ソードアート・オンライン —Raison d’être— 作:天狼レイン
いつの間にかUAが10000超えていたことと、お気に入りが200件を突破していました。皆さま、いつもありがとうございます! これからも全力で頑張りたいと思うので、これからもよろしくお願いします!
さて、今回はついにキリトVSヒースクリフな訳ですが……残念ながら、文章の構成上、そこを書くことはなりませんでした。視点チェンジやいつもの三人称視点での構成を考えたのですが、下手に書くと不安定になるということが分かったので、残念ながらカットになりました。結論からして、原作と展開が変わらないためです。ごめんな、キリト。前回の出番とポツリとしか活躍してないみたいになってて。フェアリィ・ダンスにて、彼メインの回を一つは設けているので、そこまでは出番が不安定かもしれません。申し訳ないです。
七十四層フロアボス、《ザ・グリームアイズ》との激戦から翌日。快適な目覚めを迎えたアーカーは、念のためマイホームの外周を《索敵》スキルで何度か確認した。結果としては、誰もいなかった。過疎フロアである二十二層の、さらに奥地である意味が存分に発揮された証だった。この場所を知る者達も、この場所を洩らしていないことが同時に解る。キリト辺りが〝死なば諸共〟の精神で仕掛けて来たりしないかを危惧していたアーカーも、心なしかホッとしていた。
これからも安心して毎日を過ごせると安堵しながら、隣で眠りこけるユウキにちょっとした悪戯を仕掛けつつ、朝食を作っていた。顔を真っ赤にした彼女に、何度か背中をポカポカ殴られてはいたが、悪戯が成功して喜んでいる悪餓鬼のように笑う。機嫌を損ねないよう、手の込んだ朝食を作り上げ、朝からたくさん頬張るユウキを見ながら、昨日の攻略での売り上げを貰った後はどうしたものかと考えていたところ、アーカーの元に一通のメッセージが届いた。果たして誰だろうかと思い当たる人物を脳裏に浮かべて消去法で探していく中、それを開いた。そこにはこう書かれていた。
『朝から俺のねぐらに剣士やら情報屋が押しかけてきた。転移結晶使わないと脱出できなかったんだが………』
キリトからである。ある意味想定していた通りの結果が、彼を襲っていたのだが、やはり、あの迷宮区擬きとすら称される主街区《アルゲード》でも自宅を暴かれるらしい。二十二層の森の中にあるログハウスを選んで正解だったと、アーカーは思う。
とはいえ、売り上げを貰うためにも彼とは合流しなければならない訳でもあり、昨日《血盟騎士団》に休暇届けを出してくると言って別れたアスナのことも気になる。副団長たる彼女に、そう易々と休暇届けが受理されるものか。理由として切れるカードもクラディールくらいだ。あまりにも弱いそれでは、かつてヒースクリフと交渉を持ち掛け有利に事を運んだアーカーからしても、無茶があると思えたのだ。
何にせよ、一先ずキリトと合流しないことにはこれ以上話が進まないと判断した彼は、彼に現在の所在を訊ねることにした。手早くメッセージを送りつけ、返事が戻ってくるまで朝食を腹へと収めていく。ユウキにも焦らない程度でいいから早めに食べ終わって欲しいと告げておくと、ちょうどメッセージが届いた。キリトからのものだと仮定して開く。
『今、俺はエギルのところにいる。雑貨屋の二階で待ってる』
五十層で自宅がバレたのにも関わらず、同じ階層にあるエギルの雑貨屋に逃げ込むとはなかなかの肝っ玉だとアーカーは思う。〝灯台下暗し〟となる方法をすぐさま思いついた彼には驚かされたものだ。エクストラスキル《二刀流》。とんでもなくレアで強いと分かった以上、剣士や情報屋はそれがユニークスキルだと認めない限りは追い掛け回すだろう。《ビーター》の汚名を背負ってしまったキリトにとっては、なかなかの試練だと思う。《二刀流》がユニークスキルということを皆に認知させるには、攻略組でも実力のあるギルドが保証せねばなるまい。とはいえ、アーカーとユウキとて、今回判明したユニークスキル持ちなのだ。残念ながら二人が彼を保証することはできない。こうなっては、最初のユニークスキル持ちとなったヒースクリフ———もとい、《血盟騎士団》に任せるしかないのが現状だろう。
