事務所の中庭。新田美波は一人でコーヒーを飲んでいた。なんか最近、ロビーは恋愛の惚気やら何やらで盛り上がっているから。
自分もそのうちの一人なわけだが、自分の惚気は18歳未満禁止なのが多いので惚気られなかった。
そんな中、後ろからツンツンと肩を突かれた。自分をそんな風に可愛らしく呼ぶアイドルは一人しかいない。
しかし、ここで振り返っては面白くないと思って意地悪してみた。気付かないふりしてスマホを眺めた。
「……むー」
指をグリグリと押し付けて来る背後のアイドル。それでも気付かないふりをしてると「もうっ」と焦れたような声が聞こえた。
「ミナミ! 気付かないフリしないで下さい!」
「あははっ、ごめんごめん。ちょっと意地悪してみたくなっちゃって」
微笑みながら振り返るも、後ろのアナスタシアは頬を膨らませたままつーんとしていた。
「ご、ごめんね。アーニャちゃん。ほら、コーヒー一口あげるから」
「……もうっ」
頬を膨らませたままコーヒーを一口飲むと、美波の横に座った。
「それで、どうしたの?」
「ミナミ、実は私、たくさんタメ口を覚えたんですっ」
「んっ?」
ちょっと日本語がおかしい気がした。
「えーっと……ごめん、アーニャちゃん。どういう事?」
「タメ口です、タメ口! たくさん覚えました!」
「えっと……」
何とか理解しようと、人差し指をこめかみに当てて考え込む美波。で、英語で言う「たくさん過去形を覚えました!」的な意味かな? と思う事にした。
「そ、そっか。じゃあ、私にタメ口で話してみて?」
「アー……ミナミに、ですか?」
「うん」
「でも、ミナミ歳上……」
「もう、わたしとアーニャちゃんの仲じゃない。タメ口なんて気にしないよ」
「ダー……スパスィーバ、ミナミ」
そう微笑みながら言うと、アナスタシアは微笑みながら流暢に言った。
「時は平成、北海道のアイドル、アナスタシアは今、トップアイドルな称号を欲し、広島県アイドル新田美波どんの元へと御座り参った。新田どんよぉ〜い」
「待って待って待ってアーニャちゃんお願い待って。どこで誰に習ったのそのタメ口」
早速止められたが、タメ口を始めたアナスタシアは止まらない。
「どうしたんですか新田さん」
「それ結局、敬語じゃない。ていうか、新田どんとか新田さんじゃなくて美波って呼んで欲しいんだけど……って、違う待った。一旦タメ口(仮)待って」
「ツーハン○クイッケン!」
「それ日本語ですらないからね⁉︎」
とりあえず待って! と美波が涙目で懇願してきたので、とりあえず待った。
「……なんですか? どこか変ですか?」
「全部変。ていうか、誰に教わったのそれ?」
「ハルカが『タメ口覚えたいならこの動画見ろ』って……」
「……遥って、白石さん?」
「ハイ。最近、よく一緒に遊ぶんです。天体観測の日以来、毎日です」
「……どんな遊び?」
今日の様子を見た限りだが、なんだかロクでもない事してそう……と思って聞いてみた。
アナスタシアは特に思い出そうとするまでもなく答えた。
「ダー……一昨日は一緒に勉強しました。おかげで、古典は赤点ではなさそうです」
「そ、そっか……」
ホッと胸をなでおろす美波だったが、次の一言で目が覚醒した。
「昨日はネットカフェに行きました」
「待ちなさい、二人っきりで?」
「はい」
「な、何かいかがわしい事はされなかった⁉︎」
「は、はい……? いかがわしい……?」
「だから、その……! え、エッチなこととか……じゃなくて身体を触られたりとか!」
「イエ、触られては……あ、でも飲み物を零してしまった時に拭いてもらいました(靴を)」
「ふ、拭いてもらった⁉︎(身体を)」
「その後にシャワーを浴びました」
「ね、ネットカフェで⁉︎」
「ハイ。……あ、シャワーのことは内緒にして下さいね。誰にも言わないでと言われてますから」
「口止めまで⁉︎」
何をしたのか、想像をしただけで頬を赤らめる美波。それを一切気にする事なくアナスタシアは続けた。
「それで、今日は一緒に幕○志士の動画を見ました」
「ど、どこで……?」
「? ファミレスでスマホで見ましたけど……」
とりあえず今日の出来事にはホッと一息つけたが、昨日の出来事はいただけない。何処かは分からないがアナスタシアの身体の一部を拭い(たと思ってる)て、そのままシャワーに連れ込むなんて。口止めした以上、アナスタシアに気づかれないで何かしたとすれば覗きしかありえない。
「……っ、あ、あの男……!」
「どうしました? ミナミ」
「あ、アーニャちゃん。もうその白石さんって人と会っちゃダメ」
「っ⁉︎ な、なんでですか⁉︎」
「それから、幕○志士も禁止。その人達のタメ口はかなり特殊だから」
「そ、そんな……『まず宇宙空間にハナクソはございません』とか言ってみたかったのですが……」
「うん、もう絶対禁止。ていうかそれタメ口じゃないし」
ショボンと肩を落とすアナスタシア。だが、すぐに立ち直って抗議するように叫んだ。
「で、でも! ハルカとはまた会いたいです!」
「ダメよ。その子、アーニャちゃんには悪影響なの」
「でも、ハルカのお陰で古典で点数取れました!」
「そ、それは、そうだけど……!」
「それに、ハルカには色んなことを教わっています!」
「色んなことって?」
