ソードアート・オンライン —Raison d’être— 作:天狼レイン
今回の話は前々回や前回に比べると短めです。
しかし、その一方で、後々に関係する伏線回でもあります。
正直な話、作者は変なところでシリアス展開ぶちこむ悪癖があります。今回もその例です。本当はクラディールボコろうかと思ってたんですが、それだけキリトの出番がまた減る可能性が考えられたので、カットしました。
今回の話は、受け入れ難い人もいると思います。その辺りを考えた上での投稿です。ご了承ください。ある意味宗教的な云々とも言えたりするかもですね。
※08.12.12:07 文章追加
「な……なんじゃこりゃあ!?」
「何って、見た通りよ。さ、早く立って!」
「ははは———ッ! おいマジか! キリトお前マジか! 圧倒的に白似合わねぇなおい! く、《黒の剣士》改め《紅白の剣士》ってか! ……え、偉くおめでたいナリじゃねぇか! ははは———ッ!」
「そ、ソラ笑い過ぎ……ぷっ、あはははっ! ご、ごめん、キリト! やっぱり我慢できないよ、あはははっ!」
「あとで覚えてろよ、アーカー……」
キリトVSヒースクリフの賭けデュエル。結果はキリトの敗北で終わった後、彼は仕方なく敗者として指示に従うことにし、彼に手解きをすると自己申告したアスナが、《血盟騎士団》らしさ全開の紅白ユニフォームを着せ掛けていた。慣れ親しんでいたコートと偶然形が一緒だったそれは造形こそ同じだが、色は目が痛くなるような純白で、両襟には小さく二個、背中に一つ巨大な真紅の十字模様が染め抜かれている。最初はフォローしてやろうと考えていたアーカーとユウキも、それを着た彼の姿を何度も確認したが、ハッキリ言って似合わない。フォローする点がどうしても見つからなかった。以前から黒一色だったツケが回ったのか、或いは元々彼が白色と相性が悪いのか。はたまたその両方か。いずれにせよ、フォロー不可能の有様だった。
「……じ、地味な奴って頼まなかったっけ……」
「これでも充分地味な方よ。うーん、私は似合うと思うんだけどなぁ……」
「いや、その、なんつーかさ。真っ黒だった奴が紅白に変わったせいでギャップが……な?」
「う、うん。ぼ、ボクもそんな感じかなー、あはは」
「なあ、アスナ。二人にも着せ掛けないか? ここにいるのは、俺達だけな訳だしさ」
「あ、それすごく良いアイデアだね!」
「オーケー俺が悪かった頼むから紅白だけは着せないでくれ悶死する」
「ぼ、ボクもこの装備気に入ってるから遠慮したいかなぁー……って」
顔を横にブンブンと振って後退りするアーカーとユウキに、復讐とばかりに追い詰めようとするキリトと、悪ノリするアスナ。仲のいい光景ではあるが、二人の嫌がりようからアスナは悪ノリをすることを止める。彼女に続くようにキリトもまた追い詰めるのを止めると、全身を脱力させて揺り椅子に倒れ込むように腰掛けた。その疲れように、先程の戦いも堪えたのだろう。見ているだけでも心踊るような一戦だったのは間違いなかったし、どちらも全力を尽くした良い試合だった。とはいえ、アスナを除くこの場の三人は、あの試合の最後で起きた事案に気が付いていたが、公にすることはなかった。
揺り椅子に座るキリトと離れた場所に設置され直したテーブル周りでアーカーとユウキは、カップに入った茶を啜る。これまた不良在庫らしいそれはとても不思議な味をしており、例えるのも難しい。飲めないものではないが、自宅に戻ったら口直しに何か別の飲み物を飲もうと心に決める。例によって、店主エギルは一階だ。今回の試合で少しずつキリトの家周りは元の静かさを取り戻すだろうが、時間はかかるだろう。それまでは残念ながら占拠されると見て間違いない。哀れエギルと合掌しておくとして———
いつの間にかキリトが座る揺り椅子の肘掛の上にに腰を下ろしていたアスナがにこにこ顔をしていると、何か思い出したように軽く両手を合わせた。
