最近、毎日のように顔を合わせている女の子がいる。名前はアナスタシアさん、ロシアと日本のハーフの高校一年生だ。
外見はクールの一言が似合い、というか冬の精霊を擬人化したらこうなりました、みたいな感じの人だ。一言で言えばクール可愛いって事。
ここまで言えば中身もクーデレ系かと思えば、そんな事はなかった。中身は小学生レベルの純粋さと素直さを備え持つ、これまたギャップ差が可愛い。
まぁ、何にしても可愛いわけだ。しかも、アイドルまでやってるんだからもう本当にすごい子と知り合いになった。
前までクラスの奴と、話すには話すが一緒に遊ぶような仲ではなく、学校が終わり次第速攻帰宅していた俺の放課後に、こんな良い子と遊ぶ……というか顔を合わせる日課が出来てとても最高だ。
もちろん、アイドルなだけあって毎日は会えないんだろうが、その間はL○NEとかすれば良い。
で、今日もそのアナスタシアさんとファミレスで待ち合わせしていてる。先に到着してしばらく待機していた。
……しかし、アレだな。一昨日の夜は約束も無かったしもう会えないかと変に不安になったが、普通に会ってくれた。
多分、高校に入って友達という友達はいなかったから、ひさびさに同年代の子と遊んで手放すのが惜しくなったんだろうな。こんな所で寂しくないとか意地を張るなんて意味のない事はしない。
「お待たせしました、ハルカ」
「ああ、アナスタシアさん。とりあえずドリンクバーだけ頼んでおきましたよ」
「ありがとうございます。では、飲み物とって来ますね」
そう言って、アナスタシアさんは席を立った。しばらく待機してると、レモンティーを入れて戻って来た。似合うな、アナスタシアさんとレモンティー。
「あのっ、お願いがあるのですがっ」
「お、おう、唐突だな……」
たまにこういう不意打ちして来るあたり、相変わらずアナスタシアさんだよなぁ。
「何?」
「私を、アーニャと呼んでくれませんか?」
「なんで」
「みんな、私のことアーニャと呼びます。ハルカだけ、その……アナスタシアと呼びます。だから……」
「え、でもアナスタシアさんですよね?」
「で、でも……アーニャと……」
……や、まぁ呼び方くらいでゴネる阿呆じゃないし構わんけど。
「良いですよ、アーニャさん」
「それからっ、敬語もやめてください」
「え、なんでですか?」
「アー……その、実はミナミに幕○志士の動画のタメ口はダメだと言われてしまって……」
「でしょうね」
俺も後になって冷静になったわ。あいつらの日本語ちょっと違うし。
「それで、それならハルカにタメ口を使っていただければ、私の勉強にもなるのではないかと……」
なるほど。確かにその方が確実かもしれない。俺もなんで年下に敬語使ってんだろうと思ってたし。
「わーったよ、アーニャ。これで良いか?」
「! は、はい!」
呼び方と口調だけでそんな嬉しそうに……。本当に可愛い子だな。
「それで、二つ目のお願いなんですが!」
「二つあるんか」
「私とゲーム実況やりませんか⁉︎」
「この子は本当に何を言い出すんだ」
なんでそうすぐに影響されるんですかね……。
「だ、だって……! 楽しそうだから……」
「冷静になって。あの人達は小学生の頃からずっと一緒だからあそこまで先読みとか出来たり遠慮しないでガンガン言い合えるだけだからね? あそこまで仲良くない人達がやっても何となく遠慮しちゃって微妙な空気になるだけだから」
大体、男女でやるともっと気を使っちゃうでしょ。明らかに気を使ってないのは山手線くらいのものだ。
と、思ったら、ショックを受けたような顔でアーニャさんは俺を見た。
「アー……アーニャとハルカは、仲良くなかった……ですか……?」
「えっ? あ、いやそういう意味じゃなくて……」
「そ、そう、ですか……」
「いやいやいや! 良いよ、仲良い! ただ、えーっと……」
くそッ、繊細なのか繊細じゃないのか分からない人だ……!
