ソードアート・オンライン —Raison d’être—   作:天狼レイン

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 今回話が長いです。
 戦闘描写も少しばかり凝った結果ですね。原作と違う展開がいくつかありますが、そこは楽しんでいただければと思います。ワンマンアーミーよろしく一人でなんとかしちゃったキリト君は当然いません。ある意味、これこそあるべき形なのかも?と思いながら書きました。
 まー、でも、やっぱりキリトは単独で強い方が目立ちますよね……




21.ユニークスキル、解放

 

 

 

 

 

 

 雨宮(あまみや) 蒼天(そら)は、昔から傲慢な相手が嫌いだった。自分が全てであり、自分が基準。判断するのは自分だ、そう言わんばかりの人間が大嫌いだった。

 

 『雨宮家』に拾われて、最初に思うようになったのは、それだった。盲目的なまでに自分を絶対視する愚者共が、互いの腹の底を見透かそうと綺麗事ばかりを並べる。表面上は小綺麗なことを宣っているが、少しずつ蒼天には彼らがどう思っているのかが分かるようになってきた。

 

 ある意味では、彼が他者を注視することで、〝その人物がどういった人間なのか〟〝本当のことを言っているのか、嘘をついているのか〟〝今どう思っているのか〟を感情の機微や仕草などで読み取れるようになったのは、こういった環境に置かれていたからなのだろう。

 

 腐り切った人間を、間近で、ひたすら。それ以外に何もできないから。何もすることがないから。

 

 幼い彼は、ただ見抜く力だけを静かに身につけていった。それが、いつか役に立つことを信じて————

 

 

 

 

 

 それは偶然にも、この日も役に立った。視界に捉えていたのは、キリトやアスナ、クライン率いる《風林火山》の者達———そして、いらぬ来客たる《アインクラッド解放軍》の十二人。金属鎧に身を包んだ、何かの〝部隊〟のようにすら思える動きをする彼ら。統率していると思われる男は整然としていたが、他十一名には疲弊の色が見て取れた。アーカーはそれだけを見て納得する。

 

 第一、この世界に閉じ込められた者達は、揃いも揃って重度のコアゲーマーだ。アスナのような例外こそあれど、基本的には皆同じ。そんな彼らは当然団体行動など向かない。ゲーマーと言うのは、知り合いこそいるものの、規律などに縛られることには向いていない。統率というものには最も向かない人種だ。それを無理やり、こうも統率しているのならば、疲弊も当然だろうし、まず大前提として———

 

 

(《軍》は五十層以下のフロアで、組織強化と称して踏ん反り返っているような奴らでしかない。そんな奴らが少数で登ってくる時点で、ロクな考えを持っているはずがない)

 

 

 二十五層のボス攻略以来、一度として最前線を上がってこなかったのは、当時現場にいたアーカーも知っている。常に最前線を潜り続けていたからこそ、どんな奴らが今上にいるのかを把握していた。その中に、《軍》の姿は一度もなかった。十一人の疲弊具合からして、恐らくレベルは高いとは言い切れない。むしろ、あの人数ならば、しっかりとスイッチやPOTをすれば、余力さえあるはずだ。それすら出来ない軟弱者ではないだろうし、考えられるのはレベルがまだ少し足りないか、階層と同じくらいしかない場合だった。

 

 少ない情報で、ある程度の推測をした後、アーカーは隣で眠るユウキに視線をやる。うるさそうにしている。下手に大きな声を出されでもすれば、起きてしまいそうな状態だ。恋人のお昼寝が阻害され始めたことに気がつき、彼は少しばかり苛立ちを覚える。

 

 そんなことを知るはずもない奴らは、先頭にいた指揮官たる男が、アーカー達がいる側とは反対側に部隊を停止させ、残り十一人に「休め」と声を発した。すると、彼らは盛大な音と共に倒れるように座り込んだ。その音を聞き、アーカーがさらに苛立ちを覚えるが、指揮官たる男は、キリトの方へと近づいていった。

 

 ヘルメットを外し、素顔を晒す。かなりの長身だった。三十代前半とも取れる角張った顔立ちをしており、特徴は太い眉に小さく鋭い眼と言ったところか。じろりとこちらを睥睨すると、固く引き結ばれた口元が開く。

 

 

「私は《アインクラッド解放軍》所属、コーバッツ中佐だ」

 

 

 その一言を聞いて、キリト達が驚くが、その理由は何となくだが、アーカーには察せていた。《軍》というのは、集団外部の者達が揶揄的につけた、言わば皮肉だ。それが正式名称になっているとは思わなかったのだろう。挙句の果てには《中佐》なんていう御大層な階級までついている。今の自衛隊ですら《二佐》と呼称が変更されているというのに、わざわざ何十年も前の戦時中のそれにしていると来たものだ。階級システムを考案した奴は軍隊マニアだろう。聞いて呆れるが、下手に声にすれば、クラディールよろしく突っかかってくるのが目に見えたので、大人しくアーカーはユウキの様子を見るだけに留まる。

 

 その後、キリトが応答し、コーバッツは軽く頷くと横柄な口調で訊ねた。

 

 

「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

 

 

「……ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある」

 

 

「うむ。ではそのマップデータを提供して貰いたい」

 

 

 当然だ、と言わんばかりの台詞にキリト達が驚く中で、アーカーは察しがついた。「ああ、なるほど。またこんな奴らが湧いてるのか」と。幼少期の嫌な記憶がフラッシュバックし、それを打ち消すために舌打ちをする。当然それが聞こえているのは分かっていた。コーバッツという男がこちらを睨んだようだが、完全に無視を決め込んでおくと、キリトの背後にいたクラインが食ってかかった。

 

 

「な……て……提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労が解って言ってんのか!?」

 

 

