ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 はい、何とか完成しました。
 今回はちょっとだけソラ/アーカーの過去を公開。
 いずれ明かされる彼の過去を個人的に推測していてもらえれば、と思います。感想欄に書き込んだりされると、流石にこちらとしても対応に困ってしまうので。

 それと今更ですが、お気に入りが三桁を突破したことと、UA5000突破しました。ありがとうございます。9.50評価を頂けたことが一番嬉しいです。ぶっちゃけた話、《ゲーマー夫婦》よりも達成感すごいです。向こうも何とか更新しますから石投げないでっ!
 あともう一つ。日刊ランキングの方も16位にランクインしました。本当にありがとうございます。これからも頑張りますのでよろしくお願いします!




18.時にS級食材は人間関係に左右する

 

 

 

 

 

 

 西暦2024年 10月17日。

 

 

 

 もう少しでデスゲーム開始から二年が経とうとしている頃、現在のアインクラッド、その最前線は七十四層へと到達した。あと二層で四分の三がクリアされようという中、攻略組はかつてない程に緊張感を高まらせていた。

 

 その原因となったのは、七十五層。《クォーター・ポイント》が迫りつつあったからだ。何度もフロアボス攻略を経験した攻略組であっても、過去に二度の《クォーター・ポイント》で地獄を見た。二十五層では多くの死者を出し、五十層では多くの緊急脱出者を出した。

 

 一際強力なフロアボスが出現するポイントであったのは事実だ。それを知って五十層では対策を考え挑み———あのザマを晒した。ヒースクリフがいなければ、戦線は崩壊し、僅かなメンバーを残して大量の死者が出ていたことは言うまでもない。転移結晶にも弱点がある。転移までの間に攻撃を受ければキャンセルされるという弱点が。

 

 過去に数度《結晶アイテム無効化空間》という罠があった。それは、罠であるが故のものであると述べた者がいたが、それがフロアボスの部屋に適応されないとは限らない。これは一年以上に及んで最前線を潜り続けた少年が、仲間達に告げた自論である。

 

 果たして、その読みが当たるか否か。真実は、システムの神のみぞ知る————

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 場所は移り、最前線七十四層《カームデット》迷宮区内にて。

 

 

 

 そこでは、白銀色に迸る雷光と青紫色に瞬く閃光があった。その二つの輝きは、容赦なく一つの生命体を切り刻んでいた。《リザードマンロード》———プレイヤー達からは専ら〝トカゲ〟としか呼ばれない悲しきモンスター、それが切り刻まれていた正体である。レベルは82。階層の数字よりも高い時点で、その厄介さは伝わるはずだろう。これまでのRPGでは、基本的に階層とレベルの誤差はそうない。大体階層と同じレベルに達していれば、安全が一応保証されるのが常だ。

 

 しかし、これは通常のRPGではない。挙句の果てには、本来のゲームですらない。HPが全損することが、現実世界での〝死〟と直轄するデスゲームという、言わばクソゲーに入る部類である。《ソードアート・オンライン》と銘打たれたこの世界では、これまでのゲームでの常識は一切通じない。元々プラットフォームが一線を画しているのもあるが、この場合においては、モンスターに設定されたレベルの概念もかなり異なっている。階層と誤差のない程度のレベル設定……などというものはないのだ。

 

 そういう意味では、前述の通り、〝トカゲ〟は厄介極まるモンスターであったはずなのだが———

 

 

「———何処見てんだ?」

 

 

 〝トカゲ〟の背後から、〝死〟を告げる悪魔の一喝が放たれた。これまでのどのゲームよりも高性能AI学習を持つモンスターは、すぐさま背後に向けて曲刀を振るうも、そこには何もいない。直後、強烈な一撃が無防備な背中に見舞われ、大きくHPを減らす。

 

 

「ボクはここだよ!」

 

 

 背後から斬られたことで疎かになった正面から強烈な一撃が懐に一突き。心臓めがけて放たれた刺突は、急所である心臓を深々と貫いた。先程の不意討ちの非ではない程の大ダメージが入り、残り僅かなHPは全て食い尽くされ、〝トカゲ〟はその全身を突如として硬直させ、無数のポリゴン片となって爆散した。

 