「あ、ちゃんと挨拶してなかったね。ギルドメンバーとしてこれから宜しくお願いします」
「よ、よろしく」
突然ペコリと頭を下げた彼女に、キリトも慌てて背中を伸ばした。所謂形式という奴なのだろうが、それから彼は悪餓鬼のような笑みを浮かべて
「………と言っても俺はヒラでアスナは副団長様だからなあ」
言いながら、右手を伸ばして人差し指でアスナの背中をつーと撫でた。
「こんなこともできなくなっちゃったよなぁー」
「ひゃあっ!」
悲鳴と共に飛び上がった上司が、制裁として部下の頭を殴る様子を遠めに眺めていたアーカーは、ユウキに訊ねた。それはある意味女性からの視点でしか男性はなかなか分からないことでもあって。
「なあ、ユウキ。あれってセクハラに入るのか?」
「うーん、どうなのかな? アスナがそう思ったらキリトは今すぐ独房に放り込まれても仕方ないかも?」
「ちょまっそれは!?」
「へぇ……そうなんだぁー、私の判断一つなんだねー……」
「あ、アスナさん!? ちょ、ちょっと話し合いませんか!? さっきの無礼もしっかり謝罪させていただきますので!」
「〝男尊女卑〟の時代はとっくに終わってんだよなぁ……。正直今の世の中、社会的に強いのは野郎より女だろ。まさかお前そんなことすら忘れてたか、キリト」
「そういうソラもキリトには偉そうに言ってるけど、休暇中にボクを擽ったりしたのも、もしもボクがセクハラだーって言ったらアウトなんだよ?」
「………うんまぁ、それは……確かに……」
「だからソラも気をつけなきゃダメだよ? ボクは心が広いから許しちゃうけどさー」
「そうだなお前は心も胃も広いよなー懐暖かくしておこ」
揶揄われたユウキが頰をぷくーっと膨らませ、「こらぁー!」とアーカーを追い掛け回す中、キリトはあの手この手でアスナに謝罪するという構図が広がっている。哀れな男共としか言いようがない。途中からチェイスをするのが面倒臭くなったのか、アーカーに至っては壁を蹴って天井に張り付くと、そこで待機するようになった。現実ならば血が登りすぎて気分を害する行為だが、残念ながらここは仮想世界。そう言ったダメージもないせいか、ドヤ顔でユウキを揶揄い続ける姿は、全く大人っぽい少年としての雰囲気すらない。最早、それはただの悪餓鬼だ。
天井に逃げた彼を、下にいた彼女は少しだけ顔を俯かせた後、それから顔を上げる。そこに浮かんでいたのは、少しばかり引き攣った笑顔だ。少年を見る少女の今の笑顔は、何処と無く怖い。何か考え付いたのか、その手には得物である長剣が握られていて、心成しかその切っ先は少年へと向いている。少しずつそれはライトエフェクトに包まれていく。それを目撃した彼は顔を真っ青にした。
「え、ちょ、ま、オーケー分かったユウキ俺が悪かった頼むからそれ下ろしてくれ。ちゃんと下に降りて謝るからホントマジでそれだけはヤバ———」
「問答無用だよ! ———やあっ!」
裂帛の気合と共にその場から跳躍したユウキは、発動したソードスキル《ソニックリープ》で、その高度をさらに押し上げた。奇しくもそれは、一層で《イルファング・ザ・コボルドロード》を地面に叩き落とした時とほぼ同じ構図であり、当然これから起きることもまた同じであった。天井に張り付いていたアーカーに直撃した一撃は、《圏内戦闘》で利用される紫の障壁に阻まれはしたが、その衝撃は確実に相手へと伝う。全身に響いたそれは、いくら無制限で貼り付けるとはいえ、不安定な場所では僅かな安定を簡単に崩した。さしもの《絶天》とはいえ、崩れた体勢を立て直すことができずに、見事に落下、床に背中を強打する。一方のユウキは華麗に着地し、ニコニコとした笑顔を浮かべて、起き上がったばかりの彼の元へと迫ると、長剣片手に告げた。
「ねえ、ソラ。ちょっとお話ししよっか?」
「アッハイ」