「アレだ。アナスタシアさんはまだ日本語得意じゃないでしょ? それなら、カタコトの日本語が放送画面の向こうの人たちに伝わって身バレしちゃうから! だからやめた方が良いって話です」
「……そ、そう、なんですか…?」
「そうだよ!」
「私と、ゲーム実況するのが嫌とかでは……」
「無いよ!」
すると、180°表情を変えて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そ、そうですか……! 良かったです」
「ほっ……」
安心すると本当に「ほっ……」って息漏らすんだな……。しかし、アナスタシアさんは俺と仲良いと思っていたのか……。なんだか嬉しいな。こういう友達は初めて出来るから。
「ま、まぁ、普通にゲームやるだけならいつでも付き合いますから」
「本当ですかっ?」
「ああ。やりたいゲームあったら言って。最近のゲーム機は家庭用でもオンラインでできるから」
幸い、俺も影響されてプレ4とSw○tchはある。
「分かりました。では、やりたいゲーム探してきますね」
「で、今日はどうします?」
「ダー……ハルカは何かないですか?」
「俺は特には……あ、強いて言うならスーパーに行きたいんだけど」
「スーパー……サイヤ人?」
「なんでだよ。つーかよく知ってんな」
そうじゃなくてな……。
「スーパーで買い物して帰んないとって。俺、一人暮らしだし」
「一人暮らし、ですか?」
「そう。父親の出張に母親が付いて行ったからな」
「ダー……大変ですか?」
「慣れたよ」
まぁ、そんな話はさておき……。
「で、良かったら帰りに一緒に来てくれない? 卵が安いんだよ今」
「分かりました♪ じゃあ、今から行きましょう」
え、今から? と思ったが、もう夕方だ。まぁ、学校が終わったあとだしもう夕方だ。
とりあえず、二人で席を立ってファミレスを出た。向かうのはスーパーマーケット。安い食品を片っ端から買い込んでやる。
うーん……今にして思ったが、俺の買い物にアナスタシアさんを付き合わせてるみたいでなんか申し訳なくなって来たぞ。夕飯くらいご馳走してあげたいが、前に「簡単に男の部屋に来るな」と言ってしまった手前、何となく言いづらい……。
「……あー、アナス……アーニャさん」
「? なんですか?」
「もしアレなら、わざわざ買い物なんて付き合わなくて良いよ。別に卵1パックくらい大して変わらんし……」
「いえ、お付き合いしますっ。私、ハルカとお買い物したことないので行きたいですっ」
「……別に一緒にいろんな経験する必要ないだろ。ギャルゲーのイベント回収かよ」
「……ハルカは、私と買い物……嫌ですか?」
「と思ったけど、イベン……思い出は大切だよな。その時その時にしか見えないレアカットとかあるかもしれないし」
……俺も大概簡単な男だよな……。しかし、そうなると何かお礼してやりたいんだが……。
だーもうっ、まぁアーニャさんの頭は軽いし、前に言ったことなんて忘れてるだろ。
「……なら、うちで飯でもご馳走するよ」
「……え? でも、男性の部屋には入ってはいけないって……変なことされるかもしれないと……」
……なんでそういうところは覚えてんの? この人本当に何なの?
「……もしかしてハルカ、私に変なこと……」
「しねぇよ……。したら上の部屋に住んでる新田さん召喚警察通報人生終了ルートまっしぐらだわ」
「そうですよねっ。ハルカ、良い人ですからっ」
しかも信頼するの早ぇな……。何だか逆にアーニャさんのことが不安になって来た……。
「まぁ、とりあえずスーパーだな」
「はい♪ ……ふふっ」
「楽しそうだな」
「ハルカの部屋に行くの、初めてですから」
……あー畜生、何をいちいちときめいてんだ俺は……。何でこんなに可愛いんだよ、アーニャさんってよ……。
「……何食べたい? 好きなもの作ってあげる」
「じゃあ餃子が良いです」
……アイドルがそんなもん食って良いのか? いや、まぁアイドルだからこそ食えないのかもしれないし、俺が作ってやる分には構わないか。
スーパーに到着し、とりあえず買い物カゴを持った。ふと横を見ると、アーニャさんの姿がない。
おいおい、あいつ子供かよ勝手にウロチョロするなよとか思いながら辺りを見回すと、後ろから台車を転がして来た。
「ハルカ、私これ使いたいですっ」
……どうせ使わんとか言うとシュンッとしちゃうんだろうなぁ。まぁ、それなりの量は買うし別に良いか。
無言で台車の上にカゴを乗せてやると、アーニャさんは嬉しそうに台車を押し始めた。
「えーっと……とりあえず餃子の材料からだな……」
ニラと豚ひき肉と生姜と……キャベツかな? あと餃子の皮と……そんなもんか。油とかはうちにあるし。
ニラを手に取り、その横のキャベツの重さを測定してると、袖をクイッと引っ張られた。
「ハルカ、ハルカ!」
「何?」
「ドラゴンフルーツ売ってます!」
うおっ、ほんとだ……。ただ、前に親父のお土産で食った時はそんな美味くなかったんだよなアレ……。
「あー……そうですね。俺食べたことあるよ」
「本当ですか⁉︎」
目が「どうでしたか⁉︎ 美味しかったなら私も食べたいです!」と言ってる。本当、分かりやすいなこの子。
「……まぁ、普通だよ。味の薄いフルーツみたいな……」
「普通、ですか……?」
「なんだかんだりんごとかのが美味いよ」
「……そうですか」
相槌を打ちながらも、視線はドラゴンフルーツに行ってる。
……ああああ、もうっ! わーったよ、後悔しても知らねーからな!
