嘘の仮面   作:妖魔夜行@

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遅くなってしまい申し訳ございません。
嘘の仮面、最終話です。
どうぞ。


最終話

「なんで僕が、もう一人……?」

 

そうか…これは夢か。なら起きよう。起きてこんなふざけた夢なんかさっさと忘れよう。

 

『おいおい現実逃避をするなよ。あ、でもここは現実じゃ無いから現実逃避とは言わないか』

 

言っているが僕はそれを聞き流して自分に言い聞かせるように唱える。

 

「起きろ…起きろよ…これは夢なんだ。夢だって分かれば目が覚めるだろ……なんで、なんで覚めない……!」

 

『あー…必死になってるところ悪いんだが、ここ夢でもないんだわ』

 

は……?どういう事だ。

 

『まぁまぁ、立ちっぱなしってのもアレだし取り敢えず座って話そうぜ』

 

仮面の僕が指を鳴らすと何も無いところから突然テーブルとソファが現れる。そのソファにどっかりと腰を下ろすと目線で僕にも座るよう促してくる。

渋々座ると仮面の僕はまた指を鳴らした。すると今度はテーブルの上にコーヒーの缶が現れた。いつも僕が愛飲しているものだ。

 

『飲めよ。安心しろ、毒なんか入ってない普通のコーヒーさ』

 

コーヒーの缶を開けて飲み始めたのを見て、僕も恐る恐る口をつける。

何ともない、飲みなれた苦い味がした。

 

『落ち着いたか?』

 

見計らったように話しかけてくる。その対応に少しイラつきを感じてしまう。

 

「…まぁ、少しは」

 

『ならいいさ。正気を失っているのに比べたら全然マシだからな』

 

そう言って僕と似たような動作でまたコーヒーを飲む。

 

『似たようなって…当たり前だろ?仮面()(お前)なんだから』

 

「そうだ…それについてもまだ聞いていない。全部、答えてもらうよ」

 

『はいはい。慌てなさんさって。時間なら、沢山あるんだからな』

 

僕と同じ顔をして、仮面の僕は笑った。

 

 

「日菜先輩、大丈夫ですか?」

 

「ありがと…大丈夫。…うん、泣いたらなんかスッキリした」

 

ひーちゃんが聞くと日菜さんは、目元を拭いて立ち上がってそう言った。

 

「よし、じゃあ影山さんの病室行こ!流石にもうリサちーも泣き止んでるだろうから大丈夫だと思うよ。案内は任せてね!」

 

日菜さんが扉に向かって歩き出したのであたし達もそれに着いていく。そして扉を開けるとそこには…

 

「あれ?日菜?それにモカ達まで…どうしたの?」

 

先程話に出てきたリサさんがいた。日菜さんと同じように目元が赤く腫れているので恐らく少し前まで泣いていたということが推測できる。

 

「あ、リサちー!もう大丈夫なの?今から影山さんの病室にみんなでお見舞い行こうと思ってたんだー!」

 

あれ…?日菜さん…リサさんを心配するのはいいですけどそんなストレートに聞いていいのかな…?さっきの話を聞く限り会ってはいないみたいだったけど……。

 

「え?大丈夫ってどういう…ぇ、ぁあ!?ひ、ひひ日菜?まさか…見てたの?」

 

「へ?うん」

 

「……どこからどこまで見たの?」

 

「最初から最後までだよ?あ、蘭ちゃん達にもちゃんと話しといたよ!」

 

あ、リサさんが固まった。蘭達も必死にフォローしているけどこれはもう遅いね。

 

「ううう…日菜のバカぁ……」

 

「リサさん…その、ドンマイです」

 

「り、リサさん。元気だして下さい!あたし達誰にも言いませんから!むしろ応援しますよ!ね、ともえ!」

 

「お、おう!勿論!つぐだって誰にも言わないよな?」

 

「へっ?う、うん!」

 

それから暫く蘭達による励まし合戦が行われた。原因の日菜さんは全く反省してないけど。

 

「そー言えばリサさん。お見舞いはもういいんですか〜?」

 

「もう恥ずかしくて外に出れない……いっそのこと皆の記憶を消せば………え?なに、モカ?」

 

今なんか凄い怖い言葉が聞こえた気がしたんですけど……。

 

「えっと〜、お見舞いはもういいんですか?」

 

「あー…うん。それがさ、アタシが影山さんの病室から出た後すぐにこころと黒服の人達がやって来てさー。話を聞いてみたら何か影山さんを他の病院に移動させるみたいなんだよね」

 

「へ〜移動させるんですか〜………」

 

………へ?移動?どゆこと?