揶揄い過ぎた結果の末路としては、それはあまりにも因果応報であった。笑顔ではあるが、決して心の底では笑っていないユウキに引き摺られながら、アーカーは抵抗することなく雑貨店の二階から階下へ続く階段へと消えていく。その様子に、先程まで謝罪を続けていたキリトも、どうしてくれようかと考えていたアスナもぽかーんと口を開けたままであった。階下へ降りた先で、店主エギルが何があったとばかりに少年の顔を見ていたが、彼の顔には諦めの色が浮かんでいたという。
「ソラは加減を知らないよね! ボクだって、ずっと揶揄われると怒るんだよ!」
「……いや、それはまぁ……ホント、すいませんでした…………」
二十二層の自宅まで連行されたアーカーは、無事にユウキのお叱りを受けていた———正座の少年と、その前で仁王立ちする少女の構図で。何処と無く七十四層迷宮区でのことが思い返されるが、今回は自称先生のスタイルではなかった。真剣に話しているのが、吐き出される言葉からもハッキリしている。原因が明らかな時点で、アーカーに勝機はない。前に藍子さんにこうやって二人揃って怒られてたなぁー……と思考の片隅で考えつつも、きちんとアーカーの意識はユウキへと向いていた。
一頻り怒った後、ぷいっと顔を背けた彼女に、怒らせた元凶はどうやって機嫌を取ろうかと思考を巡らせる。普段なら大好物などで釣る方法を取るのだが、残念ながらこういう状況下でそれは意味を成さない。むしろ悪化させる恐れがある。現実世界で一度だけやってしまったことが、今経験として活かされている訳ではあるが、〝揶揄い過ぎはダメ〟という経験が活かされていないため、結局活かされているのか活かされていないのかがハッキリしない。
さて、どうしたものか。そう思い、首を傾げていると、いつの間にかこちらに振り向き直していたユウキが、全身を脱力させるような勢いで溜息を吐いた。
「まったく、も〜。あとで困るなら、やらなきゃいいのにさ〜。別に根に持つくらい怒ったりはしてないよ。ちょっとだけ反省してもらおうと思っただけだもん」
「……へ? そうなのか? 俺はてっきりいつぞやみたく本気で怒ってるのかと思ったんだが……」
「何事も加減だよ? 怒り過ぎても後で楽しくなれないからね」
「手加減は?」
「それはダメ」
「やっぱりか」
その加減は嫌なのか……と再確認するアーカー。それから自然と笑いが込み上げて笑う。つられたユウキも笑い、漂う空気すらもが穏やかさを取り戻していく。最早そこには先程までのお叱りムードはなく、お互いがいつも通りになっていた。正座から姿勢を崩し、その場で立ち上がって、ぐーっと身体を伸ばす。長時間に渡って怒られていた訳ではないが、気分的なものだった。軽く息を吐く。
「さて、と……流石に夕方か。晩御飯作らなきゃな。せっかくだ。謝罪の意を込めて俺が作るか」
「良いの?」
「おう。明日も俺が担当だけど、まあ良いさ。ンで? 何か食いたいものはあるか? ユウキ」
「そうだなぁー……うん、決めた! ハンバーグが食べたいな! ソラの手作りハンバーグ!」
「なるほどなぁ……———だったら、気合入れねぇとな。肉は……この間手に入れたアレでいいか」
「アレ……?」
「ま、そこはお楽しみにって奴だ。安心しろ、ゲテモノは使わないから」
そういうとアーカーはキッチンへと向かった。残されたユウキは、彼のいう〝アレ〟が何かを考えていた。小首を傾げて、むむー……と唸り、思い当たる食材アイテムをピックアップしていき、消去法で減らしていく。その結果いくつかの候補は出来たが、どれも楽しみにしておけと自信ありげに言えるかといえば、微妙だった。美味しいことには美味しいし、《料理》スキルを
「……ま、いっか。ソラが楽しみにしておけっていうくらいなんだし、きっと美味しいものに決まってるよね」
そういってユウキは、そこで考えるのをやめて自室へと向かう。そこで着衣を変更する。装備していた《ナイトリー》系の防具を外し、かなりラフなものへと着替える。少女らしい服装というより動きやすさを重視したボーイッシュなものだが、それが彼女の性格や雰囲気にはとても合っていた。着ていて楽な部屋着の代表的なものばかりに思えるが、ずぼらという訳ではなかった。着替え終わると、そのままユウキは洗面所に行って手を洗い———もちろん、この世界では然程気にしなくていいことではあるが———その後、リビングへと向かう。そこはアーカーがいるキッチンと繋がっており、彼の顔が窺える場所でもあった。向こうも部屋着に着替えた彼女に気付く。
