ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 ツイッターで散々悩んでましたが、何とか投稿しました。ぶっちゃけた話、結構酷いですね。駄文がどうこうとかそういうのよりも先に、ストーリー暗っ!?ってなりますね、恐らく。
 想定では恐らく二話。それが終われば、漸く明るい話になると————思います、多分。
 それまでお付き合いいただければと思います。
 ちなみに階層はこちらで決めました。公式決定がなかったので。あと、日程もだいたい想定できたのですが、今後のために早めました。本来はだいたい八月から九月ですね(SAO5巻見ながら)
 そういうところが変わっていますので、どうかご理解を。





12.殲滅と自覚 後篇

 

 

 

 

 

 

「一つ質問だ、ヒースクリフ」

 

「何かな?」

 

 静まり返った一室で、互いに背中を向けたまま、少年は問う。

 

「……モンスターの首を落とした時、普通の攻撃と違って即死判定が出る。フロアボスみたいな例外は、そもそも首を落とせないだろうから無視するとして、一つ気になったことがあった。お前はこの世界のことをかなり知っているみたいだな? キリトから聞いたよ」

 

「なるほど、彼からか。……ふむ。確かにモンスター相手の場合、首を落とせば、流石に死ぬとも。現実でも、仮想でもそこは変わらないだろう———それで、君は何が言いたいのかな?」

 

「単純明快な話さ……」

 

 狂った笑顔を張り付けて、少年は嗤いながら問う。

 

 

 

 

 

「———プレイヤーの首を斬り落とした場合、それも即死判定が出るのか?」

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 四十四層 黒死の渓谷 最奥

 

 

 

 

「…………ぁ………れ…………」

 

 薄暗く、光がほとんど届かない陰湿な空間。天井に釣り下がる鍾乳洞から滴り落ちた雫が頰を濡らし、漸く彼女は目を覚ました。

濡れ羽色の艶やかなパールブラックの長髪に、赤いヘアバンド。健康的な身体つきに、乳白よりの肌色。かつては自己主張が激しかったアホ毛は今や垂れ下がっているが、それは彼女らしさを象徴するもの。

 

 間違いない。彼女は《絶剣》の二つ名を持つ、攻略組のトップソロプレイヤーであるユウキだった。

 

 長い眠りについていたような感覚に浸りながら、ユウキはゆっくりと周りを見渡す。光がほとんど届かないせいで、何があるのかすらよく分からない。その暗闇が、不気味さを強めていくが、彼女の意識はまだ回復し切っていないせいか、その不気味さにすら気がつかない。

 ぼやける思考を少しずつ整えていきながら、ここが何処なのかを思い出そうとする。かつて、似た景色を何処かで見たことがないか、と。

 しかし、思い出すことは叶わない。代わりに思い出せたのは、二十七層での救出作戦でのこと。

 

「……ボクは……ハナさんの仲間を……助けに行って…………それで…………」

 

 ———裏切られた。

 突然過ぎった思考が、一気に意識を回復させた。身の毛もよだつような悪寒が背筋を撫で上げ、一度全身をぶるっと震わせてから、もう一度周りを見渡す。やはり何も見えないが、先程と違い気味が悪いと素直に感じる。もっと周りをしっかりと確認しようと身体を動かすが———何故か叶わない。

 

 どうして?

 そう疑問を浮かべたユウキの視界に映ったのは、自身の両手をこの不気味な空間の壁へと繋ぐ、頑丈そうな手錠と鎖。お尻が地面に付いていると感じる辺り、両手のみ吊るされている状態なのだろう。当然、腰に差している鞘や愛剣の片手用直剣の存在を感じない。没収されたものと考えて間違いない。

 

「ボクは……捕まった…………?」

 

 この状況からして、殺された後の訳では決してない。考えられるのは捕まったということだけ。蘇生アイテムが十秒程度しか使えるタイミングがないことを知っているユウキには、どうしてもここが死んだ後には考えられなかった。頰を濡らした雫の感触もしっかりあるのが第一の証明だ。手首を縛り吊るしている手錠や鎖も同様に。

 

 そこから、導き出された〝捕まった〟という結論。それは一体何処の誰に捕まったのか、へと直結し、すぐさま答えは出ていた。最後に記憶に残った景色に映っていたのは、二人のプレイヤー。

 

 片方は、ボロボロのマフラーを巻きつけた皮装備の男。

 もう片方は、いかにも怪しい魔術師風の横笛使いの男。

 《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の幹部達。その二人の手によって、ユウキ達は突然《麻痺》状態へと陥り、そして———

 

「みんなは……どうなったの…………?」

 

 一番最初に何かをされて意識を失ったのはユウキだった。そのせいか、仲間達がどうなったかさえ分からない。今も何人かは同じように捕まっているのか———

 

「確かめなくちゃ……」

 

 そのためにはまず、両手を縛る手錠と鎖をどうにかしなければならない。愛剣も投擲用ピックもない以上、選べる手は僅かなものだけだ。自傷覚悟になるかもしれないが、両手ごと手錠を何度も壁に打ち付けるしかない。

 

「……よし、行くよっ!」

 

 その場から立ち上がって、出来る限り鎖を伸ばしながら、勢いよく壁に向けて叩きつける。ぶつけた瞬間に衝撃によるエフェクトが飛び散り、空間に衝突音が鳴り響く。同時に微かな量だが、HPゲージが減る。とはいえ、この程度なら許容範囲と考えて、同様の行動をひたすら続ける。

 