 モンスターを倒したことによる経験値とアイテムなどのリザルトが、二人のプレイヤーの前に表示され、それを確認すると消去する。今し方〝トカゲ〟を倒したのは、この二人だ。表示されたHPは微塵も減っておらず、完全なワンサイドゲームであったことがよく分かる。それもそのはずだ。この二人になら、そういった戦い方が出来る。

 

 

「やったね、ソラ! やっぱりスイッチは出来るだけ早く回した方がいいのかな?」

 

 

「ンな訳あるか。あれは俺達だから打てる手であって、他の奴らは早々できねぇよ」

 

 

「キリトとアスナなら出来るかな?」

 

 

「ま、出来ると思うぞ。

 ただし、俺達みたいな高速回しは無理な。ステ振りが違うだろ」

 

 

 

 毛先だけが白い黒髪ショートに灰一色の皮装備を身につけた少年と、濡れ羽色とでもいうべき艶やかなパールブラックの紫髪ロングに黒曜石の胸部アーマーがついたバトルドレスを着こなす少女が、呑気な会話を交わしている。

 

 この世界は、現実の姿を全くの狂いなく模倣されたプレイヤー達ばかりが存在する。つまり、この二人の造形は、キャラクリなどと言われるもので作られたものではない。正しく歳相応の少年少女だ。

 

 だが、侮るなかれ。この二人には、ある定説がある。

 

 アインクラッドに、二つの〝絶対〟在り。

 一つは、《絶天》。《最前線狩り》の二つ名を馳せた絶対的強者。相対した敵を一つの例外なく討ち滅ぼす、灰色の伝説。

 一つは、《絶剣》。絶対無敵の剣、空前絶後の剣と称される絶対的強者。挑まれたデュエルは全て勝利を収めた、青紫色の伝説。

 

 休暇から復帰し、再び最前線に現れて一週間も経たないうちに着いた尾ひれがまさにその通り。二つ名に関しては以前から存在していたものだが、他の尾ひれは本人達も聞いた時に呆れたものだった。曰く前者は化け物だとか、後者はボクっ娘だとかはよく聞いた話だが、こうも定説がくっついたのには、流石に気恥ずかしいものがあった。

 

 迷宮区に潜ってから数時間が経ち、ちょうど戦闘も終わったところで、少年———アーカーは、少女———ユウキに声をかけた。

 

 

「さて———もう少し先に進んでみるか? 消化不良って顔してるように俺には見えるぞ」

 

 

「今日はこの辺りで終わりかな。ソラの言う〝もう少し〟は〝最後まで〟っていう意味なの分かってるからね? あと、ボクはソラみたいな戦闘狂じゃないよ! 消化不良は………うん、確かにそうかな〜あはは………」

 

 

「チッ、流石ユウキ、もう乗ってこなくなったか……。あと、消化不良を感じるって言ってる時点で、もはや戦闘狂のお仲間だからなお前」

 

 

「むー………」

 

 

 《絶天》の二つ名を馳せるアーカーは、同じく《絶剣》の二つ名を馳せるユウキを揶揄う。頰を膨らませて不満げにこちらを睨む彼女に、彼は「事実だろ?」と笑いかけた。二人が最前線に復帰してから、はや数ヶ月が経ち、攻略ペースは少しばかり早まった。かつてのような異常な迷宮区攻略速度は息を潜めたが、当然それは足並みを揃えるようになったからだ。言い方は悪いが、その元凶であったソラには現在首輪が付いている。物理的な首輪というより、精神的な首輪だ。弱みを握られているという訳ではなく、そばにいる恋人がちゃんとそれを我慢をさせているというべきか。

 

 最前線に復帰した日。当然ながら、復帰することを告げに行った二人は、まず最初に攻略組代表であるヒースクリフからこう言われた。曰く「攻略するのが速いのは良いことだが、速すぎるとこちらが戸惑ってしまうので、足並みを揃えてほしい」とのこと。事実、一年以上に渡ってアーカーが《最前線狩り》という二つ名をつけられた原因がそこにあった。新階層が開通して一週間もあれば、フロアボス部屋を見つける所業はハッキリ言って化け物だ。人間業ではないなどと攻略組の有力プレイヤー達に言われていたこともあり、攻略組の長のような立場にあった彼には頭痛の種だったらしい。それは結果として、アーカーは「攻略早めるのダメ」と言われてしまったのである。当然ながら本人に不満はあったのだが、そばに控えていたアスナの笑っていない笑顔を見て、不満という文字は頭から消え去った。物凄く怖かったのである。それは隣にいたユウキも同様に。

