ソードアート・オンライン —Raison d’être— 作:天狼レイン
女子会書こうとしたら何度も手が止まって、何回かやり直しました。五千文字以上を何回もやり直したので、流石に疲れました。
今回は、ある意味この小説における〝あの人物〟によく触れる回かと思います。原作と違うとか言われましても、そこはどうしようもないですね。オリジナル展開らしさで押し切ります(無茶)
でもまぁ、少し〝らしい〟かもしれませんね。
最前線を離れ、休暇を取ってから暫くが経った頃。
日が昇ってから日が沈むまで、〝好きなことを好きなだけやって過ごす〟という生活を送りながらも、アーカーとユウキは、キリト達とメッセージで連絡を最前線がどんな風になったかを確認している。別にこの日々に飽きてしまった訳ではない。まだやりたいことは山ほどあるし、自由な時間はまだ欲しいと強欲にも思う。
しかし、最前線が大変なことになっていて、それを無視するほどロクデナシではなかった。そのため、一向に進まなくなった場合や、死者が多数出てしまった場合は休暇返上と称して、最前線攻略を押し上げてやろうという思いもあり、二人の間で約束した決まり事だった。
そんな中、最前線が着々と上がっていく中、キリトからふとこんなメッセージが届くようになった。
『最近アスナが迷宮区で全く見かけなくなったんだが、どうしてなのか理由とか分からないか?』
その一行のメッセージに少々心配になったのだが、すかさずアーカーは最前線である六十六層に出現するモンスターの特徴を聞くことにした。もしかすると、そこにヒントがあるかもしれない、そう思ったからだ。結果は何となく予想できていた。
『一つ前の六十五層もそうだったんだが、ホラー系フロアだな。幽霊———アストラル系モンスターばかりが出現してる』
「アー、ソッカァーナルホドナァー」と棒読みになったのは言うまでもない。この世界———《ソードアート・オンライン》は
真の性能は、五感全てにアクセスできるという点にある。かなり簡単に言えば、自分が仮想世界に飛び込めるということだ。そのため、現実世界でクマに遭遇して恐怖するのと同じように、目の前に飛び切りリアルで不気味なモンスターが出現することもある。挙句の果てには死んだら現実世界でも死亡とかいうデスゲームなのだから、未だに恐怖を抱え込んで身動きできない者もいるだろう。一層の《はじまりの街》にはそういう者達がいるはずだ。
つまるところ、この仕様により、元々ある種の苦手を抱えている人には致命的な弱点を齎した。今回の場合で言えば、お化け・幽霊・妖怪が大嫌いな人は、目の前に飛び切りリアルで不気味なソレが現れるのだから出会いたくもないだろう。恐らく一度もキリトが迷宮区でアスナを見かけないのは、それが原因と見て間違いない。
昔からユウキもあまり得意ではないのを知っているからか、アーカーの顔は怖がるユウキを慰めていた時と同じような保護者っぽいものになっている。ほんのちょっぴりだけ件の最前線にユウキを連れて行きたい悪魔のような気持ちが芽生えそうだったが、グッと堪えてキリトにだけは伝えておく。返信メッセージの中身に少々悪意を感じたが、気にしないでおこう。今頃アスナは、キリトに弱点を突かれていたりするかもしれないが。
———などと考えていた直後、まさに閃光と言える速度で森を突っ切ってきた闖入者が、ログハウスの扉をバァーンと派手に開け放った。隣でスヤスヤ寝ていたユウキがあまりの音に飛び起き、その拍子に床へと落ちて意識を覚醒させる。おでこをさすっている辺り、顔から落ちたのだろう。この場所を知っている時点で知り合いだということは確定していたが、果たして誰が来たのやら。好奇心と共にその闖入者の顔を拝む。
