ソードアート・オンライン —Raison d’être— 作:天狼レイン
結局クラディール云々のところで終わってしまいました。申し訳ない。山羊頭のグリームさんこんにちは、は次回となりました。
ソラ/アーカーの性格上、どうしてもここで原作通りに主人公キリトにやらせることができなかった。ホントごめんな、主人公。
でも安心しろ! お前にはとっておきの出番が原作とは別に用意されてるぞ! グランド・クエストとか楽しみにしておけよな!……と言い訳を言ったところで、アインクラッドがあとどれくらいかかるか未定だということをお伝えします。
「来ない……」
「来ねぇ……」
「アスナが来ないなんて、どうしたんだろ?」
最前線である七十四層主街区《カームデット》にある転移門、その門前広場にて、キリト、アーカー、ユウキの三人は今日一緒に攻略する約束をしたアスナを待っていた。時刻は現在午前九時。約束の時間になっても、彼女の姿は何処にも見えなかった。《血盟騎士団》のアスナと言えば、攻略組なら全員が知っているだろう特徴がいくつかある。そのうちの一つに時間厳守というものがあり、今でも《攻略の鬼》の異名を持つ彼女は、自他共に時間に厳しい人物である。一層からの親友であり、彼女が本音を言える数少ない相手であるユウキからしても、彼女が約束の時間に遅れることはない。必ず五分前までには先に来ており、絶対に待ってくれていることの方が多かったという。その話を聞けば聞くほど、アスナが遅刻するというのは、何かしらの理由があるはずだ。最もその考えられる理由の中に、寝坊というものは決して存在しない。
現実において、遅刻をする際の大きな理由の一つである《寝坊》。これが決してないというのは、彼女が時間厳守を絶対としているから、ではなく、この世界の仕様に起因する。アーカーやユウキも活用している《強制起床アラーム》というサポート機能は、指定した時刻に文字通り強制的に叩き起こすものであり、これに抗うことはできない。止めた後に二度寝をするという選択肢はあるが、約束事をしているアスナがその選択肢を選ぶことはあり得なかった。現に、少しばかり寝坊助なユウキもこうして起きている。
「ソラ〜、ボクまた眠たくなってきちゃった」
「そうかそうか———ここで寝たら、昼御飯抜き」
「目が覚めたよ! ほら、ちゃんとボク起きてるよ!」
「アーカーは身内にも厳しいのか……?」
「ンな訳あるか。ちゃんと加減してるぞ。身内以外なら晩御飯抜きも視野内だ」
「容赦しないのがステータスなのかお前は……」
「容赦したら負けだと思ってる」
「なあ、ユウキ。コイツって昔からこうなのか?」
「うーん……昔は、そんなに厳しくなかったよ? あ、でも、今もボクには優し———」
「———オーケーユウキさん、ちょっと静かにしていようか?」
聞かれると恥ずかしい話を言いそうになったユウキの口に、オブジェクト化させた昼御飯のサンドウィッチの予備を放り込んで黙らせる。「もごっ!?」と変な籠り声を洩らし、そのことで不機嫌そうな顔をする彼女だったが、口に放り込まれたサンドウィッチを咀嚼すると、お気に入りの味付けだったのか満足そうにそちらに熱中する。頭頂部でいつも通りとてつもない存在感を放つアホ毛は、ブンブンと犬の尻尾よろしく振られていた。もぐもぐと美味しそうに食べる姿に、朝御飯を食べていなかったキリトはいわゆる〝飯テロ〟をされている気分になり、突然空腹に襲われ始めた。アーカーの視界の端でサンドウィッチを物欲しそうな顔をしているのが目に見えたが、残念ながらユウキの言いかけた通り彼女以外には厳しかった。容赦なく無視し、不機嫌さを僅かにでも滲ませた彼女の頭を念入りに優しく撫でている。その様子は、何処と無く小さい子を相手するように見えるが、下手に言えば、酷い目に遭う気がしたキリトは黙ることにした。
「まぁ確かに少し遅いな。なあ、ユウキ」
「
「あ、ごめん。食い終わってからでいい」