 胴間声で喚く。彼がそう言うのも無理はない。未攻略区域のマップデータは貴重な情報だ。突然の不意討ちなども防げるし、何よりもトレジャーボックス狙いの鍵開け屋などのトレジャーハンター達が高値で取引するようなものだ。《最前線狩り》の異名を取った頃は、それを利用したこともアーカーにはしばしばあった。現に二十二層で大きなログハウスを変えたのも、マップデータの提供による稼ぎなどからだ。トレジャーボックスに関しては残しておいたが、あれまで取ると他の者達が攻略する価値が無くなり、競って無茶をして死亡する馬鹿を減らすためだった。

 そんな事情を知っているのか知らないのかは分からないが、皆の代弁者としてクラインが声をあげたのだ。

 

 すると、その声を聞いたコーバッツは、片方の眉をぴくりと動かし、ぐいと顎を突き出すと大声を張り上げた。

 

 

「我々は君ら一般プレイヤーの解放の為に戦っている!」

 

 

 続けて吼える。

 

 

「諸君が協力するのは当然の義務である!」

 

 

 ————傲岸不遜とはこのことだ。身勝手な言い草に、アスナとクラインが激発寸前の表情になっている。当然、それを聞いていたアーカーも同じ状況にあった。

 しかし、憤りは次第に沈静化し、それは憐憫へと変わり、すっかりと呆れ果てていた。「せっかく我慢してやろうと思っていたのに」と思う一方で、「また厄介事を増やしてユウキに怒られるだろうな」と後で起きるだろう事柄に頭を抱えたくなった。ストレージから緊急時用の寝袋を取り出し、その上にユウキを寝かせると、アーカーは立ち上がった。

 

 

「ちょっと、あなたねぇ……」

 

 

「て、てめぇなぁ……」

 

 

 表情だけに留まらず、激発寸前の声をあげた二人を制しようとキリトが動き始めたところに、彼の肩に手が置かれた。振り返ると、そこにはアーカーが立っている。その顔は、いつもと同じように思えるが、口から出た声音は、かつての彼のように冷たかった。

 

 

「落ち着けよ、お前ら。義務だ何だとほざいてるが、要するにあれだろ? 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」って半泣きの子供よろしくお願いしてるのと同義だろ? だったらくれてやればいいじゃねぇか。貰わなきゃ何にもできないんだからさ」

 

 

 煽り立てるように嘲笑うその姿に、激発寸前だったアスナとクライン、それどころかキリトさえも唖然とした顔をこちらに向け、クツクツと嗤うアーカーは、わざわざ一部分を裏声で物語ってやった。あまりのそれに、コーバッツですら唖然としていたが、意味を理解した直後、青筋を浮き上がらせて吼えた。

 

 

「我々を侮辱しているのか、貴様……!」

 

 

「ンな訳あるかよ。餓鬼の癇癪を分かりやすいように解釈してやっただけだろ? お蔭様で俺の仲間は大体納得しただろ?」

 

 

 そう言って振り返ると、イマイチ納得していないアスナはさておき、クラインは少しばかりニヤついた顔を晒していたし、キリトに至っては呆れてさえいたが頷いていた。クラインの仲間達に至っては、若干笑いを堪えている様子さえある。

 

 

「ンで? マップデータが欲しいんだろ? だったら義務とか何とかほざく前にさ、キチンと礼節重んじて頼むべきだろ? なあ、日本人。……おっともしかして外国の方だったかな? 流暢に日本語ペラペラ話すモンだから勘違いしたよ、悪かったなぁ? てっきりそれぐらいになると日本ってどういう国なのか分かってくれてるモンだと思ってたんだが、知らなかったのなら仕方ねぇよな。現実に帰れたら再度勉強することをオススメするぜ?」

 

 

「……貴様ァッ!」

 

 

 堪え切れなくなったか、コーバッツが胸倉を掴む。大人に持ち上げられた子供のような有様になり、これには流石にキリト達も制止に入ろうとするが、アーカーはそれを片手で制して、尚も嗤う。

 

 

「おいおい落ち着けよ? デカイ図体して器は小さいなんて笑えねぇだろ? 何でもかんでもストレートに言葉を受け止めすぎなんだよ。何を怒ることがあるんだ? 知らないことは知らないでいいじゃねぇか? マップデータも礼節重んじるならくれてやるって言ってんだぜ? 何処に不満があるんだ? これ以上望むのは流石に罰当たりだろ? なぁ?」

 

 

「黙れ! 我々は誇り高き《アインクラッド解放軍》。貴様のような輩に煽られたままだと思うな! 第一、()()()()()()()()()! かの《笑う棺桶》の構成員とはいえ、貴様は十数人も殺した卑劣な悪鬼だ! そんな悪鬼風情が、我々に物申せると思うな!」

 

 

 そう言い捨てると、コーバッツはアーカーを投げ捨てる。安全エリアとはいえ、《圏外》。ここでダメージの一つでも受ければ、奴はオレンジ———犯罪者となるが、わざわざダメージを受けてやるつもりもない彼は、地面に叩きつけられる前に態勢を立て直して着地する。一方で今の言葉を聞いたキリト達は、今にも得物を抜きそうなまでに怒っていた。それは純粋に自分のために怒ってくれているのだと彼自身分かっていた。

 それでも、武器を抜かないように制しながら、もう一度嘲笑う。

 

 

「だったら、その悪鬼に煽られない程度に仕事しろよ、職務怠慢。治安維持は憎まれて当然のお仕事じゃねぇか。なぁ?」

 

 

「今日ほど貴様がオレンジでないことを恨んだことはない! オレンジであれば、容赦なく《牢獄》に放り込んでやったも———」

 

 

 言い切るよりも速く———コーバッツの喉元に閃光が走った。その閃光はアーカー達の背後から走っていた。彼にはその閃光が誰なのか分かっている。あまりの速さに視認すら間に合わなかったコーバッツとは違い、少年は静かに名を呼び———制した。

 

 

「————そこまでにしとけ、ユウキ。俺のために怒ってくれているのは分かってるが、ンな馬鹿のためにお前がオレンジになる必要はねぇよ」

 

 

