日曜日、この日は本当に良い日だと思う。なんでかって、言うまでもないだろ、何もないからだよ。
何もないから家から出る必要もないし、部屋でのんびり寝ていられる。同じ意味で土曜日も最高なんだが、昨日はアーニャさんが泊まっていたのでのんびり寝てるわけにもいかなかった。ほら、朝飯の準備とかあったし。
さて、今日は久々にゴロゴロ出来る。たまにはこうやってダラけるのも良いよね。あ、せっかくだから布団とか全部干しちゃうか。シーツとか洗濯しないと。なんか天気良いし。
とりあえず布団を干して、シーツを洗濯して、ついでに溜まってる洗濯物も洗濯して全部ベランダに干して、ついでに部屋の掃除をして、ついでに流しの洗い物も終えて、ついでに風呂場や洗面所の隅々も掃除して、窓も拭いて、窓の通るとこの隙間も拭いて、靴も全部磨いてそこでようやく手を止めた。
……なんで大掃除してんの俺。お陰で部屋超綺麗なんだけど。
「……はぁ、疲れた」
……調子に乗りすぎたな……。なんで靴まで磨いてんだよ俺……。
ドッと疲れが出て、とりあえず今度こそのんびりしようと思ってソファーに寝転がってスマホを手に取ると、L○NEが届いていた。
アーニャ『おはようございます』
アーニャ『今からハルカの部屋に行きますね』
えっ、何それどういう事? と、思ったのもつかの間。ピンポーンとインターホンが鳴った。
今のL○NEが来たのは大体一時間前、うちに来るのはちょうど良い時間だった。
「……はぁ」
返事をしなかった俺が悪いな……。や、返事する前に来るなとも思ったが。
とりあえず自動ドアの扉を開けた。しばらくすると、もう俺の部屋の位置を覚えたのか、再びインターホンが鳴る。玄関の鍵を開けると、アーニャさんが楽しそうな顔で立っていた。
「おはようございます、ハルカ♪」
「うん。えっと……何か用?」
「遊びに来ました」
「来ました、じゃなくて……」
や、まぁアーニャさんだしな……。その辺は考えても仕方ないんだよなぁ。
「ま、とりあえず上がれよ」
「はい、お邪魔します」
部屋に上げた。靴を脱いで居間を見回すなり「おお……」と声を漏らした。
「すごい、綺麗になっています……!」
「掃除したからな」
ふむ、綺麗にした部屋を他人に褒められるのは悪い気はしないな。
「それで今日はどうしたの?」
「遊びに来ました!」
「そうじゃなくてな……。遊びにって、もっとこう……用があったんじゃないの?」
「? ですから、遊びに……」
……日本語って伝わらねーなぁ。こうなると聞き方を変えるしかない。
「……じゃあ、遊ぶってのがここにきた用?」
「はい♪」
とても可愛らしくて良い返事ですね、うふふふふじゃねぇってばよ。まぁ、要するに俺と遊びたい、何でも良いから、みたいな意味だったんだろう。俺ってそんなにイケメンだったか?
しかし、そうなるとアーニャさんを退屈させるわけにもいかなくなった。とりあえず、表に出るか。
「じゃ、今日は表に出よう」
「表、ですか?」
「あ、外に出るってことね」
「それくらい分かりますが……あ、食材ですかっ?」
「や、今回は普通に俺の趣味」
まぁ、割と無趣味な俺の趣味、それは絵を描く事だ。
だが、外で絵を描けば割と浮く。なので、絵を描いても浮かない場所を探す必要があった。
例えば……どこだ。土手とか? いやでも最近は、土手でランニングとかしてる人多いからな……。
頭の中ではすでに出掛ける計画を練っていたが、それは頭の中の出来事だ。話さなければ伝わらない。
「ハルカの趣味、ですか?」
アーニャさんがキョトンと首を傾けた。が、人懐っこいこの子の事だ……。
予想通り、徐々に目を輝かせていった。
「知りたいです!」
「知ってた」
「……いえ、知りませんよ?」
「や、独り言だから気にしないで」
まぁ、別に隠すようなことじゃないし、言っても良いかな。
「絵を描きに行くだけだよ」
「ダー……絵、ですか?」
「そう」
「すごいです。上手ですか?」
「まぁ、普通の人よりは上手いと思うけど」
「見たいです!」
正直、あまり見られたくはないが……まぁ、アーニャさんが見たがってるなら見せても良いかな。
