ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 本当なら昨日のうちに書きあがってもおかしくなかったのに、なかなか書けませんでした。今回は〝あの男〟相手に、ソラが立ち向かいます。最近ソラが容赦ない奴に見えてきますが、それもこれも後々の伏線になります。お楽しみに。
あと二話分(の予定)のシリアス書き終わらないと、ユウキが楽しそうにしている話がかけないと分かってるからキツイ。皆さん的にもそういう話が欲しいと思ってるんですが、合ってますかね?

ちなみに、この話で登場するソラの容姿は、一番わかりやすいイメージでいうと《血界戦線》の絶望王ですかね。あの手この手と捏ねくり回す辺りは《ノーゲーム・ノーライフ》の空 or リクですが……






11.殲滅と自覚 前篇

 

 

 

 

 

 

「………ユウキが……攫われた!?」

 

 アーカーとの賭けデュエルに敗北し、その後意識を取り戻したキリトは、アルゴと共にアスナづてに五十五層主街区《グランザム》にある《血盟騎士団》本部に緊急召集されていた。そこでキリトとアルゴは、召集がかかる少し前に情報屋の口からユウキが攫われていた事実を知った。気絶させられ、意識を取り戻した際に、キリトはユウキからのメッセージに、〝アーカーを見つけた〟という返事をしていたのだが、それに対する反応が全く無かったことに違和感を感じていたのだ。その違和感が、こうして最悪の形となるとは思いもしなかっただろうが。

 

「私も最初は嘘だと思ったわ……でも、先程多くの情報屋から、その情報が流され始めて、その後から一度もユウキと連絡が取れなくなって…………」

 

 未だにメインメニューからメッセージを何度も送りながら、アスナは言う。どうやら嘘であってほしいと今もそう願っているのだろう。

 

「オレっちも情報屋仲間に連絡取り合ってるんだが、ユーちゃんは二十七層で迷宮区に閉じ込められたプレイヤー達を助けに行ってから行方が分からないままダ……」

 

 アルゴもまた、信じられないような気持ちで、情報を取り合い続けている。それもそうだ、ユウキは攻略組でトップクラスの実力を誇るプレイヤーの一人だ。その実力は、三人ともがよく知っている。唯一のユニークスキル使いであるヒースクリフが現れてからも、彼女は彼にも引けを取らないほどの圧倒的な強さと俊敏さを武器に、これまでのボス攻略に数々の貢献をしてきた。

 だからこそ、信じられなかったのだ———ユウキが攫われたという事実が。

 

 情報を取り合い続けていたアルゴは、最後にユウキが訪れた現場である二十七層に向かうとだけ言い残し、すぐさまその場を立ち去る。まずは動いて痕跡の一つでも探そうと思ったのだろう。彼女らしくない有様だったが、それでも、今はそれしかない。

 

「現在、攻略組に所属するギルドの重要人物、ソロプレイヤー全員に緊急召集がかけられているの……。全員が集まり次第、今回の案件に対してどう動くか、それを決めるみたい……」

 

「そうか……アスナ、あの男は?」

 

「……団長は、今回の件について重く考えてるみたい。ユウキを助けるか……()()()()かで」

 

「———ッ!?」

 

 見捨てる? ユウキを?

 その言葉に、思わずキリトは目を剥いた。冗談じゃないと言わんばかりに怒気を強めて叫ぶ。

 

「見捨てるだと!? ユウキを見捨てるっていうのか!?」

 

「……団長が言うには、ユウキを攫った相手として考えられるのは、一つしかないって……」

 

 《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。

 デスゲームと化したアインクラッドにおいて、史上最悪の殺人者(レッド)ギルド。それまで燻っていた殺人者達の大多数が一箇所に纏められ、予想もしない角度から数多の殺人方法を生み出し、多くのプレイヤーを手にかけてきた。そのトップは、キリトが二度に渡って会ったPoHだ。先日の《圏内事件》から続けて起きた今回の案件は、攻略組全体が油断していたと言っても、強ち間違いでは無かった。

 

「私も……ユウキを見捨てたくなんかないよ………だって、ユウキは……私を…………」

 

「……ああ、俺もだ…………怒鳴ってごめん……」

 