リスのように頰いっぱいにサンドウィッチを詰め込み、もぐもぐと咀嚼しているユウキの姿を見て、アーカーは訊ねるのを一度やめる。御飯の途中に他のことをするのはマナーが悪い。礼節を重んじる彼には、不思議とそれが脳裏に過っていた。彼がユウキに訊ねようとしたのは、アスナから何かしらの連絡が届いていないかを確認してもらおうと思ったからだ。基本的にアスナとのメッセージのやり取りを行なっている回数が多いため、フレンドリストの最上位に名前があると思ったアーカーは、何かしらの理由で送る余裕が無かったとしても、彼女にだけは少しでもメッセージが送られていないかと考えたのだ。
口に放り込まれたサンドウィッチを食べ終わったユウキは、再度訊ねるまでもなく、フレンドリストからメッセージを確認したのか、そこに何も届いていないことを二人に伝える。以心伝心と言うべき動きに、キリトが何やらニヤついた顔をこちらに向けてきたせいか、アーカーは一発鉄拳制裁してやろうかと考えたが、辛うじて我慢する。《圏内》に存在する《犯罪防止コード》を利用した《圏内戦闘》という対人戦闘練習方法があるため、ここで彼を殴り飛ばしたとしてもHPは全く減らないため何の問題にはならないのだが、数日前にやりすぎ注意とユウキに怒られた彼は、我慢することを優先したのだった。
———と、その時。ちょうど時刻が九時十分となった。その直後、ニヤついた顔を晒していたキリトに天罰が下る。
転移門内部に何度目かの青いテレポート光が発生。そこからどういう訳か、地上から一メートルほど離れた空中に人影が実体化。なんとその勢いのままキリトめがけて吹っ飛んでいく。完全な不意討ちに、何が起きたかさえ分からないといった顔になった彼は、吹っ飛んできたプレイヤー共々二人揃って派手に地面に転がっていった。その光景に、とてつもなく胸がスカッとしたアーカーは、腹を抱えて「ザマァ」と嘲笑う。先程我慢したお釣りが来たことを喜ぶ子供っぽい恋人の姿に、ユウキはやれやれといった顔をするしかない———のだが、よくよく見ると、キリトに衝突した結果、その上に乗っかっているプレイヤーには二人とも物凄く見覚えがあった。
もしかして———と思い、声をかけようとした直後、キリトが何かしたのか、大音量の悲鳴をあげて件のプレイヤーは、《体術》スキルも無しに彼を派手に吹き飛ばした。潰れたカエルのような短い悲鳴をあげた少年はさておき、ペタリと座り込んだ女性は間違いなくアーカー達が待っていた人物であった。白地に赤の刺繍が入った騎士服と銀のレイピアなど、彼女以外に装備している人物はそういない。どういった訳か両腕を胸の前で硬く交差しているが、事情聴取も兼ねてユウキ先頭に二人は女性に駆け寄った。
「おはよー、アスナ! えーっと……大丈夫?」
「あの天然ジゴロまた変なことしたのか?」
「ふ、二人ともおはよう……。ええ、ちょっとね……」
背後に強烈な殺気が般若の如くオーラとして浮き上がっているのを幻視した———仮想世界ではあり得ないはずだが———二人は、「ああ、これ流石にキリト助からないかな」と諦めの表情で漸く上半身を起こした少年に、哀れみの目を向ける。当人が何度か自分の右手とアスナを見比べ、彼女の様子と彼を見る二人の目から現状を理解し、「あ、これはまずい」と察したのか、顔が少しずつ真っ青になっていく。このまま行けば、確実に彼は串刺しになるだろう。《圏内》であるため、死にはしないが、軽い拷問と変わらないはずだ。
さて、彼の運命は如何に———と若干期待するアーカーの思いとは裏腹に、再び転移門が青く発光。それを見たアスナが、はっと後ろを振り返ったのち、二人の手をグイッと掴んで慌てた様子でキリトの後ろに回り込んだ。半ば引き摺られた二人は、アスナが意外にSTR値が高いことを理解する。訳がわからないキリトも、何となくアスナを庇うように立つ。
直後、転移門が輝きを増し、中央から新たな人影が出現した。飛び込んできたアスナと違い、キチンと両足が地面についている。光が消え去ると、そこに立っていたのはアーカーには見覚えのない顔だったが、どうやらユウキは見覚えがあったらしく、嫌そうな顔をする。それを目にした彼は、大まかにどういう人物かを悟った。仰々しい純白のマントに赤の紋章。ギルド《血盟騎士団》のユニフォームを着込み、やや装飾過多気味の金属鎧と両手用剣を装備したその男は、周りをいくらか見渡した。それから、こちらを見ると、眉間と鼻筋に刻み込まれた皺をさらに深くし、こちらにやってくる。