 そこから数分ほど続けていると、とうとう手錠の耐久値が残り僅かとなった。このまま行けば、自由に動くことが出来るようになる。そうすれば、ここから逃げ出すことだって出来るはずだ。その思いがユウキの背中を押していた。あと一撃で叩き割るために、先程よりも勢いをつけて壁へと———

 

 

 

 

 

「Wow……コイツは驚いた。ただの女だと甘く見ていたが、意外と根性あるとはな……」

 

 

 

 

 

 身の毛もよだつような悪寒が背筋を撫で上げ、反射的に壁際まで後退し、出口に目を向ける。薄暗い空間の中では、遠くを見渡すことすら叶わないが、それでも、濃厚なまでの《殺気》というものを———フルダイブしている以上、曖昧なものはデジタルデータにすらならないため、現実以上に感じるはずはないのだが———感じていた。先程耳にしたのは聞き覚えがない声だったが、それでも、この状況下で現れるとすれば、だいたいの所属はハッキリする。間違い無く、この男も《笑う棺桶》のメンバーだ。

 

「………………」

 

「……悪くない殺意だ。まだまだ甘いが、少し理由を与えるだけで真価を見せてもおかしくねぇ。アイツほどじゃねぇが、()()()()()

 

 楽しげに嗤うそれは、ゆっくりと姿を現した。左手に松明を持っていたせいか、暗闇が晴れていくと共に明るさが増していくが、同時にその人物が誰なのかをハッキリと理解させていた。

膝上まで包む艶消しの黒ポンチョに、目深に伏せられたフード。右手に握られているのは、中華包丁のように四角く、血のような赤黒い刃を持つ肉厚の大型ダガーだった。

その特徴を持っている殺人者は一人しかいない。攻略組が要注意人物として真っ先に上がる、アインクラッド最悪の男———PoHだった。

 

「……よりにもよってPoHかぁ……。ボク、運が良い方だと思ってたんだけどなぁ…………」

 

「But、お前は運が良い。俺達がすぐに殺さない時点でな」

 

「……それって、どういうことかな?」

 

「簡単な話だ。お前が飛びっきりの交渉材料だからだ」

 

 肉厚のダガーの背で肩をとんとんと叩きながらPoHは告げる。その一言に疑問を浮かべながらも、何の交渉に使われるのか、誰が交渉相手なのかを考えてみる。オレンジギルドに恨みを買われている可能性がないわけではない。ソラを探す途中で見かけて《牢獄》に送ったことは確かにある。

 しかし、それは理由としては弱いと判断した。オレンジギルドの依頼を受けないわけではないが、わざわざそんな依頼をこの男が受けるとは思えなかったからだ。殺せ、という依頼は嬉々として受けると考えても、今ユウキはこうして生かされている。それが引っかかったのだ。

 

 そうなると考えられる交渉相手は一つ。

 ———攻略組だ。

 

「ボクを餌に攻略組の邪魔をするつもりなのかな? ———だったら、その程度じゃ意味がない。ボク一人いなくなっても、みんなは足を止めたりなんてしない」

 

 攻略組の最終目標は、この世界からの解放。ゲームクリアだ。そのために実力者が必要なのは事実だが、たった一人のために犠牲が増えるようなことはしないはずだ。ボクがいくら強かったとしても、二、三人、それ以上でもそれ以下でも犠牲にして欲しくない。アスナならきっとそこを汲んでくれるはずだ。キリトだって、そう考えてくれるはず。そう信じて、真っ向から告げる。

 

「Great、素晴らしい自己犠牲の精神だ反吐が出る———と、言いたいところだが、()()()()()だ。いつか本性を引き摺り出してみたいもんだな」

 

「まるでボクが人殺しをしたい人みたいな言い方しないでよ! ボクはそんなことちっとも思ってなんか———あれ……? ()()……()…………?」

 

 お前も特別だ。

 その一言が、強く引っかかった。ボク以外にもPoHにそう思われた人物がいる? その人はとても不幸だ。そう思った。しかし、同時にそれが誰なのかが気になった。

 疑問を浮かべたユウキに、PoHはクツクツと嗤いながら、先程告げた交渉相手について補足した。

 

「交渉する相手は攻略組なんかじゃねぇ。アイツらと交渉するくらいなら、お前をさっさと嬲り殺した方が楽しめるだろうよ」

 

「……攻略組じゃ………ない…………?」

 

 僅かにホッとする一方で、そうなると一体誰が交渉相手なのかという疑問が膨れ上がった。思い当たる相手はいない……はずなのに、先程よりも強く何かが引っかかっている。それが誰なのか、記憶を頼りに探そうと思考を巡らせる。

 

 キリト?———違う。

 アスナ?———違う。

 アルゴさん?———違う。

 エギルさん?———違う。

 

 ここ暫く親しい人物を思い浮かべ続け、攻略組以外の条件を当てはめながら考える。しかし、浮かべた四人も、攻略組やその関係者だ。他にも何人か覚えがあるが、この状況で関係があるとは思えなかった。そうなると、PoHが告げた交渉相手とは果たして誰なのか———

 

 

 

 

 

 ————————ユウキ

 

 

 

 

 

 ずっと会いたかった人の、懐かしい声が脳裏に響いた。記憶にある少年の一声から再現された、あくまで記憶でしかなかったが、それでも、交渉相手が誰かという、彼女の浮かべた疑問に対する答えとして確定させるには充分すぎた。

 

「———まさか………ソラが」

 

 そんなはずない。そう思いたかった。絞り出すような小さな呟きに、流石のPoHも聞き取れなかったが、ユウキの浮かべた表情から答えに辿り着いたと察して、ニヤリと口角を吊り上げると共に告げた。

