ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 はい、やっとですよ。長引いたシリアス展開がやっと終わります。
 すごく長かった(棒読み)
 当初計画していたものより話がかなり変わりましたが、書きたいことは書けたので満足しています。
 とはいえ、良い点悪い点などは当然あるので、ご指摘くだされば助かります。評価や感想などは特に助かります。





14.君を(はな)さない

 

 

 

 

 

 

「ソラは二十二層の何処かにいる」

 

「……どうして、そう思うの?」

 

 ボクの答えに、アスナが問う。

 

「ホロキーボードにあったテンキーは、ボクの誕生日の数字だけしか無かった。もし、この剣が誕生日プレゼントなら、明日でも良かったはずなんだ」

 

 誕生日プレゼントなら当日でも問題ないはずだ。誰にも姿を見せずにここに届けた技量からも明日であろうと同じことができてもおかしくない。それなのに、今日届けた理由はきっとある。

 

「だからと言って、前日の数字がアイツのいる場所にはならないんじゃないか? アイツは一年も姿を眩ませてきたんだ。そんな単純なことで探せる訳がないと俺は思う」

 

「……うん、そう言われるとそうなんだけどね。でも、ソラはわざとそうしたんじゃないかな」

 

「それは……どうして?」

 

 どうしてこんなものを贈ってきたのか。

 どうしてこんな単純で分かりやすくしたのか。

 その意味は、きちんとボクには伝わっていた。

 

 ボクは、確信と共に口にする。

 

 

 

 

 

「ソラは———死にたがってる」

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

「…………待っていたよ、ユウキ。さぁ、終わらせてくれ」

 

「違うよ、ソラ。ボクは———キミを救いに来たんだ」

 

 

 

 二十二層西岸の深い森の最奥で、二人は再会した。最期の一瞬を求めた少年と、彼と共に生きる未来を求める少女。二人の望みは再会してすぐに食い違った。相反する願いに、二人は予想通りの展開だと思いながら、再度言葉を交わす。

 

「…………あの剣がちゃんとお前の元に届いたんだろ? ———なら、俺がどうしてほしいか、その意味が分からないお前じゃないはずだが?」

 

「うん、分かってるよ。ソラがどうして欲しいか、ちゃんと分かった上でもう一度言うね———ボクはソラを救いたい。だから、()()()()()()()()()()

 

「…………いや、何処かでそんな気はしてたんだよ。お前ならそう言うんじゃないかって」

 

 やっぱりか、こうなる気がしてたんだと言いながら、一度口を閉じてアーカーは残念そうにしながら、背凭れにしていた木の根から立ち上がった。そこからは一層の時と同じように、まるで別の誰かになってしまったような変貌ぶりを遂げて、閉じた口を開いた。

 

「ああ、予想通りだったよクソッタレ。両手真っ白な純粋無垢な信仰者様はあくまでも救済がお望みかよ。血に染まった極悪人救って神様に向かって私はやりましたどうですかって褒めてもらいてぇのかテメェ」

 

 怒気を強め、ボクには一度も向けたことがない荒々しい口調でアーカーは、小刻みに震える瞳を真っ直ぐ向けた。左手に握られた血染めの得物は、違えた獲物を斬り殺したことで斬れ味を悪くしているが、それでも《魔剣》としての圧倒的な存在感を漂わせ、相対する敵を威圧する。

 

 対するボクは、彼の挑発に流されることなく、黒曜石の剣を構えて真剣な面持ちで真摯に答える。

 

「今は神様なんて関係ない。ボクは、ボクのせいでずっと辛い目に遭ってきたソラを助けたいんだ。弱いボクをずっと支えて、守ってきて、自分のことよりも優先してくれていたソラを、放っておけないんだ」

 

「…………へぇ、言ってくれるな。ずっと恵んでばっかりしてもらっただけの餓鬼が、今度は恵む立場になるって? おいおい笑わせんなよ。大体な、誰がテメェのために辛い目に遭ってきたって? あれは俺がそうしたいからそうしてきたんだ。断じてテメェのためなんかじゃねぇよ。その玩具()も、俺は俺自身を殺してほしいと思ったからくれてやったんだ。勘違いするんじゃねぇ。それはテメェが綺麗事並べるために用意したモンじゃねぇんだ。俺を殺しに来たんじゃねぇなら、それ置いて失せろ」

 

 卑劣で冷酷。悪辣で無慈悲な大量殺人者。放たれた殺意は冷たく、触れるだけで皮膚が張り裂けてしまいそうな程に厳しい。これが、あらゆる殺人者達を震撼させた殺気なのだと言うのなら、納得以外の言葉は見つからなかった。

 しかし、その反面、死ぬためにあらゆる手を尽くし、死を知る最期の瞬間を待ち続ける旅人というイメージが強かった。それが今のアーカー———いや、雨宮(あまみや) 蒼天(そら)の姿だった。

 

 ただ普通に聞いていれば、最早怒りを抑えることも難しくなる挑発は、〝あの日〟ボクに向けられた、〝現実〟という悪意全てに対して何から何までを捨てる覚悟をして返した彼の口調とそっくりだった。それを知っているが故に、ボクはまだ冷静でいられる。あの言葉は紛れもなく()()()()()()が、それが彼自身の()()()()()()ことを分かっているからこそ、ボクはまだ言葉を返せる。

 

「……そうだね。ボクはずっと恵まれてきた。ママやパパ、姉ちゃんやソラ、キリトやアスナ、みんなに。いつかは恩返ししたいって考えてる。ソラから見れば、それは自分勝手な思い込みかもしれない。

 ———でもね、みんなに恵まれてきたボクだから分かるんだ。ソラは〝あの日〟から変わってない。何処か()()()()()()()()()()、〝あの日〟の———ううん、それよりも前のままだって。

 最期くらい望んだことを叶えてもらいたい気持ちはボクにも分かるよ」

 

「———だったら……俺の最期の願いくらい叶えやがれこの偽善者! テメェの勝手に付き合わされる程、俺はテメェみたいな馬鹿じゃねぇんだよ! こんなつまらない、退屈で、有り触れた人生! さっさと幕引きてぇんだよ!」

 

 

 

 それは、魂の咆哮。

 

 

 

 ずっと全てを達観して見てきた少年の、純粋で率直な答え。何から何まで有り触れていると感じ、退屈で仕方がなかった。ただ一つだけ見つけたソレさえも、同じように感じ始めてしまった。

 だから———終わりにしたい。それが、今の願いだと彼は吼える。殺し殺されるだけの世界で、誰かを殺せば、もしかしたら価値観が変わるかもしれない。あの時そんなことを考えていた自分がいたのかもしれない。いずれ来る報復が、既視感を消してくれるかもしれない。そんなどうしようもない屑に堕ちたかもしれないと、心の何処かで思いながら———待ち続けた。