 ユウキのお蔭で二人は救われた。

 キリトは、僅かでも《ビーター》という悪名の重さを軽くできたし、あのギルドが壊滅してから苦しんだ時も、少しでも楽にしてくれた。

 アスナは、真っ直ぐこの世界と向き合うことができた。《血盟騎士団》に入る時も、最終的に背中を押してくれたのはユウキだ。

 アーカーが居なくなって、一番苦しんでいたのは彼女だったはずなのに……。それでも、二人を助けてくれた。

 だからこそ、二人は彼女を見捨てたくなかった。共に背中を預けてきた、大切な友人として。何よりも恩人を失いたくなかった。

 

「……キリト君、もし会議でユウキを……見捨てることで可決されたら……私達だけで助けに行けないかな……」

 

「……そうだな。そうなったら、死ぬ気で戦わないといけなくなりそうだ。……相手を殺す覚悟をしないと俺達も助からないから」

 

 相手がどんな奴らか、昨日それを再確認した二人には、それがよく分かった。アイツらが自分の命を勘定に入れているはずがない。自分が死ぬのも、恐らく楽しみの一つと見ている可能性が高かった。

 

「………そろそろ会議が始まるわ、行きましょう」

 

「……ああ」

 

 無理やり仮面を被るように、《攻略の鬼》としての一面を表層に出し、感情に流されないようアスナは努める。しかし、その様子は苦しげで、気が気でないのはキリトの目から見ても明らかだった。

 アスナに連れられ、大きな扉の前に案内される。前に立つだけで分かるほどに厳かな雰囲気を漂わせているそれを、彼女はそっと押し開け、中へと入っていく。キリトもそれに続く。

 

 室内はかなり大きく、宴会でも出来そうなほど広々としていた。とはいえ、用意されているテーブルやチェアからして〝会議室〟という言葉が一番似合うものではあったが。

 左手にはソロプレイヤー達が、右手には《聖竜連合》が、手前には見覚えのある悪趣味なバンダナをつけた男性率いる《風林火山》を筆頭に、その他の攻略組に所属する著名なギルドが集まっている。その向こう側には、団長であるヒースクリフと共に《血盟騎士団》の幹部達が座っていた。どうやら準備は万端のようだ。

 アスナと別れ、キリトはソロプレイヤー達の集団へと入っていく。一方の彼女は、ヒースクリフの横に立つと、咳払いをしてから声を上げる。

 

「皆さん、突然の緊急召集に応じていただき、ありがとうございます」

 

 冷静に、いつもの姿へと取り繕っていく。落ち着いて、落ち着いてとアスナは自分に語りかけながら。

 

「今回は、急を要する事態が起きたため、皆さんをこの場にお呼びしました。まず、お呼びする理由となった話をさせていただきます」

 

 心拍数が上がる。普段とは全く心境が違っていた。怖い。僅かなミスですら、ユウキの命に関わるかもしれないと思うと恐ろしかった。

 

 

 

 

 

「攻略組所属のソロプレイヤーである《絶剣》のユウキさんが、何者かに攫われました」

 

 

 

 

 

 その一言に、周囲がざわめく。まだ知らなかった者もいたのかもしれない。知っている者も、真実だとは思いたくなかったのだろう。

 だが、これは紛れもなく事実だった。現に今もユウキからの返信は来ず、行方知れず。アーカーの時と違ってフレンドが切られている訳でもない。そして何より、オンラインと表記されているということは、まだ生きている証だった。

 

「彼女を攫うことができる勢力は、今のところたった一つしか存在しません」

 

 続くアスナの言葉で、察しがついた者達が苦い顔をする。それは少しずつ伝染していき、誰もが気がついた。アイツらしかいない、と。

 

「彼女が攫われたという事実が発覚する前、皆さんもお気付きだと思われますが、攻略組の一軍に所属するプレイヤー達十数名が死亡したことが分かりました。同時刻、彼女は彼らと共に迷宮区に閉じ込められたプレイヤー達の救出に向かっていました」

 

 そう、ユウキは一軍の者達と共に向かっていたのだ。

 そして、ユウキを残して全員が死んだ。これでは、彼女が彼らを殺したように思われるかもしれないが、ここにいる全員が分かっていた。彼女の人徳は、ここにいる全員が口を揃えて断言できるほどのものだった。人殺しなどするはずがないと確信できるほどに。

 

 事実、現在攻略組は大きく二つの勢力によって二分されているが、その架け橋となっていたのは紛れもなく無所属のユウキだった。彼女の在り方とその振る舞い方が、二つの勢力を穏便な方に繋げていた。故にこそ、彼女への信頼は厚かった。