 

 相棒 兼 恋人であるユウキは、必然的に暴走気味のアーカーを抑えるストッパーの役割をヒースクリフ直々にお願いされ、今に至る。彼が彼女に「攻略続けるか?」と聞くのは、それが習慣付いた証とも言えた。戦闘狂云々や消化不良云々聞くのは、ある意味アーカーが攻略組の裏を掻いて攻略を進めようとしている前兆でもあるのだが、何度か引っかかって二人揃って怒られた影響か、ユウキはその誘いになかなか乗らなくなっていた。何度も悔しい顔をするところを、たまたま通りかかったアスナに見られて怒られるのが日常となってきている。

 

 残念ながら今日も攻略続行とならなかったため、少しばかり落ち込みながらも、アーカーは大人しく帰ることを選ぶ。復帰直後は、無駄な抵抗を試みたことがあったが、今では完全に諦めている。理由は………言うまでもないだろう。

 

 

「ンじゃ帰るか。今日の晩御飯担当はユウキだからな?」

 

 

「あ、そっか忘れてたよ。うーん、何にしようかな〜。ソラは何が良い?」

 

 

「俺か? そうだなぁ………シチューとか悪くないと思うぞ」

 

 

「うんうんなるほど、シチューか〜いいね! 腕に縒りをかけて美味しいシチュー作ってあげるから楽しみにしててよ!」

 

 

「おう、楽しみにしててやるよ。そういや、シチューって言えば、確か《ラグー・ラビット》から取れる肉で作ると絶品って聞いたな」

 

 

「《ラグー・ラビット》……一度は食べてみたいね〜ソラ」

 

 

「だなぁ……あの兎、激レアモンスターだもんな。一層の《森の秘薬》クエの胚珠より見つからねぇんだよなぁ………」

 

 

「確かにね。あれはボクが数時間で胚珠たくさん手に入れられたもんね〜」

 

 

「俺はあの時から運が無いと自覚したよホント……逆にお前が運気高すぎることを知った」

 

 

「ボクって、そんなに運良いのかな?」

 

 

「おう、だったらこの間拾ったA級食材と個数を今ここで全部言ってみろ。両手で数え切れなかったら、承知しねぇからな」

 

 

「や、やっぱり何でもないよ〜」

 

 

 晩御飯トーク(?)をしながら、二人は迷うことなく迷宮区から出た。出たと同時に眼前に広がるのは、鬱蒼と茂る暗い森だ。幸い真っ直ぐに森を貫く一本の小路があるが、これが無かったのなら、それこそ一層のペネントだらけの森や、三十五層の迷いの森と見た目は変わらない。特に後者には良い思い出が微塵も無いので行きたくない。最恐最悪の殺人者(レッド)と遭遇するとかどんな不幸だよ、と今でも毒を吐くこともしばしば。あの頃はユウキと喧嘩別れして共にいなかったこともあり、アーカーにとって、精神衛生上出来るだけ黙っておきたい過去となりつつある。たまに掘り返されて不機嫌になるが、その度にユウキに慰めなられている情けない有様を晒すこともセットだ。よく掘り返す常習犯は当然ながら例の天然ジゴロブラッキーである。

 

 その森を抜ける間も楽しげに会話は続く。その中には交友関係がまた広がったという話もあり、嬉しそうに喜ぶユウキの姿を見るのは、アーカーの密かな楽しみでもあった。たまにこの流れから、「ソラは他に友達作らないの?」と言われて胸にグサリと刺さるが、鋼のメンタルで耐えるしかない。ユウキによって、ある程度改善されたが、アーカーが持つ他人への疑心暗鬼の悪癖は()()()()()()()()こともあり、相当根深かった。

 

 そうこうしているうちに、森を抜けた先にある草原も抜けた。主街区《カームデット》まではあと少し。筋くれだった古樹が立ち並ぶ広々とした森を抜ければ、すぐそこだ。夕暮れ時もそろそろだろう。現実世界ほどシチューを作るのに手間も時間もかからないが、出来ることなら日が沈むまでには帰りたい。そんなこともあり、早々にAGI値全開で踏破してしまおうかとユウキに提案する。

 

 

「なあ、ユウキ」

 

 

「ソラ、どうかしたの?」

 

 