 

あたしだけでなく、リサさんを除いた全員が困惑していた。

 

 

僕の目の前にはニヤニヤと腹のたつ笑みを浮かべている仮面の僕がいる。

 

『さて、まず何について聞きたい?』

 

「僕をここへ連れて来たのは君?」

 

『そうだな。ここに連れて来たのは仮面()だな』

 

…なんか含みのある言い方だね。

 

『ここに連れて来たのは仮面()だが、きっかけを作ったのは(お前)だよ。(お前)、花園たえに仮面を剥がされてCiRCLE飛び出してから記憶あるか?』

 

花園に仮面を剥がされた………ああ、あの日か。そう言えば飛び出してずっと走ってたんだっけな。

 

『そうそう、思い出して来たな。それで(お前)が走ってるとすぐ近くに雷が落ちてその衝撃と溜まってた疲労で気を失ったんだよ』

 

そう言えばそんな感じだったような……じゃあ僕はそのあとどうなったの?

 

『その後…5分くらいだったっけな。たまたま通りがかったハロハピの奥沢美咲が弦巻こころを呼んで弦巻こころの…なんつったっけな……ああ思い出した、黒岩だ。弦巻こころのお付きの黒服、その一人の黒岩が運転する車に乗って病院へ行ったんだよ』

 

へぇ……じゃあ僕は今入院してるの?

 

『まあな。相俣大学付属病院に入院している。してるんだが……弦巻こころが何かしようとしてるみたいなんだよな…』

 

弦巻が…?なんで?何を?

 

『いや知らないよ。あの手のヤツが考える事なんか分かるわけが無い。それは(お前)もよく分かってるはずだろ?』

 

……まあね。で、結局ここはどこなの?

 

『うーんそうだな…生と死の狭間ってところだな』

 

生と……死の、狭間…?

 

『そう。さっき(お前)は入院してるって言ったよな?何で入院してるかって言うと、(お前)が昏睡状態に陥ってるからなんだよ』

 

………昏睡状態?

 

『そ、昏睡状態。統合失調症の陰性症状から派生したやつらしいぜ。回復の見込みは無いって言ってたなぁ』

 

統合失調症……そのせいで、昏睡状態に………?しかも回復の見込みはない…………?

 

僕が……?

 

なんで……、なんでだよ。

 

僕、何かしたっけ?何か、悪いことしたっけ…?

 

ねぇ、答えてよ……

 

『………』

 

…なんで、なんで黙ってるんだよ。答えてよ、さっきまでベラベラ喋っていたじゃないか。

 

『……………』

 

……答えろよ。

 

『………………』

 

「答えろぉぉおおおおお!!!!!!!」

 

『……るっせぇなぁ。ぎゃあぎゃあ喚くなよ。あーあ、みっともないねぇ。大の大人が喚き散らすのは』

 

うるさい……!!黙れ…!!

 

『少しは気が晴れたか?仮面()に八つ当たりするみたいに怒鳴ってさ』

 

黙れ!!

 

『はぁ…今の(お前)のそんな姿を月島まりなが見たらどう思うかね』

 

っ!…………。

 

『やっと落ち着いたか。やっぱり(お前)はここだと本音が出せるようだな』

 

……どういうことだよ。

 

『はいはい、話すから話すから。取り敢えず座り直せよ。全くテーブル壊しやがってさ…まあ直ぐに直せるけど』

 

…その指を鳴らすと、何でも出せるの?

 

『まあな。つってもここの空間の力で出来るわけで、仮面()の力ではないんだけどな』

 

………………。

 

『分かってる分かってる。ちゃんと話すって、それも含めてさ。(お前)が疑問に思ってること全部、な』

 

 

先程僕が壊してしまったテーブルは仮面の僕が指を鳴らすと新品の状態に戻った。テーブルの上にホットミルクが入ったマグカップが置いてある状態で。

 

『飲めよ』

 

「……ありがと」

 

『驚いた、まさか(お前)の口からお礼の言葉が出てくるとはな』

 

僕だってお礼くらい言うさ。最初から思ってたけど僕の仮面だけあって憎たらしい性格してるな。

 

そんな事を心中思いつつホットミルクを飲む。適温だったので火傷することもなく一気に飲み干した。

 

『あのなぁ…仮面()を作り出したのは(お前)だからな?忘れてるわけじゃないだろ?』

 

「さっきから僕が口に出してないのに答えてるけど…僕の心を読めるの?」

 

『まあな。さっき言った通り仮面()(お前)の一部だからな。(お前)の考えてることなんてお見通しさ』

 

「…じゃあ生と死の狭間とか言ってたのは…?」

 

