ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 前回よりは話が進んだと思います。
 やったね、原作主人公。もう少しで出番だよ! オリ主もユウキも、特別目立つようなユニークスキル持ちじゃないから大活躍できるよ!
 ———なんてことを考えていましたが、よく考えれば、あれなんですよね。空中すら自由自在に動くアーカーと、格上キラーと化したユウキなんて、それなんて化け物?ですよ。
 原作をしっかり読んでる方々なら、二人のユニークスキルがどういったもので、どういったものなのかは察しがつくと思います。





20.青い悪魔

 

 

 

 

 

 

「……なあ、アスナ。AGI特化ビルドって、誰もがこんな動きが出来るのか?」

 

 

「わ、私も流石にこれはちょっと無理かなぁ……」

 

 

 目の前で繰り広げられる無双の光景。今や案山子と成り果てた骸骨モンスターが視認するよりも早くその身を斬り裂く二つの剣閃は、如何にこの二人が攻略組上位に君臨するプレイヤーであったとしても、決して真似することができないものだった。呼吸は揃い、お互いが次にどう動くかさえ把握し、その動きを阻害することなく———舞う。必死に反撃の兆しを見つけようと、骸骨は盾を構えるも、その手を動かすことすらもが間に合わず、意味を成さない。動かした時には、隙ができた部分に容赦ない剣戟が叩き込まれ、ただでさえ細い骨身の身体は削られているようにすら見える。ソードスキルなく敵を翻弄し、高性能なAI学習能力が音を上げている。みるみるうちに表示されたHPゲージは減り続け、瞬いた剣閃が交差し合った時には消滅していた。何もできぬまま骸骨はその身を硬直させ、無数のポリゴン片と散る。

 

 勝利を収め、漸く二人はその動きを止めた。お互いへと振り返り、ブイサインを見せ合って褒め合う。その後、二人は共にキリト達の元に駆け寄った。

 

 

「ま、こんなところだな。キリト、アスナ。これが今の俺達の協力プレイみたいなモンだ。参考になったか?」

 

 

「参考になるわけないだろ……」

 

 

「そもそも、同じAGI特化ビルドなのか疑わしくなってきたわ……」

 

 

「ねぇ、ソラ。これってボク達がちょっぴりおかしいのかな?」

 

 

「ンな訳ねぇと思ったんだが……おかしいな」

 

 

 首を傾げて唸るアーカーと、小首傾げて考えるユウキ。少年少女が似たポーズを取る姿にはなかなか可愛らしいものを感じるが、今のワンサイドゲームを見た後では、そんなものよりも先に恐怖すら感じた。

 

 攻略組の中でも熱心にレベリングをしているキリトでさえ、かつてアーカーと賭けデュエルをした際には大きな差がついている。あれからさらにストイックなレベリングをしてきた彼であっても、ステ振りがどうこう以前にあんな動きを続ける気力も体力もない。第一出来たとしても合わせられる相手がいるとは思えないのだ。

 

 それはアスナとて同じ考えだった。彼女はアーカー達と同様AGI特化寄りのステ振りを行なっているが、二人と大きなレベル差が例えなかったとしても、同じ動きを出来る気がしていない。パートナーがいるいないもそうだが、かつて一層の頃にキリトから「モンスターをオーバーキルしている」なんて言われてから、そういう動きよりも効率を上げたが、仮にあの頃のように戻れたとしても出来そうになかった。

 

 果たして、二人は普段どんな鍛え方をしているのか。現実世界ではこんな動きできるはずもないが、それをここで可能とする気力でも高めていたのだろうかと思わざるを得なかった。あまり褒められた行為ではないが、キリトは二人なら答えてくれるんじゃないかと期待を寄せつつ、断られれば引き下がるつもりで訊ねた。

 

 

「あのさ、二人はいつも何してるんだ? いくら仮想世界と言っても、気力の問題があると思うんだが………」

 

 

「あー………別に大したことはしてないぞ?」

 

 

「うん、セイシンシュギョーみたいなことは何もしてないよ? 気が向いたらソラと《初撃決着モード》でデュエルするくらいかな?」

 

 

「「へぇ〜」」

 

 