「だいたいあと十分程度かかるから、ゆっくりしておいてくれ」
「りょーかーい!」
待ち時間の間はリビングに備え付けられたソファーに腰掛けると、徐ろにメインメニューを呼び出した。そこからフレンドリストを開くと、どうやらメッセージが届いたことに気がつく。誰からなのかを確認してみると、差出人はアスナからだった。どうしたんだろうと思い、軽くタップしてそれを開いてみる。すると、そこにはこう書いてあった。
『明日からキリト君が《血盟騎士団》のメンバーとして活動することになるから、暫くはパーティー組めなくなっちゃうかも。ごめんね、ユウキ。また時間取れたら、一緒に狩りに行ったりしようね』
どうやらこれからのことだった。確かにそうだ。今日までパーティーメンバーとして一緒だったが、キリトはギルド入り、アスナは休暇届け受諾ならずで恐らく彼の指導役に入る可能性があった。どのみち二人はこれから忙しくなるし、また暫くはゆっくりと話し合う余裕があるか分からない。それを伝えるために早いうちから連絡をくれたのだろう。気遣ってくれた親友に対して、ユウキはきちんとお礼を伝えながら、同時に頑張ってとエールをメッセージに記して送ることにした。天然ジゴロなキリトは気付いていないかもしれないが、アスナの気持ちは自分を含めて知っている人が多いのをユウキは分かっている。ギルドメンバーとして関係が強まった今なら、前よりもきっとチャンスは多いはずだ。そう信じて送り出すような気持ちがあった。
メッセージを送り終えた後、残る数分をどうやって潰そうかと考えていると、ふとユウキは今日のキリトとヒースクリフの試合を思い出した。先程までアーカーを叱っていたことや、彼に白が似合わなかったことを揶揄ってしまっていたせいで忘れていたが、彼女にはどうしても忘れてはならないことがあった。
それは試合終盤でのこと。間違いなく盾を振らせ切ったはずの躱しようもない状況で、いつの間にかその盾が元の位置に戻っていたという現象を、だ。隣に座っていたアーカーの様子からして、彼もまた気付いている。当然戦っていたキリトは確実だ。二人が少しコソコソと何かを話していたのも気になっていたユウキは、後で直接訊ねてみようと決意する。
ちょうどそのタイミングで、ハンバーグなどの晩御飯が完成したのか、当人の声が耳に入る。元気よく返事を返した後、ユウキは彼が待つキッチンへと向かっていった。
———*———*———
「ねえ、ソラ。聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ん? どうした、ユウキ。先に言っておくが隠し事なんて、そう何個もしてないぞ」
「それって、少しはしてるって言ってるよね? 隠す気が無いように聞こえるのは気のせいかな?」
「ウン、キットキノセイダヨーキノセイ」
晩御飯を食べ終わり、ユウキは食器の片付けを手伝っていた。もう少しで終わるというところでアーカーに訊ねる。反応は何処と無くぎこちなく片言になっている時点ですごく怪しいことがすでに窺えた。ボロが出る前の保険をかけたのだろうか?と考えて、すぐにそれは無いと断じる。本当に隠したいことは隠し通すのがアーカーだと分かっているから。
「ソラも気付いてるよね? キリトとヒースクリフのデュエル」
「まぁな。流石にあれは気付いてない奴がおかしいと思ったくらいだ。俺達が注意深く見過ぎている……訳でもなかったしな」
「ソラなら———同じ動きできる?」