僕がそう聞くと仮面の僕は少し考える素振りを見せ、答える。

 

『それはそのままの意味だ。これからの(お前)の選択によって生きるのか死ぬのかが決まるからな』

 

先程まで見せていた笑みを引っ込めて真面目な顔で仮面の僕は話す。どうやら嘘は言っていない様なので質問を続ける。

 

「ここの空間の力っていうのは?」

 

『ありとあらゆるイメージを実体化する事が出来る。(お前)もイメージすれば出来るさ。こんな風にな』

 

仮面の僕がまた指を鳴らすと今度は僕らを中心に家が出てきた。真っ白だった地面はフローリングになり、その上にはカーペットが敷かれている。

壁にはカレンダーや時計が掛けてあり、冷蔵庫やテレビも置いてある。

まさに理想のマイホーム、と言った感じの家だ。

 

僕も試しに何か出してみようとイメージする。取り敢えず思い浮かんだトイプードルをイメージすると、僕の膝の上に子犬のトイプードルが現れた。

 

「わっ、本当だ……しかも暖かい…生きてる…?」

 

『正確には存在している、だ。仮面()(お前)もその犬もな。この空間は(お前)の夢をベースに出来ているんだ。夢ではないって言うのもそれが理由だ。だから大抵の事はなんでも出来る』

 

死ぬ事と生きる事は出来ないけどな、と笑いながら仮面の僕は付け足す。

 

「それって、生きるか死ぬかは選ぶことしか出来ないから……?」

 

『そうそう、大分理解してきたじゃん。まあ選ぶのはまだいいさ。今は(お前)の疑問を解決していくのが最優先だからな』

 

「僕の…疑問…?」

 

『この空間で疑問に思ったこと、まだあるだろ?言ってみろよ。例えばなんで仮面()は最初から(お前)の目の前に現れなかったのか、とかさ。色々あるだろ?まさかそんな事も思いつかなかったのか…?』

 

足を組んで肘をついて、呆れた目線を僕に送ってくる。軽くイラッとしたが、そこは抑えて考える。

先程仮面の僕が言ったように何故最初から現れなかったのかという事、そして、なんの為に僕の目の前に出てきたのか。

 

『…そうだな。じゃあまず最初の疑問に答えてやるよ。仮面()は現れなかったんじゃない、現れることが出来なかったんだ』

 

「出来なかった?」

 

『ああ。仮面()(お前)に姿を見せるには仮面()のことを(お前)が気づいてくれなきゃいけないんだ。この空間はありとあらゆる物を生み出すことができる。が、ある程度イメージが無いとこんな風に物を生み出すことは出来ないんだ』

 

硝子で出来たよく分からない彫像を生み出しながら話す仮面の僕。が、途中でその彫像は砕け散ってしまう。

 

だから僕に自分の存在をアピールする為にあんな事をしたのか…なんか想像するとおかしいな。

 

『うるせぇ。こっちだって必死なんだよ。さぁ話を戻すぞ。仮面()は何度か(お前)の脳内に直接話しかけることによって(お前)に違和感と言う名のイメージを覚えさせた。それから暫くたったが(お前)が気付いてくれたから仮面()は出てこれたってわけだ』

 

「なるほど…じゃあ次だよ。何故、僕を連れて来た?何で僕の前に出てきたの?」

 

僕が一番疑問に思っている事だ。なんの為に僕を連れて来たのか、そして仮面の僕がわざわざそんな面倒な手順を踏んでまで現れる意味が分からない。

 

『ふぅ……』

 

僕の考えを読み取ったのか、仮面の僕は短く息を吐いた。そしておもむろに口を開いた。

 

(お前)をここに連れて来たのも…(お前)の前に仮面()が出て来たのも…全部、仮面()(お前)と話したかったからだ』

 

「話し…たかった…?」

 

どういう、ことだ……?

 

『ああ。(お前)が壊れないうちにな。今回連れて来る事が出来たのは本当に幸運だった。まあ(お前)にとっては昏睡状態になってるし不運なんてもんじゃないだろうがな』

 

「ちょ、ちょっと待って。僕が壊れる?」

 

『自分で分からないわけじゃ無いだろ?アイツらと親しくなればなるほど仮面は重くなり、近付けば近付くほど心が壊れていく。今井リサ、青葉モカ、氷川日菜、弦巻こころ、花園たえ…特にこの5人にはかなり苦しめられた筈だ。あの5人と会ってから仮面の重圧は増加していき俺の心は重圧に耐えきれず潰されていく……本当は気づいてたんだろ?もう少しで自分が自分じゃなくなるって事を…』

 