 

「アイツは必ず来るぞ、お前を取り返しにな。兄弟(ブロー)としてか、敵としてか。どちらにせよ、俺には楽しみで仕方がねぇ」

 

 狂った笑顔を浮かべ、地獄の皇子は狂気と共に告げた。これから来るだろう少年が同胞としてとなりに立つにせよ。交渉決裂と共に壮絶な殺し合いに発展したにせよ。一人の少女が攫われただけで引き起こされる、アインクラッド最大の、壮大で血生臭い殺し合いに対する悦楽を想像して———楽しげに嗤った。その表情は、ユウキがPoHを視認できなくなるまで続き、暗闇の中に小さな光だけを残して消えていった。

 

 それを知ったユウキは、縋るような気持ちで祈る。もう少しで手錠を壊せることすら忘れて、ただひたすら願った。

 

 

 

 ———どうか、ボクを助けるためにソラが来ないでください、と。

みんなが助けに来て、たくさんの人が殺し合わないでください、と。

 

 

 

 最早、それしかユウキには祈ることができなかった。

 しかし、その祈りは届かない。

 直後、とてつもない衝撃が渓谷全体を揺らした。その意味が分からないほど、ユウキは馬鹿ではない。来てしまったのだ———最強のソロプレイヤー、《絶天》のアーカーが。

 この一年間を除いて、ずっとそばにいたユウキですら見たことがないほどの、憎悪に満ち満ちた姿と共に、尋常ではない殺意を纏って、《笑う棺桶》の根拠地を強襲した。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 四十四層 黒死の渓谷 《笑う棺桶》根拠地入り口

 

 

 

 

 

 入り口付近に転がっていた巨大な大岩が突然砕け散った。砕かれた大岩は《破壊不能オブジェクト》手前だ。こんな芸当が出来るのは、余程STRに偏った振り方をしている重戦士か、圧倒的なまでの高レベルプレイヤーしかいない。衝撃が渓谷全体を伝い揺らして、襲撃を知らせる。すぐさま臨戦態勢を取る殺人者達は一斉に、衝撃の起点へと視線を向ける。大岩が砕け散ったことで起きた煙は一度だけ振るわれた剣風に裂かれ、そこから一人のプレイヤーが姿を現わす。それは灰一色に染め上げられた皮装備の少年だった。そんな姿をしているのは、このアインクラッドで一人しかいない。

 

 小さな体躯からは想像できない、圧倒的な存在感と殺意は、さしもの殺人者達ですら畏怖させる。数日前、PoHがご機嫌で語っていた理由をここに来て理解した一同は、今だけ自分達が正常な人間であるようにすら感じていた。それほどまでに、纏った殺意は尋常ではなく、ここが仮想世界だということすら忘れさせていた。

 

「おいおい来やがったぜ、あの野郎。ウタカタ、アレは仲間になると思うかぁ?」

 

「いや、ないね。僕には全力で殺しに来たように見えるよ。いや、ホント……これは洒落にならないよ…………」

 

 最高の殺し合いが出来ると嗤うアイザックに対し、相棒であるウタカタは空笑いを浮かべた。その表情にはいつもの余裕はなく、冷や汗を掻いてすらいる。気を抜けば、手が震える。暗闇の中で猛獣に遭遇した時のような、そんな感覚にすら匹敵した。これまでどんなモンスターに遭遇しても平気な顔をして、むしろプレイヤー達には恐れられていた側である殺人者達は、今だけは恐れを感じ始めていた。

 

「………………」

 

 無言で襲撃者———アーカーは《索敵》スキルを発動させると、アイザック達の方を見た。強まる殺意。見られただけだというのに、心臓に杭を打ち付けられたような衝撃が走る。PoHを初めて見た時に感じた異質なものとは違う、別の異質さは果たしてアレが、本当に同じ人間なのかという疑問を抱かせた。

 

「いいな、いいぜ、最高だ……ゾクゾクするなぁおい! 今まで見た中でも最高に狂ってるぜ、アイツ!」

 

 殺気に当てられ、猛る本能を抑え切れず、アイザックは現在はまだ安全圏である位置から下へと飛び降りる。なかなかの高さを飛び降りたが、そのHPは全く減少しない。今日に備えてレベリングでもしたのだろうか。だが、それを気にすることなく、アーカーは静かに訊ねた。

 

「ユウキは何処だ」

 

「おいおい《絶天》さんよ。《絶剣》よりも先に白黒ハッキリさせることがあんだろ? ほら、答えろよ。お前は俺達と共に来るのか、それとも———」

 

 勢いよく納刀されていた鈍刀を抜刀。アーカーの首筋に突きつけると、同時に狂人らしい狂喜の笑みを浮かべる。血走った瞳からは、正常な判断が出来ているとは思えないが、正気に戻してやろうなどという気は全く起こらない。真に狂えるところまで狂ったというべきなのだろう様子はとてもお似合いだった。

 

 

 

「———俺達と殺し合うのか。俺としちゃあ《絶天》、アンタと殺し合いてぇなぁ……たまんねぇよ、その顔。今にも俺達の誰でもいいから殺したくて仕方がないって顔してやがる」

 

 

 

 

 

———今にも誰かを、殺してみたいって顔してやがる。

 

 以前、PoHに言われた言葉を思い出した。

 

 

 

 

「……ああ、そうだったな、忘れてたよ。答えを返せってアイツに言われてたんだった。俺の返答はなぁ———」

 

 

 

 

 

 ———テメェら全員斬り殺してやる、だ。

 

