ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 今回は胸糞回です。お蔭で書くのが遅れました。やっぱり、《笑う棺桶》の奴らってこんなもんですよね。ユウキにはマジで悪いことをした……多分あとはソラ君がどうにかしてくれる(他力本願)

※タグ整理をする際に、やっぱりユニークスキルを使うことに決めました。なるべく、二刀流みたいなソイツにしか使えない武器種みたいなのにはしないようにしてます。
試験的にですが、次回から投稿時間を一時間ほど早めます。ご理解ください。




10.魔の手は忍ぶ

 

 

 

 

 

 

 西暦2024年 4月25日。

 

 

 

 ソラと喧嘩別れをしてから、一年が過ぎた。あれから、まだ一度も会えていない。ただ彼が生きているということだけは知ることができた。最前線が変わる度に、迷宮区を暴き、探索済みの完璧なマップデータをいつの間にか流し、また行方を眩ませる。そんなことを続けていることを、アルゴさん達から知った。そんな彼が次々と足場を固めて用意していった影響か、最前線はあの頃より三十層も上の階層へと変わり、攻略組の勢力図も大きく変わった。

 

 アスナは、かの有名な《血盟騎士団》に入り、そこで副団長を務めるほどにまでなった。実力だって前とは比べようがないくらい、すごく強くなった。一層で初めて会った頃とは大違いなくらい色々なことができるようになって、みんなを率いて戦える人になった。

 

 キリトは、相変わらずのソロプレイヤーで、あの時から重荷を背負って頑張ってる。途中で手助けした後、加入することになったギルドが壊滅して、それに苦しんで、無茶なレベリングを一人で熟していた時は、苦しそうな顔をしていたソラと酷く重なった。血を吐きそうなくらい必死になって戦って、結局その努力も報われなくて。そんな彼を見ていて気が付いた。

———きっと、ソラも同じなんだ。今もきっと苦しんでる。ボクが無責任に言っちゃったあの言葉に苦しんでるはずだ、って。

 

 キリトがもう一度戦うことを選んだのを見て、ボクも、いい加減迷ってる場合じゃない、ってそう思えた。答えをちゃんと見つけた。

 

 ボクが戦う理由。

 ボクが背負う責任も。

 ボクがやらなきゃいけないことも、全部。

 

 だから、ボクはソラを探し出す。ちゃんと顔を見て、あの時のことを謝って。ボクの答えも、覚悟も、ちゃんと伝えて分かってもらうんだ。ソラが少し頑固で、分からず屋で、朴念仁なのは知ってるから。きっと、ぶつからなきゃ伝わらないこともある。諦めることなんてしない。それがボクの答えだ、って言わなきゃいけないんだ。

 

 

 そう思って———

 

 

 

「むー……見つからないよぉ…………」

 

 ここ暫くの間、働き詰めだったユウキは、漸く休暇らしい休暇を貰い、それを探す時間に充てていた。ギルドに所属していない彼女は、所属している者達と違って時間があるはずだった。

 

 しかし、実際はそんな時間がなかった。理由はいくつかあるが、働き詰めだった原因は、言わずもがなソラだ。彼が攻略組の想定している攻略速度よりも早く、迷宮区のマップデータなどを情報屋に流し、その上、他の未探索エリアの攻略や隠しクエストの情報を次々と見つけ始めるせいで、攻略組は大忙しだった。お蔭で死者は出にくくなったが、別の方面で死者が出やすくなった。彼に負けじと攻略に励んだプレイヤー達が無茶をして死亡しているとの連絡が以前入ったのだ。

 

 そのこともあり、有効化(アクティベート)を遅らせたりなどの様々な措置を取ったが、結果は変わっていない。第一、常に最前線を駆け回るソラは、恐らく攻略組のどのプレイヤーよりも強いと思われている。《血盟騎士団》の団長にして、現在唯一と思われるユニークスキル《神聖剣》の使い手であるヒースクリフは攻略組の中でも別格だが、レベルや危機対応力に関しては、常に最前線で命の駆け引きをしているソラが上だと思われているくらいなのだ。だからこそ、攻略組として是非とも戦ってほしいという考えが出ている中で———

 

「……何処にいるんだろ、ソラ」

 

 一年かけても捜索が滞っている現状に、ユウキは落ち込んでいた。その落ち込み具合は見ただけで分かるほどで、以前はあれほど元気だったアホ毛が垂れ下がるほどだ。もはや、何故アホ毛が感情表現しているかのように動くのかは触れないことにして。どよーん、とした雰囲気になる彼女の有様に、日頃励ましたりするアスナもまた、釣られて落ち込んだりすることもあるのだから、その落ち込み具合は大変なものだ。