「ア……アスナ様、勝手なことをされては困ります……!」
ヒステリックな調査を帯びた甲高い声をあげて、落ち窪んだ三白眼をぎらぎらと輝かせながら、その男は続けて言い募る。
「さあ、アスナ様、ギルド本部まで戻りましょう」
「嫌よ、今日は活動日じゃないわよ! ……だいたい、アンタなんで朝から家の前に張り込んでるのよ!?」
先程のキリトの行動時よりも相当キレ気味でアスナが言い返す。彼女の一言を耳にしたアーカーは、瞬間的に理解した。「なるほど、ゲテモノストーカーか」と。勿論、内心で浮かべたことだが、正直なところ、堂々と声にしてしまった方が楽だったかもしれない。いつの間にやら背後に隠れていたユウキも、相当嫌そうな顔を強めた。基本的にどんな相手にでも気軽に話しかけて打ち解けることが多いユウキが、こんな顔をしていることと、先程のアスナからの言葉で酷く納得した。
その一方で、この男は得意げな表情を浮かべて告げた。
「ふふ、どうせこんなこともあろうと思いまして、私一ヶ月前からずっとセルムブルグで早朝より監視の任務についておりました」
「あ、やっぱ我慢できねぇわ、マジでゲテモノストーカーかよ」
先程は辛うじて飲み込んだ言葉が、逆流した胃酸の如き勢いで口から溢れ出る。その一言に、ユウキですら「あっ……言っちゃったよ」と続けて肯定するような声が洩れた。キリトとアスナも少々唖然としたが、その一言にアーカーらしいと思い、いつもの様子に戻った。対するゲテモノストーカーは、今の一言でどうやら無視しようとしていたのをやめたらしく、歯軋りをさせながらこちらを向いた。その目には、僅かながらも殺意の色が混じっている。
「こ、この私をストーカーだと……!? 黙っていれば、無視してやっていたものをォ……貴様、《絶天》だったか?」
「………あーうん、そうだが、テメェこそなに? 俺には現時点でお前が《血盟騎士団》の恥晒しでゲテモノのストーカーしか分からねぇんだけど」
「貴様ァ……!」
煽られたことで、グイッと胸倉を掴むストーカー男。キリトが仲裁を、アスナがその男を止めようと口を開こうと、そして、ユウキが今にも鞘から得物を抜き出しそうになる。胸倉を掴まれたアーカーは、大きな溜息を吐いた後、静かに息を吐いてから———
「———
殺気っていうのは、こういうもののことを言うんだよ。
まるでお手本を見せるかのように、底冷えしたドスの効いた低い声と共に高濃度の鋭く突き刺さる捕食者の如き殺意を男へと向けた。向けられた奴は何かを幻視したらしく、「ヒィッ!」と怯えた様子で手を離し、後方へと距離を取る。
「おいおいどうした? こんなモン挨拶程度だぞ? 偉く情けねぇな。アスナ、お前の護衛ってこの程度か?」
「今のは……まぁ、アーカー君の殺気が……ね?」
「アーカー、お前ここ仮想世界なんだけど……」
命の危険を感じる程だったのか、そばにいたキリトもアスナも、少しだけ距離を取っていたらしく、その後こちらに戻ってきたが、その額には冷や汗を掻いており、特にキリトは溜息を吐きながら告げている。現実ほど殺気というものを感じないはずの仮想世界で、これほどまでの明確なそれを感じるとは思わなかったのだろう。
「悪い悪い、これでも加減したつもりだったんだが……えーっと、ユウキさん? 不意討ちで見舞ったことには反省してるから、背中を殴らないで貰えますかね……?」
「ソラが向ける殺気って分かっててもすごく怖いんだよ! まったくもう……」
若干怒り気味のユウキに、どうやって機嫌を直そうかと思考をそちらに向け始めるアーカーに、先程まで怯えていた男がどうにか立ち直り、こちらに明確な殺意の篭った目を向けた。
「き、貴様ァ………この私に恥をかかせてくれたなァッ!」
「矮小なプライドに泥塗りたくって何が悪いんだよテメェ。つーか、あれだ。良かったじゃねぇか、人間で。ただのゲテモノなだけだったら、今のでビビることさえできなかったんだぜ? ゲテモノストーカーから、ただのストーカーに成れただけ出世じゃねぇか、なあ?」
「おのれェ………ッ!」
軽めのつもりで煽ったアーカーに対し、煽り耐性が相当ない男は、今にも両手用剣を抜き出して切り掛かりそうな勢いだ。キリトとユウキが