 

 

 

 

 それを言うや否や、腰に差してあった鞘から古びた片手用直剣が抜き放たれる。AGI値全開の一撃は、本能的にガードに入ったアイザックを得物ごと吹き飛ばし、後方へと後退させた。

 

 それを合図に、先程アーカーが姿を現した辺りから次々と攻略組から選出された討伐隊が雪崩れ込む。その中には、キリトやアスナ、クラインなどユウキと親しいメンバーも参加しており、各々が覚悟を決めて突撃していた。急襲してくると考えていた殺人者達は、予想に反して正面から強襲してきたことに戸惑いはあれど、殺したいという欲求に獣のように従い、次々と混乱の中に乗じて飛び込んでいく。

 

「クハッ、クハハハハッ! 最高だ! これが見たかった! ずっと! ずっと、こうしたかったんだよ俺様はァッ! やっぱりテメェは最高だ、《絶天》のアーカァァァアアア!!!」

 

 開幕吹き飛ばされたアイザックもすぐさま起き上がり、狂喜に孕んだ表情を浮かべながら、鈍刀を構えて飛び込んでいく。狙いは言うまでもないが、そこに辿り着くまでに当然邪魔者はいる。それが例え、味方であれ、今の彼には最早関係ない。相棒として戦ってきたウタカタを除く全てが敵に見えるのか、前に何かがあれば、それだけで殺していい相手と見なし始めた。擦れ違う味方も敵も、次々と切り裂いていく。

 

「邪魔だ邪魔だ邪魔だァッ! 血、血だ血ィ魅せろ魅せてくれよォッ! 理性ぶっ飛んだアイツの死に様が見てェ! 見たくて仕方がねェ! クハックハハハハハッ死ねッ死ねッ死ねェッ!」

 

 バシャーンという、アバターを構成するポリゴンが無数のガラス欠片となって爆散する音が連続して鳴り響く。手に伝う切り裂いた感触に恍惚とした表情を浮かべる。誰を切り裂いたかなど、この際どうでも良かったのだろう。味方でも、敵でも殺せるならなんでも良かった。アイザックという殺人者の心境など、その程度でも察することができたら完璧に理解したと言っても過言ではなかった。殺せるということが大事なのだ。味方意識など、これっぽっちもないまま駆け抜ける狂人に、一筋の黒い流星が立ち塞がる。

 

「お前は……ッ! 味方も容赦なく殺すのか!」

 

 姿を見せたのは《黒の剣士》キリト。その手に握られた魔剣クラスの片手用直剣《エリュシデータ》が、暴走する機関車の如きアイザックの鈍刀を正面切って押し留めていた。

 

「……あ? 《黒の剣士》かテメェ。……いい、お前でもいいな! どうだ今すぐ俺の刀の錆になってくれ! バラされて悶え苦しんで! 泣いて喚いて命乞いして! 死んで死んでハラワタ全部ぶちまけろォッ!」

 

 狂喜に歪んだ笑顔を振り撒きながら、無茶苦茶な速度で鈍刀が振り回される。そこに剣技など有ったものではない。こんなに無茶苦茶ならソードスキルなど発動しようもない。

 だが、例え無茶苦茶に振り回していたとしても、恐るべき速度で振り回されている以上、下手に隙を突こうものならダメージ覚悟で斬り殺しにくるのが目に見えていた。今の動きだけでどういうステータス振りがされているか、キリトには大方の予想がついたが、よりにもよってAGI極振りだ。

 

 つまり、それはアーカーやユウキ、アルゴと同系等であるということだ。確実にアーカーやユウキよりはレベルが低いが、彼らと違い、殺すことに躊躇いがなく、こうして理性がぶっ飛んでいるというのだから、後手に回れば不利が続く。先手を打とうにもAGI値で負けている。加えて、あの鈍刀に状態異常が付いていないと限らない。下手に一撃を受ければ、それだけで死に直結すると考えれば、被弾することすら許されない。かつてこれまでこれほどまでのクソゲーを味わっただろうか。

 

「……相性…………悪すぎ、だろ———ッ!」

 

 仲間がこれ以上やられることを防ぐために飛び込んだが、無茶なことをしたと素直に認めながら愚痴る。柄にもないことをするべきではないなと思う傍で、周囲に僅かでも目を向ける。援護の一つでも欲しいと思ったのはいつぶりだろうか。アスナならコイツをどうにかできるんじゃないか。ふとそう思うが、瞬時にその判断を取り止める。彼女は彼女なりにやらねばならないことがあるし、そもそもこういう敵と戦うことに慣れていない。下手に変わって不利に陥ったらどうしようもない。やはりここはキリトが意地でも抑えるしかなかった。

 

「くっ———そぉっ!」

 

 無理矢理にでもパリィして反撃し、四肢を捥ぐしか道はない。いくら自分が危険な状況でも、キリトには殺しても構わないという選択肢がなかなかできなかった。それは、アスナもクラインも、他の奴らだって同じはず————だった。

 

 二人の間に飛び込むように何かが落ちてきた。突然銃撃されたのかと錯覚するほどに鬼気迫っていたせいか、思わず距離を取るキリトとアイザック。この世界に銃などというものがないことを思い出したのは、距離を取ってからだ。

 

 ———それじゃあ、この落ちてきたものは一体なんだ? 恐る恐る落ちてきたものが何かを確認するべくキリトは視線を向ける。かなり無防備だった。それは間違いなかったが、どうやらアイザックも同様の行動をしていたらしい。他の殺人者達が迫って来なかった理由も、後から知ることとなる。