 キリトが訊ねた際に、あとでそれを咎めるつもりすらあったアスナですら、返ってきた答えに感嘆の声を洩らす。途中で不穏な言葉が聞こえたが、どうやらそれをしていないということなのだから、特別恐ろしいことはしていないと分かった———()()()()()。回答の頭から足まで何度も確認するうちに不審なものに気がついた。《初撃決着モード》のデュエル。それは何もおかしいことではない。自らの実力を底上げするために、そのルールでお互いの動きに磨きをかけるのは当然だ。キリトはそういうことができる相手がいないため、対人戦というよりは対モンスター戦向きの動きだ。アスナはギルドメンバー云々であるのかもしれない。

 

 だが、問題はそこではない。

 今一度思い出して欲しい。ユウキは誰とデュエルしていると言ったかを。同時に、クラディールとのデュエル後の会話のことを。ユウキは言った。「ソラとデュエルしている」と。少し前にはこうも言っていた「カウンターをカウンターできる」と。それを思い出し、ゆっくりとソラとユウキに呼ばれているアーカーに目を向けて———納得した。ああ、()()()()()()()、と。

 

 

「アーカーを見て、すごく納得がいったよ。なるほどな、ユウキを魔改造したのはお前か」

 

 

「ユウキがいつの間にか魔改造されてたなんて……私が早く知っていれば………」

 

 

「俺を悪人みたいな言い方するのやめようかテメェら。だいたい、俺を化け物みたいに言ってやがるが、思い出してみろ一層の頃は普通だったろうが」

 

 

「いや普通なら初見で《幻月》をパリィなんて出来ないからな?」

 

 

「いやいや、あれはたまたま〝発動時の動きがわざとらしいな〟って気付いたからだ、ってあの時にも説明したよな?」

 

 

「お前、いつも走馬灯でも見えてるんじゃないのか?」

 

 

「オーケーキリト、テメェぶっ転がしてやるからそこに直れ。何が走馬灯だ。そんなに見てぇならテメェにも見せてやらァッ!」

 

 

 キリトを追い掛け回すアーカーに、逃げ惑うキリト。ユウキを抱き締め涙ながらに心配するアスナに、何のことか分かっておらず小首を傾げるだけのユウキ。不思議な光景が広がった七十四層迷宮区の一角は、何の偶然か誰もやってこなかったという。異質な光景が終息したのは、それから五分後のこと。今にもキリトを斬りそうな勢いのアーカーを、アスナの抱擁から解放されたユウキが一喝して止めたことで、漸く静かになった。コホンと咳払いし、何処と無く先生っぽいことがしてみたさそうな雰囲気のユウキが、キリトとアスナにちょっとした補足をしながら、マッピングの続きをすることにした。

 

 

「えっとね、この世界で気力を鍛える方法っていくつかあるんだけど、ボクがやっているのはソラとのデュエルだけなんだ。さて、キリトくん! デュエルのモードの一つ、《初撃決着モード》の特徴って何かな?」

 

 

「最初に強攻撃をヒットさせるか、相手のHPを半減させた方が勝つっていうルールだな。デスゲームであるこの世界では、これが一番安全なデュエルのルールだ」

 

 

「うん、その通りだよ! それでね、ここで注目してほしいのは、〝最初に強攻撃をヒットさせる〟っていう部分なんだ。次は、アスナくん! ソラの戦い方ってどんなのだった?」

 

 

「えーっと……相手の攻撃を往なして勢いを活かしてカウンター、だったと思う。この世界のプレイヤーがみんな苦手そうな戦い方だよね……」

 

 

「うんうん、その通りだよ! ソラの戦い方は嫌な動きをするよね!」

 

 

「おいこらユウキテメェ」

 

 

「はい、そこ先生を呼び捨てにしない! あとでサンドウィッチ一つ没収だよ!」

 

 

「ちょまっそれは———」

 

 

 ついに先生を自称し始めた恋人に、アスナ待ちの際に食わせたサンドウィッチから昼ご飯が何なのかを特定され、挙句の果てには一つ没収まで言い渡されるアーカーはさておく勢いで、彼女は解説を続ける。ある意味この世界における生命線を平気で洩らしている行為だが、信頼と信用における二人には教えても良いかなと考えたらしい。アーカーも別に異議を唱えるつもりもない。ただ出来ることなら、自身の戦い方をさらっとディスらないでくれと願いばかりである。