 

「死亡した彼らは相応にレベルが高いプレイヤー達でした。そして、ユウキさんに関しては、攻略組トップクラスの実力を誇ります。その彼女達がほぼ全滅した事実から考えて、ユウキさんを攫った勢力は《笑う棺桶》だと推測されます」

 

 未知のスキルに、未知の殺害方法。攻略組が知り得ない範囲はどうしても存在するが、それを的確に突いてくるのが彼らだ。それは、キリトですら頭を悩ませた技法の数々であった。現在表沙汰に判明しているユニークスキルはヒースクリフの持つ《神聖剣》ただ一つ。

 だが、もしも彼らが何かしらのユニークスキルを保持していた場合、それはつまり、ユウキ達は実力で負けたというより、想定外の攻撃を受け、ほぼ全滅したと捉えることができる。

 そういう面も考え、可能な勢力は限りなく絞られていたのだ。

 

「攻略組の戦略減少、そして一番の問題はユウキさんが攫われた事実です。この情報は、現在全ての層に行き届いてしまっていると考えて間違いありません」

 

 このまま行けば、攻略組の信用にも関わるだろう。今更情報規制なんてしても遅い。何処からこの情報が流されたのかは不明だが、こういう手を使ってくるのは恐らく実行犯。この場合で言うならば、それは《笑う棺桶》の作戦に違いない。誰が考えそうなことかなど言うまでもないだろう。そもそも、彼らはこのデスゲームからの脱出を望んでいない。合法的に殺せる、この環境であることが大事だと考えているはずだ。

 それはつまり、攻略組の方針とは真逆であり、同時に妨害に等しい。ユウキが攫われていなかった場合、今日の夜にでも迷宮区内の完全なマッピングデータが情報屋に流され、攻略組はその会議に追われていたはずだ。この事態は、奴らが狙ってやったのと何ら変わらないのだ。

 

「そこで、皆さんには早急に判断してほしい議題があります」

 

 もはや、何を言おうとしているのか全員が分かっていた。ハッキリ言って、これは酷な内容だ。これまで通り進行を円滑に進める役目として、司会を務めなければならないアスナの心境が痛いほど分かった。この発議に、大切な友人の命がかかってしまっているのだと分かっているから———

 

「攻略を一時中止しユウキさんを助けるか、このまま攻略に専念するか。そのどちらか、ここにいる皆さん一人一人に判断していただきたいと思います」

 

「———その議題、少し待ってもらえるだろうか」

 

 右手に座る《聖竜連合》のメンバーの中から、見覚えのある男性が発言した。銀に青の差し色が入ったプレートアーマーに、背負われた主装備のランスは二メートル近くも突き出した姿は、間違いなく昨日まで《圏内事件》に巻き込まれていた被害者の一人であるシュミットだ。昨日の今日でまたアイツらの名前を聞いたのは災難だろうが、この場において彼の意見は重要なものになるはずだ。それは良い意味でも、悪い意味でも。

 

「アスナさん。まず前提として、ユウキさんの居場所———いや、この場合はこう言うべきだな……。《笑う棺桶》の根拠地は判明しているのか? 分からない以上、助けるにも助けられないと俺は思っている。奴らを知っている俺達の考え通りなら、数日かけて探す間にも彼女の命の保証はできなくなる。攻略最優先、などと俺も言いたくはないし、出来ることなら救いたいが、どうやって捜そうと言うのか。それをお聞かせ願えないだろうか?」

 

「……それは」

 

 言葉に詰まるアスナ。この場において、シュミットの主張はどちらに偏る訳でもない。全く以て正しいものだ。事実、昨日襲われたばかりの彼からすれば、奴らはもう見たくもない相手だが、彼もまたユウキに恩がある人物の一人だ。昨日の一件とは別にだが、それでも、彼は自身の震えに打ち勝ち、発言している。先程、キリトは二人で助けに行くことも考えたが、今になって考えれば、居場所が分からないのだ。これでは手の打ちようがない。第一、奴らの根拠地は元旦以来常に捜索されているが、一向に尻尾すら掴めていないのだ。

 

 一同が沈黙する。時間をかければ確実にユウキは助からない。だが、居場所が分からない。助けられるかも分からないのに、時間を無駄にしても良いのか? それなら攻略を最優先し、彼女の犠牲を無駄にしないことが大事なのでは? そんな思考が堂々巡りとして浮かんでは消えていく。