 「全力疾走して帰らないか?」と今にも言おうとした時、高く澄んだ草笛のような一瞬の響きにも似た獣の鳴き声が微かながらも耳に届いた。その鳴き声は、一度としてアーカーが聞いたことのないものだった。彼が気付くのと同時に、ユウキもまた気付いていた。両者共に頷き合い、無言ながらも次の行動を統一する。その一連の流れは、いくら仲が良くとも、そう簡単に真似できないものだ。視線を交わし頷く、たったそれだけの動作でお互いの動きを把握するなど、それこそ熟年夫婦や幼馴染の領域に言っても過言ではない。

 

 慎重に音源の方向を探る二人。この世界において、聞いたことがない、聞き慣れない、或いは見たことがない、見慣れないというものの出現は、大抵が初見のモンスターなどであり、八割がたは不幸を意味する。過去の例であげれば、ユウキの持つ《マクアフィテル》が手に入った一度きりの超高難易度クエストである《絶対不滅の意志》は、正しく初見だった。クエストというのは、フラグを建てて成立させることで出現するものだ。大抵はその方法が判明しているため、受けなければ危険ではない。

 

 だが、あのクエストに関しては、その前例を崩した。隠された指定エリアに近づいた途端発動し、閉じ込められ、挙句の果てには五十層フロアボス相当の化け物退治だ。あんな初見殺しクエストは二度とやりたくないとアーカーはユウキ達に語った。そういう経験からか、初めてのものに関して、彼は人一倍敏感だ。危険性があるのかないのか、それが分かるまで徹底的に探るまであった。

 

 そうして———見つけた。

 十メートルほど離れた大きな樹の枝陰に隠れた、灰緑色の毛皮と、体長以上に長く伸びた耳を持つ———ウサギ。

 そんな特徴を持つモンスターなど、二人は一つしか知らない。復帰して少しほど経ってから、偶然耳にした〝とあるモンスター〟の特徴、それと完全に合致した。あれは間違いない。希望的観測を確信にすべく、二人が注視するとそれを検知した《索敵》スキルが補助し、視界に黄色いカーソルと対象の名前が表示された。

 

 

 

 

 

 固有名《ラグー・ラビット》。

 

 

 

 

 

 フラグというものはキチンと建て、回収するものだ。

何処かの誰かが言っていた〝ような気がする〟台詞だったと思う。

 

 何度もスペルを確認し、それが間違いではないことを知る。この時点で二人はガッツポーズを取りそうになったが、落ち着いて互いの顔を見合わせる。少々気が早いのか、ユウキの口元からはヨダレが見えそうになっていたが、アーカーは黙っておくことにする。いつもなら、指摘して恥ずかしがる姿を揶揄いながらも堪能してやろうかと思うのだが、今はそうもいかない。なにせ目の前には激レアモンスター 兼 美味しいご飯が待っていたのだから。

 

 互いに投擲用ピックを抜き、手に持つ。このアインクラッドには《投剣》という剣を投げるスキルがある。何故ピックが剣と見なされるのかは不明だが、いつぞやの噂を耳にしてから、二人は一生懸命レベリングをしたことがあるため、七割ほど熟練度を上げている。そのため、元々のレベルの高さや直感もあり、当てられる自信は充分にあった。どっちが当たるか勝負だ、とでも言わんばかりに視線でバチバチと火花を散らし合う二人が、もう一度目標の方を見る。

 

 すると、そこにはもう一つ黄色いカーソルが出ていて、そのモンスターの名前は———《ラグー・ラビット》。あまりの衝撃に顎が外れるかと思ったアーカーと、最早我慢できないと言った様子でユウキの口元にあったヨダレ防波堤が決壊。辛うじて抑えられていたヨダレが滝のように流れ出した。勿論、そう見えるだけで音などが出ていないため、何も問題はないのだが、仮に効果音をつけるとしたらドバァッ!しかない。これまでになく食欲に支配され、獲物を今にも狩ろうかという狩人の目付きと化した恋人の有様を見て、アーカーは何とも言えない顔をしていた。

 