 けれど、現実は違った。誰も殺してくれなかった。そんな中でこれ以上、まだ待たせるのかと問う。

 

 

 

 その咆哮を聞いて、ボクは嬉しかった。変人だと思われるかもしれないけど、ボクは彼の心からの叫びを初めて聞けたことが嬉しかった。限界まで我慢し続けた彼の答えが、ずっと聞きたかった彼の答えが、そこにあったのを知ることができた。ソラはボク達家族の唯一無二の理解者だと思っていたけれど、本当はボク達がソラを理解してあげられていなかった。

 それがやっと分かったのが嬉しかったから、ボクも本気で答えたい。覚悟と共に、全てを吐き出すつもりで叫ぶ。

 

 

 

「————だからと言って、ボクは! ソラのことを〝()()()()()()〟! それが自分勝手でも構わない! ソラが殺しに来て欲しくてこの剣を渡したのは分かってた! でも、ボクはキミがくれた()()()()()()()()()()()()()〟んだ!」

 

 その言葉に、一層彼がこちらに向ける表情は厳しくなる。本気で言っているのかと言わんばかりの眼光は、間違いなくボクの覚悟を揺らがそうとしている。二十五層でたくさんの人が死んで、迷いを抱えていた頃のボクなら———いや、今日この想いに気がつく前のボクなら、間違いなく揺らいでいた。

 

 

 だけど、今のボクに迷いなんて無かった。

 紛れもない、これがボクの真意(こたえ)なんだって胸を張って言える。その真意には胸に渦巻く大切な想いもあった。でも、残念ながらこの想いを今、口にする時じゃない。

 

 

 だから、それを抜きにして告げる。がむしゃらで、矛盾だらけ。物事をよく考えるソラからすれば、無茶苦茶な理屈だと思う。

 

 

 

 

 

 ———けれど、これがボクらしい真意(こたえ)だと信じている。

 

 

 

 

 

 それに対して、彼が返したのは———小さな溜息だった。呆れ果ててしまったのだろうか。ゆっくりと目蓋を伏せて、顔に手をやる。何か覚悟を決めたのだろうか。ボクの脳裏には、ここから考えられる最悪の可能性が過った。急ぎ転移結晶でこの場から飛び、別の場所でボク以外の誰かを利用して殺されるための手順を踏むという可能性を。

 

 

 だが、意外にも彼が口にしたのは、そういうものではなかった。

 

 

「……まったく…………相変わらず無茶苦茶な理屈だな。叩けば埃が出るような、ちっぽけな答えだ…………でも、ああ、そうだな———ユウキらしいよ」

 

 

 ガシガシと頭を掻き毟る。逆立てられた前髪は垂れ下がり、以前の髪型へと戻る。右手が退けられると、そこには静かな眼光が輝いていた。先程までの震えた瞳は何処にもなく、微かながらも生気が戻っている。冷たく触れただけで張り裂けそうな殺意は少し和らいでいた。

 まるでさっきまでの問答も殺意も何もかもが、ボクを試すつもりで放たれたものなのだと言わんばかりに———

 

 

 

「………演技は…………もう、いらないか。ちゃんと答えが見つかって良かったよ、ユウキ。お蔭で安心して死ねる」

 

「うん、ちゃんと見つけたよ。でも、死なせないよ」

 

「……なんだ……死なせてくれないのかよ」

 

「だってボクは、〝ソラを救う〟って言ったからね」

 

「……そういえば、そうだな。だったらさ、俺を泣かせてみろよ。お前が聞きたい答え……俺の口から直接聞けるかもしれないぜ?」

 

「そっか。うん、それならソラを絶対に泣かせるよ」

 

 

 

 互いに得物を強く握り締める。

 この場にいるのは、アーカーというプレイヤーでも、ユウキというプレイヤーでもない。雨宮(あまみや) 蒼天(そら)紺野(こんの) 木綿季(ゆうき)、二人の人間だった。

 

 役目を果たせたような心持ちで蒼天はボクを見た。その表情は落ち着いていて、あの時見せた半狂乱に満ちたものは何処にもなかった。何処か安らいでいる。放っておくだけで消えてしまいそうなくらいだ。だからと言って、彼がそのまま消えることは彼自身も良しとしない。何事も反故にするほど、彼はロクデナシではない。

 

 蒼天はメインメニューを開き、ボクに向けてデュエル申請を行う。不思議な話だが、この場所は《圏内》に指定されていた。近くに村や街もないというのに何故なのか。それはボクにも蒼天にも分からなかった。そのため、デュエルを除いてHPを減らすことは不可能だ。

 

 デュエルは申請された側がモードを決める。その点においては、この蒼天の行動は不可解だった。死にたいのであれば、申請を受ける側となって《全損決着モード》を選べば良い。そうすれば、上手く誘導して死ぬことができた可能性があった。

 だが、彼は申請する側となった。これではモードを決めることはできない。ボクが《初撃決着モード》を選べば、それで安全が確定する。そういうことからも、ボクにはその行動の意味が分からなかった。

 

 首を傾げていると、蒼天は苦笑しながら告げた。

 

「……だってさ、お前。俺が死にたいって言ってる時点で、意地でも申請する側にならねぇように動くだろ?」

 

「あはは……バレてた?」

 

 勝負をしようと言っているのに、勝負が始まらないのでは意味がない。だから、彼は申請する側に立った。表面では苦笑しているが、本当は苦渋の決断だったかもしれない。心の底ではまだ死を望んでいると見ても間違いではないと思う。

 

 ()()()()()()()()()()()。その事実が、ボクにも決心をさせた。覚悟は決まっている。最早操作する指に躊躇はない。素早く指が走り、選択されたのは———《()()()()()()()》。

 これには流石の蒼天も驚かされた。ここで《初撃決着モード》を選べば、この場でソラは死ぬことができなくなる。そうすれば、望み通りの結果になるはずだった。それなのに、選ばなかったのはどうしてなのだ? 首を傾げた蒼天に対し、今度はボクが答える。

 

「《初撃決着モード》を選べば、確かにソラの命は守れるよ。だけど、ソラは納得しないって思った。だってキミは誰よりも頑固だからね」

 

「頑固………か。まぁ、間違ってないか………でもな。せっかく、譲ってやったのにわざわざ蹴る奴があるか馬鹿」

 

「考え無しって訳じゃないから大丈夫だよ。ボクがソラを殺さないように殺せば良いんだから」

 

「……ホント、無茶苦茶だな、お前は。どういうことか分かって言ってるのか?」

 

