじまじと受け取るアナスタシア。
「わ、私に、ですか……?」
「ああ」
「開けて良いですかっ?」
「どーぞ」
言われて、嬉しそうな顔で袋を開けると、中にはスリッパが入っていた足首の辺りまで入って、白いモコモコがついてる暖かそうなスリッパ。
「……スリッパ、ですか?」
「うちに、いつでも来て良いから」
「ハルカ……」
物珍しそうにスリッパを眺めた後、同じ目で遥のことも見上げた。
何? と視線で聴くとクスッと微笑んだアナスタシアが本当に可笑しそうに笑いながら答えた。
「ふふ、だって……やっぱり、ハルカは変ですね」
「……は?」
「クリスマスに……スリッパって……ふふっ」
「……なんだよ、いらないなら返せよ」
「いえ、いります。大切にしますね」
そう言われたら言われたで、照れて目を逸らしながら頬をポリポリと掻く遥。
その隣で、気合いを入れるように、心の中で「よしっ」と呟くと、アナスタシアは遥に声を掛けた。
「ハルカ、お返しがしたいです」
「は? 何の?」
「プレゼントのです。目を閉じて下さい」
キョトンとしてる遥はとりあえず目を閉じた。
直後、唇に柔らかい感触が触れた。何が触れたのかと思って目を開けると、同じように目を閉じたアナスタシアがゼロ距離にまで近付いていた。
そこで今更、キスされた事実に気付き、驚きのあまり離れようとしたが、アナスタシアはそれをさせない。両手で遥を掴んで唇を押し付けた。
「んっ……!」
プハッ、と口が離れ、涎がツウっと繋がってるが、二人とも拭おうとしない。
「……アーニャの、ファーストキスです」
「……この野郎」
「大好きですよ、ハルカ」
そう言った直後、空から雪が降り注いだが、二人はしばらく離れることをせず、翌日に揃って風邪を引いた。
次で最終話です。