 明確な殺意を以て長剣を突き付けていたのは、先程まで眠っていたはずのユウキだった。恐らく少し前から起きていたのだろう。そして、あの会話を聞いていた。感情的になりやすい彼女には聞いていて欲しくないと思っていたが、あれほど喚き声をあげられては起きるしかなかったのだろう。「煽り過ぎにも注意だな」と考えたアーカーは、ユウキにこちらに戻ってくるようハンドサインを送り、その場から引かせた。

 

 長剣を突き付けられていたコーバッツは、その場に尻餅をついた。その後、我に返り勢いよく立ち上がると、アーカーとユウキを睨みつけ、今にも激怒しそうな顔を晒す。それから、自己を落ち着かせる意味合いも兼ねてヘルメットを被り直した。

 

 その直後、目の前に表示されたウィンドウにアーカーからマップデータの提示が書かれているのを見た。今にも激発しそうになっているのが辛うじて見える口元から窺えた。受け取るのか、受け取らないのか。ある意味最後の煽りとも取れる行為に、彼は苦虫を噛み潰したような表情をした後、何かを決意して、それを受け取ることを選んだ。仕草などである態度予想できたが、こちらが嫌がることを計画したと見て取れる。そうして、コーバッツは、向こう側の壁に待機させた仲間達を無理やりにでも立ち上がらせると、二列縦隊に整列させて、その場から、さっさと立ち去っていった。

 

 彼らが離れていくのを目視で確認すると、アーカーはやれやれと言った面持ちで溜息をついて———一言、声をかけた。

 

 

「悪いな、マップデータやっちまったよ。まさかあそこでプライド捨てる覚悟があるとは予想してなかったぜ」

 

 

「……そんなことよりも大丈夫か、アーカー?」

 

 

「ん? ダメージのことか? HPは微塵も減ってねぇよ?」

 

 

「違う。そのことじゃない。()()()()大丈夫なのか、って聞いてるんだ」

 

 

 キリトの言葉に、アーカーは少しばかり口をぽかんと開けていた。それから他の者達の顔を見る。揃いも揃って心配している。ユウキに関しては暗い顔をしていた。それを見て、アーカーは素直に思った。「現実ではあんなザマだったのに、どうやらこの世界で仲間に恵まれたみたいだ」と。それから心底安心したように笑いかけた。

 

 

「問題ねぇよ。あの程度で挫けるとでも? 舐めんじゃねぇよ。俺は《絶天》のアーカーだぜ? 伊達に人型ボスなんざやってねぇよ。第一なぁ———」

 

 

 堂々としながら、アーカーは暗い表情をしていたユウキの肩を抱き寄せる。突然の行動にユウキはきょとんとしていたが、抱き寄せられた後に彼の顔を見て安心する。そこには、かつて死にたいとすら願ったあの頃とは違い、明るく前をしっかりと向いている恋人の姿があった。

 

 

「———俺には愛してくれる恋人や、こうも心配してくれるお前らがいるんだ。たかだか癇癪起こしたクソガキの言葉如きで落ち込むほど落ちぶれちゃいねぇよ。あの程度の悪口如き、負け犬よろしく好きに吠えればいいさ。倍にして煽り返してやる」

 

 

 その言葉に、笑いが起きた。安心したのもあるが、どうやら違うらしい。キリト筆頭に、その原因が口にされた。

 

 

「結局煽り返すのかよ、アーカー」

 

 

「当然だろ? 煽る時は徹底的に、が俺のスタンスの一つでもあるんでな」

 

 

「アーカー君らしいというかなんていうのかな」

 

 

「それでこそ、アーカーって感じだなぁ」

 

 

「うんうん! ソラらしいよね!」

 

 

「お前らの言葉こそ、俺にとっては大変遺憾なんだが……」

 

 

 大きく溜息を吐くも、アーカーは嬉しそうな顔を隠すことなく晒して笑った。ユウキも楽しげに笑う。それは偶然か必然か、現実では満たされることが少なかった幸福が、不思議とその時はしっかりと感じられたのだった。

 

 

 

 

 

———*———*———

 

 

 

 

 

 それから三十分ほど。アーカー達は、再び迷宮区を登っていた。とはいえ、あのフロアボス《ザ・グリームアイズ》にちょっかいをかけるつもりではない。先程マップデータを受け取って先行した《軍》の連中がどうしたのかを確認するためだった。当初は帰るつもりだったアーカーだが、ユウキを筆頭にキリト達も心配した様子を見せたので、仕方なく確認することにしたのだ。途中運悪く———恐らく、コーバッツの奴が仕掛けたモンスタートレインだと思われるが———リザードマンの集団に遭遇してしまったため、予想よりも時間がかかったが、九人は最上部の回廊に到達していた。

 しかし、途中で連中のパーティーに追い付くこともなかったため、結局ここまで来てしまったとも言えた。

 

 

「ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」

 

 

 戯けたようにクラインが言うが、それなら逆に助かる話だ。疲弊し切った仲間を連れてボス部屋に突撃するような逝かれた頭をしていないことを祈りたいものだとアーカーは心の底で毒づく。だが、残念なことにボス部屋まで確認していないため、本当にいないことが分からない限りそうはいかない。このアインクラッドにおいて、信じていいものは自分達が見たり聞いたりした一次情報で、信じるか信じないかで分かれる二次情報は、信用性が低い。アルゴのように信頼のできる情報屋なら兎も角、見知らぬ情報屋のそれを信じられるかと訊ねられて頷けないのと同じだ。そういった考えからも、九人の足取りは自然と速くなっていた。

 

 半ばほど進んだ時、その予感が的中した。それを知らせるかのように、回廊内に何かが反響する。全員が咄嗟に立ち止まって、耳を澄ませた。

 

 

「あぁぁぁぁぁ…………」

 

 

 微かに聞こえたそれは、間違いなく悲鳴。この先にあるもので、悲鳴が出てしまうようなものは一つしかない。モンスターのものでは決してないそれを耳にした瞬間、アーカーとユウキ、キリトとアスナが一斉に駆け出した。AGI値全開で加速を始めた二人を先頭に、その後ろをキリトとアスナが続く。遅れてクライン達も駆け出すが、置いていかれ始めた。とはいえ、足並み合わせて、なんてふざけたことも言っていられる余裕もないため残念ながら構っていられない。

