アナスタシアさんはバカワイイ。   作:バナハロ

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事務所にて(2)

 事務所にて。アナスタシアはロビーでココアを購入すると、中庭に出た。外のベンチで美波が座ってコーヒーを飲んでいたので、後ろからそーっと近づいて目を塞いだ。

 

「きゃっ⁉︎」

「アー……誰ですか?」

「や、それこっちのせりふなんだけど……」

 

 そこにツッコミを入れてから、美波はニッコリと微笑みながら答えた。

 

「アーニャちゃん、だよね?」

「正解です」

 

 特に意味のないやりとりだったが、なんだか楽しくてアナスタシアはようやく美波の隣に腰を下ろした。

 そこでようやく美波の視界にアナスタシアの顔が視界に入った。

 

「ご機嫌だね、アーニャちゃ……わ、どうしたの? その帽子」

「えへへ、どうですか?」

「よく似合ってるよ」

「スパスィーバ」

 

 薄い青色のストローハットを自慢げに見せるアナスタシア。その様子や仕草はとても可愛らしかったが、アナスタシアが選んだものには見えなかった。

 

「それ、どうしたの?」

「帽子屋さんで買いました」

「うん、そうじゃなくてね。誰かと買いに行ったの?」

「ハイ。ハルカと行きました」

「へっ?」

「これ、ハルカが選んでくれた帽子です」

 

 ピシッ、と固まる美波。よく知らない人を悪く言うのは好きではないが、正直今だにどういう子なのか分からない。

 まぁ、目の前のアナスタシアが懐いてるから悪い子ではないんだろうが……。

 だが、それ以上に少し気に食わなかった。何故なら、変人なのにアナスタシアにここまで似合う帽子を見繕う事ができるのは羨ましかった。

 

「そ、そっか……。良かったね」

「はい。お気に入りです」

「仲良しなんだ?」

「でも、ハルカは酷いんです」

「何かされたの⁉︎」

 

 偉い剣幕で心配され、アナスタシアは数回瞬きをした。え? どうしたのそんな心配して? みたいな感じで。

 

「い、いえ……されてない、ですが……」

「そ、そっか……。良かった。じゃあ酷いって……?」

「ハルカ、絵を描くのが上手です。でも、その絵が川でよく分からない生き物が爆発したりしてる絵でした」

「ごめん、その説明がよく分からない」

「……私も説明難しいです」

 

 それほどまでにその絵はメチャクチャだったようだ。なんにしても女の子に見せる絵ではないことだけは察した美波は呆れたようにため息をついた。

 

「はぁ……なんだか変な子もいたものね」

「はい。本当に変な人です」

 

 でも、その変な人を気に入ってる自分がいるのにアナスタシアは気付いていなかった。

 アナスタシアの中の行動パターンには「暇だ→ミナミと遊びたい→ミナミには彼氏がいる→じゃあハルカと遊ぼう」と既に美波の次の位置に遥が組み込まれていた。

 

「でも、アーニャちゃんはその子の事気に入ってるんでしょ?」

「はい。色んなことを教えてくれますし、一緒にいてとても楽しいです」

「そっか……。なんだか恋人さんみたいだね」

「……コイビト?」

「そ、恋人」

 

 言われたが、キョトンとしたまま動かないアナスタシア。やがて、首を小さく捻った。

 

「……どの辺がですか?」

「うーん……自覚はないんだ……」

 

 呆れながらため息をつくと、美波は額に手を当てた。小さくため息をついてから、遥に心底同情してしまった。多分、苦労してるんだろうな、的な。

 まぁ、無自覚で相手に好意を伝えるのはアナスタシアの良いところでもあるので、黙っておくことにした。

 

「ね、アーニャちゃん」

「なんですか?」

「恋愛とかしたことある?」

「レンアイ、ですか?」

「そ」

 

 その代わり、別のことを聞いてみた。

 

「いえ、あまり……私、恋愛とかは少し分からないので……」

「ふーん……私と遊歩くんみたいなのだよ」

 

 美波には彼氏がいる。夏休みに出会い、面倒を見たり見られたりする関係だったのが、徐々に仲良くなって恋人同士になった関係だ。

 それを聞いて、アナスタシアはキョトンとした顔で確認するように聞き返した。

 

「……私、ハルカにアイアンクローしませんよ?」

「ごめんね、そうじゃなくて……」

 

 そうだった……と額に手を当ててから説明の誤りを理解する美波。で、改めて説明し直した。

 

「だからね、恋人同士みたいだなって」

「……そうですか? 恋人同士、というのがよくわかりませんが……」

 

 それも分からないのか、と思ったが、まぁ恋愛を知らない子に恋人っぽさなんて分かるはずもないかと思い直した。

 

「まぁ、二人とも仲良しだねってこと。恋人かな? って思うくらい」

「恋人は友達より仲が良いのですか?」

「え? う、うーん……まぁ、そうかな?」

「じゃあ、分かりました! 私、ハルカと恋人になります!」

「ブッフー⁉︎」

「み、ミナミ⁉︎ どうしました⁉︎」

 