アインクラッド最速を誇るアーカーに、ユウキは率直に訊ねた。それは心からの信頼であり、同時に自分の勘が正しいことを他人に証明してもらうことでもあった。ここで彼が〝できる〟と言えば、ヒースクリフも出来るくらい強いのだと無理矢理にでも納得しようと考えてすらいた。それほどまでにユウキは———紺野 木綿季は、アーカーを———雨宮 蒼天を信じていた。彼女の中で、彼は絶対に信じられる存在になっていたからだ。
その想いが伝わったのか、彼は観念したような顔をしてから、真剣な面持ちで答えた。
「ああなった場合は、俺でも
だから、この目で見た結果と経験からして———
アーカーが下した答えは〝できない〟。その言葉を聞いて、ユウキは自分の勘が正しかったことを安堵すると同時に、その勘が正しいことを利用して再び訊ねた。
「ソラは知ってるんだよね———ヒースクリフの正体が誰なのか」
「———ああ、知ってるよ。さっきの問いは、自分の直感が正しいことを証明してもらうため、なんだな?」
「うん、そうだね。なんだか試すような真似してごめんね?」
「それぐらいで怒る訳ないだろ? ホントは隠しておきたかったんだけどさ。ここまで察してるのに黙ってるのも悪いしな。ユウキ、ささっと片付け済ませるぞ」
「了解だよ、ソラ!」
残り僅かの片付けが完了するのに、そう時間はかからなかった。一先ずやるべきことを済ませた二人は、一緒に寝ている寝室に移動するとベッドに腰掛ける。隣に座り、置かれた手に手を乗せた。アーカーが口を開くまでの間、静かにユウキはその時を待つ。何度か口を開きかけ、閉じることを繰り返し———悩んだ果てに、彼は語り始めた。
「まず始めに、《血盟騎士団》団長ヒースクリフは———茅場 晶彦だ。間違いない」
隠すつもりがなくなった少年の口からは、容易く真っ先に真実が零れた。そんな気はしていたユウキでも、実際にそうだと聞くと驚くべきものはあったし、同時にそんな近くに敵がいたことを知って怖くもなる。けれど、その恐怖は瞬く間に掻き消えた。何故なら、アーカーの方が怖かったはずだから。ずっと真実を隠して、いつか来るチャンスを待ち続けるために。
「………やっぱり気付いてたか?」
「なんとなく、かな。一層でフードだけのアバター出てきたの覚えてる? ボクはあの時怯えてたけど、ちゃんと雰囲気っていうのかな? それを覚えてたんだ。……うん、すごく似てた。人の雰囲気ってそうそう変わらないからね。ソラと比べたら、すごく分かりやすかったよ?」
ユウキがいうアーカーの雰囲気とは、間違いなく一層のコボルド王戦や《笑う棺桶》討滅戦、二十二層西岸の最奥で行ったデュエル前の問答のことだ。彼女は知っていた。彼が自分を偽ることができる強さがあることを。それを〝あの日〟後ろで見ていたから。だから怖かった。普段の彼とは違う、冷たく鋭い刃物のような……そんな彼が。その変貌ぶりを知っているからこそ、元々淡白な人間の雰囲気ですら覚えていた。それは偶然引き出され、無意識に照合していた。直感が導いたその予感は、大切な真実を見つけていた。
それを聞いて、当人は可笑しそうにクスリと笑う。それは何処か情けない姿を見せたなと反省するようにも見える。
「本音と建前を分けたり、相手のことを見抜いたり……他にも色々あるけどさ。正直欲しくなかった技能だったよ。ずっと疎ましく思ってた。忌々しくさえあったけど、ちゃんと役に立ったのは幸いだったなって今は思う。
実のところ、俺が確証を得たのは数ヶ月前の休暇中だった。ユウキが以前女子会開いた時があっただろ? あの時、三十九層主街区《ノルフレト》で、偶然ヒースクリフと会ってさ。その時に少しばかり話したんだよ」
「どんな話をしたの?」
「ちょっとした世間話と、餓鬼の世迷言くらいだよ。俺はずっと既視感に苛まれていた程度の愚痴と、今がどうなのかって話だ」
苦笑しながら話すその姿は、何処か痛々しく、しかし、迷う様子はなかった。次第に楽しげに語り始めて、ユウキもつられて微笑む。途中でヒースクリフジョークを聞かせてやったりして、暗い話に思えたそれは明るくもあった。よく考えてみれば、ヒースクリフが茅場 晶彦だったとしても、そう全て気分が暗くなる話ではなかったのだ。