 やがて、彼方にあの大扉が見えた。すでにそれは左右に大きく開き、内部の闇の中で燃え盛る青い炎の揺らめきが見て取れる。その奥で蠢き暴れ狂う巨大な影さえも見えた。先程聞こえた悲鳴も、あの中から反響しているのだと確信が得られた。間違いない———あの男はやりやがったのだ。

 

 

「あの———クソ野郎!」

 

 

「バカッ………!」

 

 

 アーカーとアスナが悲痛な叫びをあげ、更に速度を上げた。ユウキもキリトも追随し、システムアシスト限界ギリギリの速度すらも遅く感じた。ほとんど地に足をつけず、まるで飛んでいるような感覚にすらなる。回廊の両脇に立つ柱が猛烈なスピードで後ろに流れていく。

 

 扉の手前で四人が急激な減速をかけ、ブーツの鋲から火花が散る。中でもAGI値が高いアーカーとユウキが若干踏み止まれるか怪しかったが、辛うじて入り口ギリギリで停止。素早く呼びかけた。

 

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 

 キリトが半身を乗り入れながら叫ぶ。

 扉の内部は言うまでもなく———地獄絵図そのものだった。

 床一面が格子状に青白い炎が噴き上がり、その中央でこちらに背を向け屹立する、金属質に輝く巨体。炎に勝るとも劣らない青に染まった身体は見紛うことなく、青い悪魔《ザ・グリームアイズ》だ。

 

 禍々しい山羊の頭部からは燃えるような呼気が吐き出され、右手に握られた斬馬刀のような巨剣を縦横に振り回している。四本ほど存在するHPバーは驚くべきことに一本として減っておらず、一本目すらまだ三割も減っていない。その向こうでは、必死に逃げ惑う軍の部隊が見えた。完全な練度不足だ。攻略するに当たって必要なレベルが足りていないという推測は当たっていたらしい。

 

 混乱し惑う彼らの様子には、最早統率などあったものではない。違和感を感じて咄嗟に人数を数えるが、二人足りていない。転移結晶で離脱しているのならばいいのだが———

 

 そう思うのも束の間、一人が斬馬刀の横腹に薙ぎ払われ、床に激しく転がる。そのHPは赤い危険域に達している。あのままではあの男は死ぬだろう。しかし、助けに行こうにも問題が多すぎた。軍の部隊とアーカー達の間に件の悪魔が立ち塞がっているのだ。あの位置に陣取られては股下を潜り抜けるという無茶しか最短で辿り着く方法がない。加えて飛び込めば、こちらにも危険が及ぶ。部屋が広く、遮蔽物がないせいで離脱にも一苦労だ。

 

 そして、もう一つ。まだ確認できていないことがあった。それを確かめるように、キリトが叫ぶ。

 

 

「何をしている! 早く転移結晶を使え!!」

 

 

「ダメだ……! く……クリスタルが使えない!!」

 

 

「な……」

 

 

 返ってきた答えは、以前アーカーがキリト達に伝えた予測を現実のものにしていた。これまでトラップとして姿を現した《結晶無効化空間》。それがついにボスの部屋にまで実装されたのだ。これでは、余計に助けに入ることが難しい。隣でアスナの悲痛な声が聞こえた気がしたが、今はどうすればいいかを考えるしかなかった。

 

 そんな中で、まだ生きていた奴は怒号をあげた。

 

 

「何を言うか……ッ!! 我々解放軍に撤退の二文字は有り得ない!! 戦え!! 戦うんだ!!」

 

 

 その声は間違いなくあの男———コーバッツのものだ。無謀な指示をした司令官は、まだ自分の指示を正しいと勘違いしていた。

 

 

「馬鹿野郎……!!」

 

 

「あのクソ野郎がァ……ッ!!」

 

 

 《結晶無効化空間》内にて姿がないということは、それは死んだことを指し示す。つまり、あの男は自分の指示で二人死なせているのにも関わらず、まだ指示をしようとしているのだ。それも「戦え!」と。あまりにも無知蒙昧、愚の骨頂たる無能の指示だ。いつもなら呆れて物も言えなくなるところだが、今はそんな余裕なんてあるはずもなかった。無能の指示に従い続けては生き残れるはずもない。何処か諦めすら窺えた彼らの姿に、血が沸騰するような憤りを覚えて———アーカーは吼えた。

 

 

「———今すぐ隙を見て逃げやがれ! あんなバカの指示なんざ聞いてる暇があるなら逃げて生き残れ! 立ち上がって前を向け! 恐怖の一つや二つ耐え忍んで見せろ! 生きることを———諦めんじゃねぇッ!!」

 

 

 その咆哮は、コーバッツ以外の九名に届いていた。彼らは夢から覚めたように、恐怖を少しばかりでも堪えて立ち上がった。それを受けて、コーバッツは自身の指示が通ったと笑みを浮かべたが、直後彼らが見せた行動に驚愕していた。彼らは武器を持ったが、それはあくまでも戦うためではなかった。急ぎ周りを見渡し、何処からなら逃げ延びることができるのか、それを必死に考えていた。元々生粋のコアゲーマーたる彼らにとっては、退却すらもが得意分野であるべきだ。それを実践するように、一人が辛うじて悪魔の股下を抜け、こちらにボロボロになりながらも駆け抜けた。

 

 奥でコーバッツが何やら叫んでいるが、抜け出した男は、追いついてきたクライン達が扉の中を覗き込むのと同時に彼らに向かって飛び込んだ。当然先頭にいたクラインが押し倒されるが、まず一人は無事に抜け出すことに成功したのだ。ボロボロの装備と半減したHPが見えたクラインは、怒ることもなく、彼にポーションを手渡した。

 

 

「おい、どうなってるんだ!!」

 

 