「今のソラにだけは言われたくないなー。

 ————でも、大丈夫だよ。ボク達は互いに譲れないからぶつかるんだ。そうしないとボクのこの気持ちも、ソラの真意(こたえ)も伝わらないからね」

 

 〝ぶつからなきゃ伝わらないこともある〟。

 初めて彼と本当の意味で分かり合えた日から、ずっとボクの信条は変わってない。〝諦めたくない〟と同等の、ボクの真意(おもい)はもう揺らいだりしない。

 

 最終確認の項目が両者に表示される。これを両者がタップすれば、《全損決着》という殺し合いが始まる。睡眠PKで悪用されてきたモードがこうして使われたのは、一年以上久しぶりのことだろう。

 細かいルールを互いに決めないと、《全損決着》でしか勝負を決められなくなる。勝ち負けを決めるのに実行する相手がいないなんて、そんなものあってはいけないだろう。

 

 だから、何処で終わりとするかを宣言する。

 

 

 

「どちらかのHPがレッドゾーンに突入すれば、終了。それで良いな?」

 

 

 

「うん、それで良いよ」

 

 

 

 両者の取り決めは終わった。

 後は願いを口にする。

 

 

 

「それじゃ、俺が勝ったら———ユウキ、お前が俺を殺してくれ」

 

 

 

「それなら、ボクが勝ったら———ソラを救わせて」

 

 

 

「……おいおい冗談キツイな。俺がお前に負けたことなんて一度でもあったか?」

 

 

 

「だったら、今日はソラが初めて負ける日だね」

 

 

 

 互いに軽口を叩き合い、笑い合い、悔いなく在れるようにと。躊躇いなく〝承認〟をタップする。カウントダウン開始。ただ静かに、満月の光に照らされた自然の闘技場の中で、意識を集中させる。

 

 もし、茅場 晶彦がこの戦いを見ていたら呆れているかもしれない。だってそうだろう? これから始まるのは殺し合いではないのだ。デスゲームだと言うことも忘れた愚かな子供が、限界まで戦いたいだけで死に近づこうと言うのだから、さしもの彼でも困惑せざるを得ないだろう。しかし、二人には仮にそう思われていても構わなかった。

 

 

 

 だってこれは———意地と意地の張り合い。己が願いを叶えるために、互いの答えを押し付け合うだけの子供同士の喧嘩なんだと分かっているから。

 

 

 

 

 

「勝つのは———俺だ」

 

 

 

 

 

「勝つのは———ボクだよ」

 

 

 

 

 

 決意を胸に。

 アインクラッド史上初の、命を賭けた喧嘩が始まる。

 カウントが0へと近づいていくのに連れて、鋭く研ぎ澄まされた感覚は、その鋭利さをさらに昇華させていく。

 

 

 3———最早、余計な音は聞こえない。

 

 

 2———見えるのは、ただ一つ。

 

 

 1———恐れるな。己が真意(こたえ)を押し付けろ。

 

 

 紫色の閃光を伴って、二人の間に【DUEL!!】の文字が弾けた。

 

 

 

「らぁッ!」

 

「やあっ!」

 

 

 裂帛とした気合と共に、《初撃決着モード》に使っていた初見殺しの如き速度の一撃が衝突する。移動距離は互いに八メートル強。それを僅か一秒ほどの速さで駆け抜けている。全力の斬撃と全力の刺突。それは二人の得物が交わったと同時に火花を散らした。衝撃により、パリィにも似た隙が出来るが、二人とも同じ硬直を課せられていたため、進展はない。

 

 続けて、右下から左上に返すような軌道で逆袈裟斬りが放たれる。それに対してボクが返すのは、一度後方にバックステップしてからの突進。鼻先すれすれで逆袈裟斬りを躱され、隙だらけの胴に一撃を見舞おうと突進から刺突を放とうとするが、蒼天の右腕がライトエフェクトを纏う。発動したのは《閃打》。最も基本たる《体術スキル》が、刺突を放とうとするボクの顔面に目掛けて放たれる。

 

 ダメージ交換としては不利だ。それを瞬時に理解し、掠める程度になるよう身体を捻ると、《閃打》は想定通り躱せたが、僅かに速度が落ちた刺突を、蒼天はいつの間にか手元に戻していた得物の腹で受け止めながら、強引にパリィ。

 

 お互い不安定な姿勢だったが、先に態勢を整えたのは蒼天。血に染まった剣先が、真っ直ぐこちらを向き、今度はこちらの番だと言わんばかりの刺突が迫る。それに対して、強引に顔をそらす。頰を掠めるように刺突が流れ、その動きはとても速い。雷光とはまさにこのことだろうか。瞬く一撃一撃は、一切の容赦なく、軌道上に目があったとしても貫くことに躊躇など無かった。

 

 右手は背中に手をやるその動き方は間違いない———西洋剣術と呼ばれる剣の技術だ。どうして蒼天が知っているのかは不明だが、その動きは洗練されていて、一層の頃「いや、もう、細剣使えよ」なんて言っていたのは誰だったっけ!と言いたくなる衝動にすら駆られた。当然そんなことを言っている余裕なんてない。高速で放たれる刺突は勢いを増し、回避と往なしに専念させられてしまう。《絶剣》などと称されていても、ボクのHPは僅かながら減らされていく。

 

 激しさを増す攻撃に、漸く終わりを見出せたのは五撃目。その辺りになると目が慣れ始めてきたのか、今までのそれよりも僅かに速度が落ちていたのを見逃さず、すかさず《マクアフィテル》の剣先で狙いをずらせた。そこから一歩踏み出し、肉薄するとこれまでのお返しとばかりにソードスキルを見舞う。ライトエフェクトに包まれて発動したのは、単発垂直斬り《バーチカル》。蒼天からすれば、想定よりも速い反撃だったのか躱し切ることが叶わず、長細い刀身の剣先が右肩へと吸い込まれ、辛うじて肩口から右腕を切断に成功。ゴトリと右腕が綺麗に削げ、地面に落ちると同時に破砕。HPゲージを三割ほど削り取った。

 

 それを受けて、一度両者距離を取って、現場を確認。蒼天のHPは七割ほど。しかし、《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルを習得していたのか、HPは少しずつながら回復している。斬り落とされた右腕がそれで回復することはないが、多少動きを阻害してくれていることを願うしかなかった。

 

 一方、ボクのHPゲージは九割弱ほど。こちらも同様のスキルはあるが、蒼天のものと違い、回復量は少なく間隔が長い。現状HPだけ見れば有利だが、未だ彼は本気を出していない。これまでいくつか彼と対戦ゲームなどをしてきたが、一度として勝てていないボクには、今し方見せてきた戦い方が、彼本来のものとは違うことを理解させていた。蒼天本来の戦い方は———カウンター、強烈な一撃を放つことができる足場を固めることを重視している。時にあんな風に攻め立てるが、それは〝静〟と〝動〟の強弱をつけるためのものだ。