 二匹のウサギ達が、一際甲高い悲鳴をあげて肉の塊となったのは、それから数秒もかからなかった。仕留めた後、嘘ではないことを確認するべく、表示されたリザルト画面からアイテム名を確認。《ラグー・ラビットの肉》と書かれたアイテムが、それぞれに一つずつストレージに収められたことを知ると、声を上げてガッツポーズ。その流れで、目をキラキラさせ滝のようなヨダレを垂れ流すだらしのない恋人をアーカーはなんとか落ち着かせると、希少なはずの転移結晶を片手にホームタウンである二十二層に飛んだのだった。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 二十二層にあるマイホームに帰った二人は、まず、このアイテムの処遇を考えることにした。若干ユウキが早く調理させて!といった顔で訴えてきていたが、アーカーは何とか耐える。実際彼もすでに空腹が近づいていた。早く食べたいのは彼とて同じ。

 

 だが、ここでちょっとした問題があった。

 この世界の食材アイテム———主に肉だが、これが意外と大きい。先程のウサギのサイズよりも、アイテム化した方が少しばかり大きかったりする。つまるところ、少しばかり量が多いのだ。腹一杯食べられると考えれば、出来なくはないし、むしろ出来る。アイテムになった以上、オブジェクト化し安易に放置しなければ、相応に耐久値なども持つ。そのため、二日続けて豪勢にウサギパーティー!も出来る。

 

 しかし、ここでユウキも気付いた。

 二人だけで食べてしまっても良いのか、と。別に黙っていれば咎められない世界でもある訳だが、どうしても良心が痛むという一面もある。特にユウキに関しては友達思いだ。キリトとアスナに関しては長い付き合いでもある。日頃からよくお世話になっているし、彼らにだけでも美味しいご飯を作って上げても良いのではないか、と。流石にエギルやクライン、リズベットとシリカを呼べるほどウサギに余裕はない。せいぜいあと二人が限界だ。そうなれば、ユウキが取る選択は黙って自分達だけで食べるか、キリトとアスナだけでも呼んで楽しく食べるか、である。

 

 デスゲーム始まって以来、激しく揺らぐ心。襲い掛かる食欲の誘惑。自分にとって正しい選択は……!?などと悩むこと数分。ユウキは、真剣すぎる面持ちで、アーカーに覚悟を伝えた。

 

 

 

 

 

「今ほどアーカーとユウキが友達だったことを喜んだことはない」

 

 

「おう、そうかそうか。だったらキリト、今度対人戦研究のためにデュエル十連戦付き合ってくれ」

 

 

「お前、俺を殺す気か!?」

 

 

「おう、死なない程度に殺してやるから安心しろ」

 

 

「アーカー君! ユウキ! 本っ当に……ありがとう!」

 

 

「喜んでもらえて良かったよ、アスナ〜!」

 

 

 結果として、ユウキは日頃の感謝という意味を込めて二人を呼ぶという選択肢を選んだ。あわや食欲に支配されかかっていた精神状態でよくぞ選んだとアーカーは褒めたいところだったが、少しばかり惜しい選択をしたかもしれないと思ってしまった辺り、本当にこのウサギが食欲に凄まじい攻撃を仕掛けてくることからS級食材アイテムたる所以を実感した。二人を呼んだことで、リズベット達は残念ながら、このウサギを食べることができなくなったのだが、それは同時にキリトとアスナに〝とある誓約〟を課せたのと同義だった。それを本人達に自覚させるために、ニヤニヤと悪戯小僧のような笑みを浮かべて言い放つ。

 

 

「お二人さん、全力で喜んでるところ悪いんだが———お前ら、ある意味俺達の共犯だからな?」

 

 

「「——————」」

 

 

 「あっ……」とでも言いそうな顔をする二人。どういう意味か補足すると、食べられなかった友人達全員に対して、〝《ラグー・ラビット》を食べた〟という事実を黙秘しなければならないということだ。S級食材アイテムとは言うなれば、激レアだ。そんなものは、誰だって食べたいはずだ。当然リズベット達も同様に。

 しかし、激レア故に食べられる者は限られる。その選ばれた者から外れされるという意味が、二人に分からないはずはなかった。自分達は選ばれたが、選ばれなかった者達がこれを知ったら? もしクラインのように人間として出来ていなかったら?という心理的な問題が発生するからである。

 

 その事実に気付いた二人は、少し戸惑いを覚えたが、まずキリトが決心した。

 

 

「オーケー、共犯にだってなってやるよ。俺はソロだ。大丈夫だ、隠し通すことは得意だぜ!」

 

 

「私も! せっかく二人が選んで呼んでくれたのだもの。この機会———逃したら、《血盟騎士団》副団長としての恥だわ!」

 

 

「お、おう………」

 

 

「なんだか二人とも……ちょっとテンションおかしいのかな?」

 

 

「オーケーユウキ、少し前の自分思い出してみようか?」

 

 

 ここに共犯は成された……!