「コーバッツのクソ野郎が、あの状態で突撃しやがったんだ! 中は《結晶無効化空間》で、結晶アイテムは一つも使えねぇ! 二人すでに死んだ! そいつはさっきギリギリ脱出できたんだ!」

 

 

 事情を手早く説明し、理解したクラインは自分の仲間の一人に脱出した男の精神的ケアを少しでも任せると、残るメンバーをどうしたら助けられるかを考え始めた。

 

 アーカーも必死で考える。ここにいる全員で斬りこめば、連中の退路を拓くことは可能だろう。逃げて生き残ることを最優先にし始めた彼らならチャンスを見出すことができる。だが、緊急脱出不可能な空間では、こちらに死者が出る可能性すらあった。人数も少なすぎる。ボスを抑え込めるほどの余裕はない。逡巡しているうちに、隙を窺って逃げようとした奴が、先程一人が逃げ延びたのを学習した悪魔によって、弾き飛ばされた。壁に背中を強打するものの、まだHPは残っているらしい。必死に逃げる隙を見つけようとする彼らとは違い、コーバッツは情けないと断じて武器を取り、彼らに告げた。

 

 

「貴様ら! 逃げるというのか! 解放軍としてのプライドを捨てたというのか!」

 

 

「ふ、ふざけるなよ! 俺達は死ぬためにいるんじゃないんだ! あんたの命令で二人死んだんだぞ!?」

 

 

 部屋の奥から聞こえる非難の声。それが、アーカー達には痛々しく聞こえた。先程逃げ損ねた一人と、元から床に倒れていた二人。残りはコーバッツと五人。彼らを救う術が思いつかないまま、ついに悪魔が攻撃を再開した。仁王立ちとなり、地響きを伴う雄叫びを上げる。

 

 

「逃げて————ッ!!!」

 

 

 ユウキの悲痛な叫びは、直前に上げた雄叫びに打ち消された。口から撒き散らされた眩い呼気は、残る彼らを包み込み、すかさずそこに悪魔は巨剣を突き立てた。一人が掬い上げられるように斬り飛ばされ、悪魔の頭上を越えて———墜ちた。偶然にも墜ちた場所は入り口の前。アーカー達の視線がそこに集められた。

 

 

 コーバッツだった。

 

 

 HPバーは消滅していた。最後の瞬間に、自分が狙われた理由さえ分からず、もし分かったとしても理解したくないと表情が物語る。それからゆっくりと口が動き———確かに告げていた。

 

 

 

 

 

 —————貴様の、せいだ。

 

 

 

 

 

 最後の最後まで自分の指示が正しいと思い込んだ末に出した言葉がそれなのだろうか。アーカーは、奴が消滅する最後の瞬間まで目を逸らすことなく、無音で告げ返した。

 

 

 

 

 

 —————現実を見ろ。

 

 

 

 

 

 それが分かったのか分からなかったのか、こちらに分かるはずもないが、奴の表情が少しばかり苦悶の色を浮かべて———その全身を、無数の断片へと変え、散った。余りにも呆気ない消滅に、アスナが短い悲鳴をあげる。コーバッツが死んだことにより、多少の動揺はまた繰り返されたが、その隙を見逃さないように逃げようと動く者達がいた。その中には床に倒れ伏した仲間を救おうとする者もいる。

 

 しかし、それを許すほど悪魔は優しくない。HPが半減した者が多くを占めたが、それでも最早一刻の猶予さえない者もいる。再び剣を突き立てられれば、何人が死ぬか分かったものではない。

 

 そばで、ユウキが今にも飛び出しそうになっていた。こうなっては彼女を止められない。それはアーカーがこれまで一緒にいて分かり切っていることだ。以前彼女から、かつての話を聞いた。《笑う棺桶》に捕まった直前のことを。あの時共にいた仲間達は全員殺されたことを彼女はのちに知った。自分だけが生かされる苦しみを、彼女は二度も体験した。最初は両親と姉である藍子。二度目はあの時。あんな思いはたくさんだとユウキは泣き噦ったのを、今でもアーカーは覚えている。

 

 

 

 だからこそ————答えは、決まっていた。

 

 

 

「ユウキ————救うぞ、アイツらを」

 

 

「うんっ………!」

 

 

 直後、二人の様子に気がついたキリト達の制止よりも先に、二つの〝絶対〟が駆け抜けた。隙だらけの背に向けて、強烈な一撃を同時に見舞った。AGI値による速度の加算が入った刺突は、悪魔の意識をこちらに向けるだけの威力を持っていた。首がこちらを向き、続くように巨剣がこちらに振るわれた。それを二人はサイドステップで躱し切ると、ヘイトを稼ぎ始めた。部屋の入り口からアスナ、キリト、クライン達が続く。

 

 

「さあ———遊ぼうぜ、山羊野郎!」

 

 

 挑発とも取れる宣言に反応したのか、降り注ぐ豪快かつ洗練された両手用大剣の一撃が、こちらを捉えようと振るわれる。一撃一撃は確かに重い。僅かに掠めた一撃で失われたHPから推測を立て、カウンターをメインとする自身の戦い方の工程を僅かに変更。往なせる攻撃以外の全ては回避し、再度振るわれるまでに一撃を確実に見舞うことを選ぶ。同時にそれは、普段は使わないようにしている動きの解放とも言えた。巨剣が足元を薙ぐように放たれる。微妙なカスタマイズの結果、或いは逃がさないために学習した動きなのかは不明だが、受け止めれば確実に吹き飛ばされるのが確定する一撃がアーカーに見舞われる。それに気がついたキリトが当たらない範囲から叫ぶ。

 

 

「アーカー……ッ!!」

 

 

 さしもの《絶天》とは言え、彼はAGI値特化型の攻撃特化仕様(ダメージディーラー)だ。(タンク)仕様ではない。HPがどれほど減ってしまうのか推測できなかった。勢いよく薙いだ一撃は、爆風のような勢いで一面を真っ白にし、彼の安否を不明にさせた。仲間を失う恐怖がキリトの背を凍り付かせる。素早く彼のHPバーに目を向けて————気がついた。

