【完結】偽悪皇帝アルヴィクトラ・ヴェーネ   作:月島しいる

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04話

 柔らかい土が、突き飛ばされたアルヴィクトラの身体を受けとめる。

 アルヴィクトラの視線の向こうでは、グルの一撃を受けたリヴェラが膂力に耐えきれず薙ぎ倒されるところだった。

 地面に崩れる直前、リヴェラが身体を捻り、右腕をグルに向けて突きだす。

 彼女の指先から熱線が放たれ、グルの頭部が吹き飛んだ。

 血肉が散乱し、その巨体がゆっくりと沈んでいく。

「リヴェラ!」

 アルヴィクトラはすぐに立ち上がり、リヴェラの元へ駆け寄った。

 地面に横たわった彼女は左腕を押さえ、激痛に呻いていた。

 グルの一撃を受けた左腕を見て、アルヴィクトラは呆然とした。

 皮膚を突き破り、何かが飛び出していた。遅れて、折れた骨が皮膚を突き破っているのだと理解した。

「リヴェラ!」

 頭の中が真っ白になり、アルヴィクトラは呻くリヴェラを見つめることしかできなかった。

 獣の咆哮。

 振り返ると、木々の間からヴェガの群れが姿を現していた。

 苦痛に喘ぐリヴェラを一瞥した後、アルヴィクトラはヴェガの群れに向き直った。

 大きく息を吸い、最も距離の近い獣に両腕を向ける。

 狙うのは、足元。

 放たれた魔力が、ヴェガの前方の草木を凍結させる。魔術に驚いた数体のヴェガが瞬時に後退するが、機会をうかがうように辺りをゆっくりと歩き回り始める。

 追い払うことが不可能であることを知ると、アルヴィクトラはリヴェラに視線を向けた。意を決して、リヴェラの身体を強引に起こす。

 リヴェラが激痛に叫び声をあげ、アルヴィクトラは動きを止めた。それからヴェガを一瞥した後、リヴェラの身体を無理矢理引き摺った。リヴェラの悲鳴が低く、唸るようなものへと変化する。

 アルヴィクトラは何度も、ごめんなさい、と謝りながらリヴェラの身体をヴェガから離そうと引き摺り続けた。

 アルヴィクトラは十四歳の少年に過ぎず、長身の成人女性であるリヴェラを移動させるにはかなりの時間を要した。

 徐々にリヴェラの呻き声が薄れ、小さくなっていく。このまま沈黙し、動かなくなってしまうのではないか、という想像が頭に浮かんだ。アルヴィクトラは目元の涙を拭いながら、必死でリヴェラの身体を引き摺った。

 一定の距離を保つようにヴェガたちが近づいてくる。

 不意に、その距離が破られた。

 ヴェガたちが一斉に駆けだし、吠える。

 ヴェガたちの向かう先には、グルの死骸があった。数体のヴェガがグルの死体に駆けると、残りのヴェガたちも一斉にグルの死骸を取り囲み始める。既にアルヴィクトラたちには興味を持っていないようだった。

 アルヴィクトラは安堵のあまり、その場にへたりこんだ。

 気付けば、全身が汗でびっしょりと濡れていた。

 リヴェラに目を向けると、激痛で気を失っているようだった。彼女の身体を抱き起こし、アルヴィクトラはゆっくりとその場を後にした。

 

◇◆◇

 

 リヴェラはすぐに目を覚ました。

 リヴェラの額の汗を拭っていたアルヴィクトラと目が合うと、リヴェラは弱々しい笑みを浮かべた。それからすぐに顔をしかめ、皮膚を突き破った骨に視線を移した。

「少し、私から離れてください」

 息も絶え絶えにリヴェラが言う。

 意図が読めずアルヴィクトラが困惑した視線を向けると、リヴェラは短く補足した。

「傷口を処置します」

 アルヴィクトラは躊躇した後、ゆっくりとリヴェラから距離をとった。

 止血に魔術を行使するのだろう、と思った。それ以外の意味を、考えられなかった。

 だからリヴェラの右腕が負傷した左腕に向けられた時も、特に疑問に思うことはなかった。

 突如、暗闇に赤い光が煌めく。

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 何かが焦げた臭いが鼻をつく。

 アルヴィクトラは彼女の腕を見つめて、呆然と呟いた。

「リヴェラ……?」

 放たれた熱線によって、彼女の左腕の肘から先が消し飛んでいた。

 リヴェラが声にならない悲鳴をあげて、その場に蹲る。

「リヴェラ!」

 アルヴィクトラが駆け寄ろうとした時、リヴェラの叫び声が響いた。

「来ないで!」

 鋭い声だった。

「リヴェラ? でも、腕が……」

「見ないで、ください」

 弱々しい声でリヴェラが言う。

 彼女は草木の間に身を横たえて、荒い息を吐いた。

「あの状態での止血は不可能です。開放骨折を放っておけば、やがて患部から毒素が体内へ混入し、死に至ります。一度肘から先を切断し、止血可能な断面にする必要がありました」

 リヴェラは横たわりながら、魔力を注入して止血を始める。熱線で焼かれたことによって、出血自体は大したことがないようだった。皮膚を突き破った骨を処理することが一番の目的だったのだろう。

「リヴェラ、そんなことをして、大丈夫なのですか?」

 自然と声が震えた。

 腕を失くしたのだ。大丈夫なはずがなかった。

「これが最善の方法です」

 リヴェラは呟いて、苦しそうに不自然な呼吸を繰り返す。上手く息が吸えていないようだった。

「アル様、手を」

 乱れた金色の髪の向こうで、紅の瞳がアルヴィクトラに縋るような動きを見せる。

「手? 手を出せば良いのですか?」

 恐る恐る右手を差し出すと、リヴェラは残った右手でアルの手を強く握った。

「落ちつくまで、こうさせてください」

 アルヴィクトラは無言で何度も頷いて、両手でリヴェラの右手を包んだ。リヴェラの握る力が強くなる。

 暗闇にリヴェラの不規則な呼吸音が響く中、アルヴィクトラは夜空を仰いだ。

 夜明けは遠い。

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