 

 

「二人もその場にいたから見ていると思うんだけど、一層の時にソラが《インファング・ザ・コボルドロード》の《幻月》を初見でパリィしたの覚えてるよね。あの時みたいな超反応を、ボク達はキリトに倣ってシステム外スキルの一つとして、こう呼ぶことにしたんだ———《超反応(リアクト)》ってね」

 

 

「《超反応(リアクト)》……か。それを二人とも使えるようになったってことなのか?」

 

 

「うーん、ちょっと違うかな。ボクも()()いつでも出来る訳じゃなくて、それがある程度出来るのはソラの方だけなんだ」

 

 

「やっぱり化け物じゃねぇか、お前」

 

 

「相当な人型のボスモンスターよね、アーカー君って」

 

 

「オーケーテメェら確証得たからって人を化け物よろしくボスモンスター扱いするのやめようか?」

 

 

「……こほん。えーっとつまり、ボクがやっている気力特訓は、とんでもない速度で見切ってカウンターしてくるようなソラに負けないように頑張るって感じかな」

 

 

「うん、やっぱり化け物だろお前」

 

 

「そうね、アーカー君は攻略組が誇る人型ボスだわ」

 

 

「ホントマジでぶっ飛ばすぞテメェら」

 

 

 「俺だって一年以上も無茶し続けた弊害がこれなんだぞ」と言いつつも、自覚が無い訳ではないアーカーも流石に落ち込む。亜人型のボスモンスターにいくらか覚えがあるが、あれらと同じカテゴライズされたことに関しては気が沈みかねない。アスナも相当な無自覚毒舌だったりするのだろうかと思考がそっちに向かう中、漸く傍迷惑な〝ユウキ先生の気力特訓解説のコーナー!〟が終わったのか、彼女がそばに駆け寄ってきた。

 

 

「……揶揄い過ぎてごめんね?」

 

 

「……はぁ、仕方ない。許してやる」

 

 

「わーい♪」

 

 

 最早いつものことだと半ば諦め気味のアーカーに、嬉しそうなユウキが彼の腕を抱き締める。キリト達には後ろ姿と会話内容しか伝わらないが、彼女がどんな気持ちなのかは頭頂部にあるアホ毛の様子で判断できた。犬の尻尾よろしくブンブンと振り回されているところを見ると許されたことが嬉しいのだろう。二人の様子に、彼らは口を揃えて言った。

 

 

「仲が良いなぁ」

 

 

「仲が良いね」

 

 

「えっへへ〜♪」

 

 

「ユウキ、今のは軽い皮肉交じりだからな?」

 

 

「あれ? そうなの?」

 

 

 ド直球で褒められたと勘違いしたユウキが小首を傾げたが、純粋無垢な彼女の雰囲気に当てられたか、後ろの二人は共に胸を押さえて今し方自分達が行った行為に苦しんでいた。恐らく罪悪感というものだろう。アーカーは口にはしなかったが、後ろの二人の気持ちがよくわかった。彼とて一年以上ユウキを放置した過去を持つ身だ。未だに罪悪感全てを払拭できた訳ではない。時々思い出しては反省するばかりである。

 

 そんなことを考えたり、時々話題を振ったりするうちに、マップデータの空白部分が残り僅かとなっていた。迷宮区下部では赤茶けた砂岩で出来ていたが、登るにつれて素材が濡れたような青味を帯びた石に変化してきた。等間隔で設置されている円柱は華麗だが不気味な彫刻が施され、根元は一段低くなった水路の中に没している。総じて言えば、オブジェクトが《重く》なっている。《最前線狩り》の異名を持つアーカーの、一年以上に及ぶ経験上、この先は間違いなく———

 

 その直感を証明するかのように、回廊の突き当たりには、灰青色の巨大な二枚扉が待ち構えていた。扉には、この階層のフロアボスモンスターをざっくりとしたイメージを伝えるためのレリーフが施されており、巨大な怪物が模されている。

 

 四人は扉の前で立ち止まると、顔を見合わせた。

 

 

「ボス部屋だな」

 

 

「ボス部屋だね」

 

 

「多分そうだろうな」

 

 

「どうする……? 覗くだけ覗いてみる?」

 

 