 

 

「なんで……減ってないんだ……?」

 

 

 あんな一撃を受ければ、壁仕様であろうとHP減衰は確実だ。それなのに、HPバーは先程と何一つ変わっていない。まるで当たっていないような状況だが、ジャンプ程度で躱せるような一撃ではなかった。素早く股下を潜り抜けたのか? そんな疑問が過る中、彼が今何処にいるかを探そうと周りを見渡す。

 

 

「キリト、大丈夫だよ」

 

 

「どういう、ことなんだ……?」

 

 

 見渡し始めたと同時に、ユウキがキリトの近くに駆け寄る。説明している余裕はないはずだが、青い悪魔は事もあろうにボス部屋の上空を見上げて雄叫びをあげていた。その意味のわからない光景を、ユウキが答え合わせのように真実を告げた。

 

 

 

 

 

「ソラはね———()()()()()()()()()んだよ」

 

 

 

 

 

 一面を真っ白に染め上げた煙が晴れた先。悪魔が見上げた上空に、確かにその男は立っていた。正確には飛んでいたと言うべき行動だが、素早くそれから悪魔の背中に着地し、三連撃技ソードスキル《シャープネイル》を見舞って、突き出た角の左を根本から斬り落とした。明確にHPが減り、斬り落とされたことで悪魔が絶叫する。それと同時に背中から飛び降りると、キリト達の前に着地する。左腕を左角へとやる姿は、そこにあったはずのそれが無くなったいることを確認しているようにすら見えた。

 

 

「詳しいネタ明かしは後だ。安心しろ、あの程度の一撃躱し切ってやるさ。だから、キリト———いい加減隠すのやめようぜ?」

 

 

「………やっぱ気づいてたか」

 

 

「当然な。期待してるぜ《黒の剣士》。行くぞ、ユウキ!」

 

 

「りょーかい!」

 

 

 左角を斬り落とした下手人であるアーカーを見つけた悪魔が、怒りのままに巨剣を振るう。それを細かくサイドステップや空中への飛翔を織り混ぜて、的確に躱しながら、ヘイトを稼いでいる彼と共にユウキが斬り込んでいく。その姿を見送りながら、キリトは肩を竦めた。

 

 

「……そうだな。そうだよな。出し惜しんでいる場合じゃないよな!」

 

 

 青い悪魔から距離を取ると、アーカーとユウキが斬り込んだ隙を突いて同じように攻めるアスナとクラインに向けて叫んだ。

 

 

「アスナ! クライン! アーカーとユウキのサポートをしながら、十秒持ちこたえてくれ!」

 

 

 その叫びを聞き届けたのか、二人が頷く。未だアーカーにヘイトを置く悪魔の隙を的確に突きながら、ソードスキルや連撃を見舞っていくのが見える。中でも驚かされたのは、ユウキだった。彼女もまた、アーカーと同じAGI値特化だ。キリトのようにSTR値が高い訳ではなく、あの巨剣を真っ向から弾く力など有るはずがなかった。

 だが、違ったのだ。彼女はどういう訳か、全身が縄のように盛り上がった青い悪魔の一撃を真っ向から弾き返してみせたのだ。絶対に有り得る光景ではない。しかし、直前に全員がその目で見ている。アーカーが空中を駆けるその姿を。あれが奥の手の一つであるなら、ユウキも奥の手を持っていてもおかしくはない。

 

 過る思考と共に、キリトはメニューウィンドウを起こして操作する。早鐘のような鼓動を抑えつけながら、アーカー達が稼いでいるこの時間を無駄にしないよう、所持アイテムのリストをスクロールし、その中の一つを選び出してオブジェクト化。装備フィギュアの、空白になっている左手にそのアイテムを設定し、スキルウィンドウを開いて、選択している武器スキルを変更する。全ての操作を終了し、OKボタンをタッチしてウィンドウを消すと、背に新たな重みが加わったのを感じ取った。

 

 

「準備完了だ! いつでもいける!!」

 

 

 その合図と共に、十秒間の制限があるとは言え空中を駆け回っていたアーカーが稼いだ高度を生かすように、ソードスキル《バーチカル・アーク》を発動。一撃目で下まで下降し、二撃目で身体が少し上へと跳ね上がる。その隙を狙う悪魔が巨剣を振り抜こうとするが、素早く悪魔の胴を蹴ることで着地判定を生み出すと同時に掠める程度に抑えて空中へと逃れる。そこから着地と同時に叩き潰そうと振られた巨剣を、素早く割り込んだユウキが、小さな体躯からはとても想像できない剛力でそれをパリィ。両者共にノックバックする、その隙を縫うようにキリトが敵の正面に飛び込んだ。

 

 強力な一撃がクリーンヒットし、直後硬直から回復した悪魔が、その返礼とばかりに剣を振り被る。その隙を突いて、アスナとクラインが悪魔の背後から攻撃を見舞う一方で、打ち下ろされてきた得物をキリトは左手に新たに握られた剣で弾き返した。それは以前リズベットに作らせてから一度として他の誰にも見せていなかった《ダークリパルサー》だった。翡翠のような輝きを持つそれは、不格好な斬馬刀に劣ることなく、その強さを見せつける。

 

 

「グォォォォォ!!」

 

 

 憤怒の叫びを上げる悪魔が、再び上段の斬り下ろしを放つ。それを今度は、両手の剣を交差し、しっかりと受け止め———押し返した。奴の体勢が崩れる。それを明確な隙と捉え、キリトは奥の手の真骨頂をここで解放する。仲間達が作ってくれた十秒が無駄ではないと証明するために。

 

 

 

 エクストラスキル《二刀流》。その上位剣技《スターバースト・ストリーム》。連続十六回にも及ぶ強力無比の攻撃だ。

 

 

 

「うおおおおおあああ————ッ!!」

 

 