 

 

 つまり———これからが本番だ。

 

 

「——————」

 

 静かに呼吸を整えると、蒼天の構えが変化する。先程と違い、剣先が僅かに下がり、右腕を失ったにも関わらず、先程以上に隙が全くなくなっていた。もしかすると、腕を失うことはわざとだったのではないかとすら考えてしまう。《体術》スキルを完全習得しているだろう彼は、最早両脚までもが武器だ。下手に残る左腕の動きだけ見ていれば、絶妙な足捌きで足元を崩され、隙だらけとなった瞬間にソードスキルを叩き込まれかねない。ただカウンターをするだけの相手ならともかく、蒼天は攻めも守りも一流だ。構えを変えたところから、ただただ攻撃するだけでなく、瞬間的に防御からのカウンターも動きに混ぜ込むことを考えているのなら———間違いなく、それは最も恐ろしい相手だった。

 

 

「行くぞ—————ッ!」

 

 

 明確な宣言と共に、蒼天の足元が爆ぜた。正確には爆ぜたと表現するに値するほどの衝撃で、地面が凹んだと言うべきか。アインクラッド最高のAGI値を保有する彼の脚力は、一瞬で距離を詰め切り、こちらが動きを明確に視認するよりも速く、次の行動へと移っていた。利き腕である左手に握られた得物は、下から上へと振り上げられ、獣のような反射神経でガードに入ったボクの得物を豪快にパリィ。ガラ空きになった胴に、ライトエフェクトを纏った左脚が鳩尾に向けて放たれる。《体術》ソードスキル、中段回し蹴り技《水月》。

 

 直撃を受け、衝撃から絶妙な不快感を味わいながら、後方へとノックバック。何とか両脚で踏ん張り、転倒は防いだが、攻撃はまだ止むことを知らない。不快感をどうにか押しやりながら、次の攻撃に移る彼に対して、横一文字に得物を薙ぐ。当然それは躱される。

 

 しかし、それで終わるほど、こちらも落ちぶれていない。一歩踏み出し、左手に意識を集中させると、ライトエフェクトが拳に纏われた。発動したのは《閃打》。後方に僅かに躱したのなら、その隙を突くまでとばかりに突き出された拳は、僅かに脚が宙に浮いていた蒼天に、ガードを強要させた。剣の腹で受け止めるも片腕を失った以上は受け切ることはできない。それも空中だ。衝撃により、大きく後方へと押し込まれる。脚が地に着いていたなら、恐らく手痛いカウンターを受けていただろう。そう考えると、とても恐ろしかった。先程の回し蹴りを受けて、徐々に回復しつつあったHPは八割ほどまで減少。

 

 一方の蒼天は、被弾がなかったためにHPが八割まで元に戻っている。片腕がないというハンデがあったのにも関わらず、HPは互角となっていた。このまま行けば、押し負けるのはこちらだ。カウンターを恐れていては勝機は一向にない。

 

 

「行くよ——————ッ!」

 

 

 宣言と共に、こちらも全力で地を蹴り上げる。蒼天に準じて高いAGI値の限界速度で距離を詰める。これまで一度として誰にも見せなかった速さだが、彼の目はしっかりとこちらを捉えていた。背筋が凍りつくような悪寒を感じながらも、先程での刺突とは違う、全力を振り絞った一撃が、弩さながらの超高速で放たれる。それには、流石の蒼天も度肝抜かれたのか、これまた獣の如き反射神経が、紙一重で躱し切るも、素早く突き出した右腕を引くことで、再び装填され放たれた弩の如き速さを見せる右手から続く猛撃を回避し切れはしなかった。それは見事に頰に風穴を開け、血のような赤いエフェクトを宙へと撒いた。

 

 しかし、一度攻撃を受けたことで目が慣れたのか、蒼天も反撃とばかりに刺突を見舞う。それは、見事にこちらの放つ刺突と剣先が衝突し、僅かに狙った先を逸らし合い、お互いの左肩を貫いた。互いにHPが一割強ほど減り、そこから追撃を喰らわせようと動くも、先に蒼天が距離を取った。残る腕は左のみ、下手に動いて落とされる訳にもいかないと判断したのだろう。その隙を、ボクが見逃す訳はない。下がった一瞬の隙を突いて、放ったのは単発重攻撃技《ヴォーパル・ストライク》。ジェットエンジンにも似た効果音と共に、AGI値が加算されたソードスキルは、とてつもない速さで放たれる。下がった直後で、尚且つ右腕のない彼に受け止めることなんて出来るはずはなかった。

 

 ———だが、現実はそうもいかない。

 ニヤリと、この時を待っていたかのように口角を吊り上げた蒼天は、即座に長剣を突き出すとその刃の縁で剣先を滑らせるように身体の外側へと誘導し、隙だらけとなったボクの胴体に向けて、一歩前進。至近距離からソードスキル《バーチカル・アーク》を見舞い、真上から真下へ斬り下ろし、続いてすぐさま斬り上げる。結果、V字にも似た軌跡を残して、HPを四割弱ほど削り取った。その衝撃をまともに受けて、後方へと吹き飛ばされる。

 

「悪いな、その技は見飽きてるんだ。キリトもそれを放ったよ。遠慮なくカウンターさせてもらったけどな」

 

「流石だね、ソラ。まさか片腕だけで逸らすなんて思ってなかったな」

 

 今の直撃を受けて、HPは半分まで落ち込み、イエローへと入った。いくら戦闘時回復(バトルヒーリング)があるとは言え、これ以上直撃を貰うのは不味い。対する蒼天のHPは頰を貫いたことによる一割にも満たないダメージと肩を抉ったことによる二割ほどのダメージ。未だに半分以上を保っている。必中に思われた一撃を、まさか片腕だけで逸らすとは思っていなかったのが、大きく影響した。ここから先は、全て片腕でカウンターしてきてもおかしくないと判断するべきだとボクは覚悟する。そこまで警戒しなければ、今のようにカウンターを食らうのがオチだ。

 

 この勝負の勝ち負けを決めるのは、HPゲージ。《全損決着モード》と定めたが、賭けをした以上、勝敗を決めるのは、どちらかのHPがレッドゾーン。残り二割に達した時だ。そこに一番近いのはボクの方だった。このまま押し切られる訳にはいかない。負ければ、蒼天の命は失われる。ロクでもない賭けとはいえ、それを反故にするのはできない。そうでなければ、()()()()()()()から。勝てばいいとは言ったが、その壁は思うよりも高い。分かっていたが、本当に高い壁と言えるのは、ヒースクリフではなく、彼だった。ハンデがあっても、押し切れることができない。それが、圧倒的なまでの実力差を示していた。