しかしながら、全面抗争となれば話は別だ。流石に数で押し負ける可能性が高いのは事実だが、もし殺し合いになった場合、恐らく向こうの戦力は九割がた道連れにされる可能性がある。ヒースクリフが認めた二人が相手なのだから当然なのだが、そうなれば、攻略組としては大損害だ。だから全面抗争にはならないだろう。かといって、それが問題にならないとは限らない。そういう点を気にしているのだ。
「メンドクセェ。こういう立ち合いはキリトに放り投げたいんだが……」
「悪いがそれはお前の喧嘩だ。俺は代打なんてしないぞ」
「知ってた。なあ、アスナ。これあのストーカー止まらねぇよな? 念のためヒースクリフにも連絡かけておいて貰えるか?」
「ええ、団長にはキチンと連絡しておきます。同時に———アーカー君がクラディールにデュエルを申請しても、問題にならないように私がなんとかするわ」
「オーケー良かったなストーカー男。アスナから許可貰えたぞ。お前ぶっ転がしていいってな」
「ハッ、笑わせるなよ! 貴様のような名ばかりの雑魚プレイヤーなんぞにこの私が負けると思ったか!」
「…………はぁ、ダメだコイツ早くぶっ転がしておこう」
最早、面倒だと感じたアーカーは、素早くメニューからデュエル申請をあの男———クラディールへと送る。向こうも申請を受信したのか、モードの設定に取り掛かった。少しして表示されたのは、《初撃決着モード》。流石に《完全決着モード》を選ぶような愚行は犯さなかったようだ。仮にそんな愚行を犯していたとしても、あの男に降参を言わせればいいだけのことだとアーカーは考えてすらいた。両者の承諾が得られたところで、デュエル開始までのカウントダウンが開始。キリト達が離れるのを見て、アーカーは溜息交じりに鞘から長剣を引き抜いた。姿を現した得物は、強者が持つには見窄らしいものだった。輝かしい金属光沢はなく、古びたそれは斬れ味すら感じさせない。それを見て、あの男は向こうで嘲笑っているが、それも無理はない。この長剣がどういうものかは、実際に戦うか詳しく見ていないと分からないのだから。
「《絶対双刃》のアーカーとKoBメンバーがデュエルだとよ!!」
その大声に釣られたギャラリーが集まってくる。口笛を吹き鳴らし、野次を飛ばす辺り、事情を知らぬ者達なのだろう。呆れた話だが、ああいう奴がいるから変なところで問題が起きるのだと常々アーカーは思う。向こうでこちらを叩き潰してやろうと息巻いているストーカーは、名声や驕りからあんなザマを晒しているに違いない。「有名どころは大変だな」と思う一方で、脳裏にもう一度ユウキが嫌そうな顔をしていたのを思い起こした。どういうわけか、あの男は俺の恋人にも手を出したらしい。そう思った直後、額に青筋が走った。明確な殺意と怒りが内から湧き上がるのを感じる。完全な私闘であるため、大義名分なんてものを無理矢理にでも掲げるつもりはなかったが、〝ユウキの気持ち的な問題解消のため〟という名分ができたので、元から遠慮する気は無かったが、堂々と斬りにいける。
剣を中段やや担ぎ目に構え、前傾姿勢で腰を落とすクラディールに対し、アーカーは長剣を中段に構え、自然な半身の態勢を取った。遠くからそれを見ていたキリトとアスナは、その構えに見覚えがあった。それはユウキが、デュエルをする際にほとんどの場合で取る構えだ。たまにAGI値全開で動くためにかなりの前傾姿勢の構えを取るが、それ以外は常にあの構えであることを知っている。まさかアーカーも同じ構えを取るとは……と思いながら、念のためにユウキの方を見てみると、かなり嬉しそうな顔でデュエルが始まるのを心待ちにしていた。同じ構えをしてくれていることが嬉しいのか、或いは彼のかっこいい姿が見れるのを楽しみにしているのか、或いは両方か。とにかく嬉しそうなユウキに、苦笑しながら二人は開始の時を待った。
そして———カウントが、ついにゼロを迎えた。
開始と同時にクラディールの持つ装飾過多の両手剣がオレンジ色に瞬く。発動したのは、上段ダッシュ技《アバランシュ》。生半可なガードでは、受けることに成功しても衝撃が大きすぎて優位的反撃に入らず、避けたとしても突進力によって距離ができるため使用者に立ち直る余裕を与える優秀な高レベル剣技だと最前線にいる誰もが知っている。