 

 落ちてきていたものの正体、それは———《笑う棺桶》構成員アバターの首だった。表示されたHPゲージは恐るべき速度で減っている。その減り方は先日見た《圏内事件》の偽装工作よりも早い。どちらかというと、食べ物アイテムを落としてしまった時の消滅速度に近かった。恐怖と涙に濡れたソレがこちらを見つめた後、すぐさまガラスの欠片となって爆散する。表示されていたHPゲージも消えている。あまりにも早い消滅だ。これまで見てきた死に方と何かが違っていた。

 

「どういうことだ…………」

 

 先程まで味方すら殺していたアイザックは、キリトが押さえていた。ザザやジョニー・ブラックは仲間を殺すことがあったとしても、首だけ刎ね飛ばすような技量はなかったはずだ。それも、あれほどまでに恐怖に呑まれた顔など、普通はならない。彼らは生粋の殺人者達だ。自分達が恐怖に呑まれ涙を浮かべて死ぬことなどあるはずが———

 

「……まさか———」

 

 気がついた。彼らは恐怖を感じていた。少なくとも今日だけでも。その殺気にキリト達ですら当てられた。必死に隠れていたが、思わず声が漏れそうになった奴もいたのをそばで見ていた。その原因を作ったのは誰だ?

 

 PoHか?

 アイザックか?

 ザザか?

 ジョニー・ブラックか?

 ———全員違う。

 

 誰なのか分かった。分かってしまった。勘のいいキリトには、それが誰なのか、今も行われている首切断の妙技を披露している人物が分かってしまった。嘘であって欲しいと願う傍で、彼の心は認めてしまっていた。アイツならやれる。アイツにしかできない。どんな状況下でも最速最短で仕留め切ることができるのは、間違いなくアイツだ。銃撃されたような感覚に陥ったのは、瞬間的に向けられた殺意がその錯覚を引き起こしたせいだ。殺人者すら恐怖を抱く殺意を漏らしていたのは一人しかいない。

 

 

 

 

 

「………お前、なのか……………アーカー」

 

 

 

 

 

 その呟きに答えるように、また一人の首が宙を舞った。赤いエフェクトが、切り離され残された頸部から鮮血のように飛び散り、奇妙なダンスを踊ってから床に倒れ伏した。機関銃に撃たれた際のものとは違った味気ないものだが、それでも気味が悪すぎた。

 続けてまたも首が刎ねられた。それも一つでは終わらない。次々と首だけが刎ね飛ばされ続ける。これで二桁に及んでいた。渓谷の地面が真っ赤なエフェクトに染まっていく。当然それはアバターの死という爆散で消えてしまうため長続きしないが、一瞬でも血の海に染まったことには間違いない。

 

 その血の海に、一人のプレイヤーが立っていた。最早、それが誰なのか。特徴を言わなくとも全員が理解した。

 

「…………ヒースクリフ、お前の言った通りだったよ。プレイヤーの首を刎ねた場合……()()()()H()P()()()()()()()()()()。……お蔭で楽になった。一々全損させてると手間がかかるもんな……」

 

 だらんと伸ばされた両腕に力が入っていないように見える。

 しかし、そう思って飛び込んだ奴らは総じて首を刎ねられ即死していた。つまるところ、あれは相手を油断させて殺すための擬態のようなものに過ぎない。しかし、そういうものは最初の方にしか通じない。事実、彼の周りにいた殺人者達は距離を取っている。近づけば殺されると分かったからではないのだ。今すぐにでもここから離れたい、その思いが次第に強まっているのだ。

 

 中には武器をその場に投げ捨てて、半狂乱に陥りながらも、もたつく舌で必死に「た、助けてくれ! 死にたくない! 死にたくないんだ! ば、化け物! 化け物に殺されるッ!?」と《牢獄》送りを希望する者が少しずつ姿を見せてきた。これまでお前達はそう言った奴らを殺してきたのに何を今更と思うことすら、討伐隊のメンバーが思わなくなるほどに。その希望に答えるように、討伐隊のリーダーが《回廊結晶》を取り出す。その行為に、安堵する命乞いした殺人者。急かす声に、彼が《牢獄》への入り口を作ろうとする。

 

 

 

 直後———〝死〟が、その命を掻っ攫った。

 

 

 

「ひょ…………?」

 

 何が起こったか分からないまま、命乞いした殺人者は、首から下を地に残して宙を舞う。刎ねられた首は、ぐるぐると景色が何度も変わるのを見ながら、《You are dead》の一文を最期に、ゆっくりと消えていく。果たして、彼は現実を理解することなく死ねたのだろうか。

そう思ってしまったリーダー達とは裏腹に、いつの間にか彼らの前に移動していた化け物は、古びた得物を握り直す。

 

「……参ったな。ユウキの居場所、喋らせればよかった」

 

 ガシガシと前髪を掻き上げた後、周りを見渡す。かなりの数いた《笑う棺桶》構成員は、半数以上が死亡していた。その原因は、アイザックとアーカー、その二人にある。後者の方が多いのは言うまでもないが、それでも、残っているのは僅かだ。幹部である《赤眼のザザ》と《ジョニー・ブラック》、《解体屋アイザック》と《魔笛のウタカタ》は未だ健在だということが確認できた。

 

「………ちょうどいい。さくっと喋ってもらうか」

 

 そう言うや否や———死に塗れた戦場を駆け抜けた。

 狙われたのは、《魔笛のウタカタ》だった。

 

「な———」

 