 アスナの提案に三人は頷き、全員が転移結晶を手に握る。ボスモンスターが守護する部屋から出てくることはないが、念には念をというやつだ。聞いた話だが、以前の階層でとんでもなく長い得物を持ったボスモンスターが部屋から出ないところで、その得物を振るい、ボスモンスターが部屋から出ないという理由から扉前で挑発していた馬鹿を真っ二つに斬り裂いたという。因果応報という無様な有様だが、こういうことがまたあってはことだ。

 

 全員が無言で頷くと、先頭に立ったアーカーとキリトが同時に扉をゆっくりと押し開けていく。チラッと中を見る程度のつもりで軽く押したが、そんなことは許さないとばかりに押された扉は勢いを増して全開となる。その先に広がっていたのは完全な暗闇だ。背後を照らす光が届かないのか、それは変わらない。《索敵》スキルを使ってみるが、ボスがまだ出現していないのか反応しない。

 

 しかし、次の瞬間には《索敵》スキルが反応し、続けて入り口から離れた床の両側に、ボッと音を立てて二つの青白い炎が燃え上がった。幽霊屋敷の演出じみたそれにアスナとユウキが過剰に反応する。連続して点火された炎はいつの間にか部屋全体を照らしていた。ボス部屋はなかなかに広かった。マップデータの空白部分が全て埋まる大きさであるのが、何となくでも分かった。

 

 

 

 そして———ついに、奴が姿を現した。

 

 

 

 見上げるようなその体躯は、全身が縄の如く盛り上がった筋肉に包まれ、肌は周囲の炎に負けな深い青に彩られ、分厚い胸板はそれだけで防壁のようにすら見えた。その胸板に乗るように存在する頭部は人間のものではなく、山羊のそれ。もし仮に頭が牛であったのであれば、それはミノタウルスのようにすら思えた。

 

 巨大な頭部の両側からは、捩れた太い角が後方にそそり立ち、その下には青白く燃え盛るような両眼があった。その視線は間違いなくこちらをしっかりと捉えており、原始的な恐怖が本能に危険信号を発しさせているのすらわかった。下半身もよく見れば人間のそれとは違う。どちらかといえば、それは悪魔そのものだ。山羊の頭を持つ悪魔。何をモチーフにすれば、こんな化け物を思いつくのやらと思わざるを得なかった。

 

 いつの間にか左手を握り締めていたユウキの手から震えを感じた。奴とはまだ距離がある。得物がどんなものかは分からないが、長居は出来ないと判断し、アーカーは敵の名を確認する。表示された名前は《The Gleameyes》。定冠詞がついているため、あれは間違いなくこの層のボスモンスターであることが分かる。グリームアイズ———輝く目。なるほど、納得の名前だ。

 

 そこまで読み取った後、突然青い悪魔は長く伸びた鼻面を振り上げ、轟くような雄叫びをあげる。振動が炎の行列を激しく揺らし、床を伝った衝撃が、恐怖心を掻き立てる。口と鼻から青白く燃えるような呼気を噴出しながら、右手に持った巨大な剣———恐らくそれが奴の得物なのだろう———を翳して、こちらを殺すつもりで守護する部屋の真ん中から、地響きを立てて猛烈なスピードで走り寄ってきた。これには流石の猛者四人と言えど、叫ばざるを得ない。

 

 

「「うわあああああ!」」

 

 

「「きゃあああああ!」」

 

 

 四人揃って同時に悲鳴をあげながら、全力でその場から退避する。遠目に見て巨大と感じた剣の長さなら、部屋から出ずども攻撃範囲はそれなりにある。下手に滞在して真っ二つにされたくないのは誰だって同じ。部屋から出ないにしても、離れない限り危険なままなのは事実。ユウキの手を握りながら、アーカーはアインクラッド随一のAGI値を全開にするとそれに物を言わせて、その場から全速力で遁走した。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 四人は迷宮区の中ほどに設けられた安全エリア目指して、ただひたすら駆け抜けた。途中で何度か出現したモンスターにターゲットされたが、本当に邪魔なものだけを蹴り飛ばす勢いで叩き斬り、それ以外は完全に無視した。二層の頃にトレインするのは危険な行為、なんて言ったような気もしなくはなかったが、道中誰もいなかったのでセーフと自分達に言い聞かせた。安全エリアに指定された広い部屋に飛び込み、辿り着くや否や壁際に並んでへたり込んだ。全力疾走は久しぶりという訳ではなかったが、退却時の場合だけは久しぶりだった。