一方でアーカーは、ソードスキルを発動させることなく、その場に佇んでいる。その行動に流石のキリトとアスナも驚いたが、ユウキは何か知っているらしく、彼と同じ不敵な笑みを浮かべていた。ギャラリー達は「勝負を捨てたのか!?」と常々口にするが、アーカーには耳にも届いていないだろう。
勝利を確信したクラディールは、その顔に狂喜の笑みと歪な笑顔を浮かべる。輝く両手剣の刀身が間近に迫っていく。AGI極振りとも言えるビルドを組んでいるアーカーには、いくらレベルが高くとも直撃を受ければ、半減で済むかは分からない。それなのに全く身動きもしない。
勝負が今にも決まる———そう、誰もが思った瞬間だった。
両手剣が振り下ろされ始めた直後、急激にアーカーの古びた長剣が瞬く。ソードスキルだ。しかし、《アバランシュ》を相殺できるほどの威力があるものは、このタイミングからでは発動が間に合わない。揺らぐことのない勝利を前にクラディールが勢いよく得物を振るって———気がついた。
アーカーの立ち位置が、直線上から右へとずれていることに。それに気付くと同時に、直撃するはずだった両手剣の腹を、彼の長剣が直撃し、進行方向が大きくずれた。発動したのは起動が早いソードスキルでもあった《スラント》だ。初級中の初級であるそれは、ほとんど序盤にしか使われないものである。そんなもので《アバランシュ》は防ぎようが———
「まさか、貴様……私の剣を往な———」
「おう、そのまさかだ。マヌケ」
直後、左手に握られた長剣とは別に、右拳が瞬く。それはソードスキル発動の兆し。発動したのは《閃打》。これまた初級中の初級ソードスキルだが、圧倒的なレベルの高さとAGI値全開で放たれたその拳は擦れ違いざまにクラディールの顔面を打ち据えて、作用反作用の法則よろしく派手に男が立っていた初期位置の方へと吹き飛ばした。突然の衝撃により、握られていた両手剣から両手が離れる。広場を無様にボールのように転がった後、背中を近くの家の壁にぶつけて、漸くその勢いは止まった。
「ま、突進してくる馬鹿には、これがちょうどいいな」
その一言と同時に、ギャラリーが湧いた。デュエルの決着自体も、両手剣を往なしただけであるため《初撃決着モード》の初撃には触れず、とてつもない威力で放たれた《閃打》による一撃がルール通りの強撃判定を生み、アーカーの勝利を伝えていた。「なんだ今の」「往なしてカウンター決めやがったのか!?」「あれが《絶天》なのか……」「《絶剣》と並ぶ実力者ってマジだったのか」と聞こえてくるが、彼は無視して離れていたユウキの方へと向かう。嬉しそうに飛び付いた彼女とは裏腹に、以前あんな風にカウンターを決められた苦い思い出があるキリトは苦々しい顔をしている。アスナも今のを見て「あんな風にやられたくないなぁ……」と、同じく突進初動の自分の戦闘スタイルから苦手な戦い方だという顔を隠さなかった。
数ヶ月前にもユウキが言っていたことだが、そもそもヒースクリフやアーカーのような防御寄り、且つ反撃が的確なプレイヤーほど苦手な者はいない。特にこの世界では《初撃決着モード》によるデュエルが絶対となっているため、反撃がああも上手いプレイヤーが相手だといつも通りの戦闘スタイルを貫けなくなる可能性が高くなる。ユウキやアスナのような速度重視のビルドは勿論、先程のクラディールのような先手必勝を決めようとするなら余計にだ。
「全く……カウンターされる訳がねぇって思ってる時点で三流以下なんだよ。勝ちたいなら、もっと頭使えっての」
「ふっふーん! ボクならソラのカウンターをカウンターできるもんね!」
「あーうん、そうだな。ホントマジでカウンターをカウンターするのやめて? もう一度カウンターするの疲れるんだが」
「カウンターがゲシュタルト崩壊してるのは気のせいか?」
「それもそうなんだけど、カウンターをカウンターできる時点で、ユウキもすごいんだけど………」