 なんで僕が!などと言い切る前に、アーカーは目と鼻と先にまで迫っていた。当然対応など満足にできるはずもない。つい今しがたまでユニークスキル《魔笛》の効果で操り、殺し合わせていた討伐隊のメンバーをぶつけることすら叶わず、ウタカタはその顔面を容赦なく鷲掴みにされた。

 

「がふっ!?」

 

「なあ、お前。幹部のウタカタだよな? ユウキの居場所、教えろ」

 

「…………人様の顔面掴みながら訊ねるセリフかい?」

 

「……聞こえなかったか? ユウキの居場所は何処だ?」

 

「…………図に乗るなよ、同類がぁっ!」

 

 顔面を掴まれたまま、ウタカタは左脚からの回し蹴りを見舞う。なかなかの速度で放たれた一撃は、確かにアーカーの腰に直撃し、HPゲージを三割ほど減らすことに成功する。これだけのダメージが出せると言うことは、《体術》スキルを習得していることに他ならない。なるほど、あれを頑張った奴も他にいたものだ。

 

 感嘆の声を漏らしそうになったが、アーカーは酷く冷静に、蹴られたことに対するお礼参りをすることを選ぶ。掴んだ右手を後ろに軽く引くと、AGI値に物を言わせた《縮地》に似た動きで、渓谷の壁際まで接近し、その勢いのまま叩きつけた。声にもならない悲鳴が上がり、HPゲージがぐんっと減る。その量は二割ほどだが、それだけで済むはずが無い。何しろ彼は今、尋問よろしく拷問をしているのだ。居場所を話すまで痛めつけるつもりでいるのに間違いなかった。

 

 続けて二度、三度と繰り返すと、ウタカタのHPゲージは半減し、残り四割を切っていた。危険域まであと一撃で辿り着く。その辺りまで来ると、アーカーはもう一度訊ねる。

 

「もう一度聞く———ユウキの居場所は何処だ?」

 

 そこに、かつての彼の姿はなかった。優しく笑い、ユウキを守ってきた。その面影など何処にも残っていなかった。一層でコボルド王を倒す際に見せた冷酷な本質が、かつての比では無い程に表出している。彼であって、彼では無い。そう表現するしか、今の彼の変貌ぶりを言い表せなかった。修羅と化した少年の浮かべた表情に、慈悲の二文字は無い。答えなければ、このまま叩きつけられて死ぬだろう。その事実が、今の今までに蓄積された恐怖心を強く煽り立て———ウタカタの口を割らせた。

 

「…………さ、最奥の……真っ暗な空間だ。そ、そこに……《絶剣》を閉じ込めた……嘘じゃない………!」

 

「……そうか。聞こえたな、ユウキを助けに行け」

 

 ウタカタが絞り出した自白が、手の空いていた討伐隊メンバー数名を動かした。すぐさま救助に向かっていくのが、アーカーの目にも見えた。そっとそれだけ返すと息を吐き、身体の力を僅かに抜いた。掴んだ右手の力も微かに弱まる。微かに緩んだ隙間から、こちらに向かって駆け込んで来る何かに気がつく。僅かに見えたボロボロのマフラーから、それがアイザックだと気がつくや否や、ニヤリと嗤い、ウタカタは反撃とばかりに回し蹴りを放とうと動き始めた。

 

「死———」

 

「———お前が死ね」

 

 直後、回し蹴りが放たれる前に、アーカーの緩んだ右手が再びウタカタの顔面を掴み直し、続いて眩しいほどのライトエフェクトに包まれる。発動したソードスキルは《崩撃》。一度拳を強く握り締め、強烈な正拳突きを好きな場所に見舞う、自由度の高い《体術》ソードスキルだ。《閃打》という初期スキルの上位互換に当たるそのソードスキルは、使い勝手が良いことから習得者から愛好される。しかし、この状況でこのソードスキルは不味かった。一度拳を強く握り締める、その一行を見て彼だけが気がついてしまっていた。このソードスキルの残酷性を。

 

 直後、発動したことで拳を強く握ろうと、アーカーの右手が、ウタカタの顔面を掴んだまま動き出す。元々の高いレベルが生んだSTR値とソードスキルによる加算により、右手は次第に拳の形を作り始めるために、どんどん掴んだものに指圧をかけていく。掴まれたウタカタの顔面———頭蓋に指が沈んでいき、メキメキという音が渓谷に鳴り響いた。声にもならない悲鳴が上がり、それに誰もが振り返る。そして、目を逸らした。ここから先は言うまでもなかった。拳を強く握り締めることができた時には、ウタカタの身体はだらんと床に伸び、足元から次第に無数のガラスの欠片となって爆散していった。

 

「アーカァァァアアア!!!」

 

 大絶叫と共に、先程までキリトと争っていたアイザックが迫る。相棒の危機にいち早く気がつき、接近していたが、やはり間に合わなかったのだ。途中にいた討伐隊を切り裂いていたのが、間に合わなくした原因なのだろうが、今の彼には狂気よりも先に憎悪が沸き立っていた。相棒を惨殺された事実が、彼を正常にしたのだろうか。

 だが、例えそうだとしても、彼らが殺人鬼である事実は変わらない。

 

「邪魔だ」

 

 アーカーは素早く得物を抜き放ち、アイザックの放った一撃を剣の腹で往なし切ると、素早く右手でソードスキルを発動させる。発動したのは、零距離技《エンブレイサー》。右手の五指を揃えて放つ手刀だ。それがアイザックの左腕の関節に吸い込まれ、容赦なく肘から下を断ち切った。その衝撃に呻きながらも鈍刀を素早く戻し、再度アイザックは斬りかかる。