まず目に入ったのは、すらりとした身体を包む白と赤を基調とした騎士風の戦闘服。腰に差した白革の剣帯に吊るされた優雅な白銀の細剣。すでに見覚えしかないが、一応顔も確認する。栗色の長いストレートヘアーに、大きなはしばみ色の瞳。全力疾走してきたせいか、髪は少し乱れ、呼吸を必死に整えているが、その姿を見間違えることはなかった。突然訪れた理由に検討がつかず、先程まで昼寝をしていたユウキは、目をパチパチと瞬きさせていたが、心当たりがあったアーカーは、何とも言えない顔で彼女の名前を呼んだ。
「えーっと、アスナさん……? どうかしました?」
恐る恐る声をかけた直後、鋭い目がこちらを睨んだ。それを見て、ここに駆け付けた理由を確信したアーカーは、「あの馬鹿野郎………」とだけ毒づくと、いきなり飛来した全身全霊の《リニアー》を障壁越しに受けて、マイホームの壁に激突していた。
「ソラは直感も観察眼もあるけど、こういうところだけダメだよね。女の子の苦手なものを見抜いた上に簡単に教えちゃダメなんだよ?」
「………それに関しては身を以て知ったところだっての。覚えてやがれ、あの天然ジゴロブラッキーめ………」
「ほんっと! キリト君もアーカー君もデリカシーが足りないわよ!」
「キリトの奴が、『アスナを最前線の迷宮区で見かけないから理由が分かったりしないか?』なんて聞いてきやがったんだよチクショウ……真面目に考えなきゃ良かった………」
「そういう問題なのかな?」
小首傾げるユウキと、未だ怒り冷めやらぬご様子のアスナ。真剣に解答したら酷い目に遭ったアーカーは、今すぐにでもキリトに対する報復措置の一つでも考えてやろうと思考回路をフル回転させている。
「………それでアスナ。お前が最前線攻略サボってるのホントか?」
「ギクッ」
「え、アスナが? みんなから《攻略の鬼》って言われてたりしたアスナが最前線攻略サボってるの?」
「………………はい」
アーカーの言葉にユウキが反応し、「どうして?」といった顔で訊ねる。その訊ね方が小動物のような可愛らしいものであったこともあり、さしもの《閃光》も口籠もりつつも素直に答えた。疑問に感じると納得するまで聞きたがるユウキは、当然さらに畳み掛ける。
「もしかして、
「…………違うの」
「それじゃあ、体調があんまり良くなかったとか?」
「…………ち、違うのユウキ……そうじゃなくて………」
次々と質問責めするユウキに、アーカーは天然のドSだなぁと思いながら、楽しげにその光景を見守る。お前の方がドSじゃねぇのかと他に誰かがいたらツッコミそうだが、幸い誰もいないため、もう少しほどその光景が続けられた。
ユウキの悪意のない質問責めに耐え切れなくなったのか、ついに観念したアスナが口を開く。
「ゆ、幽霊とかお化けとかがいっぱい出るから………」
「あー、やっぱりか……」
「…………ご、ごめんね、アスナ。そうだとは知らなくて………ごめんね?」
「………良いのよ、ユウキ。何処かの誰かさんは見抜いてたみたいだから………」
「そうだな、とある何処かの誰かさんは確証のないそれをストレートで訊ねたみたいだな。マジで覚えてやがれ、あの天然ジゴロブラッキーめ」
「分かるよ、アスナの気持ち。ボクも幽霊とかお化けとか得意じゃないんだ……。いつもソラに守ってもらったりしてるんだよね……」
「ユウキもなの? 良いなぁ、守ってくれる人がいて。私の場合は、そうやって守ってくれる人というよりは………」
「し、親衛隊みたいなノリだもんね、アスナの周りって………」
「パーティーだと安全性が高まるのは嬉しいんだけどね。こう……なんて言うのかな……うん」
「大変だね、アスナ……」
同じ幽霊・お化けが嫌いな者同士、普段よりも心が通じ合うのか、少しずつ表情が明るくなっているのが分かる。暫くしないうちに、何とか普段通りのアスナに戻るだろう、とアーカーも一安心したところで、どうやってキリトに報復してやろうかという嫌がらせの計画を綿密に建てようとまた思考回路をフル回転させ、隣の部屋に移動しておいた。一緒の部屋に居づらいというより邪魔をしたくなかったからだ。とはいえ、移動中だったために会話を多少なりとも盗み聞きしてしまっているが、これぐらいは許されるはずだと信じたい。