 吹き出す美波に慌ててハンカチを差し出すアナスタシア。それをありがたく受け取って体を拭いてから聞き返した。

 

「ありがとう……じゃなくて! 待って待って! 今なんて?」

「どうしました?」

「違くて! 私、ハルカとなんだって?」

「恋人になります!」

「あ、やっぱりそう言ってたんだ……」

 

 落胆するようにため息を漏らしてから、仕方なさそうに説明を始めた。

 

「あのね、アーニャちゃん。恋人になるっていうのはね?」

「仲良くするってことですよねっ?」

「それはそうなんだけど……」

「……」

「……」

 

 口を開きかけたが、説明が出て来なかった。なんというか、ざっくり言えばその通りだからである。まさかセ○クスする仲とは言えないし、言うわけにもいかないし。年齢的にアナスタシアにそういう知識があってもおかしくはないから、汚れる心配はしていない。

 ただ「ミナミはシたことあるんですか?」と聞かれるのが怖かった。

 

「……ミナミ?」

「あー……」

 

 どうする、と美波は悩んだ。R-18に触れないで恋人同士がやる事……ダメだった、思い浮かばない。それは自分が彼氏とそんなことばっかしてるからだった。

 

「そうだ、今のうちにお付き合いしましょうと連絡しましょう!」

「っ⁉︎」

 

 さらにとんでもないことを抜かすアナスタシア。思わず反射的に手が伸びて、手元のスマホを奪った。

 

「まっ、まままっ、待ったぁ!」

「あっ、なんですかミナミ! スマホ返してください!」

「でっ、ででっ、デートよ!」

「?」

 

 苦し紛れに出したのはデートだった。

 

「デー……ト?」

 

 きょとんと首をかしげるアナスタシアに、美波は畳み掛けるように説明した。

 

「そ、そうよ付き合うっていうのはねっ男の子と女の子が二人きりで何処かロマンチックな所に出掛けて休日を過ごすの心臓の鼓動の高鳴りやお互いの好みをさりげなく教え合いながらねつまり相思相愛のカップルじゃなきゃ出来ないわけで……!」

 

 そこまで説明して、ビシッとアナスタシアに指をさして「そう!」と決定的かつ核心に迫ることを聞いた。

 

「アーニャちゃんは、その白石くんの事を愛してるって言える⁉︎」

「……」

 

 直後、シンッと静かになる中庭。アナスタシアも美波も何も言わない。

 が、やがて「愛してる」の言葉が効いたようで、アナスタシアの顔はぼんっと真っ赤になった。

 

「アー……アーニャ、告白やめます……」

「そうした方が良いよ」

 

 思いとどまってくれて、なんとか一息つく美波。

 その美波にアナスタシアはなんとなく気になったので聞いてみた。

 

「ちなみに、ミナミは恋人とどんなことしてますか?」

「へっ?」

「私、恋とか分からないので聞きたいです」

「あ、あー……」

 

 頬を赤らめて目を逸らす美波。どう伝えたものか悩んでいる。アナスタシアだから茶化しとか冷やかしをするような真似はしないと思うが、それでも言うのは躊躇った。

 しかし、アナスタシアの目は気がつけば真面目なものになっている。この目を前にしてはぐらかすことは出来なかった。

 

「……まぁ、別に普通よ。デートして一緒に遊んでどちらかの部屋に泊まってご飯作ってあげたり作ってもらったり……」

「……それ、ミナミは恋人になる前もやってましたよね?」

「……へっ?」

 

 言われて「あー……」と息を吐きながら美波は頬をぽりぽりと掻いた。

 

「あのね、アーニャちゃん。あの時は、こう……怪我してたからだからね? それから色々と流れもあって……普通の関係の男女は簡単にお互いの部屋に上がらないからね?」

「そう、なんですか?」

「そうよ。部屋に上がるのは普通は恋人同士になってから」

「でも、私この前ハルカの部屋に上がりましたよ」

「へ?」

「一泊しました」

「……はっ?」

 

 直後、美波から冷たいオーラが流れた。

 

「……アーニャちゃん、どういう事?」

「実は、ハルカに夕飯をご馳走してもらいまして、その時に一緒にゲームして……それで、つい眠ってしまいました……」

 

 言われて、美波は額に手を当てた。

 

「アーニャちゃん……付き合ってもない男の子の部屋に泊まっちゃダメ」

「なんでですか?」

「白石くんがどんな子だか分からないけど、男の子の部屋に泊まるっていうのは、何されても文句言えないんだから」

「……何されてもって……喧嘩とかですか?」

「うん、もうその認識でも良いわ。だから……まぁ、白石くんが信頼に当たる人間じゃない限りは……」

「大丈夫ですよ、ミナミ」

 

 そう言うと、アナスタシアは微笑みながら続けた。

 

「私、ハルカの事信頼してますから」

「……そっか」

 

 一度しか会ってないが、その白石はとても幸せだな、なんて思いながら美波はアナスタシアの頭を撫でながら聞いた。

 

「ちなみに、アーニャちゃんは白石くんのこと好き?」

「はい♪ 大好きです」

「……」

 

 やっぱり大変そうだなと思った。

 

 


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