今まで話をしていた中で一番感情が込められていた話だったと思う。

そう言えば彼は僕なんだったっけ。それなら感情も籠るか…。

 

僕は、仮面に向かって話し始めた。

 

「…薄々気付いてたさ。

仮面を付けたままあの子達と話していると自分の何かが欠けていくのが感じて、それは日を追う事にドンドン増えていってる気がした。

君の言う通り、このままじゃ僕はいつか僕じゃなくなってしまうんじゃないかって思ったよ。

でも、僕は仮面を外すことが出来なかった。だって、仮面を外したら僕の素顔が出てしまう。

そしたらまた僕は一人になってしまう。

一人は嫌なんだ…だから僕は仮面を作ったんだ。

君なら分かるだろう?だって君は僕が作り出した仮面なんだから!

ああそうさ!!僕は一人が嫌なんだよ!!!

だから仮面を作ったんだ!!誰からにも好印象を持たれるように観察して研究して!やっと作り出したんだ!!

嘘で固められ、嘘をつき続ける為に作り出した、嘘の仮面を!!!

自分が普段から嘘をついていれば、 もう、もう、僕は他人の嘘を見なくて済むと思ったから…言葉の裏側に見えるドス黒い本音を、見ずに話せると思ったから………

嘘さえ見なければ、友達になれると思ったから………一人にならなくてすむと、思った、から…」

 

僕の、本当の言葉。

心の奥底に封じ込まれていた、心の叫び。

それは、一度話し始めると、留めなく溢れ出てきた。

みっともなく、駄々を捏ねて泣き喚く子供のようだった。

 

 

『一人じゃねぇだろ』

 

 

 

自分と同じ声が響いた。軽蔑するわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく、淡々とした声色が聞こえた。

 

 

 

『月島まりながいるだろ。俺が仮面をつけ始めてから家族以外には見せなかった素顔を唯一知って、理解してくれている、月島まりながな』

 

 

 

まりなさんの顔が脳裏に映る。そうだ―まりなさんは、理解してくれていた。僕のことを―ちゃんと、僕の素顔を見て、受け入れてくれた。

 

 

 

『青葉モカだって、仮面の存在に気付きかかってたはずだ。俺が一歩踏み出せば、そして理解して貰えるよう話せば、きっとアイツも受け入れてくれた筈だ』

 

 

 

『今井リサに関しては俺が素直に話していればすぐに受け入れた筈だ。知っての通り、アイツは仮面の方に好意を持っていたからな。あんな風に教えるんじゃなくて、俺が仮面を外すタイミングを考えていれば楽に話せたぜ』

 

 

 

『氷川日菜は…どうだろうな。流石に初対面で話すのは無理だが時間をかければお互いに険悪にならなくて済むような関係になれるだろうな。軽口を叩き合う仲になれたはずだ』

 

 

 

『弦巻こころはなぁ…あれは俺が必要以上に弦巻こころを恐れたのが原因だからな。確かにあの時の俺にあの笑顔は眩しすぎたかもしれないが、今なら……いや、何でもない。そう怯えないであのまま楽器店行ってれば打ち解けられたかもな』

 

 

 

『あとはアイツ…花園たえだな。正直俺にとってはトラウマもんだろ。仮面を剥がした張本人と言ってもいいしな。だが案外、出会い方が違えば似たもの同士って事で仲良く出来ただろうな』

 

 

 

 

 

『今言ったこの5人も、俺の中では良くも悪くも大きな存在になってんだよ。俺が何度突き放そうが決して離れてくれないほど俺の中で大きい存在にな。だからもう一度言ってやる』

 

 

 

お前(・・)は、一人じゃないんだ』

 

 

 

その言葉に、嘘は隠されていなかった。

 

 

「こころ!」

 

先程、知り合いがベッドに寝かされたまま黒服の人達に連れていかれるのが見えて、慌てて追いかけた。

そこにはいつもの調子と変わらない彼女がいた。

 

「あら美咲。どうしたの?そんなに慌てたりして」

 

「すぅ…はぁー……どうしたのじゃないよ!影山さんをどこに連れてこうとしてんの?」

 

あたしは切らした息を整えて、事の発端であろうこころに理由を聞く。

 

「私の家の隣に建てた病院よ!黒岩が用意してくれたんだからここよりもずっと良いはずよ!!」

 

ああ、なるほどね。確かに良い機材が揃っている病院の方が……ちょっと待て

 

「聞き間違いかな?……病院を建てた?」

 

「そうよ!」

 

腰に両手を当てて満面の笑みを浮かべながらこころは答えてくれる。

 

「どこに?」

 

「あたしの家の隣よ?さっきも言ったわよ?」

 