「それでね、アスナ。昔ね、ソラが部屋を暗くして驚かしてきた時があったんだよ! ちょっと前に怖い話がテレビで流れてたせいで、ボクすごく怖かったんだ〜!」
「へぇ……? それはさぞ怖かったでしょう……?」
「え?」
突然の暴露。続く凍りつくような視線に、全身を貫かれたような悪寒が駆け巡る。壊れたブリキ人形のようにゆっくりと首を動かし、後ろの方に目を向けると、ユウキを慰めながら全力でこちらに殺気立つアスナの姿があった。それを認識した途端、思考回路がいとも容易く停止。次の瞬間には、またも強烈な一撃が懐に入ったという感覚だけを残して、またも壁に激突している自分を他人事のように感じていた。リビングとして使っている大きめの部屋の中央から、隣の部屋まで少し距離があったのだが、どうやら《閃光》の名に恥じない妙技が放たれたらしい。
「アスナ、どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ。ちょっとそこに無罪放免になって逃げてそうな人がいたから、有罪判決下しただけだよ」
「?」
隣の部屋だったためか、アスナが何をしに行ったのか分からないユウキは、的を射ているようで射ていない微妙な説明に小首を傾げながら、また彼女との会話を始めることにした。隣の部屋で、自分が暴露したことでまたも手痛い一撃を障壁越しに受けた恋人がいるとは知らないまま———
「マジで容赦ねぇな、あの人………」
痛いはずがない身体を労わりながら、アーカーは隣の部屋でゆっくり休むことを選ぶ。またユウキの口から過去の悪戯が暴露されたりしないか心配だったが、不意に眠気が強まったのか、その場にあった椅子の背凭れに寄りかかると、そのまま静かに目を瞑った。
———*———*———
夢を、見た。
真っ暗な場所で。
目は、世界中の景色を見るためのものだと理解した。
耳は、世界中の音を聞くためのものだと理解した。
鼻は、世界中の匂いを嗅ぐためのものだと理解した。
舌は、世界中の味を感じるためのものだと理解した。
指先は、世界中の物を触れるためのものだと理解した。
そして、ここは、何処なのだろう。
ここが何処かを知りたいと願った。
ここが何処かを知りたいと祈った。
ここが何処かを知りたいと求めた。
———答えは返ってこない。
言葉は届かず———
光も、熱も、願いも、祈りも———届かない。
ここは————何処なんだ?
———*———*———
「——————」
誰かが呼んでいる。
「———————!」
誰かが呼んでいる。
「—きて———ラ!」
誰かが呼んでいる。
「—きて—、—ラ!」
誰かが———呼んでいる。
「起きてよ、ソラ!」
声が———聞こえた。
「………ん? ユウキか。どうしたんだ?」
「やっと起きたよ……。ソラを見かけないなって思って部屋を回ってたら、ソラが魘されてたんだ。大丈夫? 気分悪かったりしない?」
「ああ、大丈夫だ。つーか、俺が魘されてたのか? ユウキじゃなくて?」
「ソ・ラ・が! 魘されてたんだよ」
わざわざ強調するユウキに、苦笑いをしながら頷く。
「どんな夢見てたの?」
「あのな……夢っていうのは、基本的に覚えてないようなモンだぞ? 覚えていたら是非とも内容を聞いてみたいよ」
「魘されてたから、原因があるなら一緒に解決してあげたいなって思ったんだ。覚えてないならどうしようもないかなぁ……」
高々悪夢。それだけなのに、真剣に考えてくれる。そんな少女に、クスリと笑い、少年は求めた。
「それだったら、今日は悪夢見ないようにいつもよりそばにいてくれよ。あの時、お願いしただろ?」