 

 そんな中———

 

「——た、たたっ、大変ですッ!」

 

 会議室の扉を勢いよく開け放ち、《血盟騎士団》に所属するプレイヤーが飛び込んできた。彼の顔は真っ青であり、その言葉からも急を要する事態であることは誰にでも理解できた。

 

「貴様、会議中だぞ!」

 

「いや、構わない———何があったのか、聞かせてくれたまえ」

 

 ヒースクリフの後方に立つ幹部が、飛び込んできた構成員を怒鳴るが、それを彼は制して理由を問う。それに対して、何度も言葉を詰まらせながらも、しっかりと答え切る。

 

「———て、敵襲です! 門番を命じられていた(タンク)戦士達が薙ぎ倒されています!」

 

「《血盟騎士団》の(タンク)戦士を……薙ぎ倒しただぁっ!?」

 

 《風林火山》の団長であるクラインが驚愕の声を上げる。同様に他の者達も騒めき出す。《血盟騎士団》の壁戦士は、堅牢であることが知られている。その硬さは、ヒースクリフほどではないが、この世界においては凄まじいものだ。その彼らが薙ぎ倒されているというのは、あまりにも信じ難い事実だった。加えてここは、《圏内》だ。殺すことも傷付けることもできない場所で、薙ぎ倒しているということは、障壁によるノックバックだろう。

 それはつまり、あの重量を薙ぎ倒せるノックバックを発生させられる強さを誇っているということだ。

 混乱の渦となろうとしていた会議室内で、ヒースクリフは冷静に問う。

 

「———敵は何人だね?」

 

「……た、たった一人です! たった一人で次々と薙ぎ倒しています!」

 

 たった一人。その言葉を聞いて、ヒースクリフは興味深そうに頰を緩める。その瞬間を見ていたキリトには、嫌なものを過ぎらせた。昨日解決された《圏内事件》。その相談をしたことがあったが、その時でさえ、そんな表情を一度もしなかった男が、興味深そうに頰を緩めたのだ。あまりにも人間味が薄いと思っていたキリトからすれば、不気味なものにすら感じたのだ。

 

 

 

 そして———

 

 

 

 

 

「———おい、邪魔だ。そこ退けよ」

 

 

 

 

 

 短く発された一言と共に、先程までヒースクリフに説明していた構成員が会議室の一番奥の壁にまで吹き飛ばされる。当然ダメージはないが、障壁によるノックバックと顔面強打により、もしかすれば気絶しているかもしれない。衝撃と共に撒き散らされた煙で姿が見えなかったが、ある程度のシルエットがハッキリし始めていた。

少年、だろうか。シルエットから読み取れたのはそれだけだった。しかし、それはだんだん煙が晴れていくことで、少しずつ正体が判明していく。

 

 まず判明したのは、全身は金属鎧ではなく、灰色に染まった皮装備。全身にピッタリ張り付くものではなく、コートを纏ったものである。身長はキリトとよりも少し低いくらいだろうか。煙を裂いて現れたのは、古びた片手用直剣。錆びついているような有様だが、異様な気配が漂っている。

続いて姿を見せたのは、その少年の髪だ。毛先だけが白く、黒いショートヘアーで、その前髪は逆立てられている。晴れていく煙の中から、黒い瞳が姿を現わす。

だが、その瞳には光が灯っておらず、何処か薄暗く虚ろなものだった。生気がなく、死んだ魚のような目に磨きがかかっている。矛盾した表現に思えるが、そう表現するのが一番相応だった。そこまで来ると、流石に全員が理解した。この少年が果たして誰なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———アーカー……なのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐る恐る、キリトが掠れる声で訊ねた。

 信じられないものを見るような、そんな声で。それには理由があった。

 

 まず、ここにアーカーが現れるとは思っていなかったのだ。偶然とはいえ発見された彼は、ユウキから姿をまた隠そうとしていた。賭けデュエルに勝った時の条件も、身を隠すための時間を設けるためだった。だから、この事態だろうと姿を見せることはないと思っていたのだ。

 続いて。彼の姿が、数時間前に見た時のものとは違っていたからだ。つけている装備は変わっていない。だが、彼の目が昨日より増して虚ろで、光がもはや灯らないのではないかと思えるほどの暗さだった。加えて、やや煤痩けたような顔は、さらに生気を感じさせない。髪はさらに乱れ、逆立てられた前髪が彼そのもののイメージを大きく変えていた。少しばかり大人びた少年から、もはや何も信じていない空虚な少年へと変わったと言うべきか。