そう言えば…黒岩さんに頼んでたね。影山さんを救ってだとか何とか……イヤでも、だからと言って数週間でここよりランクの高い病院を建てたの?しかも自分の家の隣に?ハリキリすぎじゃないかなー黒岩さん…。

 

チラリと黒岩さんの方に目を向けると黒岩さんは、いつもと同じ表情で頷いた。

 

いや頷かれてもね………。

 

「ホント…アンタのやる事聞くといっつも頭痛くなる…」

 

「こころちゃーーん!!ちょっと待ってええ!!」

 

「ええ〜い、待たれよ〜!」

 

あたしが頭を抱えていると後ろから大声が聞こえた。振り返ってみるとそこには自分と同学年の友達と2人の先輩がいた。正確には2人の先輩の片方の手と同学年の5人のうちの1人が他の人たちを突き放して走りながら叫んでいた。

 

「日菜さんと青葉さん?どうしたんですかそんなに慌てて」

 

あたしが尋ねると日菜さんは額の汗を拭いながらあたしに迫ってきた。

 

「こころちゃんが影山さんを違う病院に連れていくって聞いたから大急ぎで来たんだよ!」

 

「そ〜そ〜、だから急いで走ってきたってわけ〜」

 

青葉さんは余り疲れてなさそうだな……。

 

2人の話を聞いているとリサさんと美竹さん達が息を切らしてやって来た。

 

「はぁっ、はぁっ…二人とも早すぎ……」

 

「あ、蘭〜遅かったね〜?」

 

「モカ達がっ、早すぎるっ、だけでしょっ…はぁ…ふぅ……」

 

皆はその場で軽く息を整えるとこころに詰め寄って肩を掴み揺さぶり始めた。

 

「ちょっと、こころアンタ何やってんの?病人連れ出すとか、バカなの?」

 

「蘭!落ち着けって!」

 

慌てて巴さんが止めに入る。美竹さんはハッとすると直ぐにバツの悪そうな顔になり小さな声でこころに謝った。

 

「あ……ごめん…」

 

「ケホッ、ケホッ。一体どうしたの蘭?あ!影山の事が心配なのね!でも安心して!黒岩がここよりも凄い病院を建てたからそこに行けばきっと直ぐに良くなるわ!」

 

「は、はぁ!?なんでそうなるの!別にあたしは…って病院を建てた?」

 

まあ突っ込むよね。いきなり会話の中にそんな単語が出てきたらそりゃ聞き返すよね。

 

あたしと同じ行をしている美竹さんを眺めていると黒岩さんが割って入り、近くに止めてあった弦巻家の車のドアを開けてあたし達に入るよう促した。

 

「詳しい事は移動中に話しますので、どうぞお入り下さい。いつまでも立ち話をしていると影山様のお体にも障ります」

 

「そうね!さ、みんな乗ってちょうだい!」

 

黒岩さんとこころの2人に言われて青葉さんと日菜さんはさっさと車に乗り込んだ。それを見て美竹さんも渋々と乗り、リサさん達もそれに続いた。

 

最後にあたしが乗るとドアが閉められ車が発進した。

 

「それじゃあこころちゃん。モカちゃんも蘭ちゃんも知りたいみたいだから説明してくれるかな?」

 

「ちょっ!つぐみ!?べ、別にあたしはなんとも……」

 

発車してすぐに羽沢さんがこころに話しかけた。横で美竹さんが顔を赤くしながら何かブツブツ言っているがスルーしている。

 

「そうね!黒岩!」

 

「はい。まず影山様を移動させる病院についてですが…弦巻家全面監修のもと建てられた病院なので欠陥などは有りません。そして相俣大学附属病院とは違い最新鋭の医療機器、海外の医学にも精通している医療スタッフが何人もいます。管理体制も充分です。影山様がいつ目覚めるか分からない現状、ここで経過を見るよりはいい報告が聞けるかと思います。先程、我々が院長に説明をして移動させる了承が取れたので影山様を運んでいた……ということです。説明は以上になりますが、質問はありますでしょうか?」

 

「あ、じゃあ。いいですか?」

 

ずっと黙っていた上原さんが控えめに手を挙げる。

 

「こころちゃんの病院に行けば影山さんは治るんですよね?」

 

「……はい、治してみせます。それがこころ様に命じられた言葉なので」

 

いつもと変わらぬ淡々とした声だったが、黒岩さんの口元を見ると笑顔だった。

上原さんもそれを見たのか安心したように息を吐いて頷いた。

 

そして、車が走ること10分。弦巻家の隣にそびえ立つ病院へ着いた。

 