悪戯が好きそうな歳相応の少年らしい笑みを浮かべて、アーカーは願う。ユウキはそんな彼の表情を見て安心して答えた。
「うんっ、ボクで良ければ!」
ざわついていた心が安らぐのを感じた。どんな夢を見ていたのか分からないけれど、決してロクな夢ではなかったのだろう。
「ところで、アスナはどうしたんだ?」
「一度帰ったよ」
「……茶の一つでも出せば良かったな」
「ねぇ、ソラ」
「ん? どうした?」
「この後、ここにアスナやリズ、シリカを呼んでもいいかな?」
「何かするのか?」
「うんっ。アスナがね、女性だけで集まってお茶会しようって」
「へぇ、ンじゃせっかくだ。俺は借りを倍返しにキリトのところ行ってくるかな」
「追い出すようでごめんね?」
「ん? いや、別に気にしなくていいぞ。むしろ、ユウキがちゃんと楽しめてたら、それで良いんだからさ」
「何かあったらメッセージ送ってこいよ」とだけ告げ、ひらひらと手を振るとアーカーは家を出る。本人は良いと言ってくれたが、何処と無く悪い気がしたユウキは、《料理》スキルのレベリングを頑張ってマフィンでお返ししようと考え、彼の言葉に甘えることにした。
素早くメッセージを送って、許可が降りたことと今すぐ来ることができるかを訊ねた。かなり返ってきたメッセージ三通に小さくガッツポーズを取った後、三人がここを訪れる前に粗方の準備を終わらせてしまおうと動き出す。ティーポットに水を入れて沸かす準備をし、茶葉も用意する。何処かの層にはタップするだけで色んな味の飲み物が湧き出るアイテムがあるらしいが、残念ながらユウキ達は持っていない。買い出しに行った時に買ったお菓子をいくつかオブジェクト化し、テーブルと椅子を並べた。
「こんな感じかな? あとはお湯が沸騰するまで待たなきゃ」
「それまで何していようかな〜」と呟きながら、ユウキがアスナ達を待とうとした時、突然メッセージが届いた。アスナ達の誰かに用事が出来てキャンセルになっちゃったのかな?と思いながら、それを開いて確認してみる。そこにはこう書かれていた。
『ユウキ頼む助けてくれ! 今、五十層の自宅前でアーカーに追い掛けられt』
メッセージは不自然に途中で途切れてはいたが、何が起こったのかを物語るには充分なものだった。多分少し前にアスナがここに駆けつけてきた理由の件だとユウキは考える。恨み節の篭った文言をひたすら彼が呟いていたのを思い出したからだ。メッセージの内容から必死さが伝わる辺り、恐ろしい勢いで追い掛けられたのだろうと容易に想像できた。アインクラッドにおいてAGI値で右に出る者がいないアーカーに、STR値寄りのキリトが逃げられるはずがなかった。その結果がこれなのだろう。今頃アーカーがキリトをどうしているのか、想像に難くないが、ユウキは何もなかったようにアスナ達を待つことにしたのだった————
———*———*———
三十九層 主街区《ノルフレト》
そこは旧《血盟騎士団》ギルド本部があった階層として知られ、街並みはファンタジー世界における田舎町といったものだった。穏やかでほのぼのとした、デスゲームと化したこの世界では、少しばかり場違いなようにも思えた。誰もがここを初めて訪れた時には首を傾げたことだろう。殺伐とした世界観が見当たらないのだから、それは感じて当然なのかもしれない。流石に二十二層のような穏やかすぎるものではなかったが、それでもここにギルドがある頃の《血盟騎士団》は精神的に健全だったのだろう。幹部連中達の盲信ぶりを見たことがあったアーカーは、自然とそう思ってしまっていた。
五十層の主街区《アルゲード》にて、キリトを見つけて、逃げる彼を容赦なく捕獲しデュエル五連戦をするという報復措置を取ったのは良かったが、当然そんなもので時間を潰せるはずもなく、その後がどうしようもなく暇になったアーカーは、暇潰しに色々な階層に降り立った。最前線や中層、下層まで。あまり行かなかった層を中心に巡ったが、やはり暇潰しにはならなかった。