 

 大きく息を吸い吐いてから、四人が揃って互いの顔を見合わせた。すると、おかしくなったのか笑いが込み上げた。一番冷静だったアーカーが途中でマップを開いていれば、ここまで走らずに済んだのだが、斯くいう彼もそれなりに焦っていたらしい。

 

 

「あはは、やー、逃げた逃げた!」

 

 

「逃げたねー! すっごく逃げた! ちょっとだけ楽しかったな〜!」

 

 

「たまにユウキの感性に納得できねぇんだが……」

 

 

「むぅー、そういう時は納得するんじゃなくて納得させるんだよ、ソラ!」

 

 

「オーケーそれただの暴論だからなユウキ。口で分からないなら身体で分からせてやるとかいうクソ理論と並ぶレベルのそれだからな?」

 

 

 理屈ではなく直感的な恋人の言い草に、良いようにも悪いようにも影響を受けるアーカーは、やれやれといった面持ちで溜息を吐く。昔から変わらない。考えるのはアーカー、頑張るのはユウキ。現実でもゲームでも、この世界でも。二人が何かと対峙する時は常にこうだ。この世界では、その例と打って変わってきたが、その実、本質としては変わらないらしいと彼は自分を納得させた。

 

 やいのやいのと言っている間に、どうやら向こうも会話を少しばかり弾ませていたらしい。キリトが散々アスナに弄られたと見える。何とも言えない顔をしているところから、その様子が窺えた。それから、ゆっくりとアスナは表情を引き締めて告げた。

 

 

「……あれは苦労しそうだね……」

 

 

「そうだな。パッと見、武装は大型剣一つだけど特殊攻撃アリだろうな」

 

 

「前衛に堅い人を集めて、どんどんスイッチしなくちゃ辛そうだね」

 

 

「盾装備の奴が十人……予備を考えれば、十五人は欲しいな。色々慎重に確認しなくちゃならねぇことは多そうだが」

 

 

「盾装備、ねぇ」

 

 

 アーカーの言葉に何か思い出したように、アスナは意味ありげな視線で三人を見た。率直に言うと、何かを疑っている目だ。

 

 

「ねえ、三人とも。何か隠してるでしょ」

 

 

「いきなり何を……」

 

 

「キリト、お前反応が露骨過ぎるぞ。隠す時はもっとスマートにだなぁ……」

 

 

「お前はさらっと見抜いてくるのやめろォッ!」

 

 

「ボ、ボクナンカ全然怪シクナイヨー」

 

 

「お前も隠すの下手か。完全に片言だぞ、ユウキ」

 

 

「そ、そんなことないってば!」

 

 

 人の真偽を見抜くのが得意。そんな嬉しくもない特技をここぞとばかりに発揮し、慌てる素振りを見せる二人を揶揄うアーカー。「本当に容赦がないなコイツ」と思うキリトと、嘘でも表情に出さないアーカーを恨めしそうに見るユウキの視線が彼へと向かう。少しばかり探ろうとしたアスナは、自分が少し蚊帳の外にいることに気がついて咳払いをする。

 

 

「そういうアーカー君はどうなの? 君は攻防一体の戦い方をするから、てっきり盾を装備しててもおかしくないと思ってたんだけど」

 

 

「まぁ確かにそう思われても仕方ない。実際攻防一体の例としてヒースクリフの奴もいるもんな。とは言っても、アスナ。俺の戦い方見ただろ? 俺のはあくまで往なして反撃するっていうモンだ。残念ながら盾なんざ使えねぇ。あれは往なすというより受け止める、或いは弾くって代物だ。俺の戦い方とは似て非なるモンだよ」

 

 

 実際盾を一度使ってみたことがある。だが、残念なことに相性は劣悪だった。アスナにも言った通り、アーカーの戦い方は相手の勢いを利用するものだ。クラディールとのデュエルのように作用反作用の法則に従った効率の良い反撃を重視している。受け止めて反撃、などというものとは残念ながら合わなかったのだ。第一、アーカーの利き腕は左だ。盾は左で持つ方が安定する。それが何故かといえば、左側には心臓があるからだ。正確には左側というよりは左寄りだが、盾は急所を守るためでもある。そういう意味でも僅かに動きが遅れれば致命的な隙を晒しかねないそれとは相性が悪かったのである。