ところどころ長くなるため省きながら話していたが、思いのほか話し込んでいたらしく時間はあっという間に流れていた。
「まぁ色々話したな。まだ話し足りないこともあったけどさ」
「そっか。ねえ、ソラ」
「言わなくても分かってるよ。どうして茅場 晶彦だって分かったのか、だろ? 簡単な話だったよ」
呆れ果てたように告げながら、アーカーは笑った。子供らしい無邪気さを秘めながら、そっと朗らかに。
「アイツは俺のことを〝アーカー君〟じゃなくて、〝ソラ君〟って言いやがったんだよ。一度だって本名を名乗ってねぇのにさ」
流石にあれは露骨すぎるとアーカーは苦笑する。わざとバレるように仕向けたのか、或いはちょっと油断していたのか。真相は当人にしか分からないが、それだけじゃないとばかりに彼は続けた。
「俺が初めてあの人に出会った日のことも会話内容すら覚えてて、一緒に見た景色をこの世界にまで再現しやがった。これでアイツが叔父さんじゃなかったら土下座案件だろうな」
疑ってごめんなさいと謝るしかないなぁと笑う彼に、ユウキはちょっぴりそれを想像してしまい、可笑しさで笑ってしまった。その笑顔を見て、アーカーはふとヒースクリフにも言ったことを、同様に告げた。
「俺はさ、天才っていうのは常人には理解できない奴のことを言うんだと思ってた。でもホントは意外と馬鹿だったりするんだろうな。ぶっちゃけて言えば、全員馬鹿なんだろう。人間全員そんなモンだと俺は思ったよ」
「それだったら、ボクもソラも、キリトもアスナも、倉橋先生も———パパやママ、姉ちゃんも馬鹿ってことになるね」
「少なくとも、お前の家族は親馬鹿やシスコンだったのは違いないだろ? 倉橋先生もそうだ。お前を助けるのに何度も無茶した馬鹿だ。キリトやアスナも、俺を捜すために一年以上も頑張ってたんだぜ? そして———俺やお前もだ。ずっと想い合ってたクセして、あの時まで気がつかない、底無しの馬鹿だよ」
「うんっ、きっとそうだね!」
嬉しそうに微笑んで、ユウキは身体をアーカーに預けるように、凭れ掛からせた。デジタルデータとはいえ、しっかりと感じる熱は間違いなく本当のものだ。そこに偽りはない。互いに身体を凭れ掛からせて、互いの存在を熱と共に刻み付ける。
こうして過ごしてみると、
誰よりも大人っぽい人だと思っていた。
誰よりも孤独を知っている人だと思っていた。
誰よりもカッコよくて真っ直ぐな人だと思っていた。
誰よりも———強い人だと思っていた。
ユウキが〝あの日〟見たアーカーは、正しくそうだった。けれど、今こうして見てみるとそんなことは無かった。彼もまた普通だった。
大人っぽいのは、環境がそうせざるを得ないように仕向けたから。
孤独を知っていたのは、彼が誰よりも独りだったから。
カッコよくて真っ直ぐだったのは、ただ一人の少女を守るために全てを投げ捨てる覚悟をしてまで振り絞った勇気だったから。
彼は強く無かった。弱い一面を、必死に取り繕って隠し通していただけの、不器用な子供だった。誰よりも強くなろうと血反吐を吐くような無茶を繰り返しただけだった。心を擦り減らし、心で泣いて、心で叫んだ。
周囲が見ていたのは、そんなただの分厚い壁でしか無かった。何重にも用意された強固な壁の中に、彼は身を隠して泣いていた。〝あの時〟ユウキはそれを知った。
初めて泣いた彼を。
初めて弱くなった彼を。
知ったからこそ、前よりもずっと———愛おしくなった。もしかしたら、庇護欲?が出たのかもしれないし、母性を感じたのかもしれない。守ってあげたいと以前より強くユウキは思う。
優しく愛でるように少女は己が恋人を支えていた。強張った心の緊張を溶かすには程良いくらいの暖かさが伝う。
それはこれも伝えるべきかと逡巡する彼の心を動かした。