 絶叫と共に、左右の剣を次々と敵の身体に叩き込み続ける。途中の攻撃を防ごうと剣が動くが、キリトの攻撃を阻まないように動きながら、アーカーとユウキが両サイドからそれぞれ剣を弾き、アスナとクラインが交互に後ろからソードスキルを見舞う。勢いよく減少していく《ザ・グリームアイズ》のHP。自身の死が迫り始めている恐怖をAIが学習したのか、暴れ狂うそれに、流石のアーカーとユウキも弾き返し切れなくなってくる。二人のHPが減り始める。それが見えたキリトは、さらに一撃一撃を加速させていく。弾き切れなかった一撃が、微かにキリトの身体に衝撃を与えていくが、彼はその程度では止まらない。限界までアクセラレートしたその神経が、二刀を振るう速度をさらに高めようとしていた。速く、もっと速く。正しくその想いと共に、キリトは全身全霊で振り抜いていく。

 

 

「…………ぁぁぁああああああ————ッ!!」

 

 

 最後の十六撃目が、雄叫びと共に青い悪魔の胸の中央を貫いた。そこへダメ押しとばかりにアーカーとユウキが《サベージ・フルクラム》を、アスナが《ペネトレイト》を、クラインが《辻風》を放った。

 

 

 

「ゴァァァァアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 強烈なソードスキルの数々をその身に受けた巨大な悪魔は、天を振り仰いだまま、絶叫していた。口と鼻からは盛大に呼気が洩れるも、咆哮したままだ。全員が硬直状態に陥るため、身動きなど出来はしない。キリトとアーカー、ユウキに関しては、そのHPはギリギリ黄色い辺りで止まっている程度だ。反撃に重い一撃をソードスキルとして貰えば、助かるかさえわからない。そんな恐怖が僅かにでも芽生えそうになる中、悪魔の全身が硬直した———と同時にその身体がバグった画面の如く揺らいで、断末魔と共に膨大な青い欠片となって爆散した。部屋中にキラキラと輝く光の粒が降り注ぐ。

 

 

「………勝ったな、キリト」

 

 

 全身全霊で戦い抜いた余熱か、眩暈を感じて倒れそうになる中で、その身体をアーカーが支えた。投げかけられた言葉に、掠れるような声で首肯すると、支えられながら両の剣を背に交差して吊った鞘へと納める。HPバーは二人が何度も巨剣を弾いてくれたお蔭か、イエローを辛うじて保っていた。頭痛にも似た痛みが酷いが、それでも意識はまだハッキリしていた。ふらつく足取りをアーカーと、続けて駆け寄ってきたユウキに支えられながら、反対側で敵のHPを削ってくれていたアスナとクラインの元まで辿り着く。

 

 

「………アスナも、クラインも、助かった、よ。何とか勝て、た」

 

 

「バカッ……! 無茶して……!」

 

 

「おめぇはまた無茶したなぁ……」

 

 

 泣き出す寸前のアスナにキリトは抱き締められた。普段なら茶化すところだが、アーカーはそんな愚行を犯すことなく、彼女にキリトを預けるとその場に仰向けになるように倒れ込んだ。突然のことに、ユウキもビックリしていたが、安心させるために彼が一言告げる。

 

 

「流石に疲れただけさ。流石にずっとヘイト取り続けるのは柄じゃねぇからな。久しぶりに身体が痛ぇよ、ハハ……ッ!」

 

 

 そんな一言を聞いて、安心したのか。或いはまた無茶したことに怒ったのか、ユウキが上からのし掛かり、ダメージがない程度に胸をポカポカと叩き始めた。最初は角度的に顔が見えなかったが、少しずつ角度が変わるにつれて見えるようになった時には、ユウキの目尻にも玉粒の涙が溜まっていた。

 

 

「……ソラも、無茶し過ぎ……なんだよ……? ボクだって……一緒に戦ってたのに………」

 

 

「……ごめんな。無茶するのが本分みてぇな戦い方して」

 

 

「………グスッ……あとで、心配かけた分……ちゃんと、安心させて…………」

 

 

「……ああ、当たり前だろ?」

 

 

 優しくその頭を撫でてやる。いつもしている行為だが、飽きた様子もなくユウキは嬉しそうに目を細めながら、アーカーの身体を起こした。一人羨ましげに眺めているクラインに、心の中でドンマイコールを送る一方で、彼は少し遠慮がちに声を掛けてきた。

 

 

「生き残った軍の連中の回復は済ませたが、コーバッツとあと二人死んだ……」

 

 

「やっぱりか……。ボス攻略で犠牲者が出たのは、六十七層以来か……」

 

 

「これが攻略なんて言いたくないね……」

 

 

 俯くユウキを慰めるように頭を撫でながら、アーカーはしっかりとした口調で告げる。

 

 

「でも、俺達はちゃんと救った。二十五層で自分の身だけしか守れなかったあの頃とは違う。今回はお前だけが生き残った訳じゃない。少なくとも九人救えた。今は、それだけ噛み締めておこう……」

 

 

「うんっ……」

 

 

 ユウキがアーカーを抱き締める力が強まった。きっとそれは、自分達が来る前に死んでしまった二人に対するものだろう。あの男、コーバッツに対して向けられているのはわからないが、残念ながらアーカーは奴のことを憂う気持ちだけは持ち合わせていなかった。それと同時に、恐らくこの原因を作り出した元凶がいるはずだとも考えついていた。曲がりなりにも《軍》と自らを呼称するのだから、さらに上の存在がいてもおかしくない。それを今すぐにでも訊ねようと思い、口を開く———

 

 

「そりゃあそうと、何だよさっきのは!?」

 

 

 ———はずだったのだが、気分を切り替えるように聞いてきたクラインの一言に、軍の連中に訊ねるのを一度やめた。キリトもこれには反応しており、言いにくそうな顔をしている。

 

 

「言わなきゃダメか?」

 

 

「ったりめぇだ! 見たことねぇぞあんなの!」

 

 

 代表してキリトが訊ねたが、どうやら秘匿は無理そうだ。分かってはいたが、仕方がないことだろう。実際あれが無ければ、被害が大きくなっていたのも事実だ。キリトに使わせた責任として、アーカーが先んじて答えた。