もう少しで、影山さんが目を覚ます。

 

 

僕は一人じゃない。一人ぼっちじゃなかった。

それを聞いて僕の心は救われた。

 

『……もう大丈夫そうだな』

 

仮面の僕が言う。その顔はここに現れた時とは違い、穏やかだった。

 

「うん…ありがとう。君のおかげで、大切な事に気付けたよ」

 

憑き物が落ちたような清々しい気持ちだ。

もう、自分に嘘をついて偽らずに本心で話す事が出来るだろう。

 

『そうか……なら、そろそろ選んでもらおうか』

 

穏やかな顔から一転して真剣な表情になる。そして仮面の僕が目を瞑り指を鳴らすと仮面の僕と僕に背を向けるように大きな扉が1つずつ現れる。

 

『いつまでもここに留まり続けるのは外にいるアイツらに悪いだろうしな』

 

「選ぶ……」

 

僕の正面に見える扉は暗い色をしておりかなり巨大だ。その大きさは僕の身長をゆうゆう超えており、扉はとても分厚く、地面からは1メートル程間を空けて浮いている。

 

振り返ってもう一つの扉を見てみるがその扉も前にある扉とは変わらない大きさだった。違うところがあるとすればあの扉よりも多少明るい色になっているところくらいだ。

 

「これって、どっちがどの扉なの?」

 

『ん?ああ、教えてなかったな。仮面()の後ろにあるのが死後の世界へ続く扉で(お前)の後ろにあるのが元の世界へと続く扉だ』

 

コンコンと自分の後ろに浮いている扉を叩きながらそう話す。

 

「まあ…それなら迷う事も無いね」

 

僕は仮面の僕が先程叩いた扉に向かって歩き出す。

それを見て仮面の僕はギョッと驚き慌てて僕を手で制した。

 

『お、おいおい!なんでこっち来てんだよ!?こっちは死後の世界に行く扉だぜ!?』

 

「……」

 

仮面の僕の目の前まで歩くと立ち止まると、戸惑いを隠せない顔で僕の顔を見上げている。

 

『どうしたんだ?もう決めたんだろ?早くアイツらの元へ帰ってやれよ』

 

「………キミは…」

 

『あ?』

 

「…僕が現実世界へ戻ったら、キミはどうなるの?」

 

『!………………』

 

「その反応から察するに……消えちゃうんだよね」

 

僕の言葉に彼は諦めたように息を吐くと後頭部をガリガリと搔いて項垂れる。

 

『…だったらどうするんだ?』

 

「どうするんだ…って、キミはそれでいいの?消えちゃうんだよ…!?」

 

これから死んでしまうというのに冷静な彼に思わず声を荒らげてしまう。

彼は顔を上げると鋭い目付きで僕を睨んできた。

 

『どうしようもないんだよ。ただ(お前)にとって仮面()がいらなくなった、だから仮面()という存在が消失する。それだけだろ?』

 

「っ!キミは、それでいいのかよ」

 

『どうしようもないと言っている。そもそも何故そんなに食い下がろうとする?(お前)にとってはやっと自分偽らずに、アイツらに嘘をつかなくて済むようになるんだ。むしろ喜ぶところだろ?』

 

「そうだけど…そうかもしれないけど……!!」

 

自分のことなのにあっさりと、まるでタネがバレた手品の感想を言うように淡々とした口調で話す彼に、何故そんな他人事みたいに話せるのか理解できず、イラついた口調になる。

 

『……はぁ…じゃあ俺はどうしたいんだ?存在価値を失った仮面を捨てて戻るのか、それとももう必要なくなった仮面を再び付けるのか。どっちなんだ?』

 

「僕は…………」

 

選択肢を突きつけられ押し黙ることしか出来なくなる。彼は再びため息をつくと窘めるように話しかけてきた。

 

『忘れてるかもしれないが…仮面()という人格が存在できるのはこの空間だけなんだ。どっちにしろ現実世界へ戻れば仮面()は消えるんだよ。分かったらさっさと帰――』

 

続く言葉を遮るように突然轟音が鳴り響く。それと同時に地面が揺れ始め、体勢を崩してしまう。

 

「な、なに!?」

 

『こいつは……まさか!?』

 

そう言うと仮面の僕の姿は消えてしまった。

僕が動揺しているとこの空間が音を立てて壊れ始めた。

その事に驚いていると仮面の僕が現れ、焦った様子で叫んだ。

 

『くそっ!アイツらやりやがった!バカがやる事だぞあんなん!!おい(お前)!!こっちに来い!!!』

 

「えっ、ちょちょっと!?」

 