「ユウキ。俺はいずれヒースクリフと———叔父さんと戦うことになる。多分キリトも……気付き始めてるだろうな。だから先に、俺があの人を終わらせる。そのつもりで備えてる」
それは悲しい宣言でもあった。血が繋がっていないとは言え、親族と殺し合うことは悲しいことだとユウキは感じていた。
けれど、同時にそれが彼の覚悟であることも分かっている。この世界に閉じ込められてから、ずっと背負ってきた贖罪だと知っている。身内の恥を注ぐという思いもあるのかもしれない。色々考えられる要素はあったが、彼女にはそれが思いつかなかった。それに対して、優しくその手を乗せて撫でながら、静かに彼は告げた。
「 俺もホントのところは分からない。もう、あの日のように憎悪してた訳じゃない。情けない話だが、殺す理由なんて特にないんだろう。戦う者としては覚悟が決まっていないと思われても仕方ない。でも、一つだけ———これだという理由があるのは間違いないな」
こんな理由で人を殺していいのかと悩んだけどなと言いながら、アーカーはゆっくりと厳かに、しかし、明確な意志を以て———ユウキに告げた。
「———お前と一緒にいたい。今度こそ現実をちゃんと見て、精一杯一緒に生きて、死にたい。もう死んでも悔いはないってくらい、人生を楽しみたいんだ」
それはあまりにも人を殺す理由としては弱かった。現実世界に戻るために人を殺す。たったそれだけだ。これには神様だって怒るだろうなとアーカーは苦笑して、それから続けて、揃いも揃って罰当たりだな俺達と笑いかけた。その言葉に、ユウキはいつかのデュエルの後で話したことを思い出した。
(ソラは———ボクのためにたくさん失っちゃうんだね……)
初めに、家族を。
次に、友人を。生きるための環境を。
最後に、未来さえも犠牲にしようとした。
彼はそれを全て偽りのものだったと後悔なく言い切ったが、それでも失ったことには変わりなかった。それを結果的に奪ったのはユウキだった。それをずっと悔いてきた。あの時でそれはもう終わりにできると思っていた自分がいたのかもしれない。それは間違いだった。
アーカーは———雨宮 蒼天はこれからもずっと失い続ける。それがなんであれ、どんなものであれ。最期の瞬間まで、ずっと。それが、神様が彼に与えた
だから、自分がやることは変わらないんだと理解した。それは正しく呪いのようでもあった。贖罪とも言えた。神様からの罰だと分かった。つまり、それはユウキに———紺野 木綿季に与えられた
自分のせいで失い続けるからこそ、成せる全てを与え続ける。
失った分だけ与えること。与えた分だけ失わせる。なんて矛盾なのだろうと心から思う。何事も矛盾まみれな世界だけど、それらなんかよりもよっぽど矛盾だと強く感じるほどに。
けれど、それが———
「そっか。ならボクは———ソラを肯定するよ」
———雨宮 蒼天と紺野 木綿季の、
怒られると思っていたアーカーは、頰を人差し指で掻く。予想外の反応に戸惑っているのか、或いは———予想通りすぎたから戸惑っているのか。何にせよ、答えはちゃんと貰ったのだ。そう思い、彼は誓う。
「俺がこの世界を終わらせる。だから、これからもずっとそばで支えてくれ、ユウキ」
「うんっ———ボクがソラを支え続けるよ」
静かな夜の帳に包まれたログハウスの中、二人は想いを馳せる。それはうら若き少年少女が考えるものにしてはマセすぎていた。自分達の在り方すらも決めてしまうほどの、将来性を奪う生き方。互いに償い続けるだけの人生なんてつまらないかもしれない。誰かがそれをしれば、暗すぎると思うことだろう。
しかし————
それでも————
誓いはここに———成立した。
故に—————二人は残酷な運命に身を躍らせる。
全ては、そう在りたいと願ったから—————
来るべき時に備えて —完—
キリトが《血盟騎士団》に入団して数日後。
アーカーとユウキが知らぬ間に、彼らは結婚していた。
挙句の果てにはお隣さんという展開に困惑する中、
二人は、彼らが保護したという一人の少女と出会う。
次回 記憶のない少女