「仕方ないか。ユウキ、手早く支度しろ。キリトのところ行くぞ。あと、朝風呂入るなら早めにな」
「うん、りょーかい! ささっと入ってくるねー!」
元気よく駆け出していく恋人を見送りつつ、アーカーは少しばかり湧いてきた眠気を欠伸と共に嚙み殺し、これからやってくる厄介事に想像して溜息を吐いた。現実とは違う面倒臭さというそれは、楽しくもあるが同時に厄介極まりない。少し前も百人斬りよろしく辻デュエルを受け続けていたのに、次が来るまでの期間が短すぎると呆れるしかなかった。
それから二十分ほど経って。
アーカーとユウキは、無事にキリトと合流した。本来ならこれだけ時間がかかったりしないのだが、〝二十二層に自宅を構えている〟という情報一つ洩らさないために細心の注意を払っていたからだ。また同時に、五十層に来た直後は、キリトを探していた剣士や情報屋達に囲まれたのも、時間をかけた理由の一つである。結果として、多少厄介な事になるとは思うが、アーカーはユウキを
彼と合流した後、一先ず二人は現在どういうことになっているかを知ることにした。
まず始めに、《七十五層が解放された》という話だ。これは、新階層が解放される度に持ちきりの話題となるため、然程気にはならなかった。
次に、《軍の大部隊を全滅させた悪魔》という話だ。ハッキリ言って誇張し過ぎた法螺話である。どうしてかこういう噂を流す奴は、馬鹿とすら言えるほど誇張し過ぎている。もしそんなことが実際に起きていたら《軍》は今頃大変なことになっているだろう———今も恐らく大変なことになっているとは思うが。
続いて、《それを徒党を組んで撃破した二刀流使いの五十連撃》。繰り返そう。ただの誇張し過ぎた法螺話である。恐らくこのデマがキリトを襲った悲劇を生み出したのだろう。早く救ってやりたいところではあるが、同じ境遇にあるアーカーとユウキではどうしようもなかった。
キリトの話が持ち上がれば当然これも容易に想像できた。《空中すら駆け抜け、無双する絶対覇者》。誇張し過ぎているとも言い切れない絶妙なラインを突いてきたとアーカーは呆れ果てる。絶対覇者と言えるほど化け物だとは思っていないが、前文がキリトと違って間違っていないせいで反応に困った。挙句の果てには、先程それを情報屋にも見せてしまったので確証のある話だと認知されたことだろう。
そして最後にユウキのことだった。曰く《悪魔の一撃すら弾き返す、更なる悪魔》。この一文を見た途端、ユウキがこれまでに見たことがないくらい怖い顔をしていたのを、アーカー達は目撃した。同時にすぐさま彼女を取り押さえる。今にも外に名乗り出て、こんな噂を流した奴を見つけ次第《圏内戦闘》を利用して蹂躙しそうな勢いすらあったからだ。エクストラスキルの効果を言っていないせいで起きた事態ではあるが、確かにあれを化け物と称する魂胆は間違っていない。だって考えてみてほしい。AGI値特化型のユウキが、恐らくSTRがかなり高い格上のボスの両手剣を無理なく真っ向から弾き飛ばしたのだ。
何とかユウキの怒りを鎮めつつ、事態を理解したアーカーは大きく溜息を吐いた。想定できた事態ではあったが、やはりこうも進展すると笑えない。クラインが言っていた通り、妬み嫉みは激化するだろう。キリトは〝圧倒的な攻撃力〟を、アーカーは〝圧倒的な機動力〟を、ユウキは〝圧倒的な適応力〟を手に入れたのだ。ユニークスキルと称されるほどのそれが如何にバランス崩壊させるかがよく分かるほどだ。
「引っ越してやる……どっかすげえ田舎フロアの、絶対見つからないような村に……」