さて、どうしたものかと考えた矢先、かつて〝茅場 晶彦〟と初めて出会い話した、長野県の田舎でのことを思い出した。あの時は引取先であった『雨宮家』に属する偽りの両親に連れられ、義理の妹と共に訪れたのだったなと、ほんの少しだけ振り返った。そこから、田舎町繋がりで三十九層に訪れたのはただの気まぐれだった。
田舎町らしい、ほとんど人のいない主街区を眺め、あの時とよく似ているなと思いながら、時刻を確認する。そろそろ夕方だ。とはいえ、ユウキからのメッセージが届いていない辺り、話が盛り上がっているのだろう。暇潰しになればと、夕焼けが綺麗に見えそうな丘の上へと登った。
「………綺麗なモンだな」
デスゲームが始まる前、一層でユウキと共に見た夕焼けを思い出す。あれもなかなか綺麗だったが、ここは田舎町ということもあり、雰囲気がとても良かった。デートスポットとしては渋いかもしれないが、なかなか悪くないと思えた。勿論、夕焼けを見る前提ならばの話になるが。
「不思議だな、この光景は……あの場所とよく似ている」
〝茅場 晶彦〟と言葉を交わし、共に見た夕焼けにとても似ていた。まるで、あの男が
「
不意に傍らから声がした。アーカーが視線を右に向けると、いつの間にかそこに男が一人立っていた。
外見には威圧的な所のなかった。二十代半ばだろうかという、学者然とした、削いだように尖った顔立ち。秀でた額の上にら鉄灰色の前髪が流れ、長身だが痩せ気味の身体をゆったりとしたローブに包んでいた。その姿は、剣士というより魔術師のようだ。以前見た《魔笛のウタカタ》が黒魔術師なら、こちらは白魔術師のように思える。これらの特徴を満たす男をアーカーは一人しか知らない。
ヒースクリフだった。
アインクラッド最強の男と目される、攻略組の長とすら言える人物。その男が、何故か隣に立っていた。
護衛らしき者達が一人として見当たらない。隠れているのかと思い、完全習得した《索敵》スキルを発動させるが、反応なし。本当に一人で来たようだった。
「隣に座っても構わないかな?」
「ああ、別に構わない」
右横に静かに座る伝説。お調子者ならここですぐに記録結晶を取り出したりして撮影を試みるという愚行を働くだろうし、情報屋なら「ここに伝説の男ヒースクリフが来た!」という情報を流して、ここをパワースポットにでも仕立てようとするが、生憎アーカーにはそのどちらもやる気がなかった。面倒だというのもあったが、それ以上にこの男が偶然来たとは思えなかったのだ。定期的に訪れている、そんな気がした。
「護衛は……いないみたいだな」
「職務が済んだのでね、気分転換にといったところだよ」
「怒られないのか?」
「心配はされるとも。しかし、常に護衛がいなくては怖くて歩けないとあっては示しがつかないだろう」
「あの盲信者共からすれば、万に一つ無いと思っていても、お前が殺されるかもしれない危険性が僅かでもあることにビクビクしてるんだろうよ。大変だな、伝説の男ってのは」
「君も似たようなものだ。《絶天》、《最前線狩り》———君が積み上げた功績は、攻略組としても認めざるを得ないものだ。前者は君の実力を讃え、後者は君の狂気を恐れた。私としても、君の在り方には危うさはあれど、末恐ろしいものがあると感じているよ」
「それはどうも。幸い今は恋人に振り回されてるんでな。最前線で暴れ回る余裕もねぇよ」
「君が振り回されるとは、ユウキ君もなかなかお転婆なのかな?」
「違いない。アイツらしいっちゃアイツらしいが、少しだけ落ち着いてくれても良いとは思うよ———いや、落ち着いたらアイツらしくねぇか」
「私も同意見だ。彼女は自身の在り方で他者を鼓舞する。誰よりも前に立ち、誰よりも前で進もうとする。彼女に助けられた者は多いだろう」