現に、攻略などはソロで行っていることもあり、負担は大きく、側から見れば、体力的に限界が来ていると判断されてもおかしくない。そもそも、ユウキはSAOを始めた時は、難病から完治し、リハビリが終わった後だ。そこまで体力があるとは言えない———いくら、この世界がステータスに準じていたとしても。

 

「ここにもいないなぁ……」

 

 周囲に《索敵》スキルを全開でかけながら確認する。現在ユウキが訪れているのは二十七層。かつて、《月夜の黒猫団》が壊滅したトラップ多発地帯の迷宮区がある階層だった。もちろん、この話を彼女が詳しく知っているはずはない。何らかの事件があったとしか聞き及んでいないのだ。しかし、こういうところにこそ、人があまり寄り付かないため、ソラが隠れている可能性を感じたのだ。主街区にはいなかったが、迷宮区にいる可能性も無くはない、のだが…………

 

「『二十七層の迷宮区には、絶対今のアイツは立ち寄らない。面倒ごとに巻き込まれるのを避けているんだから、尚更だ』って、キリトが言ってたもんね……。ここって、誰かが引いたトラップに巻き込まれる可能性もあるから、ソラは来たくなさそうだよね……」

 

 かつて、キリト達が引いてしまったような《結晶(クリスタル)無効化空間》のようなレアケーストラップを引いても、ソラが死ぬことはない。最前線から三十近く下なのだ。いくらモンスターのレベルが高かく設定されても限度がある。その程度のトラップでどうにかできるほど、今のソラは弱くなかった。

 

加えて、そのトラップを引いた場合、助けられたと勘違いして感謝し名前を聞こうとする輩もいるだろう。そのトラップパターン以外でも、いくつもあるはずだ。巻き込まれた際に、ソラが面倒臭がって転移結晶を使えば、確実に転移門前にいる情報屋に見つかる。その情報屋を黙秘させるために口止め料を渡していたとしても、交渉上手な奴がその情報を引き出さないとは限らない。これまでもマップデータを渡す時に足がついていてもおかしくないのだ。一年経っても足跡すら残さない彼の手腕が、こんな階層でミスを仕出かすことはあり得なかった。

 

「うーん……やっぱり上の階層にいるのかな……」

 

 そういえば、キリトが最前線に行く用事があるって言ってた気がする。もしかしたら、手掛かりでも掴んでくれていたりしないかな。彼の直感は相当なものだ。信じることができる。

そう思い、フレンド画面を開くと、メッセージを書き始める。グダグダと書くよりも、単刀直入に書いた方が良いかなと悩むこと数分、書き終えると、それを送った。迷宮区にいなければ、返信はすぐ返ってくるだろう。

 

「さて、ボクも上の階層に上がって探し直さないと」

 

 もう一度だけ主街区に《索敵》スキルを使って、最終確認。すれ違う可能性もあるだろうと思っての行動だが、やはり空振りに終わる。ここにいないと踏んで動く方が、色んな階層で探せるはずだろう。少し不安ではあったが、ユウキは転移門の方に足を運び、次は何処の階層に行こうかと思考する。

 ボクがソラなら何処に行く? どんな場所で、どう動く? 何をしようと考えるのか。

 

「ソラならきっと———」

 

 迷宮区に向かうか、マップデータを情報屋に流す。

 それをするなら、何処で行うか———決まってる。

 

「最前線、五十九層だ! キリトも、もしかしたら見つけてるかもしれない!」

 

 そう思い、転移門の中で、五十九層の主街区の名前を告げる。

 

 

 

 

 

「———あ、あのっ!」

 

 

 

 

 

 ———はずだった。

 直前で声をかけられ、主街区名を言い切れなかったこともあり、転移は中止。タイミングが悪いと思いながらも、転移門から離れ、声をかけてきた人物に目を向ける。

 

 そこにいたのは、いかにも気の弱そうな女性プレイヤー。装備もこの階層に滞在できるレベル相応のもので、攻略組の一員ではないことは明らかだ。何より見覚えがなかった。カーソルはグリーン。

 しかし、ボクと年齢はそこまで変わらないように見える辺り、リアルでは同年代かもしれない。同じ年齢くらいの人なんて、年齢がハッキリと分からない以上、ソラ以外に出会ったことがなかった。

 

「どうかしたの? ボクに何か用かな?」

 

「こ、攻略組のユウキさんですよね!?」

 

「うん、そうだけど……」

 

「お、お願いがあるんです!」

 