 数時間前とは大きく違った変貌ぶりに、キリトには信じられないような思いがあったのだ。

 

 その声に気がついたのか、乾いた笑いを零す。

 

「よぉ……キリト、数時間ぶりだな……。お前もここにいるってことは……ああ、なるほどな。なんだ、ちゃんと話し合ってたのか。話が早くて助かるな……」

 

「ぜ、《絶天》が……何故ここに……奴は最前線攻略にしか興味がなかったのではないのか!?」

 

 《血盟騎士団》の幹部の一人が声を上げる。

 何故ここに現れたんだ? その問いには、どうでも良さそうにアーカーは、視界に映る全員の顔を見てから、少し考えると———歩き出す。

 

「なあ、ここにヒースクリフっているよな……? 少し話があるんだが、教えてもらえるか? こっちは、用があるから立ち寄ったのに、さっきから邪魔され続けてイライラしてんだ」

 

「貴様如きが団長と謁見する許しが出るはずがないだろうがァッ!」

 

 忠誠心が強い《血盟騎士団》幹部が両手用直剣を握って飛び出す。その勢いのままソードスキルを発動し、アーカーに向かって突撃。一撃で吹き飛ばして、団長の安全を確保しようと考えたのだろう。キリトを除くソロプレイヤー達が、その姿にホッと一息つこうとするが、彼は一息などつけるはずもなく、素早く全員に叫ぶ。

 

「今すぐ全員しゃがむんだ! 早く!」

 

 その声が言い切ると同時に、大音響を撒き散らしながら、先程アーカーに向かって突撃した幹部がまんまと吹き飛ばされた。横薙ぎにソードスキルが放たれたのか、衝撃波が室内を伝う。吹き飛ばされた男は重装備を着込んでいたはずだが、少しの間空中遊泳を楽しんだ後、先程まで会議室らしさを演出していたテーブルとチェアをいくつか破壊しながら墜落する。装備していた紅白色のプレートアーマーは、粉々に破壊され、無残な姿が晒された。もちろん、HPは一切削れていないが、その有様にはほとんどの者が恐怖すら抱いた。

 

「さっきも言っただろうが……邪魔だ。……俺だって邪魔さえされなければ、ご自慢の重装備をボロ雑巾にするつもりなんざ一つもなかったんだがな」

 

 溜息を大きく吐きながら、もう一度周りを見渡す。ヒースクリフという男が噂通りの傑物ならば、この程度のことで腰が引けたりはしないだろう。堂々としている奴がきっとそうだ。そう考え、視界に映る顔触れを見ていき———発見した。そういえば、先程の男は、ヒースクリフが団長だということを真っ先に証明してくれていたなと思いながら、その男の前に立つ。

 

「……お前が、《神聖剣》のヒースクリフか?」

 

「———如何にも。初めましてかな、《絶天》のアーカー君」

 

「だろうな。俺が攻略組を離れた後、お前達が攻略組として戦ってきた。……そうだろ?」

 

「先人にそう言われると喜ばしいものがあるな。……先程の君の実力を拝見させてもらった。是非とも我がギルドに欲しい実力者だ。どうだろうか、《血盟騎士団》に来てはくれないだろうか?」

 

「……誘いは悪いが、俺はソロだ。今後も俺のやりたいようにやる。……今回ここに来たのは、交渉したいことがあったからだ」

 

 それが無ければこんな場所に来たりはしないと言いながら、アーカーは単刀直入に交渉内容を語る。

 

「———《笑う棺桶》の根拠地、その場所を知っている。攻略組から何人か、死ぬ覚悟ができている奴を貸してもらえるか?」

 

「———なっ!?」

 

 《笑う棺桶》の根拠地。先程シュミットが主張に出した中で、一番懸念されたポイントであるそれを知っている。アーカーがそう宣ったことに、ヒースクリフを除く全員が驚愕する。

 

「なるほど。場所を掴んでいたのか。流石のお手前だ、アーカー君」

 

「……数時間前にPoHと遭遇した際にな。条件付きで吐いてもらった」

 

「ほう、条件付きかね。どのような条件かな?」

 

 多少の嘘を混ぜながら、アーカーは真実を語る。

 