 

 だが、冷静さを欠いた時点で勝ち目など無かった。鈍刀は見た目以上の鋭さと耐久値を持っていた。とはいえ、アーカーの持つ古びた片手用直剣は、PoHの《友切包丁(メイトチョッパー)》同様、一定条件を満たし続けることで性能が上がり続ける代物だった。あれと真逆であるとあうことは、当然アーカーの持つソレはプレイヤーを斬るべきものではない。その証拠に、ここに来る前は存在しなかった血糊が古びた刃に張り付き始めていた。

 

 しかし、そうであったとしても斬れ味は健在だ。無茶な扱いをしていたことや、アーカーによってガードさせられていたことで耐久値をすり減らしていた鈍刀は、反撃に見舞われた一撃によって破壊される。鈍刀として、本来あるべき終わり方が広がる。散らばった刃片は、無数のポリゴンの欠片となって散っていく。アイザックの手に握られた得物は残さず消滅すると、その場に立ち尽くした。さしもの《解体屋》も得物が無ければ何もできないだろうが、アーカーは念入りだった。動かぬ的に向けて、容赦なく得物を振るい、右手を斬り飛ばした。これで両腕は捥いだ。あとは足だけだが———

 

「………………」

 

 わざわざそこまでする必要はないと、漸く()()()働いた。身動きしなくなったアイザックから筆頭に、生き残ったメンバーが次々という《牢獄》へと送られていく。それを見て、少しずつ心にかけていた鍵が外れていく。一年間———ユウキと喧嘩別れをしてから一度として解くことがなかった、感情を封殺する鍵のイメージがゆっくりと崩壊する。理性や常識が前へと出てくるのと同時に、封殺されていた感情が強く作用し、今までの自分の行動全てを鮮明に思い出し始めた。

 

「………ぁ……れ…………?」

 

 俺は相手が人殺しの殺人鬼だからってなにをしてきた?

 キリトと賭けをして、その最中でアイツになにをした?

 

 ふと両手を見る。何も付いていな———いや、付いている。忘れようとするな、しっかりと思い出せ、目を背けるな、そこに付いているのはなんだ? なんなんだ? それが何か分かっているだろう?———血だ。俺が殺したプレイヤーの血だ。降りかかった赤いエフェクトが、この時だけは血に見えた。最早、そこには跡一つ残っていないのに、殺した時の感覚が甦り、取れない血に両手が汚れている錯覚が強まった。

 

「………ぁ…………ぁぁぁ……………」

 

 ストレージから水の入ったアイテムを取り出し、急いで手にかける。しかし、落ちない。続けて勢いよくポーションなどの液体が入ったアイテムを手に振りかける。落ちてくれ、落ちてくれ、お願いだから落ちてくれ———

 

「………落ちない………落ちない…………落ちてくれよ………っ!」

 

 両手を紅く染め上げる血は全く落ちなかった。思わずそれを見て、素早くアーカーは得物を手に取り、勢いのまま自分の右手から順に落とそうと勢いよく振り抜いた。腕を落として、その後欠損から回復すれば流石に手は元通りだと思った。元々の、血に汚れていない手に戻るはずだと、妄信的に信じて———

 

「何をしてるんだ、お前はっ!」

 

 ———右手を切り落とす直前で、得物を握っていた左手をキリトが掴んでいた。

 

「………きり………と…………」

 

「お前、大丈夫か? さっきから様子が変だぞ。突然手を洗い出したり、後退ったりして」

 

「……キリト………俺の手は…………どうなってる…………」

 

「どうにもなってない。そもそもこの世界で汚れることなんてないはずだ」

 

「………そう………だよな…………そのはずだ」

 

 ここは仮想世界だ。わざわざ汚れエフェクトまで実装できるなら、お風呂などの液体エフェクトも中途半端なはずはない。大丈夫だ、俺の手は血に汚れてなんかいない———

 

「………ぁ…………ぁぁぁ……………ぁあぁ……………」

 

 ———その手は、真っ赤に染まったままだ。さっきと何ら変わっていない。血に汚れた両手は、紛れもなく俺の手だ。俺が殺したプレイヤーの血に汚れ切ったままなんだ……!

 

「……ぉれが………殺した………ぉれが……たくさん………殺したんだ…………っ!」

 

「大丈夫か、アーカー! しっかりしろ!」

 

 魘されるように呟くアーカーの肩を、異変に気がついたキリトが揺する。しかし、その瞳に光は戻らず、苦しげに絞り出される声は止まない。ひたすら同じ文言を繰り返し、両手をじっと見つめたままだ。震えて怯える。その姿は、先程まで獅子奮迅の戦いを見せ、皆を守るために《笑う棺桶》構成員十何人も殺した少年には見えなかった。とてもじゃないが正気ではない。見る見るうちに壊れているようにすら思える。その様子の異常さに気がついたアスナやクライン、他のメンバーも駆けつけるが、一向に元に戻らない。

 

「キリト君、アーカー君はどうなってるの……!?」

 

「……わからない、もしかすると、全てが終わってからアイツらを殺した実感が強まったんじゃないかと思うんだ……」

 

「これかなり不味いんじゃないのか、キリト! どうすりゃいいんだ!」

 

 アスナ、キリト、クラインがそれぞれどうにかしようと考えるが、アーカーの異常なまでの興奮は止まらない。自責の念と、多くを殺した感触、両手を汚す血の幻覚が続いている。

 

「………ぁぁぁ………ぁぁぁあああっ…………ぁぁぁ———っ!」

 