 激しく緊張した様子か、或いは焦っているのか。ボクにはそれが判断しかねたが、ただごとではないと仮定して耳を傾ける。

 

「じ、実は……仲間が、迷宮区の奥で閉じ込められてしまって……」

 

「迷宮区の奥……トラップ多発地帯の?」

 

「はい……道中でトラップを引いてしまって……それで、助けを呼んでほしいって私だけ何とか逃してくれて、奥にある安全エリアに避難してるはずなんです。て、手を貸してくれませんか!? 助けに行かなきゃいけないんです!」

 

 懇願するように頼む女性プレイヤー。それに対して、ボクは特別断る理由もなければ、誰かを見捨てるという選択肢がなかったから、即座に返事を返す。

 

「いいよ。ボクなんかで良かったら手伝わせて!」

 

「あ、ありがとうございます……! わ、私は《ハナ》って言います」

 

 ハナという女性プレイヤーは、攻略組の中でもトップクラスに君臨するユウキの助力を得られると聞いて、泣き喜ぶ。恐らく、他にも手を貸してほしいと頼んだのだろうが、大方断られたのだろうか。偶然近くにいなかったら、今でも力を貸してくれる人を探していたかもしれない。そう思うと、ユウキは彼女の思いに応えようと、気合を入れる。大丈夫、例え一人だったとしても、この階層のモンスターなら守りながらでも戦える。いざとなったら、転移結晶を手渡して逃げることだった出来るはずと考え、彼女に連れられるまま、迷宮区方面にあるゲートまで向かう。

 

 

 いざ向かってみると、ゲート周りには、そこそこの数のプレイヤーがいた。よくみると、そこにいたのは攻略組の一軍の顔触れだ。《血盟騎士団》や《聖竜連合》、他にもいくつかのギルドが参加している。総じて、レベル差を詰めれば、すぐにでも最前線で戦える者達だった。よくこんな人数を集められたものだ。同時に、彼女の思いに呼応してくれた優しい人達なんだろうと感じた。

 そんな彼らはこちらに気がつくと、歓声をあげた。

 

「ぜ、《絶剣》さんだ! 本物だ! スゲェー!」

 

「ユウキ様も救出に参加されるのか! これは心強い!」

 

「これは救出される奴らも喜ぶぞ!」

 

 ———と、各々。

 いつの間にか有名になっていたことも知らなかったユウキは、気恥ずかしい思いをしながらも、彼らのそばに近寄る。

 

「ボクも救出隊の一員として共に戦うよ! みんな、よろしくね!」

 

 ユウキの宣言に、さらなる歓声。

 鼓舞の役割にはなったかなと恥ずかしさ反面に思いながら、救出隊の前にハナが立った。

 

「ば、場所は……迷宮区最奥付近のトラップ多発地帯です。わ、私の仲間が今も助けを待っているはずです! 皆さん、力を貸してください……!」

 

 オォー!と気合の入った返事が返され、心配そうな表情が消えた彼女が案内を始める。まずは迷宮区まで辿り着くことが前提だが、全員の士気は高い。恐らく、想定以上に早く辿り着けるはずだ。上層のプレイヤーなら《回廊結晶》を持っている可能性があったが、それを使わない辺り、上層のプレイヤーではなかったらしい。やはり、少し無茶をしてしまったパターンなのだろうか。

 そんなことを考えながら、救出隊と共にユウキは彼女の後を付いていった。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 二十七層 迷宮区 最上階。

 

 

 

 主街区を出て、迷宮区に辿り着くまで僅か三十分。そこからさらに三十分ほどで、彼女の仲間が閉じ込められているという最上階へと辿り着く。まさに破竹の勢いで進む彼らだが、大方の原因は一人の少女にあった。

 

「やぁっ!」

 

 ソードスキル《ホリゾンタル》を放ち、一撃でモンスターのHPを全損させるのは、パールブラックの長髪を靡かせるユウキだった。現時点でレベルが84にもなる、恐らく攻略組では一、二位を争う高レベルプレイヤーである彼女にとっては、この階層の敵など相手ではなかった。瞬く間に皆の前にて敵を倒して先導し、後方が危ないと感じたらすぐさま駆けつけ、救援に向かう。獅子奮迅たるその動きには、誰もが舌を巻いた。最前線を立つ者の強さ、その妙技。それをこんなところで見られるのは幸運なのかもしれない。

 