まぁ、一応忠告しておくか。
「んー……見ない方が良い気もしますが」
「? なんでですか?」
「アーニャさんの思ってるような絵じゃないと思うから。それに、退屈すると思うし」
「大丈夫ですっ。行きたいですっ」
まぁ、そこまで目を輝かせられたら仕方ないか。
「じゃ、待ってて。準備して来るから」
「はい」
まぁ、準備って言ってもノートとシャーペンと消しゴム持って来るだけなんだが。
案の定、それらをカバンに突っ込む姿を見て、きょとんと首を傾げた。
「アー……それだけ、ですか?」
「うん」
「スケッチブックとか……鉛筆とかは……」
「そんなガッツリした趣味じゃないから。それっぽい絵が描ければ満足だから」
別に腕を上げたいとも思ってない。描いたらスッキリするだけ。
さっきの鞄の中に、さらに家の鍵と財布とスマホをねじ込むと立ち上がった。
「さて、じゃあ行こうか」
「はい」
部屋を出た。
×××
部屋を出て、とりあえずアテもなくぶらぶらと歩き始めた。特に何が描きたいわけでもないので、描きたいものが見つかるまでブラブラするつもりだ。
アーニャさんにもそれを言うと「ハルカと一緒に居られれば大丈夫です」と笑顔で答えた。天使かよ。
まぁ、そんなわけで二人で街を歩いていた。こうして歩いてると、やはり東京は建物ばかりだ。マンション然りビル然り民家然り。こんなもん描いても面白くねえしなぁ……。
「ハルカ」
隣を歩いてるアーニャさんから声が掛かって来た。
「何?」
「あそこのお店、行きたいです」
アーニャさんの指差す先には帽子屋があった。服とかも一緒に売ってるのではなく、帽子のみの店だ。
「いいよ、行こうか」
「ハイ」
二人で店に入った。中はお洒落な雰囲気が漂っていて、色んな種類の帽子が並べられている。
「うお、すげぇ」
こういう店入ったの初めてだわ。てか、帽子しか売ってない店なんてあるんだな。
アーニャさんも楽しそうに店内を見て回っている。俺は俺でテキトーな帽子を手に取った。薄い青のストローハット、こんなのアーニャさんに似合いそうだなーなんて思った。
……そういえば、今度出るマ○オの新作も帽子の話なんだっけ。あれ買わないとなー。
そんな事をぼんやり考えてると、くいっと袖を引かれた。アーニャさんが少し膨れた顔で俺をジトーッと見ていた。
「な、何?」
「……ハルカ、どうして別行動ですか?」
「えっ?」
「同じ店にいるのに、別々の行動は意味ないです」
「あ、あー……」
そういうもんか。
「悪い。でも、アーニャさんに似合いそうな帽子見つけたから許してよ」
「アー……私も、ハルカに似合いそうな帽子、探しました」
マジかよ。もしかしたら、俺とアーニャさんって割と気が合うのか? や、多分偶然だが。
で、まずはアーニャさんから帽子を出してきた。頭に乗せられたのはベレー帽だった。薄い青色の、ちょうど俺がアーニャさんに選んだような色だ。
「……なんでベレー帽?」
「ハルカ、絵描きですよね?」
「ちょっと趣味だって言ってんじゃん恥ずかしいから絵描きはやめて」
「でも……とても似合ってるますよ?」
「……それはどうも」
……少し嬉しいんだから困る。でも、鏡を見る勇気はなかったので、さっさとこっちのターンに移った。手に持ってる帽子をアーニャさんの頭に乗せた。
「ひゃっ……?」
「はい、これ」
「アー……ストローハット、ですか?」
「はい」
「ハルカと、お揃いの色……。バスヒチーチェリナヤ……素敵です」
や、お揃いの色なのは偶然だけどな……。それに、何となく似合いそうだったから何となく手に取ってみたらアーニャさんが来たから被せただけだ。元々、見せるつもりなかった。
それでも、アーニャさんはかなり気に入ったようで、鏡を色んな角度から見ている。
「これ、買います」
「へ?」
「気に入りました。デザインも形も色もとても素敵です」
「それ全部デザインに統合されるよね」
「何より、ハルカが私に選んでくれた帽子ですから♪」
「……」
こ、この女……! ドキッとさせるようなことを平然と……。