 

 

 例え、そうだとしても————

 

 

「ボクは負けない」

 

 

 自分自身に暗示を掛けるように呟き、もう一度攻めの姿勢を見せる。カウンターをカウンターしてやるくらいのことをして見せないと勝てないのなら、それを成し得て見せるまでのことなんだ。

 普段の構えである、〝長剣を中断に構え、自然な半身の姿勢〟ではなく、〝今のボクが出せる限界の速度を生かすための前傾姿勢〟を取る。この意味は対峙する蒼天にも伝わっているだろう。目も慣れてきたところから、先程のようには上手くいかないとしても、これ以外に取れる選択肢は無かった。

 

「シ——————ッ!」

 

 意識を切り替えるような気合と共に、脚そのものを弩に番えた矢の如く撃ち出す。力強く地を蹴り上げ、加速を続けて蒼天へと迫った。一歩も動かなかった彼との距離は十メートル強。その距離を一秒とほんの少しという速さで駆け抜け、右腕に意識を集中。鋭く、しかし、短い刺突を見舞う。往なそうとした彼の長剣の腹に吸い込まれる直前で止まった刺突は、すぐさま引き絞られ、続く二撃目へと移る。直前で止まった刺突に、翻弄された蒼天は、悔しそうな顔をしながらも、素早く長剣を逆手に持ち替え、短剣の如く薙いだ。外側を刈る横薙ぎと、一点を貫く刺突が激突し、両者の距離を僅かに広げた。微かに浮いた脚が着地と同時にまた疾駆する。斬撃と斬撃が衝突し、鍔迫り合いへと移っていく。火花を散らしながら、互いの刀身を削り合う長剣は二度に渡る衝突を経ると、黒曜石の剣は逆袈裟斬りを放ちにかかる。対する蒼天の長剣は、袈裟斬りで返し、刀身を衝突させ合った。

 

 剣戟は過激さを増し、ついにはソードスキル同士の衝突へと移行する。全く同じタイミングで発動し放たれた《ホリゾルタル》は、衝突と同時に爆発を生み、両者のHPを微かに減らす。裏を掻こうとする一方に対して、もう一方は完璧に対処し切り、その僅かな隙を突こうとするも、短い硬直故に全力で応戦される。そこから《スラント》同士の衝突が始まり、これも微かに両者のHPを削る。その爆発が生んだ煙の中を突っ切って現れたのは———黒曜石の剣。真正面から全速力で突っ込んできたボクに対し、僅かな対応遅れを見せた蒼天の脇腹を刺突が穿ち、一割ほどを明確に奪い去った。

 

 現在両者のHPは戦闘時回復(バトルヒーリング)スキルの影響があっても半減しており、両者ともにイエロー。このまま打ち合えば、勝機はあったが、戦闘が始まってから、すでに五分ほどが過ぎていた。あっという間の五分だったが、真の実力者同士の戦いは五分も続いてしまうと、流石に両者共に疲弊が見え始める。ボクに関しては肩で呼吸をしているようなものだ。対する蒼天は、呼吸が乱れ始めているが、それでもこちらに比べて余力を残している。このままでは、不利になるのはこちらだ。二人の決定的な差は、経験とレベルだ。常にソロで最前線を誰よりも速く駆け抜け、この《マクアフィテル》が手に入る高難易度クエストまでクリアして見せた彼と、高々その後ろを追いかけ続けるだけのボクでは、経験もレベルも違っている。彼が余力を残せているのは、戦闘時における精神力の強さもそうなのだろうが、身体能力自体にも向こうに分があった。

 

 負けたくない。勝ちたい。勝って、この想いを伝えたい。

 胸の奥で渦巻く、暖かい感情。相手のことを恋慕する、弱く、しかし、ハッキリした答え。ボクはこの想いを伝えるためにここにいる。身体は悲鳴をあげている。気付いている。分かっている。限界がすぐそこまで近づいている。それでも、〝()()()()()()〟。生まれてからずっとボクは自分の身体に無茶をさせてきた。この世界に来る直前までずっとだ。

 

 

 

 ———だけど、今日この場所が、本当に全てを賭ける正念場だ。

 

 

 

 ボクがボクらしく、在れるように。今度はボクが、全てを投げ捨てる覚悟で立ち向かわなきゃいけないんだ。

限界なんて知るもんか。そんなもの、超えて行かなきゃソラには勝てない。少しでも良いから上回るんだ。今までの自分から、何もかも。弱い自分から変わって見せるんだ。

 

 

 

 ———だから、姉ちゃん、ソラ。ボクに勇気をください……!

 

 

 

 キリシタンのボクが、そんな風に願ってはいけないのかもしれない。偶像崇拝に引っかかってしまうかもしれないギリギリの祈りを他者へと願いながら、ボクはもう一度目の前に立つ蒼天を見た。誰よりも強く、誰よりも弱い———ボクの、大切な人。彼は、自分を見るボクの目を見て、嬉しそうに笑った後、戦う者としての目付きへと変えた。遅かれ早かれ、これが最後の剣戟となる。次にこうしているのは、どちらかが敗北を喫した時。蒼天が勝つか、ボクが勝つか。それだけだ。

 

 

「——————」

 

 

 深呼吸。

 直後、両者共に疾駆する。

 中央にて瞬く火花は尻目に、最早そこにいるのは二匹の獣だ。言葉にもならない叫びをあげながら、己が爪牙たる剣を、拳を、脚を振るい、互いの身を削り合う。衝突、衝突、衝突の上にまた衝突。繰り返される激突は、最早数え切れない。扱えるソードスキルを全く同じタイミングで発動し、それらが全て拮抗する。限界を告げる身体を置き去るように、意志力だけで駆け抜ける姿は酷く儚く、酷く綺麗で。恐らく現実世界では、心拍はとてつもなく上昇していることだろう。ナーヴギアが安全装置を持たない機械であるが故に緊急ログアウトなどという割り込みは存在しないが、安全装置を持つ後継機でも出れば、二度とこんな戦いは出来まい。

 

 今後の寿命すら擦り減らすような、限界を超えた戦闘は、どちらかのHPが真っ赤に染まるまで続く。獣と化した二人の残った理性は、そこにのみ置いてきた。人としてではなく、ただの獣として本能に従い始めた二人の瞳は、本来の色を失い、()()()()()()()()()。果たして、本人達がそれに気付いているだろうか———いや、恐らく気付いていない。だってそうだろう? 二人は、こんなにも()()()()()()()()()()のだから。

 

 しかし、その均衡はついに崩れた。

 両者互角とすら思えた戦いは、少しずつ崩れ、押され始めていたのだ。押され始めたのは———()()()()()()()