ブツブツと呟くほど追い込まれたキリトは、現在進行形で引っ越し先を模索している。恐らくその引っ越し先には二十二層も含まれていることだろう。彼が移住してくることによって、話をする際には楽になるだろうが、同時に自宅がバレてしまいそうな気がしている。「三十九層はどうだ?」と勧めてやろうかと思ったが、アーカーはそれをすぐに取り止める。どうしてなのかと言えば、「そこはヒースクリフがよく訪れたりするから多分バレるぞ」とだけ答えるしかないのだが、本心ではそこを勧めてバレた時の反応が見たいという気持ちと友人を思い遣る気持ちが拮抗していた。
そんな中、エギルはにやにやと笑顔を三人に向ける。
「まあ、そう言うな。一度くらいは有名人になってみるのもいいさ。どうだ、いっそ講演会でもやってみちゃ。会場とチケットの手筈はオレが」
「するか!」
飛び切り速く反応したキリトがエギルの言葉を遮りながら、彼の頭の右横五十センチを狙って右手のカップを投げた。染み付いた動作によって《投剣》スキルが発動したのか、輝きながら猛烈な勢いで部屋の壁に激突。大音響を撒き散らした。幸い、建物本体は破壊不能オブジェクトであるため、いつもののシステムタグが浮かび上がるだけに留まった。
「おわっ、殺す気か!」
「悪い悪い」
大袈裟に喚く店主に、軽い態度で謝るキリト。それを見ていたユウキは、何やら考え事をした後、急に堪え切れなくなったのか笑い出した。不審に思ったアーカーが訊ねると、彼女は答えた。
「だ、だって、こ、講演会開いたら……き、キリトが絶対に固まっちゃうもん……」
「そっか。そういやコイツ、コミュ症だったな忘れてた」
「コミュ症で悪かったな!」
痛いところを突かれた当人が不機嫌そうな顔をすると、ユウキがちゃんと謝りながらも、「そう言えば」と話を切り出した。
「ねえ、キリト。アスナにもここにいること伝えたんだよね?」
「ん? ああ」
「ンの割りには遅いな。また、あのゲテモノストーカーが邪魔してんじゃねぇのか?」
「本部にて待機、って言われてたから確かに有り得るな……」
「そう考えると心配だよね……うーん」
すでに待ち合わせの時刻からは二時間が過ぎている。ここまで遅れてくることは、件のストーカーの際にも無かった。流石に何かあったと考える他ない。心配を飲み込むようにキリトが奇妙な風味の茶を飲み干す中、過剰警戒とも取れるほどに店内ですら《索敵》スキルを発動させていたアーカーが何かに気がつく。トントンと階段を駆け上がってくる足音が聞こえ、足音の主は躊躇うことなく扉を開くに至った。姿を現したのは、待ち人であったアスナ本人だった。いつものユニフォーム姿で何も変わったところはないが、その表情は蒼白で、大きな目を不安そうに見開いている。両手を胸の前で固く握っているところから、やはり何かあったのだと感じたアーカーとユウキが、彼女の口から言葉を待った。
「どうしよう……みんな……」
今にも泣き出しそうな声で続けた。
「大変なことに……なっちゃった……」
エギルに淹れてもらった茶を一口飲み、漸く落ち着きを取り戻したアスナは、ゆっくりと事情を話し始めた。気を利かせてくれた店主は一階に降りている。そのさりげない優しさに、四人はそっと感謝する。
「昨日……あれから《グランザム》のギルド本部に行って、あったことを全部団長に報告したの。それで、ギルドの活動お休みしたいって言って、その日は家に戻って……。今朝のギルド例会で承認されると思ったんだけど……」
その言葉を聞いて、アーカーは予想していた通りの展開になったことを察した。七十五層に到達した今、副団長であり貴重な戦力であるアスナを休ませることができないと判断したのだろう。せめて、休暇届けはこの層が解決してからとでも言ったのではないか?と思考を巡らせつつ、続く言葉を待った。
しかし、飛び出した言葉は、アーカーの予想よりも上だった。
「団長が……わたしの一時脱退を認めるには、条件があるって……。みんなと……少なくともキリト君とは立ち会いたい……って……」
「な……」
「は?」
「えっ」