手を捕まれ起こされると正面にある扉に向かって引っ張られる。

 

「そっちは死んじゃう方の扉じゃないの!?」

 

『事情が変わった!!後ろを見てみろ!』

 

言われるがまま後ろを振り向くと先程まであったはずの扉がガラガラと音を立てて崩れていくのが見えた。

 

「な!?」

 

『オラァ!!』

 

驚く僕を尻目に仮面の僕は扉に蹴りを入れた。するとギギギと重く大きい音を立てて扉が開き始めた。

 

『こっちの扉から出ろ!早く!!』

 

「ま、待って!キミも一緒に!!」

 

仮面の僕に服の襟を掴まれて扉の向こうへ押されそうになるが、何とか踏ん張り僕はそう話す。

彼はそれを聞くと黙り、動きを止める。

 

『…………』

 

「確かにもう必要ないかも知れない!嫌な思い出もある!だけど!僕はキミがいたから今、本当の自分を見つけることが出来たんだ!」

 

『……それだけ聞けたら()も満足さ』

 

「何言って、がっ!!?」

 

背中に強い衝撃を感じたと思うと、直後に浮遊感を覚える。後ろに視線を向けると右足を突き出した仮面の僕が見えた。

手を伸ばして掴もうとするが、その手は届かず虚しく空を切る。

 

「待っ―」

 

『―――――――――――――――』

 

彼は二、三度口を開くと満足したような笑みを浮かべて背を向けてしまう。先程いた空間から遠ざかるにつれて段々と視界が暗くなっていく。

空間が完全に崩壊して見えなくなると自分の視界が暗闇に包まれる。

 

時間が経つにつれ、どんな体勢になっているのか分からなくなり、自分が上を向いているのか下を向いているのかも分からなくなる。

 

どれくらい経ったのか…突然体全体に走った衝撃で意識が浮かび上がる。そして光が目に飛び込んできたことに驚き小さく唸る。

 

「ぅっ……」

 

「―――!――ん!!」

 

「ぐぅ……こ、こは…?」

 

「―な!!―まさ――め――よ!!」

 

聞き覚えのある声が耳に届く。うっすらと開いた目を声の聞こえる方に向けると涙を浮かべた少女達がこちらに声をかけてる姿が見えた。

 

「影山さん!!聞こえますか!!?」

 

「いま、い?」

 

そこには先日酷い言葉を浴びせてしまった少女、今井リサがいた。目には涙を浮かべている。

 

「影山さん…本当に目が覚めたの?」

 

「その声は…青葉か…」

 

声のした方に目を向けると今井と同じように涙を浮かべた青葉が立っていた。そして周りをよく見てみると見知った顔の少女達が僕を取り囲むようにして立っていることに気がついた。

 

「……これってどうなっ―」

 

「影山さん!!!良かった!!目が覚めて、本当に良かった…!!」

 

「…………影山さん…!!」

 

「うわっ!?」

 

左右から今井と青葉に抱きつかれる。目が覚めてから情報量が多くて混乱するし、抱きつかれて少し息苦しさを感じるが……僕は二人に、そしてみんなに聞こえるようにこう言った。

 

「とりあえず…ただいま」

 

『おかえりなさい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと二人とも、そろそろ息が出来なくなりそうだか、ら、離、し……」

 

「え、あ!か、影山さーん!!」

 

「ちょっとリサちー!強く抱きつきすぎだよ!」

 

「リサさん〜、手加減しましょ〜よ」

「いやモカちゃん!貴方もくっついているからね!?というか想くんは病み上がりなんだから離れなさーい!!」

 

 

 

今までの日常とは、少し違った日常が戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「想くーん。カウンターに置いてあるバンドのポスター貼ってー」

 

「はーい」

 

僕の目が覚めてから数週間後、僕はまたCiRCLEで働き始めた。退院自体は1週間もかからずに出来る予定だったのだが念の為にまだ入院してた方がいいと周りに押されて2、3週間近く入院していた。

あと入院してる時に何度か驚く事があった。例えば僕が入院してた病院が実はこころ(・・・)の家が建てたって事とか、嫌われてたと思ってた日菜(・・)が友好的……うん、以前より親しく…いや馴れ馴れしく接してくるようになったりだとか、あとは…………

 

「そーうさん」

 

「ん?ああ、モカ(・・)。おはよぉおう!」

 

「どうしたんですかー?そんないきなり大声で叫んだりして〜」

 

「お前がいきなり抱きついて来るからでしょーが。離れんかコラ。これからポスターはんなきゃいけないんだけど」

 