 

 理屈の通った返答に、何処か怪しいと感じたアスナは、もう一つくらい質問をぶつけようかと悩むが、そこで一度諦めた。

 

 

「アーカー君が一番怪しいけど———まあ、いいわ。スキルの詮索はマナー違反だもんね」

 

 

 その一言に、キリトとユウキがホッと一息を吐く。アーカーに指摘されたせいで、最早隠す気が無くなっているのが目に見える。本来なら危惧すべき案件だが、ここにいるのは苦楽を共にした戦友だ。同じ釜の飯を食おうと誘えるほどの仲である。そういう意味では、アーカーとユウキは別段二人には教えても良かった気がしていた。

 

 

「ま、積もる話はこれくらいにして。昼ご飯でも食べようか。アスナも作ってきたんだろ?」

 

 

「アーカー君も作ってきてたみたいね。ユウキがサンドウィッチ一つ没収、なんて言ってたから気付いちゃった」

 

 

「チッ、そういや、ンな罰則あったなぁ……忘れておけば良かったぜ」

 

 

「ソ〜ラ〜?」

 

 

「アッ、ヤッパリナンデモナイデス、ハイ」

 

 

 気づけば三時。アスナを待つ間に一つ食べさせたとは言え、空腹が迫っていたユウキの食欲による狂化が入ったギラつく目には、さしもの《絶天》も大人しく降参する。「尻に敷かれているなぁ」と微笑ましそうにそんな二人を見るキリトとアスナは、目の前にオブジェクト化されたバスケットを開いて、その手に大きな紙包みを持っていた。ユウキに急かされるようにアーカーも、サンドウィッチが入ったバスケットをオブジェクト化し、中から紙包みを一先ず二つ出した。中にはまだいくつか残っているが、それはアスナの方とて同じ。互いの料理の腕を比べ合うような構図になった。

 

 それからはお互い言葉をあげずに、二人のバスケットが空になるまでサンドウィッチを食べた。途中でアーカーとアスナがお互いの顔を見合い、何か言いたげな顔になったが、犬猿の仲というよりはお互いの力量を認め合うように見えた。それに少しばかりヒヤヒヤしたキリトとは裏腹に、満足げにサンドウィッチを頬張っていくユウキが、何処と無く小さな子供らしく見えた。

 

 全部食べ終えて———一息ついたキリトが訊ねた。

 

 

「二人とも、この味、どうやって……」

 

 

「ふふ、私は一年の修行と研鑽の成果かな? アーカー君は?」

 

 

「《料理》スキルのレベリングと同時並行でやったな。つっても、攻略のんびりやれって言われてからもやり続けてたよ。ユウキにも手伝わせた。お陰で数ヶ月で何とかなった、ってところか」

 

 

「ボク達はアスナと違って二人で時間をある程度多めにかけられたからね。すごく大変だったけど、色んな味を知れて楽しかったよ〜」

 

 

「頭数とかける時間でゴリ押したのか……」

 

 

「アーカー君にしっかり付いていけるユウキが最近心配になってきたわ……」

 

 

「さらっと化け物扱いするじゃねぇ———まぁ、俺は現実世界(向こう)でも大変な思いして無数の組み合わせ見抜いて頑張ったことがあるんでな。お蔭様でこの程度は屁でもねぇんだ。むしろあの時の方がよっぽど大変だったっての」

 

 

 神妙な面持ちで語るアーカーに、まだ彼の過去を———恐らくユウキも関係があるそれを知らないキリト達は、その表情の奥に渦巻く本心が分からなかった。何処か憂うようで、何処か懐かしむ。そんな彼の横顔は、不思議と気になるものだった。

 そんな中、その不思議な空気をぶち壊したのはユウキだった。

 

 

「うー……たくさん食べたら、眠たくなってきちゃった……」

 

 

「途中で食わせたのもあったが、それ含めなくても大量にサンドウィッチ頬張るからそうなるんだ、馬鹿ユウキ」

 

 