ヒースクリフ———正確には、それを操る茅場 晶彦をこの中で誰よりも知っているアーカーですら、一瞬理解できなかった。立ち会う……とはつまるところデュエルをするということだと仮定しても、何故キリトを確実に限定したのかがサッパリだった。アスナの活動休止が何故そこに結びつくのか———
「……そういうことか」
そこまで思考を巡らせて———気がついた。合点がいったと納得するアーカーに、ユウキを筆頭に三人が説明を求める素振りを見せる。答えるように、彼は推測を語った。
「恐らく、俺とユウキが立ち会いに入らなかったのは、現在の攻略組内での勢力図が理由だ」
空のカップを三つばかりテーブルの中央に移動させると、一先ず先に話を飲み込みやすくするための下準備を始めた。
「まず第一に、ヒースクリフがデュエルを望んでいると考えた場合だ。この場合だと、キリトが勝つと手に入るのはアスナだ。活動休止を認める言い分にするためだろうな」
少しばかり言い方が変だったのを誤解したアスナが顔を赤くするが、色々と鈍いキリトは気が付かず、ユウキは興味津々に頷いている。本当に分かってるのかお前……と言いそうになりながらも、アーカーは説明を続ける。
「対して、ヒースクリフが勝った場合は……まぁ、まだどういうことかは想像しかねるが、恐らくキリトに関することだ。つまるところ、アスナが欲しいなら戦え!的な流れにするんだろう。どちらにも勝てばメリットがあるように誘いをかけている。そう考えて間違いない」
「だけど、それならアーカーやユウキが相手でもいいんじゃないのか? 別に俺が戦わなくとも、お前らのどちらかが戦うこともできるはずだ」
「だろうな。そこで、攻略組の勢力図だ」
先程並べた三つのカップに指差しながら、一つずつ《血盟騎士団》、《聖竜連合》———そして、《絶対双刃》と仮定していく。
「現在攻略組は三つのギルドによって、バランスを保っている。これはヒースクリフが望んだ通りだ。結果として攻略方針は前よりも安定している。二大勢力が好き勝手できなくなった、という見方ができるからな」
それを聞いて不服そうなアスナが見えたが、今は説明の途中。構っていられる訳もなく、そのまま続けた。
「ヒースクリフはどうしてもこのバランスを崩したくない。崩すと前と同じ状況より悪化する恐れがあるからだ。それはつまり、俺やユウキの進退に問題があってはいけないと考えられる」
「キリトは良くて、ボクとソラがダメな理由……なのかな?」
「キリト君と二人の違い、が関係してたりする?」
「ああ、そうなる。俺達とキリトの違い、一番顕著に出ているのは———恐らく、ギルドに入っているかどうか、だ。それも三大勢力の一つのどれかに属しているか、っていう点だろうな」
そこまで来ると、キリトは気が付いたのか苦々しい顔をした。続いてアスナも理解し、ユウキは小首を傾げていたが、次の説明で納得することとなる。
「つまるところは、こういうことだ」
用意した三つのカップの一つ《絶対双刃》と仮定したそれを、《血盟騎士団》と仮定したものに近づける。
「賭けデュエルによって、ヒースクリフが勝った場合。負けたのが俺とユウキのどちらかだったなら、自分達の方に協力させるか———手っ取り早い話は、
その説明を聞いて、ユウキも気が付き、不機嫌そうな顔になる。先程のアスナ同様に不服とも取れるその顔に、言いたいことが何とかなくアーカーにも分かっていた。
「……まぁ確かにこれは俺達のどちらかが負ける前提になってるが、アイツ自身も確率は半々と考えてるだろうな。でも、
本当に叔父さんらしい、嫌な手口だとアーカーは苦笑する。現実で彼と会っているのは、ここでは彼だけだし、同時にその性格や行動理念、考え方などを理解しているのも間違いない。お互いが共に虚無に生きている、酷似していると感じていた時点で、それは合わせ鏡と言っても過言ではない。故に、彼らしいと断じたアーカーは、念入りに説明の補足をする。それはまるで、茅場 晶彦———もとい、ヒースクリフ自身が自分の考えを語るかのようだった。