「そうだろうな。アイツは強い。俺なんかよりずっと」
《天駆翔》。このユニークスキルを使いこなした時には、恐らくユウキも《至天剣》を使いこなしているだろう。もう一度全力で戦ったとして、果たして勝てるだろうか。アーカーは少しだけ考えた後、答えを出した。
「ヒースクリフ。お前の伝説を破るのは、アイツかもしれないぞ」
「なるほど、それは楽しみだ。君は、破りに来ないのかな?」
「それも一度は考えたさ。でも、俺が破ったとしても意味はない。俺は誰かの上に立つには脆すぎる。常に隣に誰かがいなければ、やっていられない。《笑う棺桶》———アイツらのうち十数人を殺った後、俺は自分を見失った。〝死にたい〟と望んで、水中潜って頭押さえつけて殺してくれる奴をただ待ち望んでた自殺願望者に成り果てた。そんな奴が上に立っていいはずがない」
すぐに命を投げ出そうとする無責任な奴が背負えるほど、世界は甘くない。アーカーはそれを我が身で思い知った。無茶を繰り返した挙句の自滅だ。あそこでユウキが現れず、行方を眩ましていたPoHでも現れれば、俺は喜んで死んでいただろう。それはキリトが来ていたとしても、アスナが来ていたとしても一緒だった。ユウキだからこそ俺は救われた。アーカーはそう思った。
だからこそ、彼なりに上に立つ者がどんな奴か、答えは出ていた。
「本当に強い奴ってのは、自分の罪も痛みも全部背負って、誰かを導き続けられるような
ユウキは英雄なんかじゃない。アイツは俺の幼馴染で、親友で、恋人だ。齢14を迎えて、少しばかり経った子供だ。英雄が歩むような茨の道をアーカーは一歩でも進ませたくなかった。声に出して、そう宣言する。
「君も彼女も、互いに恵まれたものだな。〝二人で一人〟というものを生まれてこの方見たことがなかったが、君達のような者なのだとよく分かった」
「素直に喜ばせて貰うよ。なあ、ヒースクリフ。お前には、そういう奴はいなかったのか?」
「そうだな。残念ながら、共に隣を歩いてくれるような者はいなかった。私だけが先に行き過ぎたのもあるだろう」
「確かにお前はそんな気がする。一人で先を歩いて、一人で答えを見つけて———ただ一人で、日々に飽いている。俺にはそう見えたよ。癪に触ったのなら謝罪する」
「いや、君の言ったことは間違っていない。むしろ、よくそこまで私の本質を見抜いたものだと思う。私自身、自分がどう言った人間なのかを理解できていない。当然のことかもしれないが、不思議とそう思ってしまうのだよ」
「俺も似たようなモンだ。人生そのものに飽いていた。目に映ったものも、耳に聞こえたものも、鼻で嗅いだものも、舌で味わったものも、指先で触ったものも———全部が退屈だった。新鮮さなんて一つだって感じなかった。既視感って言うんだろうな。ホントは楽しみにしていたはずなのに、気付けばつまらなくなっていた」
ユウキ以外にこのことを打ち明けたのは初めてだった。現実でギリギリ身バレしない程度の内容だが、それでも、〝雨宮 蒼天〟という人間を理解する上では欠かせない情報とも言えた。人に自分を知ってほしい、なんていうのは人間誰しもが抱く本懐だ。
けれど、人間誰しもが自分を晒け出せるような勇気のある奴ではない。環境が悪ければ、明かすことすら出来ず、仮面を被り続けることだってある。俺はそういう人間だった。唯一信じられる相手だ、と思っていたくせに少し前までユウキにすら話していなかったような奴だ。卑怯者であり、臆病者であり———そして、どうしようもない奴だった。そんな自分を卑下して、隠して、我慢した。痛みにも、欲望にも、何でもかんでも全て。
その結果があれだというのなら、当然の報いだ。ユウキ以外の他人を疑い続け、ユウキ以外の他人を信じることをせず、全て偽りなんだとレッテルを貼り付け、自分から距離を取った。
それが偶然ユウキの本当の苦しみに気がついて、
憐れだと思う。
愚かだと思う。