 ———などという、いかにも続きがありそうな謎のハイテンション展開はこれまで。ここからは、全員がいつものテンションとなって、落ち着いた時間となった。明らかに変なテンションなら陥っていた二人は、それぞれ別々の部屋で部屋着に着替えた後、少々恥ずかしそうな顔で出されたお茶を静かに啜っている。

 調理担当となったユウキは、いつも以上に腕に縒りをかけて作ると宣言していた。S級食材ということもあり、要求される《料理》スキルの要求値は恐ろしく高い。家庭的に見えなかったらしいキリトは、そのことを危惧していたが、案ずるなかれ。危惧した本人以外、ここにいる全員が《料理》スキル完全習得(コンプリート)勢だったのだ。何とも悲しい話ではあるが、それも詮無いことだと思いたい。

 

 

「お前らがたった数ヶ月で完全習得してるとは思ってなかった……」

 

 

「《投剣》スキルはもっと短い期間で700超えてるからな? 人間やれば、出来るんだよ」

 

 

「えーっとアーカー君………それって人間業なのかな?」

 

 

「おう、多分きっと恐らくそうだと俺は思ってるぞ間違いない」

 

 

「全く信用できないんだが………」

 

 

「ユウキー、キリトがシチュー三割減らして良いってさー」

 

 

「オイ馬鹿やめろォッ!」

 

 

「え、いいのー!? キリトの分、少なくしていいの!? ボク達の分のシチュー一割ずつ増やしておくね!」

 

 

「頼む待ってくれユウキィッ!」

 

 

 哀しき断末魔のような叫び声をあげ、ユウキがいるキッチンの方へと駆け込むキリト。大慌てで誤解を解きに行った彼の姿を見送りながら、実に悪い顔でアーカーは笑う。悪戯小僧の仕業にしては、少しばかり控えめの悪戯に思えるが、〝食べ物の恨みは恐ろしい〟ということわざ(?)があるように、彼の所業も後でツケが回ってくるのではないかと流石のアスナも〝たかが悪戯〟と援護できずにいた。

 その後、誤解がキチンと解けて疲れ果てながらも安堵した様子でキリトがこちらに戻ってくると、呪詛のように「覚えてろアーカー」と呟き始めたのは言うまでもない。

 

 僅か五分後、ユウキの手によって豪華な食卓が整えられた。アーカーとキリト、ユウキとアスナが向かい合うように座ると、テーブル中央に置かれた熱々の二つの鍋から、それぞれの大皿に熱々のブラウンシチューがたっぷりと盛り付けられた。鼻腔を刺激する芳香を伴った蒸気だけで、盛り付けの途中であるはずのユウキが、そのまま盛り付けるのをやめてしまいそうになるも、何とか盛り付けをさせきった。流石の彼女も鍋に顔を突っ込んで———なんてことはないはずだ、とやや心配そうにアーカーとアスナが思う中で、キリトとユウキは最早目の前にあるシチューにしか目が向いていなかった。照りのある濃密なソースに覆われた大ぶりな肉がごろごろと転がる様子と、クリームの白い筋が描くマーブル模様が、二人の限界を今か今かと迫らせていたのだ。

 

 このまま放っておくと無言で飛びつきそうだと判断したアーカーは、そこの二人を引き戻した。流石に「いただきます」を言わずに食わせるようなことはしない。何事にも容赦ない彼が意外と礼節を重んじるタイプの人間なのだと、キリトとアスナはこの時知った。

 そして———時は来た。四人が両手を合わせ、同じ文言を口にする。

 

 

「「「「いただきます!」」」」

 

 

 スプーン片手に、全員がそれをあんぐりと頬張った。一口目から伝わる熱と香り、柔らかい肉から溢れ出す肉汁、濃密なソースが肉の旨さを引き立てる。正しく絶品だった。S級食材の実力には流石の四人も驚愕と同時に感謝すらあった。A級食材とは一線を画す存在の大きさに、感動すら覚えていた。そこからは、誰一人として言葉を発することなく、ただ大皿にスプーンを突っ込んでは口に運ぶ作業と、鍋に残るお代わりを求めて争奪戦が繰り広げられた。