 とはいえ、ユウキ一人に任せ切りという訳でもない。彼らもまた、攻略組の一員。最前線の強者達に迫る一軍たる実力を発揮していた。その動きには洗練されたものがあり、レベルさえどうにかできれば、近いうちに共に戦えるだろう実力を保持していたのは、ユウキの目から見ても間違いなかった。いくら低層のモンスターであろうと、慢心することはなく、しっかりと対応し、被弾をなるべく減らしている。以前起きたと聞いた、救出隊の《吟唱》使いが死亡してしまった事件がしっかりと教訓になっているのかもしれない。

 

 途中何度か休憩を挟んだが、士気は下がることなく、今も高い。これなら、日が沈むまでには安全に救出を終え、皆で主街区に帰還できることだろう。

 マップデータを開きながら、ユウキは現在地と照合して周囲を確認する。このまま行けば、今やもぬけの殻となったフロアボスの部屋がある。

 しかし———

 

「ねえ、ハナさん。君の仲間達がいるのって何処なの? ボクの持ってるマップデータには、この先ボス部屋しか映ってないんだけど……」

 

「は、はい……実は、ボス部屋の少し手前に隠し扉があって、そこから隠し通路に入れるようになってたんです」

 

「「「「「隠し通路!?」」」」」

 

 そんなものあったんだ、と驚愕する一同に、気弱な彼女は怯えながらも、その事実を伝える。以前ここを攻略した時は全く気がつかなかったのは、攻略を優先していたからなのか、そういうスキルを持ってる人がいなかったせいなのかもしれないと思いながら、ユウキはその話を聞く。

 

「そ、そこにはたくさんの宝箱があって、レアアイテムがたくさんあったんです……それでみんな浮かれてて、その奥にあるトラップを引いちゃって……」

 

「そうだったんだ……」

 

 少なくとも、ボクでも同じように、そんなトラップを引いちゃう気がする。当たりばっかりたくさんあると、外れを見逃しちゃうからね。

 ———などと、共感しているとその隠し扉の前に来たのか、ハナが立ち止まり、壁の周りを調べ始める。すると、カチリという音がして、扉が厳かに開き始めた。中は隠し扉なだけに暗く、光が届いていない。しかし、遠くの方で光源があるのが分かった。光源までは暗いため、ストレージから松明を取り出したプレイヤーが辺りを照らしながら、先へと進んでいく。

 

「不気味だな」

 

「こんなところに閉じ込められたら精神の方が参っちまいそうだな」

 

 口々に言う救出隊のメンバー達の一言に、ボクは同じことを考えていた。暗さは時に人の心に影を差す。それが原因で他者を責めたりしてしまうことだってある。ボクにもそういう経験があった。だからこそ、早くハナさんの仲間を救いたいと思った。

 

「ハナさんが仲間の人達と別れたのは、こういう暗い場所だった?」

 

「い、いえ……光源があったので、お互いの顔がハッキリと見える場所でした。多分この先の方だと思います」

 

 遠目に見えた光源の方だろうか。暗い中でもハッキリと光っているのが見えた辺り、光度が強いと判断した方がいい。あの辺りにいると考えれば、それ相応に動きが決まる。途中細かな横道があったが、そちらはとても暗い。彼女の話通りなら、そこには宝箱があった部屋があると考えていいはずだ。

 

「宝箱があるからって脇道の部屋に入らないようにね! 下手にはぐれるとフォローできなくなるから!」

 

 全員に指示を飛ばし、統制する。宝箱がたくさんあって外れがほとんどなかった、なんて話を聞いて心が揺れる者がいてもおかしくない。しかし、今ここにいるのは何のためか———助けるためだ。欲なんてものは、一度捨て去るべきだからこそ、ユウキは気を引き締めさせた。彼女の真剣な声音に、全員が気を引き締める。

 〝閉じ込められた〟という、このキーワードが妙にユウキの頭の中で引っかかっていた。恐らく途中でトラップを引いたということは、モンスターの群れに襲われた可能性が高い。そうでなければ、ハナという女性プレイヤーだけが逃げ切れた理由にはならない。単純な閉じ込めトラップなら、彼女も閉じ込められているはずだからだ。

 

「妙だね、静かすぎる」

 

 戦闘中と思われる音が一つも聞こえない。それはつまり、戦闘が終わっている可能性が高い。それが全滅か否か、それを確認しないことには、ボク達は撤退できない。なるべく後者———誰か一人でも生き残っている可能性に賭けたかった。

 

 眩しいまでの光源が近づいている。彼女の話通りなら、きっとそこに彼女の仲間がいるはずだ。助けに来たぞーと叫ぶ救出隊のメンバーの声が通路に響く。返答が返ってきてほしいと祈りながら、次々と光源が強まっている部屋に駆け込んでいく。

 ボクも同じように駆け込む

 

 

 

「————ッ!?」

 

 

 

 ———寸前で、その一歩手前の横道にあった暗い部屋の中から、何か気味の悪いものを感じ取った。こちらの様子を窺っているような、獲物を狩ろうと蠢く何かの気配。果たして、これは一体なんだろう?