「ボク、馬鹿じゃないもん……。お腹減ってただけだもん……」

 

 

「オーケー分かった食いしん坊。ンで? 眠たいから肩貸せって言いたいんだろ?」

 

 

「さすが、ソラだね……うん、ちょっと肩借りてもいいかな……?」

 

 

「おう、好きに使えよ。甘えん坊の恋人専用だ」

 

 

「わーい……♪」

 

 

 アーカーは壁に背をつけて肩の位置を固定すると、そこにユウキが寄りかかるように身体を預け、頭を肩へとやるとそのまま静かに寝息を立て始めた。彼女のあどけない寝顔に、ここが死地の真っ最中であることを忘れそうになる。それはアーカーだけでなく、キリトとアスナも同様だった。親戚の子供を見るような微笑ましさで、スヤスヤと寝入る少女を眺めた。

 

 

「なあ、アーカー」

 

 

「ん? どうした、キリト?」

 

 

「こうしてさ、寝顔の一つでも見るとユウキは本当に子供なんだなって思うんだ。年齢とかそういうのじゃなくて、純粋にそう見える」

 

 

「ああ、違いない。コイツは他人を好き放題引っ張り回すけどさ、なんつーか、それが一番〝らしい〟んだよ。子供っぽいのが取り柄って言ったら怒るだろうけどな」

 

 

「ふふ、そうかもしれないね。アーカー君は、ユウキの幼馴染なんだよね。気に障ったら謝らせて欲しいんだけど、二人は同い年なの?」

 

 

「ああ。つっても、出会ったのは途中からだったけどな。それでも、ある意味腐れ縁だ。この世界に来る前までずっと一緒だったからな。……つーか、たまにはお前らの話も聞いてみたいんだが」

 

 

「あー、現実世界に戻ったらでいいか?」

 

 

「えーっと……私もそれでいいかな?」

 

 

「ハッ、なんだよそれ。人には聞いておいて答えるの忍びねぇとかマジかよ———ま、別にいいぜ? 戻ったら根掘り葉掘り全部聞き出してやるから覚悟しろよ? 幸い記憶力には自信があるんでな。一度聞いたら忘れてやらねぇからな」

 

 

「今一番身の危険を感じたのは気のせいか……?」

 

 

「私もちょっと、ね……」

 

 

「おう、人を危ない奴みたいに言うんじゃねぇよコラ」

 

 

 その一言で、三人は笑いを零した。無論、ユウキを起こさないよう小さく声を抑えながらではあったが。クツクツと最小限の笑みで終わらせたアーカーは、小さく寝言を洩らすユウキを見る。相変わらず、油断し切った顔だ。安心し切った顔だ。曝け出しても問題ないと思って寝ているから、こんな顔ができるに違いない。これからも眺めていたいと心から思う。

 

 

「……ぁい……して……るよぉ……そらぁ………」

 

 

「寝言のくせに、男をダメにする台詞抜かしやがって……———俺も愛してるよ、ユウキ」

 

 

「目の前で堂々と惚気るんだな、お前……」

 

 

「ユウキ、すごく幸せそうだなぁ……」

 

 

「あの時、俺の前に立ちはだかってくれたのがお前で良かったよ……俺は()()()()()()()()()()

 

 

 各々言葉を述べ、幸せそうに眠るユウキを見ていた。アーカーは優しく左手で彼女の頭を撫でながら、そう告げる。何か意味を含んだ言い方をする彼にキリトは首を傾げたが、その真意には辿り着けないまま、ただの呟きだと思って気にしないことにする。叶うことなら、休憩時間が終わるまではずっとこうしていたかったのだが、ここは迷宮区。そういう訳にもいかなかった。下層側の入り口からプレイヤーの一団が鎧をガチャガチャ言わせながら入ってきた。知らないとは言え、こうも鎧で音を立てられるとアーカーは元より、キリトやアスナも今だけは不機嫌になった。

 そうとは知らない六人パーティーは、安全エリアに辿り着くと、真っ先にリーダーと思しき人物がキリトを見つけた。

 

 

「おお、キリト! しばらくだな!」

 

 

「まだ生きてたのか、クライン。あと静かにしてくれ、ユウキが寝てる」

 

 

「お、おう……。それにしても、愛想のねぇ野郎だな。珍しく連れがいるの……か…………」

 