 

 

 

 

 

 やがて、綺麗に食い尽くされた皿と鍋を前に、四人は満足そうな面持ちでお茶を啜っていた。

 

 

「ああ……今まで頑張って生き残っててよかった……」

 

 

「そうだな……」

 

 

「全くだ」

 

 

「だね〜」

 

 

 アスナ、キリト、アーカー、ユウキの順に感想と同意を述べる。下手な言葉はいらなかった。食レポとでも言うべきそれをするには、現実の世界中でも細かい言語である日本語ですら、その味の感想を完全に述べ切るには言葉が足りなすぎた。それほどまでに絶品で、美味だった。それだけで充分だと全員が思う。

 

 

「不思議ね……。なんだか、この世界で生まれて今までずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」

 

 

「……俺も最近、あっちの世界のことをまるで思い出さない日がある。俺だけじゃないな……この頃は、クリアだ脱出だって血眼になる奴が少なくなってきた」

 

 

「そうだね……確かにみんな焦らなくなったよね」

 

 

「攻略のペース自体落ちてるわ」

 

 

「あ、それヒースクリフに言ってくれ頼むから。マジで攻略し足りねぇんだけど……」

 

 

 一番大きな溜息を吐きながら、アーカーが愚痴る。その様子に、言ってから気が付いたアスナと事情を知っている二人が、「あーそっか〜」と言った顔で彼の方を見た。かつて《攻略の鬼》と呼ばれたアスナ以上に攻略組全体が恐れ、トラウマを抱えた相手である《最前線狩り》のアーカーが、現在進行形で「攻略し過ぎダメ絶対」という処分を下されている現状が、攻略ペースが落ちた一番の要因だった。以前のように彼が全力で攻略することが出来ていたのなら、果たして最前線は何処まで上がったのだろうか。そんな考えが僅かにでも過る中、ユウキは無茶をしそうな彼に向けて一言だけ注意する。

 

 

「ソラはそう言うけど、無茶はダメだからね。かつてのソラは無茶な上に無茶を重ねてたのと変わらなかったんだよ?」

 

 

「グッ……それを言われたら何も言えねぇな……」

 

 

「まぁ、実際、あの頃は確かに早かったけど、みんなが悲鳴あげてたからね。またそんなことになったら、攻略組自体がストライキ……って言うのも有り得なくないかも」

 

 

「ここぞとばかりに畳み掛けて来やがったなおい……まぁ、良いけどな。念のため、速度上げていいかどうか、ヒースクリフに聞いておいてもらえるか?」

 

 

「ええ、聞いておくわ」

 

 

 「この話はそこまでにして……」とアスナが話を変える。続いて投げられた話は、攻略に勤しむ理由だった。攻略組に所属する誰もが持っているそれは確かに知りたくはあったけれど、同時に聞きにくくもあったものだ。とはいえ、ここにいる四人はそれなりに聞きやすい部類ではあった。

 

 

「ボクはね、ソラとまた一緒に外の世界を見たかったんだ〜」

 

 

「「へぇ〜」」

 

 

「おう、その〝愛されてますなぁ〜?〟みたいな目マジでやめろお前ら」

 

 

 「それは幼馴染の頃から変わってないぞ」とだけ補足し、気恥ずかしそうに目を背けながらアーカーはお茶を啜った。

 

 

「私はあっちでやり残したこといっぱいあるから、かな」

 

 

「アスナらしいね!」

 

 

「確かにな」

 

 

 アスナの攻略する理由にユウキとキリトが〝らしい〟と答える。確かに彼女はそういう性格をしている。今まで接してきて彼女がそれなりの身分———というよりお家の者なのだろうというのは、アーカーの目にはそう映った。他者を注視し、どういった人間なのか。本当のことを言っているのか、嘘をついているのか。そんな感情の機微すら読み取れるようになった影響なのだろう。残念ながら、彼にとってこの特技は忌まわしいものでしかなかったが。

 

 

「俺は……正直なところ、分からないな。昔は家族の元に帰りたいって思ってたんだけどさ。今は……よく分からない」

 

 

「キリト君……」

 

 

「キリト……」

 

 

 何処か心配そうにキリトを見るアスナとユウキ。対して、アーカーは自分の理由と比べて、安心したように告げた。

 

 

「ま、理由なんざ後から見つかるモンだろ。安心しろよ、キリト。お前はまだ真っ当だ」

 