「……良いよ、取って来て」
「本当ですか⁉︎」
「嘘ついてどうすんだよ。その代わり、不味くても持って帰れよ。俺が買ってやるから」
「ハイ!」
無闇に高いんだが……まぁ良いか。とりあえず、ドラゴンフルーツもカゴに入れて、次は豚ひき肉へ。
餃子に入れるもんだし、あんま高いの買ってもな……。アーニャさんもそんなに食べるタイプには見えないし、この前はピザで満足してたから一つか二つで良いかな?
大きめのトレーを手に取ると、再び肩を叩かれた。
「ハルカ、ハルカ!」
「はいはい何ですかアーニャちゃん」
「これ食べたいです!」
興奮した様子のアーニャさんが手に持ってたのは手羽先だった。
「……今日は餃子だよね」
「両方食べます!」
「絶対無理だろ」
「うっ……」
……や、こればっかりは無理だぞ。だから罪悪感、テメェは引っ込め。
「……今度、うちに来た時は手羽先焼いてあげるから」
「約束ですからねっ?」
子どもっぽくて良かった。「また今度ね?」が通用するから。
その後もテンションが異常に高いアーニャさんに振り回されたが、なんとか買い物は完了した。
小さく一息つきながら袋詰めをしてると、何も言わずにアーニャさんも横で手伝ってくれようとした。
ポテチの上に牛乳を乗せようとしたので早速止めた。
「待った待った、そんなことしたらポテチ粉々になる」
「? そう、ですか?」
「まずは重たいものから入れて」
「分かりました」
……なんだろう、子育てしてる気分なんだが……。
袋詰めを終えてスーパーを出ようとすると、アーニャさんが袋詰め台の上に置かれてる券に手を伸ばした。
「これは……?」
あー、スーパーの上によくある遊園地とかプールの割引券ね。よく見たら平日限定だったりしてて詐欺に近いんだよな。
今、アーニャさんが手にしてるのは「健康ランド」とかいう水着で入る温泉プールみたいなの。
「割引券だよ」
「こんなにたくさん、ですか?」
「まぁ、そういうのは夏の方が人が来るからな。冬はそういうので多少値段下げても人を呼び込みたいんでしょう」
「……なるほど」
呟くと、アーニャさんはその券を二枚取ってポケットにしまった。
「……行くの?」
「はい」
まぁ、女の子はそういうとこ好きだよな。あそこ、温泉プール以外にも色々あるしな。
二枚取ったのは誰かと一緒に行くためだろう。
「新田さんと?」
「ハルカとです」
「……今なんて?」
「ハルカとです」
……なんで俺なんだよ……。
「……そういうとこって同性同士で行くもんだろ……」
「ミナミには恋人がいますから。それに、私ハルカともっと仲良くなりたいです」
そう言われると困ったもんだな……。断りづらい。
まぁ、別に断る理由もないし良いか。流石にすぐにというわけにもいかないので、予定はおいおい決めることにしよう。
「……ま、お互いに休みの日があったらな」
「ハイ。私、楽しみにしてますね♪」
そう言って、とりあえず俺の部屋に向かった。