馬鹿だと思う。
そんな俺を、ユウキは認めてくれた。愛してくれた。ずっとそばで支えてくれると誓ってくれた。
「俺はその程度の奴だ。けれど、その程度の奴を認めてくれた人がいる。愛してくれた人がいる。そばで支えてくれると誓ってくれた人がいる。それでやっと俺はその程度の人間で構わないって思ったよ」
それが、今の俺の答えだ。
「まぁ、うだうだと言ったが、人間っていうのは存外単純なんだろうな。きっと天才なんざいねぇよ。どいつもこいつもみんな馬鹿で結構だ。守りてぇモン守って生きていれば、きっとそれで満足できる。それは夢だろうときっと同じだろうなって俺は信じてみたい」
とても理屈になっているとは思えないような稚拙な考えを述べ切って、アーカーは馬鹿馬鹿しくなって笑う。学者然としたヒースクリフには耐えられない程の苦痛な時間だったかもしれないと反省の気持ちはあれど、どうしてだろうか、とても我慢できそうになかった。ユウキみたいに〝心で物を語れ〟などという有様になっていたから。
「フッ———」
そんな情けない有様だと笑っていたアーカーに、自分以外の誰かの、クスリと笑う声が耳に届いた。近くに誰かいたのか?と急ぎ、《索敵》スキルを起動するが、反応なし。聞き間違いかと思った直後、誰一人として聞いたことがなかった、ヒースクリフの笑い声が聞こえた。ぎこちなく不恰好で不器用な———そんな笑い方だった。不思議なものを見るような目で思わず見てしまったが、アーカーは下手な激レアアイテムよりもレアなものを聞いたのかもしれない。
「すまない。つい可笑しくて笑ってしまった。悪気はないのだが、分かってもらえるだろうか」
「どっちかというとお前が笑ったことに驚いて口が塞がらなかったんだが」
「おや、顎が外れてしまったのかね? それなら———」
「オーケー、ヒースクリフジョークはマジでやめろ。絶対お前STR高いだろ。顎どころか他のところにダメージがいくのが目に見えたわ」
「ふむ……STRが高いのも考えようか」
「悪い、俺はお前のこと堅物だと思ってたが、どうやらそうじゃないらしい。ホントは天然だなお前」
「天然か……どうやら自分の知らない自分とやらがこんなところにあったらしい」
「これ以上下手に扱うと《血盟騎士団》団員に総動員で殺されそうな気がしてきた………」
一種の狂信者集団とも言えるアイツらが、今のヒースクリフを見たらどうなるだろうか。珍しいものが見れたと喜ぶか?———いや、無いだろう。こんな風に変えた奴を見つけ次第、ぶっ殺しにかかるだろう。全階層隈なく探し回り、見つけたら容赦しないのが目に見えた。
そんな中、ふとヒースクリフが口を開いた。
「この景色を見られるのも、あと数回だろうと思ったのだ。
「そうか」
「君とこうしてゆっくりと会話したことは無かったが、お蔭で懐かしいものを思い出した。私も現実世界で君のような達観した少年と少し会話をしたことがある」
「へぇ。そいつクソガキだったんじゃねぇのか?」
「聡明な少年だった。私とよく似ていたよ、外見ではなく内面がね。酷く空虚だった」
「そうか……そいつ、報われてるといいな」
「フッ———心配には及ばないだろう。
「………………え?」
驚愕するこちらを置いて、ヒースクリフはその場から立ち上がる。
「また会おう、
静かに立ち去っていく伝説の男。その背中を呆然と見送った後、その姿が見えなくなった頃に、アーカーは漸く我に返った。
だが、それは同時に〝ある確信〟を間違いのないものにしていた。
「ヒースクリフは———叔父さん………アンタだったのか」
その声は、夕焼けと共に沈んでいった————
謎の夢と確信 —完—
ついに最前線は、七十四層へ。
物語はアインクラッドの終焉へと加速する。
アーカーとユウキ、二人は最前線にて、
ついにあのモンスターと対峙する。
次回 時にS級食材は人間関係をも左右する