 

「……だといいな」

 

 

 少しばかり顔が晴れたキリトが、こちらに拳を突き出す。お蔭で助かったとでも言わんばかりのそれに拳を突き返し、コツンと当たる。「どうせなら口で礼を言えよ」と思ったが、彼なりの礼なのだと思って我慢する。

 そうして、アーカーの番が来た。

 

 

「言わなきゃダメか?」

 

 

「流れ的にな」

 

 

「そうね」

 

 

「うん」

 

 

「はぁ……ドン引くなよお前ら」

 

 

 ユウキまでもがそっち側なのかと溜息交じりに呟く。ここまで全員言っているし、言わないわけにもいかないムードが作られていたのだから仕方のないことだと覚悟して———告げる。

 

 

「最初は、茅場 晶彦を殺すためだった」

 

 

 その一言に空気が冷える。

 

 

「百層までクリアしろ。それはつまり、あの男が百層で待つという意味と同じだったからだ。アイツの性格的に、傍観者で居続けるのは無理があると思ったからな」

 

 

「アーカー、お前もしかして……」

 

 

「お前は聡いな。アイツは俺の叔父だよ。あくまで一族系図的に、な?」

 

 

 ユウキだけが知っていたアーカーの秘密が少しばかり紐解かれた。その言葉を聞いて、キリトは冷静に訊ねる。

 

 

「お前の姓は、〝茅場〟なのか?」

 

 

「いや、違うな。俺はあくまで養子だ。あの男が、俺を拾った母親の兄妹だっただけだ。そうだな……この際少しだけ言ってしまった方が楽か」

 

 

 お茶を啜るのをやめ、それをテーブルに置くと、アーカーは少しだけ自分のことを口にする。

 

 

「俺は自分の本当の親すら知らない、捨て子だよ。たまたま拾われて、たまたま役に立った餓鬼でしかない。ちょっとした理由で、勘当されたからな。今じゃ、天涯孤独の身だ」

 

 

 勘当。その言葉の意味をこの場にいる誰もが知っていた。キリトもアスナも、聞いてしまった本当に良かったのだろうかと思い悩むように見える。特に顕著だったのはユウキだ。勘当された理由そのものであるユウキは責任を感じ続けていた。再びそのことを思い出して、気分が落ち込んだのだろう。それを見過ごすアーカーではない。すぐさま、ぽんぽんと頭を軽く叩き、優しく撫でる。

 

 

「ま、お蔭で今はユウキと一緒に暮らしてる。多分今は同じ病室で繋がれてるかもな」

 

 

 今までの暗い雰囲気を吹き飛ばすような、少年らしい笑顔で三人に笑いかける。何処にも後悔はない、そんな姿に三人は安心を覚えた。本人なりに考えもあり、吹っ切れているのだから、こちらが暗い顔をするわけにはいかない———と思うのが普通なのだが、キリトとアスナは別のところに食いついた。

 

 

「お前さっきユウキと一緒に暮らしてるって言ってたよな?」

 

 

「ん? そうだが?」

 

 

「もしかして……同じ屋根の一つ下?」

 

 

「あー……確かにそうだな」

 

 

 瞬間、キリトはニヤニヤと悪餓鬼のような笑みを浮かべ、アスナは黄色い歓声をあげる。この流れ何処かで見覚えがあるぞと数ヶ月前の記憶を思い起こそうとしている間に、今の今まで頭を撫でられていたユウキは、アスナが聞いた理由の真意を知って顔を真っ赤に染めてあげていた。それを見たアスナが味を占めたような笑みを浮かべた。その姿はまるで獲物を狩る狩人のようだった。明日一緒に攻略行かないか?という本題を切り出すことが出来たのは、全てが終わってからだった。

 

 

 

 

 

 それから一時間もの間、アーカー達は本調子を取り戻したキリト達によって、差し障りのない辺りの話を散々掘り返され、途中アーカーがあまりのしつこさに半ギレになりながらも続いたのだった————

 

 

 

 

 

 時にS級食材は人間関係をも左右する —完—

 

 

 

 

 

 






 賑やかな食事を終え、さあ攻略だ。

 しかし、その前に面倒ごとに巻き込まれる一行。

 そこで耳にする衝撃の一言に、

 思わずアーカーは呟いてしまう。

 次回 思ったことは存外我慢できないものである

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