「ドヤァ!」と嬉しそうに胸を張るユウキ達に囲まれながら、アーカーは先程殴り飛ばしたクラディールの方を見る。少し前まで身動き一つしなかったが、どうやら気を失っていたらしい。まぁ無理もないとは思う一方で、もう少し寝ていて欲しかったとも思う。頭を左右に振り、意識を回復させた奴は、目の前に広がった情報から自身の敗北を知り、あり得ないものを見るような目で見た後、こちらを見つけ、全力で走ってくる。道中で両手剣を拾い、《犯罪防止コード》に阻まれることを覚悟の上で斬りかかるつもりだろう。
「貴様ァァァアアアッ!」
予想通り両手剣を握ったクラディールが、こちらに向けて全力で襲い掛かってくる。もう一度迎撃しようとアーカーが動くよりも先に青紫色の閃光が瞬き、奴の得物を天高く弾き飛ばした。続け様にその懐に三連撃技である《シャープネイル》が炸裂し、後方へと吹き飛ばした。明確な実力差と、そばにいたはずのユウキの気配が前に移動していることに気付いたアーカーは、溜息交じりに名を呼んだ。
「その辺にしとけよ、ユウキ。《圏内戦闘》まではアスナも許可出してねぇぞ」
「………分かってるよ。でもさ、ソラ」
珍しく怒り心頭な彼女は、遠くで転がっているクラディールに向けて、ハッキリと宣言する。
「ボクの大切な人に不意討ちするような奴は許さないよ」
「ヒィ…………ッ!」
般若の如き形相に、クラディールどころかギャラリー達もゾッとさせられる。低い声音で告げたそれを聞いたアーカーも、何となくどんな顔をしているか分かっているため、余計なことは言わないでいる。隣でキリトが肩をポンポンと叩き、無言で頷いているのが気になるが、それはあとで聞き出すことにしようと決めた。
ユウキに吹き飛ばされたクラディールの前に、アスナが立つ。その形相はこちらも同じく、いつもの彼女とは違う怒りの滲むそれだ。副団長として見たことがあるそれとは全く違う表情に、奴もまた何も言えず、そのまま彼女の言葉を待つしかない。
「クラディール、《血盟騎士団》副団長として命じます。本日を以て護衛役を解任。ならびに、《絶対双刃》副団長アーカーに対する不意討ちの件も含め、今回の問題を会議にて取り上げます。それまでの間、別命あるまでギルド本部にて待機。以上」
凍りついた響きを持ったそれに、さらに場は静まった。目の前で凄まじい判決を下されたのを見たギャラリー達は、静かにその場を去っていく。下手に巻き込まれたくないという思いが強まったのだろう。事実、こうして《血盟騎士団》の団員が副団長に罰されたというのだから、それを見て「ザマァ」と笑い転げることができる奴は相当な勇者だろう。以前別件でアーカーがキリトを嘲笑っていたが、あれとは状況が全く違うため、当人も無言のままだ。
命じられた奴はブツブツと何やら呪詛でも吐いているのか、不穏な気配を漂わせていたが、アーカーは一切気にすることなくユウキの頭に手を乗せて、優しく撫でた。
「守ってくれてありがとうな、ユウキ」
「……うん」
心なしか元気無さげなユウキに、アーカーは頭から手を退けると、彼女の前に移動すると、その両頬をそれぞれ指先で抓った。
「
「お前が元気無さそうにするからだろ? お前は元気が取り柄なんだから、いつも笑ってるくらいの気概出せって」
「むぅー……」
抓られた両頬を押さえながら、ユウキは少しばかり拗ねるも、彼なりに気遣ってくれたのだと分かっているから、少しずついつもの通りに戻っていく。クラディールが転移門の中に消えたのを見て、キリトがアスナの方へと向かい、彼女を支えてやる。どうやら気を張ったせいで疲れたのか、彼に体重を預けている。一連のそれを見ていたアーカーとユウキは、お互いの顔を見合わせると、少しばかりニヤニヤとしながら、二人がこちらに戻ってくるのを大人しく待った。
彼らがきちんと戻ってくるまで少しばかりかかったのだが、二人は不満ではなかった。なにせ、あの二人は最近なかなか良い距離感になりつつある。下手に邪魔するより、お互いで距離感を詰め合うのを待っていたのだ。昨日の一件もあり、激しく揶揄ってやりたい気持ちに駆られたアーカーだったが、ユウキがそれをさせまいと手を握ってきていたので、彼は大人しく手の温もりだけ感じることにしたのだった————
思ったことは存外我慢できないものである —完—
漸く迷宮区に入った四人。
圧倒的な実力で次々と敵を倒し、ついにボス部屋に辿り着く。
中に佇む山羊頭の巨人。その咆哮に、
一同は一目散に駆け出した。
次回 (今度こそ)青い悪魔