 

 

 

 

「———三日以内に俺が《笑う棺桶》に入ることだ」

 

 

 

 

 

 その一言に、全員が驚愕。直後、一同が忌避感からすぐさま得物をアーカーに向けるが、靡く様子もなく、淡々と続ける。

 

「……三日間はユウキの命は保証されている。もし殺されたと分かれば、俺が味方につかないのをPoH自らが判断したんだからな」

 

「ほう、では、君は向こうに着くと?」

 

「そのつもりが()()()()()無いから交渉しに来た。俺一人で突っ込んで片付けてくる選択肢もあったが、それだとユウキの命が保証できない。……だから、頭数を揃えに来た」

 

「なるほど。確かに、押さえる人数がいなければ難しいだろう。だから、ここで人数を調達しようと考えた」

 

「そういうことだ。それで、貸し出すのか貸し出さないのか。……お前はどっちを選ぶんだ?」

 

 面白いことを言うものだ、小さく微笑むとヒースクリフは指を三本立てる。交渉するのだから、こちらも何か求めたい。そういうことだろう。

 

「攻略組として君に求めるのは三つだ。

まず一つ、君には今後攻略組の一員として共に戦ってほしい。無論、行動はほとんど制限しない。フロアボス攻略の際に召集する程度だと考えてもらって構わない。

二つ、マッピングデータは最優先で提供してもらいたい。無論、報酬を払おう。君が無造作に選び流す情報屋との駆け引きをすることに疲れた部下もいるのでね。

三つ、今後のことも考え、一定期間は君に監視をつけたい。勿論、君が監視役を選んでも構わない。その者に説明責任を求めるが、よいかな?」

 

「……なるほどな、妥当な判断だ」

 

 確かにこれならお互いに利益があり、条件だって飲みやすい。少なくとも、これで文句言うことはなかなか出来ないだろう。多少文句を言おうとするなら、こちらは一度程度なのにそちらは持続することばかりだから不平等だ、くらいだろうか。流石にそこを突くのは馬鹿馬鹿しい。しかし、アーカーはその内容で飲むとは言っていない。妥当とは言ったが、それで構わないなど一言も言っていないのだ。

 

 

 

 そして、何よりこの場で優位に立っているのはお前じゃないんだよヒースクリフ———

 

 

 

「……呆れたよ、ヒースクリフ。お前、立場分かった上でンな戯言抜かしてるなら、ただのバカだよ」

 

「貴様ァッ! 団長を愚弄するか、この痴れ者めェッ!」

 

 ヒースクリフの背後で縮こまっていた幹部共が、一斉に罵倒雑言撒き散らしながら喚く。長を馬鹿にされたことを咎めるという面では〝らしい〟ことには間違いないが、この場にいる全員が未だに勘違いしていることを証明していたのは事実だ。

 呆れたまま、アーカーは、歪んだ笑顔を振り撒きながら答える。

 

「……まずさ、よく考えてみろよ。お前らが欲しいのは俺が持っている《笑う棺桶》の根拠地がある場所の情報だ。ユウキを救おうにも、これが無ければ、三日以内に探し出して救うことなんてできない。今の今まで見つけられなかったお前らじゃ、三日なんて期間で探せるはずが無いだろ?」

 

 実際元旦に結成されてから四ヶ月程だと思われるだろうが、主犯格達に関してはその以前から情報が存在する。そう考えると、これはかなりも前からの話だ。一年以上前から足取りを捉え切れていないのに、どうやって三日で探すというのか教えて欲しいものだ。

 

「加えて、俺は()()()では向こうに着く気はないと言った。お前らも聞いていただろ? ———そう、()()()では、だ」

 

「———ッ!? まさか……アーカー、お前……!」

 

 その一言に、キリトが真っ先に気が付いた。相変わらずの推測力には脱帽したいものだ。その推測が正しいかどうか、それに答えるようにアーカーは続ける。

 

「向こうは俺を仲間にしたいからユウキを捕まえた。あくまでアイツを交渉材料としか思っていない。俺が入らないと分かれば、容赦なく殺される。逆に俺が入れば、ユウキの処遇は俺が好きに出来る。……元々アイツは俺の相棒だった奴だ。別に死なせたい訳じゃないからな。こうすれば、少なくとも命は助かる。お前らの返答次第では、俺がその手を選ぶことも充分にあり得る訳だ」

 