 

 

「エクストラスキル《天駆翔(てんくしょう)》。それが俺の使ったスキルだ」

 

 

「ボクのは《至天剣(してんけん)》だよ」

 

 

 おお……というどよめきが、軍の生き残りやクラインの仲間の間にも流れる。キリトも興味津々な様子だったが、すぐさま彼らがそちらに向いたため、彼も仕方なく口にした。

 

 

「……俺のもそうだ。エクストラスキルだよ、《二刀流》」

 

 

 エクストラスキルは、あるスキルを一定以上成長させることで出現する場合と、特殊なクエストなどを達成することで出現するものなどに細かく分けられる。クラインの持つ《カタナ》スキルは《曲刀》を成長させた先で出るものであり、《体術》スキルは例の岩砕きクエストの報酬として出現する。今回の《天駆翔》や《至天剣》、《二刀流》も特殊な条件を満たした上でのものだと思われるが、これらはもう一つの特殊なカテゴリに区分される。

 

 

「しゅ、出現条件は」

 

 

「解ってりゃもう公開してる」

 

 

「俺達も同様。予想はついてるが、検証するには危険すぎる」

 

 

「下手したら死んじゃう可能性あるもんね……」

 

 

「何やったんだよお前ら……」

 

 

 同じように条件不明のスキルを持つキリトでさえも、その一言にドン引きした様子でこちらを見た。恐らく彼の場合は自然に出現した場合のだろう。アーカーも似たようなものだが、直前にとんでもないことをやらかしているため、判断しかねている。特にユウキはそれが顕著だ。もし出現するにしても、《完全決着モード》でギリギリの殺し合いしたら出るよ———なんて言われてやる奴がいるだろうか。ハッキリ言っていないと思う。

 

 現在十数種類知られているエクストラスキルの殆どは最低でも習得者が複数人存在する。しかし、アーカーやユウキ、キリト、そしてヒースクリフのスキルを除いて、現在新たな習得者が出たという情報はない。これから三人は、二人目、及び三人目、及び四人目のユニークスキル使いとして巷間に流れることだろう。残念ながら隠し切れるものではない。とはいえ、近々仲間内にだけでも公開しようとしていたアーカーとユウキにとっては、都合が良かったとも言える。幸い、マイホームの場所がバレていないのも都合が良い。問題はキリトの方だが、「彼ならきっと多分恐らく強く生きてくれると信じている」とアーカーは心の底で祈っておく。

 

 

「ったく、水臭ぇな三人とも。そんなすげぇウラワザ黙ってるなんてよう」

 

 

「ま、そういえばそうなんだが、考えても見ろよ。重度のコアゲーマーばかりのこの世界だぜ? 混沌渦巻いてる中で堂々と公開することができる奴なんて、それこそヒースクリフぐらいだろ?」

 

 

 颯爽と現れ、堂々と戦い、その実力を知らしめた伝説の男ヒースクリフ。彼が《神聖剣》を最初に公開した頃は色々あったらしいが、当然叶う訳もない奴らは、その強さを認めざるを得なかった。未だに彼の真似事をしている奴もいるそうだが、同じようにスキルが出た者はいない。そもそも———

 

 

(ヒースクリフが茅場 晶彦、もとい叔父さんなんて誰も思わねぇよなぁ……)

 

 

 ただ一人その秘密に気がついたアーカーは、未だにその真相を隠していた。理由はいくつかあるが、まず証拠が無さすぎる。ユウキを筆頭に仲間達なら信じてくれるだろうが、下手に巻き込む訳にもいかなかった。ユウキに関しては教えてもいいとは何度も思ったが、《至天剣》を隠し通すことも下手だった、隠し事が苦手な彼女に教える訳にもいかなかった。もしヒースクリフと出会う度に怪しみ続けていれば、流石にあの男も何かしらの手を打ち始めるのが見えていた。

 

 

「ネットゲーマーは嫉妬深いからな。オレは人間ができてるからともかく、妬み嫉みはそりゃあるだろうなあ。それに……」

 

 

 そこで口を噤んだクラインは、キリトと彼に抱きついたアスナを見たのち、続けてアーカーとユウキを見る。片方はすでに恋人同士であることが露見しているが、キリトとアスナに関しては今後が大変だろう。

 

 

「……まあ、苦労も修行のうちと思って頑張りたまえ、若者よ」

 

 

「勝手なことを……」

 

 

 それだけ言うとクラインはキリトの肩をポンと叩き、それから振り向いて《軍》の生存者達の方へと歩いていった。要件があるアーカーもユウキを連れて向かう。

 

 

「お前達、本部まで戻れ———」

 

 

「———悪い、クライン。先に聞きたいことがある」

 

 

 クラインの言葉を遮り、アーカーが彼らの前に立つと、真剣な面持ちで訊ねた。

 

 

「今回の一件、コーバッツやお前らに命令した奴がいるはずだ。そいつの名前、分かるか?」

 

 

「……ああ、分かるよ。この層に来る前にアイツが言っていたのを覚えてる」

 

 

 戦闘中コーバッツと口論していた男が、最早《軍》を抜けるつもりとすら取れる言葉遣いで、はっきりした口調でその名を答えた。

 

 

 

 

 

「今回俺達に命令したのは———キバオウって男だ」

 

 

 

 

 

 それは、アーカーとユウキ、キリトとアスナ。それどころかクライン達にも聞き覚えがある名前だった。どうやら奴とは残念ながら切っても切れない縁があるらしいと、この時ばかりはアーカーも呆れ果てるしかなかったのだった————

 

 

 

 

 

 ユニークスキル、解放 —完—

 

 

 

 

 

 






 明かされた三つのユニークスキル。

 それは同時に、ある事案を生み出した。

 立ち塞がるは最強の壁。果たして、キリトは勝てるのか。

 同時にアーカーとユウキは、ある場所に立っていた。

 次回 推測と激突

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