「仮に入団しろ、ではなくとも、協力体制が前よりも強まった場合、それに反発するのは《聖竜連合》だ。向こうからすれば、繋がりが前より強くなることすら耐えられないだろう。何せこっちは〝向こうからも喉から手が出るほど欲しい〟と思われていたユウキがいる訳だ。均衡は保たなくてはいけないが故に危険を一つでも犯すことさえできない。僅かにでも確率がある以上、下手な博打に出られないんだろう」
「そこで、ユニークスキル持ちで、尚且つソロプレイヤーの俺に矛先が向いたのか……」
「あくまで推測だが、かなり確率が高いと思え。
その一言に、キリトが眉を片方だけピクリと動かすが、それ以上は何もしなかった。何はともあれ大体の理由に予想がついた四人は、恐らく叶わないだろう直談判をしに行くため、ヒースクリフが待つ五十五層《グランザム》のギルド本部へと足を運んだ。
その先で、予想通りの展開と、ヒースクリフに上手く挑発されたキリトがデュエルを承諾したことで、翌日、新階層である七十五層《コリニア》に存在する巨大コロシアムにて、賭けデュエルが行われることとなったのだった————
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決戦の舞台となった巨大コロシアム。
それは偶然か必然か。最早こうなることが見据えられたように用意されたその場所は、ネームバリュー最高とも言える最強の男ヒースクリフの名と、現在世間を騒がせる新たなユニークスキル持ちソロプレイヤーであるキリトの名を借りて、最前線という死線とは思えない程の賑わいを見せていた。元より最前線の街並みを見たい見物人もいたのだろうが、今日はその見物人ですら大々的な今回のイベントに食いついたと言っても過言ではない。
ボス攻略とほんの僅かにしか姿を見せないヒースクリフの姿を一目見ようとする者もいるだろう。新たなユニークスキル疑惑があるソロプレイヤーキリトの実力が如何ほどかを見たい者もいるだろう。結果的に七十四層の事件が、後者の知名度を後押ししたとも言えるが、同時に目立つのを避けていた彼からすれば、この状況は耐え難い訳であった。
「火噴きコーン十コル! 十コル!」
「黒エール冷えてるよー!」
コロシアム入り口には口々に喚き立てる商人プレイヤーの露店がずらりと並んでおり、そこには長蛇の列を成した見物人達がいる。怪しげな食い物を買う根性に、さしもの《絶天》と言えど、チャレンジャーだなぁと思わざるを得ない。隣ではキリトが呆気にとられてアスナに問いただしているが、流石に副団長と言えど知らなかったらしい。何となく予想がついてきた彼女が「経理のダイゼンさんの仕業———」と言っているが、なるほど、資金調達はお手の物ということらしい。ある意味キリトが生贄になってくれて助かったと思う傍らで、アーカーは半目で隣に立つユウキを見た。
「なあ、ユウキよ。お前朝食食べたよな?」
「
「だったらさ———お前がその両手に抱えた食べ物はなんだ? あと食ってるものもだ」
両手いっぱいに露店で買った食べ物を抱え、もぐもぐと咀嚼を繰り返す恋人の有様に、アーカーは溜息を吐いた。
「ちゃんと食べ切れるんだろうなお前……」
「ふふん、これぐらいなら何にも問題ないよ♪ ボクはよく食べるからね!」
「おうそうか、マジで将来食費が心配になってきたんだがそれは」
モンスターを倒せばコルが稼げるこの世界と違い、現実世界は働いてお金を稼ぐ。当然の話だが、現在齢14程度の少年がバイトなど早々出来るはずもない。帰還して暫くは病院と政府がどうにかすると考えても、後々は自分達で賄うしかない。困った時は倉橋先生!というノリで彼に頼るしかないだろうとだけ考えた後、美味しそうに食べ進めるユウキの姿を見て、その思考を一度放棄して純粋に喜ぶことにした。
「ま、好きなだけ食えばいいさ。そうやって美味しそうに食ってるところも、俺は好きだからな」
「ふぇっ!?」