 

 警戒し、その場で足を止めようとした時、ハナさんが後ろからボクを()()()()()

 

「…………え?」

 

 驚愕するボクが見たのは、ハナさんが〝ごめんなさい〟と謝っている姿だった。二人揃って縺れ込むように部屋へと入る。

 不思議な気持ちになりながら、身体を起こして周りを見る。かなり広い部屋だ。先程の入り口も含めて、四つの出口が存在していた。隠し通路と同じ色合いのその部屋は、不気味な雰囲気に満ちていた。

 そして何より異質だったのは———

 

 

 

「おいおい……()()()()()ぞ、この部屋……」

 

 

 

 ———()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()ことだ。

 その事実に全員が混乱し、一斉にハナの方へと振り返る。困惑から疑念、そして———

 

「まさか……全滅したのか?」

 

「だったら、俺達も早く出ようぜ……」

 

「……そ、そうね、全滅していたのは残念だけど仕方ないわ」

 

 全員がそれぞれ誰もいないという現状を飲み込むために、自分に対しての自問自答、他者へと言葉を投げかけ、部屋を出る理由を作る。そもそも、救出部隊が組織されても持たなければ意味がない。そういう意味では、今回は仕方ないことなんだと言えた。

 そうして、全員が来た道を戻ろうと動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———へぇ、やるじゃねぇか。人間追い詰められたら、赤の他人程度平気で売り払うゴミだもんなぁ! 最高だぜ、こいつはぁ! どいつもこいつもそれなりの手練れじゃねぇか。なぁ、ウタカタ?」

 

 

 

「そのようだね。それに加えて、想定以上の獲物がかかったようだ。よく見てみろよ、アイザック。アイツ、ヘッドがご所望だった《絶剣》だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———突然、鋭く冷たい殺意と共に二人分の声が響いた。

 それぞれ違った方向から聞こえる。

 いったい何処からだ?という救出隊のメンバーの疑問に答えるように、まず一人が()()()()()現れた。その男は、首元にボロボロの朽ちたマフラーのようなものを巻き、全身皮装備でコートを纏っていた。暗闇の中からでも分かるほどに紅く染まった虹彩が不気味さを強調し、明らかになった眼球は血走っている。その手に握るのは、刃がボロボロの鈍刀。カーソルはオレンジ。

 その特徴に当て嵌まる男を、その場にいる全員が知っていた。

 

 

 

「……嘘だろ、こんなことがあるのかよ…………」

 

 

 

 今にも恐怖に呑まれてしまいそうな面持ちとなった救出隊の一人が、震え怯える声でその人物が誰かを知らせた。

 

 

 

「……ら、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の幹部……か、《解体屋アイザック》…………」

 

 

 

「おーおー、嬉しいねぇ。俺のこと知ってんのか。さっすが、天下の攻略組。その下っ端だろうが、キチンと知ってるたぁ俺様も有名になっちまったもんだなぁおい。お蔭で自己紹介の手間省けて助かったぜ」

 

 

 

 ボロボロの鈍刀を肩にコンコンと叩きながら、嬉しそうに歪んだ笑顔を振りまく殺人鬼。血の臭いを嗅ぐことのないはずの、この世界でそれに似た臭いを嗅いでいるような幻覚に陥るほどに異質なまでの気配を放つその男は、惚れ惚れとした顔で愛刀に視線を向ける。

 

 それに続くように、対角線状の入り口からは、先程響いたもう一つの声の主が姿を見せる。現れたのは、ボロボロの怪しげなフードを被り、鼻と口許以外の顔が見えない状態の男。いかにも怪しい魔術師のような格好をし、その手に握るのは不気味なまでの笛。骸骨まるまる一つを使って作り上げられたような横笛は、見るだけで魂を喰われてしまいそうな見た目をしていた。カーソルは同じくオレンジ。

 言うまでもない。こいつも《笑う棺桶》の一人だ。

 

 

 

「か、幹部の一人……《魔笛のウタカタ》…………」

 

 

 

「おやおや、どうやら僕もご存知らしい。二人揃って有名人になったもんだよね、アイザック。自己紹介なんてやってられないから、ついつい前もすーぐ殺しちゃったよね、君は」

 

 

 