 血、血、血、血血血、血血血血血。一面を紅く染める血。

 死、死、死、死死死、死死死死死。血に染まる上に重なる死体。

 それら全部がゆっくりとこちらを振り向く。譫言のような文言を呟きながら、伸ばされた手はアーカーの身体を手当たり次第に掴む。血の海の底へ引き摺り込もうとしている。そう感じた途端、恐怖はさらに強まった。周囲で心配してくれている奴らが全員敵のように見え始める。

 

「……くるな………ちかづ、くな…………さわ、るな………おれに………さわるなぁっ!」

 

 血に染まったように見えている両手を振り回しながら、キリト達を追い払う。突然のことに全員が驚き、一度距離を取る。しかし、それがアーカー本人には見えていない。未だに組み付かれていると錯覚して、未だに手を振り回している。その姿に、キリトが何かの幻覚を強く見ていることに気がついた。こうなった場合、どうやって落ち着かせるかではなく、一度意識を奪わなければキリがないのを知っていた。少しの間オレンジになる覚悟をすぐに決めて、錯乱する彼に向かって《体術》ソードスキルを発動する。一撃でも鳩尾に見舞えば、気絶してくれるはずだと信じて————

 

 

 

 

 

「————そこにいるの………ソラ、だよね…………?」

 

 

 

 

 

 ————直撃させる直前で、誰もが聞いたことがある声が響いた。その声の持ち主を今回全員が救おうと動いたのだから、知っていて当然ではあるが、ことこのタイミングにおいては最悪とすら言えた。ただでさえ、錯乱しているアーカーの前に、彼を探し続けていた少女が———ユウキが、姿を見せたのだ。

 仲間達に救出され、ここまでやってくることが出来たユウキが、一年ぶりに再会した幼馴染を見て、駆け付けない訳がなかった。AGI値全開で駆け抜ける彼女の姿にホッと安堵するメンバー達に、事情を知っていたキリトやアスナ達は制止の声を上げようとする。

 だが、間に合うはずがなかった。ユウキは、アーカーに続くアインクラッド最速のプレイヤー。制止する声よりも先に辿り着くのは自明の理だった。駆け付け、ユウキがアーカーを抱き締める。

 

「………ソラぁ…………ソラ、だよね…………」

 

「………ゆう…………き……………?」

 

「………うんっ、ボクだよ……………あの時はごめんなさい…………あんな無責任な言葉言ったりして……………ボク、ちゃんと答え………見つけて…………————ソラ? どうか……した、の…………?」

 

 ユウキの腕の中で、アーカーは彼女の声が聞けたことに安堵していた。少しずつ壊れていた精神が落ち着きを取り戻し———()()()()()()()()()。耳元で何かがそう囁いた。それに続くように、視界全てを今日殺した殺人者プレイヤー達の亡霊が埋め尽くした。身体中を強く引っ張られるような幻覚が再び蘇り、発作のような異常な症状が再発する。そうだ、俺は殺した。たくさん殺した。いくら相手が殺人鬼だろうと、命乞いしていた奴まで殺した! ユウキのためだなんだと言って、殺しを楽しんでいたのは誰だ! 俺だ。嗤って殺したのも、そのために攻略組の奴らを捨て駒みたいに利用したのも全部全部俺なんだ!

 ユウキの腕の中で苦しみ踠いて絶叫する。その姿に、流石のユウキも驚愕し、抱き締めた腕を離してしまう。目の前で様子を急変させた影響もあるのだろうが、今のユウキには何が原因でこうなったかが分かってしまった。

 

 

 

「………ボクが…………ボクのせいで…………こうなっちゃったの……………?」

 

 

 

 ユウキの悲痛な声すら、今の彼には届かなかった。

 怯え、狂い、叫び、壊れていく。アーカーではなく、雨宮 蒼天の精神が次第に崩壊を始めていた。一年間、いやそれよりも()()()()無茶を繰り返してきた。そのツケが、溜まりに溜まってこの症状として現したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぁぁぁ…………ぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛———————ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放たれた尋常ではない大絶叫。耳を蓋がずにはいられないほどのソレを放ちながら、アーカーは無理矢理ストレージから引っ張り出した《転移結晶》を使い、何処の主街区かすら告げずに転移した。

 それを止めることすら叶わないまま、キリト達は救出されたユウキと共にその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 《笑う棺桶》討伐作戦、及び、ユウキ救出作戦はこれにて終わった。

 結果は討伐隊から十六名。《笑う棺桶》から二十八名の死者が出た。その中からは幹部である《魔笛のウタカタ》も含まれており、その半数以上がたった一人のソロプレイヤーによる殺害人数であった。

 敵の捕縛者は僅か五名。うち三人は幹部《赤眼のザザ》、《ジョニー・ブラック》、《解体屋アイザック》。死者・捕縛者の中に首領であるPoHの名前はなかった。最後の目撃者であり救出されたユウキ曰く、彼は意味深長な言葉だけを残して消えたという。

 

 

 

 

 そして———討伐隊の一人として参加した《絶天》のアーカーは失踪。のちに新階層が発見されても、最前線どころかどの階層にも、一度として姿を見せることはなかった。ただ一つ、生存しているという事実だけを残して————

 

 

 

 

 

 殲滅と自覚 後篇 —完—

 

 

 

 

 

 






今度こそ行方を眩ませたアーカー。

幻覚に苦しむ彼の姿を見たユウキは、自責の念に駆られながらも、

彼を救うために動き出す。

彼女は、たった一人の幼馴染を———大切な人を救えるのか。

次回 君を救うために

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