 

 言葉を詰まらせながらクラインはキリト以外の三人を見た。ユウキという言葉を聞いた時点で何か気がついていたとは思うが、いざ目にして見ると驚くものがあったのだろう。言ってはなんだが、目立つことを避けるキリト以外のメンバーは、攻略組どころか全階層のプレイヤーが知っている人物だ。《絶天》のアーカーに、《絶剣》のユウキ、《閃光》のアスナ。攻略組が誇る猛者中の猛者で、そもそもこの間の誕生日パーティーで会ったばかりだ。色々あったが、あの一件以来、キリトは前よりも絡みやすくなったと言える。

 

 

「よぉ、クライン。悪いが、俺の恋人は現在お昼寝してるんでな———騒いだらぶっ殺す」

 

 

「お、おう……」

 

 

 本当に殺しはしないだろうが、とてつもない殺気で脅されれば、当然頷くしかない。コクコクと頷く彼に釣られるように、彼の仲間もまた頷いた。

 

 

「にしてもよぉ、キリト。おめぇ、ソロじゃなかったのか?」

 

 

「まぁな。でも、不思議とこうやって組むことになってさ。実際、アーカーとユウキの戦闘は本当に規格外だったよ。俺でも盛大に驚いたさ」

 

 

「ほへぇ〜、おめぇがそういうのも珍しいな。前はああ言ったけどよぉ、一度くれぇ手合わせしてみてぇモンだ」

 

 

「お? 今度やるか?」

 

 

「あ、クライン死んだな」

 

 

「クラインさん、お元気で」

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ! おめぇらオレを見捨てる気か!?」

 

 

 大きな声を出したクラインの頰をギリギリ当たらない程度に掠めるようにして何かが飛来した。投擲用ピックだった。何ら珍しくもない代物だが、それは方向線状にあった柱に深々と突き刺さった。狙ってやったのだと分かったクラインは、恐る恐る投げた人物の方へと向いた。

 

 

「なあ、クライン? 俺言ったよなぁ? 騒いだら殺すって。次は———()()()外さねぇからな?」

 

 

「……お、おう………悪りぃ…………」

 

 

 先程よりも鬼気迫る殺気に、クラインは両手を挙げて降参の構えを取る。何かが飛んできたとしか分からなかった彼でも、その事柄からどれだけアーカーが実力者なのかが充分に分かったのだろう。

 

 実際、復帰した直後は攻略組どころか色んなところで大変だった。〝全階層で大人気な女性プレイヤーであるユウキに好きな人がいる〟なんて噂が広がり、実はすでに付き合っていると聞けば、熱烈なファン達は黙っていない。結果として、アーカーは全ての賭けデュエルに勝利し、その実力を全階層に轟かせた。

 

 そんな彼のファンが、今度はユウキに賭けデュエルを持ちかけ、彼女もまた実力をこれまで以上に轟かせるといった事件が起きたのだ。アインクラッドに二つの〝絶対〟在り。そんな定説が出来たのも、これが原因だったのだと当人達は思っている。当然ながら、それをキリト達も見ている。残念なことにクラインは見ていなかったそうだが。

 

 そこからは互いに声量に気を付け始めた一同は、ある程度お互いの仲を簡単に深める程度に話を膨らませた。コミュ症気味だったキリトも、少しだけ打ち解けているのが見えた。それを安心した顔でアーカーは、ユウキがちゃんとリラックスして眠れているのを確認しながら、「いつ起こしたらいいものか」と悩むことにした。

 

 そんな小さな悩み事をする時間もなく、次の厄介事はやってきた。先程のクライン達よりも鎧をガチャガチャと言わせ、一糸乱れぬ足音を響かせながら、それはやってきた。

 

 

 

 ———アインクラッド解放軍。

 どうやら場違い極まりない奴らがやってきたらしい。

 

 

 

 

 

 青い悪魔 —完—

 

 

 

 

 

 






 アインクラッド解放軍。

 いらぬ来客達は、無謀にもボスモンスターへと挑む。

 そこへ、アーカー達が辿り着く。

 目の前で誰かが死ぬ。その光景に、二人が駆けた。

 ———また目の前で救えないのは嫌だから。

 次回 ユニークスキル、解放

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