 楽しげにクツクツと嗤いながら、横笛片手に両手を広げる。マントが靡き、その中には金属質の何かが入っているのが見えた。それを見た直後から、何か恐ろしいことを仕出かすのではないかという恐怖が強まる。

 

 そんな中で、ただ一人。その二人に向かって声をかけた者がいた。

 

 

 

「わ、私の仲間を返してください! い、言われた通り、()()()()()()()()()()!」

 

 その一言に、一度空気までもが静まり返る。それから、数秒かけてゆっくりと全員が気が付いた。この事態を引き起こされた理由に。

 

「て、テメェ、俺達を嵌めやがったなぁっ!」

 

「こんのクソアマぁっ! 仲間の代わりに俺達を売りやがったのか!」

 

「さ、最悪! 最悪よ、あの女ぁっ!」

 

 メンバーがそれぞれ罵倒雑言を叫び、空気が一気に悪くなる。苛烈する勢いのまま、何人かが今にも武器でハナに斬りかかろうか真剣に悩み始めていた。

 そこへ、呑気な声が響く。

 

「はーい、全員ちゅーもーく。皆さんご存知のクソアマことハナさんはコイツでーす」

 

 響かせたのは、ウタカタという殺人者(レッド)プレイヤー。

 粘つくような嫌味な言い方をしながら、彼女の肩を抱き寄せ、みんなの前に晒しながら紹介を始める。

 

「このクソアマさんは〜、なんとなんとっ! みんなを騙して、僕らとこんな交渉してましたー。『攫われた仲間の元に連れていく代わりに、他の奴らを連れてくる』っていう交渉を、ね? ホント、クソアマだよねー。いやー、こんなにたくさん、それも攻略組の一軍さん達を連れてくるとは、最高最悪のグリーンだよね〜?」

 

 わざと煽り立てるように、堂々たる声でその交渉内容を明かし、理由と共に嘲笑う。静まり返っていた全員が、理由と内容を知って、怒りと憎悪を強めていく。善意で助けたはずなのに、それを最悪の悪意で返されたことに殺意すら湧かせて。

 思考回路がショートしそうになっているユウキも、辛うじて彼女の方を見るが、彼女は必死に目をそらす。

 

「そんな訳で、まずは彼女に成功報酬の方を渡そうと思いまーす。みんな殺したいくらい怒ってるけど仕方ないよね〜?」

 

 震え怯え恐怖する彼女に、煽り立てるようにウタカタはアイザックの前に彼女を連れて行く。彼の手に握られているのは《回廊結晶》。恐らく、それで仲間達の元へと送るつもりなのだろう。その先が例え地獄だとしても。使用時に特殊な文言があるが、それさえ告げれば、結晶は砕け散り、ゲートを創り出す。あとはそこに飛び込むだけ。

 アイザックが、その結晶を握りながら口を開けて———

 

 

 

 

 

「ほら、よっと」

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———何とも気の抜けた声を上げながら、鈍刀で彼女の両脚を真横一文字に()()()()()()

直後、何が起こったのか分からない彼女の口から困惑の声が零れ落ち、冷たい床の上に倒れこむ。その光景に誰もが沈黙し、少しずつ理解していった。約束なんて守る訳がなかったんだ、と。

 

「う、嘘をついたんですか!? わ、わたしを騙したんですか!」

 

 怒りを浮かべるハナ。それに対して、ウタカタもアイザックも面白可笑しそうに嗤った後、にへらと答えた。

 

 

 

「いやだってさ、僕らは『仲間の元に連れていく』って約束しただけで、()()()()()()()()()、なんて()()()()()()()()からね」

 

 

 

「悪りぃな、実はお前の仲間なんだけどさ、()()()()俺がバラバラにして全員殺しちまったよ。ほら、これお仲間の武器。見覚えあるだろ〜?」

 

 

 

 武器をいくつか彼女の前に投げ捨てて証明する。どれもこれも見覚えのある武器だった。間違いない。見ただけで分かるほどの耐久度の消耗具合から激しい戦いをしたのだとはっきり分からせていた。恐らく、彼女が救出に向かってくれる人を探している頃には殺していたのかもしれない。助けに行く前に一層の石碑を見に行っていれば、全員殺されていることに気がついた可能性があった。

 しかし、後悔先に立たず。今こうして、悪魔のようなひと時が始まる。

 

「い、いやぁ……た、助けてぇっ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」

 