 ほんの僅かだが、速まった長剣に、拳に、脚に、彼は目を剥いた。最前線を潜り続けてきたはずの自らを、彼女が超え始めていたのだ。理由は分からなかった。現状を少しでも理解すべく、一度距離を取ることを選んだ。彼女は追撃してこなかった。自分自身、どうしてこうなったのか理解できていないのだろう。限界を本当に超えたから、先程までの激戦が行われていたはずだった。さらに限界を超える、なんて脳筋染みたことを成し遂げたのなら素直に脱帽しよう。

 

 

 

 だが、現実は違っていた。

 

 

 

 何が起きたのかを理解しようとする蒼天とは別に、ボクの視界には、奇妙な一文が姿を見せていた。書かれていたのは至極単純なものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『解放条件達成。エキストラスキル《至天剣》、解放します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一行。それだけの文字の羅列が、この均衡を打ち破っていた。どういう効果なのか、それはボクにすら分からなかった。詳しいことは、スキル一覧から確認しなければ分からないことだ。そんな時間を与えてくれる訳がない以上、どういうものかは不明のままだ。

 

 

 しかし、これがボクの力になってくれるというのなら———喜んで力を借りたい。残酷なこの世界のシステムが、例え偶然だとしてもボクを選んでくれたのなら、全力で答えるんだ。

 

 

 均衡を破る、最後の一押し。

 これが最後のチャンスだ。

 ボクはソラに———勝つ!

 

 

 何処か悔しげで、何処か嬉しげに。ボクの表情を見て、何が起きたのかを察していた。最後の最後で、この世界が選んだのだ。無慈悲で残酷なシステムの神様が、彼女を愛したのだと彼は悟った。

 

 言葉はいらない。激突する長剣が、拳が、脚が、言葉の代わりを果たしてくれる。ぶつけ合え、心を、願いを、想いを。

 

 押し込みをかける蒼天の一撃は、少しずつ進化していくボクの一撃に押されていく。一撃が少しずつ重くなっていく。速度もそうだ。全速力で放たれた一撃が、確実に彼を押し込んでいる。戦闘開始時よりも正確さを増した狙いは、彼に攻めの起点を失わせていく。研ぎ澄まされた感覚が、彼の攻撃を紙一重で見切っている。直撃必至の一撃が、頰を掠める程度にまで往なされ、全力のカウンターは防がれ始めた。限界を超えた身体を酷使されていることも忘れて、勝利を求め続ける。それは両者共に変わらない。

 しかし、その勝利は少しずつ傾いていく。

 

 一か八かの大勝負。

 そう、決意し放たれたのは、《片手用直剣》ソードスキルの上位に君臨する三連撃技《サベージ・フルクラム》。これまでの《ホリゾルタル》や《スラント》、《バーチカル・アーク》など、その技とは格が違う大技は、大型モンスターにこそ真価を発揮する。そういう意味では、この技をこのタイミングでチョイスしたのは、ハッキリ言って不味かった。押し切られる、そう思った蒼天が、僅かな焦りを感じて、小さなミスを生み出したのだ。

 

 それを見、対して放ったのは、四連撃技の《ホリゾルタル・スクエア》。《バーチカル・アーク》の上位に値する《バーチカル・スクエア》と並び立つ強力なソードスキルだが、《サベージ・フルクラム》よりは威力が落ちる。こちらもチョイスミスか?———違う。今だけは、打ち勝てると思ったからだ。純粋な威力で押し負けるはずの《ホリゾルタル・スクエア》は、真正面から蒼天が放った《サベージ・フルクラム》に衝突。システムに設定された軌道に、逆らって僅かにズラしたことで、三連撃を相殺し切った。そして、()()()()()()()()()()。その一撃は、()()()()()()()()()ように瞬いた。

 

 最後の一撃は吸い込まれるように、蒼天の左肩を捉え———残る左腕を根本から斬り落とした。古びた長剣は支える腕を失ったことで、地に転がり、千切れた左腕は無数のガラスの欠片となって四散した。蒼天は両腕を失った。けれど、まだ両脚は残っている。まだ戦うことはできた。

 

 

 しかし———

 

 

 

「———そうか、俺は…………負けたんだな」

 

 

 

 視界内に表示された自身のHPゲージは真っ赤に染まっていた。《全損決着モード》であるため、敗北が知らされていないが、お互いが決め合ったルールとしては敗北だった。もう一つ存在するHPゲージは、辛うじてイエローに留まっている。軽くデコピンでもすれば、真っ赤に染まりそうなくらいだ。それでも、彼女が勝ったのは事実だ。

 

 蒼天の言葉で漸く気が付いたボクは、口をポカーンと開けたまま、その場で固まっていた。確かに視界内に映る両者のHPゲージがボクを勝者にした。僅差だったが、勝ったのは事実だ。それを何度も何度も見返して、勝ったという現実をゆっくりと認識して———

 

 

「…………俺の負けだよ、ユウキ」

 

 

 と言う蒼天の言葉でデュエルが終了したのと同時に、ボクは彼に飛び付いていた。ぎゅーっと首元を両手で抱き締め、彼の視界が届かない場所で泣き噦った。ボクの耳が彼の口のそばにあったせいか、呆れたような口振りで「俺のHP真っ赤なの忘れてないか?」というので、条件反射でハイ・ポーションを彼の口に突っ込んだ。続いて欠損回復結晶も使って、両腕を元に戻す。突っ込んだ直後で気が付いたが、デュエルが終わった以上、ここは《圏内》に戻っている。そのままでもHPは減りもしない。騙されたような気がして悔しい思いをしたが、それでも嬉しかった。初めてソラに勝った、というのもあったが、それ以上にソラを殺さずに済んだことが嬉しかった。あとはボクが彼を救う、それだけなんだ。一番難しいことだが、ここまで来たのなら恐れる必要なんて無かった。ボクらしく、ボクがやりたいことをすればいいんだから。

 

 

「———約束だよ、ソラ。ボクに救わせて」

 

 

「…………ああ。どう救ってくれるのか、期待してやるよ」

 

 

 何処と無く傲岸不遜な態度を取るソラに、ボクは「素直じゃないな〜」と言いながら、一つずつ工程を踏んでいくことにする。

 

「えへへ、まずは何から言おうかな〜」

 

「……救うって、もっと真剣なものだと思ってた俺の期待を返せ馬鹿」

 

「馬鹿馬鹿っていつもソラは失礼だなぁ〜。それしか言えないの?」

 

「お前なぁ……」

 

 軽口を叩き合う中で、まず一つ。やるべきことが決まった。本当ならすごく勇気がいるようなことなのに、どうしてだろう? 今はその勇気があるのか、簡単に言葉にできていた。

 