「古典は勉強する意味ないとか!」
「絶対にダメ! もう会わないでその人と!」
「っ、そ、それから、ネットカフェは人をダメにするから通ってはダメだとも言っていました!」
「微妙! 良い人なのか悪い人なのか分からない!」
ここまで人間性フィフティーフィフティーなのも珍しいと思いながら、額に手を当ててため息をついた。
想像以上にアナスタシアが遥に懐いている。割と頑固な所もあるアナスタシアを説得するのは大変そうだと思った。
「……」
まるっきり悪影響というわけでもなさそうだし、少なくとももう一度会うまではなんとも言えないなと思った。
「……わかったわよ。ごめんね、アーニャちゃん。でも、その人の言うこと百パーセントは合ってないから。真に受けないようにね」
「……ミナミは、ハルカ嫌いですか?」
「え? いや、そんなことないけど……よく知らないけど、アーニャちゃんから聞いたことを考えると普通の人ではないみたいだから……」
「ダー……そうですか」
ショボンと肩を落とすアナスタシア。流石に美波も少し罪悪感が残った。何かフォローした方が良いかな……と、思ったが、レッスンの時間になったのでやめておいた。
×××
レッスンが終わり、シャワーを浴び終えた美波は着替えを終えると、ロッカーで下着姿のままスマホをいじるアナスタシアを見かけた。
「アーニャちゃん、風邪引いちゃうよ?」
「……あっ、ミナミ。見て下さい、ハルカから写真です」
言いながらアナスタシアが見せてきた画面には、豆腐で作ったパルテノン神殿が映っていた。
「すごいですね!」
「……食べ物で遊ばないの……」
無駄な高クオリティに若干引いたが、アナスタシアのキラキラした視線の前ではそのツッコミをハッキリ入れる事はできなかった。
「……でも、確かにすごいわね。何を思って作ったのか理解出来ないけど」
「ハルカはこんなのばかり使ってますよ? えーっと……ほら、これはネギトロで描いたシャア専用ザクです」
「食べ物で遊ばないのっ」
今度は普通に叱った。通話してるわけではないから本人には届かないのに。
すると、目の前のアナスタシアがショボンと肩を落としてしまった。
「す、すみません……」
「え? あ、アーニャちゃんに言ったわけじゃないからね? アーニャちゃんは謝らなくて良いからね?」
「は、はい……」
それでもショボンとしてるアナスタシアに、仕方なさそうに美波はため息をつくと、頭を撫でながら言った。
「も、もう、落ち込まないでよ。それより、早く着替えないと風邪ひいちゃうよ?」
「あ、そ、そうですねっ」
スマホを椅子の上に置いて、慌てて着替えを再開するアナスタシア。その前に返信しようとスマホをいじる姿はとても楽しそうに見えたので、やはり遥との仲を割くのはやめた方が良いかな、と思ったりもした。
そんな事を考えてると椅子の上のアナスタシアのスマホに新たなメッセージが届いた。ふと目が行ってしまい、そのスマホを見ると写真が送信されたようだった。総理大臣が「ムカつくからお前だけ消費税98%な」と指差してる写真だった。
前後の文を読むも、繋がりがあるようには見えない。同類の男を知ってるからか、かまって欲しくて送って来てると分かってしまった。
「……もしかして、アーニャちゃんはアーニャちゃんで懐かれてるのかな……」
「ミナミ? 何か言いましたか?」
「う、ううん。何でもないよっ」
勝手にスマホを見ている現状に気づき、慌てて顔を背けた。
頭の上に「?」を浮かばせたままアナスタシアはスマホを見た。が、徐々に顔を青ざめる。
「っ、ど、どうしましょうミナミ! わ、私だけショーヒゼイが98%に……!」
「落ち着いて。そんなわけないから。これネタ画像だから。嘘だから」
「そ、そうなんですか……?」
「ていうか……白石くん、だっけ? その子にからかわれただけだと思うよ」
「む、ハルカ……最近、たまに私に意地悪して来ます。私、嫌われたのでしょうか……」
「や、そんなこと……」
俯くアナスタシアを慰めようとしたら、アナスタシアはL○NEを辿って画面を見せて来た。
「だ、だって! 昨日だってこんなに意地悪して来ました!」
そう言われて見てみると「アナスタシアさんとプ○チンって似てるよね」というL○NEが来ていた。
アナスタシアに勧められて一緒にウ○ビッチを見ていた美波は頭にウ○ビッチのプ○チンを浮かべて、きょとんと首をひねった。
どこが意地悪なのかわからない……といった感じで下にスクロールすると「マヌケな所が」という余計な一文が入っていた。
「……この子は小学生かな?」
「……高校二年生ですよ?」
「年上が年下にかまって欲しくてちょっかい出してるの……?」
引き気味に呟く美波。で、とりあえずアナスタシアの不安をといてあげる事にした。
「大丈夫よ、アーニャちゃん。この子、普通にあなたにかまって欲しがってるだけだから」
「そうなんですか?」
「うん。お姉さんになってあげた気分で対応してあげてね?」
「アーニャ、お姉さんですか?」
「うん、お姉さん」
すると、嬉しそうにパアッと顔を明るくするアナスタシア。
「ハイ、お姉さんです」
その笑顔を見て「あ、これは何か勘違いしたな」と思ったが、まぁいいやと思って二人は帰宅し始めた。