嬉しげに笑いながら、ストレートに褒めるアーカーに、ユウキは顔を赤く染めながら目を丸くした。何処か恥ずかしそうにしている姿に、彼は首を傾げつつも、彼女が抱えていた食べ物の中にあった焼き鳥……らしきものを見つける。誰かが美味しそうに食べているとそばにいる者もお腹が減る———俗に言う〝飯テロ〟を受けていたアーカーは、つい我慢できずにひょいと手を伸ばし、それを取ると食べかけにも関わらず、それをそのまま食べ切った。
「悪くないな。へぇ、他にも味覚再現エンジンの研究してた奴がいたのか。甘辛のタレも好きだが、塩と少しアレンジ加えただけっていうのもいいな」
「あー! それまだボク食べきっていな……かっ……た……」
「ん? あー、悪い。飯テロされて小腹空いたんだよ。これ何処にあったんだ? 新しいの買ってきてやるから、それで許してくれ」
「あっ……うん、えっと……そう……じゃなくて……」
「ん? 食いしん坊のお前が追加いらないのか?」
「……ソラが食べたの……ボクの……食べかけ……だよ? ……か、間接……キス……したんだよ……?」
耳まで真っ赤に染め上げたユウキが、消え入りそうな声で告げる。それを聞いて、アーカーも漸く気が付いたのか、食べ終わった後の串を見ると、彼もまた少しばかり気恥ずかしそうな顔をする。
「………ユウキは変なとこで乙女だな」
「………ソラの方こそ、変なとこだけ鈍いね」
「………何気に間接キスは初か……なるほど、道理で恥ずかしいわけだ」
普通のキスどころか本番も済ませたのにな……と気恥ずかしそうに、ユウキにだけ聞こえる声で呟くアーカー。食べものどころではなくなった彼女は、両手に抱えたそれらを一先ずストレージに放り込むと、少しばかり逡巡してから、恋人の手を握った。触れるような程度から、指一本を握る程度へと変わり、そこから少しずつ指を動かし———絡め合う。〝恋人繋ぎ〟となった二人の手は、優しいながらも互いを離さないと物語るかのようにしっかりと結ばれており、それからユウキはまだ顔が少し赤く染まっていながらも、向日葵のような笑顔を浮かべて笑った。
「愛してるよ、ソラ」
「俺も愛してるよ、ユウキ」
日中堂々と、たくさんの人がいる中で惚気始めた二人に、近くにいたキリトは別の意味で頭を抱え始め、アスナは羨ましそうな顔をし、いつの間にか二人のそばにいたらしいダイゼンという男が、微笑ましそうに見ている。周囲も同様で妬み嫉みはあれど、ほとんどが祝福しているように窺えた。何やら買い物を買っていた見物人達が、人気のなかったはずのとある飲み物を売る露店に足を運び始めていたが、普段とは違い、すっかりユウキしか目に入らなくなっていたアーカーには見えていなかった。祭りやイベントは、時に人をおかしくすると言うが、その影響が身近なところに出たらしいとキリトは諦めを感じていた。
それから、アーカーとユウキの意識がこちらに戻ってくるのに数分を要したのだが、いつの間にかキリトとアスナが消えていることに気がついた。控え室の方に行ったのかと考えた二人は、《血盟騎士団》の関係者を探そうと周りを見渡すと、そこには先程までそばにいたらしいダイゼンがおり、彼はこちらを見つけると駆け出した。たゆんたゆんと腹が揺れるのは、気にしないでおくとして。
「お二人は、これからお暇ですかな?」
「まぁ、アイツのデュエル見に来た訳だからな。暇って訳じゃないが……」
「うん、キリトのデュエル見に来たんだけど、席ってまだ空いてるかな?」
「そうやと思いましてね、お二人には特等席をこちらで用意させてもろてます。こっちですわ。ささ、どうぞどうぞ」
特等席。何故かその言葉が妙に引っかかる中、アーカーとユウキは、ダイゼンに連れられ、件の特等席とやらに案内されていく。そこは、確かに特等席ではあった。なるほど、間違えてはいない。ある意味誰よりも恵まれた席であると彼は思う。
だが、同時にこうも思った訳だった。
「オーケーなるほどな。ンじゃあ特等席じゃなくて