 全員を罠に嵌めたくせに、殺された仲間の元に送ってやる、と言われて彼女は彼らに必死に頼む。手を伸ばし、匍匐前進するようにゆっくりと動きながら近づいてくる。

 だが、誰一人として助けに行かない。それは当たり前のことだった。だって自分達がこんな奴らに遭遇したのは———お前のせいなんだから。

 ほぼ全員から向けられた憎悪の目は、彼女自身に助けがないことを理解させた。それでも曲げずに叫ぼうとして———

 

「最高最悪の裏切り者は泣き叫べぇっ!」

 

 楽しげに嗤いながら跳躍したアイザックに、馬乗りになりながら頭部を上から串刺しにされた。グリグリと刃先を動かしながら、少しずつ減っていくHPを、彼女の目にしっかりと焼きつかせながら、ゲラゲラと笑い声を強めていく。

 

 悲鳴。絶叫。救いを求めて手を伸ばす。そして、叶わない。裏切り者の末路として相応しい最期を迎えながら、無残にハナは無数のガラス片となって爆散した。

 

「やっぱゴミはゴミだわ。俺の刀が可哀想になるなぁ?」

 

「元から鈍刀よろしくボロボロなのに、可哀想なんてよく言えるねー、アイザック」

 

「あ、バレた? いやー、この刀見た目以上に斬れるんだぜ? それが最高だのなんのって」

 

 楽しげな会話をしながら、狂いに狂った笑顔を振りまく二人。裏切り者は死んだ。ならば、次の獲物は誰だ?

 

「みんな———武器を取って」

 

 ショートしかけていた思考回路を何とか正常に戻し、ユウキは全員に声をかけた。そうだ、彼女は裏切り者だ。殺されても仕方がない。いくらボクでも彼女を助けようなんて気にはなれなかった。ここにいたのが例えソラだったとしても、助けに行かなかったことだろう。

 しかし、他のみんなはどうだ? 彼らは己が善意に従って行動した。そんな彼らの命が奪われることはあってはならない。

 ()()()()()、ボクが今できることはそれだけなんだ。

 

「相手はたった二人。みんなは、生き残ることを優先して。ボクが道を切り開くから」

 

 こんなことに巻き込まれたのは災難だ。しかし、例えそうだったとしても、ここにいることができたのは偶然じゃない。今こうして、みんなを守るために戦える。それが、この場にいる()()()()()できること。

 

「ならば———我らもご助力しましょう。背面の敵はお任せください」

 

「例えユウキさんでも、二人同時に相手するのは厳しいはずです」

 

「私達も戦うわ! 全員で、この場から脱して生き残るために!」

 

 全員が覚悟を決め、武器を取り、全員生存という勝利を求める。敵はたった二人。例えここからいくらでも増えようとも、覚悟を決めた彼らの心を折ることなんて出来はしない。志を一緒にした彼らが、半々に分かれて、敵をそれぞれ見据える。来た道に立ち塞がるアイザックはユウキ達が、反対側に立つウタカタを一軍の実力者達が、それぞれ役目を決めて、敵陣を突き破ろうと動きを固める。左右から敵が来る可能性もない訳ではない。しかし、その程度で敗れはしない。

 

「おーおー、裏切り者が消えただけでこうなんのか。やっぱスゲェわ、攻略組。一軍程度だからって舐めてたわ。特に———お前だ、《絶剣》。久しぶりにワクワクしてきやがったよ……」

 

「君を倒して、そこを通らせてもらうよ!」

 

「上等ッ! 最高だ、楽しくなってきたねぇ! いいな、その目。絶望なんてしない、っていう希望に満ち溢れた目だ。勝利しか見えてない貪欲さが伝わってくるなぁおい」

 

 鈍刀を振り回し、ボロボロの刃を舌で舐め取るように滑らせる。もちろん、血も出なければ、ダメージも負っていない。不気味さだけを残して、アイザックは目の前に立つユウキに、狂った笑顔と共に紅の眼光を輝かせる。

 

 

 

 そして———聞き覚えのない音色が鳴り響き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———アイザックとウタカタを除く全員が、()()()()()

 

 

 

 

 

「………………どう、いう……こと………?」

 

 共に倒れ伏したユウキが、視界に浮かぶ自身のステータスに目を向けて———気がついた。浮かんでいたのは《麻痺》のアイコン。それを見て、咄嗟に周りを見ようと視線を動かす。誰一人として、怪しい行動もしていなかった。前にいるアイザックの手に握られているのは、刀一本だけで、背後にいた仲間達も同様に倒れ伏している。裏切り者なんていなかった。可笑しな点があったとすれば、それは動き出す直前に()()()()()()()()()()()ぐらいで———

 