しかし、それを他の男にも言ってると思うと少し腹立たしくなる。や、アーニャさんが好きとかではなく、天然ビッチも大概にしておかないと後々、損するのはアーニャさんだ。他の男に告白させては振る悪女のように思われてしまうかもしれない。
……でも、変な話だよな。アーニャさんはただ単純に友達と仲良くなろうとしてるだけなのに、それを男女間なんていう曖昧なモラルで注意しなければならないなんて。や、まぁ人間に生まれた以上は守るべきなんだろうけど……。
って、そんなことどうでも良いんだよ。とりあえずアーニャさんに注意を……。
「アーニャさ……あれ?」
いつの間にか目の前からいなくなっていた。辺りを見回すと、レジで会計をしていた。
……ほんと、子供は自由で羨ましいわ。せめて一声くらいかけてくれや……。
そんな俺の気も知らず、アーニャさんはニコニコ微笑んだままこっちに駆け寄ってきた。
「お待たせしました、ハルカ!」
「はいお待ちしました」
「行きましょう!」
俺の手を引いてお店を出た。さりげなく異性と手を繋ぐんじゃないよあんたは……。
……とりあえず、色々と失せたので異性との距離間の注意は今度で良いや。
×××
店を出てからものんびり歩き、結局は土手に座った。いい感じに椅子が設置されていたので、アーニャさんの隣に座ってノートを広げた。
「アー……川を描く、ですか?」
「まぁね、暇だと思うから川で遊んでても良いよ」
「そうですか?」
「けど、あんま濡れないようにな。この時期だと風邪ひくから」
「もう、私子供じゃないですよっ?」
「でっかい子供だろ」
「むー、意地悪言わないでください」
もう言い方が子供だわ。
そんな考えが顔に出てたのか、アーニャさんはぷくっと頬を膨らませると、川沿まで下って行った。
その背中を眺めながら、俺もシャーペンで絵を描き始めた。サラサラとペンを動かし、絵画を進める。
まぁ、俺の風景画は風景画じゃないんだけどな。説明は難しいんだが……まぁ、俺なりにアレンジを加えたりしてる。小学生の頃から描いてるからそれなりに上手い自覚はあるが、まあ他の人にはあまりウケない自覚もある。
だから、本当はアーニャさんに見せたくはないんだが……。まぁ、今は川で遊んでるし、気にしなくて良いか。自分から見せることはないし、見せてと言われたら見せる。
ま、あの好奇心旺盛なアーニャさんのことだ。完成したら見せる羽目になるだろう。
そんな事を考えながら手を動かしてると「ハルカー!」と声が掛かった。ふと声の方を見ると、アーニャさんが大きく手を振っていた。それに合わせて小さく手を振り返して、再び絵に戻る。
そんな感じで絵を描くこと、大体一時間後くらいだろうか。完成し、小さく伸びをするといつのまにか隣に座っていたアーニャさんが俺の方をじっと見ていた。
「うおっ⁉︎」
「? どうしました?」
「や、こっちのセリフなんだが……遊んでたんじゃなかったの……?」
「はい。真剣なハルカが少しカッコ良くて……近くで見ていたくなりました」
だからそういうことをサラッと……。本当にこの子は……。
「……まぁ、絵の内容が少し、その……不思議ですが」
そう言うアーニャさんの視線の先には俺の絵がある。
俺の絵はただの模写ではない。模写した風景にでんじゃらすじーさん的な落書き、つまり爆発とか仏とかうんことか変な顔とか変な生き物とか描きまくるアレ。
それを見て、流石のアーニャさんも顔を引きつらせていた。
「楽しいよ。描き方教えようか?」
「いえ、大丈夫です」
きっぱり断られました。
断ったアーニャさんは、珍しく呆れた様子でため息をついた。
「……せっかく、川は上手なのに……」
「え、そ、そう? 川、上手い?」
「はい。上手です」
「……」
なんか俺の絵の技術を他人に褒められたのは初めてだから少し嬉しいんだが……。
……んー、何だろう。気が向いたぞ。せっかく俺の選んだ帽子をアーニャさんが買って被ってくれてるんだ。ここは一つ、こんな提案をしてみるべきだろう。
「アーニャさん、せっかくだし川沿いで立っててよ。川を風景にして描いてみたいから」
「……変な顔にされたくないから嫌です」
「……あそう」
……なんか、変に警戒させてしまった。