「あはは……確かに特等席だね、ソラ」
キリトとヒースクリフが入場するまでは、最も注目されるであろう一角である実況席の隣に用意された二つの解説席に、二人は案内されていたのだった。
「レディィィィィス & ジェントルメェェェェェンッ! ボォォォォォイズ & ガァァァァァルズッ! これより始まるは、至高のデュエル! このデスゲーム始まって以来の、最高の対戦だぁぁぁあああ!」
実況席に堂々と足を上げる無礼さを晒しながら、実況者と思われる男はマイク代わりの拡声結晶を片手に熱を帯びた大絶叫をあげる。それに負けじとコロシアムを埋め尽くす観客達が熱狂し、最早一種の大音量で行われるライブのような有様になっていた。盛り上がることは好きだが、こうもうるさいのには慣れていないアーカーは自分の耳に耳栓らしきものを嵌めており、隣に座っているテンション高めのユウキを見て、何処か羨ましそうにしていた。
そうしている間に、実況席で暴れ回るように叫び散らす実況者は、何やら〝勝ってミリオンダラーになれ〟だの〝負けて破産しちまえ〟だのと喚いている。聞けば、このイベントは賭け事の一種と化しており、オッズがどうとかそういう話になっているとのこと。ユウキと惚気ていたアーカーは当然賭ける時間もなく、解説席に縛られており、それは彼女とて同じ。とはいえ、テンション高めで楽しんでいる恋人の様子を見るに、賭け事なんてどうでも良さそうに見えた。良いことである。正直こういうのにどっぷりと浸かるような大人にはなってほしくない一心があるアーカーには、ちょうどいいとすら思えた。きっと今頃クラインは結構な額をキリトに賭けている頃だろう。
「本日の司会、実況は《血盟騎士団》広報担当シャウトが担当するぜェェェェェッ! 解説にはなんと特別ゲストォォォォォッ! 攻略組が誇る二人だけのギルド《絶対双刃》より、このお二人に来てもらってるぜェェェェェ!」
「どうも、解説のアーカーだ。本日はよろしく」
「解説のユウキでーす! 本日はよろしくお願いしまーす!」
プレイヤーネームが《シャウト》という、叫ぶこと前提のネーミングに少しばかり引き気味だったアーカーは、頃合いを見て耳栓を外しながら軽く自己紹介する。続くユウキは、相も変わらずノリノリだ。当人達が思っていたよりも人気があったのか、コロシアムは熱狂の渦にあり、特別ゲストの自己紹介程度ですら鬨の声じみた歓声があがる。偶然良いように使われたような気がしたが、自己紹介を終えてからアーカーは何故ゲストとして呼ばれたのかを察した。
今回のこのイベントは、キリトとヒースクリフのデュエルだ。要するにPvP———プレイヤー同士の戦闘である。以前百人斬りのようなことを二人揃って成し遂げたのは、アーカーとユウキ以外に公には知られていない。つまるところ、二人は対人戦のプロとして見られている。解説として、これ以上に適した人材はいないという判断もあったのだろう。動体視力にも優れているため、二人がどんな戦闘をしても、何が起きたかを解説できるという意味合いもあるかもしれない。実際あの二人は化け物クラスの強さを持っている。キリトはそういう自覚がない。《ザ・グリームアイズ》を倒せたのは、みんなのお蔭だと考えているだろうが、そのHPを余さず削り切ったのは彼だ。その点からも、アーカーは彼の力量を認めていたし、ユウキは堂々と褒めるだろう。
「……さて」
急にハイテンションから冷めた実況者が席にしっかりと座る。それから続けて話題をこちらに振ってきた。
「対戦者のお二人は現在準備中なのですが、ここで解説のお二人にお聞きしたいことがありまして」
「ん?」
「どうしたの?」
「お二人もまた、七十四層ボス攻略にて発覚したユニークスキル使いだと考えられている訳ですが、今回の対戦者の一人である《黒の剣士》キリトと違い、具体的な効果が現在分からない状況にあります。宜しければ、順番で簡単にご説明してもらっても構いませんか?」