 直後、とてつもない悪寒と共に、答えが導き出された。あの音色は、BGMではない。BGM以外で音楽が鳴るということは、それこそプレイヤーが唯一音楽を鳴らせる《吟唱》スキルだけだったはずだ。

 しかし、あれは音楽であり、音色単体を鳴らすものでは無かった。高い音色を響かせるものなんてこの場に———あった。

そうだ。そうだった。もう一人の持っているものはなんだった? あれは———横笛。この世界には存在しないはずの、横笛だった。

 

 その答えに辿り着くと同時に、ユウキは目の前で腰を下ろしたアイザックが目に入った。

 

「その顔だと、トリックが分かったみたいだな。流石《絶剣》。初見でタネに気付くのはお前が初めてだ———とはいえ、やられる前に気付かなかったのは、残念だなぁ。お前が相手するべきは俺様じゃなかった」

 

「《魔笛》……そんなスキルが、あったんだ…………」

 

 悔しげに呟くユウキに、その悔しそうな表情をもっと見たいとばかりに顔を近づけるアイザック。その嘲笑う顔に、ユウキは一か八かと叫ぶ。

 

「転移結晶を使って! ボクが、一人抑えるから!」

 

 叫ぶや否や、決死の覚悟でアイザックに向かって頭突きを仕掛ける。突然のことにさしもの《解体屋》も躱せず、まともに食らう。高い《体術》スキルにより強化されたことにより、HPがしっかりと減少し、後方に倒れこむ。彼女の攻撃の隙に、全員が意地でも転移結晶を使おうと握り、各々で何処の層でも構わないから飛ぼうと叫んだ。

 

 

 

 

 

 しかし———誰一人として飛ぶことはなかった。

 

 

 

 

 驚愕に暮れる中、頭突きをされたアイザックは、ケラケラと腹を抱えて嗤った後、ユウキの顔に強烈な蹴りを加えた。

 

「……かはっ!?」

 

 HPが僅かに減る。どうやらレベル差があるらしい。

 しかし、そんなことよりもユウキには、何故全員と言わず一人も飛べなかったのかという事実に困惑しか残っていなかった。それに対する答えは、意外にも全員を麻痺させた男、ウタカタが答えた。

 

「ここはさ、《結晶(クリスタル)無効化空間》っていうタチの悪い場所なんだよ。つまり、転移結晶はもちろん、結晶アイテムはこの部屋だと使えない。分かるかな? その意味が」

 

 それを聞いて、納得した。

 かつてキリトが助けられなかったギルドの壊滅した話に隠されていた最後のピースが、カチリと嵌まったのを感じた。キリトのレベルと技術で、誰一人として助けられなかった理由など分からなかった。例え囲まれていたとしても、彼ならそこに飛び込んでどうにか出来ていた可能性が充分にあった。それなのに、それができなかった理由は———そこが、転移結晶どころか結晶アイテムが一つも使えない空間だったから。

 

 漸く真実に気がついたユウキ。

 しかし、彼女の前に、アイザックだけでなく、ウタカタまでやってきた。

 

「ったく、なんで不安定な姿勢からの頭突きの方が俺様の蹴りより強いんだよ可笑しくねぇか? なあ、ウタカタ」

 

「レベル差もあるんだろうね。恐らく、攻略組トップクラスのレベルだろう、《絶剣》は」

 

「今ここでぶっ殺してやりてぇくらいなんだが……」

 

「それはダメだからな、アイザック。《()()()()()()()()()()()()、って命令されただろ?」

 

 …………どういう、こと?

 困惑するボク達に、今度は答えることもなく、ウタカタは再度横笛を構える。一方のアイザックは悔しそうな顔をした後、ボクの視界から外れていく。その足音は背後の方に移動していく。まさか———あの男が何を仕出かそうとしているのかに気がつくが、一歩遅かった。

 直後に、ボクの頭の中には先程とは違う音色が響く。意識が少しずつ薄れていくのを感じる。霞む視界に映ったのは、《麻痺》ではなく、また別のアイコン。しかし、それが何かを判断することもできなかった。

 

 

 

 鳴り響く笛の音が、ゆっくりとボクから意識を狩り取っていき———

 

 

 

 ———『それじゃあ、あとはお楽しみタイムと洒落込もうぜ?』というアイザックの楽しげな声が、最後に聞こえた。

みんなを助けられなかった。その事実をボクが知るのは、これより数時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 魔の手は迫る —完—

 

 

 

 

 

 





《絶剣》のユウキが攫われた。

その事実が、攻略組に知らされる。

ついに立ちはだかる《笑う棺桶》。

そこに、一年間も行方を眩ませたソラもまた現れる。

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