そう。モカのこの態度だ。

実は入院している間にモカが僕に恋愛感情を持っていることを告げられて告白された。僕は「モカの事は嫌いではないがそういう目では見れない」と断った。そうしたら何故かこんなふうに露骨にアピールしてくるようになってしまった。本人曰く、「モカちゃんのナイスボディーでメロメロにしてからもう一度告白しま〜す」との事。

僕としては街中で突然抱きつくのだけは勘弁して欲しい。

 

「あー!モカー!!なに抜け駆けしてんのー!」

 

「あ、リサさーん。おっはー」

 

「おはようリサ(・・)。早速だがコイツをはがすの手伝ってくれないかな?」

 

そうそう。実はリサからも想いを告げられた。まあ彼女とはまりなさんの次くらいに長い付き合いだし好意を持たれていたのは薄々気がついていた。が、モカと同じ理由で断らせてもらった。あの時の悲しそうな笑顔は忘れられない。その後にリサは「これからも今までと変わらない態度でよろしくね」と言ってきたのだが、モカの行動を見て自分も負けてられないと思ったらしく今ではリサも抱きついてくるようになった。

リサの方は人目がある場所ではわきまえてくれてるので此方の精神的疲労はあまり溜まっていない。

 

「はーなーれーなーさーいー!」

 

「モカちゃんは断りまーす。も〜、そんなにリサさんも抱きつきたいんですかー?それなら…はいっ、ど〜ぞ〜」

 

言うが否やモカは背中から左腕に抱きつく場所を変えてリサに差し出すように俺の体を近づけていく。

 

「えぇ……!……えいっ!」

 

「…………仕事、出来ないんだけど」

 

この後バンド練習に来た美竹と湊に白い目で見られたのはまた別の話。

 

 

「そーうさん!ドーン!」

 

「おわっ!?ちょっと日菜、危ないだろ」

 

「えへへー。ビックリしたでしょ、想さん?」

 

ある日、街を歩いていたらいきなり背中を押されて前につんのめってしまった。振り返るとニヒヒと笑う日菜が立っていた。

 

「いきなり何するんだ全く…と言うか今日は紗夜と一緒に映画見に行くんじゃなかったの?」

 

「んーとね。なんか風紀委員がやった活動報告みたいな物を纏めるから今日じゃなくて明日にしてって言われてさ、ブラブラ歩いてたら想さんを見つけてつい!」

 

「つい、でやられちゃ困るんですが…。はぁ……」

 

「あら?日菜と影山じゃない!」

 

これまた聞き覚えのある声が聞こえたので振り向くとそこにはこころがいた。隣には奥沢もおり、僕を見ると「ども」と言って軽く会釈をしてきた。

 

「こころと奥沢。偶然だな」

 

「こころちゃんと美咲ちゃん!おっはよー!」

 

「おはよう二人とも!今日も仲が良いわね!」

 

「おはようございます。あとお疲れ様です影山さん」

 

「……おう」

 

それぞれ挨拶を交わしたあと、こころと奥沢が楽器店に行くらしくそれを聞いた日菜が着いていくと言い、僕の腕をがっちりと掴んで離さないので仕方なく僕も楽器店へ行くことになった。

 

楽器店でギターを見に来ていたたえ(・・)とも会い、僕の休日が潰れるのは少しあとの話。

 

 

「ただいま……ふぅ……」

 

帰宅してベッドへ倒れ込む。

 

「……あの時の僕、最後に言ってた言葉…一体なんだったんだろ?」

 

現実世界に戻る時、最後に見た僕が喋っていたであろう言葉。

未だに何を言っていたのか分からない…。

 

「けど、まぁ。僕が言うような言葉だしね。そのうちポロッと分かっちゃうかも知れないよね…」

 

そう呟くと同時に口から欠伸が出てくる。少しだらしないが今日はこのまま寝ることにしよう。

 

「おやすみ…」

 

誰に言うわけでもなく…いや、自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いて僕は眠った。

 

 

『じゃあな影山想。嘘の仮面はもう必要ないからな……お前の記憶の中で過ごさせてもらうさ』

 

 

夢の中で、そんな言葉が聞こえた気がした。




『嘘の仮面』、これにて完結となります。
感想や評価、お気に入りをして下さった方々、また最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
最初に考えていた大まかなストーリーとは多少ズレてしまったのですが、自分としましては自分が完結できたことに驚きを隠せません。これもみな、『嘘の仮面』を読んでくださった皆様のおかげです。
どことなく矛盾点やおかしな点があるとはお思いですがそこは少し目をつぶって頂けると作者的に助かります。最後までこんなのでさーせん。(´>ω∂`)
では、短い間でしたが『嘘の仮面』をありがとうございました。
それでは、また。

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