「ふむ、なるほど。だが、それでは脅しとしては弱いと私は思うのだが、そこはどうなのかな?」

 

 ヒースクリフは今の話を聞いた上で、そう判断する。この瞬間にアーカーはすかさずこの男を厄介な敵と判断する。確かにそうだ。特別俺が敵になろうが、今後攻略組として《笑う棺桶》と戦う際に一緒に叩いて仕舞えばいいだけになる。

 だから、俺はもう一押しを加えておく。

 

「確かに弱いな。

 ———だが、俺の打てる手はそれだけじゃない。少なくとも、お前らの首を絞めて、最終的にへし折ることができる」

 

 あまりにも傲岸不遜な態度、一言に、《聖竜連合》の連中までもが怒り心頭のご様子となる。ヒートアップしていく中で、アーカーはクツクツと嗤いながら、〝その手〟を答える。

 

「そもそもだ、お前ら攻略組に入りたい奴らの理由を分かってるか?」

 

 返されたのは沈黙。誰も応えようとしない。

 そこで唯一答えたのは、アスナだった。

 

「みんなを解放したい、救いたい。憧れや羨望、名声……だと私は思うわ」

 

「……大方それで間違ってない。アイツらが攻略組に入りたいのはそういう訳だ。そして、そこを目指す奴らが見ているのは〝評判〟と〝実績〟、そして———〝信頼〟だ。

 だが、もし、ここでお前らが俺の望む通りに動かなかった場合、どうなるか分かるか?」

 

 この辺りで一斉に気が付き始める。おいおい嘘だろお前という声が聞こえた気がするが、まさにその通りだと証明するように嘲笑う。

 

 

「———簡単だ。お前らの〝信頼〟が失われる。何故なら俺が、断られた理由などを、()()捻じ曲げて()()()()()()()()()からだ」

 

 

 攻略組は大事な戦略であり同胞であるユウキを助けようとせず見捨てた! 助けるために力を貸して欲しいと頼んだが断られた! アイツらは攻略以外のことも何も考えていない! もしかすると下層や中層プレイヤーが危険な目に遭っても無視する可能性がある! ……などなど、そういう情報が流されれば、間違いなく彼らの〝信頼〟は失われる。そうなれば、今後の戦力補充は上手くいかなくなるし、それを知って一軍、二軍の者達は離反するかもしれない。職人クラス達も見限る可能性が無いとは言い切れなかった。多少羽振りが良い程度で、信頼にかける相手など商売相手にしたいだろうか? ———俺ならごめんだ。

 

 

「全階層に人気で有名で、皆に信頼されているユウキを見捨てたとあれば、攻略組の〝評判〟も〝名声〟も〝信頼〟も———何から何まで地に堕ちる。誰もお前らを〝信じない〟、〝認めない〟、〝従わない〟。そうなれば……攻略組は終わりだよな? お前らを信じられなくなった奴らは新しい勢力を創り上げ、みんながそっちに助力するかもしれないよなぁ? そんな勢力が生まれれば、仮に対抗したとしても潰される。何せ数の利が違う。短期戦でも厳しいのに、長期戦になれば、即座に敗北が決定するんだ」

 

 

 両手を物語にて登場する演者よろしく、態とらしく動かしながら、壮大に物事を語る。しかし、これは壮大ではなく、かなりの確率であり得る未来予測だ。疑心暗鬼漂うこの世界に、少しの疑惑すら許されない。払拭することも一度の汚点が邪魔をする。錦の旗が偽りに満ちていたとあれば、それはどうしようもないのだ。

 

「き、貴様ァッ! 我らを脅し切るつもりか!?」

 

「ふざけるな! 攻略組に変わる新勢力が生まれる可能性だと!?」

 

「だ、第一、そんな情報、誰が信じるんだよ! お前は攻略組ですらないんだぞ!」

 

 次々と喚き騒ぐ声。

その中に、なかなか良い反論を考えついた奴がいたことには素直に驚こう。賞賛の代わりに教えてやるとしよう。アーカーは腹を抱えて嗤いながら答える。

 

 

「そうだ。誰も信じるはずが無い。どれだけ真実だろうと信じられなければ、意味がない。それは向こう(現実世界)でも同じだ。

 ———だがな、お前らさ。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 俺が誰なのか、忘れたわけじゃないだろ?と言わんばかりに答えるアーカー。キリトとアスナ、ヒースクリフはもう気が付いていた。彼が何を考えているかを。