 

 

 

 

「ボクね———ソラのことが好きなんだ。友達としても、親友としても……大切な人としても、ソラのことが好きだよ」

 

 

 

 

 

 人生初めての告白は言いながらも、羞恥が強まってきたのか、頰は熱を帯びて赤く染まり、瞳は熱を孕む。優しげに、それであって、恥ずかしさを隠さない。ボクらしい告白とは言えないのかもしれないけど、正面切って言えたのなら、それはボクらしい告白なんだと自分に言い聞かせる。

 

 

「……自覚したのは今日なんだけどね。でも抱いたのは〝あの日〟ソラが庇ってくれた時からだと思う。あの時は庇ってくれたことで嬉しかったのもあるけど、ボクのせいで……って気持ちもあったから分からなかったのかな? ずっとそばにいたから、気が付かなかったんだ」

 

 

 でも、この世界では一年以上も離れ離れになった。それが、自覚する機会をくれたのなら、素直に感謝したい。離れ離れになった原因はボクにあるのだから、感謝する前に謝るのが先なんだけど、今は先に想いを伝えたかった。

 

 

「ソラと喧嘩して離れ離れになって、ボクが捕まって、ソラが命懸けで戦って苦しませて。酷い思いばかりさせたボクがこんなこと言える立場じゃないのは分かってるんだ。……でも、ボクはソラが好きなんだ。ずっとそばにいたい。ソラが辛い思いをした時、ボクが支えてあげたい…………こんなことになった原因を作ったのはボクなのにね…………」

 

 

 そもそもの原因は、ボクが無責任な暴言を吐いたからだ。あの時、ソラの言葉をしっかり受け止めて、答えを見つけていれば、こんなことにはならなかった。ソラがたくさん殺しちゃったのは、ボクがそうなっちゃうようにしてしまったから。そんなボクがソラに告白すること自体あってはならないはずなのに。

 

 

「……ボクが、ソラに人を殺させちゃったんだ……ごめんね……………ごめん……ね…………」

 

 

 キミを救いたい、なんて言っては見たけど、結局ボクには無理そうだ。心洗われるような言葉なんて言えはしなかったし、熱を孕んだ瞳からは、謝罪と自責の念が積もって涙が零れるだけだ。けれど、泣いたから許してもらえるものではない。泣けば許される、なんてことはあってはならない。免罪符……?ってものが昔はあったみたいだけど、涙が免罪符になるのなら、警察も何もいらない。ボクは、ソラに消えない罪を背負わせた罪人なんだ。罰されるべき罪人は、ボクの方だ。それなのに、ソラは殺してしまった人達の亡霊に苦しんだ。苦しまされるべき相手はボクのはずなのに……

 

 

「……ソラがボクと会いたくないなら、もう会わないよ…………ボクは、ソラが生きててくれたら………それでいいから…………」

 

 

 彼が望んだことをボクはまた奪った。だから、彼が〝死〟以外で何か望むのなら、叶えてあげたい。それが別離であれ、なんであれ。ソラが償いの一つになれば……と。

 

 それに対して、蒼天はしっかりと答えを出していた。

 

 

「……なあ、ユウキ。何でも望んでいいのか?」

 

 

「………うん、いいよ。ソラが死のうとすること以外なら………いくらでも……………」

 

 

「………そっか。なら、そうだな。………初めてだな、こんなに欲張ってみるのも」

 

 

 そう言うと蒼天は、ボクの頭を左手で優しく撫でた後、しっかりと流さないように抱き締めて願いを告げた。

 

 

「三つだ。俺はお前に三つ叶えてほしいことがある」

 

 

「……三つ?」

 

 

「ああ、三つだ。ずっと無欲な人生送ってきたんだから、これぐらい纏めてお願いしても罰は当たらないだろ?」

 

 

「………うん、そうだね」

 

 

 その三つの願いの中に、別離があるのだろうか。あってもおかしくない。だってそれぐらいのことをボクは彼に課せてきた。今日こそ罰が当たらないのが蒼天なら、今日こそ罰が当たるのはボクなんだ。ずっと繋がっていた縁が切れるとしても、それはきっと仕方がないことなんだと自分に言い聞かせながら、その時を待つ。

 

 

「まず一つ目。お前も知ってると思うが、俺には殺してきた奴らの亡霊が見えてる。()()()()()。殺したことを忘れる気は微塵もない。でも、流石にさ、毎日毎日見えるのもどうしようもないだろ?

 だからさ、ユウキ。アイツらがずっと見えなくなるぐらい、俺のそばにいて支えてくれよ」

 

 

「………え?」

 

 

 耳に飛び込んだ言葉に、ボクは耳を疑った。嬉しいはずなのに、嘘を付かれているような錯覚までして、もう一度同じ言葉が聞こえるかどうかを待つ———いや、本当は願っていたのかもしれない。彼が許してくれるのを願っていた自分がいるのではないか。

 

 続く言葉は、そんな許されたがりの自分にも届いた。

 

 

「ん? もしかして聞こえなかったか? ずっとお前に支えていてほしいって言ったんだぞ?」

 

 

「………ホントに言ってるの?」

 

 

「当たり前だ。大体な、考えても見ろよ。寝たくても寝たくても、わーわーわー騒がれ続けて、寝れもしないんだぞ? 人殺しなんていう罰当たりが言っちゃいけない台詞だとは思ってるけどな……」

 

 

「………そっか、ソラらしい理由だね」

 

 

「なんか馬鹿にされた気がするけどな」

 

 

「気のせいだよ、気のせい。………これじゃあ、ボクの方が救われちゃったね。ダメだなぁ、ボクは………」

 

 

 救わなきゃいけない人を前にして、先に救われちゃうなんて言語道断だ。これには流石に神様も許してはくれないだろう。キリシタンとしてはあるまじき失態だと思うけれど、今だけは気にならなかった。

 

 ボクがいつもの調子を取り戻してきたのが分かると、蒼天は続けて二つ目の願いを口にした。

 

 

「二つ目は———そうだな、ずっと我慢してたことだからさ。いざ機会が与えられると、不思議な気持ちになるな」

 

 

 小首傾げるボクに、蒼天はしっかりと口にした。

 

 

「———少しだけ、胸を借りてもいいか?」

 

 

「ボクの胸、アスナよりも大きくないよ……?」

 

 

「俺には充分すぎるよ。ちょっとだけ、今まで溜め込んだ感情(気持ち)を全部吐き出しておきたいだけだから」

 

 