「ああ。別に知られて困る訳じゃねぇしな。俺が手に入れたユニークスキル《天駆翔》は、一定時間の間は空中を自由に動くことが可能で、壁や天井は無制限で動き回ることができる程度のものだ。汎用性は高いが、キリトが手に入れた《二刀流》のように爆発力はない」
「なるほど。昨日アーカーさんが五十層《アルゲード》で空を飛んだという噂が立っていましたが、そういう訳でしたか。
ユウキさんの方はどんなものなのでしょうか?」
「ボクのユニークスキルは、《至天剣》と言って、格上の相手と対峙した際、全ステータスが微上昇し続けるっていう効果なんだ。フロアボスや実力者とのデュエルでは真価を発揮するんだけど、基本的には発揮してないから使い勝手が良い訳でもないかな?」
「ふむふむ。どんな敵と対峙しても微上昇し続けるのであれば、それは正しくチートの域ですからね〜。そういえば、噂として流れていたのですが、《悪魔の一撃すら弾き返す、更なる悪魔》なんてものがありましたが、それはそのスキルの効果で上昇したSTR値によるもの、と考えてもよろしいのでしょうか?」
「うん、そうなるね。だから別にボク自身はそんなにSTR値が高い訳でもないんだ。ちょうど良いし、この際言っておくね———次、そんな風に噂を流したら流石のボクでも怒るよ?」
ニコリと笑顔を向けながらも、その背後や声音からは殺気立ったものを感じ、コロシアムが一時的にシーンと静寂に包まれる。隣に座るアーカーですら冷や汗が頰を伝う。後でキリトやヒースクリフに話を聞いたところ「突然、殺気を感じて試合前だと言うのに警戒態勢を取ってしまった」とのこと。その後、暫く歓声が止んでいたことも気になっていたという。
「さ、さて! ここで漸く対戦者のお二人の準備が完了したそうです! 入場の方よろしくお願いします!」
何とか気を取り直した実況者が入場開始のサインを送り、そのアナウンスで熱気が取り戻され始めた。円形の闘技場を囲む階段状の観客席から物騒な言葉がちらほらと聞こえ始める中で、キリトとヒースクリフが入場を開始した。
実況者は気合を入れ直すかのように、再びハイテンションへと戻ると、拡声結晶片手に喚き始めた。
「まずは実況席から右手! 《攻略組》所属のソロプレイヤーにして、ユニークスキル《二刀流》の使い手! 《黒の剣士》キリトォォォォォッ!」
全身を黒一色で統一した少年が、背中に交差して吊った二本の剣と共に現れる。説明は簡素ではあるが、彼を侮辱する言葉は入っておらず、気恥ずかしくはあるだろうが彼がどういう者かを告げていた。どうやら直前に何かあったらしく、気合は充分な様子が解説席からも窺えており、ユウキが元気良く応援していた。解説って実況同様確か公平な立場のはずだが……と考えたが、アーカーは無粋と判断してその思考を止める。
「続けて、実況席から左手! 《攻略組》所属! 最強ギルドの一角にして、《血盟騎士団》の我らが団長! 生きる伝説! 最強の男ォッ! ユニークスキル《神聖剣》の使い手! 《聖騎士》ヒィィィィィスクリフゥゥゥゥゥッ!」
前言撤回。この実況者と隣の恋人には絶対公平な立場は向かない。全身全霊をかけて喚くように大絶叫するその姿は、最早《血盟騎士団》団員恒例の盲信者だ。キリトの説明をする時よりも力が入っていることが明らか過ぎた。果たして、この場所は本当に特等席と言えるのか……。
「………両サイドがすでに公平さ失っててどうするんだ、この実況」
溜息交じりに愚痴りながらアーカーは、目の前で繰り広げられようとしている激戦に、心を躍らせている自分がいることを自覚しながら、その戦闘を目に焼き付けることにした。
それが、ヒースクリフが見せた致命的な証拠になるとは思わないまま————アインクラッド史上、公で最も白熱した試合は始まったのだった。
推測と激突 —完—
激闘の果てに、キリトは敗北を喫した。
しかし、その敗北は、奇妙な現象を引き起こした。
それを証拠として、アーカーは来るべき時を待つ。
次回 来るべき時に備えて