 

 

 

「俺は《絶天》のアーカー。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()《最前線狩り》のソロプレイヤーで、今もその情報は下層、中層プレイヤーが今なお強く信頼してくれている。もはや《鼠》すら相手にならないほどの、情報提供能力を持って……な? そんな俺が、この情報を流すんだ。……逆に信じない奴らの方が少ないだろ?」

 

 

 

 クツクツと嗤いながら、アーカーは次の言葉で締める。

 

 

 

 

 

「〝()()()()()()()()〟ってな。

 ヒースクリフ———この手は読めたか? 」

 

 

 

 

 

 そう、これで終わり。ここまで来れば、どちらの立場が上で、交渉するにも有利で、従うべき立場がどちらかなど、余程の馬鹿じゃない限り分かるはずだ。キリトでさえも、顔を真っ青にしてこちらを見ている。その顔には〝攻略組の、それもヒースクリフを相手に、圧倒的なまでに追い詰めてみせたのか〟という賞賛と驚愕、不気味なものが混ざり合ったものが浮かんでいた。アスナもまた然りだ。他の奴らには、もはや先程の威勢もない。あとはヒースクリフだけだが———

 

「———見事だ、アーカー君」

 

 賞賛と共に拍手を送りながら、彼は素直に認めた。何処か()()()()に、何処か()()()()に。人間味のなかった男に、人間らしいものが微かに見えた気がする。

 

「私も君を甘く見ていたようだ。有利なのは君の方だった。分かってはいたが、私の誘いに乗って妥協案を出してくるのではないかと思っていたのだよ。まさか正面切って〝従わなければ、こうするまでだ〟と言われてしまうとはね。認めよう、今回は私達の負けだ。

 ———しかし、たった一つだけ呑んでもらいたい条件がある」

 

「………言ってみろよ」

 

 

 

「———君に、ギルドを創ってもらいたい」

 

 

 その一言に、全員が驚愕する。それにはさしもの《絶天》のアーカーと言えど、多少なりとも含まれていた。てっきり向かわせる部下達の命を守って欲しいとかその辺りだと思っていたからだ。

 

「………理由は?」

 

「簡単だ。現在この攻略組は二つの大きな勢力によって成り立っている。時に勢力とは拮抗するよりも、分立した方が安定する。〝三権分立〟に近い考え方だが、僅かなズレで崩れるような均衡では安定しない。そこで、君がもう一つの勢力を創り上げることで、今よりも安定したバランスを維持したい。ソロプレイヤーの者達も集まれば、大きな勢力だが、彼らには彼らなりの信条があるだろう。できることなら半年以内に頼みたいが———可能かな?」

 

「……それぐらいならな。ただし、影に徹していいなら、やってやるよ。もちろん、ユウキを助けられなかったら、俺はお前らを見限るつもりだ。その話も自然と無いことになることを覚悟してろ」

 

 それだけ伝えると、アーカーは『二日後の早朝までに人員を用意しろ。集合は最前線の転移門前。根拠地には移動してから正面突破で殴り込む。急襲してもアイツらには無駄だからな』とだけ伝えると、ヒースクリフに背を向け、会議室の出口に足を動かす。要件は済んだ。望んだ通りの動きになった。ならば、やることは限られる。あとは救うだけ。そして終わらせる。

 

「———ああ、そうだ。キリト、あとで話がある。賭けをした場所に来い」

 

 そっと懐かしむようにキリトを呼び出すことにし、アーカーはその場を立ち去った。その後、会議室に響いたのは罵詈雑言だったようだが、気にする訳がないだろう。

 

 

 

 

 

「……ユウキ。これが、最後に俺がやってやれることだ」

 

 

 

 

 

 これで最後にしよう。

 本当に最後の手助けだと信じて、アーカーは泣き笑う。《隠蔽》スキルによって、一時的に誰にも姿が見えなくなった後、彼は静かに転移門へと入り、待ち合わせとなる最前線へと飛ぶ。

 

 

 

 

 

 ユウキ殺害まで残り2日と20時間。

 

 

 

 

 

 殲滅と自覚 前篇 —完—

 

 

 

 

 






ついに決行される《笑う棺桶》討伐作戦。

アインクラッドの地獄の底で、死が立ち込める中、

アーカーはその本質を現した。

果たして、ユウキの命は如何に———

次回 殲滅と自覚 後篇




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