 それだけ告げると、胴体の装備を解除したボクの胸に、蒼天は頭を預ける。それからボクの耳に届いたのは、一度も聞いたことがなかった彼の泣き声だった。ずっと年齢に合わない精神構造をしていた蒼天が、年相応の少年らしく泣き噦っていた。わんわんと泣き喚き、それは聞いていると、泣くことさえも初めてなのかと思わずにはいられないほど不恰好で不器用な泣き方だった。ただ感情を、溢れる涙と共に吐き出し続けるだけの、そんな泣き方。ずっと強いと思い続けていた彼の、年相応の少年らしい弱い姿を間近で見た。それをボクは、ママがしてくれていたように、子供をあやすような口調で優しく慰め続けた。全部全部吐き出してしまえるようにと。彼の泣き声が止んだのは、そこから数分後のことだった。

 

 

「………泣くってさ、意外と恥ずかしいんだな。初めて知ったよ」

 

 

「ボクは珍しいもの見れて、ちょっと得しちゃった気分だな〜」

 

 

「オーケーよく分かった頼むから忘れてくれ」

 

 

「だーめ。もう忘れてあげないよ〜」

 

 

「……ったくお前なぁ」

 

 

 先程まで泣き声が響いていた深い森の中で、笑い声が溢れた。気がつくと、蒼天の目には、先程まで見えていた亡霊が映らなくなっていた。何処かホッとしたような気持ちになるが、それでも、決して忘れないように心掛ける。忘れた頃にまたやってきそうだなと思いながら。

 

 

「よし、最後の願いだな」

 

 

「うん、そうだね! ねえ、もしかしてまた泣いちゃう?」

 

 

「泣くわけないだろ馬鹿ユウキ」

 

 

「あー! またボクのこと馬鹿って言った! ボク、これでも成績優秀だったんだよ! ソラも知ってるんじゃないかな!」

 

 

「あくまで過去形だろ。向こう戻ったら勉強会だ馬鹿」

 

 

「むー………」

 

 

 馬鹿馬鹿ってボク勉強できるんだよ? なんて言いながら、軽口を交わし合う。何処か納得しにくいものはあったけれど、このままいくと本題に移れなさそうな気がしたから、素直に言葉を待った。

 

 

「最後の願いは———そうだな、これの願いは……ずっと叶わないと思ってたんだよな。俺なんかが望んでいいのか……って」

 

 

 人生を達観し、何事にも興味を示さず、ただ虚無感に苛まれ、毎日を飽き飽きしていた俺なんかが、突然〝羨ましい〟なんて感じて。そこから急に興味を示した。ずっとつまらない人生なんて早く終わらないかなーなどと考えてたロクデナシが、求めるには過ぎたるものだと、この世界に来る前から気がついていた。実際さっきまではそうだったんだと蒼天は思う。

 でも、()()()()()()()()()()()()()()()。独り善がりの願いなんかじゃなく、相手の気持ちに沿うものでもあったんだと知ることができたから————

 

 

 

 

 

「ユウキ、俺もお前のことが好きだ。友達として、親友として。

そして何より———大切な人として。お前のそばでこれからも一緒にいたい」

 

 

 

 

 

 お前の、必死に生きようとする姿に俺は惹かれたんだ。

 恥ずかしい台詞は何とか喉元で留めておいて、蒼天は初めての告白をした。

 

 その言葉に、ボクは信じられないような気持ちになった。勿論、不快だとかそういうものなんかじゃ断じてない。すごく嬉しかったんだ。ソラが、ボクと同じ気持ちだったんだって分かったから。

 

 

「当然、これはあくまでお願いの範疇だ。拒否してくれたっていい」

 

 

「………………」

 

 

 拒否なんかしないよ……。

 すぐに言葉にできなかったけれど、そう言いたかった。

 

 

「分かってると思うが、俺は人殺しだ。どうせ今後アイツらから恨まれるだろうし、狙われるだろうな。だから、そういうことも考えて答えてくれ」

 

 

「………………」

 

 

 返答なんて、もう決まっていた。

 あとは言葉にして、伝えるんだ。

 最後の勇気を、振り絞って答えなきゃ。

 

 

「……やっぱり嫌だったか? まあなにせ俺は人殺しだ。一度でも《笑う棺桶》のゴミ共に攫われて怖い思いをしたお前には、今後のことも考えてアイツらとの縁が出来るだけ無い方がいいだろうからな」

 

 

「………がう…」

 

 

 あともう少し。

 あともう少しなんだ。

 祈るような気持ちで、ボクは声を出そうとする。何度も口にされる言葉に、ソラはただ待った。それが肯定であれ、拒否であれ。ボクの答えを待ってくれていた。

 

 もう少し。もう少し。あとほんのもう少し、勇気をください。

 願うのはそれだけ。差し出された手を握るようなものだけなんだ。必死に声を紡ぐ。こうしてみると自分で言った時とは大違いだ。答えることはもっと勇気が必要だった。

 

 そんなボクの背中を、誰かが押してくれたような気がした。

 知っている誰かの手。それは果たして誰だったのだろう。力強く、優しくて、暖かい———うん、分かったよ、姉ちゃん。

 

 

 

 ボクは、幸せを望んでもいいんだ。

 

 

 

 初めてソラに勝った時も、そうだった。

 諦めずに戦えたのも、〝諦めるな〟と教えてくれたソラと、〝導いてくれた〟姉ちゃんがいてくれたからだ。

 ボクはずっと支えられている。だから、今度はボクが支える番だ。支えてもらいながら支える、なんていう中途半端な感じは否めないけどね、と心の中で苦笑しながら、ボクは言葉を発した。

 

 

「違うよ、ソラ……。そういうソラこそ………ボクなんかで良いの?」

 

 

「……当たり前だ。お前だから、お願いしたんだよ」

 

 

「……そっかぁ」

 

 

 羞恥が増していく。恥ずかしくてたまらない。どうしてソラはこんなに堂々と言えるのか不思議だった。でも、もしかしたら、心の中では顔を真っ赤にしているかもしれない。

 そう考えたら、何処か少し可笑しくて。我慢出来ずに笑っちゃった。突然笑ったことで不思議そうにこちらを見る蒼天に、ボクは嬉し涙を流しながら————言い切った。

 

 

 

 

 

「うんっ、喜んで。ボクはずっとキミのそばにいるよ、ソラ!」

 

 

 

 

 

 誰も立ち寄らない深い森の最奥で、満月の光に照らされながら、二人は想いを告げ合い———唇を重ねた。

 それは、ちょうど日付が変わった時だった。

 

 

 

 西暦2024年 5月23日————二人の道は再び一つとなった。

 

 

 

 

 

 君を(はな)さない —完—

 

 

 

 

 






 二十二層の森の中、二人はお互いの心を預け合うため、

 一時最前線を離れた。

 静かに過ごそうかと思えば、その日はユウキの誕生日。

 当然、彼らは黙っていなかった。

 次回 混乱招く誕生日

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